蝽嗄瞅炵〜ひととせ〜   作:Re:S

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まだ夢主の名前が出ません。
というか夢主がほとんど出ません。
軍師から入ったので六年生と五年生が忍者してるのを書きたいな〜と思ってたらこうなりました。

Q.これは夢小説ですか?
A.多分そう。部分的にそう。

そんな感じですがお楽しみください。


春の段〜その弐〜

 

 

いひすてて

のちのゆくへを

おもひいては

さてさはいかに

うらしまのはこ

 

 

[newpage]

 

「「「小平太!!」」」

 

僕達は信じられないものを見ていた。

あの小平太が、地面に伏して、誰かに抑え込まれている、なんて。

四半刻前には思いもしなかった。

否、きっとこの光景を事前に知っていたとしても何かの冗談だと笑い飛ばしていたに違いない。

 

「行くぞ長次!」

「もそ……!」

 

留三郎と長次が小平太を助けようといち早く反応する。

しかし二人が小平太にたどり着くまでに、"誰か"がフラフラと転がるように倒れて小平太から離れた。

おそらく小平太が何かをしたんだろう。

けれどその小平太もピクリとも動かない。

僕は慌てて小平太に駆け寄って、上体を抱えて助け起こした。

 

「小平太!小平太しっかり!何があったの?!」

「……っ、伊、作か……?」

「そうだよ!」

 

良かった。意識はあるし、呼吸もしっかりしている。

見たところ外傷も内出血もない。

 

「すまん、下手を打った……あいつは……?」

「あいつって……小平太と組み合ってた人……?なら二人が抑えに」

 

殺気を滾らせた二人が、ズシズシとすぐ近くに転がっている"誰か"に近づいていくのを横目で捉えて言う。

お願いだからこれ以上怪我人は増やさないでくれ〜……と密かに思っていると、小平太から衝撃の事実を告げられた。

 

「あ、いつ……山賊じゃない……乱きりしんを助けた女だ……」

「……ええっ?!ちょ、二人とも!待って!!」

 

女の人?!

それがどうして小平太と組み合って!?

お姫様とか言ってなかったっけ?!

 

様々な疑問が一気に脳裏を駆け巡るが、兎にも角にも二人を止めなくては話にならない。

今にも武器を解き放とうとしている二人に、泡を食って静止をかける。

しかしとてもじゃないが自分一人で武闘派の留三郎と学年一体格のいい長次を止められる気はしなかった。

 

「おーい!」

「皆、怪我はないか」

「文次郎!仙蔵!」

 

渡りに船とはまさにこのこと。

文次郎が来たおかげで事あるごとに張り合ってる留三郎の意識はそっちに向いたし、仙蔵なら冷静にこの場の状況判断をしてくれるに違いない。

 

「やい文次!貴様なぁぜこんなところにいる!!きり丸しんべヱの出迎えはどうしたァ!?」

「うるさいぞ留ェ!二人共ここにいるのが見えねえのか!?テメェの目ン玉は飾りかぁ〜〜?!」

「あンだとぉ?!!」

「やんのかァ!?!」

「やめんか!二人とも何しに来たと思ってる!」

「「山賊ボコしに来たんだよ!!」」

 

二人の声が揃ったところで西の方から急速に雷雲が近づいてきた。

怪我人がいるのに天候の悪化は非常に不味い。不味すぎる。

 

「阿呆か。山賊ボコすより前に乱きりしんを逃がしてくれた女性の救出が先だろう。このスットコドッコイ共め」

「「こいつと一緒にすんな!……真似すんな!!」」

 

あ〜、やばい〜、やばいよ〜……もうめっちゃゴロゴロ言ってるよ〜〜……どうしてこんな時ばっかり息ぴったりなんだ!

 

「二人とも一旦ストッ「「お姉さん!!」」プ……?」

 

い組の後ろからひょっこり顔を出したきり丸としんべヱが、崩れ落ちた、ついさっきまで小平太と組み合っていた人に駆け寄る。

どうやら本当に乱きりしんを助けてくれた人らしい。

うつぶせに倒れていた彼女?を仰向けにして起こそうとした二人から小さく悲鳴が上がった。

 

「うわぁ……右顎がこんなに腫れて……!」

「ひどいっ……!女の人になんてことを……!」

「ちょ、ちょっと診せて!」

「「善法寺伊作先輩!」」

 

小平太は一旦大丈夫と判断して、気絶&怪我をしているらしいその人に近づく。

 

「うっ……わぁ……」

 

二人の言っていたとおり、下顎の右側が赤く腫れ上がっている。

 

「これは……ヒビが入ってるかもしれないな……」

「ええっ?!」

「くそッ、きっとあの大男にやられたんだ!」

「ゆるせないっ!!」

「いや、それやったの、私」

「「「…………ええええええ?!!」」」

 

衝撃の事実に思わずきり丸しんべヱと声を上げてしまう。

いや、何かしたんだろうとは思ったけどここまでとは。

 

「ま、まさか殴ったの……?」

「まさか!ちょっとデコピンしただけだ!」

「……いや小平太のデコピンってたしか大木を折れるよね……?」

「まあな!」

「じゃあ……」

 

ヒビどころか骨折、陥没しててもおかしくない。

患部が腫れてしまっていて今は正確な診療ができないけど。

 

「でも気絶しかけてたし、小指だったからほとんど力も入ってなかったぞ」

「それなら……まあ……大丈夫、かな?」

「で、でもどうして七松小平太先輩が……」

「お姉さんにデコピンしちゃったんですか?」

 

い組の二人ときり丸、しんべヱは小平太とこの人が戦っていたところを見ていない。

どう説明したものかと思っていると小平太が立ち上がって二人に向かってニカッと笑う。

 

「細かいことは気にするな!」

「全然……」

「細かくないような……」

 

二人のごもっともなツッコミをものともせず、胸を張ってなははは!と笑う小平太。

 

「っていうか小平太、まだ立っちゃだめだよ」

「大丈夫だ!気絶しかけただけだし」

「だからだよッ!」

 

相変わらずケロッとした顔で無茶をする小平太に頭を痛めていると、仙蔵の声が凛と響く。

 

「ところでお前たちを襲ったという山賊共はどうした」

「は!そういえば!」

「もそ……こいつらか。きり丸」

「中在家長次先輩!はい!そうです!その三人です!!」

 

いつの間にか長次が三人の山賊を縛り上げていた。

さすが沈黙の生き字引、不言実行とはまさにこのことだと感心する。

 

「って、この人たちもだいぶ怪我してるな……小平太、ちょっとやりすぎじゃない?」

「そいつらは私が着いた時にはもうその状態だったぞ。その女がやったんだ」

「ええ……」

「嘘じゃないぞ!」

「わかった、わかったよ。念の為まだ座ってて、ね?」

 

心外!といった顔で自分の無罪を主張する小平太を宥めてその場に座らせる。

それからざっと意識不明の四人の怪我の具合を診ていくと、山賊(中)、山賊(小)、お姫様(仮)、山賊(大)、の順で外傷が酷く、特に山賊の中は右腕と肋、小は鎖骨をそれぞれ骨折しているようだった。

 

「とりあえずこの人は学園に連れて帰って新野先生に診てもらおう。山賊たちの手当てをするから皆手伝って」

「いけいけどんどーん!」

「長次は小平太を抑えてて」

「もそ」

「えー?!なんでー!?」

「なんでもかかしもないよ……」

 

全く、さっきまで倒れていたとは思えない元気さだ。良いことなんだけど。

小平太が焦れて動き回る前に、皆にやってほしいことを割り振っちゃおう。

 

「文次郎、添え木によさそうな枝とかを取ってきてくれるかい?」

「おう!ギンギンに取ってくる!」

「仙蔵はこの塗り薬をあっちの大男の方の青痣に塗ってきて」

「承知した」

「留三郎はこの人を運ぶのに使う担架を作ってくれ」

「任せろ!」

「食満留三郎先輩!ボクもお手伝いします!」

「ああ!用具委員会の腕の見せ所だな!」

「はいっ!」

 

文次郎の後に続いて、留三郎としんべヱが藪の方に消えていく。

しんべヱが離れて一人所在なさげにしていたきり丸にも声をかける。

 

「きり丸はこの人のこと見ておいて”くれる”かい?」

「ウッ…!!」

 

途端にきり丸は顔を青くして膝から崩れ落ちてしまった。

 

「き、きり丸?どうしたの?具合悪いのかい??」

「きり丸、この人のこと見張らせて"あげる"……」

「もらう〜〜!!!」

「ああ……そういう……」

 

さっきとは打って変わって元気になりすぎたきり丸を見て、そういえばドケチな性格だったなと独りごちる。

きり丸と同じ図書委員会の長次がいてくれて助かった。

小平太の抑え役にもなってくれてるし安心して治療に当たれる。

重傷の二人用にと包帯や薬を準備していると、藪の中から文次郎と留三郎のギャンギャン言い合う声が聞こえてきた。

 

「俺の枝のほうが長い!!」

「はん!俺の枝のほうが太くて丈夫だ!二本あるしな!」

「だからなんだ!伊作が喜ぶのはこっちの枝だ!!」

「バカタレ!こっちの枝のほうが嬉しいに決まってる!!」

「「伊作!どっちがいい!?」」

「そうだなあ……留三郎のほうは折ったら添え木にちょうどいいし、文次郎の方は担架にぴったりじゃない?」

「「……ふんっ!」」

 

そっぽを向きながら、お互いの枝を後ろ手で交換する二人に思わず笑ってしまう。

まあ今の喧嘩のおかげで雷雲もどこかへ行ったみたいだし、結果オーライかな。

そのまま文次郎には留三郎が拾ってきた枝をいい感じに折ったりと、山賊中と小の手当を手伝ってもらう。

留三郎は文次郎が拾ってきた枝を並べて、しんべヱと一緒に担架を作り始めた。

 

「こっちは終わったぞ」

「ありがとう仙蔵。こっちもここを固定して……っと!」

「伊作、こんな感じで大丈夫か」

「どれどれ……うん!いい感じ!」

「伊作ー、担架できたぞ」

「がんばりました!」

 

続々と完了報告が上がり、にわかにいつもの騒がしさが戻ってくる。

我らが同期たちは実に優秀だ。

留三郎としんべヱが作ってくれた即席担架には留三郎と長次の上の服が使われていて、二人だけ黒の肩衣姿になっていた。

 

「ありがとう!うん、さすが留三郎だね」

「なぁに、大したことじゃない」

「ほんとにな。伊作は留に甘すぎる」

「なんだと文次コラ!!」

「も〜喧嘩しない!二人とも、担架にこの人を乗せて学園まで運んでね」

「それは構わないが……」

「なんで留の野郎となんだ?」

「二人とも体格が同じぐらいでしょ?担架はなるべく平行になるように運びたいからさ。よろしく頼むよ」

「そういうことなら」

「しょうがないな」

 

やれやれ。この二人は仲が良くても悪くても大変だ。

でも息は合っているから、こういう共同作業には向いてるんだよな。

 

「それなら私と長次でも良かったんじゃないか?」

「長次は小平太をおぶってね」

「もそ」

「私を怪我人扱いするな!」

「怪我人だよ!!長次、縛ってでもおぶってよ!」

「わかった」

「そんなぁ……」

「ところでこの山賊たちはどうするんだ?このまま放置するわけにはいかんだろう」

「それなんだよねえ……」

 

今いる場所は学園と麓の町のちょうど中間辺り。

どっちに向かうにしても、距離的に一年生二人と僕と仙蔵だけで怪我した山賊三人はさすがに運べない。

かといってこのまま放置していくのは保健委員としての心が許さない。

僕はわざとらしく大きなため息をついた。

 

「そこの木の上にいる子たちが手伝ってくれたら良いんだけど」

 

 

[newpage]

 

 

あちらこちらから風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。

だというのに、伊作の台詞の後、妙な静けさがその場を支配していた。

きり丸としんべヱはわけも分からず、けれど六年生たちの纏う剣呑な気配を察知してどちらともなく身を寄せ合う。

六年生はいつの間にか皆同じ方向を向いていた。

 

「だとさ。いい加減降りてこいよ」

 

一年生が自分たちの気配に怯えていることを見て取った留三郎が、その気の強そうな顔に似合わず柔らかく声を掛ける。

ややあって、観念したかのように彼らの視線の先の枝葉が揺れ、人影が二つ地に降り立った。

 

「「久々知兵助先輩!尾浜勘右衛門先輩!」」

「お疲れ様です、先輩方」

「きり丸としんべヱもお疲れ」

 

五年い組の二人が六年生たちに向かって一礼する。

突然現れた彼らに一年生二人は驚いていたが、六年生たちは一寸も動揺していなかった。

 

「誰かいるとは思っていたがお前らだったか」

「やっぱり気づかれてました?」

「バカタレ。見るのに集中しすぎだ」

「殺気はなかったから放っておいたんだけどね」

「あはは……参ったなぁ」

 

六年生の誰もこちらに気付いている様子はなかったのにバレていたとは。

これが一学年の差か、と勘右衛門は笑って頬を掻きながらも内心悔しさを噛み締める。

 

「で?もちろんお前ら二人だけじゃないよな?」

「そこの岩の後ろと藪にいるやつ、出てきていいぞ」

 

そっちも気づかれていたか。

いよいよもって勘右衛門と兵助は舌を巻いて互いの顔を見合う。

相手も自分と同じように、悔しさと少しの憧れの入り混じった表情(かお)をしていた。

 

「どうも……」

「……雷蔵」

「そして!不破雷蔵あるところに鉢屋三郎あり、です!」

 

仙蔵に指摘された箇所からそれぞれ雷蔵と三郎が姿を現す。

 

「竹谷以外揃ってどうした」

 

小平太が、自身を背負う長次から身を乗り出すようにもたれかかって尋ねると、四人はお互いに目配せしたあと口々に語り始めた。

 

「実は私たちも先輩方のすぐ近くで演習がありまして……」

「乱太郎から話を聞いたものですから、何かお役に立てないかと」

「ほぉ〜?俺たちじゃ山賊三人相手に力不足だと?」

 

文次郎が意地悪く混ぜっ返す。

無論本心ではないのだが、どうも一学年下の後輩には、なまじ実力が近しいだけに妙な対抗心が出てしまって、つい試すような言葉が口をついてしまう。

とはいえ五年生にとってはこのような、ある意味での可愛がりも笑い事ではない。

尊敬はもちろんしている。

しかし自分たちの実力が大きく劣っているとも思っていない。

かといってあからさまにそういう態度を見せれば、その後どうなるかは想像に難くないのである。

その点、勘右衛門は人当たりの良さと愛嬌のある顔立ちで、こういう場面での立ち回りがうまかった。

思わずうろたえて「ち、ちがいますよ!」と言葉を詰まらせた兵助のあとを引き継いで続ける。

 

「どっちかと言うと先輩方にお手本を見せてもらおうかな〜と思って来たというか……」

「なんだ、野次馬か?」

「否定はできませんね」

 

人好きのする笑顔で勘右衛門がそう言うと、毒気を抜かれた文次郎はやれやれと肩を竦めた。

 

「それならそうと普通に声かけてくれたらいいのに」

「すみません、課題もあったものですから……」

「課題?」

「『六年生から見て学べ。ただし気付かれるな』って、先生が」

「元々の課題がそれだったんです。それで近くで演習をしていて」

「そうだったんだ。ごめんね〜」

「いえ、それは僕たちの力不足ですから」

 

気づかれるなという課題の未達で、おそらく補習になるであろう後輩たちに他意のない謝罪をする伊作。

その優しさが今は逆に心を抉るが、そんなことはおくびにも出さず、兵助が答えた。

 

「ところで竹谷はどうしたんだ?」

「ああ、八左ヱ門ならそろそろ……」

「すみません!遅れました!」

 

ちょうど話題に出された、五年ろ組竹谷八左ヱ門が学園の方へ続く道から現れる。

その藁蓑のような髪(実際にその髪の中にミノムシを飼っているのだが)の後ろから、ぴょこんと赤毛が飛び出した。

 

「きり丸、しんべヱ!」

「「乱太郎!」」

 

八左ヱ門の背中から飛び降りた乱太郎が二人に駆け寄る。

離れていた時間はほんのわずかだったが、なんだかとても久々のような気がして三人は誰からともなく抱き合った。

しばらくそうしていたあと、しんべヱが乱太郎に尋ねる。

 

「学園に帰ったんじゃなかったの?」

「五年生の先輩方にお会いしたから、学園への連絡は先生に任せて竹谷先輩としばらく待ってたんだ。でも二人がなかなか来ないから私心配で……」

「ごめん。オレたちもお姉さんが心配でさ……」

「乱太郎は無事だって立花先輩と潮江先輩がおっしゃってたから、一緒に戻ってきちゃったの」

「だと思ったぁ。それで、そのお姉さんは……?」

「無事……っちゃあ無事、だけど……」

 

振り返ったきり丸としんべヱの目線の先を辿った乱太郎は、地面に置かれた担架の上に横たわる少女を目にして小さく悲鳴を上げた。

 

「うわっ!なにこれひどい……!」

「おほ〜……」

 

後から合流した八左ヱ門も思わず鳴き声を漏らす。

乱太郎は同じ保健委員会の委員長である伊作を涙目で見上げた。

 

「い、伊作先輩っ……お姉さんは……」

「大丈夫。命に別状はないよ。ただ、ここじゃあ満足な治療ができそうにないから今から学園に帰るところなんだ」

「そうなんですか……」

 

ホッと胸をなでおろした乱太郎を、八左ヱ門以外のみんなが何とも言えない顔で見やる。

その微妙な空気を霧散させるように、仙蔵が手を叩いた。

 

「お前たち、そろそろ移動するぞ。

 せっかく”先輩想いの五年生”が手伝いに来てくれたことだしな」

 

切れ長の目を細めて、五年生の顔を一人一人見据えていく。

仙蔵の色白で妖艶な容姿も相まって、五人はまさに蛇に睨まれた蛙だった。

 

「そうだなァ。存分に"役立って"もらうとするか」

「あ、あのぉ……そこの山賊を惣に引き渡せばいいんです、よね?」

 

八左ヱ門がおずおずと挙手しつつ六年生の顔色をうかがう。

遅れてきた彼は、なぜこんな微妙な空気が流れているのか皆目見当がつかなかった。

その純粋な質問が、穴の開いた風船のように、この場にこもった空気を弛緩させていく。

他の五年生四人は内心「ナイス八左ヱ門!!」と思っていたが、ギリギリ顔には出さなかった。

先ほどの同室の文次郎同様、やれやれと言った表情で肩を竦めた仙蔵は、改めて八左ヱ門以外の四人に水を向ける。

 

「竹谷は仕方ないとして……尾浜、久々知、鉢屋、不破。やることはわかっているな?」

「「「「はい!」」」」

「なら良し。竹谷にも道すがら説明しておいてくれ」

「承知しました」

「我々は先に学園に戻る。乱太郎、きり丸、しんべヱ。歩けるか?」

「ここまでおぶっていただいたので大丈夫です!竹谷先輩、ありがとうございました!」

 

先程二人に再会した感動でお礼を言っていなかったことに気がついた乱太郎が慌てて八左ヱ門に頭を下げる。

気にするなとでも言うように、八左ヱ門は軽く手を挙げて答えた。

 

「二人はどうだ?」

「「ボクたちも平気です!」」

「よし!それじゃあみんな帰ろう!」

「「「おー!」」」

 

伊作の掛け声に三人が元気よく返事をする。

三人揃ってようやくいつもの調子を取り戻した乱きりしんを先頭に、六年生と担架に乗せられた異邦の少女は忍術学園へと歩み始めるのだった。

 

「そういえばしんべヱ、ずっと背負っているそれはなんだ?」

「あ、これはお姉さんから預かった荷物で……」

 

 

 

 

「さて、と……」

「なあみんな、一体何がどういうことなんだ?あの女の人が乱きりしんを助けてくれたんだよな?」

「そうだなあ……どこから説明したものか……」

 

六年生一行を見送り、現場に残った五年生たちは答えあぐねていた。

何せ自分たちも到着したのは伊作たちのすぐあと。

小平太と先ほどの少女が戦った現場を直接見たわけではない。

 

「まあそれはこいつらに聞いたほうが早いんじゃないのか?」

「ううっ……」

 

縛られている山賊……一番大柄なのを三郎が軽く小突く。

すると患部が痛んだのか、うめき声をあげて大柄な山賊が意識を取り戻した。

 

「な、なんだ?なんで俺縛られて……」

「おはようございます。ご気分はいかがですか?」

「雷蔵めちゃくちゃ煽るじゃん」

「ええっ?そんなつもりじゃあ……」

「天然かー」

「そこが雷蔵のいいところだろう?」

「出た。雷蔵全肯定男」

「三郎は本当に雷蔵が好きだなあ……」

 

突然はじまった五年生の談笑に、勝手に起こされて置いてけぼりを食らった山賊(大)は大声で喚き散らす。

 

「なっ……!なんなんだお前らっ!?あのクソアマとガキ共はどうした!!」

「あ、すいませんほったらかしにして……」

「らぁい蔵~そんなのに謝らなくてもいいのに~!」

「まあまあ、質問に答えてあげようよ」

「ったく、雷蔵は本当優しいんだから……」

「おい!!本当になんなんだお前らァ!!」

「あーもーうるさいなー。私たちはお前たちが襲った良い子たちの先輩でーす」

「せんぱ、い……?」

 

山賊(大)は予想だにしなかった答えを聞いて、その威勢をそがれる。

わけがわからないと言いたげな顔の男を、いつの間にかそれぞれの得意武器を手にした五年生たちが見下ろす。

ほんの数瞬前まであったゆるい空気が嘘のように掻き消えたことに気づいた男は、思わずひくりと喉を詰まらせた。

 

「ま、私たちのことはどうでもいいからさ……

 

 何があったのか、洗いざらい”お話”、してもらってもいいかな?

 特に”クソアマ”のこととか、ね」

 

[newpage]

 

 

子供が走っている。

 

暗闇の中を必死に。

 

走って、走って、走って、走って……。

 

その背に鈍い銀色がひらめいて、止める間もなく振り下ろされた。

 

何度も。

 

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

そうして力なく転がったその子の昏い眼窩と視線が交わる。

 

 

 

『────どうして助けてくれなかったの?』

 

 

 

血塗れの口でそう呟いたその声は、その顔は、一体、誰の────。

 

 

 

 

 

 

「ッ……やめて!!!」

「うわぁっ!」

 

ドンガラガッシャーンッ!

漫画みたいな音を立て、そばで誰かがすっ転ぶ。

その音に思わずそっちを見ると、上下ともモスグリーン色の着物に身を包んだ茶髪の男子が葉っぱに塗れていた。

 

「……誰?」

「どうした伊作!!!」

 

スパーンッ!!とこれまた漫画のような音を立てて後ろの引き戸が開く。

茶髪の子と全く同じ服を着た子がドタドタと部屋に入ってきて、葉っぱまみれのその子に駆け寄った。

……部屋?

 

「(ここは一体……っていうか、私、何してたんだっけ……)」

 

なんだかずっと鈍痛がしてうまく思考が働かない。

そのままぼんやり茶髪の子と黒髪ツリ目の子の方を眺めていると、黒髪ツリ目の子がさらに目を三角にしてこちらに向かってきた。

 

「おいお前!伊作に何をしたッ!やはり曲者か!!」

「留三郎!大丈夫、何もされてないよっ!いきなり起きたからビックリして僕が勝手にすっ転んじゃっただけだって!」

「何ィ〜!?貴様ぁ……!いきなり起きるんじゃない!伊作がビックリしてすっ転んじまったじゃないか!!」

「留三郎〜!言ってること無茶苦茶だよ〜!」

「えっと……なんか、すいません……?」

 

黒髪の子の勢いに押されて思わず謝ってしまう。

私が謝るとは思わなかったのか、「お、おお……わかったらいいんだ!」と今にも掴みかからんとしていた拳を引っ込めて茶髪の子の隣に腰を下ろしていた。

 

「謝らなくていいのに……留三郎、彼女は怪我人なんだからね?」

「だが曲者かも知れんだろう」

「だとしても!まずは三人を助けてくれたお礼をするのが筋じゃないかい?」

「三人……助ける……」

 

瞬間、乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんの顔が思い浮かぶ。

そう……そうだ……どうして忘れていたんだろう?

山の中で男三人に襲われたこと、乱太郎くんたちを逃がしたこと、それから……。

 

「ッ〜〜〜〜!!」

 

さっきからしていた鈍痛の原因がわかって思わず右顎を触る。

手のひらが顎に触れた途端に何とも言えない鋭い痛みが背筋から脳天を突き抜けて、思わず背を丸めてしまった。

 

「ああっ!ダメだよ、いま薬を作っていたところなんだから!触らないでジッとしてて」

「薬……作る……?」

「うん。新野先生……お医者さんに診てもらったら、骨に異常はなくて、ただ内出血してるだけだって。打ち身に効く薬を塗っておけば二、三日で治るっておっしゃってたから、その薬をね」

「君が……?」

「うん。今日は丁度保健委員の当番だったし」

「保健、委員……」

「なんだァ……?伊作の作る薬に文句でもあるってのか……?」

「もう!留三郎は黙ってて!」

 

この部屋がなんなのかとか、保健委員だとか、どう見ても高一ぐらいの子が薬を作るのとか、とにかくよくわからないことだらけだけど、今知りたいことはたった一つ。

 

「あの……乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんは……?」

「ああ、あの三人なら今頃……」

 

 

 

 

「こンの……バカチンが〜〜〜〜!!!あれほど!合戦場で!バイトはするなと!言っておいただろうが〜〜〜〜〜!!!」

「「「ごっ……ごめんなさい〜〜〜〜〜!!!!!」」」

 

同時刻、件の三人はそれぞれに大きなたんこぶを頭に作り、顔を大きく、舌をゲンコツにした一年は組の教科担当担任、土井半助に叱りつけられていた。

三人を助けてくれたという少女の診察を、校医の新野洋一にしてもらったあとのことである。

骨に異常なし、内出血で腫れが酷く見えるが、ただ気絶しているだけとのことでホッと一息をついた三人は、医務室の外で待ち構えていた土井に捕まり教員長屋の土井の部屋に連行され、今に至るのだった。

 

「無事だったからよかったものの……あの人がいなかったら今頃どうなっていたことか……!」

「すみません……」「ごめんなさい……」「反省してます……」

「そう言っていつもいつもお前たちはァ〜〜!!本ッ当に反省しているのか?!!」

「まあまあ土井先生。その辺にしておきなさい」

「山田先生!しかし……!!」

 

土井が三人を叱る様を見ていた教員がその厳しい顔とは裏腹に柔和に声を掛ける。

土井より二十ほど年重の、同じく一年は組実技担当担任の山田伝蔵は、今度は三人の方に向き直って言った。

 

「お前たち、今日感じたことを言ってみなさい」

「今日……」「感じた……」「こと……」

「そうだ。あの人に助けられて逃げてる途中、六年生や五年生に連れられて戻っている道中、学園に帰ってきたとき、どう思った?どう感じた?」

「それは……」

 

しばらく押し黙っていた三人は、俯きながらポツポツと話し始める。

 

「最初はすっごく怖くて……逃げるのに必死でした。でもお姉さんが中々来なくて……心配になって……」

「ボクたちの代わりにあいつらに酷い目にあわされてるんじゃないかって思ったら苦しくなって……」

「逃げることしかできない自分が、情けなくって、悔しくって……」

「そうか。それで?」

「……」

「先輩たちに会って、すごくホッとしました」

「でも倒れてるお姉さんを見て……このまま、し、しんじゃったら、どうしようって……」

「新野先生が大丈夫っておっしゃるまで全然生きた心地がしませんでした……」

「そうだな。私たちも連絡を受けたとき同じ気持ちだったよ。無事だと知っていてもこの目でお前たちが帰ってくるのを見るまでは、な」

「「「ごめんなさい……!」」」

 

あの、血が凍っていくような感覚。心の臓が握り潰されるんじゃないかというほどの恐怖。

三人は、同じ想いを大好きな先生たちにさせてしまったと知って、半泣きになりながら再び謝罪した。

 

「土井先生なんて知らせを聞いた途端学園を飛び出そうとしてたんだぞ?五、六年生が向かったから大丈夫って聞いていたのに」

「や、山田先生……!それは内緒にしてくださいって言ったでしょう!」

「土井先生……」「本当に申し訳ありませんでした……!」「もう二度と合戦場でお弁当食べません!」

「おまえたち……ん?なんか今変じゃなかったか?」

「「しんべヱ!」」

「あ、間違っちゃったぁ……」

「も〜……!ふふ」

「ったくしょうがねぇんだから……はは」

 

五人の笑い声が、薄群青の空に千々に散らばる桃色の雲まで響いていた。

 

「それはそれとして乱太郎、きり丸、しんべヱ!罰として一週間外出禁止!」

「ンェー?!そ、そんなぁ!!!オレの授業料どうするんスかぁ!!!?」

「内職のアルバイトを探してきてやるからおとなしく学園内にいなさい!」

「えぇ〜?土井先生に効率のいいアルバイト、探せるんスかぁ??」

「お前なぁ……反省しとらんのか?もう一発ゲンコツいっちゃろか……?」

「イヤン!してますしてまぁす!どんなアルバイトでも文句言いませぇん!」

「ったく……」

「ど、土井先生……ボク、おシゲちゃんとデートの約束が……」

「……学園内でなんとかしなさい」

「あ〜〜ん!おシゲちゃんに嫌われちゃったらどうしようっ……!」

「私も早朝スケッチに行く予定が……」

「お・ま・え・ら・なァ〜〜〜!!!」

「「「ご、ごめんなさーーーい!!!」」」

「やれやれ……」

 

 

 

 

「って感じで叱られてると思うよ」

「そう……良かった……。本当に、良かった……っ」

 

視界が滲む。声が上擦る。

それ以上の醜態を晒さないように、掛けられている布団に顔を埋めて目を押さえてぐっと堪えた。

 

「僕からも、ありがとう。乱太郎は同じ保健委員だから……」

「そ、なの……」

「ほら、留三郎も!」

 

さっきから妙に突っかかってくる黒髪ツリ目の……留三郎くんが、茶髪の伊作くんに促されて苦虫を噛み潰したような顔をする。

でもすぐにこちらに向き直り正座して、拳を床について頭を下げた。

 

「……後輩を助けてくれて、感謝する」

「しんべヱが留三郎と同じ用具委員なんだ」

「おい伊作、そこまで話さなくても」

「いいじゃない別に、これぐらいは」

「しかしなあ……」

 

どうもこれまでの会話から察するに、私はこの二人(特に留三郎くんの方)に警戒されているらしい。

 

「えっと……用具委員?が何かはわかんないけど……当然のことをしたまでだから、そんなにかしこまってもらわなくても大丈夫……です」

「当然のこと?」

「……子どもを助けるのは"当然のこと"じゃ、ない?違うかな……?」

 

私は何か間違ったことを言っただろうか?と二人の顔色を伺う。

何せ私は今自信がない。

自身がない、と言い換えてもいい。

何せ私は、私の名前すらわからない状態なのだから。

 

「ううん。間違ってないよ」

「……ふん」

 

伊作くんが柔和に笑って肯定してくれたのでホッと一息をつく。

留三郎くんにはそっぽを向かれてしまったが。

 

「よし、できた。少ししみると思うけど我慢して。この薬を塗って、湿布を当てるからね」

「はい」

「話せてるから大丈夫だと思うけど……ご飯は食べられそう?」

「うん」

「留三郎、持ってきてくれた?」

「おう。……ほらよ」

「あ……ありがとう」

 

喋りながらテキパキと慣れた手つきで処置をしてくれる伊作くんと、廊下においていたであろう足つきの御膳を持ってきてくれた留三郎くんの二人に礼をする。

 

「三日間は安静にして、顎もあんまり動かさないほうが良いって。だから物足りないかもしれないけどしばらく雑炊ね」

「わかった」

 

そう言って彼は私に右顎から右頬まで覆う大きめの湿布を貼る。

たしかにこれじゃああまり大きく口は開けそうにない。

彼は私が雑炊を食べきるのを見守ったあと、「御大事に」と、空になった御膳を持って留三郎くんと一緒に保健室を出て行った。

 

「はあ……」

 

寝転がって天井を見上げる。

知らず知らずのうちに緊張していたようでひどく肩が凝っていた。

そのままぼーっと天井の木目を眺めながら、これまであったことを思い返す。

最初に目が覚めた合戦場、乱太郎くんや伊作くんたちの格好、山賊たちが手にしていた刀や弓、明らかに今、草から作られたであろう薬、この保健室の妙に古めかしい様子。

ここも映画の撮影のセットなのだろうか。

しかしカメラが仕掛けられている様子はない。

 

「(留三郎くん……曲者って言ってたな……)」

 

時代劇でしか聞いたことのないような言葉を真面目に聞くとは思っていなかった。

ぐるぐると思考の渦に呑み込まれながら、ふと頭に浮かんだ突飛な考え。

 

「まさか、タイムスリップ……?」

 

そんな馬鹿な。

いくらなんでもあり得なさすぎる。

しかしそれじゃああの山賊たちの、刀や弓はどう説明をつければいいのか。

彼らは本気で私や乱太郎くんたちを害するつもりだった。

少なくとも、私が弓矢男に気づかなければしんべヱくんは確実に怪我をしていた。

 

「……寝よ」

 

山賊の襲撃、記憶喪失、タイムスリップ疑惑。

いっぺんに色々起こりすぎて頭がパンクしそうだ。

ちょうど眠たくなってきたし、寝て起きたら何もかも夢でしたってことになってるかもしれない。

少なくとも今より頭はスッキリしているだろう。

私は再び、今度は自分の意志で意識を手放した。

 

[newpage]

 

「して、様子はどうじゃ」

 

いつになく静かな、それでいて威厳のある声が庵に響く。

突拍子もないことを思いついては学園中を振り回す人騒がせな好々爺と言った普段の姿は鳴りを潜め、学園の長、そしてかつては天才忍者として名を轟かせた大川平次渦正がそこにあった。

その学園長と側仕えのようなヘムヘムを上座に、六年生、五年生の順に並び、顔を伏せて座っている。

先の問いに六年のまとめ役の仙蔵が口を開いた。

 

「はっ、まずは伊作から報告を」

「はい。怪我は小平太が作った右下顎の打ち身のみ。それから睡眠薬を混ぜた雑炊を疑いもなく完食していました」

「すぐに寝入ったことも確認済みです」

 

治療に関わった伊作と、それを補足するように留三郎が告げる。

忍びならば人から出されたものをそう易々と口をつけないし、毒や薬に対する耐性もある。

味や匂いで気づかれないよう盛った薬は少量にも関わらず、二人が出ていってすぐに寝入っていたということは、どこぞのくノ一の可能性は低い……。

そのことを暗黙の了解として話は進む。

 

「ふむ。怪我の具合に関しては新野先生からも報告が上がっておる。小平太、何か申し開きはあるかの?」

「はっ。見たこともない技をかけられ、意識を失いかけたため、已む無く顎を軽く小突きました」

 

小平太のその言葉に、五年生が少なからず動揺する。

現場を見ていなかった仙蔵と文次郎も思わず小平太の方を向いた。

当の本人は報告終わり!と言った雰囲気を醸し出していて、隣の長次がもそっと耳打ちをする。

 

「……学園長先生はそもそもなぜ彼女と戦闘になったのか聞いておられるのではないか?」

「む、そうか。戦闘になった経緯ですが、恐らく山賊の仲間だと勘違いされたのかと」

「それはまた何故」

 

何故と問われて、小平太は対峙した時の女の台詞を思い返す。

 

『……鉄臭い』

『お前、向こうから来たな。……子どもたちをどうした』

『この……外道が!!』

 

「……実習中に大きな猪に出くわしまして。食料にと捌いたあとだったので血の臭いが……。そんな状態の私が乱太郎たちが逃げたほうから来たものですから、私が乱太郎たちに手をかけたと思われたのではないかと愚考いたします」

「なるほどのう……」

 

双方どちらも理由なく戦闘に縺れ込んだわけではない。

事の次第がわかって、ピンと糸を張ったような空気がようやく少し弛緩する。

 

「戦闘になった経緯はよく分かった。しかしお主が意識を失いかけるとはにわかには信じがたい。聞けば山賊もその娘がすでに返り討ちにしていたということじゃが」

「それに関しては五年生から」

「うむ。では五年生の報告を聞こう」

「はっ」

 

五年生にまとめ役はまだ居ないが、事前に決めていた通り兵助が事のあらましを語り始めた。

 

「私たちは山賊から聞き取りを行いました────」

 

 

 

 

「何があったのか、洗いざらい”お話”、してもらってもいいかな?

 特に”クソアマ”のこととか、ね」

 

縛られて座り込んでいる大柄な山賊にしゃがんで視線を合わせた三郎が得意武器の鏢刀をチラつかせると、先程まで威嚇するようにがなり立てていた男は途端に声を潜ませた。

 

「は、"話"って言われてもよ……」

「ん?普通に何があったか聞きたいんだけど。アンタ、その"クソアマ"にやられたんだろ?」

「あ……ああ!そうだよ!なんなんだあの女はっ」

「うーん。俺たちもそれが知りたいんだよね〜」

 

女にやられた、と言うことが癪に障ったのか、またキャンキャンと喚きだす男を勘右衛門がいなす。

その態度に毒気を抜かれたのか、あるいはその内容に呆気にとられたのか、男はぽかんと間の抜けた表情で聞き返した。

 

「は?……お前らの仲間なんじゃないのか?あのクソガキ共の「良い子ね」……良い子たちのセンパイなんだろ?」

「それが……あの子たち、あの女性とは弁当売りのバイトをしていた合戦場で知り合ったらしいんです」

「だから私たちもあの女の人とは初対面ってわけ」

「……俺もよく知らねえよ。赤毛のメガネのガ……良い子を掴み上げてたと思ったらいきなり後ろに転ばされて、起きた時にはこのちっせえのがあの女に、こう……猪を肩で担ぐみたいに持ち上げて地面に叩きつけられてたんだからよ」

「おほー……」

「あの人確かに女性にしてはかなり大きかったけど……」

 

男は、自身の隣で同じく縛られて倒れている一番小柄な男を顎でしゃくって示す。

小柄とは言えこの中ではという話で、忍たまでいうと四年生ぐらいの大きさだ。

体格差があるとは言え、女の力でそんなことができるのか?

俺たちは一瞬互いの顔を見回したが男が嘘を吐いているとも思えず話の続きを促した。

 

「それで?その後は?」

「……こいつがやられて、動かなくなっちまったもんだから頭に血が上って……女に掴みかかって地面に押し倒した……つもりだったんだが……」

 

男は意識を失う前のことを一つ一つ思い返しているのか、独り言のように呟く。

 

「いつの間にか空を見上げてて、それで……」

「意識を失った?」

「……おう」

 

肩を落とした男を見下ろして、この男からはもう何も聞き出せないと悟り、俺は三人のちょうど真ん中の体格の男を指さして言った。

 

「じゃあこの中で一番長く起きてたのはこの人?」

「あ、ああ。そいつが黒髪の坊主がたんまり小銭を持ってるってんで誘ってきたし、事情は一番よく知ってると思うぜ」

「どうする?一番重傷だけど……」

「まあでも伊作先輩が治療してたし命に別状はないんだろ?起こすだけ起こしてみよう」

 

雷蔵と三郎が頷き合って、その男を軽く揺さぶる。

 

「う……」

「あ、起きた。もしもーし。聞こえますか〜」

 

ぼんやりとしていた男は、しかし、はっきりと覚醒した途端に縛られていることも骨が折れていることにも気づかずに暴れだした。

 

「は……あ、う、うわああ!やめてくれ!許して!助けてぇ!!」

「え、僕まだ何もしてない……よね?」

「おいどうしたんだよ!落ち着けよ!」

 

大柄な男がその尋常ならざる様子に驚いて声をかける。

しかし仲間の声もわからないのか、中背の男は必死にその場から逃げようと、その場でのたうち回った。

 

「ううう鬼だ……鬼が来る……地獄の獄卒が俺を……ううううああああ!!!」

「鬼だぁ?!お前あの女に何されたんだよ!!」

「ヒィッ!!やめろっ!やめてくれーっ!!許して……許して……ごめんなさいもうしませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「こりゃあ話は聞けそうにないな……」

 

痛みからか暴れ回るのをやめた中背の男は、今度は芋虫のように丸まってぐずぐずと嗚咽と謝罪を漏らし続けるだけになってしまう。

やむなく俺たちは下山を決意した。

 

 

 

 

 

 

「その後は三人とも麓の惣に引き渡してきました」

「つまり……結局あの娘が具体的に何をしたのかはわからぬということかの?」

「はい……申し訳ありません」

「良い良い。しかし……ふむ、そうか……」

 

有力な情報を持ち帰れなかったと、兵助以下五年生たちは静かに下唇を噛む。

そんな五年生の内心を知ってか知らずか、小平太が続けて自身の見てきたことを語った。

 

「その一番手酷くやられた男に関してですが、そやつも持ち上げられて地面に叩きつけられていました。その前に降参していましたし、一度目でもう骨が折れたので止めたのですが、その後失神を」

「うへえ」

「そりゃ鬼呼ばわりされるよな……」

 

あの男の尋常ならざる怯えようが思い出されて、勘右衛門と八左ヱ門は思わず声を漏らした。

 

──戦闘意欲のない者に対する苛烈過ぎる追撃。

──男三人を瞬時に制圧したばかりか、六年生の中でも近接戦闘に長けている小平太を失神寸前まで追い込む未知の技。

五六年生の警戒度が一気に跳ね上がる。

しかしそこで六年は組の二人が異を唱えた。

 

「でも……そんな怖い人には見えなかった、よね?」

「ああ……俺、結構喧嘩腰に喋ったけど、なんか普通に謝られたし」

「それに、起きてすぐ乱きりしんのことを心配してたんです。無事だって伝えたら良かったって泣いてて」

「子供を助けるのは当然のことだって言ってたしな……」

 

そんな、どこかゆるい雰囲気の六はの二人の会話を黙って聞いていた文次郎が、拳を思い切り床に叩き付けて立ち上がる。

 

「だからなんだ?そんなもんこっちの懐に潜り込もうっていう魂胆に決まってるだろうが!それをまんまと引っかかりやがって……てめえこの六年何を学んできたんだ留三郎!!」

「ンだとこら!俺は事実を伝えただけだ!!」

「お前のそれは事実じゃねえ!ただの感想入りまくりの私見っつーんだ!」

「謝られたのも子供を助けるのは当然つってたのも事実だわボケ文次郎!!」

 

吹っ掛けられた留三郎も立ち上がり、互いの額が触れそうな距離でメンチを切り合う犬猿二人に今度は仙蔵が声を荒げた。

 

「貴様ら!学園長の御前だぞ!喧嘩するなら表に出てやれ!!」

「「おうよ!!!」」

「いやいや出ていこうとしないで!」

「伊作!言っとくがお前もどうかしてるからな!二人揃って何やってんだは組は!」

「えっ……あ……」

 

珍しく文次郎に怒気を向けられた伊作がたじろぐ。

犬猿の仲の人間に同室をも責められて、留三郎の血管が二三本ブチ切れた。 

 

「文次てめぇ!喧嘩は俺だけに売れや!!」

「あぁ?!……それはなんかちょっと違うんじゃないか?」

「はぁ!?……そうかも。悪い。お前が誰に喧嘩売ろうと、お前の勝手だよな……」

「いや……でも、いつも買ってくれるのはお前ぐらいだし……」

「文次郎……」

「留三郎……」

「ッシャア!そうと決まれば勝負だぁ!!」

「おうよ!ギンギンに表に出やがれ!!」

 

嵐のように過ぎ去った二人を追うものはない。あまりにも見慣れたいつもの光景なので。

仙蔵も伊作も同室の喧嘩っ早さにため息を吐きながら元通り座り直した。

 

「……それはさておき」

「さておくんじゃの」

「あの女、どういたしましょうか」

「逆に聞くが仙蔵。お主はどうするのが良いと思う?」

「は……新手の暗殺者の可能性がある以上、学園内に止めおくには危険かと思います」

 

ただでさえ忍術学園には、日常的に他の城の忍が敵味方問わず訪れる。

獅子身中の虫を飼うつもりはない、と仙蔵は冷徹に判断した。

 

「ふむ……伊作はどう思う?」

「はっ。安静を言い渡した以上、怪我も含めて三日は医務室で様子を見たいと思っています」

 

一度診ると決めて学園に連れてきた以上、完治まで責任を持つ。

保健委員会委員長の矜持を持って、伊作は言い切った。

 

「なるほどの。小平太、お前はどう思う?」

 

今この場にいる者の中では唯一、直に彼女と対峙した小平太が何を思うのか。

誰もが固唾を飲んで彼の言葉を待った。

 

「私は素性を知りたいと思います。あの技は何なのか、どこから来たのか、私たちは彼女について名前すら知りません。放り出すにしても、保護するにしても、始末するにしても、調べてからでも遅くはないかと」

 

出てきたのはこの上なく冷静で、最も忍らしい言葉。

よく六年生まで進学できたなと言われるほど惨憺たる座学の成績や、有り余る体力と細かいことは気にしない性格でいつも周りを振り回している小平太は、しかし実践になると参謀役の仙蔵も舌を巻くほどの冴えを見せる。

此度もまた然り。

学園長はその答えに満足したのか、ニヤリと笑って片目を開けた。

 

「良かろう!一先ず三日間は医務室での静養を認める。伊作を中心に保健委員で面倒を見てやるように」

「はっ!」

「素性の調査については先生方にも協力してもらうとしよう。その上で三日後にまた沙汰を出す。五年生六年生は三日後の同じ時間にまたここに集まるように」

「はっ!」

 

その場の全員が学園長の号令に応える。

いつの間にか帰ってきていた犬猿二人も庵の外で頭を垂れていた。

 

「以上、解散!」

 

[newpage]

 

五六年生が辞した後、一年は組の担任、土井半助と山田伝蔵は学園長の庵に姿を現した。

二人は学園長に一礼して正面に座る。

実は五六年生が来る前からこの場にはいたのだが、さすがは忍術学園の教師、生徒たちに気取られることなく彼らの報告を聞いていた。

 

「土井先生、山田先生、二人はどう思う」

「……私はあの子たちを助けてくれた彼女のことを信じたいです」

 

先に口を開いたのは土井だ。

彼は先に山田が述べた通り、乱きりしんが山賊に襲われたと一報を受けた際、学園を飛び出していこうとして事務の小松田とそばにいた山田に止められていた。

それほど大事に思っている自分の生徒を助けてくれた少女が学園長を狙う新手の暗殺者などとは信じがたかったし、返しきれないほどの借りだと思っていた。

何よりまだ礼の一つも言えていない。

 

「そうじゃのう……山田先生はどうかの?」

「私も子供たちを助けてくれたことは感謝しています。

 が、しかし手放しで信用もできません」

「と言うと?」 

「小平太が受けたという技、少し心当たりがあります」

「ほう」

「本当ですか山田先生」

「……おそらくですが、組討の一種なのではないかと」

「組討……」

「しかも内容を聞くに、数年前に美作国で創始された武内流の羽手(はで)に酷似している」

「では、彼女は武内の子女であると?」

「いや……当主に娘がいるというのは聞いたことがない。仮にいるとして、女子に組討を教えるとは思えん」

「ですね……」

 

組討とは、戦場で敵将を倒し組み伏せて鎧通しでその首をとることである。

元戦忍であった山田やその妻も無論その技術を身に着けてはいる。

しかしくノ一の可能性は低いと示された女にはおよそ縁のない武術……しかも創設されて数年の流派に似た技を使うとなると話は違った。

 

「きり丸の話ではどこかの国の姫が身分を隠して逃げてきたんだろうと思った、とのことですが」

「それにしては服装が奇妙すぎる。あれで美作からここまで目立たず移動できたとは思えん」

「たしかに……南蛮服、ともまた違いましたね」

「おおそうだ、服といえば」

 

山田が懐から何かを取り出す。

 

「しんべヱが山賊に襲われる前に、件の娘からこれを預かったらしいのです」

「これは?」

「どうやら変わった風呂敷のようでして、中にこれが」

 

それはナップザックに包まれた制服だった。

プリーツスカートにブレザー、カッターシャツ(関西弁でワイシャツのこと)にリボンと言った、現代ではごくありふれた服装だがこの時代では当然南蛮人すら着ていない。

 

「これは……」

「なんとも珍妙な……」

 

土井と学園長が取りだされ並べられた服をしげしげと眺めていると、山田はさらにワントーン低くした声で続ける。

 

「妙なのは服だけではありません。これを見てください」

「なっ……」

「なんじゃこれは……」

 

畳の上に差し出されたそれは、一枚の写真。

否、正確には”七松小平太らしき人物が写った、ぐしゃぐしゃの写真”のシワを伸ばして広げたものだった。

 

「これがその服から出てきたと六年生が」

「では六年のみんなはこれを見ているのですね……」

「ああ」

 

そこで土井は先ほど庵に集まっていた六年生を思い出して、そのいつもと少し違う様子に合点がいった。

 

は組二人の拍子抜けしたような困惑気味の顔。

文次郎が学園長の前では組の二人に吹っ掛けたこと。

仙蔵の少々厳しすぎる判断。

長次がいつもよりずっと小平太のそばにいて離れなかったこと。

小平太の闘気を孕んだ好奇心。

 

六年生になって初めての大きな騒動に緊張しているのかと思っていたが、”これ”が原因だったのだ。

すなわち……彼らは彼女を”七松小平太を殺しに来た刺客”だと思っている────。

 

重苦しい沈黙が場を包み込む。

土井は畳に置かれたその”絵”を見ながらふと、気が付いたことを口にした。

 

「……しかし、これは絵にしては上手すぎるというか。それにこの小平太によく似た彼、そこの着物と同じようなものを着ているように見えます。周りに描かれているものも初めて見るような風景ですし」

「そこなのだ。小平太にはもちろん確認したが、こんな場所に行った覚えも、このような着物を着た覚えもないと言っている」

「ふむ……ではこの絵は小平太によく似た別の誰か、ということかの?」

「その可能性は高いです。が、問題はあの娘がなぜこんなものを持っているのかということ」

 

生徒が狙われているかもしれないと厳しい顔になる山田。

生徒を助けてくれた恩人と生徒を狙う刺客という人物像がどうしても一致しない土井。

二人の様子を見て、学園長はいつものような好々爺然とした穏やかな声で語りかけた。

 

「ま、何にせよ三日ある。他の先生方にも明日の朝話を通しておこう。

 ワシは美作の方へ探りを入れておくから、こちらのことは任せたぞ」

「学園長先生が直々に?」

「なあに、知り合いがおるでの。まあ旅行のようなもんじゃ」

「ですがおひとりでは……」

「如月ちゃんと楓ちゃんも連れて行くわい」

「学園長……まさかデートしたいだけとかおっしゃいませんよね……?」

「そーんなわけなかろう!さ!先生方も明日の授業があるじゃろう!もう解散解散!」

 

半ば強引に学園長の庵を辞することになった二人は教員長屋までの帰り道を行く。

外はすっかり暗くなっていた。

 

「学園長先生大丈夫ですかね……」

「まあなんだかんだ言って仕事はきっちりされる方ですから。

 それにあの娘が新手の暗殺者だった場合、学園長が不在となれば何かしらボロを出すでしょう」

「それは…そうかもしれませんね」

 

同意しながらも、どこか浮かない顔の土井に片眉を上げながら山田が言う。

 

「なんだ半助、彼女を疑うのがそんなに嫌なのか?ああいうのが好みか」

「なっ!ち、違いますよ!

 彼女は乱太郎たちの恩人ですし……それになんとなく、昔の私を見ているようで」

「うん?」

「あの時、山田先生ご一家に良くしていただいたから今の私があります。

 ですから私も同じことをしてやりたい……なんて」

「あんた……そんな小っ恥ずかしいことよくもまあ……」

「山田先生が聞いたんでしょー!」

「はは、すまんすまん。

 そんじゃ、土井先生は信じて受け入れてやんなさい。

 疑うのは私がやります」

「山田先生……はい!」

 

山田はどこか子供のような笑顔を見せる土井に、苦笑しながら目の前の彼と出会ったときのことを思い返す。

どこぞの忍者隊から逃げ、抜け忍として追われていた青年。

息子の利吉との交流を通じ、教師としての才を見出した日。

土井半助という名を、宝物のように受け取ったあの顔。

 

「(過去も名も知らぬのは確かに同じだな。半助)」

 

これは自分も早々に彼女を信じる側に回ってしまいそうだ。

そんな予感を胸に秘めて月夜の中を歩いた。

 

 

[newpage]

 

 

「……──さん、お嬢さん。朝ですよ」

「んあ……?」

「よく眠れたようですね」

「……っ!あ、はよ、ございますっ、すいません」

 

目に飛び込んできた穏やかなおじさんの顔に反射的に謝る。

障子戸は白く光り輝いていて、すっかり夜が明けていた。

垂れていた涎を拭こうと焦って、顎に手をやった瞬間に痛みに悶絶する。

 

「おやおや。慌てなくて大丈夫ですよ。ゆっくり上体を起こして」

「は、はい……えっと……?」

「ああ。申し遅れました。私は校医の新野と言います」

「あ……怪我を診てくれたって言う……?」

「はい。昨日雑炊をしっかり食べたと善法寺くんから話は聞いていますが、朝ごはんも食べられそうですか?」

 

はい。と返事をする前にお腹がグゥ〜と鳴った。

 

「うんうん。元気なようで何よりですね」

「あはは……」

 

……なんか笑われるより恥ずかしいかも。

羞恥で顔を伏せていると、にわかに障子戸の外が騒がしくなる。

 

「おはようございます!朝食をお持ちしました!」

「はい、どうぞ」

「失礼します!」

 

そう言って、三人が……乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくんが部屋に入ってきて、私たちは無事再会を果たしたのだった。

 

「みんな……!」

「お姉さん!」

「良かった、目が覚めたんですね!」

「お加減はいかがですか?」

「まだ顎はちょっと痛いけど……それ以外は平気。

 私よりみんなは大丈夫?」

「全然へっちゃらです!」

「怪我もありません!」

「お姉さんのおかげです!」

「良かった……本当に無事で良かった」

 

三人をまとめてぎゅっと抱きしめる。

三人もそっと抱きしめ返してくれて、その体温でようやく人心地つくことができた。

 

「こらこらお前たち……朝食を持ってきたんだろう?」

「は!そうでした!」

「お姉さん、うどん、食べられます?」

「食べられなかったらボクが代わりに食べてあげまーす!」

「「「しんべヱ」」」

「ありがとう。ちょうどお腹空いてたんだ。それで……えっと……」

 

乱太郎くんからうどんの乗った御膳を受け取って、あとから部屋に入ってきた、優しげな男性を見上げる。

 

「ああ、すいません。私はこの子たちの担任の土井半助と言います。

 昨日は危ないところを助けていただいたそうで、本当にありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」

「あ、いえいえ……当然のことをしたまでで……」

「とんでもない。山賊三人に立ち向かったそうじゃないですか。誰にでもできることではありません」

「そう……です、かね……」

 

改めて言われると、自分でもどうしてあんな事が出来たのか不思議だ。

体が勝手に動いたとしか思えない。

 

「我々はこれから授業がありますので一旦失礼します。

 お昼もこの子らに持ってこさせますから、ゆっくり養生してくださいね」

「授業……」

 

その単語でエナメルに入っていた教科書と制服のことを思い出した。

あたりを見渡すと枕元には昨日は見当たらなかった制服とナップザックが畳まれて置かれている。

それを少し不思議に思いつつもエナメルがないことに気づいて尋ねた。

 

「あ、あの……そういえばこれ以外の私の荷物って……」

「……あー!!」

「そういえば!!」

「持って帰ってない!!」

「「「あの山の中だー!!!」」」

「な、何ー?!お前たち!どうしてそんな大事なことを忘れていたんだ!」

「「「ごめんなさ〜〜い!!!」」」

「本当に申し訳ない!急いで探させます!」

「あ、や、大丈夫です。授業優先で……」

「いえいえ、ちょうど山で実習予定がありましたから」

「山で、実習?」

 

小学生が山で何を実習するんだろう。

いや、というかそもそも、校医の新野先生も昨日の伊作くん留三郎くんも、乱太郎くんたちも、土井先生も、全員の服装が奇妙だ。

まるで……まるで……。

 

「ボクたち、忍者のたまご、忍たまですから!」

「すぐ探して持ってきます!」

「心配しないで待っててくださいね」

「に、忍者……?忍たま……?」

「ええ。ここは忍術学園。忍者になるための学校なんです」

 

頬をつねらなくても、右顎を触るだけでジンジンと痛みが響く。

私が今もまだ眠りこけているわけではないことは確かなようだった。

 

 

 

「いただきます」

 

四人が退室したあと、少し伸びたうどんを啜る。

昨日の雑炊もそうだったけど、やたらとここのご飯は美味しい。

それだけでざわついていた心が少し落ち着いた。

 

「ごちそうさまでした」

「うん。よく食べていますね。これならすぐ良くなるでしょう」

「すごく美味しくて……」

「うちの食堂のおばちゃんの料理は天下一品ですからね。

 さ、湿布を張り替えますからこっちを向いて」

「はい」

 

布団の上で正座をして新野先生の方に向き直る。

 

「昨日よりだいぶ腫れが引いてますよ」

「よかったです」

「ですが明後日までは安静ですからね。

 暇つぶしに何か本でも持ってきましょうか」

「そう……ですね……」

 

伊作くんが昨日作っていた薬をまた塗られて、同じ大きさの湿布を貼られながら考える。

本、本か……。

 

「あの……じゃあ最近発売されたので面白いのというか……オススメみたいなのはありますかね」

「最近ですか。……ああ、御伽草子なんか面白かったですよ。絵があって読みやすいですし」

「じゃ、じゃあそれを……」

「わかりました。それじゃあ少し出てきますね」

 

新野先生が退室するのを見送ったあと、頭がぐるぐると回転し始めた。

御伽草子が、最近。

いや御伽草子が何時代に成立したとかは覚えていないが、咄嗟の質問にこんな答えがすぐ返ってくるのがもうおかしい。

アドリブ慣れした俳優という可能性も無くもないけれど。

 

「や、やっぱり、これってタイムスリップ……?」

 

そうしたらこの記憶喪失はタイムスリップによる影響だろうか。

仮にそうだとして、一体何がどうしたらこんなことに?

タイムスリップする前、私は何をしていた?

 

「っ……!痛……」

 

顎とは違う痛み。

瞼の裏がチカチカするような、巨大なおりんの中に入れられて四方八方から音が響いているような不快感。

思わずうずくまって頭を抑える。

 

 

『────思い出せ』

思い出すな────

 

『────お前は』

私は────

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

「っ……!」

「頭が痛むんですか?」

「……あ、君、は……?」

「僕、不破雷蔵って言います。はじめまして。

 新野先生に頼まれて本を持ってきたんですけど、読め……ないですよね、その状態じゃあ……」

「あ……ううん。大丈夫、ありがとう」

 

意識が現実を捉える。

そうすると不思議なことに、痛みはスッと収まった。

布団の横に膝をついた不破くんが心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「大丈夫そうには見えなかったですけど……うーんでも僕は保健委員じゃないし……新野先生は今薬草園にいらっしゃるし……」

「えーっと……」

「ううん伊作先輩を呼んでくるべきか……でも本人が大丈夫って言ってるし……あー困った〜〜……」

「あの、君こそ大丈夫?」

「へぁ?!あ、大丈夫です。これは僕の癖で……」

 

たはは。と頬を掻く不破くん。

頭巾はしていないけどこの子もやはり忍者服を着ている。

初めて見る色だけど。

 

「不破くん、で良いかな」

「あ、はい。なんでしょう」

「君もここの生徒さん……なんだよね?授業は大丈夫なの?」

「え、あ、ああ。はい。今日は五六年生は休みで」

「そうなんだ。……どうして不破くんが本を?」

「さっき偶然新野先生にお会いして、貴女の暇つぶしに御伽草子をと頼まれたものですから。僕、図書委員ですし」

「そっか。ありがとう。お手数をおかけしました」

「いえ。でも無理しないでくださいね。貸し出し期限は一週間ありますから」

 

不破くんから本を受け取る。

当たり前のように和綴じだ。紙もなんかザラザラしてる。

 

「じゃあ僕はこれで」

「あ、もう一つ聞きたいんだけど」

「なんでしょう?」

 

胃が縮んで、喉が鳴る。

これを聞いてしまったら、もう後戻りはできない。

けれども聞かなければ、先へ進めない。

 

「今って、西暦何年?」

「せい、れき……?」

 

鳩が豆鉄砲を食ったような、きょとんとした顔。

不破くんが口を開こうとした、その時。

 

「面白そうな話をしているな。私も混ぜてくれ」

 

突然掛けられたその声に思わず肩が跳ねる。

油の切れたロボットのように首を回して見た、その先。

保健室の入り口に見覚えのあるボサボサ髪の男が、逆光を背にして立っていた。

 

 

 

 




注釈

竹内流は天文元年(1532年)美作国一ノ瀬城主の竹内中務大輔源久盛によって創始された、歴史を遡ることができる最古の日本柔術の流派と言われている。
本作では二次創作であることから漢字を武内と変え、またこれを体系化された柔術の始祖とする。
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