「クッソどうなってんだよこの世界……!」
前世と同じ顔が八人。アリアドネとアルゴノゥト含めて十人。
流石に多すぎる。揃い踏みにも程があるだろ。
けれど、却ってその衝撃で落ち着いた。自分が臨戦態勢を取っていたことを遅れて思い出した。
もう一度、彼女を見つめる。やはり僅かに感じる違和感。だが、決して害意は感じない。
くそ、また引っ張られた。流石に、過剰反応だ。どう考えても俺が悪い。
俺が臨戦態勢を取ってから今まで、刹那の出来事だった。ベルも俺の異変には殆ど気づいていない。この人も……いや、これたぶんだけど気づいてるな。
「アルバスさん、大丈夫ですか……?」
ベルが心配そうにこっちを見ている。
傍から見たら変な奴すぎたもんな俺。
何とか誤魔化すべく、口を開く。
「え、あぁいや、あの人たち騒がれてるし有名人なのかなって」
「ええ、あの方々はロキ・ファミリア。オラリオ2大派閥の一つなんです」
「わあ、あれが第1級冒険者……現代の英雄……!」
フローヴァさんの助け船のおかげもあって、ベルは目を輝かせて彼らを見ている。あ、危ねぇ……何とかなった。
……ああ、ベルは気絶してたからヴァレンシュタインさんのこと覚えてないのか。
俺は普通に顔バレてるから見つかりたくない。バレないように位置を彼女の死角に調整した。
誤魔化しに成功した俺は、フローヴァさんの方に向き直った。
たぶんこの人、俺が警戒してたことも、臨戦態勢を取ってたことも分かってる。そんな気がする。
なら、すべき事は決まっている。
「えっとフローヴァさん、さっきのは」
「はて、何のことでしょう? そんな申し訳なさそうな顔をする理由はありませんよ?」
謝ろうとして、途中で遮られた。
素知らぬ顔、謝罪は不要と言外に告げている。
「いやそんな……」
「なら、名前で呼んでください。フローヴァさん、なんて他人行儀じゃなくて、シルって」
「…………シル、でいいのか?」
「はいっ。そっちの方が嬉しいです」
……反則だ。俺の口に指を添えて、にこりと笑いながらそう言うフロ──シルに、俺もう何も言えなかった。
△△△
この時アルバス本人は真面目な顔をしているが、傍から見るといちゃついているようにしか見えない。
ロキ・ファミリアにざわついていた客の一部はそれを見て舌打ちをしているし、ベルはもにょっとしていた。
△△△
それから、ベルとシルに挟まれながら、食事を進めていく。
シルのおかげで重い雰囲気は直ぐに消え、会話を楽しめている。
凄いな、話しててめっちゃ楽しい。会話のポイントっていうか、流れを完全に掴まれてる。『目』がいいのか?
と、そんな時間が過ぎていった。
その時のことだった。
「そうだ、アイズ! あの時の話を聞かせてやれよ!」
───何故か、全身の感覚がクリアになっていく。
身体の末端まで冷たくなって、その奥に熱が籠っていく。
「あれだ、帰る途中のあのミノタウロス! 最後の一匹をお前が始末して、助けてた雑魚二人組いただろ!?」
そう話すのは銀髪の狼人。
とても見覚えがある容姿だった。
「いたよなぁ、いかにも駆け出しな、兎みてぇのと黒髪の奴が!」
酔っているのだろうか、酷く上機嫌だった。
俺たちのこと、だろうな。
嘲りを多分に含んだ青年の声に、ベルの顔が青ざめていく。
「ミノに追い詰められてよぉ、アイズに助けられて! んで、俺が着いた時には黒髪のが大声上げて、ふらふら逃げてったんだよ! ……助けた相手にうちのお姫様、逃げられちまってよおっ!」
そういや叫んで大声上げたし、動揺しててふらふらだったな……
うーん、その通りすぎるな。
どうしたものか。
青年の声はどんどん大きくなっていき。
反比例するようにベルはどんどん小さくなっていく。
青年を含んだ集団が、笑い声に包まれる。他の客も、忍び笑いを上げていた。
まるで世界に居場所がない、というようなベルの背中に手を置く。
「んな惨めに逃げ帰るくらいなら冒険者になるなって話だよなあ!? ああいうのがいると俺らの品位まで下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」
……まぁ、うん。言い方が終わってるが、言ってることは間違ってないんだよな。
俺も戦場で怖気づいて逃げ出すような奴いて欲しくないし、居ない方がいいもん。
反論とか、全く思いつかない。
「…………」
「アルバス、さん」
ベルと目が合う。
深紅の瞳と、心が交わった。
その目の奥には、燃え上がる意志があった。
うん、そうだよな。君が君なら、そうだもんな。
「心のままに動こう」
「えっ?」
「今、君が胸の中に抱えてる衝動に逆らわず、それに従おう。その全てを俺が保障するから」
「…………いいん、ですか」
「ああ」
「…………すいませんッ!」
ベルが椅子から立ち上がる。
そのまま、俯いたまま、店を走り去った。
「ベルさん!?」
「ミア母さん、これ今日の代金な」
「えっ、アルバスさん……?」
「店、壊すんじゃないよ」
「おう、善処する」
慌てるシルを尻目に、俺もまた席を立つ。
昨日買った外套の
これ本当に買ってよかった。俺って買い物がうまいのかも。
そして、騒ぎの渦中に向かって歩き出す。
ユー……ベートとか呼ばれた狼人の青年。
さっきも言ったけど、反論とかはない。
彼の発言が
が、しかし。
俺は、俺が思っている以上にガキだったらしく。
友人を目の前で傷つけられて。
傷つけた相手が前世の友で。
そこに何か複雑なものがあるんだろうな、と分かったとて。
怒らないほど、寛容ではなかった。
「倒せる敵倒せなくて逃して、そのしわ寄せを自分より弱い奴に強いた上で笑うのは普通にクソだろ」
「…………あ?」
「聞こえなかったか? その耳は飾りかよ犬っころ」
「…………俺に言ってんのか?」
周りが静まり返った。いいね、さっきより今の方が雰囲気いいじゃないか?
言葉を撤回しろとか、口を開くなとか、色々と言葉が思いついたけど。
口から出たのは挑発だった。俺も
「犬はお前しかいないだろ、頭も弱いのか?」
「…………おいテメェ、死にてぇのか?」
「お前じゃ無理だな」
「死ね」
言い切るよりも早く蹴りが飛んできた。
酔って動きが雑だ、んなの喰らうかよ。
瞬間的に加護を起動。光粒が周囲を舞った。
蹴りを右腕で受け止める。強い、けど問題ない。
「………ッ!?」
「温いんだよ」
蹴りを受け止めた姿勢で微動だにしない。
そうして全力を以て目の前のテーブルにベートを叩きつける。
不幸中の幸いなのは料理がそのテーブルにはなかったことで、ベートと衝突したテーブルは木粉を撒き散らしながら壊れた。
表情から酔いが抜けていく。馬鹿が遅ぇ。より一層力を込め────そこで制止の声がかかった。
「すまない、ベートが悪かったのは百も承知だが、どうかそこで止めてもらえないかな」
「……そっちの嘲笑が俺の蛮行と同様見るに耐えないものだと理解した上で言ってるのか?」
「ごもっともだ。団員の行き過ぎた行動を諌めなかったのも全て僕、ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナの責任だ。この度はすまなかった」
…………そうまで謝られれば、俺もこれ以上何もできない。ベートの脚から手を離す。
「一応言っとくけど、俺はただあんたらの言動が気に入らなかっただけだ。そこの狼が言ってた二人組とは何ら関係ない。だからもしそっちがその二人組──兎みたいな方を見つけたとしても下手な報復とかは企むなよ」
言外に『ベルには手出しするなよ』という意を込めながら、睨むようにフィンを見る。
まあ、こいつなら気づくだろうから大丈夫だと思うけど、ちょっと怖いし俺に
「君は…………いや、君、自分がどうでもいいのか?」
「? 何言ってるか分からないけど……連れが心配なんで早く行きたいんだが」
「…………なら一つだけ。君は、一体何者なんだい?」
あー、そう言うの聞かれるのか。ここでヘスティア・ファミリアって名乗るのは論外だけど、冒険者名乗ってファミリア聞かれるのも面倒くさいな…………
いや普通に本当の事言えば良いか。
「恩恵もない、ただの一般人だよ」
向こうが固まった隙に抜け出す。
ベルを自信満々に送り出したはいいけれど、それはそれとしてめっちゃ心配なんだ。
前世がアルゴノゥトだから余程のことがない限り大丈夫だけど…………いやあいつは誰かが見てないと不安だな!
加護を発動したまま、俺は全速力で迷宮に向かって駆け出した。
△△△
「あのガキ……」
アルバスが消えた後。『豊穣の女主人』にて、ロキは何処か呆然と呟いた。
静まり返った場はティオナを始めとした面々が雰囲気を持ち直し、騒がしさを取り戻していた。まるで、目の前で起きたことから目を逸らすように。
だから、意識しなければ周囲の声すら聞こえないほどの騒がしさが広がっていて。
ロキの呟きが聞こえたのは限られた少数のみだった。
「ロキ? どうかしたのか」
あまり見たことがない主神の表情にリヴェリアが問いかける。
近くにいるフィン、ガレス、アイズ───ロキの呟きが聞こえた面々も、ロキに視線を向ける。
全員が、胸に抱えるものは同じで、主神のそれも同じだと予期しながら。
あの少年のことだ、という確信が彼らにはあった。
「
こぼれ落ちる、驚愕と歓喜。
その姿は『未知』を前に狂喜する神のもの。
暇つぶしとして神殺しすら行おうとしていた、悪戯神のものだった。
開かれた双眸に限界まで興奮を溜め込み、ロキは言葉を続ける。
「あいつ、ほんまに恩恵なしで
神に嘘は意味をなさない。
下界の者の言葉の真偽を、天上に坐する
あの時、前世の記憶の濁流、そして精霊の加護の行使により『寄っていた』アルバスは、そのことを
故に、アルバスは信じられないだろうと真実を言い。
故に、アルバスの言葉に嘘偽りがないことが分かり。
故に、ロキはとびっきりの玩具を見つけた気分になっていた。
そして、恩恵無しの
「ベートは酔っていて杜撰な動きだったけど、それでも並みの第二級なら反応もできないだろうね」
「見た感じだと最低でもLv.4上位の
「信じがたい……が、本当ならそれこそ『古代』の英雄だぞ」
「恩恵に代わる何かがある、と見た方がいいだろうね。それこそ──」
「
フィンの言葉を、アイズが引き継ぐ。そこには、隠しきれない確信が込められていた。
リヴェリアは目を見開く。こと精霊に関して、アイズの言葉は決して無視できない代物。
そんな彼女が、アルバスに精霊の加護があると、そう言い切った。
それはあの少年が『神時代』に蘇った『古代』である、何よりの証左であった。
アイズはじっと、扉の奥を見つめていた。
顔は見えなかったけれど、声も力も同じだった。あの人だ、と誰にも言わずに確信した。
たぶん、自分たちが傷つけてしまった白髪の少女と、その少女のために怒り、少女を追いかけていった黒髪の少年。
心の中の、自分でもよく分からない場所で、良いな、とアイズは思った。
白髪の少女への罪悪感はある。彼女のことを想うと、申し訳なくて、心が沈む。そんな心をあの少年が引き上げた。
アイズは、あの空気が嫌だった。
あの子たちが馬鹿にされるのが嫌だった。
何も悪くないのに、馬鹿にされる理由なんてないのに、貶められるのが嫌だった。
胸の中に残っていた真っ白な思い出が汚されるような、そんな気持ちだった。
それが、とても嫌なのに、アイズは何も言えなくて。
ただ下を向いて黙っていることしかできないでいて。
そこに、光がやってきた。
光が全部を照らしてくれた。
淀んで、暗がりにあった風に光が差した。
さっきも、確かに精霊の気配を感じた。
何故だか懐かしくて、母と父を思い出させてくれる、不思議な男の子。
「───アルバス」
さっき店員の少女が呼んでいた、少年の名前を口の中で転がす。
追いかけることも、忘れることも、アイズにはできなくて。
ただ、彼が消えていった先を見つめ続けるのだった。
△△△
月のような人だと思った。
空の上で何時も見守ってくれる星のようだと、思った。
光で照らしながら、静かな安らぎも与えてくれて。
本当は遥か遠くに居るのに、傍に居てくれているだなんて勘違いをしてしまう、そんな人。
それが、ベル・クラネルが憧憬するアルバス・ソルヴァルクスという人だった。
僕は馬鹿だ。
物語みたいに、憧れた通りに、あの人に助けられて。
それで浮かれて、まるでお姫様になったみたいで。
僕は、
ふざけるなよ、と自分に対して堪えきれない憤怒が湧く。
憧れた英雄は、誰一人そんな無様を晒さなかった。
助けられただけで、満足して。物語の
なのに。
なのに。
なのに。
なのに、僕は弱い自分を許容していた。弱いくせに、助けれられた事で思い上がった!
許せない。許せるわけがない……!
認められない。弱いままを許容するベル・クラネルなんて、僕が一番認められない!
「強くなりたい……! あの人みたいに、あの人の隣に立てるぐらいに!」
冒険を。
こんな僕が、それでもあの人に追いつくための試練を。
あまりにも遠い理想との距離、そこに至るための最初の一歩を、僕は踏み出した。
酒場のベート、最初はどうにか擁護できないかと考えたんですが、普通に最悪だったので無理でした。
次回
5.かくして『静寂』が訪れる