Melty Blood Another 作:Unknown37564
「はぁー。今日
「なんですか! 私とそんなに離れたかったんですか!!」
有彦のぼやきに、ななこがギャーギャーと喚いている。
観察しててよく分かったが、ななこは有彦が言い返せないタイミングを狙って喚き立てる傾向がある。
良く言えばずる賢く、悪く言えば悪ガキっぽいが、空気は読めるし愛嬌があるもんで嫌になる程では無かった。
喫茶店を後にした俺達は、隣町から三咲市へ戻ってきていた。夕焼けが辺りを茜に染め上げている。
先ほどから左隣で歩いているレンが、鼻で大きく呼吸してるのが見える。
「レン、どうした?」
「……良い匂いがする」
一陣の風が吹くと、俺もつられて嗅いでみた。確かに何かスパイシーなカレーの香りがする。
「カレーか」
「カレー?」
レンが不思議そうに聞いてくる。そういえば、彼女にはカレーを食べさせた事が無かった。
「食べた事無かったよな。じゃあ、今日はカレーにしようか」
「ん」
少しだけ、レンの口元が緩んで見えたような、そんな気がした。
カレーで喜んでるのを見て、ふとある人物が思い浮かんだ。
「……そういえば先輩、カレーが好きだったな」
「シエル先輩の事?」
隣にいるさつきへ反応して振り向く。
──あの日、一年前に失踪したあの夕焼けの坂と同じ風景。
違うのは、彼女が憂い気な顔で俯いていない事と、パーカーのフードを被っている事。
そして……茜の空よりもより朱い、瞳。その瞳が、俺を真っ直ぐ見据えている。
逆光に彩られた彼女は、俺へと微笑みを向けている。
どうしてだろうか。そんなにも苦しい状況におかれているのに、今の彼女は女子学生だった頃よりも活き活きとしてるようにさえ、見えるのだ。
「ん? どうしたの?」
「いや…………シエル先輩の事、覚えてたんだ」
なんて返せば良いかわからなくて、話をはぐらかしてしまった。
見惚れてた理由は、俺にもよくわからなかった。
懐かしかったとも、美しかったとも、不思議だったとも、違うような気がして。
「うん。いっつもカレー食べてたよねぇ……なんだか、カレー食べたくなってきちゃった」
「良いですね。私も賛成です」
後ろにいたシオンも賛同の声を上げる。
以前、彼女にカレーのレトルトを食べてもらった事があるが、それを大層気に入っていた。
一皿で栄養価が豊富、それでいて芳醇な香りと舌への刺激が食欲を刺激すると。
「なんだカレーか? ウチもカレーにすっかなぁ」
「カレーですかぁ……まぁここ最近食べてなかったし……」
有彦が羨ましそうに腕を組んでいるのに対して、ななこは微妙な反応だった。
恐らく先輩の事だ、頻繁にカレーを食べていたのもあってうんざりしてるのだろう。
「今日は外食のつもりだけど、有彦は来ないか?」
「いや、今日は姉ちゃんいるから」
「そうか」
両親がおらず、姉だけ。
そんな環境だと、家族を優先したくなる気持ちは……わかる。
「そんじゃあ、俺はスーパー寄るからよ。またな」
「あぁ」
有彦に手を上げて挨拶をし、別れていった。
◇
時刻は夜の十九時。辺りはもうすっかり日が落ちている。
カレー屋で夕飯を済ませた私たちは、志貴くんの家に帰ってきた。
秋葉は意識が回復しておらず、未だに病院に預けている状況なので、家の中には誰もいない。
最初に家へと入っていく志貴くんの背を見守る。
その背中は、どこか寂しそうな、頼りなさげな背中に見えた。
──幻滅したとか、そういうのじゃない。勝手に私が、志貴くんに大きな期待をしていただけだった。
学校ではのんびりマイペースって感じなのに、やる時はやるっていう芯の強い人って、思ってた。
実際は……必死に理不尽と向き合い続けないとって思い詰めてる、か弱い人だった。
志貴くんにまず必要なのは、味方。私たちは、まだそのレベルになってないんだ。
だから……何を言っても、響いてくれない。
「シオン」
「はい、何でしょうか。さつき」
家に入ろうとするシオンを呼び止める。
振り返った彼女は、入口の夜間灯に照らされている。
「この間言ってたさ、魔術について教えて欲しいんだけど」
シオンはしばし考えた後に答えた。
「……そうですね、事態が動き出し始めましたし、準備は早いほうが良い。志貴!」
シオンが呼ぶと志貴くんの"何だ"という声がこちらにまで聞こえる。
「さつきと一緒に外へ出てます。しばらく掛かるかもしれないので先に寝てても大丈夫です」
志貴くんは結局こっちまで来たようで、顔だけを玄関に出した。
「そっか。なら布団は引いとくから」
「うん。ありがとう、志貴くん」
パタリと玄関がしまると、シオンはさて、とこちらへ振り向いた。
「……その前に、さつきに言っておきたい事があるんです」
縁側へと歩きながら、シオンは言う。それについていきながら、私は答えた。
「何?」
シオンは答えづらそうに、縁側へと腰掛けた。私は腰掛けずに立ったまま、彼女に相対した。
「私は次期アトラスの学院長に任命されましたが、ある禁忌を犯した為に学院を追われる身になっています」
「それって、シオンが吸血鬼になったからじゃないの?」
シオンは首を振って答える。
「違います……。そもそも、アトラス院が命題としているのは人類の滅びを回避する事にあります」
「人類の滅び……?」
急にスケールの大きな話へなったことに、混乱を抱かずにいられなかった。
「はい。その為のありとあらゆる方策を是としているので、問題とされてはいません。最も、死徒を人類と呼ぶかは疑問ですが」
「ふーん。それで?」
「私が追われてる理由は、別にあります」
それはきっと、私にも理由がある事なのかも知れない。
なんだろう、何か裏切り行為をしたとか?
私が考え込んでいると、シオンは口を開いた。
「我々は魔術師自身が最強である必要は無いという持論があります。この為、魔術礼装や兵器を開発して運用する事が多いです」
つまり、とシオンが左手でエーテライトの塊を見せる。
「アトラスで作られたモノの中には、世界を滅ぼせる程の兵器があります」
「ええ?」
「だからこそ、アトラス院ではこう言われてます。自己の研究は、自己にのみ公開するべし」
ああ、なるほど。つまりシオンは自分の研究成果をばらしちゃったんだ。
「そっか。だから教える側だけじゃなくて教わる側も危険かもって事?」
「そうです」
──なんだ。そんな事、今更すぎて。おかしくなって、笑ってしまった。
「な、なんで笑ってるんですか、さつき!」
「いや、だってさ。私、死徒だよ?」
しゃがんでシオンを見据える。
不安げな顔を浮かべる彼女に、はっきりと言った。
「わかるでしょ? 味方よりも、敵のが多いんだから。敵かもわからない人が敵だと分かったって、そうなんだとしか思わないよ」