夢を見ているとすぐに分かった。
それは、仮面をつけ馬を駆るフィアナの姿を見れば瞭然だった。
俺が俯瞰視点で見ているこの光景は、夢なんだ。
『どうして貴方は戦うんですか』
駿馬の背で変わる景色を見据えながら、フィアナがそう問いかけた。
横を自分で走っている
『うん? 戦うために理由は必要かい?』
理由は必要だろ……なんだこいつ。
理由もなしで戦えるのは普通に異常者でしかない。
え、俺ってこんな感じだったの?
俺が覚えてる記憶って断片的な上に
なんかめっちゃ恥ずかしい。こいつぶっとばしたい。
『……いや、違うな。
首を振って、それから
『けど、困ってる人がいて、死にかけてる人がいる。その人を助けるために理由なんかなくていいだろ?』
『それは…………強者の理屈です。人はみな苦しみから逃れようと、責務を他者に押し付けます。守ることも助けることも、結果として苦しみが伴うから。もしそれに抗えるとしたら、何か理由がいります。貴方のような人は、普通はいません』
吐き捨てるようにフィアナが言った。諦念が染み付いた言葉だった。
穿った見方だが、否定はできない。
俺の記憶にも…………家族が死に、憎しみの目で見てくる
それも、言い方を変えれば
『それは……そうなんだろうな。普通は、そうじゃない。分かってるさ、だからね』
『誰かが苦しまないといけないなら、それは当然、普通ではない僕であるべきなんだ』
俺の言葉を受けて、フィアナが固まる。
そして、何かを言おうとして──
『はい、あーん♪』
あっ、夢覚めるやつだこれ。
目の前に迫る白銀に、俺の意識は浮上していった。
ちょっ、近づかないでください!!
ぐああああああああああああッッ!?!?!?
△△△
「知らない天井だ……」
目を覚ますと、広がっているのは見覚えのない天井だった。
寝汗をかいていたのか、服が肌に張り付いて気持ち悪い。入る風によって揺らめくカーテンの奥から差し込む月光を見るに、夜も更けた頃だろうか。
ベッドから降りて風を浴びれば、気分的にも涼しくて心地いい。
「起きたようですね、ソルヴァルクスさん。生きていて本当に良かった」
「そんな生死が危うい状態だったの?」
扉の開く音と共に水の張った桶を持ったリューが部屋に入ってきた。月光を浴びて、彼女の緑髪がまるで黄金のように輝いていた。
顔を見るなり飛び出した言葉に思わず彼女の空色の瞳を凝視してしまう。
てことはあれ夢じゃなくて走馬灯とかだった可能性あるのか?
いや、というか記憶が朧気で……
「確か……俺はベルたちと飯を食いに来て……」
「はい。そして貴方はシルの作り出した料理を食べて気を失っていました」
「聞いたことのない話すぎて笑えてくるな……」
話す中であの銀のスープが蘇ってきたので慌てて首を振って忘却の彼方に吹っ飛ばした。
人間、思い出さない方がいいこともある。
「それで、此処は?」
「店の離れです。あの状態の貴方を放置するのはあまりにも……という事です。体調はどうですか? 何かおかしなところは?」
「まだ舌は痺れてる気がするけど……他は特にないよ。大丈夫、心配してくれてありがとうな」
軽く体を動かしてみても、正常な反応が返ってきた。
問題なし、と安心させようと心配そうな顔のリューに笑みを浮かべる。
「それは……凄まじいですね。あれを食べてもう回復しているとは……」
「待ってくれ。君ら本当に何を食べさせたんだ?」
それはもう料理じゃなくて何かの毒とかだろ。
逃げるようにリューは視線を逸らした。その反応の時点でもうアウトだって気づいてくれ。
「……どうやら寝汗をかいてしまっているようです。動かないでください」
「えっ」
強引に話を変えようとしたのか、リューは桶の水に浸してから水を切ったタオルを俺の額に当ててきた。
確かに寝汗でちょっと気持ち悪いなとか思ってたけど……
急に近づいてきたリューに、俺は固まってしまう。
「……何か、悪い夢でも見ていましたか?」
「悪い……訳ではないと思う。ただ、ちょっと分からなくなってるだけで」
俺が空元気だったのが分かったのだろう。
リューの視線は、やけに気遣うようだった。
フィアナは、なんと言ったんだろうか。
多分だけど、あの娘は苦しんでいて、だけど頑張っていたんだと思う。
そうじゃなきゃ、あんな言葉を言わない。
俺は、彼女に何かしてやれたんだろうか。
俺がリリの力になりたいと思うこの心は、そこに起因しているんじゃないか。
そんな思考がずっと上滑りしている。
「───ソルヴァルクスさん」
ぴとり、冷たい感触が俺の思考を打ち切らせた。
空色の瞳と目が合う。
「貴方が何を抱えているのかは分かりません。ですが、貴方は頑張っている筈だ。あまり自分を追い詰めないでください」
気遣う言葉がすっと入ってくる。
額から離れるタオルと一緒に、気分も落ち着いていく。
「…………ごめん、ありがとう。助かった。なんか、焦ってたみたいだ」
本当にドツボにはまりそうだった。
前世関連になると途端に視野が狭くなってしまうの、直そうとは思ってるんだけどな。
「お礼って訳じゃないけど、困ったことがあったら呼んでくれ。力になってみせるよ」
「いえ、礼は不要です。これもシルの
前もだけどリューには助けられてばっかりだ。
彼女の言葉は、今も吹き抜ける夜風みたいに視界を晴らしてくれる。
だから、俺も同じように助けになれたらと思った。
「まぁ、どんなことでも、何かあったら思い出してくれ。君のためなら何処にだって駆けつけるからさ」
「…………先ほどの言葉は撤回します。貴方はもっと自分を追い詰めたほうがいい」
「なんで?」
ジト、とした目で見られて狼狽える。
いきなり厳しすぎだろ。さっきまでの優しさはどこにいったんだ?
「どんなことでも、ですか」
「え、うん。ああけど、いけないこととかは無理だけど」
「いけな……貴方は私が
そんな勢いよく詰め寄ることか?
「いや思ってないよ。犯罪とかめっちゃ嫌いなタイプだろ、君? だからこれは言葉の綾っていうか」
「…………何でもありません。気にしないでさい。それで、頼み事を───」
なんだ……?
首を傾げ彼女を見れば明らかに動揺して目を逸らしている。
あっ、まさか。
「あ~
「なっ」
リューの耳がみるみるうちに赤く染まった。
俺は曖昧に笑みを浮かべて肩を叩いた。
「まぁ、誰しもそんな年頃はあるからさ。気にしないでいいんじゃないか?」
「……とても元気なようなのでシルを呼んでもう一度あれを振舞ってもらいましょうか」
「ちょっ、それは反則だろ!? てか普通に君が穴に落ちていったんだろ!」
「それは貴方が紛らわしい言い方をするからだ! 私はけっしてくそざこなどでは……!?」
何を言ってるかはよく分からないが頭を抱えだしたリューに、俺は憐憫を込めた視線を向ける。
こいつも色々あったんだろうな。
てか、頼みって何?
そろそろ帰りたいから早く聞きたいけど、今のリューに話しかけるのは違う気がして俺は窓の外に目を向けた。
あ、流れ星。願い事しよう。もう怒られないようにしてください。
『いや、それは無理っすね……』とでも言うように、空の彼方で星が瞬いた。
△△△
『豊穣の女主人』を出たベルはリリと別れ、廃教会へと帰路についていた。
地下室への扉を開き、居るであろうヘスティアに笑みを浮かべ帰還を告げる。
「神様、帰りました。ただいまー」
「おや、お帰りベル君。アルバス君は一緒じゃないのかい?」
ソファに寝そべり本を読んでいたヘスティアは
「アルバスさんは、もう今頃……」
「え、彼死んじゃったのかい?」
真顔で見つめるヘスティアに対しベルは沈痛な面持ちだった。
あれを食べたら死ぬ。ベルの兎並みの生存本能がそう告げていた。
実際アルバス──瞬間的に加護を起動し胃を強化していた──でああなのだから、並みの冒険者ならイチ
「──────というわけで、アルバスさんは倒れちゃったんです」
「なるほど、それで彼は遅れているんだね」
ヘスティアは
明らかにおかしな話だったが、触れない方がいい気がする。
ヘスティアの直感は冴えわたっていた。
「はい。男の人には見られたくない姿があるってミア母さん……女将の人が言っていて」
「そういうものさ。君みたいな可愛い娘にはかっこいい所だけを見ていて欲しいって、アルバス君も思ってるかもしれないぜ?」
「かわっ……えへへ」
頬を仄かに染めてはにかむ姿は確かに可愛らしい。
肩まで伸ばした白髪はもふもふとした愛らしさがあり、顔立ちもまた庇護欲を誘うタイプではあるが整っている。
これから美人になるんだろうな、と自然に思わされる少女だった。
うちの娘なら必ず撃ち抜ける……!
ヘスティアは処女神でありファミリア内の風紀にも非常に厳しいが、可愛いベルの恋路を応援しようと思うぐらいには親心があった。
それ故の確信。話に出てきた鈍色の町娘や【ロキ・ファミリア】のめちゃくちゃ正妻面してた金色の剣士が脳裏をちらつくが、
「神様? どうしました?」
「いやメラメラの実がマグマグの実の下位種扱いなの納得いかないよなってだけさ」
「はぁ……?」
ヘスティアは眷属からの困惑を無視して起き上がる。
「さて、僕はシャワーを浴びるよ。本を読んでたらすっかり忘れてたみたいだ。【ステイタス】の更新はその後でね」
そう言い残し、ツインテールを揺らしてヘスティアは部屋の奥にあるシャワー室へと消えていった。
取り残されたベルは手持ち無沙汰に腰掛ける。
ぼんやりとアルバスを心配していると、店を出る直前の事を思い出す。
「そうだ、シルさんに貰った本……」
テーブルの上に白い本を取り出す。
これも魔法発言への一歩だ、とベルはぱらりと表紙をめくった。
『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ~番外・めざせマジックマスター編~』
ベルの頬が引きつった。
『ゴブリンにも分かる現代魔法! その一』
「ゴブリンに教えちゃ駄目でしょ…………」
閉じようとする腕を必死にこらえた。
見るからに地雷ではあるが、こんなでもシルからの厚意で貰ったもの。
気を強く持って文字を追っていく。
しかしながら、出だしこそあれであったが、内容はしっかりとしていた。
タイトルにもある通りに、魔法に関する書物のようだ。
ベルは目を光らせ意識を集中させる。
『魔法は先天的系と後天的系の2つに大別することができる。先天的系とは言わずもがな対象の素質、種族の根底に関わるものを指す。
一方で、違和感も感じる。
一文一文の間に奔る文字。何か、文言……数式なのだろうか。
ページをめくる。
『後天的系は『
徐々に、意識が沈んでいく。
文字の海に、深く深く潜り込む。
ページをめくる。
『魔法とは興味である。
【絵】があった。
顔があって。目があって。鼻があって。口があって。耳があって。人の顔があった。
筆跡で編まれた文章の顔。瞼を閉じた真っ黒な顔。それは、違えようがなく人の顔だった
ページをめくる。
『欲するなら問え。欲するなら砕け。欲するなら刮目せよ。虚偽を許さない醜悪な鏡は、ここに用意した』
それは、【
違う。【仮面】だ。僕の中の、知らない
『じゃあ、始めよう』
瞼が開いた。
深紅眼が闇の中で輝いた。
ページをめくる。
『僕にとって魔法って何?』
凄いもの。
よく分からないけど、あの光みたいな圧倒的な神秘。
強烈で、鮮烈で、猛烈で。
ずっと夢を見たまま覚められない憧れ。
ページをめくる。
『僕にとって魔法って?』
力。
弱い僕を変える力。
泣き虫を奮い立たせる、偉大な武器。
こんな僕を進ませてくれる、そんな福音。
ページをめくる。
『僕にとって────え?』
『なんだ、これは?』
ん?
目の前の顔が痙攣している。
何か、予想外でも起こったような。
遠くから音が聞こえてきた。これは……
『いやちょ、今大事なところで』
『
もう一人の僕の輪郭が揺れる。
曖昧に、元の文字列に戻るみたいに、ぶれていく。
鐘の音が、大きくなった。
『というか何で此処に僕以外が居るの!? これ精神との対話的なやつなんですけど……』
『【
『あっ、終わった』
女の人の声が聞こえて。
僕が消えて、代わりに女の人が現れた。
灰色の髪。閉じられた眼。何故か生まれる
『お前は何を望む』
え?
何を?
『いいから、答えろ。お前はどんな力を望んでいるんだ』
どん、な。
……一番強い力。
何にも負けない、屈しない最強。
多分、あの鐘の音。
一瞬で、全てを、何もかもをを静寂に帰す、鐘楼の調べ。
圧倒的で、唯一で、絶対な、そんな音色。
夢でも見るあの鐘の音が、僕は欲しい。
『それだけか?』
本当は。
あの人達みたいになりたい。
あの
あの
あの
みっともない願望でも、あり得ない不可能でも、届かない星だとしても。
僕は、僕が憧れたあの人たちみたいになりたい。
『そうだ、それでいい。……最後に』
女の人が、こっちを見た。
開かれた瞼、緑と灰の
『───今は、幸せか』
うん。
神様がいて、エイナさんがいて、ナァーザさんたちがいて、リリがいて、あの人がいて。
おじいちゃんが死んじゃったのは悲しいけど、僕は今幸せなんだ。
『……なら、よかった』
最後に。
その唇に笑みが浮かんだ気がした。
そうして本が閉じられたように、僕の意識は真っ暗闇に落ちていった。
△△△
「……くん。──ベル君ー?」
体を揺らされ、ベルは瞼を開いた。
入り込んでくる魔石灯の光に目を細める。
「んぇ……神様?」
「そうだよ、君の主神のヘスティアさ」
突っ伏していた体勢から起き上がる。
どうやら、本を読んでいてそのまま寝てしまったようだ。
「もう、騒いで疲れちゃったのかい? ベル君もまだまだ子供だね」
やれやれ、と肩をすくめるヘスティアに返す言葉がない。
まさか寝てしまうとは思っておらず、ベルは羞恥に小さくなった。
「ほら、シャワーを浴びて、【ステイタス】を更新したらもう寝ようか」
主神の言葉に従うように、ベルは動き出す。
熱い湯を浴びればぼやけたままの思考も晴れるだろう。
「一体何を読んでたんだか……いや、その前に続きを読んじゃおう」
ベルの読んでいた本を開こうとして、先ほどまで読んでいた本を先に片づけることにした。
なんてことはない神の直感である。
今日のヘスティアは神がかりに冴えていた。
そうしてシャワーを浴び、赤みを帯びたままの肌を晒す。
ヘスティアは針を用いて
「ん~……やっぱり伸びがすごいねえ、君は」
「そうなんですか?」
「うん。だってもうすぐ
「神様? どうしたんですか?」
しばらくの静寂。
「…………魔法」
「え?」
「魔法が、発現した」
意味が理解できず、ベルが固まる事数秒。
「えええええええええええええええっ!?!?」
「んぶにゅ!?」
爆発の如き仰天と共にベルが起き上がる。
当然、彼女の腰に乗っていたヘスティアは空中に放り出された。
既にA評価に迫る『力』のアビリティを前に抗う術はなく、落下に任せベッドから墜落した。
後頭部が床に接触し生々しい衝突音が響き渡った。
「かっ、神様ぁぁぁー!!」
「や、やるじゃないかベル君。君の勝ちだ、ぜ…………」
ベルは本日二回目の悲痛な叫びを轟かした。
ベル・クラネル
力:D525→C647
耐久:E411→D521
器用:S922→S998
敏捷:A848→S925
魔力:I0→I0
《魔法》
【カンパネラ・アルカンゲロス】
・攻撃魔法
・詠唱式【
・爆散鍵【
・拡張鍵【
・
《スキル》
【】
△△△
ベルが
「…………」
淀んだ灰と黒の空。
薄暗い瘴気を帯びた空気。
荒廃に支配された『死の大地』。
遥かなる『竜の長壁』の外側。
つまるところの、
「あれ、どうしたの? 急に止まっちゃって」
「…………気にするな。少し
「ふーん、それにしては嬉しそうだけど?」
「囀るな。今度は更に強大な『竜』の前に放り出されたいか?」
「わわっ、ごめんごめん。…………もう、理不尽なんだから」
「ほう? よく吠えた。その心意気を買ってやろう」
「ちょちょ、それは駄目だって。私が死んじゃうよ!?」
アルフィアの
意味深に書いたはいいもののこれを回収するいはまだ数十話かかりそうで終わりです。そこまで俺は書けるのか…………?
というわけで感想、評価をいただければモチベになるのでお優しい読者様がいましたら気軽にどうかお願いします(媚びた笑み)
次回
19.正義ではなく