Melty Blood Another   作:Unknown37564

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 身体は限界を迎えている。

 その筈なのに、思考は妙にクリアだった。

 風前の灯火なのだろうか。

 それともとっくに死んでるのだろうか。

 少なくとも、大丈夫では無いという事だけは分かる。

 

「はぁ──はぁ──っ!」

 

 肩で息をする。

 激痛が脇腹に刺さる。

 激痛が肺にも刺さる。

 激痛が頭にも刺さる。

 激痛が眼にも刺さる。

 ギリギリギリギリ。

 針を突き刺されたような鋭い痛み。

 雑草の匂いと、雨土の匂い。

 雨の音が聞こえる。

 ざあ、ざあ、と強い雨だ。

 雨に打たれている。

 熱っぽい頭が、雨に冷やされる。

 そういえば視界が何も見えない。

 真っ暗だ。

 確か眼鏡を外していたような。

 ああ、そうだ。俺は今──眼を閉じていたんだ。

 そして、瞼を開けた。

 

 

 空に死が走る。

 

 大地に死が生える。

 

 雨粒の一つにまで死が見えるような。

 今なら、見ているだけで全てを殺せそうな、そんな気さえした。

 

 目の前の有間都古にも、死が螺旋のように走っている。

 その顔の辺りに、黒い(もや)のようなものが見える。

 その(もや)にさえ、死が視えた。

 

「──視えた」

 

 そう、視えたのだ。

 これまで凝視しても視えてこなかった、忌々しきタタリの象形(それ)が。

 視えた。

 視えたなら──殺すだけだ。

 無理に背筋は張らない。

 今、自分がいられる楽な姿勢を維持する。

 脱力。

 その時はきっと来る。

 こちらからいかなくていい。

 時を、合わせる。

 それで決まる。

 

 出がかりを捉えた。

 箭疾歩(せんしっぽ)で前に出るその出がかりを。

 俺も水月で前に出る。

 都古は裡門頂肘(りもんちょうちゅう)か。

 右肘を外回しで放つ姿勢だ。

 しかし、俺が前に出ている。

 肘を手で制する。

 都古の顔が目の前まで来る。

 (もや)のせいでよく見えないが、関係ない。

 その(もや)の死の点に、平手打ちをした。

 パン、という頬を鳴らす音。

 同時に、(もや)が平手の勢いで吹き飛ばされるかのように、掻き消えていった。

 そして、彼女は糸の切れた人形になる。

 崩れ落ちるのを、何とか抱えようとするも、俺も倒れてしまった。

 

 

 遠くから誰かが叫んでいる。

 

「──小僧!おい小僧!大丈夫か!」

 

 傍らまで宗玄の爺さんが来ていた。

 

「え、ええ。何とか。眼鏡を」

 

 もう眼を開けてるのが限界だった。

 一刻も早く眼鏡を掛けたい。

 

「あ、あぁ。ほれ」

 

 眼鏡をひったくるようにして受け取って掛けた。

 思った通り、魔眼殺しのレンズの先から視ても、薄っすらと死の線が見えている。

 そんな事はどうでもいい。

 都古ちゃんを見る。

 ゆっくりと深い呼吸をして、目を瞑っている。

 

「寝てる……のか」

 

「いや、意識を失っておる」

 

 爺さんは都古ちゃんの瞼を手でこじ開けてライトを照らす。

 いわゆる瞳孔散大テストという奴だろう。

 

「都古!!」

 

 暗くてよく見えないが、後ろからバタバタと誰かが来た。

 近くまで来ると、有馬の叔父さん達だった。

 

「すぐに病院に連れてかないといかんな。傷から破傷風にかかる危険性がある」

 

「ええ。その前に、まず志貴。本当にありがとう!」

 

 おじさん達が俺に深々と頭を下げた。

 

「良かったです、本当に」

 

 正直返す気力もなくて、当たり障りのない返事をしてしまった。

 

「よし、じゃあ儂らも撤収──」

 

「いや、俺はこれからまた用があります」

 

「何ぃ?! お前その身体で何しようと言うんじゃ!」

 

 宗玄の爺さんがカンカンになりながら俺を怒る。

 

「……爺さんから連絡受ける前なんだけど、秋葉が脱走した」

 

「は、はあ?! 秋葉の嬢ちゃんが?!」

 

 爺さんも驚愕で狼狽えてしまう。

 

「昏睡状態だった琥珀さんと翡翠と一緒に、遠野邸にいるらしい。前に紹介したシオンとさつきにそっちへ行ってもらってる」

 

「……なるほど、荷が重いってか」

 

 一度秋葉とやりあったことのある爺さんなら、秋葉の手強さを知ってるからわかるだろう。

 ましてや、タタリでブーストが掛かってる状態だ。

 

「俺もいかないと──うっ!」

 

 起き上がろうとすると、脇腹に激痛が走る。

 先ほどから息をする度に突き刺さるような痛みもしているが、これはまだ耐えられた。

 しかしこの激痛は耐え難いものがある。

 

「小僧、ちょっと見るぞ」

 

 爺さんが俺のシャツをまくり上げる。

 

「ん!血腫が出来とる。お前さん、呼吸してる時も痛みがせんか?」

 

「え、ええ……」

 

「やはり肋骨がひび入っとるだろうな。動けば折れて肺に刺さるやもしれんぞ」

 

 それが意味する所なんて、俺にだって分かる。

 無理をすれば死ぬかもしれないって事ぐらい。

 

「それでも、いきます」

 

 俺を信じて戦ってる彼女たちの為にも、ここで寝てられない。

 

「ならば、致し方あるまい。奥方、悪いが貴方の傘をこちらに」

 

「は、はい」

 

 有馬の叔母さんが俺達に向けて傘を出す。

 俺と爺さんの頭上に傘が差される。

 爺さんは持っていた手提げカバンから何かを取り出す。

 まずペットボトルで俺の脇腹に水を流し、拭き上げた。

 そして、注射器を取り出して刺した。

 

「うっ!!!」

 

 骨の痛みとは比べ物にならないほどの激痛が走る。

 注射針が肺に突き刺さってるのだろう。

 

「痛み止めだ。あっちについたら、アドレナリンを打ってやる」

 

 爺さんが手を差し出す。

 それを取って立ち上がった。

 そのまま爺さんに肩を担がれて、車まで向かう。

 

「刀崎! 後任せるぞ!」

 

「あいよぉ!」

 

 刀崎と呼ばれた大男が、手を挙げてこっちに叫んだ。

 あれが刀崎か。初めてあったが、熊のような巨体だ。

 

「さあ、遠野の屋敷へ行くぞ」

 

 爺さんの顔が、これまで以上に頼もしく見えたのは初めてだった。

 

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