あなたはフェアリーテイルの旅人だ   作:磯野ォ!

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第2話 汝、地獄の門番の神威を見よ

 

 

 

 

 自身が叩き切った空間に飛び込み、ユーは異世界へと降り立った。

 異世界……。

 何と甘美な響きだろう。

 元いた世界の悉くを冒険し、全てを既知としたのがユーだ。

 

 そんなユーにとって『未知』というのは、久しく味わっていない経験だ。

 来訪した世界は、果たしてどんな世界なのか。

 どのような出会いが待っているのか。

 

 ワクワク。ドキドキ。

 表情の変化に乏しいユー。

 だが、この時ばかりはオッドアイの瞳にキラキラ星を浮かべていた。

 

 ――が、噎せ返るような血の匂いに一変。

 スンと剣呑な光へと切り替わり、薄暗い石造りの空間を見回す。

 

 淀んだ空気と、地の元素の濃度からここが地下であることが分かった。

 祭壇を取り囲むように白いローブで全身をすっぽりと覆った――如何にもアレな集団。

 そして、法陣の描かれた中央の祭壇。

 そこで内側から爆ぜたような骸を晒す幼子を認め、ユーのやるべきことは決まった。

 

 明らかに怪しい集団の殲滅?

 否。未だ生温かな肉体を持つ少年少女たちの救済だ。

 例え五臓六腑が飛び散っていたとしても、まだ器に魂が残っているのならやりようはある。

 

 ユーは神剣をしまった。

 入れ替わるように抜いたのは、神剣に勝るとも劣らぬ逸品。

 まさに神が打ったと形容する他ない精緻な造形を誇る杖剣だ。

 

 黄金に輝く刃は大剣のように長く、大きく。

 後端の杖の部分は、花冠をあしらっていた。

 

 自身と鍛冶神の合作であり、自身がメインウエポンとしている得物だ。

 ユーは杖剣をくるりと反転。杖を頭上に掲げた。

 

「――降り注げ、〝世界樹の雨〟」

 

 地下だというのに、子どもたちへと霧雨が降り注いだ。

 無惨な肉体を優しく包み、内と外の双方から傷を癒していく。

 魂すらも慈愛の労わりを与える霧雨は、さながら天の抱擁とでも形容すべき奇跡の一端を齎せた。

 

 しかし、ユーからすればこの光景は必然。

 何せ、この霧雨は世界樹の洞に溜まった水が源なのだ。

 ユーのいた世界では〝生命の樹〟とも呼ばれ、その葉から零れ落ちた雫こそが〝原初の雨〟と言い伝えられている。

 

 まさに地上に生きとし生ける全ての母と言えよう。

 そんな大樹から湧き出した水ならば、死したばかりの子どもを蘇生など造作もなかった。

 

「おかあ、さん……」

 

 損傷した肉体は完治。

 命の鼓動すら取り戻した子どもの一人が寝言のように呟いた。

 閉じた目蓋から一筋の雫が流れ、かつて当たり前にあったはずの温もりを心で感じ取り、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 ここに至り、悲劇は救済の喜劇へと切り替わった。

 だが、ここにはそれを認めない者がいた。

 認めない者ばかりが集っていた。

 

「ふざけるな……ふざけるなふざけるなフザケルナァ!!」

 

 唾を飛ばし、鬼のような形相で叫ぶ。

 他の白ローブより豪奢な装いをしている。

 この儀式を取り仕切っていた幹部の男だ。

 

「何だ貴様は何だ貴様は何だ貴様は!!? 違うチガウちがう違うチガウ! 我らが求めていたのは悪魔だ! 悪魔の召喚を以て神の不在を証明する! それこそが我らの目指す崇高だ! 神などいない! 神などいない! 神などイナイィ!!」

 

 人間の尊厳を徹底に、徹底的に踏み躙り。

 自分たちに神罰を下さない現実を以て、神の不在証明を為す。

 今日はそのための、栄えある一歩となるはずだったのだ。

 

「だと言うのに――!!」

 

 血走った目でユーを睥睨。

 奥歯を噛み砕きながら、狂ったように頭を掻き毟った。

 

「だと言うのに、だと言うのに貴様はぁあ……っ!!」

 

 ――まさしく、神のような奇跡を起こした。

 死者蘇生という神のみが許された権能を。

 

 裂けた空間から降臨した存在。

 大小四枚の翼を広げ、神々しい力を纏いながら、超然とこちらを見下ろす姿は、まさに神の使いたる天使そのものだ。

 

 神罰を下すというのか?

 あり得ない。あってはならない。そんな道理が通っていいわけがない。

 何故ならそれは、『神の不在証明』という自分たちが掲げる絶対の教義を、根底から覆してしまうからだ。

 

『――――――ッ!!』

 

 幹部の憤怒に呼応するように、赤黒い靄が膨れ上がった。

 その奥から迸るのは、幹部の激情がそよ風に感じるほどの猛々しい嚇怒。

 

 そこで幹部は勝機を見出した。

 そうだ。

 神罰気取りの天使もどきが降臨したからなんだ。

 こちらも既に悪魔に召喚に成功しているのだ。

 

 ならば、このふざけた存在を悪魔に献上してしまえばいい。

 そうすればあの不遜な態度も、恐怖のあまり泣き叫ぶだろう。

 やはり神などいないのだ。

 

 膨張した赤黒い靄から最初に顔を出したのは、黄金の爪と、真っ黒な体毛に覆われた獣の脚だった。

 屈強な男性の身体より一回りも二回りも大きな脚。

 

 次いで現れたのは、鬼よりも恐ろしい形相をした犬の顔。

 それが、三つ。

 長毛に覆われても尚窺えるほど強靭な胴体から生え揃っていた。

 最後に蛇の尾が鎌首をもたげ――地獄の番人ケルベロスが顕現した。

 

「ハ、ハハ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! これが悪魔! これぞ悪魔! 何と邪悪に満ちた力か! このようなバケモノが顕現すれば、この世界――アルマースは間違いなく地獄となるだろう!」

 

 恍惚に表情を歪め、幹部は言祝ぐように両腕を広げた。

 

「それでも神は現れない! それでも神は救わない! 何故!? なぜ何故ナゼ何故なぜェ!? ――そう、そもそも神は存在しないからだ! やはり全てはまやかし! 欺瞞! 故に、この行いは浄化である! フハ、ハハハハ! ハハハハハハハハハ!」

 

 

 

 

 

 

 幹部の思惑通り、ケルベロスの視線はユーに釘付けとなった。

 メインディッシュとして大事に取っていた魂を掠め取られてしまったからだ。

 

 獲物の横取りを、獣は決して許さない。

 自身が獣の頂点と自負する地獄の番人ケルベロスなら尚更だ。

 己の誇りに掛けて、愚かなる簒奪者に至上の誅罰を――――

 

 ――ん?

 ――――んんん?

 

 ケルベロスは、ジーっとユーを見つめた。

 その小柄な身体の内側に宿る――星を凝縮したような、莫大という言葉すら足り得ない圧倒的なエネルギーを看破。

 そして、思う。

 

 ――こいつ、我より強くね???

 ――しかも、何かお目目キラキラしとるが???

 ――何か呟いてる。えーと、何々……

 

此方(こなた)の世界の地獄にいたケルベロスは、みんな此方を見るなり平伏するようになった。戦う意思のない者から追い剥ぎは厳禁。でも、活きの良いケルベロスなら何をしても無問題。毛、牙、爪、目、舌、心臓、尻尾。全部剥ぎ取り放題。全部ほしい!」

 

 ――ほげぇー!?

 ――こいつ完全に我のことを素材としか見てないじゃんね!

 

 ケルベロスは白目を剥いた。

 全身がガクガク震えている。

 これが自分よりちょっと強い程度の相手だったらケルベロスも負けん気を発揮して挑んでいた。

 でも残念ながら目の前にいたのは、強さの次元が何段も違う存在だ。

 

 例えるなら飢餓で狂暴化しているクマ相手に、ぷるっぷるの豆腐を主武装に挑むようなものである。

 これでどうやって戦えばいいんだ!

 

 ケルベロスは悩んだ。

 生き残るだけなら簡単だ。

 目の前のアッパラバーサーカーは、戦う意思のない者には手を出さないと言った。

 ならば自分も他のケルベロスのように平伏し、服従すればいい。

 

 しかし、それでいいのか?

 誇り高い部分が張り手を飛ばしてくる。

 お前は何だ? ケルベロスとしての誇りを忘れたのか?

 誇りを失ったケルベロスなど、その辺にいる畜生と何が違う?

 

 そうだ。

 我は誇り高きケルベロス。

 偉大なる地獄の番人ケルベロス。

 相手によって態度を変えるなど、あってはならぬ。

 そんなものは――負け犬に他ならぬ!

 

「――■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 尊厳を取り戻したケルベロスの咆哮。

 そして疾走。跳躍。

 不壊のアダマンタイトすら容易く引き裂く牙と爪を剥き出し、絶望の戦いへと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャンキャン!」

「キャンキャン!」

「キャンキャーン!」

 

 ユーの足元を三匹の子犬が駆け回る。

 元気一杯に駆け回り、ごろんと寝転がり、ユーへとお腹を見せた。

 完全に服従のポーズである。

 

 つまり――そういうことである。

 

 ギリギリのギリギリで生存本能が勝ったケルベロス。

 誇りっていつもそうですね……! 命のことを何だと思っているんですか!?

 

 そう言わんばかりにケルベロスは、三匹に分離。

 人受けの良い子犬へと姿を変え、全力でユーに媚び始めたのだ。

 これにはフェアリーテイルのケルベロスたちも『分かるってばよ』とニッコリだ。目は死んでいる。

 

「残念」

 

 これではユーも手が出せず、しょぼんとしながら杖剣を下げた。

 前述の通り、戦う意思のない弱者には手を出さないというのが、ユーなりの矜持だ。悪党は除く。

 

 

「ハ、ハハ……」

 

 そんなやり取りを眺めていた幹部が引き攣った笑いを上げた。

 血走った目を見開き、あり得ないとかぶりを振るう。

 

「何だ、これは……? 一体何の茶番だァ!?」

 

 構わず、ユーは空間から黄金の天秤を取り出した。

 それを幹部の――延いては、この建物内にいる同類たちへ向ける。

 

「――〝汝の罪を問う〟」

 

 静謐な宣言に、幹部は激怒した。

 

「罪? 罪だと!? 貴様如きが我らを裁くと? 違う。違う違う違う違うチガァアウ! 罪深いのは、この世界の方だァ!!」

 

 だが、ユーはまともに取り合わない。

 

「お前の意見は聞いてない。そして裁きを下すのは此方(こなた)ではない。この〝傲慢の天秤〟がお前たちの処遇を決める」

 

 『悪党死すべし慈悲は無し』を地で行くユーは、悪党に対して苛烈なまでに容赦が無かった。

 それこそ魂が損傷するレベルで。

 これでは正しい判決が出来ないと、、閻魔大王が半ば無理やり押し付けたのが、この〝傲慢の天秤〟という神具である。

 

 能力は、対象のカルマの測定。

 秤がマイナスへと傾いた者に、相応の罰を下すというものだ。

 

 これがちょっとやそっとの悪党なら、罪を償い、やり直す機会が与えられるだろう。

 だが、一定以上のマイナスに振り切れてしまった場合は――

 

「ヒッ。な、何だ!? 何だ、これは!?」

 

 男たちの足元から炎が沸き上がった。

 真っ黒な――深淵を煮詰めたような炎だ。

 あまりに悍ましく、禍々しく、それでいて神々しさも宿した炎に呑まれ、男たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

 だが、炎はまるで蛇のように纏わりついて離れない。

 

 誰かが水を生み出した。

 無理やり消化しようとした結果だが、むしろ熱した油に水をぶち撒けたかのように燃え広がった。

 断末魔の叫びすら許されず、灰も遺さず消滅する。

 

「無駄。これは地獄の炎。閻魔が宿す業火の怒り。この炎に焼かれた罪人は、閻魔の判決を待たず地獄へ墜ちる。まさに、お前たちの嫌いな神罰」

 

 その言葉に、炎に焼かれながらも男たちが憎悪を浮かべた。

 言動からの憶測だったが、見事に正解を引いたようだ。

 

 だが、感情の熱量はユーも負けていない。

 なぜならユーは〝傲慢の天秤〟の副次効果により、男たちがしでかした罪の内容が詳らかになっているのだ。

 

 まさに筆舌に尽くし難い内容だった。

 もしも常人がこの膨大な罪状を知れば、極度の人間不信に陥るどころか、精神に異常を来たしてもおかしくない。

 そう確信させるほどの邪悪しかいなかった。

 

 何より、被害者の大半が子どもという事実が、ユーの信条を、地雷を盛大に踏み抜いた。

 

「お前たちが落ちるのは、阿鼻地獄。八大地獄の最下層。二千年を掛けて辿り着き、無限に等しい責め苦を味わう真の地獄」

 

 淡々と紡がれた言葉に、憎悪が恐怖へと移り変わった。

 

「ま、待て! 助け――」

「今までそう言ってきた無辜の子どもに、お前たちは何をした」

 

 都合の良すぎる言葉をあっさり切り捨て、

 

「永劫の裁きを受けろ」

 

 地獄の業火が全てを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

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