Melty Blood Another 作:Unknown37564
────一瞬で、終わらせる。
それが皮切りだった。濁流のように押し寄せていた彼の、苦痛に満ちた感情の嵐が、ピタリと止まった。
まるで死人のように、平坦で何も無い思考の凪。
人間とは思えぬ境地の体現に、私は寒気を覚えずにはいられなかった。
目の前の絢爛とした赤朱の鬼よりも、死に瀕している味方の方へ怖気の走る日が来るとは。
ともあれ、やるべき事に変わりはない。私は、私のやるべき事をやる。
善いか悪いかなんて、最早議論する余地も無い。
そんなものは既に、
高速思考、再展開。
戦術判断へのリソース分配を停止。
戦況分析と志貴からさつきへの思考中継へ、リソースを再定義。
レンの動線を確保する事。その為にエントランスから続く廊下の先、裏庭へのドアを開放するのが私の任務だ。
シンプルに、ドアに向かって銃撃し、扉を壊すだけでいい。しかし、あからさまに動けば秋葉に悟られる可能性が高い。
欺瞞が必要だ。秋葉への銃撃、それに失敗する形での跳弾、そしてドアへの着弾。これが私の導き出した解である。
意識を周辺に向ける。
志貴は脇腹を抑えながら、注意深く周囲を観察していた。
私は秋葉の側面へと回り込む。
あえて彼女の視界に私が入るようにすることで、注意を分散させる狙いだ。
そして飛び出した秋葉を遮るようにして、さつきが相対した。
秋葉の前蹴り──これにはフェイントが織り混ざる。
さつきは腕でブロックの姿勢──秋葉のフェイントへ合わせるように。
フェイントでタイミングをずらすと同時、力を溜めた秋葉の蹴りが放たれる。
しかしさつきは、少しだけ身を引いて勢いを殺し、受け止める事に成功。
「なっ?!」
秋葉から驚愕の声。
さつきは蹴り足を逃さない。足首を掴んですぐ、思い切り真上へ投げるように持ち上げる。
秋葉の体がさつきの直上へと来る。
「せぇえ、のぉ!」
さつきが秋葉を振り下ろさんとする──秋葉は檻髪で離れようとする。
さつきは急ぎ手を離した。
手があった空間に赤い螺旋が走る。
「見切ったぁ!」
さつきがニヤリとしながら声を張り上げる。嬉しかったのが声色からも伝わる程だ。
最も、見切ったのでは無く志貴が観察して判断した事を、私がさつきへと介してるからだ。
さつきはさらに、思考共有をしていない事をアピールする為の欺瞞と煽りの二重の意味で言ったのだろう。
一方の秋葉は、一メートル六◯センチの高さから自由落下していく。
紅の髪を靡かせ、妖しい笑みを私へ向ける。
その返答として、バレルレプリカを──。
一発目、秋葉の脳天へ。
二発目、心臓へ。
三発目、大腿部。
四発目、右肩。
五発目、少し遅らせて、落下到達地点へ。
六発目、天井へと曲射。
バレルレプリカ──
定めた通りの場所へ。定めた拍子に合わせて。正確に引き金を引く。
弾丸が彼女へと向かう。
秋葉は宙空で身を捻る。まるで朱い螺旋のように。
一発目から四発目が全て、彼女を掠めて素通りしていく。
五発目、爪で弾丸が弾かれる。
五発目の弾丸が天井の六発目へと向かっていく。
弾かれて、片方は廊下へ。もう片方が私の方へ。
これは腕で受ける──!
ぐずり、と弾丸が肉にめり込む音。
ずん、と重くて鈍い衝撃が右腕に走る。
「シオン!」
さつきがこっちを見ながら叫ぶ。
「あら残念。少し甘く見過ぎよ」
秋葉はしたり顔で私を嘲笑う。
腕から血が滴る。
遅れてきたようにズキンズキンと痛みが増大してくる。
もう、両腕が使い物にならない。
全身が鳥肌立ってくる。
────全て、計算通り。
ここまで上手く行くものか。これも全て、志貴が戦況判断を代替してくれたからだ。
「貴方こそ、私を──錬金術師を、舐めすぎでは?」
「……何が言いたいのかしら」
「一つ、言っておきましょう」
腕から滴る血で真っ赤に染まった手で、エントランスの先を指して、告げた。
「志貴は動きませんよ」
私が指差した方を秋葉が見る。
レンが飛びかかっていた。光球のようなのを抱えて。
「いっくよー!」
最早わざとらしいとまで言えるほどの、元気な掛け声。
勿論さつきの声だ。拳を振りかぶって秋葉へと飛びかかっている。
チェックだ。左腕のエーテライトを
「うっ……!」
──激痛。全身が凍りつくほどの、寒気が走る。
痛みで思考が定まらなくなる。だが、最早問題では無い。
背筋を伸ばして、秋葉を見据える。
──戦えるかどうか、では無い。
"こんな状況でも戦えるという凄み"を見せる!
「くっ!!」
秋葉がこちらを
焦り、躊躇、憤り。視線がエーテライトより雄弁に語っているのを、理解できる。
その視線に、真っ向から睨み返した。
彼女の前方には情報の無い
秋葉が私の方へ来る確率──いや、最早計算はいらない。仲間たちを、信じる。
──来るなら、来い!
いよいよ、さつきとレンが迫る。
秋葉は────後退した。
──チェックメイト。
秋葉が後ろへ振り返る。その先に居るのは志貴。
彼が、
縮地のような動きで秋葉へと駆けていた。
刃を逆手持ちにして
僅か一メートルの間合いに、幾つもの赤い螺旋が立ち昇る。
志貴は眼中に無いとでも言わんばかりに、真っ直ぐ突っ込んでいく。
最小の動きでナイフを払って螺旋を
遂に二人が交錯する。
秋葉は穏やかな顔で腕を広げる。
彼は、その微笑みへと刃を突き立て────。
◇
焼け爛れたように、真っ赤でツギハギだらけの視界。
痛みは遥かな遠くに置き去りにしてきた。
ここに在る俺は、一つの戦闘する機械。
赤い螺旋なんて、幾度となく捌いてきた。
切り払ったその先──腕を伸ばして、俺を迎えようとする秋葉。
伸ばした左腕を巻き込んで、頭部を抱え込みながら押し倒す。
そして、右手に持ったナイフで首筋の黒い靄の点を穿った。
木製の床を突く音が鈍く響く。
そして、
「────兄、さん」
秋葉が涙を溢れさせた目で、俺の頬を撫でる。
「ごめん、なさい。ごめんな、さい。兄、さん。ごめん、なさ、い」
そしてパタリと、糸が切れたように腕が落ちた。
まだ気を抜けない。立ち上がって、後ろへ振り返った。
琥珀さんと翡翠。
玄関の近くで、壁を背にして一緒に座り込んでいた。
まるで眠そうにしている子供のように、微睡んでいる。翡翠はもう琥珀さんへ凭れるようにしていた。
彼女たちに近寄る。
「……やっぱり、私たちは秋葉様に釣られて起きたようですね」
わかっていた。俺もそうだろうとは思ってた。
ヤツにとってはしょせん、俺達は舞台の演者でしかないんだ。
「俺の我侭で、振り回して、ごめん」
「信じてます、私……翡翠ちゃんも……貴方を……」
遂に琥珀さんは瞼を閉じた。
一定の呼吸音は、彼女たちが醒めない眠りについた証拠に見えた。
──七ツ夜の刃をしまう。
起きているのがしんどい。仰向けに寝転んだ。
「志貴くん!」
「志貴!」
シオンとさつき、レンが駆け寄ってくる。
「悪い、皆。助けてくれて、ありがとう」
片腕が折れ、もう片方は銃弾を受けて血だらけのシオン。
右手が赤黒く爛れたさつき。
レンも雨に打たれてずぶ濡れだ。
三人とも、普段よりも一層はっきりとした死の線が浮かんでいる。
それは、彼女たちが死に瀕してるからか、それとも俺が死の際に立っているからか。
さつきが俺の頭を持ち上げて膝枕してくれた。
「志貴くん……」
名前を呼んだきり、言葉が出てこないさつき。
その面持ちは、今にも泣き出しそうだった。
思えば彼女と再会してから、泣き顔をよく見ているような気がする。
そんな顔をさせないようにと、戦ってきたはずなのに。
「──こんな事してたら、死んじゃう」
レンがぽつりと言った。
確かに、今回は死ぬかと思った。
これまでの戦いは相手を
でも、今回の戦いは自分の大切な人たちばかりだった。
だけど、だからこそ。
「俺は、命のある限り……戦いたい」
「馬鹿!!!!」
さつきが怒鳴ると、俺は唇を奪われた。
口の中に、彼女の舌が入っていく。温かい舌が、俺の舌を絡める。
不器用に、それでいて自分がここに居るんだと主張するような力強い絡みつき。
色気の欠片もない、がむしゃらな接吻。
そして、唇が離された。
顔を真っ赤にして、大粒の涙を零しているさつきの顔が、真近にある。
「どうして……どうして自分を大切にできないの!!
──いつからだろうか。皆を助けられなかったあの日から?
いや違う。もっと前だ。そうだ、あれは——死線が見えるようになった、あの日から。
俺にとって世界は、死で満ち溢れていた。
生きてれば、必ず死ぬ。だから、それまで一生懸命生きる。
でも、一生懸命になったって、こんなにも簡単に殺せる。殺される。
頑張る事に、意味なんてあるのか?
そんな風に思ってた時、先生に出会えた。
俺の見てるモノがおかしいんだって気づけて、世界はもっと素敵なもので溢れてると識って。
だから。そうだ、俺は……そんな大切な人たちを助けたかった。
「貴方が私たちを大切に思ってくれてるように! 私だって、志貴くんが大切なんだよ!!!!」
まるで張り手でもされるんじゃないかという程の、凄い怒気。
思わずはっとさせられる。
そうだ、その通りだ。どこかすっかり忘れてた。
どうしたって、そんな当たり前の事、忘れてたのだろうか。
シオンが近くへ来て、しゃがみこんだ。
そして、血だらけの手で俺の手を取った。
「……私たちが傷ついてる事に、貴方が心を痛めてるのを、今ようやく理解できました。だからこそ、言わせてください」
シオンが俺の手の甲へ軽く口づけをした。
「貴方が傷つけば、私たちも心が痛いんです」
頬も、耳も真っ赤にしながら、それでいて毅然と、凛とした視線で俺を見て言う。
──彼女は変わった。いや、成長したのだ。
人と関わり、心を理解しようとして、社会に順応して。
見識を広げて人の世を識った彼女に、最早計算違いはあり得ないだろう。
レンもこちらへ来て、俺のポケットを
弦を伸ばすと、俺へと優しく掛けてくれた。
もう、駄目だ────意識が、
そんな闇の中で、レンの声が、響いた。
「責任、とって」