剣士として生きたキリトは、とある世界で生涯を閉じた。
最愛の人と共に。

そして、

キリトは桐ケ谷和人として目が覚めた。
決して、和人として目を覚ますことはないはずなのに。

和人として転生したキリトは...

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会いたいよ

 

――― じーちゃんなんて、だいっきらいだぁ!!! ―――

 

 

 

 

妹の静止の声もむなしく、俺はわずかなお小遣いを持って、家を飛び出した。

 

走って走って、息切れをして歩みが遅くなると、血が上っていた頭もほとぼりが冷めてきた。

我ながら、なんという子供じみた理由だと。冷えた頭で考える。

辺りを見ると、見知らぬ場所。

無我夢中で走ってきた俺は、どこを歩いているのか解らなかった。

それが少しだけ心細くて、目に涙がこみ上げてくる。

ゴシゴシと服で乱暴に拭くと、覚悟を決めて前を向く。

元々、週末にでも実行しようとしていたことを、今することにした。お小遣いが入った財布を握りしめているあたり、どうやら俺はちゃっかりしているようだ。

俺は昔の勘を頼りに、ずんずんと歩いていく。

 

見知らぬ土地を冒険するのは、これが初めてではない。

デスゲームと化した、かの地で“HP全損”が“死”という状況のなか、背中に剣を背負い、最前線で戦っていた日々。

愛する人をこの手に取り戻す為に、仲間と共に世界樹の頂上を目指すために、村や町を横断し。

今までいた慣れ親しんだ場所とだいぶ違う世界で、フォトンソードを片手にガンナー相手に挑み。

リアルと見分けがつかないほどの繊細な世界で、どうやって来たのかも分からないまま、相棒と一緒に国の端に位置する村から中央に位置する王都を目指して旅をした。

 

今はその相棒や背中に剣は無いけれど、それでも、愛した人に会いたいという気持ちが、今の俺を動かす動力源になっていた。

 

 

 

――― 幸い、勘は当たったようだ。

始めは解らなかった道も、大通りに出たことで、駅がどこにあるか検討がついた。

駅に着くと、切符を買おうにも、券売機に背が届かない。壁の中にある券売機は手前に荷物が置けるように石の台がある。仕方がなく俺は、台によじ登る。

発行数枚のボタンを大人一人分から子供一人分を選ぶ。次に、この駅から目的地までの切符の料金を選び、タッチパネルのボタンを押す。

“切符のお取り忘れにご注意ください”と機械的な言葉とピーピーという音と共に、切符が出てくる。

どうやら、今持っているお小遣いでは片道切符の様だ。

それでも、会いたい気持ちを抑えきれずに、いや、半場やけくそな気持ちで、小さな手のひらにやっと収まるぐらいの大きさの切符を握りしめて、改札口を入った。

電車を待つ事、数分。特急列車に乗り組み、聞きなれた駅名とそうでない駅名をひとつひとつ確認する。

俺が乗った電車は埼玉県から東京都へ移動する。

 

 

「―――・・・アスナ・・・―――」

 

 

俺の小さなつぶやきは、電車の揺れる音でかき消された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

私は分厚い曇り空を車の中から見上げる。

ぽつりぽつりと雨が降る。

かすかに窓に映った自分の顔は、とても不安そうな、それでいて誰かを心配する顔をしていた。

誰かとは、もちろん、今はまだ会えない、愛しの人のことである。

 

(―――・・・キリトくん・・・―――)

 

その表情がバックミラーから見たお手伝いさんの佐田には、習い事への不安だと感じ取り、アスナに声を掛けた。

 

「お嬢様。習い事へのご不安がおありでしょうが、お嬢様ならきっと大丈夫ですから」

「え!?・・・あ、はい。大丈夫です」

 

私はただでさえ、広い車のシートに小さな体をガチガチに固まり、縮こまった。

一瞬、キリトくんの事を考えていることがばれてしまったかと、ドキリとした。

しかし、コンマ秒で習い事への心配だと気が付き、大丈夫だと返事をした。

赤信号から青信号に変わった。

その返事に、佐田さんは気が済んだようで、車を発進させる。

私はバックミラー越しに見える佐田さんの顔色すら、うかがっている。

 

 

 

かつて自分が剣士だったことを思い出した時から、キリトくんに早く会いたいと日に日に強くなる。

そして、同時に今の自分に嫌気がさすのだ。

親の顔や周囲の顔色をうかがい、優等生を演じ、親が敷いたレールの上をただただ走らなければならないという不安。良い子でいなければいけないという、焦燥感。

どれも、旧ソードアートオンラインのアインクラッド城で戦い抜いてきた、血盟騎士団副団長アスナと、現実世界の結城明日奈の、あまりにもかけ離れた差。

それは剣士としての強さだったり、優しさだったり、生きるための強さだったり・・・

何もかもが足らないと感じてしまう、明日奈(リアル)に嫌気がさす自分がいる。

それをぼんやりと考えながら、この日常が早く壊れてしまえば良いと、早くあの世界が訪れればいいと、願わずにはいられない。

そんな考えが浮かぶほど、今の自分に嫌気がさす。

 

 

 

優等生をやめる事すら怖気づいてしまうのに・・・・

願わずには、いられない。

 

 

 

***

 

 

 

「・・・どうやら、俺の《幸運判定ボーナス》も時間切れか」

そんなことを呟きながら、俺は雨の降り続く空を見上げた。

 

目的地に着いた俺は、電車を降りた。

電車の窓から覗いた空は雲行きが怪しい。降り出しそうだな、と思っていた空は、着いた先では降っていた。

俺は仕方がなく駅の入り口で立ち往生しているという訳だ。

 

俺は周囲を見渡す。傘を持っている人の方が圧倒的に多い。その人たちは傘をさして雨の中を進んでいく。どうやら、天気予報は雨で、それを知っていた人は傘を持ち歩いていたようだ。

 

「俺のように無計画の人間はいないわけだ」

 

がっくりと肩を下ろす。

家を飛び出すように、出てきた俺には傘を持っていなかった。

 

「この様子だと、通り雨ってわけでもなさそうだな」

 

通り雨なら、しばらく待てば晴れてくるので望みはあるが、こうも分厚い雲だと、晴れてはくれない。天気予報を見ていない俺でも分かるぐらいだ。

 

「でもここまで来て帰るのもなぁ」

 

俺は頭をガリガリとかいた。

駅は未だに公衆電話があるとはいえ、なんだか、負けたような気分がして、家にはかけたくはない。

いや、きっと何時間も帰ってこない俺を心配しているだろうから、一言いえば、すむ話なんだろう。

腕を組んで、うーむ。と悩む。

 

「・・・アスナ」

 

口に出して、会いたい気持ちがこみ上げてきた。

むしろ、ここまで行動を起こせたのも、この気持ちがあってこそだ。

ココは東京。埼玉ではない。

ほんの数百メートル進めば、アスナの家なのだ。

 

「・・・よし」

 

俺は両頬叩いて、気合いを入れ直す。

駆け足で雨の中を突っ込んだ。

駅通りは雨宿りが出来るところはたくさんある。そこをうまく利用して、アスナの家を目指す。

 

 

 

 

 

もしかしたら、アスナは俺を知らないかもしれないと、頭の片隅で浮かんだ考えを振り払って―――

 

 

 

 

 



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