彼女が医師として、忍びとして、雑渡昆奈門に対して明確に興味を向け、雑渡も彼女からの興味を正面から受け取った話。
尊奈門君は巻き込まれただけ。
尊奈門君は、不憫だと可愛いと思います。
■興味の入り口
山の中の茶屋で、○○は静かに団子を堪能していた。
校医という立場上任務や買い出しでもない限りあまり学園から離れることのない○○にとって、茶屋でのんびりする時間は貴重だ。
「ある意味、曲者たちには感謝しないと……」
美味しそうに団子を頬張りながら独り言ちる。
今日は手薄になった備品を買い付けに来た。普段の忍たま達の利用に加え、曲者が頻繁にやってきては手当をして帰ることが多くなり、予定よりも早く諸々の品がなくなりそうになったのだ。
……最近のタソガレドキ忍軍は、怪我さえしていれば忍術学園の医務室に受け入れられると思っているのではないだろうか、と○○は思案する。
確かに医務室は怪我人の場所とは言ったが、彼ら、主に雑渡が「ちょっと怪我をしたから」と言って嘘かほんとかわからない怪我で医務室にて手当を受け雑談をする姿を度々目撃している。教員である自分がいてもお構いなしに「やあ」と声をかけてくる雑渡。それを手当だけで追い返すとはいえ受け入れてしまう自分もよくないのだが……、もう少し厳しく律しなければいけないだろうかと彼女は悩んでしまう。
「やあ、奇遇だね○○先生」
「! その声は……!」
最近嫌でもよく聞くようになった声。そう、今まさに彼女の悩みの種である人物。
「タコヤキドキ城忍組頭、ちょっとこなもん! と、その側近!」
「それって忍たまの良い子たちの真似? それとも本気?」
「え? いやぁ、あはは……」
現れたのはタソガレドキの忍び組頭、雑渡昆奈門と小頭の山本。普段の忍び装束ではなく旅行者の姿だった。いつも忍び装束姿しか見たことのない○○は珍し気に二人を見つめる。
「何かついているかな」
「いえ、珍しい姿を見たと思いまして」
「そりゃあ真っ昼間に団子屋であんな服着てたら目立つし」
そりゃあそうですけど……、と苦笑いしている○○に「横、いいかな」と雑渡昆奈門は席を詰めるよう促す。雑渡昆奈門が隣に……? と内心驚いたが、ここは忍術学園でもない。一応顔見知り……というわけで、○○は少しためらったものの端へとずれることに。
・・・
「おいしそうに食べてるね」
「あ、ええ……美味しいですよ」
「なるほど。君のおすすめは?」
「え、おすすめ?」
店員ではなく自分におすすめを聞いてくる雑渡にぎょっとする。雑渡は○○が持つ串に刺さった団子をじっと見る。
「何食べてるの」
「団子屋ですから、団子を……」
「じゃあ同じの2つで」
側近の山本が「承知しました」と言って店へ注文しに席を外す。二人になってしまった。手当の時は校医という立場で少々小言を言っていた分、少し気まずい○○。あれだけ美味しかった団子もすっかり味がしなくなった。
「君、園田村の時は見なかったけど……現場を保健委員会の良い子達に任せたのには何か理由でも?」
さっさと食べて席を立とうと団子を口に運ぼうとする○○を制するかのような質問が飛んできた。
「……園田村の時は、ちょうど私が不在の時で……」
口元に運んだ団子をおろし、言いづらそうに答える○○。
「後からあなた方と戦ったと聞いて血の気が引きました。無事うまくいったからいいですけど……」
「まあ、戦いはしたが園田村襲撃にタソガレドキ忍軍は参加していなかったからね」
参加していたら結果は違ったかも、と雑渡は付け足す。
「その話は聞いています。伊作君に借りた恩を返す為に戦に参加しなかったと」
「なんだ、聞いてたんだ」
それなら医務室に遊びに行くたびに警戒心むき出しで対応しなくても……と、学園での○○の頑なな態度を思い返す。先日深夜に訪問した際「入門表にサインすればお茶をする」なんて言っておきながら、一応茶を出しはするものの手当をすればとっとと帰してしまう○○。おかげで雑渡は忍術学園に向かう際、「今日はどのような怪我をしたことにしようか」などと、手当の長引きそうな怪我をしたふりを思案する癖がついてしまった。
まあ、ほかの先生なら自分を手当もせずに追い返すかもしれないので、負傷時だけは伊作君やほかの保健委員会の皆と同じで“教師にあるまじき”やさしさを見せてはくれるが。
会話が終了し気まずそうに団子を食べる○○を観察する雑渡。
改めて近くで見ると、年相応というか、やはり小さいなと思った。しかしこれは間違い、というか、潜在意識の介入というべきか。○○は女性としては小柄なわけではない。雑渡が大きいだけである。
「先日は尊奈門が世話になったそうだね」
びくりと肩を揺らした○○。そんなに驚かなくても……とこぼす雑渡をよそに、○○は「あれはあなたのご指示だそうですね」と眉をひそめる。
「ああ、あれは指示、というか……土井半助よりも自分の実力を知れる相手が、忍術学園には他にいるということを伝えただけだよ」
「あれ以来定期的に来るようになって……気軽に忍術学園に来るのはやめていただけませんか? 忍術学園は忍たまのための学び舎。タソガレドキ忍軍の修行場や医務室ではないんですよ」
「で、尊奈門との戦いは、君から見てどう感じた?」
小言を気にも留めず流す雑渡に口角がひきつく○○。タソガレドキ忍軍は人の話を聞いてくれと肩を落とす。
「正直最初は侮っていましたが……強いと思いましたよ。流石タソガレドキだと」
「ほう。まさか忍術学園の先生から褒めて頂けるとは。尊奈門に伝えておこう」
勝った相手を褒めるとは。素直に感想を述べる○○に感心する雑渡。しかし当の○○はため息交じりに「伝えなくていいですよ……」とあきれ顔。
「そもそも、私は忍術学園のほかの先生方の足元にも及ばないというか……」
「しかし教師になれるほどの実力はあるのだろう」
「ただの兼任教師ですよ。……それを言うなら、彼もあなたの側近になれるほどの実力があるのでしょう」
どうも謙遜気味らしい。
忍術学園の教師陣は皆一筋縄ではいかぬ実力。それに、彼女に対する陣左の評価も悪くはなかったが……。学園では「教師」として毅然とした態度で過ごしてはいたが、内心自分の能力に引け目を感じているのか。
「君は忍術学園出身だそうだが、プロ忍でも教師でもなく校医になったのはそれが理由で?」
「そんな話どこから……」
「伊作君から」
まさかというかやっぱりというべきか、○○はずっこけた後「伊作君……」と苦笑した。
「あと、君の苦手な食べ物とかおすすめの本とか……」
とつらつらと個人情報が流出していることが発覚し、思わず苦笑いする○○。
雑渡は思い出したかのように「それと……」と付け足す。
「堺出身だとも聞いたかな」
○○の顔色をうかがう雑渡。見たところ表情に変化はない。
しかし団子を持つ手がほんの少し揺らいだのを雑渡は見逃さなかった。
「それも伊作君から、ですか?」
「いや、は組の良い子からだよ」
「はは……忍たま達にかかれば情報駄々洩れですね」
参ったなぁと軽く受け流す○○に、雑渡はにじり寄るかのように言葉を続ける。
「……君は、堺が出身ということを忍たま達に教えていないだろう」
「……どうでしょう、覚えていませんね」
「私が聞いたのはしんべヱ君の父親と君が親しい、という話だけで、堺が出身と直接聞いたわけじゃない。君について調べたが、彼らの情報がなければ出身までわからなかっただろう。恐らく君は、出身については特定の人物にしか話していないのでは?」
「……」
「にもかかわらず動揺を隠したのは、この情報は君にとっては重要かもしくは隠したいモノだったため、それを悟られないように軽く受け流した……といったところか」
「タソガレドキが私個人の情報を調べるなんて、一体何の目的で?」
「尊奈門か陣左が言ってなかったかな?」
そう言われても思い当たる節がなさそうな○○に、雑渡はにこりと笑いながら答えた。
「私が、君に興味があると」
○○はその雑渡の笑顔に背筋がぞくりとするのを感じた。
決してその笑顔が怖かったわけではない。どちらかと言えば友好的な雑渡の笑顔が理由ではなく、発言の内容と直感……言葉の裏に隠されているような何かが○○に悪寒をもたらした。
「……、」
「言っていなかったようだね」
「あー、いえ、似たようなことは……」
先日尊奈門が「組頭の興味のあるもの」についての話をした際、ちらりとこちらに目をやったことを思い出す。
○○はてっきり自分の書いた薬草についての本のことかと思っていた。薬草採りの際タソガレドキの者に執拗に荷物を置いていけと言われたので、忍具か本のどちらかだと踏んでいたのだ。
だが、先日の「興味」という点で目配せを受け、伊作君が雑渡に話したと言っていた本をタソガレドキが狙っているのではと結論付けた。
「てっきり、私の書いた本に興味があるのかと」
「ああ、伊作君が話していた本のことか。まあ興味がないといえば嘘にはなるが……」
「見せてくれるの?」と雑渡が聞くと○○は「見せません」というので、やっぱり駄目なのかと残念そうにする。そんな雑渡の姿を見て、自分の何にこの男は興味を覚えたのかと。
「一体なんの目的で私に興味を持ったのですか?」
「興味を持つのに理由が必要かな」
「必要というか、理由の一つや二つはあるでしょう」
「……」
なるほど、と雑渡は少し考えた風に間を取った後、ぽつりと呟く。
「忍たま達の話を聞いて、かな」
「出た、情報漏洩……」
■隠れた人気者?
「組頭、」
後ろから聞こえた声に二人が振り向くと、山本が団子と共に戻ってきた。団子二つに随分時間がかかったなと○○は呆けたことを考えていたが、勿論山本は話が落ち着くのを後ろで待っていたのだ。
山本は戻るなり雑渡の横すわりをちらりと見て、内心ため息をつく。幸い、話し相手の校医は医務室で見慣れたのか気にも留めていない様子だったので、人前でもあるし仕方がないと指摘することをあきらめた。
「で、校医になった理由は?」
「あ、それまだ聞くんですね……」
「大して面白い話でもないですよ」、と○○。
○○はあまり、というか特に話したくない部分を聞かれ、答えないつもりだった。
そもそも彼女は過去についてあまり話したがらないらしい。雑渡が伊作や保健委員会の忍たま達に彼女の過去を聞いても、「忍術学園出身」という情報に付随するエピソードが返ってくるばかりで、彼女個人の素性は皆無だった。だからこそ彼はその質問をしたのだが……。
言いたくない。安易にそういう○○に対し、それならばと雑渡は手札を切った。
「では情報の交換ならどうだろう。私の答えられる範囲で、君が知りたいことを一つ教えよう」
その発言に小さく「組頭、それは……!」と山本がいさめるが、それを制して雑渡は続ける。
「なんでも好きなことを聞くといい」
「え!」
いいんですか? と思わず聞く○○。
彼女は一体何に興味を示すのか。タソガレドキの戦況? それとも忍者隊の規模? 村の場所? 構成? どんな質問が出てくるのかと期待し、じゃあ……と口を開いた○○をじっと見つめる雑渡。そして出てきた答えに目を見開く。
「その……あなたのその全身にわたる火傷をどう治したのか聞いても?」
これで合点がいった。あの時見つめていたのは火傷を憂いていたわけではなく、医師という視点からの関心だったのかと。自分の中で○○に対し勝手なイメージを持っていたと気づいた雑渡は、あまり尊奈門に偉そうなことは言えないなと内省した。
「構わない」
後ろで山本が小さくため息をつく。組頭の怪我の程度を知られるなんて、身内からすればとんでもない。しかし約束をしてしまった以上、山本からは何も言えない。あの組頭が問題ないと判断し、良いといったのだから。
「ただ、私が話せるのは火傷を負った経緯だけで治療は尊奈門が行った。詳しい内容は尊奈門に聞くといい」
私から話はつけておくと雑渡。本当にいいのですかと聞く○○に再度構わないと。むしろそんな話は医務室に顔を出していた時に聞けばいいのにとさえ雑渡は思った。これを話したからと言って弱点になるような彼ではない。
ありがとうございます、と元気に、そして嬉しそうに返事をする○○は、よほど嬉しかったのか「実は……」と言葉を続ける。
「以前から気になっていたんです……今なお包帯を手放せないほどの火傷を全身に負い、そんな状態にも関わらずあのタソガレドキ忍軍の組頭にまで上り詰め、部下からの信頼も厚い……雑渡昆奈門という忍びは一体どんな人物なのか……!」
高揚しきらきらした目で言葉を紡ぐ○○に、雑談は思わず言ってしまった。
「……火傷だけでよかったの?」
「はい?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、○○は聞き返す。どういう意味かと。
「いやなに、そこまで高く評価してくれているのなら、もっと個人的なことでも聞けばいいのに……って」
「……、……あ! 違います! 別にそんな評価なんて……! いえ、確かに忍術学園の警備をすり抜けて侵入してくる実力などは一忍者として憧れますが、別にそんな……私なんかがあなたを高く評価しているなんておこがましくてとても……!」
赤面しながら紡ぎだされる言葉の数々はどれも本人の意思に反して雑渡を高く評価している言葉ばかりで、これには思わず雑渡も笑ってしまった。側近の山本ですら面食らった様子だった。
自分の欲に忠実で、怪我人とあらば曲者でも手当してしまう、そして相手が敵対している忍びであっても素直に感謝し、憧れるとまで言ってしまう○○に、雑渡は忍びに向いていないなと感じた。
「それで。こちらは条件を飲んだし、君の答えを聞かせてもらおうか」
「あ! そうでしたね……」
すっかり忘れていた様子の○○は、何やら言いづらそうに「実は……」とか「その……」とか、ここにきて恥ずかしそうに言いよどむ。そしてとうとう意を決したかのように声を絞り出す。「言われたのです」と。
「忍びに向いていない、と……」
その答えに、今度は雑渡が目を丸くする。
そして思わず吹き出し、大きく笑った。
「なっ! だ、だから嫌だったんですよ、話すの!」
「いやなに、伊作君といい君といい、師弟そろって面白い忍者だ」
怒りを表明する○○をよそにくっくと笑う雑渡。
「それで、他の仕事でもなく忍術学園に就職を?」
「まあ、忍びの心得はありますし、当時から薬学や医学の知識についても持ち合わせていましたから。もう一人の校医である新野先生の補佐……将来的にはその後釜を継げるようにということで就職させていただける運びになったんです」
「なるほどね。じゃあ君も学園に通っていた当時は保健委員会に?」
「そうですね。違う委員会に入っていた時期もありましたが、最終的に所属していたのは保健委員会です」
「当時から不運委員会って呼ばれてましたよ」と笑いながら語る○○。彼女にとって青春の思い出なのだろう。懐かしそうに目を細める。
「その名の通り不運で。当時から怪我をしては土井先生に……、おっと、話しすぎですね」
失礼しましたと照れながら笑う。
非常に気になる始まりから途中で止められてしまった二人。
当時の土井半助が一体どうというのか。
雑渡としては土井半助をタソガレドキ忍軍にスカウトしたことがあるほど彼の実力を買っている。その土井半助の過去の情報というのは非常に気になる。
しかしそんな彼の思いとは裏腹に、彼女は「っと、ゆっくりしすぎました」と影を見る。
「あまり遅くなるといけませんので、そろそろ失礼しますね」
「この後はどこへ?」
「医務室の備品が足りなくなってきたので、この先の町まで買い足しに行ってきます」
では、お話しできてよかったですと、○○はにっこり笑い立ち上がった。
まだまだ聞きたいことはある雑渡だったが、あまり無理に引き留めてはと○○を解放する。
「長く引き留めて悪かったね」
「まさか。お話しできて楽しかったです。火傷の件はまた後日伺いますね」
それではと去っていく○○。
忍術学園でもこんな風に話してくれれば、わざわざ偶然を装わなくて済むのに。
少し離れた場所から改めて軽く会釈をし去っていく若いくノ一を見送りつつ、二人はそんなことを思った。
そして雑渡は、思い出して笑いが止まらないといった風に山本に話しかけた。
「山本、私は随分と人気者らしい」
「組頭が楽しそうで何よりです……」
■約束のモノ
「ごめんください」
聞き覚えのある声が忍術学園の正門を叩いた。
小松田はいつもの軽い調子で応対し、名前を見て軽く驚く。
「今日はちゃんと正門から来ていただいたんですね~」
「……」
少々機嫌が悪いのか、無言のまま中へ入るその人物。諸泉尊奈門。
彼は今日、いつもの土井半助や○○への挑戦ではなく、組頭からの命で来ていた。戦うつもりはないのか忍び装束ではなく旅人の恰好をしている。
「○○はどこに?」
「○○先生ならこの時間は医務室にいらっしゃると思いますよ」
念のための確認であったが、不要だったようだ。
医務室の場所を把握している尊奈門は、小松田の「案内しましょうか?」という提案を断りそのままずんずんと医務室へと向かっていく。
「変なの」
何も起きなきゃいいけど、とこぼした小松田は、元の事務作業へと戻っていった。
・・・
「諸泉尊奈門だ、入るぞ」
応答も待たず医務室の障子を開ける諸泉尊奈門。
中にいたのは新野先生と○○。今の時間忍たま達は授業中のようで、彼らはのんびりと談笑していたらしい。
突然侵入してきた尊奈門に驚く様子もない二人。○○はあきれ顔で「またか……」とこぼし、新野先生へしばらくよろしくお願いしますと伝える。いつも通り戦いを挑まれると思ってのことだろう。
「あなたも懲りない人ですねぇ……」
「……、何を勘違いしているんだ? 今日は組頭の命で来た」
「雑渡昆奈門の……?」
新野先生と○○は顔を見合わせる。
不思議そうに諸泉尊奈門を見つめ、改めて「本日はどのようなご用件で……?」と尋ねた。
「○○に用がある。もう一人の校医は席を外してもらえないか」
「……。」
新野先生にそう告げると、言われた新野先生は矢羽音で○○とやり取りをする。
「二人きりにしても大丈夫ですか?」
「問題ありません。ただ医務室ではなく別の場所で対応します」
「では念のため、ほかの先生方へは連絡しておきますね」
「よろしくお願いします」
一瞬のやり取りだったが、尊奈門も同じ忍び。目の前で繰り広げられる矢羽音が一旦終わった所で、「もういいか?」と声をかけた。
「ええ、大丈夫ですよ。ただ医務室ではなくほかの場所で伺いましょう」
「ほかの場所……?」
「では新野先生、あとはよろしくお願いします」
「えぇ、お気をつけて」
にっこりと笑顔で互いにやり取りした二人を前に少々困惑する尊奈門。
医務室以外に案内されることはまずないので、一体これからどこへ行くのかと思案する。
「こちらです、と言いたいところですが……」
念のためと目隠しをされる。
「おい、こんな状態じゃ歩けないじゃないか」
「忍びなのに?」
「どこに行くかわからなかったらたどりつけないだろ! 手でも引くつもり、か――」
文句を言う尊奈門の体がふわりと持ち上がった。
一瞬驚いた彼だったが、すぐに何をされたか気づいた。
「もしかしてお前、私を抱えているな!?」
「重っ、暴れないでください!」
「やめろ! 誰かに見られたらどうする!」
「うるさいなぁ……、動きますよ」
「ま――」
「まて」と彼がいう前に。
暴れる成人男性を何とか抱え、具体的にはお姫様のように抱きかかえ、教員長屋の自室へと向かう○○。道中何人かの忍たまや職員に会ったので、走りながら抱えているものが客人であると説明した。
説明されてしまった尊奈門は「だから言うのはやめろ~!」と叫ぶが、聞いている忍たまの良い子達はそんな尊奈門の声を聴き「あれってもしかして……」とひそひそと相談する。
そして下級生は「先生方へ報告しないと!」と去っていき、ピンと来た上級生は後を追っていくこととなる。
「くそ! 相手は大人一人抱えてるっていうのに追いつけないなんて……!」
「流石は“逃げの○○先生”……ここは大人しく先生方へ報告するか」
「くっそ~~~!!」
尊奈門との戦いを見られて以降、陰で不名誉なあだ名がついていることを○○が知るのはもう少し先である。
■男と女とドラマティックなお話と
「ひどい目にあった……」
抱きかかえられていただけの尊奈門は何を疲れたのか、ぜえはあと息を切らしながら文句をこぼす。
「いやだなぁ、せっかく運んであげたのにその言いぐさはないでしょう」
「何が運んであげた、だ! あんなの公開処刑じゃないか!」
「いつも私や土井先生に倒されて帰るのは公開処刑じゃないんですか?」
「ぐっ! お、お前……!」
組頭の命令で来たというのにこの屈辱。
わなわなと怒りに震える尊奈門。もう組頭の命令を無視して帰ってしまおうかとも考えたが、しかし職務放棄なんてもってのほか。それにこれ以上給料や査定がひどいことになっては困る。
「で、何の用ですか?」
「その前に。ここはどこなんだ」
見慣れぬ部屋を見渡す尊奈門。
見たところ誰かの私室のようだが……。まさかな、と尊奈門はふと浮かんだ考えを頭から消し去る。しかし○○の発言に耳を疑った。
「私の部屋ですが」
「お前の部屋!?」
こいつ、真っ昼間から自分の部屋に男を連れ込むなんてどういう頭をしているんだ。
連れ込まれた男は目の前の女の行動に目と耳を疑った。そしてなんだか急に、居心地が悪くなった。そんな男を目の前に表情一つ変えず、早くしてくれと言わんばかりの声で。
「あの……話戻していいですか?」
「……、お前がそれでいいのなら」
「構いませんよ。で、何の御用で?」
茶を入れる準備をしながら、さっさと話してくれと言わんばかりの表情の○○にそりゃ結婚できないなと失礼なことを思った尊奈門。タソガレドキの調査によると、自分よりは年が上らしい彼女はいわゆる行き遅れ。真っ昼間に男を自室に上げることになんの抵抗もないような考え方をしていてはそうなるのも然り、と。自分も結婚していないくせに好き勝手考える尊奈門。
「さっきも言ったが、組頭の命でお前に話すことがある」
「話すこと……雑渡昆奈門の命令……はぁ~なるほど」
「……まさか忘れていたのか?」
「まさか! でもこんなに早くに来ていただけるとは思ってなくて」
疑わしいなと思う尊奈門を他所に、驚きましたと頭に手をやりあははと笑う○○。
「雑渡昆奈門の火傷の経緯とその治療方法について詳しく教えていただける、ということですよね」
「そうだ。……本当は教えたくないんだが……全く組頭も何を考えていらっしゃるのやら……」
「大変そうですねぇ」
「お前のせいだ!」
他人事のようにこちらを心配する○○に声を荒げる尊奈門。
出された茶を受け取り一口。心を落ち着かせる。
そして簡潔に、経緯と治療法について説明した。
・・・
「というわけだ」
「そ、そんな大変な治療を、幼いあなたが……」
幼い尊奈門の献身的な手当の話を聞き、感極まったのかぽろぽろと涙を流す○○。泣かれた尊奈門は心底「こいつは忍者に向いていない」と思った。若干冷めた目であるが、内心は少し照れていた。あの時は雑渡を助けたいがために必死であったが、その時の自分に対してこんな風に泣かれると、若干むず痒い。
「しかもちゃんと菌から守るためにほかの人を寄せ付けないでいたなんて……幼いながらにしてしっかりとした知識……タソガレドキは小さい頃から教育がしっかりしているんですね……」
まだ目の端から流れる涙を指ですくい、○○はタソガレドキ忍軍について分析する。
だから話すのは嫌だったのだ。途中薬の中身やら尊奈門の父の現在など色々質問されたが、素直にすべて話すとこちらの内情が漏れてしまう。尊奈門は嘘にならない程度にはぐらかしたりしていたが、話の流れ上やはりどうしても話さざるを得ないこともある。
そうしたところからこちらの内情がバレることを尊奈門は危惧していたのだ。
それなのに組頭ときたら、軽い調子で「○○と約束をしたから、私の火傷の件について詳しく教えてあげてね」なんて……。
目の前で未だにすんすん言っている女を前に、尊奈門はため息をつく。
「あぁ、すみません……感極まってしまって……」
「……お前、本当に忍びに向いていないな」
「……え、そういうこと言います?」
「嘘だったらとか思わないのか?」
「こんな壮絶なお話が嘘だったら、私もうこの世の何も信じられないですよ」
「それは言い過ぎだろ……」
あきれる尊奈門は続ける。
「私が言っているのは、敵が話した情報を鵜呑みにしていいのかっていう意味だ」
「あぁ、そういうことですか」
涙が引っ込んだのかケロっとした様子で答える○○。
「だってあの雑渡昆奈門が約束してくれたのですから、嘘だとは思いませんよ」
「……、」
組頭も組頭だが、この女もこの女だ。
まあ組頭は考えあってのことだろうが、この女は一体敵である我々に何をそこまで信じているのか。尊奈門が信じられないという顔で○○を見つめていると、外からよく知った声が聞こえた。
「○○先生、入っても大丈夫ですか」
「どうぞ」
戸を開けて中へ入ってきたのは土井半助。
「ああ……、本当に諸泉尊奈門を連れ込んでる……」
嘘であってくれと願った光景が眼前にあり、土井半助は肩を落としあきれた顔で中の二人を見る。
「連れ込まれたくて連れ込まれたんじゃない!」
「それ言ってて恥ずかしくないんですか?」
土井は生徒や他の職員からの「○○先生が諸泉尊奈門をお姫様抱っこでどこかへ運んでいる」という目撃情報の場所と新野先生の話から教員長屋の○○の部屋へとやってきたのだ。
「○○先生、あなたねぇ……自室に男性、しかも曲者を連れ込むなんて、何考えているんですか」
「そうだ! 言ってやれ土井半助!」
「いや、君も素直に連れ込まれちゃダメでしょ……」
「うっ、いや、それは……」
口ごもる尊奈門を尻目に「ちゃんと場所が分からないように連れてきましたよ。それに彼がもし何かしてきても大丈夫なように準備はできています」なんていうものだから、二人はそれぞれ違う意味で○○を叱るのだった。
「彼が今ここで私に手を出して得をするということがないので……」
「損得以前に女性が男性を部屋に連れ込むというのはですね……」
「私が本気を出せばお前なんて一瞬だ一瞬!」
「同時に話すのやめてもらっていいですか……」
■黄昏時の報告
黄昏時。
日中よりも少々薄暗くなった部屋に一人の青年が入る。
「戻りました、組頭」
「ああ、お疲れ様。無事伝えられたか」
「ご命令通りの内容を伝えてきました」
中にいたのはタソガレドキ忍軍組頭、雑渡昆奈門である。
雑渡は書類に目を通しながら尊奈門の報告を聞くと、少々の間を置いて顔を上げ口を開いた。
「……お前、女性の部屋に上がり込んだの」
「……え?」
通す方も通す方だけど……とあきれ交じりの顔に、尊奈門ははっと気づく。
「あ、あれは彼女に無理やり連れ込まれただけで……!」
決して押し入ったのではないと弁明する尊奈門。
「わかってるよ。彼女疎そうだもんね、そういうとこ」
「組頭が何を考えているかはわかりませんが、何もやましいことはありません!」
「あったら困るよ……何言ってるの」
「え! いやその……」
そんなやり取りをしていると、とうとう我慢できないといった風に吹き出した高坂。最初から部屋にはいたが、無言で二人のやり取りを聞いていたようだ。
「笑わないでくださいよ、高坂さん!」
「いやだってお前……」
まだ若い尊奈門をからかうように「お姫様抱っこされて、その上女性に部屋に連れ込まれて……」「やましいことはなかったって……」と、こみ上げる笑いを抑えきれない様子。
「女性に抱きかかえられるなんて、もう少し鍛えなおした方がいいんじゃないの、尊奈門」
「あ、あれは動くなと言われたので……!」
「大人しく抱かれてきたわけか」
「高坂さん! 言い方!」
くっくと笑う高坂。
顔を赤らめ困った顔で「違うんですってば」と否定する尊奈門だが、女性に抱きかかえられ部屋に連れ込まれたのは事実である。悔しさと恥ずかしさで○○を恨めしく思う。
「にしてもあの○○という校医、えらく組頭を信用していますね」
「ま、お互い相手に危害は加えないとわかってるんじゃない?」
「お互い……というと、組頭も○○に対してそう思っているんですか?」
「まあ戦で敵対でもしない限りね。彼女がこちらに悪意を向けることはないと思うし」
だって彼女、ああいう性格だし。と付け足す。
まあ確かに調べた限りでは、そういった人間には思えなかったが……にしても信用しすぎではないだろうかと疑問が残る二人。
あまり納得がいっていない部下に対し、「それに……」と雑渡は付け足した。
「彼女私のこと、結構好きみたいだし」
その発言に二人は顔を見合わせる。
「流石組頭。他勢力の忍びをも手中に収めるとは」
「いや待ってください! 好きってどういうことですか!?」
あの校医、組頭に手を出すつもりか!? と息まく尊奈門と雑渡のカリスマ性に目をキラキラさせる高坂を他所に、雑渡は頭巾の下で静かに笑う。
「……なんか、新しいおもちゃ見つけたみたいな感じじゃないですか?組頭」
「今更気づいたのか?」