Melty Blood Another   作:Unknown37564

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「到着しました」

 

 運転手から言われて俺はドアを開ける。

 自動スライドで開いたドアの隙間から、冷たい風が吹いている。

 芯まで冷えてしまいそうな、そんな寒風だ。

 車外へ出る。

 闇夜の空からぽつり、ぽつりと小雨とも言い難いような弱い雨が降っている。

 辺りを見渡そうとした矢先、側面から激しい衝突音が聞こえた。

 そちらの方へ向くと、宗玄の爺さんが吹っ飛んできた。

 辛うじてしゃがみ込むようにして勢いを殺して、俺の近くまで来た。

 爺さんは俺を一瞬だけ見ると、また前方を向いた。

 

「おう! 小僧!! 遅かったな!!」

 

 これでもかと言うぐらいの、わざとらしい大声だ。

 きっと戦ってる相手に対しても伝わるように言ってるのだろう。

 俺は周囲を警戒しつつ、爺さんの所まで歩み寄った。

 

 「遅くなってすいません。どんな状況ですか?」

 

 爺さんは顎でくい、と前方を差した。俺はその先を注意深く見る。

 

 闇夜の中に、ゆらりと蠢く小さな赤色。 

 段々と近づいてきて、正体が露わになる。

 

「……都古ちゃんか」

 

 自分の目つきが鋭くなってしまうのを感じた。

 

「あの子だけじゃな、今のところは。少なくとも横槍なども、見られてる様子も無い」

 

 爺さんは手を(はた)いて立ち上がる。

 

「して、どうする? 隙が出来るまで、儂が相手するか?」

 

 爺さんは肩を回旋させながら言う。

──それも悪くない考えだ。しかし、ここに来るまでにどうするかは決めていた。

 

「いや、俺がやりますよ……違うな。俺に、やらせてください」

 

「……わかった。だが、まずいと思ったら介入するからの」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は頭を下げる。きっと爺さんだって自分でケリを着けたかっただろう。

 さて、都古ちゃんに向き合う前に、一つ。

 

 

 眼鏡の弦を掴む。

 眼を閉じる。

 大きく深呼吸をする。

 心臓が高鳴っていく。

──アルクェイドと出会った時点で、俺はいつ壊れてもおかしくなかった。

 それまではただの頭痛で済んでいた。

 吐き気がする事もあったが、耐えられた。

 ロア事件の後から、まるで針を刺されたような痛みが、時折眼球の奥に走るようになった。

 それから、あまり長い時間使うと目が血走って、それが数日は収まらなくなるようになった。

 そして、遂に眼鏡を掛けている状態でも時折うっすらと死の線が見えるようになった。

 眼鏡を外す度に思う。

 これが、最期かもしれないと。

 それまでは、そうなったらそれまでだったって事だと、割り切っていた。

 今ではもう、抱え込んでるモノが多すぎて、割り切るに割り切れない。

 死にたくない。

 死ぬわけには、いかないから──。

 

 

 眼鏡を外した。

 歪な線が、森羅万象に象られている。

 大地にも、辺りを囲う木々にも、宗玄の爺さんにも、そして俺の掌にも。

 死を象る線が、等しく全ての存在へ備わっていた。

 頭痛が走る。こめかみに(きり)を突き刺されたような鋭い痛み。

 眼が痛くなる。眼球の奥が炸裂したんじゃないかという程の痛み。

 気持ちが悪くなってくる。夕方に食べたハンバーガーも、全部出てきてしまいそうだ。

 俺はまた一瞬だけ眼を閉じて、暗闇で落ち着きを取り戻す。

 そしてまた瞼をこじ開けた。

 頭痛の痛みも、眼の痛みも、吐き気も慣れた。

 俺は眼鏡の弦を細心の注意を払って畳んで、宗玄の爺さんに差し出した。

 

「これ、お願いします。壊れたら替えが無いんで」

 

 爺さんは頷いて受け取る。

 

「任せろ。預かってやるから、生きて返ってこい」

 

 俺もまた頷いて、前を向いて歩いた。

 毎度の事ながら、歩くだけでも怖い。

 世界が一瞬で、死の線を境に崩壊してしまうのでは無いかと。

 そうして遂に、都古ちゃんが正確に視認できる距離まで来た。

 

「お兄ちゃん……」

 

 都古ちゃんは驚いたような、悲しんでるような、切ないような、形容詞がたい表情を見せる。

 

「都古ちゃん。帰ろう。おじさん達みんな心配してるよ」

 

 常套句(テンプレート)を述べる。勿論、それで説得が出来ると思っていなかった。

 それは情報収集の意味があった。

 タタリに操られた人物が、どれ程の論理性を持って動くのか。

 思考はどうなっているのか。

 これを図ってからでないと、少なくとも今の俺の状態で秋葉とやり合うのは恐ろしかったからだ。

 

「ダメ。まだ帰らない」

 

 都古ちゃんは首を振る。

 

「どうしてかな。どうしてそこまで、するんだい?」

 

 努めて、柔らかく話す。

 もしタタリから解放された場合、深く心を傷つけるかもしれないから。

 

「……志貴お兄ちゃんの為に、強くならなきゃだから」

 

「……俺? どうして?」

 

 都古ちゃんから俺の名前が出て、思わず大声が出る。

 俺と、都古ちゃんが強くなる事の因果関係が見えてこなかった。

 

「……クラスの子と喧嘩になって。それで、鬼の子だって、化け物だった馬鹿にされて……」

 

「は……? 鬼……の子?」

 

 ちょっと待ってくれ、意味がわからない。

 鬼の子ってどういう事だ?

 

「私たち、混血って一族なんでしょ?ご先祖様に鬼がいるって……」

 

 それは、事実だ。

 

「どうしてそんな事を知ってるんだ?」

 

「お父さんから聞いたよ。遠野家が一族のまとめ役で、今はお兄ちゃんが代わりに仕事してるんだって」

 

 おいおい、叔父さん。余計な事言ってくれたな。

 いや、傷ついた自分の娘に真実を伝えて、それでも前を向くように促したかったのだろうか。

 

「……強くなって、どうするんだい?」

 

「お兄ちゃんを助ける」

 

「どうやって、助けてくれるんだい?」

 

「……」

 

 都古ちゃんは黙ってしまう。

 

「俺はね。強いって事、あんまり意味ないと思うんだよ」

 

「え……」

 

 彼女はまるで世界を揺さぶられたような、そんな不安そうな顔を見せる。

 

「本当にその人を助けたい時に、近くにいられなかったら、助けられないじゃないか」

 

 思わず自嘲気味の笑いが出てしまう。

 そうだ。助けを求められても、そこに居ないのでは助けられない。

 そうして俺は、助けることが出来なかったから。

 

「でも、志貴お兄ちゃんは色んな人を助けてるんじゃ無いの?」

 

「助けてないさ」

 

 都古ちゃんと同じ視線になるようにしゃがんだ。

 

「俺は──俺の大切な人たちを傷つけようとする奴らを、殺すだけのモノなんだよ」

 

 そう、だからこそ。

 俺の大切な人たちを愚弄する、このふざけた夜が、許せなかった。

 

「俺の助けになってくれるっていうなら、まずは帰って、親御さんたちに謝って、それで──」

 

「帰らない」

 

 自然な動作で、都古ちゃんは構えだした。

 

「お兄ちゃんが戦わなくても良いぐらいに強くなる、そして私を馬鹿にする人たちに教えるんだ」

 

 腰を落として、掌を前に突き出し、引手をしっかり脇に構えている。

 

「鬼の子が、なんだって!」

 

「都古ちゃん……」

 

──なるほど、これがヤツのシナリオなのか。

 流れに乗るのは癪だが、致し方ない。

 

「分かった。なら条件がある」

 

「条件?」

 

「あぁ。俺を倒す事。それが条件だ。出来なければ大人しくお家へ帰るんだ」

 

 全く持って、反吐が出る。こんな流れに乗らなくてはならない事が。

 人の好意を、弄びやがって。

 

「……わかった。お兄ちゃんを越えて、お兄ちゃんを助けるよ」

 

 雨脚が先程よりほんの少し強くなってきた。

 俺と都古ちゃんの間合いは一間──およそ一八〇センチメートルと言ったところだ。

 辺りはだだっ広い草っ原だ。しっかりとした雑草で、踏みしめれば雨で滑る可能性もあるだろう。

 都古ちゃんを注視する。

 死の線が邪魔で今一つ見えづらいが、それでも分かったことがある。

 靴下ごと靴が泥で汚れている。服も土に汚れ、肘あたりが破けている。

 足には幾つもの擦過傷が出来ていて、拳も傷だらけになっている。

 よく見れば、顔にも小さい傷がいくつか出来ていた。

 彼女が消えてから丸一日、一睡もしていないであろう筈の彼女の瞳は、刃のようにギラついていた。

 

 

 ざっ、と草を踏みしめる音。

 そして、赤い閃光が迸った。

 右脇を通過していく。

 振り向いていたのでは間に合わない。

 前へと出て回避する。

 後方で地面を踏む凄まじい音がする。

 振り返る。

 懐まで、都古ちゃんが来ていた。

 無構えで何が来るのか分からない。

 左へ倒れ込むようにして転がる。

 仕掛けられた攻撃は貼山靠(てつざんこう)だった。

 回避が間に合わず、左足が(カオ)によってふっ飛ばされる。

 勢いで俺はごろごろと転がる。

 

「くっ!」

 

 雑草の露を顔面に浴びて、視界が一瞬奪われる。

 眼に頼るな。もう眼で追えるような次元の戦いじゃない。

 次に来るとすれば──。

 俺は後ろにバックステップする。

 目の前には一瞬で間合いを詰めた都古ちゃんが、連環腿(れんかんたい)

 飛び上がった二足目に合わせて、前へ。

 左足の蹴りを左腕で受けて勢いを殺す。

 右手で都古ちゃんの胸元を掴み、斜め下へと叩き落とした。

 どすん、と強い衝突音がする。

 

「うっ!」

 

 彼女のうめき声を聞いて一瞬やりすぎたか、と心配になる。

 しかし、まるで猫のように回転するとまた再び立ち上がった。

──それにしても、見えてこない。

 もし操られているのだとしたら、何かしら魔術的な残滓などが見えてもおかしくない。

 そう思って俺は眼鏡を外して彼女を注意深く観察しつづけた。

 しかし、それらしいモノが見えてこない。

 内心焦りが出始めた。

 これほど長い時間、魔眼を使い続けたのはロア以来無かった。

 だいたいは現場に出てからトドメを刺す一瞬だけ魔眼を使うだけだった。

 なんだったら普通のグール程度なら魔眼を使わなくても殺せる。

 そんな俺をここまで手こずらせる今の都古ちゃんは、はっきりと異常だと言えた。

 

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