Melty Blood Another 作:Unknown37564
喉が、渇いた。
暗闇の中で最初に感じた事が、それだった。
瞼を開ける。白い天井には、ラクガキのような線が走っている。見慣れたいつもの死線だ。
首だけを傾けて辺りを見ると、自分が白いベッドに寝かされている事を把握した。
そして同時に、鼻につく消毒液の臭いからここが病院である事を悟った。
身体を起こそうとすると、胸にシンと軋むような痛みが走る。
そこでようやく、ボケてた頭がフル回転をし始めた。
あの後、気絶した筈なのにどうしてここにいるのか。レンやさつき、シオンはどこにいるのか。
俺は今、どこの病院にいるのか。
順を追って確認するため、辺りを見渡した。
隣にあるベッドには病院着姿の秋葉が眠っていた。髪は、相変わらずの朱色だ。
向かいのベッドを見ると、茜色の髪が見える。琥珀さんと翡翠だろうか。
上体を起こしてるのがしんどくて、また横になった。
その時、床頭台に卓上カレンダーがあったのでそれを取った。
そのカレンダーの下部に、三咲市総合病院という名前が刻まれていた。
たしかこの病院は元遠野グループが、現在は久我峰が
首尾よくシオンたちがやってくれたのだろう。あるいは久我峰がそうしたのか。
どちらにせよ、彼女らに大きな借りができた。
「志貴」
──その声は、遠いあの日へ置き去りにしてきた、彼女のもの。
脳が理解するよりも先に、身体が動いた。
上体を起こす。胸に痛みが走るが、そんな事はどうでも良かった。
病室の窓辺に、先程まではなかった人の後ろ姿。
無地の白いタートルネックにスカート。そして、月光によって
彼女は振り返る。紅い瞳、柔らかな笑顔、造り物めいたなんて言葉を超越した、
月が
「──アル、クェイ、ド」
言いたいことが、伝えたいことが、沢山あるんだ。
だっていうのに、全く言葉にならない。
どうして俺は口が開かない?
アルクェイドは月明かりに照らされた微笑みを向けながら、俺のベッドへと歩いてくる。
彼女の靴が、コツコツと音を立てているのが聞こえる。
そうして、彼女はついに俺の下へきた。
彼女は一瞬哀しそうな顔をするも、それを押し殺すような笑顔をまたする。
そして──俺は抱きしめられた。まるで羽毛のように、ふわりと。
およそ一分ほど、そうしていたと思う。
またふわりと、彼女が俺から離れていく。
いかないでくれ!
手を伸ばすが、しかし口だけが開かない。
「頑張って」
寂しそうな笑顔。それだけを見せて、彼女は部屋を後にしようとする。
駄目だ! いかないでくれ! 側にいてくれ! 助けてくれ!
身を乗り出して、引き留めようとする。
しかし、勢いあまってベッドから転落した。
肉体は中空へ放られ、後は
何をやってるんだ、俺は──。
◇
びくり、と飛び起きるようにして目が覚める。
──さっきまでのは夢、だったのか?
周辺を見渡す。白い天井、白いベッド、秋葉、琥珀さん、翡翠、卓上カレンダーには三咲市総合病院。鼻につく消毒液の臭い、胸に走るシンと軋むような痛み。
夢で見た内容と寸分違わず一致してて、思わず気持ちが悪くなってくる。
いや、唯一違う点が一つだけあった。
右隣にある椅子で、黒い猫が丸まって寝ている。これはレンだ。
「レン」
身を乗り出して、手で軽く撫でるも反応が無い。熟睡してるのだろう。
レンの能力に関する事は今ひとつ理解できてない。例えば彼女が起きてる時に夢魔としての能力が行使できるのか、それとも一緒に寝ることで能力を使用するのか。
だとしても、先程の夢は結局のところ、俺の甘えた心が生み出したものなのかもしれない。アルクェイドの身を案じるよりも、俺を助けてくれだなんて。
──ふと、隣の秋葉を見た。
ゆっくりと深い呼吸をしているのが、布団の膨らみから見て分かる。
──ごめん、なさい。ごめんな、さい。兄、さん。ごめん、なさ、い。
涙を蓄えた秋葉の泣き顔を、思い出した。
結局のところ、秋葉たちに生きていて欲しいというのは、俺の
日々を生きるのに一杯一杯で、相手の気持ちに立って考える事をすっかり忘れてたのかもしれない。
いや、それ以上に、俺は目を背けたかったのだ。
自分が正しい事をしているんだと、自分に嘘をついてきた。
辛い現実を前にして、押しつぶされないようにする
だからこそ、さつきにも人の気持ちを考えろと怒られてしまうのだ。
駄目だ。気持ちを切り替えなければ。
身体はとっくに限界だ。
今の俺は、心を燃料にして動き続ける火の車だ。
尽き果てたら、もう動けない。その時こそ、俺の終わりだ。
だっていうのに──どうしてこうも、心が
──貴方が私たちを大切に思ってくれてるように! 私だって、志貴くんが大切なんだよ!!!!
じゃあ、どうしてれば良かったんだ。
肋骨折れたかもしれないから俺は病院に行く、そっちはそっちで頑張れ、か?
そんな事、出来るわけがない。
──貴方が傷つけば、私たちも心が痛いんです。
そんなのはお互い様だ。だからこそ、痛いのも、苦しいのも、全部飲み込んで走っていくんだ。
俺達の行く道は舗装路じゃない。針山だ。歩くだけ傷つき、死へと向かう地獄の道なんだ。
──地獄の道へ、俺は彼女たちを
ついてきてくれるものだと、俺は甘えてしまってるのか?
分からない。俺自身の気持ちも、彼女たちが何を考えているのかも、何も分からない。
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。駄目だ!
どうにも頭の整理がつかない。考えれば考えるほど碌でも無い思考が浮かんでくる。
しばらく起きてみたが、シオンたちが来る様子は無い。
寝直そうとも思ったが、どうにも寝付くことが出来ないでいた。
先ほどから、喉が渇いて仕方がない。
脱水症状なのか、それとも心の防御反応なのか。
とにかくこの渇きは、嫌な事を思い出していけない。
再び身体を起こす。
椅子に自分のジャケットが掛かっていたのを見つけた。
まずは外ポケットから、魔眼殺しの眼鏡を取り出して掛けた。
そして内ポケットから、財布をとりだした。
いくら必要なのかわからず、とりあえず財布ごと持っていくか。
ベッドから降りようとすると、ちょうど良い位置にスリッパが置かれてたのでそれを履いた。
ビニル製のスリッパの冷たさに、寒気が走った。
そういえば──。
外を見る。夜月に照らされた樹木は、その枝葉をすっかり散らしていた。
季節は、もう秋から冬に差し掛かる頃。
どうりで、寒いと感じたわけだ。