あなたはフェアリーテイルの旅人だ 作:磯野ォ!
「ふ、ふおおおお……!」
その日、ユー・ストーリアの瞳は、切り込みの入った椎茸になった。
青と紫のオッドアイがお星様の如くキラキラ輝いている、とも表現できる。それと赤丸ほっぺだ。
妖精のような可憐な美貌と、見た目が十四歳ほどだから許されている光景である。
ユーが両手に掲げて魅入っているのは、自身のステータスカードだ。
これは所有者の能力と社会的な信頼度によりランクが変わる仕様となっており、ランクの変化に伴い、表面の色も変わるようになっている。
ユーのステータスカードは最高峰の『黒』。
真っ黒な表面には黄金の文字が刻まれており、一目でその高級感が分かる。
いわゆるブラックカードである。
これの所有者は国家に比肩し得る信頼性を持ち、絶対的特権と莫大な富と名声を得られることから、誰もが憧れずにはいられない代物だ。
偽造などすれば王族だろうと、一発で死刑。
盗まれようものなら責任能力無しと見なされ、一発で死刑。
そういう意味でもブラックなカードだが、ユーの目がキラキラしているのはブラックカードだからではない。
何せユーにとってブラックカードなどもはや見慣れた代物でしかない。
その扱いも極めて適当。
ポーイとバッグに放り込んでおくような扱いだ。
ちなみにこれまで五度紛失しており、五度死刑に処されている。
尚、あらゆる刑罰を以てしてもピンピンしていた模様。
ユーが見ているのは、ブラックカードに刻まれた文面だ。
ステータスカードは魔法で加工されており、指先で表面の情報を切り替えられる。
文面の大枠には『クラス一覧』。
枠の中には今までユが就いたクラスがずらりと並んでおり、クラスの横にはレベルが表記されているのだが――。
――100。
全てのクラスレベルがカンストしていた。
クラスとは、天界より地上を眺める神々が面白半分――否。
この残酷で美しい世界に於いて、吹けば飛ぶような人類に授けたギフトだ。
クラスには下級、上級、最上級と三つの格があり、レベルを上げると各種ステータスの上昇に加え、新たなスキルを覚えることが可能となる。
前述の通り、ユーのクラスレベルは全てカンスト済みだ。
もちろん最上級職の話であり、しかも、その何れもが『神級職』に至っている。
神級職とは、最上級職の中でたった一人――頂点に座す者にしか与えられないクラスだ。
他にも多くのクラスがあり、そこに例外はない。
神級職はスキルやクラスレベルに依存せず、純粋な実力と技術力によって格付けされるシステムである。
つまりユーは現存する全てのクラスでレベル・実力共に頂点に立ったということだ。
まさに万能の天才。
そしてコンプ欲を満たすためだけに、この前人未踏の偉業を成し遂げた生粋の変人でもある。
何せ、性別が限定されたクラスに就くため、性転換の霊薬を開発したほどだ。
あまりにもガチすぎる。
おそらくガチャという文明が登場すれば、あっという間に破産するに違いない。
それほどユーの収集癖は強かった。
我慢ができない性質とも言う。
あと倫理観がちょっと……。
だからこその境地、とも言えるが。
なお性転換の霊薬を多用した結果、すっかり本来の性別を忘れてしまった模様。
ユーはステータスカードを掲げたまま、ウサギのようにバタンと倒れた。
片側に白い羽根飾りをあしらった金の長髪を草花に散らし、青空を背景にゆっくりと余韻に浸る。
色素の薄い金髪は、その毛先に虹色の燐光を帯びていた。
そんなユーの脳裏に、過去の記憶が泡のように浮かんでは消えていく。
――自由に恋焦がれる平凡な子どもだった。
親の仇のように束縛を嫌い、むしろ自身が親の仇になると言わんばかりに自身を束縛しようとする親をしばき倒し、故郷を出奔。
冒険者になり、やるからには天辺を取るとあくせく働く日々。
モンスターと戦い、悪人と戦い、諸国を巡り、ダンジョンを冒険する。
金策のために聖獣の角を剥ぎ取り、
目に付いたモンスターはとりあえずしばき、
ナメた態度を取った王様もしばき、
指名手配されたので王国軍相手に無双ゲーを行い、
魔王城に侵入しては落書きしたり、レア素材を何度も奪って去った。
ちなみに世界中で胃薬が大流行した。
そして一番効能のある胃薬を作れるのはユーである。
何というマッチポンプ。
一つ一つできることが増えていくのが嬉しかった。
武術を修め、魔法を修め、馬術を修め、職人芸を修め。
無茶無謀など知れたこと。
誰もが不可能と断じたことにこそ挑戦の快楽がある。
性別を限定してくるのなら性別を変えればいい。
時間が足りないというのなら時間を操るなり、若返りの霊薬を作ればいい。
倫理も常識も蹴っ飛ばし、思うがままに生きた。
要するに自分が面白ければ何でもいいのである。
諸国の知名人が一堂に会した場で、特に意味もなく空を見上げ「バカな……早すぎる……」と呟いたのは伊達じゃない。
なお、本当に襲撃されて宇宙猫になった模様。
過去の自分と比較して思い出に浸るのが楽しかった。
達成感が心地よかった。
より先へ、より高みへと邁進することに熱中した。
悪の組織を潰したのも、皇帝を張り倒したのも、魔王を倒したのも、異世界からの侵略者を跳ね退けたのも、神々を耕したのも、自分がより高く跳ぶための踏み台に過ぎない。
合言葉は『経験値置いてけ』。
もはやこの言葉に恐怖を抱かない存在はいまい。
百億回殺したいだけで死んでほしくはなかった……!
誰が死んでくれと頼んだ……っ!
あの世で
そうして駆けて、駆けて。
ただひたすらに駆け抜けて辿り着いたのが今だ。
積み重ねた努力が遂に実を結んだ。
その感動が如何ほどのものか。
何度致命傷を負い、何度絶望的な状況に陥っても。
決して崩れ落ちることのなかったユーが立っていられなくなったほどである。
まさに感無量。
しかし。
その湧き上がる衝動が落ち着いた頃、去来したのは喪失感だ。
「これが燃え尽き症候群」
ユーは得も知れぬ不安に駆られた。
幼い頃から大望を抱き、しゃにむに駆け抜けたユーにとって、この感情は初めての出会いだったからだ。
これからどうすればいいのか。
何をすればいいのか。
一つ二つと候補を連ねていくが、どれもピンと来なかった。
色彩豊かに瞬いていた世界があっという間に色褪せていく。
「これが頂きに立つ者の虚しさ」
ほざきおる。
どうしたものかと右にゴロゴロ、左にゴロゴロ。
斜面に差し掛かり、ひたすら転がっていく。
しかも行く先には、ぽっかりとした穴。
ユーは見事その穴に落っこちた。
穴の底を住処にしていたのは、人間など容易く丸呑みにできるだろう巨大な地竜。
案の定、ユーはあっさり食べられた。
もぐもぐ、ごっくん。
天界よりユーの一挙手一投足を監視していた神々は、拍手喝采。
ッシャオラァ! 世界は救われた! 今夜はパーティじゃあああ!
腹の中に収まったユーは、生暖かさと生臭さを味わいながらも思考の海に没頭する。
――が、元より考えることは苦手な性質。
考えるのが得意だったら、こんなアッパラパーにはなってねえ。
後衛職の頂点にも立ってるだけあって知識はSSSだが、知力は
つまり培った知識を応用・発展させるだけの知能がない。身の程を弁えよ。
思考という名の編集者をリストラすると同時に腸に爪を立て、横に薙いだ。
鋭い斬戦が閃き、洞窟に絶叫が轟く。
ユーは地竜の腹を裂いて脱出した。
天界よりユーの一挙手一投足を監視していた神々は『知ってた』と死んだ目になった
パパッと法術で自身の身を清めるユー。
ちなみに法術とは、神の力の一端を借り受けた敬虔な神官やシスターのみが為せる奇跡の御業だ。要は治癒術。
しかし、ユーは敬虔な信徒じゃない。
神官のクラスに転職する際は自身に暗示を掛けるくらいだし、何なら今のクラスは
それでも法術が扱える理由は、至極単純。
神の力を追い剥ぎしているからだ。
クラスとは、神々が権能を使って生み出したシステムだ。
神々こそが管理者であり、人類はその恩恵を授かっているに過ぎない。
そして神級職とは、神の名を当て字に使っていることから分かる通り、神々も相当入れ込んでいた。
特に当て字に座を勝ち取った神は、自身の権能の一端を授けるほどである。
つまり全てのクラスで神級職へと至ったユーは、数多の神々の権能を授かっているというわけだ。
その結果、どうなるかというと、ご覧の通り。
今も神々の一柱が「ほげー!? また勝手に使われたああーっ!」とドッタンバッタン。
上下関係が入れ替わってしまったというわけだ。
神が力を貸してくれないのなら、奪えばいいじゃない。
パン・ケーキ理論である。神は泣いた。
さすがにコレヤバくね? マジヤバくね? と権能を返してもらおうと思ったらビンタされた。強制押収もできなかった。神は泣いた。
そんな一柱に同情の眼差しを送っていた神々だったが、様子が一変。
自分たちの神力すらも凄まじい勢いで奪い取られていたからだ。
こんなバカげた行為をする輩など、この世界には一人しかいない。
一同の視線がユーに戻った。
ユーは、いつの間にか
色素の薄い金の長髪。その隙間から身の丈ほどある純白の大翼と小翼、計四枚の翼が顕現する。
その名から察せられるように、
故に、ユーはちゃちゃっと性転換。
無性体から女性に変わり、その華奢な身体が丸みを帯びる。
特に胸囲なんかは、小柄な身長に見合わず豊かに実っていた。
そして。
その手には、鍛冶神が武神のために打った神剣。
いつの間かパクられていた一振りだ。
武神が返してと泣き付いたら、神さえ魅了する惚れ薬を渡された。
武神は股間と鼻の下を伸ばしながら帰途に着いた。
よもやま話はさておき。
ユーは神剣を構えた。
そして神々からありったけの神力を簒奪する。
逃げたら一つ。進んだら二つ。奪ったら全部!
神々が「「「「おんぎゃああああ!? ヤメロォー! シニタクナーイ!」」」と必死に抵抗するも虚しく、神々しい光を纏ったユーは剣を振り上げる。
「この世界でやることが無くなったのなら違う世界に行けば良し」
でも異世界への行き方とか分からないから、とりあえず適当に空間を斬ってみよう。
そういう結論だった。
後始末は神々に託す。
何か凄い存在なんだから、きっと何か凄いことして直してくれるはず。
ユー・ストーリア。
座右の銘は『考えない振り向かない躊躇わない』或いは『力isジャスティス』或いは『人生isフリーダム』。
神々が「「「「ヤメロおいヤメロほんとヤメロ世界の修復とかどんだけ大変か分かってんのかお願いヤメロヤメテ嫌ぁあああああーー!!」」」と泣き叫ぶ中、神剣は振り下ろされた。
瞬間、神々しい光が弾ける。
ガシャーン! とガラスを割るように空間が砕けた。
ユーは神々が吐血して倒れる幻聴を聞きながら、砕けた空間へと飛び込むのだった。
「さようならマイワールド。こんにちわニューワールド」
◇◆◇
目の前で繰り広げられる悍ましい光景を。
少女は他人事のように眺めていた。
緑のかがり火が仄かに照らす薄暗い地下空間。
その片隅。
首輪を付けられ、手錠を付けられ、足枷すら付けられた少女の瞳が映すのは、自分と同世代の少年少女。
未だ十にも満たない子どもたちが、中央の祭壇に集められていた。
足元には塗料用として調達された『素材』を磨り潰し、その血と人肉で綴った真っ赤な法陣。
白いローブで全身を覆い隠した大人たちが祭壇を包囲するように円陣を作り、粛々と儀式を進めていた。
「さあ、始まるよ。君たちもしっかり見届けるんだ。――神の不在証明を!!」
少女の傍に控えていた男が淫らに語り掛ける。
隣にいる少女がビクッと怯えたのが横目に分かった。
自分と同じく『原石』の判定を受けたが故に、見届け人となった彼女。
生き残れたというべきか。はたまた生き残ってしまったと言うべきか。
きっと前者なのだろうと少女は思った。
少なくとも、隣にいる彼女にとっては。
儀式が進むと、足元の法陣が輝きを帯びた。
まるで深淵を、地獄を彷彿とさせるような赤黒い靄が噴き出し、ゆっくりと渦巻いていく。
もしも徒人が見ようものなら一瞬で精神を汚染されるだろう。
それほど邪悪な気配に満ちていた。
だが、大人たちは徒人ではなかった。
眼前の地獄にこそ救済を見出すような――狂人の集まりだった。
歓声が上がる。
法陣の上に立たされた少年少女がグチャリと内側から爆ぜた。
無理やりに胸筋と肋骨を開かれ、肉を引き千切りながら心臓が飛び出す。
飛び出した心臓は、何かに召し抱えられたかのようにゆっくり浮上する。
やがて一か所に集まったところで赤黒い靄に包まれた。
ぐちゃぐちゃ。ごくん。
ぐちゃぐちゃ。ごくん。
歓声が上がる。
後ろからも歓声が上がる。
隣からは嗚咽が。
それでも少女は無感動に眺めていた。
昨日まで一緒だった子どもたちが無惨な肉塊となった姿を見ても、心にはさざ波一つ立たなかった。
――いつからだろう。
人生に既視感を覚えるようになったのは。
いつからだろう。
この先の未来が何となく分かるようになったのは。
いつからだろう。
何も期待しなくなったのは。
地下に続く唯一の入口が俄かに騒がしくなった。
その事情を少女は知っている。
誰に聞かせられるまでもなく、分かっていた。
目の前を惨劇を平然と行う者たちを。
神の不在証明――その為だけに世界各地から幼子を拉致、人体実験を繰り返した者たちを殲滅する作戦が始まったのだ。
大掛かりな作戦だ。
普段は牽制し合う各国はおろか、堅気じゃない者すら水面下で協力し合うほどの――国家間を飛び越えた大捕り物。
それほどの悪行を、この教団は何百年に渡り続けていた。
その終止符が打たれるときが遂に訪れたのだ。
その後もことも少女は、何となく分かっていた。
知っている――ような気がした。
召喚されようとしている悪魔は、
団員は幹部を含め、大半が死亡。
各地にある拠点にも険しい追撃が入り、組織は壊滅へと至る。
そして。
隣にいる彼女は優しい人たちに保護され、光の道へ。
自身は暗殺組織に拾われ、変わらず闇の道を。
人体実験のモルモットだった少女は、今度は暗殺技術を叩き込まれ、優秀な人殺しに。
やがては最高の殺人兵器へと成り果てるのだ。
それから時は過ぎ、隣のいる少女と再会。
陽だまりのような優しさを持っていた彼女は、自身を救おうと戦場に飛び込むのである。
幾ばくかの戦いと問答。
必死に手を伸ばす彼女に、心惹かれなかったと言えば嘘になる。
だけど、既に自身は。
彼女と同じ哀れな被害者は、彼女と違い――。
救いようのないほど穢れた罪人となっていたのだ。
それしか選択肢が無かったのは事実。
でも、それは人殺しを正当化する理由にはならない。
罪のない人すら殺めた少女には、光の道を歩む権利など存在しないのだ。
罪を背負って生きるなど詭弁。
清く正しく生きてきた人間にやり直すチャンスが与えられなかったというのに、なぜ咎人にやり直すチャンスが与えられるのか。
少なくとも少女はそう思っている。
そういうところは公平だった。
だから彼女の手を取ることなく、少女は死を迎える。
――それが少女の未来。
後に『死天使』と呼ばれる存在が辿る、人生の顛末だ。
少女はなぜかそれを知っていた。
そして、この既視感のある現在に対し、何一つとして変化を起こせないことも。
どうやら運命とやらは、例え少女に未来予知のような能力を授けても、それを捻じ曲げることは許さなかったらしい。
一体何の嫌がらせかと少女は自嘲しようとして。
そう言えば、どうやって笑うんだろうと小首を傾げる。
だから少女は諦めた。
絶望と諦観の海に沈み、繰り返される運命を漂うのだ。
少女はゆっくり目を閉じる。
虚無に満ちた瞳を閉じ、再び運命の操り人形に従事しようとして――。
――運命が砕ける音がした。
大きくて分厚いガラスが盛大に砕けたような大音響だった。
誰もが動きを止め、盛大な破砕音に釘付けとなる。
発生源の特定は簡単だった。
空間そのものが、まるでガラス細工のように砕けていたのだ。
一同が呆然となる中、砕けた空間の向こうから来訪者が現れた。
定められた運命に身を預けようとした少女も、やおらにそれを認識する。
そして――魅入られた。
妖精のような美貌。
虹の燐光を纏った色素の薄い金の長髪に、青と紫の瞳。
髪の片側には白の羽根飾りをあしらい、青のマフラーを風に靡かせ。
白と黒を基調とした上品かつ凛々しい服装には、所々に金のラインや装飾が添えられている。
その可憐な身なりも然ることながら、一番目を惹いたのは、大小四枚から為る純白の翼だった。
「天使様……」
呆然と、少女が呟く。
その日、少女はもう一つの運命と出会った。
定められた運命ではなく。
切り開くための運命と。