Melty Blood Another   作:Unknown37564

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- 06

 

 ひとつの存在が一気に抹消された後、一陣の風が吹いた。

 

 着地からゆっくりと立ち上がる。座り込んだ弓塚の方へと歩き出した。

 

 かつて助けられなかった彼女が今目の前にいるという事実に、とっさに言葉が浮かんでこなかった。

 

 あの日、夕暮れに約束を果たせなかった後悔。

 あの日、すぐに弓塚を探しに行かなかった後悔。

 あの日、どこかで死んでいると諦めてしまっていた後悔。

 

 彼女を見ると、そんな後悔の念が込み上げてくる。

 今こうして生きているということは、彼女は俺の助けを待っていたのではないか。そう思い至ると申し訳無さで胸が詰まり、かける言葉が何も浮かばなかった。

 

「──どうして?」

 

 ぼうっとした表情のまま、彼女は俺に問いかけた。

 どうして俺が偽物と本物の見分けがついたのか、という問いだろうか。

 俺は、あの日の答え合わせをする形でやっと言葉を紡ぎ出した。

 

「──思い出したんだよ。倉庫での出来事」

 

「でも、偽物も私も3人って………」

 

 俺はナイフをしまいながら近づき、説明を続けた。

 

「あの時俺が扉を開けただろ?あれは鍵を使ったんじゃないんだ。俺の眼の力なんだよ。俺の眼はモノの死を線と点で視る能力なんだけどさ。あの質問の最中に弓塚さんの線を確認してたんだよ。そして、偽物と本物の線の違いを見分けてたんだ」

 

 質問は偽物を油断させる為のブラフで、回答の正否に意味はなかった。だからこそ、直前まで気づかせないようにあえて弓塚の方へと駆けたのだ。

 七夜の体術やこれまでの経験があってこそだった。

 偽物の方にまっすぐ向かって仕留められたとしても、弓塚の方に捨て身で向かわれたら間に合わなかったかもしれない。だからこそ、確実に仕留める為に一つ芝居に出たのだった。

 

「そっか──そうだったんだ」

 

 彼女は俺の顔をじっと見つめ、無表情でぼそっと呟いた。

 

──長い沈黙が辺りを包み、冷たい風が吹き始めた。

 

 弓塚はタタリが居た方向を向く。

 

「私が行方不明になったって事、聞いたでしょ?」

 

 声色からは彼女の感情が読み取れない。

──そう、声色や空気から読み取れない程に、彼女の事がもう分からない。

 それだけの月日が、あの時から流れてしまった。

 

「──ああ」

 

「──あの日の約束、覚えてる?」

 

 罰が悪そうに俯く俺に、弓塚は遂に問いを出した。

 約束、とは勿論───。

 

「──ああ、覚えてる」

 

 

「──うそつき!助けてくれるって、わたしがピンチの時は助けてくれるって言ったのに!探そうともしてくれなかった!!!!」

 

 眉をしかめて手で地団駄を踏み、轟音を鳴らした。

 その衝撃はこちらにも振動が伝わる程だった。

 

 あの日の約束は一方的なものだった。

 それでも彼女はあの日、俺に助けを求めていたのだろう。

 その願いは俺からしたら理不尽かもしれない。

 だけど彼女にとってはあの時、あの状況で助けてくれる可能性のある人物というのは俺しかいなかった。

 辛かったろうに、苦しかったろうに。

 それでも助けが来なくて吸血鬼になってしまい、一人ぼっちで孤独に生き続けた。誰かを陰ながら助け続けて、今まで生きてきたのだろう。

 

 血を吸い続けてきた吸血鬼としては彼女はあまりに弱々しかった。

 それは強さとしての意味ではなく存在としての意味で。

 血を吸ってきた死徒たちのようなとてつもない圧力を感じない。

 湧き上がる吸血衝動に耐えながら、ここまで頑張ってきたのだ。

 衝動に身を委ねてアルクェイドを殺めてしまった俺とは雲泥の差で、彼女は俺よりもずっと立派に今まで生きてきたのだ。

 

「──ごめん」

 

 そんな彼女に、俺はただ頭を下げて謝ることしか出来なかった。

 

 もし俺が一人だったなら、弓塚の為に何でもしただろう。

 殺すと言われれば死ぬし、一緒に死徒になれと言われたら付き合っただろう。

 けれど今、死んでしまうことも死徒になってやることも出来ない。

 俺にはまだ秋葉がいる、シオンもいる。

 だから、俺はひたすら謝ることしか出来なかった。

 

「──では。そんな遠野くんに罰ゲームです」

 

 弓塚は顔をあげて、俺に指を指しながら笑顔をこちらに向ける。

 

「遠野くんは、私にハグしながら『おかえり』と言ってください」

 

 弓塚は俺に手を伸ばして抱擁を受け入れる体勢を取る。

 その顔は、公園の外灯に照らされて影が落ちている。

 地団駄を踏んでいた時と一転しての笑顔に、俺は一瞬慄いた。

 これで抱擁をしたら、もしかしたら噛まれてしまうかもしれない。

 俺では死徒になれるわけもなく、良いところグール、最悪身体が耐えきれずに死ぬだろう。

 

 けれど、それでも。

 彼女に、そうしてあげたかった。

 

──俺は彼女の冷たくなった細い体を、ぎゅっと抱きしめて答えた。

 ただ一言、そこに色々な気持ちを込めて──。

 

 

「おかえり」

 

 

「───ただいま」

 

 

 抱き合っているせいで彼女の顔は分からないけれど、俺の首筋が濡れたのだけは感じた。

 

 彼女はぐちゃぐちゃになってしまった手でジャージを強く掴んで、ふるふると震えている。爪が俺の背中に食い込んでくる。

 

「怖かった。すごく寒くて、どこにいってもわたしは一人きりで、すごく不安だった!」

 

 俺の耳に彼女の嗚咽が入ってくる。

 

「どうしてだろう、遠野くんを、私と同じにしてしまいたい。なのに──」

 

 悲鳴のような慟哭は、俺の耳に彼女以外の音が入るのを拒む。

 

「ごめん──ごめんな──」

 

 ──俺は何も間に合っちゃいなかった。

 助けられてすらいなかった。

 "あの日"より増えてしまった弓塚に這う死の線は、俺達に与えられた罰のようだった。

 

──有彦やシエル先輩、弓塚と一緒に学校で昼ご飯を食べたあの日。

 

──アルクェイドと夜の散歩をしたあの日。

 

──琥珀さん、翡翠、秋葉と食卓を囲んだあの日。

 

──もう、あの日々は二度と返ってこない。

 

──小雨が、ぽつぽつと降り出した。

 

 雨の冷たさはよく分からないけれど。

 背中に食い込んだ爪の痛みだけが、今を教えてくれている。

 

 

 

 

 

 

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