フィアナという少女について、未だ俺は思い出し切れていない。
そして、人類に『神の恩恵』がない『古代』にも関わらず一騎当千の英雄であった少女。
彼女はコーマック王国という国に使える騎士だった。
『フィアナ騎士団』という小人族のみで構成された騎士団を率いて、数多の戦場を駆け抜けて怪物を滅ぼし、人々を救った。
そんな、称えられて畏敬される存在だったんだ。
……。
…………けど、
俺にとっての前世の記憶はどこか記録じみたものだけど、それでも嘗ての感情が蘇るほどに、それはケイオスにとって衝撃だったんだろう。
小人族ということを考慮しても尚小さな体躯で、身丈を超える槍を背負って馬を駆る姿は。
或いは、そんな子供に頼りきりになっている、この世界というものが。
△△△
少女にとって、それは光だった。
暗がりに身を置いてから出会うことがなかった、眩くも惹かれる輝きだった。
少女にとって、それは火だった。
自分ですら理解していなかった
忘れていた。
優しさも、思いやりも、そういう温かさを少女は忘れていた。
だからだったのかもしれない。
振りほどく筈だった手を振りほどけなかったのは。
あの時、助けたはずの彼が、まるで救われたような顔をしていたからだったのかも、しれない。
△△△
「それじゃあ、今日からよろしく頼む。フィ……アーデさん」
「はい、よろしくお願いします! アルバス様にベル様! それと、リリのことはリリ、と呼んでください。冒険者様にそんな風に呼んでいただける身ではありませんから」
翌日。
早朝のバベルにて、俺とベルは昨日助けたパルゥム───リリルカ・アーデと合流した。
あの、自分で言うのもなんだが終わっている出会いを経て、サポーターだと言うリリルカに対し渡りに船だと契約を持ちかけ、パーティーを組んだのだ。
昨日は本当に死ぬかと思った。
本拠である廃教会の地下に帰ってからもベルの不機嫌は直らず、それを見たヘスティア様からも問い詰められ、俺は盛大な説教を受けた。
俺の行動は処女神の眷属として言語道断、時代が時代なら打ち首だったらしい。そんなにか? と思ったけどお怒りの二人にそんな事を言える訳がない。
俺にできることはただ頭を下げて詫びる事だけだった。
最終的にシャワーの後にベルの髪を乾かすのを手伝うことを条件に、やっとベルは機嫌を直してくれた。
女性って髪乾かすの面倒くさいとかよく聞くし、楽したいんだろうか。
まぁ今の俺って
何かできるな、となって実際やって見たら温風が出せたのだ。心当たりはあるし、十中八九それだけど。
高い
俺は髪乾かし職人になれるのかもしれない。嘘、普通に気持ち悪すぎるな……
と、そんなわけで俺たちは迷宮探索にやってきた。
本日は7階層を中心に探索を行っていく予定。
ベルは昨日買った軽装───名前は兎鎧Mk-Ⅱ。マジで終わってるなと思った。どこかで聞いたような覚えがあるが流石にあり得ないので存在しない記憶だろう───を装備し、やる気に溢れている。
リリは……正直、どう関わればいいか分からない。前世の記憶もそうだし、そういうのとは関係なしに、どこか壁を感じる。
親しみやすそうな言動の裏には拒絶の気配が潜んでいるし、何よりもその眼が
まだ出会ったばかりの俺では触れれない、そんな暗闇を感じた。
まぁ程々の距離でやっていこう。もう最近自分の距離感に自信ないけど頑張ります…………
△△△
迷宮7階層は戦闘音で満ちていた。
否、戦闘ではなく、
「シッ」
ベルの腕が瞬く。
《ヘスティア・ナイフ》によって描かれる黒紫の斬閃。
それがキラー・アントの首を跳ね飛ばした。
「まだ、まだ……ッ!」
飛来するパープル・モスへ跳躍。
双刀による斬撃二連で灰と化す。
宙に浮いたベルの体がくるり、と捻られた。
そのまま、
空気を切り裂く矢となり、閃く《短刀》と《ヘスティア・ナイフ》が前方のニードル・ラビット三体を同時に屠った。
広大な
「これ、は……」
速く、鋭く、巧い。
それが、リリから見たベルだった。
兎のように躍動する体躯。刃を防ぐ硬殻をものともしない武器。一挙一動が必殺たる技巧。
(これが、冒険者になって間もない駆け出し……!? あり得ないでしょう……!)
リリは叫びたくなった。
道中でベルが駆け出しであること、アルバスが元々都市外の実力者であることを聞いていた。
それが、余計に衝撃を与える。
長年冒険者をリリからして、既にベルはLV.1の規格の中では最上位と言っても過言ではない。
この『
それに技巧だってそうだ。正確無比に魔石を始めとした急所を狙い、狂いなく成し続ける必殺。
才能がないリリでも分かる、練達の域にある技。
「あのナイフ、光ってる……?」
黒紫に、白光が混ざる。
《ヘスティア・ナイフ》に使われた『
それはベルの精神の高揚に応じ発現し、キラー・アントの硬殻をまるで濡れ紙を切り裂くようにして両断する威力を発揮する。
双刀の軌跡はもはや、目を凝らさねば視認できぬ程まで速度を増している。
斬撃の嵐と化し、黒紫と銀の光が走り続ける。ベルは常識知らずの
日夜行われるアルバスとの鍛錬。
憧憬対象かつ『技と駆け引き』においてベルの遥か高みに位置するアルバスとの特訓により、【憧憬一途】と【静穏血統】は完全稼働している。能力も技術も、天井知らずの伸びを見せている。
今のベル・クラネルは、Lv.1という枠組みの中で反論の余地なく最上位に坐していた。
「……これは確かに凄まじいですが……あれは何なんでしょう」
屠られた怪物の死骸を一纏めにしながら、リリは視線の先をベルから
そこは静寂だった。
ベルが繰り広げる蹂躙の音色すらなく、ただ静かさで満ちていた。
鳴き声も、断末魔も、何も上げられずに、怪物が死んでいく。
中空に残る銀の軌跡。斬撃の後を追うようにそれが描かれれば、既に怪物は息絶えている。
長剣が振るわれる度に、無慈悲にして絶対の
アルバスは微光を纏い、生まれ落ちる怪物や通路からやってくる怪物を斬滅していた。
両断。
寸断。
斬断。
一切の抵抗なく、斬撃を前に灰の山が詰み上がっている。
「動き鈍ってんな~」
耳をすませば、そんな独り言が聞こえてくる。
どこがだ、とリリは思った。
こんなの、
ただ討伐するのでなく、
(リリは……一体、何と組んでしまったのでしょう……)
実のところ、隙だらけで粗暴な冒険者だったらいつもみたいに装備を盗んでしまおうか、と考えていたリリはそれがあり得ない皮算用だったことを理解し、遠い目をしたのだった。
△△△
うーん、動きが杜撰すぎてめっちゃテンション下がるな……
剣を振るい──この前ロキ・ファミリアに貰った。前使ってたのより頑丈──キラー・アントを切り刻みながら、俺はため息をついた。
加護の出力は長時間の戦闘に身体が耐えれる上限───恩恵風に換算するならLv.4前後に設定し、その状態での身体操作を調整している。
先日の『怪物祭』でかなり感覚としては掴めていた筈なんだけどな。
今はまるで駄目だ。動作に無駄がありすぎる。
こっそり光剣を飛ばし、他の
「これやっぱ根本的な出力が上がってるよな……?」
眼を瞑って、自己内部の状態に意識を集中させる。
この程度の相手なら無意識でも殺せるから問題はない。
言わば今の俺は怪物ぶっ殺しゾーン。
もし人が近づいてきても反応するのは怪物限定だから安心だ。
……やはり、体内を循環する『精霊の加護』だが、その質が前よりも向上している。
総量も出力もそれに伴って引き上げられていたのか。
「……ニクス」
俺が倒し、解放した精霊。
前世において契約していた炎の精霊だ。
その気配が加護から感じられる。
最後の時に俺に託され残り火が、ルクスに統合され俺に宿ったのだろう。
認識したことで一層強く炎の気配を感じながら、俺は意識を現実に戻した。
見れば殆どのモンスターが死骸になってる。黙って死んだ……
残ってるパープル・モスを適当に斬り飛ばしてから俺はベルたちの方に向かった。
あっちももう終わるな…………む。
「【
手の中に光剣を生成。同時に投擲する。
寸分の狂いなくリリの背後から産まれかけてたキラー・アントを貫く。
貫通と同時、その体が白焔に包み込まれ燃え尽きた。
できると思ったけど、本当にできたわ。
アイズとの【聖剣】の要領での、光と炎の複合。
威力自体も向上してるし、結構いいんじゃないか。
「大丈夫か、リリ? 意識が散漫してたみたいだけど」
「……へっ、あ、大丈夫、です……ありがとうございます」
眼を合わせようと屈むと、リリは慌てた様子で顔を隠すようにローブを被りなおした。
ええ……めっちゃ拒絶するじゃん。そこまでの反応しなくてもいいじゃんね……
「ベルは動きがよかったな。前よりも感覚を自分のものにできてきたんじゃないか?」
「はい! あった違和感もなくなってきて、調子もいい感じです!」
加護を調べるまで横目でベルの様子を見てたけど、攻撃の切れが抜群だった。
たぶんだけど俺の身体駆動術を自己流に改造しているんだろう。
俺の場合、動作の際に生じる力を身体各部に伝導させることで増幅し、攻撃の威力を高めている。
ベルはそこに女体からなる柔軟性を加えることで更なる効率化を成し遂げている……筈。
なんで俺の動き元にしてんのに俺が分からないんだよ。
もう少ししたら単純な技術だけなら追いついてきそうなのが恐ろしい。ベルの親族の方、あなたは本当に何者なんですか……?
△△△
目の前を過ぎ去った焔光が、目に焼き付く。
サポーターとして冒険者の巻き添えを喰らわないように位置取りを徹底しているのに、それすら忘れて気づけばリリはアルバスを目で追っていた。
自分でも、分からない。
強いから、とか圧倒的だったから、とも違うような気がする。
ただ、煌めく光から目が離せなくって。
だからリリは背後の壁からモンスターが這い出ようとしていることすら気づけなかった。
光だけが、視界にあった。
だから、本来なら認識すら不可能な速度で飛来した
刹那で視界から消えたその焔光が、どうにも頭に刻まれて離れない。
そして。
『大丈夫か、リリ?』
その、気遣うような、暖かな声が胸の奥に染み渡るようで。
思わずリリは顔を隠した。
自分が今、どんな顔をしているか分からなかったから。或いは、今の自分の顔が人に見せれないものだと分かっていたからかもしれない。
「…………変なの」
それが彼に対してだったのか。
それとも彼らに対してだったのか。
もしくは──自分に対してだったのかすらも分からず、呟きは迷宮へと消えていった。
△△△
リリは俺が思っていた数段サポーターとしての腕がよかった。
怪物の亡骸を邪魔にならないように集め、手際よく剥ぎ取り、回収した魔石と
俺とベルは戦闘にだけ意識を集中させればよく、結果としてリリのデカいバックパックがパンパンに成果で詰まるまでになった。
「「60000ヴァリス……」」
ギルドにて換金を済ませ、受け取った袋には大量の金貨で埋め尽くされている。
めちゃくちゃ気分が上がる輝きだ。つーか大金過ぎないか? 俺、このまま冒険者に永久就職します。
「「うわあぁ────っ」」
ベルとリリも額を合わせて袋の中を覗き込み、目を輝かせながら歓声を上げている。
「お二人でこんなにも稼いでしまいました! すごすぎますっ!!」
「こ、こんなお金初めて見た……!! どうしよう、ジャガ丸くんが幾らでも買えちゃうよ!!」
「この金額を見て最初に出る例えがそれなのは哀しさがありますが……本当にすごいです!!」
女子二名がきゃっきゃと喜んでると、俺のテンションも引き上がっていく。
ヤバい、褒められるのって気持ち良すぎておかしくなってしまう。
顔がにやけないようにしながら、報酬を分配する。
「ちょうど三等分できる額でよかったな。はい、一人頭20000ヴァリス」
「……えっ」
「そんじゃ、飯でも食いに行くか! 俺良い店知ってるんだよ」
こんだけ稼いだらちょっとの贅沢は許されるだろ。
明日とかにヘスティア様にも美味いもん食わせてあげよう。
俺は完全にウキウキになりながら、『豊穣の女主人』に向かって先導する。
ふはは、昨日客として行った時の悔しそうなアーニャ達の顔が今日も見れると思うと笑いが止まらない。
ギルドを出るとき、上層でひとりでに動く光を放つ剣が出没したという噂が聞こえてきた。
怖……どんな幽霊?
△△△
ダンジョン
中層域に位置するその階層の最奥。
異様な腐臭が漂うそこは、まるで迷宮から切り離されたかのような静けさに包まれていた。
そこに、誰かが立っていた。
身を隠す大きな外套に包まれ、更には目元を覆う
しかし、伸ばされた赤い髪と外套から僅かに覗かれる肢体は美しく、
女は、ただ佇んでいた。
動かず、口も開かず、立ち尽くす。
そして、そうして暫くが経った、その時だった。
「───
自分が何か言ったという自覚すらなく。
自分が何を言ったかの自覚すらなく。
自分が何者であるかの自覚すらなく。
仮面の奥で、緑色の瞳が瞑られた。
それっきり、女は静止したかの様に佇み続けた。
色々と原作から時系列をいじくっている影響で作者の頭はパンクしてます。
ベル・クラネル
力:D525
耐久:E411
器用:S922
敏捷:A848
魔力:I0
才禍さんの影響で『器用』が一番伸びてます。『器用』が上がれば上がるほどアルバスから更に吸収して成長率が伸びていくバグ。
次回
17.少女は灰を被り