Melty Blood Another 作:Unknown37564
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真夜中の病室。
病床には、秋葉と琥珀さん、翡翠さん、そして志貴くんが眠っている。
シオンは今、腕に食い込んだ弾丸の摘出手術を受けている。レンは身体が冷えたからか、猫の状態に戻って志貴くんの布団の中で寝ている。
あの屋敷での戦いの後、志貴くんは気絶してしまったので、私たちは急いで彼を病院まで運んだ。
彼は見た目以上に重傷だった。肋骨はヒビどころか折れてしまっており、後少し力が加わっていたら肺に突き刺さっていた可能性があったとお医者さんが語ってた。
――知らなかった。志貴くんがこんなに無茶する人だったなんて。
学校では基本のんびりしてる所があって、それでいて乾くんと悪ノリしちゃう男の子っぽい所があって。でも何処か周りと一線を引いてて、超然とした人だとばかり思ってた。
優しいだけじゃなかったんだ。ちゃんと彼には彼のエゴがあって、それを貫こうとする意地があったんだ。
それを知った時にとても嬉しかったけど、同時に気付かされた。彼も醜い部分があるって事に、安堵した自分がいたのを。
そして許せなかった。簡単に命を賭けてしまう事に。きっと彼にとっては荒事が日常茶飯事になってしまったんだろうけど、それでも命ある限り戦うなんて、普通じゃない。
こんな事になってしまったのなんて、一つしか考えられない。彼ばかりが抱え込むものが多くて、誰かが彼を支える事をしないからだ。
それはきっと、私だって同じなんだ。彼にとっての守らないといけない対象に、甘えようとしてた。
とても恥ずかしくて、だからこそ憤った。私はいつまで甘えてるんだって。
あの日、両親が死んで、化物に変わったあの日。あの日に"女子高生"弓塚さつきは死んだ。
今ここに居る私は"吸血鬼"弓塚さつきだ。夜に駆ける事だけを赦された、化物。
だから、私は弱くない! 貴方を支えられる! 隣に立って一緒に戦える!
ここにちゃんと、貴方を支えようとする私が居るんだよって事を、教えたかった。
教えたかった、ん、だけどぉ〜〜〜!
「ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
顔があっつくなってきた!
いくら何でもキスするとか! 気持ちが昂ってたからってあれは無い!! あれは無いよぉ!! しかも勢いで舌まで入れちゃったし!! 初めてのキスが無理矢理男の人襲いましたなんてやだよぉ〜〜〜〜!! いや、でも今からキスするね? って聞くのもそれはなんか変態ぽくってやだし……でもよくよく考えたらやっぱ無理矢理の方も変態だよぉ!!
思い出したらシオンも手の甲にキスしてたよね?! あれって何?! 外国だと挨拶でやるのは知ってるけど普通男性から女性にしたりとかじゃ無いの?! 深い意味無いんだよね?!
というかレンの責任とっても何?! 志貴くんこんな子に手を出したの!? もぉ〜〜〜訳わかんないよぉ〜〜〜〜!!
◇
私を施術していた医師が、一瞬怪訝そうな顔をした。
折れた腕を動かした事を不審に思われたか。
しかし医師は何も言うこと無くまた縫合を続けた。
手術とはいえ腕部のみの負傷なので、局所麻酔での手術だった。
そして今、弾丸の摘出を終えて縫合、包帯を巻き終わるところだった。
「はい。終わりました。違和感などはありませんか?」
起き上がり、手を返したりして確認する。
つきりと痛みが走るが、特に運動障害を感じることは無い。
「問題ありません」
「はい、では痛み止めと抗生物質、それと術後に発熱する可能性があるので」
「大丈夫です。医学は心得てます」
錬金術師としての修行の一環と吸血鬼化の治療目的で、医学も修めている。
医師免許は所持していないが、臨床研修を行えば医師国家資格試験にも臨めるぐらいだ。
「そうでしたか。ではNSAIDsとセフジニルを処方しますので。骨折の方は……超音波診断ではひびのようなので、金属副子と
「わかりました」
「では副子の準備をしますので、また待合室の方でお待ちください」
一礼して靴を履き、部屋を後にした。
真夜中だというのに、救急外来の待合室には複数の患者とその付添の家族らがいる。
ソファで横たわる者、付き添いの母親にもたれ掛かる子供、ガラガラの声で泣く赤ん坊。
先が見通せない私なんかより、彼らを——いや、この考え方は駄目だ。
私は、志貴のそれを否定したでは無いか。
待合室の一番端のソファに腰掛ける。
「セフジニル……」
確か鉄分と一緒に服用すると効果が十分の一まで激減してしまうとか。
鉄分──血、か。吸血鬼化を治療しようとしてる私に、セフジニルとは皮肉が効いてるかもしれない。
もう一度、弾丸を受けた手を見た。ところどころに細かい擦り傷がついている。
──思い出したらシオンも手の甲にキスしてたよね?! あれって何?!
自分でもよくわからない。何であんな事をしたのか。
さつきに"あてられた"のかと言われると、否定できない。
私自身も、志貴に"私がいる"という事を伝えたかった。
でも、それだけでは無い、と思う。
志貴が好きか、嫌いか。間違いなく嫌いではない。なんなら好きな方だと言っても良い。
でも、恋してるのか、愛してるのか。これが分からない。
そもそも"大切な誰か"なんて、この国に来て初めて出来た。
この気持ちが何なのかさえ、私は解き明かせて無い。
哲学者プラトンは、愛とは魂のレベルで結びつきたい事だと提唱した。
ニーチェは、欠点でさえも完璧なものとして見える事だと。
しかし幾人の哲学者たちの言葉を思い返しても、結局のところ今私が抱えてるこの"気持ち"に対する答えは、判然としない。
手の甲にするキスは、かつては敬愛を表すものだった。
しかし現在では多様な意味が含まれ、独占欲やマーキングの意味にも捉えられる。
私は、どちらの意味でやったのだろうか────。
ふと、横を見た。柱に巨大な鏡がついている。
その鏡に移る私は──耳が真っ赤だった。鏡の私は大きく目を見開いている。
答えが、否応にも解らされてしまった。
結局のところ、百万の知識を集めるよりも、一度の経験の方が
それにしても、これが恋愛──。
「──悪く無い、ですね」
鏡の私は、見たことのない微笑みを浮かべていた。
こんなに緩んだ顔が自分にも出来るんだという事が、何故か少し誇らしかった。
◇
志貴たちの眠る病室の前まで来た。
音が出ないように、ゆっくりと扉をスライドする。
目に飛び込んできたのは、白いベッドで穏やかに眠っている志貴たち。
そして、椅子に座って頭をワシワシと両手で掻きむしっているさつきだった。
「ぅ~~~~~~ん……」
顔を真っ赤にして小さく唸ってる様子が子犬のように見えて、ついクスリと笑ってしまった。
私の失笑に反応して、さつきはびくっと身体を震わせて周囲を見渡して、目があった。
「……もぉ。来たなら声かけてよぉ」
「すいません、可愛らしかったもので」
褒め言葉で濁そうとしたが、さつきは口を尖らせてムスッとした。
しかし三角巾で吊された私の腕を見て、彼女はすぐに心配そうな顔になった。
「……腕、大丈夫?」
「ええ。痛みはしますが命に別状は無いので、明日整復する予定です」
そっか、とさつきは大きく息を吐いた。
私もさつきが座っているソファへ、一人分の間隔を空けて腰掛けた。
──静寂。ここには心電計も、酸素吸入機も無い。
私は、言わねばならない。
彼女の、彼に対する心の内を私は知っている。
好意という一言だけではすまない、まるで宵闇の様に暗い感情を。
しかし、それでも。
吊り橋効果なのかもしれない。一過性のものかもしれない。
けれど、彼が好きだと言う今の気持ちに、偽りは——無い。
「さつき」
「……何?」
「……私は、志貴の事が——好きです」
心臓が早鐘を打っている。痛いほどに。
頭に血が登ってくのも感じられる。
彼の手に口付けした時よりも、緊張している。
さつきは、うん、と言うと満開の花の様に笑って見せた。
「そんな気は、してたよ。だって、恋に堕ちてもしょうがない程の経験、しちゃってるもんね」
ただの雑談の様に、伸びをしながらさつきは言う。
まるで決戦に臨むような気持ちで打ち明けた私が、間抜けなようで少し腹立たしくもなった。
「良いのですか? 恋敵は多いと思いますが」
私の挑発に、さつきは吹き出して笑った。
「そんなの今更でしょ? 一人増えても大差無いよ」
さつきは秋葉たちの方を見ながら、微笑んで言った。
窓から差し込む月光に照らされたさつきの横顔は、まるで彫像のような美しさだった。
「それよりも! 志貴くんのどんな所が好きなの?」
興味津々とばかりに、さつきは身を乗り出して聞いてきた。
あまりに接近するもので、私はソファの端へと追いやられる。
──彼女を通して、一つ理解できた事がある。
私もまた、寄り添ってくれる誰かを求めてた事に。
かつて私は、彼を蝋燭の灯火に例えた。それは儚さと散り際の力強さを例えるためだった。
だけどそれだけでは無かったと、今なら思える。
「……気づいたんです。彼の優しさ、温かさ。それはまるで、灯火のようにそっと寄り添ってくれるものだと」
きっと彼に惚れた女性たちは、そんなところに惹かれたのだろう。
さつきは驚きで目を丸くした後、座り直して姿勢を正し、口を開いた。
「……私にとってもね。志貴くんは光なんだ。夜に生きる事だけを赦された私にとっての、唯一の光」
夜に生きる事だけを赦された──吸血鬼。
「……もし、吸血鬼化の治療法が見つかったとして。貴方は、人間に戻りますか?」
さつきは口に手を当てて目をつむり、うーんと唸った後、答えた。
「……志貴くんがそれを望むなら。でも、今のままでは──戻る気は無いかな」
私にとっての死徒化は、乗り越えなければならない試練。
しかし、彼女にとっての死徒化は——宿命。
打ち破ろうとする私と、受け入れて
噛み合ってない筈なのに、なんだか妙に馴染むのだ。
「シオン。お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
さつきは私の手を優しく握って、真剣な眼差しで見つめてくる。
「以前、固有結界の話したよね?」
「──なるほど。使えるようになりたいと?」
エーテライトも、高速思考さえいらない。目下の課題は、お互いに見えていたようだ。
「うん。シオンって確か魔術師の学校の院長候補だったんだよね? だから教わるなら一番かなって」
「そうですね。私も固有結界の持ち主が宝の持ち腐れでいるのを傍観してるのは、アトラシアの名が廃ると思ってたところです」
彼女に魔術を教え、それと並行して自身も鍛えねば。
今のままでは、彼の足を引っ張ってしまう。
「うん! それじゃあ、よろしくお願いします。シオン先生!」
──先生、か。そんな風に言われる日が来るとは、思わなかった。
気恥ずかしくなったが、誤魔化す事も無いだろう。
それをしても許される相手だから。
「ええ──よろしくお願いします」
はにかみながらも、笑顔を送った。