「あ、提督」
「おう夕張」
ツナギに軍手でスパナ装備の少女と出会った。
顔まで機械油だらけにしておきながら、その笑顔は屈託ない。軽巡の夕張だ。後頭部で髪を纏め、首に引っ掛けた布で顔を拭う仕草が妙に似合っている。
此方が近づくのを待って自慢気に隣の機械を叩いた。
「どうです、コレ!」
「ほお。生きてる旋盤があったか」
大人の胸程の高さがある横長の機械だった。
他のように錆にやられていない。崩落していた工場の中で、辛うじて濡れるのを免れたのだろうか。錆を防ぐ機械油は埃を吸い、全体を黒く包んでいた。
旋盤とは棒材を両端から挟んで回転させ、横から切削具を当てる事で加工する工作機械だ。これが動けばかなり加工に幅が出せるに違いない。夕張は大戦果に頬を朱く染めながら、ちょいちょい顔の前で手を振った。
「いやぁ、やっぱり半分潰れてましたよ。流石に天井から鉄骨が降ってきたらコレでも変形します」
なるほど言われてみれば中途からやや色が異なっている。その箇所が潰れていた場所なのだろう。ニコイチでもして直したのだろうか?
「明石か?」
「はい。明石さんの艤装、私も欲しいくらいです」
「現行唯一の工作作業艦だからな、夕張、お前があのクラスの艤装を背負えるなら用意してやるぞ?」
「……い、いやぁ、三倍以上排水量があるとちょっと」
「沈むか」
「沈むって言わないでください! 縁起でもない!」
それはすまんこって。
そういえば、
「前に改造ミスって出力落ちた時、太って浮かなくなったと勘違いされて大暴れしたよな」
「提督は私を馬鹿にしに来たんですか!?」
夕張が真っ赤になってレンチを振りかざした。
怒った。
当たり前か。
「いやすまん」
「ふん!」
「まぁ良くやってくれた。後で資材と、それと前に言ってた要望書の方を届けよう」
「――サイン入り?」
「サイン入り。無茶なのは届かんぞ」
何度か渡しているが、趣味に没頭するタイプに承諾印を押した白紙を渡すのは怖い。
夕張はため息を吐いてこっちの脇腹をレンチで小突いた。
「なんでいつも言わなくていい事まで言うんですか? ほんと意地悪なんですから」
「それ不知火にも言われたなぁ」
「言われたなら直してください」
彼女もすこぶる呆れた様子であった。
ふと、ぐるりと見回す。
崩壊した工場の隣に建てた作業小屋。コンクリ打ちっぱなしの伽藍洞。
埋もれた場所から此処まで引っ張ってきたのか。
直線で十メートルそこらはいえ難物に間違いない。現行機よりかなり旧いタイプで、やや大型、しかも電子制御でなく人の手で調整を行うヤツ。端的に鉄塊と言って相違無い。その重量たるや四・五トンはゆうにあるだろう。
「そこは明石さんがいますからね。艤装のクレーン、羨ましいくらい使い勝手がいいですよ」
「小型の油圧クレーン程度なら注文も通るかもな。来月の物資に入れたかったら早めに書いて出しとけよ」
「ホントですか!? え、それもアリ? さっすが提督!!って、あっとっと。
明石さーん、ニュースニュース大ニュース!」
ぱっと夕張は笑顔を浮かべた。
こちらに飛びつこうとして、自分の機械油だらけの有様に思いとどまり、それならばとよく一緒にいる明石を呼びながら駆けていった。
工場で走るのは雷ものだが、機械がコレしかないなら目くじら立てる理由もないか。
それに彼女が喜ぶのも分かる。
クレーンの重要性は極めて高い。
浅いながら整備経験もある提督も、かつてこなした作業をクレーン無しでやれと言われたら、困るどころか途方に暮れるしかないのは良く分かる。電力は相変わらず乏しいが、これで少しは楽になればいいのだが。
袖をまくり機械をあやす様に叩く。
機械油と埃の混合物の下から感じる金属の冷たさ、重さは強く逞しいイメージを伝えてくる。
しかし
手間暇かけねば思うようにはいかんのだ。
「お前らも、頼んだぞ?」
いつの間にか上でナットを被って遊んでいた妖精をくすぐってやった。
連中はきゃっきゃと笑って転がり、しまいに床まで転がり落ちていった。