Melty Blood Another 作:Unknown37564
ゴウンゴウンと、鈍く重い稼働音だけがエレベーター内に響く。
天井に備えられた弱い照明の灯りと、窓からの差し込むビルの灯りが私と志貴を照らしている。
シュラインビルは都内近郊としては珍しい超高層の複合ビルだ。下層部は商業テナント、中層部は賃貸オフィス、上層部はマンションとして設計されている。つまりはそれだけの巨大ビルであり、最下層から最上層までは相応の長さがある。
乗り込んでから既に数分は経過したであろうがまだつかず、私と志貴は沈黙に支配されていた。
志貴は窓ガラス越しに映る三咲の街並みを見下ろしている。いや、あの視線は三咲というには不正確だろう。その先は、さつきと別れたあの公園だ。
心配なのだろうかと彼の顔を見るも、はるか地平線のその先までも捉えようとしているような、ある種の凄みを感じる真剣さを感じた。
平時、彼へのエーテライト接続は外している。戦闘時、それもここ一番の勝負をする時以外はやらないようにした。彼の思考は、私にはとても耐えられるものでは無かったからだ。
彼は人を見るたびに怪我や病気、顎を上げている、片重心、リズム感などを見抜いて“どうやればすぐに殺せるか“を瞬間的に判断しているのだ。それも機械的に。そして、そこからどう動き流れてトドメを刺すのかまでも脳内でシミュレーションしている。彼が往来を歩くたったそれだけで、大量の殺人のイメージが私の思考に流れてくるのは、最早拷問と呼ぶに値する程に、悍ましいものだった。
だというのに、気だるげに壁へもたれかかりながら遠くを見下ろす彼が妙に様になっているというか、艶めいてるように見えるというか——どうしてしまったというのだろうか、私は。この後に及んで色気付いてしまうとは、忸怩たる思いだ。
「志貴」
いてもたってもいられなくて、私は声をかけてしまった。
遠くを見ていた彼は、私の方へ視線を向ける。突き刺すような力強い彼の眼差しは、私の声によって角が丸くなっていた。
「ん、なんだい。シオン」
普段と同じ柔和な笑みに、どこかホッとする自分がいる。
声を掛けたは良いが、どうしたものか。言っておきたいことなんて、もう全部言ってしまったように思える。これから死ぬかもしれないというのに、私はこれで良いのだろうか。
私が口を開いては閉じるという無為に時間を浪費していると、志貴は私の方へと歩み寄ってきた。
そうして私の方へゆっくりと、まるで羽毛が肩に乗ったようにふわりと、彼の手が乗った。
「ありがとうな、シオン」
「……はい?」
どうして彼の口から感謝が出るのだろうか。
訳がわからず困惑していると、彼が首を掻きながら恥ずかしそうに口を開いた。
「シオンと出会えなければ、俺はさつきや都古ちゃんも助けられなかったし、タタリにやられてたと思う」
彼はそう言いながら後退りして、窓側の手すりへと寄りかかりながら、言い放った。
「悔いが残らないと言えば嘘になるが、今日ここで死んでも——納得はできる」
──ああ、そうか。何か言い足りないと思っていたそれは、遂にその言葉で、彼のそんな言葉で、解を弾き出した。
「──この戦いが終わったら」
「ん?」
我ながら、らしくないとは思ってる。けれど、これは退化ではなく、進化だと信じてるから。
見習うは、我が最愛の友人、弓塚さつき。いざ──。
「デートしましょう」
「……は?」
私の言葉を彼の脳が認識するまでにおよそ一分。そしてその意味を理解するまでにはもっと時間がかかる。
あれだけの瞬間判断ができる人物でも、思考を
「デート、しましょう」
再度そう言いながら彼の方へ歩み寄ると、彼は困惑の様子で角の方へ退く。
乗るでも、恥ずかしがるでも無い対応に幾許かの苛立ちを覚えた私は、さらに彼の方へ歩み寄る。
「いや、いやいやデートって、どうしたのさ急に」
彼が手を前へと出して静止を促すが、その手を取って指を絡ませた。うわ、と彼が手を引こうとする勢いに任せて、彼へ身体を預けた。
「し、シオンさん?」
「──死ぬかもしれない、と。貴方だけが思ってるわけじゃ無いんですよ」
空いてる手でぎゅっと服を掴む。
死ぬのが怖いだとか、勝てるか不安だとか、そういう事では無かった。きっと彼も、私も——生への執着が、乏しいのだ。
だから、私は彼女を参考にした。どこまでも最後まで生きてやろうという彼女のエネルギーが、今の私たちが生きて帰るためには必要な気がしたからだ。
「これが終わったら、遊びに出かけましょう。なんなら如何わしい事も許容します」
本当はもっと踏み込んだ事を言っても良かったが、それではあまりに露骨で私がそれを求めてるようなのが癪だった。
私が求めてるのではない、彼に求めて欲しいのだ。
「ちょ、ちょっと! どうしちゃったんだよ」
普段は飄々として何事にも動じることのない彼が、しどろもどろになっている様を見て、これはチャンスだとつい気が早った。
「おや、貴方と真祖はそういう間柄だったと──」
──しまった。やってしまった。真祖の一言を口にした時、彼の表情が一瞬曇って見えた。
「……そういう間柄じゃ、無いさ」
私の肩を優しく抱いて、離そうとする。その瞳には、明確な寂しさと諦め。
駄目だ、このままじゃ、終われない。終われない!
「なら!」
肩を掴んだ彼の手を取る。ひんやりとしている、という度合いを越して最早氷を掴んでいると錯覚しそうな程に冷たい。
「そういう……そういう、間柄になりましょう」
もうめちゃくちゃだった。これではまるで、痴女では無いか。どうしてこうも上手くやれないのか、自分で自分が恨めしくなってくる。
自分の声が詰まってるのを感じる。気がつけば、私の目からは一筋の水滴が流れてる事に気づいた。
「シオン……」
──ああ、駄目だ。やってしまった。完全に、やってしまった。
哀愁と、覚悟と、諦観と。筆舌に尽くし難い、彼の視線。
「それじゃあ、生きて帰らないとな」
彼の帰るべき、帰りたい場所を作るためにやりたかった事なのに。
帰らなければならないと、思わせてしまった。
「……はい」
その返答に、私は情けない一言の返事しか、返せなかった。