Melty Blood Another 作:Unknown37564
「うっわサミィ~!」
ドアを開けると冷気が身体に纏わりつく。
開けっ放しだったダウンジャケットのチャックを締めて、ネックウォーマーを口元まで隠れるように引っ張り上げる。
するりとドアを締め、しっかりと握った掌にある鍵を使って締める。
抜いた鍵を見る。そこにはキーホルダーで繋がったアパートの鍵と、もう一つの鍵がある。
「うっわ、なんですかそのニヤケ顔! きっもち悪いですよ!」
呆れや煽りではなく、純粋なドン引きというような口調でななこは俺を罵る。
「っるせーな! ようやく取れたんだから余韻にぐらい浸らせろや!」
ガンガンとぶっきらぼうに金属の階段を下っていくと、視線の先には駐輪場に駐車していた我が原動機付き自転車、いわゆるスクーターがあった。
今日この日の為に、期末試験もそっちのけで合宿免許に通った成果だ。
俺史上、人生で一番勉強したと言っても過言ではない。マジで朝から晩まで勉強をした。
他の学生どもと違い、俺には期限が決まっていた。落としました、なんて笑い話にもならない。
──実際には、久我峰さんから送迎を手配するよと言われていたが、俺の方で断った。
遠野が、さつきが、俺の友人たちが命張ってるってのに、俺だけ安全圏なんて馬鹿みたいじゃねえか。
せめて、俺も同じ空気を肌で感じたい。そして喜びも悲しみも、少しで良いから分かちあいたい。
「それでこそ、親友ってもんじゃねえか……?」
掌に乗せた鍵を見つめると、手が震えているのを感じた。
やべぇな、ビビってんのか? 武者震いってやつか? わっかんねえな、もう。
「うっわ、なんですかそのニヤケ顔! しょっぱい悪党みたいですよ!」
まるで録音を流したかのように、さっき言った事をもう一度言うななこ。
しかし今度は何も言い返す気にはならなかった。
「悪党か……上等だぜ……」
白い息を混ぜながら、寒空に言葉が溶けていく。
命張らにゃならんのだ。前科なんか気にしてられねえ。
勇み足でスクーターまで歩いていくと、猫の鳴き声が聞こえた。
辺りを一瞬見回しても猫は見えず、足を置くステップ部分に何やら黒い影のようなものが動いて見えた。
凝視するとそれは、黒い猫だった。
「うぉっと。待たせちまったか。悪いな」
その猫と同じ目線になるよう屈むと、猫もこっちの方を凝視して、ぺこりと頭を下げた。
その仕草に思わず撫でようと手を伸ばしかけるも、相手が唯の猫じゃない事を思い出してぐっと堪えた。
彼女はレンという夢魔だった。
猫と人間に姿を変えることが出来るらしく、俺の護衛として遠野に紹介された。
下手したら遠野たちと同じぐらい強いらしい。あの遠野が言うのだから、これ以上頼もしい仲間はいない。
俺はイグニッションシリンダーにキーを指して回し、座席を空けて中からフルフェイス型のヘルメットと革の手袋を出してつけた。
ただの夜道を走るだけでも危険なのに、今回は襲ってくるやつがいるかもしれない状況だ、ダウンの下にはプロテクターも装着してある。
そしてレンを挟むようにして座席に腰掛け、エンジンを始動させた。
「事故らないでくださいよ! 私人呼べないんですからね!」
「わーってるよ!」
このギャーギャーと喧しいのも最後かと思うと、なんだか寂しさも覚えてくる。
それはきっと、紅葉も落ちる十二月がそう思わせるに違いない。
◇
脇腹を抱えながら歩く志貴くんは、うっすらと脂汗を浮かべているように見えた。
魔眼殺しの眼鏡の奥には、諦めと少しの哀愁が入り混じったような、いつもの眼差し。
決戦を前にして、死を前にして、尚も彼はいつもの如く。
そんな彼の表情に、私は──弓塚さつきは目が離せなかった。
──志貴くんと再会して半年が経った。
光陰矢の如しという諺を習った覚えがあるけど、本当に光のように過ぎ去っていったように感じる。
始めて食べる日本食を恐る恐る食べて感動するシオン、ベンチに座ってのんびり一緒にお茶を楽しんだ志貴くん。
振り返ってみると、志貴くんたちの事ばかりが浮かんでくる。
それと同時に、私は怖くなったものが一つある。
横を見ると、高層ビルが立ち並んでいる。そこの隙間から、冷たい風が吹き抜けて私を煽る。
かつては私の居場所だった其処は、今の私にとってはもう触れたくもない、考えたくもないあの日々。
零下を下回る気温の中で、段ボールを風避けにして一人寝たあの日々。
あそこへ戻ってしまう事が、私は怖かった。
「──ひゃ!」
腕を掴まれてびっくりして声を上げてしまう。
掴んだ主を視線で追うと、遠野くんが野獣のような形相で前を睨みつけていた。
私もそちらへ視線を向けると、私の母校の学生服の格好をした男がいた。
暗くてよく見えないが、背格好と状況から誰なのかは想像に難くなかった。
「──役者不足も良いところでは無いですか」
先を歩いていたシオンは学生服の彼へ銃を向けながら、言葉を吐き捨てた。
彼は目を見開いてほぉ、と声を上げる。
「ダブルミーニングとは、少しはユーモアを理解したようだね、シオン」
そういうとコツコツと彼は歩いてくる。外灯に照らされたその姿は、遠野志貴のそれだった。
以前に志貴くんからの話で、志貴くんに化けたタタリがレンとシエル先輩を襲ったと聞いたけど、実際に見ても信じられなかった。
志貴くんの顔で、あんな顔──。
「気持ち悪い……」
いてもたってもいられなくて、思わず前へと身体が動いていく。
一分、一秒でも早く──この出来の悪い存在を、壊してしまわないと。
でないと──どうにかなって、しまいそうだった。
「さつき?!」
私を止めようとシオンが手を伸ばしてきたけど、それを手を上げて静止する。
「大丈夫。二人とも、これ、私に任せてもらいたいな」
努めて柔らかく、シオンに言う。言ったつもりだ。言えたんだろうか?
正直、もう頭の中はこの不出来な人形をゴミにしてしまいたいという思考でいっぱいだった。
シオンは目を丸くしたあと、志貴くんの方を見た。
志貴くんも私の方をちらりと一瞥すると、シオンへ頷いた。
「……わかりました。気をつけて」
シオンが銃を構えながらタタリの脇を通過していく。
無事に通過できた事を見守ると、志貴くんが私の肩へぽんと手を乗せた。
そちらへ向くと、志貴くんが私をじっと見ていた。彼は言葉を発する事も無く、しかし力強くゆっくりと頷いた。
不敵な笑みを浮かべて、彼は私の先を歩いていく。
任された。任せてもらえた。それだけで幸せが脳内を支配しそうになるが、ぐっと堪えた。
まだ終わってない。仕事は終わらせてこそだ。
「さてと、で──」
私は拳を振りかぶりながら飛びかかる。
地面の舗装が弾け飛ぶも、タタリは捉えられず、飛び退かれた。
「おいおい、無粋も甚だしいな」
私が生み出した、私もシエル先輩も陥りかけた罠への対抗策。
「──聞く耳を持たず。問答、無用!」