俺の英雄譚は始まらない   作:佳和瀬

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3.運命は巡る

 夢を見ていた。

 

「おい、もう行く気か」

 

「ん……あぁ、結構ここに居たから……そろそろ行かないと。王都の守りも、君たちに任せるので大丈夫だろ」

 

「別れの言葉もなしにか、という意味だ」

 

「……そういうのするとさ、やっぱり一緒にいたい、って思っちゃうんだよ。だからバレないように行こうと思ったんだけど……流石は『狼』の部族ってところか?」

 

 夢を見ていた。

 

「そうやってはぐらかそうとするのは、あの道化の影響か? 腹立たしいからやめろ。それで、何処に行く気だ」

 

「……明確な目的地はないけど、一度霊峰に向かうかな。あっちにも怪物の波が広がってるらしいし、妖精(エルフ)が排他的でも精霊を無下にはできないだろうから」

 

「…………ふん、どうせ妖精はお前を恐怖し、助けたとしても感謝は向けられないだろう。それでも行くのか?」

 

「なんだ、心配してくれてるのか。大丈夫だよ、別に俺は感謝されたい訳じゃないからさ」

 

 夢を見ていた。

 

「……チッ、理解できない。その無償の行為も、それをし続ける精神も……!」

 

「はは、やっぱり優しいなぁ。俺は大丈夫だって。……それに、そんな大層なものでもないんだ。俺はただ、()()()()()()()()()。世界に蔓延る理不尽に対して怒りを抱いたっていうだけで」

 

「…………」

 

「この世界には今を懸命に生きる人がまだいる。それはきっと、人類が絶滅するまで変わらないことだと思う。なら決して終わらせちゃいけない。そういう人が、また明日を過ごせるように。そういう人が、その人生で報われるように。そんな世界じゃないのは、おかしいだろ?」

 

 夢を、見ていた。

 

「酷い世界だと思うよ。今この瞬間にも悲劇が何処かで起こってる。ただ生きたいと思っていた人が何の意味もなく死んでいく」

 

「……そうだ。()()()()()()()()()()()。そして私たちは未だ、大穴──怪物の根源にも辿り着けていない」

 

「でも、人は諦めずにいられると信じてる。どんなに世界が厳しくても、それでも抗って生きていけるって信じてる。一人じゃ奮い立てない人でも、誰かがちょっとのきっかけを与えれば奮い立てるって信じてる。だから、『英雄』が必要なんだ」

 

 夢を、見ていた、ような。

 

「誰かが『英雄』にならねばならない。誰かが道標にならないといけない。その『誰か』に、俺がならなければならないんだ」

 

「……そうだ。そして人類の力を集め、あの大穴に至る。だから、お前は絶対に死ぬな。必ずこの王都に戻ってこい」

 

「あぁ、絶対に。……約束だ」

 

 懐かしくて、苦しくて、泣きたくなるような。

 

 そんな夢を見ていたような、そんな気がした。

 

 

 △△△

 

 

 アルバス・ソルヴァルクスの朝は早い。

 つい先日まで村で畑を耕し暮らしていたアルバスは日の出と共に目を覚ます生活を送っていたからだ。

 

 昨日は前世の記憶を思い出すというあり得ない不慮の事態により起きれなかったが、そんな事件はそうそう起きない。起きない筈だ、きっと。

 今日は体内時計が正常に作動し、アルバスはしっかりと起きることができた。

 

 ソファから身を起こし──ソファを借り、ベッドでベルとヘスティアが寝ている──伸びをする。ちゃんとした寝床で寝れたことに改めて感謝し、そんな恩人たちに目を向ければ、ベッドから何か気配を感じる。

 もぞもぞと毛布が動き、中からベルが出てきた。そーっと、ヘスティアを起こさないように慎重な動作で抜け出し、アルバスと同様に伸びをして、それからアルバスの存在に気づいて慌てだした。寝起きで彼が居ることを忘れていたのだ。

 

「……!? ア、アルバスさん!?」

 

「おっと、声がデカすぎるぞ。ヘスティア様が起きちゃうから」

 

 ベルからしてみれば朝一に憧れの相手が目前にいるという不意打ち。当然致命傷だ。

 叫び声が木霊する前に、何とか口を閉じるがぐるぐると目が回っている。

 多分、きっとおそらく、少女がこの状況に慣れることはないだろう。

 それぐらいに、ベルにとって威力が高いものなのである。

 

 しかも、そういうアルバスの黒髪は寝起きで整っておらず、その蒼の瞳も少し完全には開いていない。ベルは目を回しながら恋する相手の寝起き姿を記憶しようと細部まで目を凝らす。ほぼガン見だった。

 頭の中で祖父が『スチルはちゃんとスクショするんじゃぞ』とよく分からないこと言っていた気がした。

 

「えっと……着替えるだろうから上行くけど、大丈夫か?」

 

「えっ、あ……だ、大丈夫です!」

 

「いやだから声が……普通に爆睡してるからいっか」

 

 そう言い上に行くアルバスを見届け、ようやく正気に戻ったベルは自分の行動を思い返しうずくまった。

 どう考えても、正気ではなかった。

 

「変な娘って思われたらどうしよう……」

 

 顔を赤くするベルには、アルバスが『俺なんか変だったか……? 奇天烈な寝ぐせとかついてないよな……?』と不安がっていることを知る由もなかった。

 

「い、行ってきます〜!」

 

「おう、行ってらっしゃい。……元気良いなあ」

 

 素早く冒険者用装備に着替え、ベルは地下室を飛び出していった。

 その後ろ姿を見届けた後、アルバスは軽く体を動かす。

 ゆっくり、身体の隅々まで精査するように、動いていく。

 

 昨日の『全力』使用の負荷の掛かり具合を確かめるためだ。

 体感だと筋肉痛程度であるが、気づかぬ負担があるかもしれない。

 アルバスは入念に調べた後、問題なしと判断し、今度は長剣を鞘から抜き放つ。

 

「この剣じゃ耐えられないな……」

 

 負荷が掛かっているのは身体だけではなく、武器の方も同様なのだ。

 昨晩出来る限りの整備を行った長剣であるが、既にガタが来ている。

 朝日を刀身が反射して煌めいている。

 良い剣だ。良い剣なのだが、アルバスの出力に耐えるには足りない。

 このまま負荷を掛ければ、良くて2回程の戦闘で壊れてしまうだろう。

 

「俺の持ち金の約半分……儚ぇなぁ」

 

 そう、寝場所こそ手に入れたが、依然一文無しに変わりない。

 世知辛い世界から目をそらすように空を仰いだ。

 そんなアルバスをまるで責めるように、朝日は都市を照らしていた。

 

 

 △△△

 

 

 それから少しして、のそのそと起き上がったヘスティアと朝食を食べる。

 

「そういえば君、金無し無職なんだろ? これからどうするんだい?」

 

「いきなり刺してくるじゃないですか」

 

「いや、働きたくない気持ちは分かるよ? けど人間働かないと生きていけないんだ……」

 

「あれ、これ俺怠惰だから無職だと思われてる?」

 

 うんうんとヘスティアは勝手に共感していた。

 彼女がニート生活をして神友から住居を追い出された経歴を持っていると知れば、一緒にするな! と叫んでいたかもしれない。

 女神からアルバスへの好感度が上がった。あまり喜べないものであった。

 

「あっ、そうだ忘れてた。昨日も聞き忘れてたんだけどさ、君ってめっちゃ強いだろ? どうかな、ボクのファミリアに入るっていうのは……」

 

「申し訳ないですけど、無しですかね」

 

 来るだろうな、と思っていた質問に、考えていた通りに返事をする。

 居候の身で、とも思うが、譲れない。これは譲ってはいけないラインの話だ。

 

「ぐぬぅ、駄目かぁ……」

 

「その、すみません」

 

「いや別に気にしなくていいよ。ボクもダメもとで聞いたし」

 

「……冒険者とか、やる気ないんですよ。俺は」

 

「そうかな? 君、向いてると思うんだけどなぁ」

 

 確かに単純な戦闘力で見れば、人よりも向いている。

 そんなことはアルバスも分かっている。

 だから、思わずぶっきらぼうな言葉が出てしまって。

 

「まあ……力だけはあるんで」

 

「ん、あぁ……ボクは性格的な意味で言ったんだよ」

 

「……へ?」

 

 だから、思ってもみない言葉に、アルバスは驚く。

 一体どこが? こんな、やる気がないと明言するような奴の何が向いていると、そう言うんだろうか。

 何で、と聞こうとした瞬間、ヘスティアが席から立った。

 

「それじゃ、ボクはそろそろバイト行くよ。洗い物は頼んだぜ」

 

「あ……分かりました」

 

「うん、ファミリアの話、入りたくなったら何時でも話してくれていいかね!」

 

「……ありがとうございます。ヘスティア様も気を付けて」

 

 結局、アルバスはヘスティアの言葉の意味を訪ねることもできず、ヘスティアは廃教会から飛び出していった。

 

「まぁ、いっか。気にするようなことでもないし、うん気にすることねぇな」

 

 心の何処かに感じた感情を無視して、アルバスもまた動き出す。

 そう、この感情は然程気にするものでもない。アルバス・ソルヴァルクスがただの一般人として生きていくのなら、これは気にしなくていいものなのだから。

 

 そうしてアルバスは洗い物やら掃除やら諸々を終わらせ、仕事を探すべく外に出ることにした。

 暫くは日雇いでやっていこう、とアルバスは思っている。 

 

 本当はゆっくりとこれからオラリオで暮らす上での仕事を探す気だったが、このままバイトもせずにいれば、アルバスは助けた恩でベルに貢がせるただのヒモになってしまう。

 それはこう、人として駄目な気がする。なので一刻も早く稼がなければならない。

 

「よし、頑張りますかぁ!」

 

 アルバスは気合を入れる。

 泣き言を言わずに頑張るぞ、と強く心に定めて歩き出した。

 

 

 △△△

 

 

「労働きっつい…………」

 

「お、お疲れ様です」

 

「あ、いや君に対して愚痴るのは違うな」

 

 夕暮れ時、酒場『豊穣の女主人』にて。

 ベルに誘われたその店に、俺は訪れていた。

 どうやら朝に約束をしたとか。そしてヘスティアはバイトの打ち上げで不在。なので二人でやってきたという流れだ。

 

 酒を飲んで口が緩くなりつい愚痴ったが、どう考えても迷宮潜るほうが大変だな。

 真顔になって撤回する。

 

 危ない、とてつもなく情けない存在になりかけていた。

 やっぱり酒は怖い。

 前世だと精霊が勝手に酒精を消してたせいで酔えなかったが、今世では普通に酔える。というか軽く酔いかけてた。

 精霊(ルクス)も前より衰えてるってことだろうな。俺自身の問題もあるが、今の最大出力、前世と比べたら酷いし。

 

 それは置いといて、おかしい。今世では初めての飲酒だが、まだ醸造酒(エール)数杯しか飲んでないのに酔いが回ってきてる。もしかして俺ってあんま酒に強くないのか?

 こう、そこら辺の感覚がごっちゃになってるの怖いから早く整理したいなぁ……

 

「でも、お仕事見つかって良かったですね!」

 

「ああ、ありがとう。昨日のお礼も兼ねて、今日は奢らせてくれよ」

 

「えっ、それは……悪いですよ」

 

「まあまあ、ここはお兄さんにいいとこ見せさせてくれ」

 

 あの後都市に繰り出した俺は何とかその日の職を見つけ、賃金を得るに至った。

 内容は最大賭博場(グランド・カジノ)なる施設の増設工事。指示がやけに高圧的で中々に大変だった。

『全力』の反動である筋肉痛も地味に辛かった。

 けど、給料はかなりのものだった。此処の飯、かなり()()値段をしてるが、豪遊しなければ二人分くらいなら問題なく払える。

 

 かしこまるベルとそんな会話をしていれば酔いも醒め、改めて店内──正確に言えば店員を見る。入店の時から、正確には席まで案内してくれた猫人の店員を見た時から感じて、けど怖いから目を逸らしていた事実に目を向けることにした。

 

 やっぱり勘違いじゃない。なんか、店員が客である冒険者よりも強い。前世から継がれた本能的な感覚がそう告げる。隠しているが、よく見ると身のこなしからして普通じゃないのが複数人混じっている。

 しかも冒険者っぽくないのもいるな、暗殺者とか諜報員とかに似てる。酒場の店員が似てていい訳ねえだろそんな奴らに。

 たぶん加護使えば勝てるけど……何この酒場、怖……

 

「ベルさん、来てくれたんですねっ。すみません、キッチンの手伝いをしてたら出迎えられなくって……」

 

「あっ、シルさん。全然大丈夫です……ちょっと値段は優しくないですけど」

 

「ふふ、言ってませんでしたっけ?」

 

 過剰とも言える戦力にビビっていると、後ろからベルが声をかけられた。

 ベルをこの店に誘った人だ。確か、名前はシル・フローヴァ。

 

「えっと、ベルさんのお連れの人ですよね? お名前は……?」

 

 騒がしい酒場でもはっきりと聞こえる可愛らしい声。

 美少女だったら良いな、とか、そんなくだらないことを考えながら会釈をしようと、フローヴァさんを視界に捉えて。

 

「──」

 

 ()()()()()()()

 席から飛び上がり、何時でも動けるように構える。

 詠唱をすっ飛ばして最低限の出力で加護を起動。魔力が高まり、感覚がクリアになる。

 

 無意識に、何も考えずに、体が勝手に動いていた。

 何だこいつ。マジで()()()()

 おかしい。目の前の相手に異常を感じ取っているのに、()()()()()()()()()()()()()()()()という異常。

 数人の店員が俺の変化に気づいた。問題ない、返答次第では向こうが何かする前に潰す。

 

()()()()()()()()()──」

「はーい! 団体様ご到着にゃ!」

 

 自分でも分からぬまま何か、きっと核心を突く言葉を言おうとして、それを猫人(キャットピープル)の店員の声がかき消した。

 瞬間、入ってきた集団に客たちがざわつく。

 目の前の女から目を逸らさず、視界の端でその集団を確認した。

 その瞬間。

 

「──え?」

 

「アルバスさん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 目を疑った。その光景が信じられない。先ほどまでの思考が根こそぎ消えるような衝撃がやってくる。

 周りの言葉を聞く限りロキ・ファミリアなる集団に、見覚えのある人物が居た。()()()()

 

 ユーリ。オルナ。エルミナ。フィーナ。ガルムス。ディム。ラザル。アルキティーネ。

 アリアドネとアルゴノゥトの時と同じく、八人の情報が一気に頭の中に流れ込んでくる。その情報から軽い眩暈に襲われ頭が動かない。思考が真っ白だ。

 

「多すぎだろ……っ!」

 

 臨戦態勢すら忘れて、立ち尽くして。

 顔を手で覆い、しゃがみ込んで、俺はそう叫ぶのだった。

 

 

 




アルゴノゥト、初めて見た時見覚えのある顔しかいなくて笑っちゃったんですよね。
リューも入れようとしたんですがまとめきれなそうだったので墓参りに行ってもらいました。ごめんね。

次回
4.白兎は月を目指して跳んだ

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