Melty Blood Another 作:Unknown37564
宗玄の爺さんたちにカウンターへ招かれた俺と有彦とレンは、学校での俺達の様子を聞き出されているところだった。
席順としてはレン、俺、有彦、宗玄の爺さん、刀崎さんの順だ。
俺の目の前には一杯のホットコーヒーが、湯気を立ててそこにある。
砂糖を
淹れられたばかりのコーヒーにはほんの少し泡があり、それが渦に沿って流れ出す。
表では暑くて汗をかいていた身体は、店内の空調と汗ですっかり冷え込んでいた。
だからこそ、このコーヒーの温かさが今の俺には心地よく感じられる。
左隣に居るレンは、黙々とパフェを口に運んでいた。
相変わらずの無表情ではあるが、どこか目が活き活きとしてるように見える。
ひくひくと動く尖り耳を見るに、耳に挟む程度で聞いてはいるようだ。
「レンさん! 一口で良いからパフェ! パフェください!」
「駄目」
「一口! 一口だけ!」
さっきからずっと左隣でふわふわと浮いているななこが、レンにパフェを要求している。
店に入る前、有彦から可愛そうだからって何か買ってやったりするなよと釘を刺されていた。
お調子乗りの気質があり、一度許すと何でも感でも要求してくるらしい。
故に俺も聞こえない振りを通し続けてる。
そんな様子のななこに有彦はといえば、すっかり慣れた様子で気にもしていなかった。
「んじゃあ、とっておきの文化祭のアレの話、すっか!」
「うぇ、おい……アレかよ……」
有彦の発言で嫌な予感がした。文化祭の件といえば俺達のやらかし話しか無いからだ。
「なんじゃ? お主ら何ぞやらかしたのか?」
かっかっかっ、と愉快そうに笑う宗玄の爺さんに対して、刀崎さんも興味有りげな顔でウイスキーを一口含む。
──有彦が話をしようとしてる内容は、高校一年の文化祭での出来事だ。
文化祭といったイベントごとの取り決めなんかは、多感な時期の学生達ではスムーズに決まらないのが学生の常。
そんな中で、誰かが言った"お化け屋敷でいいんじゃね?"の一言で決定。
当然脅かし役なんてシャイな学生たちがやりたがらない中、有彦は言わずもがな自薦だったが、乗り気ではない俺もこいつに吊られてお化け役に。
有彦はどうせやるんならと、ホラー映画を参考にして作ったお化けキノコの仮装を作ろうぜ、と俺を誘ってきた。
今でも忘れない、遅い時間まで学校に残って裁縫して、腰がイテー! 首がイテー! って文句を言いながら作ったこと。
そうして苦労して出来上がったそれを、俺含めた脅かし役一同も着用して脅かしてた訳だが、ここで問題を起こしてしまった。
当日の出来事だった。ある小学生の男の子と女の子のペア。男の子の反応が鈍く、スカした態度をしてこんなの余裕と女の子をリードしていた。
そこまでは微笑ましい光景だったのだが、男の子の一言が俺達の逆鱗に触れたのだ。
"こんな出来の悪い被り物、怖くも何とも無いよ"と。
その一言に火がついた有彦は、脅かし役の全員に通達──"俺達の控室の照明を落として、この小さなお客様を歓待する"と。
俺達脅かし役一同もそれに悪乗りしてしまい、子ども役に抱きついて脅かす手筈を変更してそのまま控室へ拐う。
囲んで揉みくちゃにしたら、当然の如く子どもたちはパニックを起こして泣き叫ぶ。
尋常ではない悲鳴を聞いた、表で待機している保護者と先生に発覚され、営業停止を食らう事になった。
──なんだ。乗り気じゃないって思ってながら、顛末を全て覚えてるじゃないか、俺も。
楽しかったんだな、あれが。
そういえば、今年の文化祭は俺が参加する事は無かった。確か当日は仕事が入ってたんだ。
そう考えると、よくよく先生の言葉が深く心に突き刺さってくる。
真っ直ぐな心を──あの頃の真っ直ぐな心を、俺は何処かに置いてきてしまったのだろうか。
俺の心の在り処、俺が何をしたいのか。俺でさえ、もうよくわからなくなっている。
秋葉の一緒に逝きましょう、という一言がいつまでも頭の中で、鐘のように反芻している。
これまで必死に戦ってきた最大の理由が、もう戦わなくても良いんだと俺に言う。
それを俺は、救いとして受け取って良いはずなのに──それを拒絶した。
やはりそれは、俺の独りよがりの我侭なのか。
「おい、遠野!」
軽く肩を叩かれる。叩かれた方を見ると、有彦が俺を怪訝な顔で見ていた。
「ん、ああ……どうした?」
俺がそう返すと有彦は溜息と共に頬杖をついた。
「……お前、考える像みたいになってたぞ」
「あぁ……すまん」
有彦はじっと、真剣な顔で俺を見つめる。
今までに見たことが無い悪友の顔に、俺は少し慄いた。
有彦は一瞬考える素振りをし、そして口を開いた。
「……なんて言ったら良いのか、わかんねえけどよ」
「……」
「悩むなってのが無理だわな。お前のその、身の上は」
有彦が俺に、気を使っている、のか。
思えば今まで、こいつは何事か俺と張り合おうとしたりするような素振りを見せることがあった。
「俺にはお前の気持ちになってなんて、考えられん。その上で、言うけどな」
有彦が俺の肩をがっしりと、掴んで言った。
「──しっかりしろ」
ただ、一言だけだった。
しっかりしろ、だと? 俺がどれだけ、しっかりやろうとして来たと思ってる?
遠野グループの人たちが露頭に迷わないように手配して、秋葉の面倒も見て、戦って、戦って!
──全部、自分で決めた事じゃないか。
俺が今、苛ついて悩んでいるのは誰かのせいじゃない、俺の不甲斐なさだ。
有彦は敢えて、俺が悪いと言ってるんだ。
それに気づいた時、思わず笑ってしまった。
「っとに、お前って奴は──最っ低だな!」
「ああ……サイコーだろ?」
お互いニヤリと笑い合う。自分はいい友人を得たのだと、つくづく思わされる。
宗玄の爺さんの咳払いが聞こえたので、そちらを向いた。
「お前さんはよくやっとるよ。傍から見てる儂がそう言うとるんだから、お主は間違っとらん」
「おうよ。賽は投げられたっていうしなぁ──それ」
刀崎さんがそう言うと、カウンターに滑らせるようにして、何かが運ばれてきた。
それは桐のような材質で出来た、長方形型の箱だった。
俺にはその箱に覚えがあった。
蓋を空けて中を確認すると──そこには、七ツ夜があった。
何故、七ツ夜が? ジャケットの内ポケットには、確かに自分の七ツ夜がある。俺は刀崎さんを見た。
「お前が使ってるその短刀な、ウチで作ってたもんなんだよ。そいつは
箱の方を指さして、刀崎さんは説明する。
つまり、七夜と刀崎は少なからず関係があったという事か。
「あんな無茶苦茶な戦いしてたら、
「はい、ありがとうございます」
俺がお礼を言うのと同時に、チリンと鈴の音が聞こえた。
振り返ると、有馬の叔父さんが肩で息をしながら入店してきた。
「叔父さん」
叔父さんの顔を見て、思わず席を立った。
「ああ、志貴! この間は本っ当にありがとう!!」
「うん。都古ちゃんは?」
いても立ってもいられず、思わず矢継ぎ早に聞いてしまった。
あれだけ小学生女子を投げ転がしてしまったのだ。怪我ではすまなかったかもしれない。
「それが、擦り傷とかは見られるんだけど大きな怪我は無いんだ」
「記憶とか、人格への影響とかは?」
「あの日の一連の事は覚えて無いって。ただ、いつも通りの都古だよ」
それを聞いてほっとしたのか、くらりと目眩が来て俺は椅子へどっかりと座り込んだ。
「ああ、そうか、そうか。本当に、良かった」
宗玄の爺さんもうんうんと頷きながら呟いていた。
◇
「はい、では有馬さんもこられた事ですし、そろそろ話をしましょうかね」
久我峰がそう言いながら、玄関口を背にして立つ。丁度カウンターの対面に位置する形だ。
そしてシオンとさつきがこちらの方へ来る。
小脇に抱えたクリアファイルを持って、レンの隣へ着席した。
俺達一同は全員カウンターを背にする形で、久我峰の方へ向いた。
「あれ、先輩……シエル先輩は?」
「彼女はこられませんよ。その理由も込みで、今からご説明します」
そう言いながら、彼は懐から折りたたんだ紙を取り出し、広げて中を見ながら説明を始めた。
──タタリ。
かつて錬金術師にして、アトラス院院長であるズェピア・エルトナム・オベローン。
それが真祖の姫アルクェイド・ブリュンスタッドの姉であるアルトルージュと契約を交わして成った"現象に近い固有結界"である。
特定周期、特定のコミュニティに出現し、噂や不安を煽る事でその内容を具現化させる。
タタリが自らその噂・不安を体現する事もあれば、人に取り憑いてその不安や噂を実際に行わせようとしたりもする。
アルクェイドが提示した一つの開放は"契約内容が千年間なので、千年後の状況を整える"というもの。
「そして、どうやらこの"千年後の状況を整える"という方法を、シエル氏は発見したようです」
「ほぉ、その方法は?」
宗玄の爺さんが興味深そうに聞くも、久我峰が首を振った。
「それはわかりません。私も教えてもらってはいないのです」
「決定的な部分をどうするのか分からないのでは、我々としても動きようが無いかと」
シオンが突っ込む。久我峰もメモをちらりと見てすぐに答えた。
「タタリ対策、だそうです。当然そのような返答が来ると思われたのでしょうね、シエル氏から大まかな作戦は伝えられてます」
久我峰が説明したシエル先輩の作戦はこうだった。
これまで後手に回らされてた最大の理由は、常に起点をタタリに握られていた為だ。故に、今回は起点をこちらが制する。
久我峰が建設中の、三咲市中央区にあるシュラインビル。そこに、タタリを顕現させる。
その為に、久我峰や有彦など人脈のあるモノたちは"件の吸血鬼事件の犯人は、あのビルに潜伏してる"という噂を流す。
そうして噂の流布がなされて、タタリが顕現されるようになったら、俺とシオンとさつきでシュラインビルに乗り込んでタタリを仕留めにいく、という手筈だ。
「理には適ってますね。受動的でいたらいつかは我々が各個撃破されてしまうという事は、先の件で証明されてる事ですからね」
シオンの言葉に、なんだか俺も脇腹が痛むような気がして、思わず手で抑えてしまう。
「ああ、それで有彦くんなんですけど。シエル氏から君に直々の指示がありますよ」
「──へ? 俺?」
シエル先輩が、有彦を直々指名?
そもそも先輩は暗示で有彦の記憶を消したって言ってたと思うけど、何なのだろうか。
「遠野くんらがシュラインビルに乗り込んでから一時間後に、シュラインビルへ来るように」
久我峰が指で有彦の方を指す。
いや、違う──指している先は、有彦じゃない。
ななこだ。彼女も思わず蹄のような手で口元を隠して驚いていた。
「セブンと一緒に、との事です」
「うぇええええ!!!」
「……見えてるん、すか」
有彦たちの驚愕に、久我峰はニヤリ、と笑って見せる。
「ともかく、Xデーはグールの活動も予想される事ですし、動ける人員は全て動いてもらう事になると思うので、そのつもりでお願いします」
何か質問は? と問う久我峰に対して、一同は静寂で返した。
こうしてここに、タタリ封殺作戦の状況が開始された。