Melty Blood Another 作:Unknown37564
三咲市中央区から少し離れて、学校から近い公園で私はベンチに腰掛けていた。
「やっぱり、簡単には見つかりませんよねー」
夜空を見上げながら一人で愚痴る。
──こんな体になって一年。
家族も亡くして一人ぼっちで路地裏で蹲って寝る毎日。
なぁんでこんな事になっちゃったんだろう。
夏も終わりに近づいてきてるんだろう。
残暑の夜中に風が吹いて心地よさを感じた。
「さて、と」
ちょっとした休憩を終えて、ベンチから立ち上がって散歩しだす。
正直、目星も当ても何もないので正直街をぶらぶらしているだけで。
「はぁ~……ドラマとかだと急に進展するんだけどなぁ~。向かってくる相手ならすぐなんだけどなぁ」
ぼやきながら、公園の中央部分まで来た。
住宅街しかないこの周辺の、こんな時間にはもう誰も人は居ないだろうなぁ。
と、思っていたけれど──。
眼前には、死体の山。
積まれた上に、誰かが、居た。
「──あらら、まさかそっちが来るなんてね」
その誰かが呟いて、ゆっくりと立ち上がって振り返る。
それは、私が通っていた学校の女子生徒の服装で、私と同じツインテールで、私と同じ背格好で──それは、私の顔だった。
「…………嘘」
「嘘じゃないよ、私。私も私、弓塚さつきよ」
私の格好をした誰かが、私の考えてる事を否定する。
ケタケタと汚い笑い方をしながら、死体の山から跳躍して降りてくる。
──意味が、分からない。
その私は手を血だらけにして、それを滴らせながらこちらに近づいてくる。
悪い夢を見ているようで、気持ちが悪くなってきた。
困惑が頭の中で止まらないけれど、それでも一つだけ分かってる事がある。
「────────────へぇ。でも、私『が』弓塚さつきだから。誰だか知らないけど、貴方のものじゃないわよ?」
沸々と怒りが湧いてくる。
とてもじゃないけど、人に見せられる表情をしてないと思う。
──好きでこんな体になった訳じゃない。
──好きで孤独になったんじゃない。
──好きで不幸になったんじゃない。それでも。
「勝手に人の真似して人殺しとか───死にたいのかなぁ貴方!」
前かがみになって、完全に戦う姿勢を取る。
対する"私ではない誰か"は、不気味な笑みを浮かべて同じ構えをする。
「死にたいんじゃないよ──殺したいんだよ!」
偽物が、地面を割るほどの蹴り出しで駆け出す。
一方、私は────────まだ駆け出さない。
間合いは十メートル──まだ駆け出さない。
五メートル──まだ駆け出さない。
一メートル──まだ駆けない。
間合いは──偽物が手をのばす。
「あははははは! バァカ!」
勝ちを確信したかのような、破顔の表情で偽物は喜んでいる。
──それはこっちのセリフ。
私は右前方にすれ違うように、その手を回避。
思い切りステップして──偽物の右前方に私の体がくる。
その勢いで、偽物の後頭部目掛けて拳を叩き込んだ。
ゴスン、という鈍い音が耳から伝わるほどの衝撃。
偽物は直進していた速度のまま、地面へと土埃を上げなら叩きつけられた。
私はまた回転を繰り返しながら地面に着地し、立ち上がりながら振り返る。
言葉通り殺してやるほどの本気の一撃を叩き込んだ。
──はずだった。
偽物はもう立ち上がっていた──頭から大量の血を流しながら。
──この拳に付いた血も。
──目の前の頭から出血しながらも不気味に笑ってる偽物も。
──そんなのと戦ってる人から外れてしまった自分も。
──この公園の変な空気も。
──後ろにある死体の山も。
何もかも。
「………気持ち悪いなぁ、もう」
拳の血を払いながら歩みだす。
「愚かだねぇ。私は私なんだから、こんなもんじゃ殺せないって分かるでしょ?いい加減に認めたら?」
血を拭う事もせず、偽物はケタケタと笑っている。
「……言われなくても」
分かってる。
もし
しぶとさだけが、取り柄の私だから。
何度でも、拳を叩きつけるしかない。
今度は逆に、私が駆け出す。
呼応するように、偽物も駆け出す。
姿勢を一気にかがめる。
右のフックを叩き込む体勢になる。
鏡合わせのように、偽物も同じ姿勢。
下手な駆け引きはしない、力勝負で押し切る───!
思い切り拳を振り切る───直後、偽物の方が先に"何か"を投げた。
暗闇から、何を投げ込まれたのかよくわからなかった。
それが私の右頬を通過。
鈍い風切り音。
咄嗟に動きが止まってしまった。
相手の拳がこちらへくる───!
クロスアームブロック───腕を十字に組む体勢で相手の拳を受け止める。
ゴスン! という鈍い音。
私は後ろまで吹き飛ばされる。
痛い──すんごい痛い、けど!
負けじと思い切り蹴り出して間合いを詰め、拳を繰り出す───が。
相手も合わせて私の拳に拳をぶつけてくる。
更に負けじと拳を振るい、拳がぶつかり合ってラッシュの応酬が始まる──!
砲弾のような一発の応酬───。
手の骨が軋む───。
痛みで意識がとびかける───。
「───ぅああああああああああああ!!!!!!!」
右腕が限界に近くなり、叫んで力を振り絞る。
幾度もの拳の応酬の果て。
先に音を上げたのは────────偽物だった。
「あれれ?」
リズムが崩れ一手早く動かしたと思われた偽物は、体勢がよろけて前のめりにこけるような状態になって拳を空かす。
待ちに待った機会!
ありったけの力を込めて──!
「──馬鹿ぁ!!!!!!」
叫ぶ。お腹の力も、全部使って──。
偽物の額に、拳を叩き込んだ。
叩き込まれる鈍い音。
私の手にヒビが入ったような、みしりという音。
偽物は勢い良く吹っ飛んで地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」
浅く早い呼吸を繰り返しながら、その場で腕をぶらんと下げてしゃがみ込んだ。
長時間、全力で拳を振るい続けたからだろう。
流石に、ヒトデナシの体でも、息が切れていた。
段々と手の方がじんじんと痛みだしてきた。
そこを見る。
右手だけじゃない、左手までも傷だらけの血まみれだ。
どくどくと地面に滴っている。
右手に至っては骨が飛び出て血が吹き出していた。
「いったぁ……」
あんまりに痛すぎて、思わず口に出して涙目になる。
手がこんなになるまでぶん殴ってやったんだもん。絶対死んでるよね──?
ゴッ、という鈍い音。
──────────世界が回転しだした。
いや、回転してるのは世界じゃない、私だ───。
勢い良くふっ飛ばされてかゴロゴロと転がって、噴水のへりに背中がぶつかって止まった。
「っうぐぅ!!」
──あーあ、なんでこうなっちゃんだろう。
ぐらんぐらんする。もう頭がまわらないや。
にせものが目の前まできて何かいってる。"こんなやつの顔"、みたくなかったなぁ───。
かお───さいごにみたかったなぁ───。
「とおの、くん───」
体のなかで、なにかが、弾ける────────────。
「嘘、これ──固有、結界?!」
にせもの、が、なにか、いってる。駄目、ぐらぐらして、よくわからない。
ふり絞って、顔を上げると──────。
あたり一面に枯れ果てた大地が、広がっていた。
「やば、これ───マナの消滅?存在が維持できない──!」
偽物が、すごく動揺しながら、ひざをついて、苦しそうにしている。
木もないのにそらから枯れ葉がおちてくる。
──段々と視界も判断能力も戻ってきた。
でも、状況は意味がわからない。
さっきまで公園で戦ってた筈なのに、どうしてこんな所に居るんだろう。
そして──唐突に世界が元に戻った。
「あーあ、私の負けかぁ」
膝をつきながらけらけらと笑っている偽物の姿は、まるでノイズが入ったテレビのように消えかけていた。けれど、まだ決着がついたとは言い切れない。
私は最後の力を振り絞って立ち上がる。
「はぁ──悪い夢、だよね」
ズキズキと痛む私の両手が、その事実を否定していた。
◇
二十三時近く。
中央区歓楽街はとうに過ぎ去り、学校近くの公園までの道を行く。
アルクェイドをかつて殺めてしまった、例の公園を探り今日の捜索を終わりにしようということだった。
ぽつぽつと並ぶ住宅は殆ど消灯している。
辺りは秋の終わりを告げるひぐらしの音が聞こえてくる。
俺とシオンの会話は、そこまで弾んではなかった。お互い過去に傷がある者同士だからか、現状の話をする以外に言うことが無い。
適当に場所の説明やそこでアルクェイドと何したかという程度の話だけだった。
ポケットに手を突っ込んで夜風を感じながら秋の夜長を仕事仲間と散歩している。逢瀬というにはロマンに欠け、情報交換というにはそこまで殺伐としてない。それ以上でもそれ以下でもない、といったところだった。
そうして秋の涼風を堪能しながら、公園近くに差し掛かった。
──鈍い打撃音が響き渡る。
地面を叩きつける轟音がここまで響くという事。
それは、人外が戦闘をしている事を示唆していた。
「──志貴、急ぎましょう」
シオンがいつも以上に引き締まった表情で駆け出す。
俺も駆けながら眼鏡の端で世界を視ると──枯れ果てた大地が、目の前からこちらの方向へと広がってきていた。
その世界とこちらの世界は死の線の継ぎ目が完全に食い違っている。
「──固有結界?!」
俺の隣で走るシオンが驚愕する。
固有結界──確か魔術師の心象風景を具現化させる結界、アルクェイドが使った空想具現化の亜種だったか。
心象風景が展開された結界内には術者ごとのルールが存在する。
結界内に存在する全ての事象はこのルールに縛られる。
──俺の目は、この世界さえも殺すことができるようだ。
しかし俺は、それをすぐに試す事を躊躇った。
もしこれの発動者が、吸血鬼と戦っていた場合の事を考えた。
これを俺が消してしまう事によって、決定的な敗北となってしまう可能性がある。
俺達より先に吸血鬼に辿り着いている人物なら、協力する事だって可能かもしれない。
だが、この固有結界内のルールが俺たちの生命や戦闘に危機を及ぼす類の物ならば、対処しないと巻き添えを受ける。
固有結界内は、入ってみないとどうなるのかがわからない。
逡巡するも、アルクェイドのような真祖でようやく相手を即死させる類のものだったのならば、少なくとも入った瞬間で即死するようなものではない筈と考えた。
即死しないのならば──危険と判断してから殺すまでだ。
思案している内に、俺たちの足元まで世界が侵食してきた。
状況を確認する為に俺たちは走る足を止めて辺りを確認する。
住宅街は全て消え去る。
瓦礫の庭園、枯れ果てた大地が広がる。
そして豆粒ほどの小ささだが、俺たちの遥か先に誰かが居るのを捉えた。
俺が通っている学校の女子生徒の服装で、ツインテール──。
「──ゆみづ、か?」
いや弓塚と判断するのは早計だ、近くまでいかないと確認ができない。
確認しようと走り出す為にシオンを見る。
苦しげな表情で片足を付いて浅い呼吸を繰り返していた。
「シオン、どうした!?」
「志貴──これは──マナの──消費が──」
魔力の消費量の増大化?がこの世界のルールか。
そうなると俺のような奴には効果が薄いのだろう。
しかし、影響が薄いであろう俺でさえもひどい怠さを感じてしまうほどだ。
それに、シオンのような魔術師にとっては半身を失うレベルの損失になるだろう。
どうする。
シオンが自衛できない状況で吸血鬼と戦うか、それともこの世界を殺してしまうか。
「志貴、私はいいので、行ってください。お知り合いの方がいるのでしょう!」
シオンが苦しげな表情で、息も絶え絶えで早す。
──駄目だ、こんな状態のシオンをそのままにできない。
覚悟を決めてすぐに、ポケットからナイフを取り出す。
視界の端に映る地面の点に突き刺した。
──世界は、先程の景色が元々無かったかのように唐突に住宅街へと戻った。
「これが……直死の魔眼? まさか固有結界、世界ごと滅してしまうとは……」
シオンが固唾を呑んでこちらを見ている。
対して俺の頭の中は、とにかく公園へと駆けつけたいという思考でいっぱいだった。
「シオン、俺は先に行く。調子が戻ったら来てくれ」
俺は急いで公園へと駆けた。