Melty Blood Another   作:Unknown37564

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【第一章】不再踏轍/再び轍を踏まず
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 あれは中学生、冬の時期だった。

 何でかよく覚えて無いけど、下校時間が遅くなったのだけは覚えている。

 薄暮時になって、すっかり暗くなった学校を後にしようとした時に、女子生徒の声が聞こえたんだ。

 何だかひどく怯えたような叫び声に、ただならぬ感じがしてその声の方向に向かっていったんだ。

──そうだ、体育用具倉庫だ。そこで声がして、扉を開けようとしたけど鍵が掛かってて。

 俺は眼鏡を外して錠前を殺した(とびらをあけた)んだ。

 ゆっくりと開けて、中に誰かいないか確認しながら言ったんだ。

 

「──誰かいるの?」

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 翌日土曜の午前中、自宅の居間にて宗玄のじいさんの診察を受けていた。

 ロア事件以降からの俺はそれまでより衰弱しているようで、今まで月一度の診察だったのが週に一度の診察になってしまっていた。

 

 じいさんは俺の痩せた身体に聴診器を当てて、心音を聴取している。

 

「うむ、いつも通り弱っちい脈じゃなぁ!」

 

 じいさんは聴診器を外しながら、毎度のことのように呆れた顔をした。

 患者の面倒を見る。それがどれだけ面倒で大変な事かを、秋葉を介護する事でようやく身に沁みて理解していた。

 だからこそ、こうして俺という厄介な患者を診てもらっているという点で俺はじいさんに頭があがらなくなっていた。

 

「……すいません」

 

 そんな感謝と反省の気持ちで出てきた言葉に対して、宗玄は顔をしかめる。

 

「てめぇで決めた道だろうがよ、何謝ってんだ。ほれ、うつ伏せになれぃ」

 

 促されて、俺は布団でうつ伏せになる。

 そうだったな、助ける側はマウントを取りたくってやってる訳じゃない。その人を思うからこそ、助けるのだ。俺が伝えるべき言葉は──。

 

「そうですね、いつもありがとうございます」

 

 じいさんは俺の傷だらけの背中の筋肉──最長筋を触りながら答える。

 

「……ワシはな、お前さんに一目置いてんだ。最初こそ七夜の小僧という割にはその日暮らしの惰性で日々を送っとったが、今は悲しみを乗り越えて、死を目前に重いもんを背負って懸命に生きとる……ハナから治す事を目的にしてるんじゃない、少しでも長く生きられるようにしとるだけじゃ」

 

 言いながらツボ──秘孔とでも言うのだろうか、そこを指圧される。

 

「ぐうぅぅぅ!!!!」

 

 まるで、極太の針を差し込まれたかのような激痛。

 遠い世界へと旅立ちそうになる。

 もう何度も繰り返してきたことながら、未だにうめき声をあげずにはいられない。

 だがこれをしないと、もう俺の身体はまともに動く事も叶わないのだ。これを(こら)えればまた動けるというのなら、どんな痛みだって耐えてみせよう。

 

「ふっ、昔はこうするとヤブだのなんだの喚かれたもんだのに、今ではこれの有難みにも気づいたってところが、お前さんの成長の証だろうな」

 

「……あの日、俺は死んだようなものですから」

 

 ロアと対決したあの日から。

 当たり前のものを持っていた事がどれだけ尊い事で、それを持ち続ける事がどれだけ大変なのかという事を知った。

 世の子を持つ親、親無くして兄弟姉妹を養う長子はその重みを知っている。

 だけど俺は、そんな事から目を背けて刹那的に生きてきた。

 その代償が今の体たらくなのかもしれない。

 だが、俺にはまだ──。

 

「それでもまだお前さんは生きとる。生きとるからには、亡くした者の分まで生きねばならん。ワシがお前を見ているのも、お前の父親と嬢ちゃんの想いの為だ。もう終わったぞ」

 

 促されて、身体を起こす。

 その通りだ。

 死ぬまでに成さねばならない事が、俺にはある。

 

「やれやれ、次はお前の妹じゃな。ようやっとオナゴの身体に触れるわい」

 

「やらしい手つきだと思ったらぶっ飛ばすからな」

 

「おお怖い怖い」

 

 かっかっかっ、と俺の憎まれ口に軽快に笑う。

 最も、俺の言った事が冗談だという事は、今までの診察の真剣さから分かることだった。

 

 秋葉の容態を確認したり、吸血鬼との戦闘で参考にならないかと医学書を最近読み漁るようになった。

 そうしている内にこの時南宗玄という男がどれだけ深い知識を持ち合わせているのかを理解した。

 もし将来の夢を述べるとしたら、医者も悪くは無いんじゃないかと思い始めていた。

 ありとあらゆるモノを殺せる事を特技とする男が、医者になるってのも皮肉が効いていて面白い。最も、この身体では夢のまた夢でしか無いが。

 

「……小僧、最近有馬の家に顔を出しとるか?」

 

 真剣な表情で秋葉の胸へ──勿論寝間着越しだが──聴診器を胸に当てるじいさんが、急に変化球をパスしてきた。

 

「ついこの間に払込票を取りに行ったけど、それが?」

 

「そうか……ワシな、実はあそこの娘さんに稽古をつけとるんじゃ」

 

「……都古ちゃんが? それはまた、どうして?」

 

 有間都古、正直俺はあまりあの子の内面を掴みかねていた。

 日常会話程度なら問題ないが、俺が話しかけても何故か会話にならないのだ。

 おそらくあがり症なのだと思うが、問題なのはそれだけじゃない。

 極端に緊張すると逃げ出すか、腹に頭突きをしてくるかのどちらかしか無いのだ。

 故に、俺の中での印象は思春期なんだなっていう浅い感想しか出てこない。

 だが、いきなりそんな話を振ってくると心配にさせられる。

 

「あの子が言うなと言っとるからの、話す事はできん。ワシも知らんが、強くなりたいとだけは聞いた。強さを求めるのにワシなんかを参考にしてもな、と思ったがの。ただ、庭で体操がてらにやっていた八極拳の型を見られてのぉ。八極じゃなくて太極やってりゃ良かったか」

 

 じいさんは目をつむって思い出しながら苦笑いで語る。

 

──この人が出来る人間だという事は知っていた。

 というのも、初めて秋葉の診察をしてもらった時。

 暴れだした秋葉を取り押さえて無力化させたのがじいさんだったからだ。

 やはり七夜一族と関係性のある人間なだけあって、今の俺の目からみてもこの爺さんは"そっちの意味"でも一流だったのだ。

 

 ともかく、危なっかしくない理由ならば良いかと納得する事にした。

 

「そうかい、まぁじいさんの事だから悪いようにはならんだろうし大丈夫だろう」

 

 胸に何かつっかえるような感じを覚えたが、俺よりも年上の人間が監督している以上はどうこう言うのはよしておく。

 

「よし、施術も終わりじゃ。机の上にいつも通りの処方箋を置いとくぞ。今日はこれでお暇するわい」

 

 じいさんはいそいそと診療器具を片付けだす。

 

「ありがとうございました……あと、どれくらいですか?」

 

 じいさんは罰の悪そうな顔で、答えた。

 

「嬢ちゃんは例の事を考慮すれば衰弱具合から五年、お主は三年と言ったところだな」

 

 

──────もう、そんなにか。いよいよ、覚悟を決めないとな。

 

 

「…………わかりました。またお願いします」

 

 爺さんは鞄を取って立ち上がり玄関口へと足を運び───

 

「…………死に急ぐで無いぞ、小僧。まだ死んではならん。諦めない限りいつかきっと、きっと──報われる日がくる。それは待つのではなく、掴みにいかねばならんだろうがな。……今年十七歳なら、再来年には二十歳だ。お前と朱鷺恵と三人で酒を酌み交わしたいというのが、ワシの今の慎ましやかな願いじゃ」

 

「……はい」

 

 不意に送られた言葉──。

 胸に込み上げてくるものを感じ、玄関を出ていく背に対して礼をする。

 

──まだ、俺を気にかけてくれている人はいる。有馬のおじさんやおばさん、宗玄のじいさん。まだまだ俺には残ってるものがあると再確認させられた。

 

 温かな応援を胸に、俺は夜更けを待つのであった。

 

 

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