Melty Blood Another 作:Unknown37564
スクーターの排気音だけが、閑散とした住宅街へ響き渡る。
スロットルを握る手は、手袋をしているのにも関わらず
「クソ! バイザー曇りやがる。半メットにすりゃ良かったな」
自分の息でフルフェイスヘルメットのバイザーが曇って、視界が悪い。
どっちにしておけば良かった、なんてのは結局のところ終わってみないとわからない。
この独り言は結局のところ、寒さから口が運動を求めたものだった。
足の間に挟まるように鎮座する
そして、騒音を具現化したような存在であるななこは、走り出してからは一言も喋っていない。
先ほど気になって、横目でちらと確認すると周囲を警戒してくれているようだった。
とはいえあんまりにも喋らないのが少し不気味にも思えて、またちらりと横目で見た。
妖精を思わせるようなあどけない少女の顔立ちが、険しく歪んだ。
「止まって!!」
──右へハンドルを切りつつ、ブレーキをかける。
走馬灯のように、世界がゆっくりと回転してるように見えた。
やべえなこれ俺、死ぬかも。
さっきまでいた走行ラインに、何かが飛んできたのだけは見えた。それはあまりにも早く、目で捉える事が出来なかった。
タイヤがけたたましい音をたてながら、車体がスピンする。
半回転ほどして、ようやく止まった。
「──っはぁ!!! はぁ!!!」
息をする度に心臓がどんどんと早くなっていく。
死んだかと思った。
「な、何やってるんです! 早く動いて!」
前のめりになってハンドルにもたれようとする俺の視界に、ななこの険しい顔が映り込む。
そうだ。俺は事故ったんじゃない。今、襲われたんだ。
あまりにも現実離れした出来事が起こって状況がうまく飲み込めない。
それをようやく理解して、いざ動き出そうと顔を横に向けた。
「──あぁ?!」
──剣が、飛んできてた。
駄目だ、バイクのせいで躱せない、終わった──。
思ったその時、目の前に黒い洋服を着た少女が、くるりと躍り出た。
そして、光の玉のようなものを作り出すと、それを振り回して剣を弾き飛ばした。
ガキン、と鈍く重たい金属音と共に、夜空へ舞う剣。
少女が着地すると同時に、剣もまた地面に落下した。
その少女は、レンだった。
「わ、悪い。助かった──」
俺が礼を伝えようとした瞬間、また剣が降ってくる。
それらをまた、レンは光の玉を操って迎撃する。
まるで踊るように迎撃するレンに、目を奪われそうになるのを堪える。
俺がやるべきなのは、まずは安全な場所への避難だ。
急いでバイクを路肩に停車させる。こんな状況では、走ったところで危ないだけだ。
「あ、レンさん、あそこです!」
ななこが何かを発見したようで、指を指している。方向は、電信柱の上。
よく見ようと思ってバイザーを上げると、顔面に寒空の冷気が直撃する。
夜の暗がりでよく見えないが、何かが居るのはわかる。
それは落下したかと思えば、電信柱を蹴ってこちらへ飛んできた。
バツン、と高圧の電気が走ったような音が聞こえると、辺りが真っ白になって見えなくなる。
「うぉ!」
俺は叫び声を上げる事しか出来ない。また耳から金属を打ち鳴らす音が聞こえてくる。
戦いだ。俺は今、殺し合いの中に居る。
とにかく、レンの足を引っ張らないようにするため、路地に入る道へ駆け寄った。
漸く視界が戻ってきて、改めてレンのいる方向へ目を向ける。
そこには、シスター服の女が居た。
もしかして、件のななこの本当のマスター、シエルだろうか。
「お、おいななこ! これって」
「違います、偽です。うちのマスター(真)はあんな雑魚じゃありませんから」
ここにきてかっこの部分を自分の口で発言しておどけて見せるのが、住んでる世界の違いを感じずにはいられなかった。
雑魚とななこは言いきったが、レンとは互角のように見える。
お互いまるで舞を踊るように、位置が入れ替わりながら円を描くように戦っている。
素人目から見ても、戦いのレベルが高いことを見て取れた。
「まずいですねぇ」
ななこが腕を組んで唸っている。
まずい、という言葉に不安を感じずにはいられず、俺は口を出した。
「な、なんかやばいのか? 今見てると互角に見えるけどよ」
「互角はまずいでしょう。時間を掛けて良いのは相手の方で、私たちは急がないといけないんですから」
「……そうか、勝たなくても良いのか、あっちは!」
自分が低いレベルでものを考えてた事に、少し悔しくなる。
悠長にしていたら、あっという間にタタリの顕現時刻が来てしまう。
腕時計を確認する。デジタルの表示板には、二十三時四十五分が刻まれている。
目的地まであと十分はかかる。猶予は五分しかない。
「くそ! 車で行ってたら良かったか?!」
「たらればの話! 今はやめてください!」
「わ、悪い……気が動転してた」
ななこからの真っ当な意見に、思わず面食らった。
普段は俺がツッコミ役じゃないか、しっかりしろ、俺!
ふぅ、とななこは一息つくと、俺の方を力強い眼差しで見た。
「決断をしないといけません」
「な、何をだ?」
「レンさんを置いて先に行くか、待機するか」
選べ、と視線で俺に訴えてくる。
迷っている時間が無いのは分かっているが、迷わずには居られない。
行って本当に安全か? そのまま通してくれるのか? レンはあのタタリを一人で対処できるのか?
そもそも俺が居て何か変わるのか? 或いは俺がいるからレンは本気でやれないのか?
思考の泥沼にハマってくのを理解できる。これは一人で考えてたんじゃ駄目だ。
「メリットとデメリットを教えてくれ」
ななこは俺の発言に目を大きく見開いて驚愕するも、すぐ表情を戻して真剣な顔で答えた。
「行く場合、良くも悪くも状況が動きます」
「良くも悪くも?」
「はい。今のレンさんたちの戦いは、日本の言葉で言う"千日手"というやつです」
同じ局面を何度も繰り返す事を千日手という。
俺の目から見れば同じ事を繰り返してるように見えないが、わかる奴にはパターンがわかるのだろう。
「貴方が動くことによって、この千日手が崩れます」
「なるほどな、それが良いことか悪いことかは……」
「やってみなくちゃ、ですね」
「待機の場合はどうなんだ?」
「今より状況は悪くなりません」
改めて言語化して、自分たちの置かれている状況を精査するとシンプルではあるが結局のところ──。
「一か八か、か」
「はい。しかも分が良いか悪いかもわかりません」
それでも、決めなければいけない。俺が自分でやるって、決めたことだ。
きっと遠野も、あいつもこういう決断を何度もやってきたはずだ。
俺も、同じ土俵に立たないと──友達ではいられねえ!
「──行くぜ」
ななこにはっきりと、力強く言った。
それを聞いた彼女は、にやりと笑って言った。
「行きますか、ええ! やっぱりそうこなくちゃ!」
バイザーを下げて、スタンドを上げる。
「あ、点火は」
「分かってる。今かけたらあっちにバレるからな」
覚悟は決まった。後はいつ動くかだ。
「ななこ、行っても良いタイミングを教えてもらう事はできるか?」
「はい、大丈夫です。行けますと言いますね」
「頼む」
俺はバイクに跨ったまま、レンとタタリが戦ってる様子を伺う。
そしてゆっくりと、ガードレールのところまで足を使ってそろそろと動かした。
剣が飛んできたら避けるために離れないといけないが、バイクを横倒しにしたらガソリンが逆流して壊れる可能性がある。
「貴方とこんな事になるなんて、思ってもみませんでしたよ」
ななこが俺の横に来て、耳元で言う。
もしかしたら、最期になるかもしれない会話、か。
「全く、俺もだ」
「ほんっと、骨の髄まで男の子ですよね、貴方は。やんなくても良いことなのに、意気地でやろうとするんだから」
「うっせ。……ここでやらねえと、一生後悔するかもしれねえじゃねえか」
ごめんなんだよ、後悔しながら生きてくのは。
「後ろ暗い気持ち抱えてずっと生きてくぐらいなら、やれる事やって自分を誇れる死に方してえよ」
ななこはくつくつと笑いながら、俺に言った。
「貴方のそういう所が、面白くて大好きなんですよ」
とんでもない一言が飛んできたと、思わずななこの方を見る。
いたずらっぽい笑顔に、顔を少し赤らめていた。
「……へっ、言ってろ」
なんて返したら良いのかわからず、俺はそんな言葉しか出てこなかった。