Melty Blood Another   作:Unknown37564

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 門を抜けると、道の先は暗かった。

 整然とした敷石道を目印に歩いていく。

 暫くして、目的の遠野邸が見えてきた。

 その屋敷は、いわゆる貴族が住むように豪奢(ごうしゃ)だった。

 窓からは煌々(こうこう)と明かりが灯っている。

 私は入口手前で立ち止まった。後ろのシオンもつられて止まる。

──先程から、あまりにも"音"が無かった。

 風の音も、木々が動く音も。

 しん、と辺りが静まり返っている。

 なのに、窓からの光だけは煌々と"人間の存在"を謳っているようで。

 それが酷く、気味悪く思えたからだ。

 

「……誘われてる、のかな」

 

 シオンの方を向いて言う。

 険しい彼女の顔に、ぽつりと雨が降る。

 空を見ると、ほんの少しだけ小雨が降り出した事に気づいた。

 彼女は気づいていないのか、遠野邸の方をじっと見つめている。

 

「これまでのタタリの情報から、奴が罠を張っていたという事例はありませんでした」

 

「じゃあ、玄関から入ってもいいのかな?」

 

「……」

 

 シオンはじっと考え込んでいる。

 私はあまり考えるタイプじゃ無い。それでも持ち合わせてる情報から考えれば、ためらいがちになるのも分かる。

 雨がぴとり、と私の頬につく。

 まるで屋敷の中に早く入れ、と急かすように。

 気持ち悪く、鬱陶しかった。

 

 ぎぃ――と。重たい扉の開く音。

 後ろを振り返ると、玄関の扉が内向きに開いていた。

 その先には赤いカーペットと、階段が見えるだけ。

 誘いである事は明らかだ。

 飛び込めば、そこは言葉通りの伏魔殿(ふくまでん)

 大口を開けて、私たちが入るのを待っている。

 

「入りましょう」

 

 先程の迷いとは違うはっきりと決意の篭った言葉に、思わず振り返る。

 

「良いの?」

 

「ええ。ここまでお膳立てされたものから逸れようとする行為こそ、タタリを逆上させかねないと判断しました」

 

 シオンは銃からマガジンを抜いて弾を確認し、また戻しながら言う。

 その左腕には、折れたであろう部位を補強する為にエーテライトが巻きつけられている。

 痛みをものともせずに、凜とした顔をしている。

 それはまるで、決意の表れのようだった。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 心臓がドキドキする。

──これまでも、何度か死地を潜り抜けてきた。

 けれど、いつまで経っても戦う事には、慣れなかった。

 でも、きっとそれで良かったのかもしれない。

 だって、志貴くんとまた出会えたから。

 私が私を手放したら、志貴くんはきっと私を見てくれなくなっちゃうから。

 今はただ、早鐘を打ってしまう自分の心に、誇りを持っていたい。

 

 玄関へ入ろうと一歩足を踏み出した。

――特に、何も起こらない。

 周辺を警戒しつつ、私たちは中へと入っていった。

 ロビーは広く、両脇から階段が伸びている。

 階段の手すりには、長年放置された事による埃が見当たらない。

 どこを見ても綺麗にされていて、それもまたかえって不気味だった。

 

「ようこそ」

 

 冷たい女性の声。

 咄嗟に私たちは振り返る。

 誰もいない。

 

――回避。

 

 頭の中に急に浮かんできた判断に従って、左に飛び退いた。

 じり、と焦げるような音。

 元いた場所に、赤い螺旋が上がっている。

 シオンを見ると、彼女も回避をしていたようで、反対の方にいる。

 さっきの思考は、きっとエーテライトによるものだろう。

 

「流石ね。気づかれないように不意打ちしたつもりなのだけど」

 

 階段から、透き通るような女性の声。

 見上げると、朱い髪を靡かせた女性が居た。

 青いワイシャツに、赤いロングスカート。

 腕を組んで、私たちを見下ろしながら、ゆっくりと降りてきている。

 冷淡な微笑みを浮かべて。

 それは、私たちの知っている遠野秋葉の姿では無かった。

 

「──初めまして。遠野秋葉、さん」

 

 彼女が自我を持っているのか、それとも操られているのか、あるいはタタリの偽物なのか。

 どれなのか分からないけれど、それでも。

 遠野志貴(かれ)を自分のモノにしたいなら──通すべき筋を、通した。

 彼女は私の挨拶を受けて、恭しくスカートを軽く持ち上げて礼をした。

 

「初めまして、招かれざるお客様方。遠野家当主、遠野秋葉です」

 

 まるでお貴族さまのように仰々しく、それでいて綺麗な所作。

 これが遠野秋葉という人物の、人間性なのかと疑ってしまいたくなる。

 それにしても、招かれざる──ね。

 

「つまり、門扉を開いたのは志貴くんの為、って事ね」

 

 ひく、と眉が動いた。

 そのタイミングは──志貴くん、だった。

 彼女は自我を持っている。

 

──それだけで断じられるのか。

 

 うん。それだけで断じる事が出来る。

 だって私も、彼女も、きっと──彼が好きだから。

 彼から聞かされた話で、志貴くんが有馬の家に行ってからずっと帰りを待っていたと言っていた。

 そんなに一途な思いを持ってる子が、彼を好きじゃない訳がない。

 だからこそ、この戦いにどんな意味があるのか。

 彼女は、何を思ってこの戦いに望んでいるのか。

 それを知らなければならない。

 

「煽ったのに、まだ動かないんだ」

 

 あえて不敵に笑って、秋葉を挑発する。

 しかし、秋葉は涼しい顔をしたままだ。

 

「──さて。入ってもらって早々ですが。お引き取りを」

 

 秋葉が指を弾いた。

 バタン!

 強く扉が閉まる。

 

──秋葉の方へ。

 

 秋葉のいる階段へと跳躍する。

 宙返りをする時に、シオンの方を一瞬見た。

 扉の後ろに、メイド服を着た二人がいる。

 あれが志貴くんの話に聞いていた、琥珀さんと翡翠さんだろう。

 足元にほうきのある、リボンをしているのが琥珀さんで、カチューシャをつけてるのが翡翠さんだったっけ。

 彼女たちが私の方向へ壺や瓶などを投げつけていて、シオンは退きながらそれらを銃撃をして壊していた。

 ドカン!という爆発音が響く。

 壺の方が爆弾だったのか、こちらにまで空気の振動が響くほどの大爆発だった。

 更に、死徒になった事で向上した視力が確実に捉えた。

 床に飛散した液体。それによって、カーペットが溶け、床も焦げるように炭化していた。

──翻って、秋葉へ。

 腰を深く落とし、掌底を放つ構え。

 髪も唸りを上げるように躍動している。

 手を伸ばせば秋葉へ届く距離。

 思い切り、拳を振りかぶる。

「はぁ!!!!」

 足の踏み場が無いので、せめてお腹に力が入るように大声を出す。

 秋葉の掌底と、私の拳が衝突。

 瞬間、赤い螺旋が私の拳へ走った。

 凍結のような焼けるような、そんな骨にまで響く程の痛みが腕へと駆け抜ける。

──聞いていた通りだ! 気にしない!!

 そのまま殴り抜いた。

 

「くっ!」

 

 秋葉は壁に強く背中を打ち、苦悶の声を上げた。

 私は階段に降り立つ。

 勢い余って、私も壁に軽く衝突する。

 秋葉はその隙をつくように、前蹴りの構え。

 手すり方向へ逃げようとするも、足元に赤い(もや)

 飛び跳ねて、手すりにぶら下がる。

 彼女は身を返して、手すりに蹴りをしかける。

 壊される前に、乗り越えて階段へ戻る。

 彼女の蹴りで、手すりが粉々に破壊された。

 力は私より少し劣るぐらいか。しかし簡単に食らうとまずい。

 身を低くして、突進。

 彼女は蹴りの勢いが殺せてない。

 そのまま彼女に体当たりのように抱きつく。

 そして、崩壊した手すりへ。

 お互い、翼をもがれた小鳥のように──落下した。

 

 

 

          ◇

 

 

 

 「さつき!!」

 

 思わず叫ぶ。エーテライトで思考を共有しているのにも関わらず。

 絆された事で鈍ったか。

 しかしまだメイドたちからの猛攻は続く。

 翡翠が私へ包丁をついてくる。

 首筋、肺、心臓、肝臓。

 的確に人間の急所を突こうとする。

 それらを身を捩って回避しつつ、琥珀の方を見る。

 さつきの方へまた次の小瓶を投げかけようとしてるのが見えた。

 バレルレプリカで小瓶に向けて撃った。

 弾丸が走る。

 足元にあるほうきは、仕込み刀だった。

 琥珀はそれを蹴り上げて、抜刀。

 そして──弾丸が斬り落とされた。

 

「は?!」

 

 らしくない、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 志貴から聞いていた話でも、琥珀が抜刀術を習っているなんて事は聞いていなかった。

 翡翠の暗殺術めいた包丁捌きもだ。

 全くの無情報での戦闘。

 あまりにもリスクが高い。

 しかし、攻めに転じなければ秋葉への加勢を許し、さつきを危険に晒す。

 思っていたよりも、厄介だった。

 一方さつきの方をちらと見ると、あちらも鎬を削っていた。

 さつきは赤い螺旋を巧みなスウェイで捌きながら回避して詰め寄る。

 秋葉は詰め寄ったさつきへ巧妙に檻髪(おりがみ)で迎え撃ってまた距離を放つ。

 一進一退の攻防を続けていた。

 また逆手持ちで翡翠が襲ってくる。

 躱し、内ももを掠めるように銃撃。

 彼女のスカートへ確かに銃弾が走るも、意に介さぬとばかりに突進を辞めない。

 仕方ない。

 左腕に巻いたエーテライトを解き放つ。

 

「ぐっ!!!!!!」

 

 脳天まで響く程の激痛。無視。

 そのまま翡翠の足へ。 

――脳天まで響く程の激痛。  無視。

 歯を食いしばって耐える。

 巻き付いたのを確認して、引っ張り上げる。

――――脳天まで響く程の、耐え難い激痛。    無視。

 翡翠は踏み出した足を取られて、転倒した。

──――――脳天まで響く程の、堪えがたい激痛。

 すぐにエーテライトを腕に巻き直す。

   琥珀の方を見ると、さつきへ再度瓶を投げようとしていた。

     初動で何度か連射してしまい、弾が無い。

       左ポケットに入った弾をリロードする時間がない。

 

──さつき!

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

――さつき! 後ろ!

 

 身を屈めて回避。

 秋葉へ瓶が向かう。

 フェイントで背を向けている。あれは気づけてない。

 そのはずなのに。

 髪がうねり、手のように瓶を包んで受け止めた。

 

「はぇ?!」

 

 あたまがおいつかない。

 そのまま髪が踊って瓶が跳ねた。

 こっちへくる!

 慌てて瓶を手で掴む。

 秋葉は身を返して、爪の振り下ろし。

 赤い三本線が降りてくる。

──咄嗟だった。

 持っていた小瓶を持って、そのまま振り下ろしへ持っていく。

 瓶が、ばりんと割れた。

 

「──ああ!!」

 

「ぐぅ!!」

 

 お互いの手に引っかかり、叫ぶ。

 じゅう──!と焼ける音。

 酸だったのかだろうか。

 手が紅葉のように真っ赤だ。

 秋葉の右手もまた、真っ赤に染まっている。

 

「さつき!!」

 

「秋葉さま!!」

 

 シオンとメイドさん達の声が聞こえてくる。

 一瞬そちらに目を向けると、シオンだけでなくメイドさんたちも心配そうな顔をしていた。

──濃硫酸が衣服や皮膚に付着した場合、直ちに清潔な水で洗い流しましょう。

 昔習った化学の実験で先生が言っていた事を、ふと思い出した。

 ここに水場は無い。

 じんじん、とした焼ける痛みが手に走る。

 秋葉も流石に答えたのか、手を抑えて苦悶の表情をしていた。

 

「……貴方、頭おかしいわよ」

 

 きっ、と秋葉は私を睨みつける。

 

「わかってるよ。自分でもこんな戦い方、おかしいって。けれどね──」

 

 これから言う事で、彼女がどんな顔をするのかと考えると、思わずにやけてしまった。

 

「我慢比べなら、私だって勝てるって信じてるから」

 

──私たちは我慢してきた。

 幼い日に兄と慕ってきた彼が、遠くに行ってしまった。

 離れてしまった彼が、また戻ってくれるお家を作るために、一生懸命に稼業をこなしてきた。

 きっと、少女の身で抱え込むには大変な苦難を、たくさん越えてきたに違いない。

 

──彼に応えてもらいたい。

 普段一人で居ることの多い、私を助けてくれた彼。

 どこか浮いてるようで、それをものともしない彼。

 寂しくないのかなって、声をかけて、仲良くなって。

 時折もの憂い気な雰囲気を出すのも。

 優しいようで、他人の事に興味の無さそうな感じも。

 それでも、親しい人たちの為には一生懸命になってくれるのも。

 彼という人間を知れば知るほど、どんどん惹かれていった。

 だからこそ。

──私の想いに、負けちゃって良いの? 遠野秋葉さん。

 

「ふ──冗談を言わないでください」

 

 冷や汗をかきながら、秋葉はゆっくり立ち上がった。

 

「貴方よりも、私のほうがずっと、ずうっと我慢強いんです。何せ──」

 

 胸を張って、爛れた手を私に差し向けてくる。

 

「兄さんの心臓は、私の心臓なんだから」

 

 にやり、と秋葉は不敵な笑みをした。

──むかついた。

 私、この子がやりたい事わかっちゃった。

 だからこそ、それはあまりにも許しがたかった。

 

「あらあら、そんなに怖い顔をして。まるで鬼のようですよ」

 

「……お互い様でしょ」

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 秋葉とさつきの手は硫酸で赤黒く爛れ、炭化し始めていた。

 そんな痛ましい手を振り回して戦っている。

 二人とも、歯を食いしばって、思い切り殴り、蹴り、飛び跳ねる。

 手が壊れるのもモノともしない、乱暴で壊れた戦い方。

 

 さつきの思考から、彼女が何を考えているのか私にもわかった。

 それは、胸が張り裂けそうな、余りにも切実な思い。

 傍目で隣のメイドたちを見る。

 動き出す様子も無く、じっと戦いを見守っている。

 先程の失態からなのか、あるいは真意を気取られたからか。

 

「……加勢しないのですか」

 

 私の問いに、琥珀はゆっくりと頷いた。

 

「ええ。もう、意味もないですから」

 

 どこか諦めてるような、遠い眼差し。

 この間まで昏睡してきた彼女たちだが、タタリの力によって眠りから目覚めさせられた。

 この夜は、奇跡の一時なのだ。

 しかし、それがかえって、遠野志貴(かれ)にとっての地獄の一時になろうとしている。

 

「貴方たちは、この夜の一時に目覚めた今を利用して──死ぬつもりなんですね」

 

 琥珀は目を瞑ってうなずく。翡翠は痛々しい顔をして、目を背けた。

 

「──志貴様の負担に、なってますからね」

 

 渇いた、笑顔。

 最早自身に対する嘲笑のようだった。

 琥珀と翡翠の事はわかった。

 しかし、腑に落ちない点が一つある。

 

「遠野秋葉も、そのつもりなのですか」

 

 私の問いに、じっくりと琥珀は考えて、答えた。

 

「──────はい」

 

「どうして?彼は貴方たちの為にこれまでの日々を乗り越えてきたのに」

 

「秋葉さまにとって、それが苦痛だったから──です」

 

――ぐぅの音も出ない。

 私自身、考えないように今まできてしまった。

 秋葉は今の状況を、どう思ってるのか?

 兄が一生懸命自分の事を介抱してくれて、独り占めできたと喜んでいたのか。

 答えは否だったのだ。

 

「……つまり、秋葉の狙いは、志貴と一緒に死ぬ事ですか」

 

「そうです」

 

 力強く、琥珀は頷いた。

 そうか。それならば納得がいく。

 真意がわかって、なおもさつきと秋葉は激しくぶつかり合う、その訳を。

 それが知られて、琥珀と翡翠は妨害をやめたのか。

 皆、志貴の為に戦ってたのだ。

 秋葉は、自分を抱えて苦しみながら生きねばならない志貴を解放してあげたい。

 さつきは、何か解決策は無いかとこれまで必死に足掻いた志貴のこれまでを台無しにしたくない。

 琥珀と翡翠もまた、病院で寝たきりでいるままで志貴の足かせになりたくない。

──ならば、私は?

 私はどうする。

 自分の傲慢さで、たくさんの人を犠牲にしてしまった。

 自分自身も、人を襲う死徒にさせられてしまった。

 吸血鬼化の治療を求めてここまできた。

 たった一人で無謀な旅をしようとした。

 そんな中で、志貴たち(仲間)に巡り会えた。

 その土地で因縁のタタリと出会った。

 今まで、何をした?何が還せた?

 情けなく無いのか、シオン・エルトナム・アトラシア──。

 

 銃を構える。

 

「……行くのですか」

 

 沈痛な面持ちで、翡翠が尋ねる。

 

「ええ。私もまた、彼に助けられたので」

 

「貴方は、何を助けられたのですか?」

 

「──――――そうですね」

 

 目を瞑って振り返る。

 ファーストコンタクトでしくじって、志貴に倒された時の事。

 真祖の足取りを確かめるために、ゲームセンターへ行った時の事。

 朝、おはようと言って日本のごはんを振る舞ってくれた事。

 何も問題は解決なんかしちゃいない。

 それでも、救われたと思えた理由は。

 

「心──です」

 

 今、しっかり笑えてるだろうか。

 私だって、救いたいのだ。

 救えると、信じたいのだ。

 

 

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