Melty Blood Another 作:Unknown37564
真っ暗闇。
ズキン、ズキン、ズキン、と。
拍動に合わせた痛みが胸に。
まるで、太い針を突き刺しているような。
車が揺れる度に、呼吸をする度に、痛む。
息を止めてみたところで、痛みは収まらない。
結局横になって息を整え、血中の流れを促進するように努める。少しでも思考が鈍らない事だけに、専念していた。
ただただ、永遠とも思える痛みの広がる
耳からは、車の重たい走行音とワイパー音、そして雨が車体を打つ音。
時折止まったり、また走り出したり。
そうして、ゆっくりと止まり──扉の開く音がする。
「おい! 小僧!! ついたぞ!! 大丈夫か!!」
きっと宗玄の爺さんが呼びかけているのだろう。
近くにいるはずなのに、まるで遥か遠くから聞こえてくるようだ。
――起きねば。戦うために。
「うぅ……」
呻きながら、身体を起こそうとする。
ビキビキと、全身が枯れ木のように軋んで悲鳴を上げている。
もう駄目だと、俺の身体は言っている。
ふざけるな。起き上がれ。
待ってる人たちが、いるだろう。
ドアのへりを掴んで、無理矢理身体を起こす。
ミシミシと、筋肉が唸る。
やめてくれ、と俺の身体は吠える。
黙れ、俺の肉体よ。言うことを聞け。
「はぁ──はぁ──!」
なんとか身体を起こした。
目を開ける。
世界がぐるぐると回転するような、強烈な目眩。
そして、胃袋がひっくり返りそうな程の、吐き気。
脳を鷲掴みにして
世界全てが、俺の敵に回ったのかと錯覚しそうになる。
俺の腕がまくり上げられた。
横を見ると、宗玄の爺さんが脱脂綿で拭いている。
「今から打つのは鎮痛剤とアドレナリンをカクテルしたものじゃ」
つまりやばい薬って事か。
「この夜も、越えられない、ヤツに、明日の事、なんて、考える資格は、無い……」
言葉が勝手に口から出てくる。
考えてから言葉を返すことも、今の俺には出来なかったんだ。
「──よくぞ言った」
爺さんはにっかり笑うと、懐から銀色の小さな鉄箱を取り出した。
――――――意識が飛びかける。
ちくり、と腕に痛み。
身体に抱える全ての痛みに比べれば、むしろ心地良さを感じた。
腕から何か冷たいものが流れていくのを実感する。
すーっと、
ぐわんぐわんと揺れ動く世界が、ぴたり。と、正確に当てはまった。焦点を失ったレンズが、無理矢理合わさるように。
そうだ、俺は今、死地へと赴く。
さつき達が懸命に戦っているだろう。
ここで止まってはいられない。
「ふぅ。よし」
首を動かす。ごきごき、と鈍い音が鳴る。
頭が晴れたところで、抱える痛みも身体の重さも変わりはしない。
それでも俺は、未来へと歩き出す。
「行ってきます」
「おう」
爺さんが、車外から濡れた手を差し出す。
その手を左腕で取って、車から出る。
雨が強く打ち付けている。
ずるずると、歩き出した。
このふざけた夜を、終わらせるために。
「――行ってこい、志貴!」
まるで背中に張り手をされたような、そんな気がするほどの力強い声だ。
本当に、爺さんには助けられてばかりだ。
そうして、門扉が目の前に来た。
いつもの──いや、もう以前の事か。
毎日通っていた、遠野家の屋敷へ続く門を潜った。
◇
脂汗が雨に混ざっていく。
右胸を抑えながら、敷石道を歩いている。
いくら薬で補強されていても、駄目なものは駄目か。
──七夜の身体操作術は、常人の筋出力を遥かに越える事が出来る。
人外と渡り合う為に、自身もその領域へ踏み込んでいく。
俺は、七夜の技術だけを真似てる三流だ。
本来はその身体操作術で身体を壊さない為に、肉体も鍛錬する。
想像を絶する程の修行を経て、ようやく七夜の暗殺者として一人前へと至れるのだ。
しかし、俺は心臓の事があって肉体を鍛える余裕が無かった。
結果、技術にものをいわせて、身体に無理をきかせてきた。
そのツケが、今こうして来ているのだろうか。
片膝をつく。雨で足が濡れる。
こんなところで止まれない。
まだ、玄関も見えちゃいないんだ。
だっていうのに、まるでいくつもの重りがついてるように、足が重たい。
──チリン。
軽やかな鈴の音。顔を上げれば、そこにレンがいた。
雨が降りしきる暗闇を、ボウと見上げている。
さつき達と一緒に行ったのでは無かったのか。
雨にうたれている彼女は、青い濡れ髪から雫が滴っていた。
「レン……こんなところで、どうした。さつき達は──」
俺が声をかけるとレンは振り向く。
問いかけに答えずに、ゆっくりと俺に近づいてきた。
彼女の手が、俺へと伸びてくる。
「志貴――――――――死んじゃいそう」
俺の頬を軽く撫でてくる。
レンの顔は普段と変わらない、無表情だ。
「――どうして、行くの?」
死にかけてるくせに、どうして行くのかという問いだろうか。
どうして行くのか――。
この夜に腹が立つからか。
こんなひどい事をするタタリに対する義憤か。
さつきやシオン、秋葉たちの為か。
「……俺の為に、だな」
そうだ。それら全部ひっくるめて、俺がやりたいんだ。
俺がそうしたいんだ。
貰ったものが沢山あったと、気づけたから。
「それにな。俺は死なないよ」
俺の頬に添えられた、レンの手を取る。
柔らかな手は、まるで無垢な子どものようだ。
その手を、包むようにして握る。
雨に打たれてるとは思えないほどの、温もりを感じる手。
それは、自分の手が凍えきってる事を、嫌でも自覚させられた。
レンは、表情を変えずに俺を見つめる。
「アルクェイドに頼まれたからさ。レンを、一人には、させない――げほっ! げほっ!!」
痰が絡んで息が出来ず、みっともない咳が出る。
肺へのダメージで、身体の免疫機能が暴走してるからだ。
レンが心配そうな顔をしている。
気恥ずかしさを隠すように、にっこり笑ってみせた。
そうすると今度は心配そうな顔から、哀しそうな顔へと変わった。
「レン。お願いがあるんだけど」
掴んだ手を握ったまま、レンに語りかける。
「屋敷の反対側に回ると、裏庭がある。そこから一回中央に繋がってるから、入れるようにしておくから、そこから回ってきて欲しい」
レンはこくりと頷いた。
その面持ちは、心なしか決意に満ちたような気がした。
俺は立ち上がる。世界の重さへ抗うようにして。