俺の英雄譚は始まらない   作:佳和瀬

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日間一位になっていてめちゃくちゃビビっています。
感想、お気に入り、評価、ここすき、誤字報告、全て励みになっています。ありがとうございます。

福音(ゴスペル)お母さんを期待していた方、すみません。


5.かくして『静寂』が訪れる

 

 ベル・クラネルには誰にも言ったことがない秘密があった。

 ヘスティアから恩恵を刻まれたその日から時折、ある()を見るようになったのだ。

 別に困っているわけではないし、相談をするようなものでもないと、少女は思っている。

 だからそれは、ベルしか知らない不思議な夢だった。

 

 内容はどれも異なっていて、一人の女の子と遊んだり、迷宮を探索していたり、果てには()()()()()()()()()()()()()()()()()と、一貫性が見られない。

 

 けれど。

 うろ覚えで、不確かだけれど。

 夢の中で、ベルは自分の髪が灰色だったような、そんな気がした。

 

 ◇

 

 迷宮、()()()

 

 酒場から走り出したベルは現在、そこでウォーシャドウ3体と戦闘を繰り広げていた。

 

 振るわれる鋭爪をバックステップで避け、続けざまに迫る爪撃を掻い潜る。

 身体を独楽のように回して、踊るように死の包囲網を捌き続ける。

 それでも身体を掠めた鋭爪がベルの鮮血で赤を纏い、赤が空を彩った。

 

「グッ……!」

 

 戦って、戦って、戦った。

 

 迷宮でどれだけ戦ったか覚えていない。ただ、数えるのも億劫なほど短刀を振るったような気がする。

 我武者羅に怪物と戦い続けたベルの身体には疲労が溜まっていて、回避すら完璧に行えない。

 鉛みたいな重さの身体も、朦朧としてきた意識も、彼女が限界に迫っていることを如実に表していた。

 

 避けて、躱して、間に合わないものは短刀で逸らす。

 三体の相手──単純に三倍以上へと増えた攻撃の総量に、徐々に対応しきれなくなっていった。

 鋭爪が肩を切り裂く。

 痛みに一瞬止まった身体を無理矢理に動かして、後を追うように振るわれた爪撃を回避。それと同時にその腕を蹴り飛ばして後退する。

 ごろんと転がって、なんとか身体を起こし体勢を整えた。

 

「ハッ……ハッ……」

 

 呼吸が乱れる。

 酸素が足りない。肺が必死に酸素を取り込もうと喘いでいる。無理だ。早鐘を打つ心臓が加速を止めない。

 元から緩慢だった思考が止まりかける。

 その止まりかけの頭で、他人事のように現状の分析をしていた。

 

 今はまだ攻撃は避けられる。けれど、それだけだ。

 疲れ切った身体は攻撃に移れない。防御すらままならない。

 

 速さが足りない。力が足りない。手段が足りない。

 ベル・クラネルには、足りないものが多すぎる。

 

 まずい、とベルははっとする。疲労のあまり、ぼーっと考えにふけっていた。

 取った距離は既にウォーシャドウが詰めている。光を吸い込む黒い爪が、ベルの血を吸い煌めいている。

 

 短刀を構えなおす。その手は僅かに震えていた。

 荒い息は僅かな休憩では落ち着かない。喉の奥から血の味がする。

 汗が首を滴り落ちる。それを拭う余力すらない。

 脚に力を込めた。立っているだけで精一杯だった。

 

 そんな、限界状況で。

 何故か、あの()が脳裏によぎった。

 怪物と戦う一騎当千の如き力を持っていた、あの夢を。

 

 夢の中で、ベルは自由だった。

 夢の中で、ベルに不可能はなかった。

 夢の中で、ベルは『最強』の一角だった。

 

 茹だったように思考が回らない。無意識に足が前に出る。

 夢見心地のような、そんな足取り。

 そうして、ベルは────

 

 

 

 

 恩恵とは可能性の発露、その促進剤だと、神は言った。

 ほんの僅かな可能性だったとしても、あり得るのなら現実へと昇華させる神の御業。

 

 それは本人の強い感情だったり、それまでの経験だったり、もとから持っていた素質であったり、()()()()()()()()()()()()()()()()であったり。

 

 ()()、それは現れる。

 芽吹く筈がないその可能性は、恩恵という促進剤とその血脈、彼女の保有するスキル(【憧憬一途】)の効果により()()()

 

 ベル・クラネルが本来は保有することがない才覚。

 下界最高と称された『()()』。

 それは、ベルが女であるが故により濃く受け継がれた因子であり、英雄の来世(アルバス)との邂逅が齎した種であり、ベルが望んだ、憧憬に並ぶための力だった。

 

 鋭爪が黒の軌跡を描いた。

 計六本からなる爪撃の檻。

 それはベルを容易く切り裂き絶命へと至らせる。

 筈だった。

 

 六つの腕が空を飛んだ。その事実にウォーシャドウが気がつく前に、三体揃って灰へと変わった。

 

 

 ───此処に、()()が訪れる。 

 

 

 一瞬だった。

 刹那で終わった。

 短刀が振るわれた。白刃が閃いた。斬撃が放たれた。

 爪撃を斬撃が一方的に切り裂いて、そのまま魔石を斬断したのだ。

 

 速く、鋭く、怪物を殺すための剣術。それだけを目的に研ぎ澄まされた剣技。

 それは正しく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼がミノタウロスに対して振るった太刀筋には劣る。完全とは言い難い模倣。

 けれどそれは、一切の否定無く彼の剣であった。

 

 一度見た。()()()()()()()()。ただそれだけのこと。

 

 悍ましさすら孕んだ、あり得ない、あってはならないような、そんな技。

 いずれ完全模倣に至る絶技の先触れ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()理不尽。

 

 そんな世界を嘲笑う『才禍』の片鱗を、ベルは行使した。

 

 広間に怪物の群れが侵入する。ウォーシャドウも含めて、数多の怪物に囲まれかけていた。

 背中が燃えるように熱い。熱に浮かされるように、短刀を強く握った。

 今なら何でもできる気がした。本能の赴くままに身体が動く。そんな感覚に従う。

 

 彼女が怪物の全てを灰に変えるのに、そう時間はいらなかった。

 

 ◇

 

 なんか俺の剣術使ってる……怖…………

 

 大急ぎで迷宮を駆け回り、ベルを見つけた俺は彼女の様子を見守っていた。

 俺が焚き付けた手前、いくら心配だからといえどここで干渉はできない。ということで精霊の加護も解除して大人しく見守ることにしたのだ。

 

 そうすること暫く。徐々に動きが悪くなっていったベルとウォーシャドウ三体の戦闘で、そろそろ助けるか、なんて思っていた。

 俺の視界に広がったのは怪物相手に無双するベルの姿だった。

 君いきなり強くなるじゃん。怖いって。

 

 そんな事を考えてる間にもベルはどんどん怪物を灰へと変えていく。的確に無駄なく魔石を狙う剣技だった。うん、やっぱ俺のだねそれ。

 兎みたいに全身を躍動させ、跳ね上がるような斬撃が放たれた。

 最後の一体の魔石を断ち切り、積もった大量の灰の真ん中にベルは立つ。

 

 ぐらりと体勢が崩れた。倒れる前にその体を支える。

 全身傷だらけだった。あれだと意識を保つことも難しいんじゃないか。

 ………いや、怪我より()()()()が原因か?取り敢えず、さっきの聞くのは後回しでいい。

 

「アルバス、さん…………?」

「ああ、俺だ。大丈夫……ではないな。きついなら喋らなくていいから」

「大丈夫です、立てます…………」

 

 ふらふらとしながらも、ベルは支えなしに立った。

 助けは不要と、深紅の瞳が言っている。

 なら、俺もそれを尊重するしかない。

 

「けど、そろそろ帰ろう。ヘスティア様も心配してるだろうし、君ももう限界だ」

「けど、まだっ」

「いいや終わりだ。これ以上は蛮勇以下の愚行でしかない。分かってるだろ?」

「…………はい」

 

 さっきの怪物達に一人で勝った時点で限界超えすぎだからな。本当に凄いと思う。ちょっと怖いけど。

 今ならたぶんゴブリンといい勝負じゃないか。そのレベルでの疲労が見て取れる。

 少々強引に説得し、帰路につかせる。

 

 そうして、数層上がった時だった。

 

「──む」

 

 壁に亀裂が走った。

 怪物が産まれる前兆。ちら、と横を見ればベルはそれにすら気づいていない。

 本当に限界だな。訂正だ、ゴブリンにすら殺されるぞ。

 

 まぁ、俺も試したいことあったし、ちょうどいいか。

 

「───【形成(ジェネレイト)】」

 

 さて、精霊の加護というのを扱うのもこれで三回目。

 最初の『全力』と酒場での瞬間起動により、漸く感覚が慣れた。

 身体に染み付いた力とはいえ、やっぱり実際に使うと得られるものがある。

 

 俺は今まで体内にて融合している精霊から齎される莫大なエネルギーを付与(エンチャント)という形で利用していた。

 けど、この力はそれだけじゃない。

 今の俺ならできる、感覚的に分かった。

 

「【ルクス】」

 

 詠唱(祝詞)完了。

 魔力が励起し、白光が迷宮を染め上げる。

 光粒が集約・収斂し、手元にて長剣を象った。

 

 出来あがったのは光の剣。

 魔力により形成された、高密度エネルギー集束体である。

 前世では武器がない時によく使ってた。

 

 しっかり握った光剣を腕から肩、腰、全身の動きを連結し、伝達される力を爆発的に増大させ投擲。

 ベルにバレないようにぶん投げた長剣は空気を切り裂き、狙い違わず壁から産まれたコボルトに命中する。心臓に当たった光剣の衝撃で魔石が砕け、身体が塵と化す。

 

 よし、上手くいった。

 やっぱりこの力(加護)、軽く使っただけでかなりの万能性を備えているのが分かる。

 これなら武器の消耗を気にしないでいいし、色々応用ききそうだし、暇見つけて試しとくか。

 

 そうして道中出てきた怪物は光剣をぶん投げて処理した。

 ゆっくりとしたベルに合わせて迷宮を出る頃には、もう夜も更けていた。

 

 ヘスティア様、絶対に心配してるだろうし、説明考えとかないとな……ん?

 なにか、忘れてる気がする。

 ベルが意味不明なことしだした衝撃で頭から抜けたが、重要なことがあった気が……あっ。

 

 脳が刺激を受け覚醒した。

 まずい。このままでは俺ごと『ヘスティア・ファミリア』が壊滅する……!

 焦燥の中、廃教会に辿り着いた俺たちを外にいた落ち着かない様子で動き回るヘスティア様が見つけた。

 

「あっ、やっと帰ってきた。って、ベル君!?」

 

「あ……大きな怪我はないです。怪我の手当と、たぶん気絶しそうなんでシャワー浴びさせてやってください」

 

「わ、わか──ってあれ!? 君そんな覚悟決めた顔でどこ行くんだい!?」

 

「ちょっと謝罪に……」

 

「本当に何なんだよ」

 

 教会の前でオロオロしていたヘスティア様にベルを渡し、治療やらの諸々をお願いする。

 そして俺は廃教会を離れる。

 男の俺よりは色々やりやすいだろうし、ファミリアだけで話すべきこともあるだろう。

 後、どうしても外せない目的があるので、俺は走り出した。ガチダッシュである。

 

「行きたくねぇ……!」

 

 目的地、豊穣の女主人。

 目的──机と椅子を壊した謝罪。いや、本当に壊す気はなかったんだ。こう、つい力が入っちゃって…………

 昨日見た感じ、女将にワンチャン俺殺されそうだな…………弁償分の金も含めて昨日渡してるけど、どうなるかなぁ。

 ヤバそうだったらヘスティア様から教わった奥義(土下座)でなんとかしよう。 

 まぁ、そうならないのが一番なんだけど。

 

 △△△

 

 結論。

 そうなった。

 

「マジですいませんでした」

 

 早朝、店の準備が終わるのを待ってから訪ねたアルバスは土下座を敢行した。

 あまりにも早い平伏だった。本能が『謝れッ!!』と絶叫するままに、地に伏した。

 向けられる視線の圧が強い。だらだらと冷や汗が流れて止まらなかった。

 

「店壊すなって言ったね?」

 

「はい……」

 

「それで、あんたは結局どうした?」

 

「机と椅子を壊しました…………」

 

「こんの馬鹿客が…………はぁ、今回は壊した分の金だけで許してやるさ」

 

 呆れたようなため息と共に許しを得た。

 心の片隅で死を覚悟していたアルバスには優しすぎる温情。

 助かった、と思って。金を取り出そうとして、思い出す。

 

(────今、俺金ないんだった)

 

 昨日、ベートに喧嘩を売る前にアルバスは所持金の全てをミアに渡していた。

 ベルと自分の飲食代と、これからの迷惑料として、払っていた。

 冷や汗が加速度的に増していく。前世での死線を思い出した。こんな感じの緊迫感だった気がする。

 

「ミ、ミア母さん。昨日払った金は? 机と椅子一組分はあったよな?」

 

「一組じゃないよ」

 

「え?」

 

「あんたとあの馬鹿狼の衝突で、周りの椅子、机、食器なんかも壊れちまったからね。昨日の分だけじゃあ足らないさ」

 

「え?」

 

「もし金が無いってんなら、こっちにも考えがあるよ」

 

「ふふっ、こっちですアルバスさん」

 

「え?」

 

 アルバスの腕をシルが掴んだ。

 その瞳は、何故か異様にキラキラしていた。

 アルバスは壊れた自鳴琴(オルゴール)と化し、ただ無抵抗に店の奥へと引き摺られていった。

 

 ◇

 

 バベルの塔を出て、豊穣の女主人にリュー・リオンは向かっていた。

 迷宮──親友たちの墓へ行った帰り、足を速める。感傷に浸っていれば、予想外に滞在時間が長引いてしまった。

 ミアや同僚の皆なら許してくれるのは分かっているが、だからゆっくりとできるリューではなかった。少しでも早く店に着くよう急ぐ。

 

「──?」

 

 そうして店の前に着いたリューは騒がしさを店内から感じ取る。普段から騒がしいのはそうなのだが、それとはまた違う種類だとリューの感覚が告げる。

 そう、それこそ新たな店員が加わった頃のような、そんな雰囲気。

 違和感を抱えながらも、この場に留まっている訳にもいかず、リューは扉を開いた。

 

「ただいま戻りました────え?」

 

「あ! リューお帰り! ちょうどよかった、紹介するね。こちらは新しい従業員のアルバスさん!」

 

「え、まだ店員いるの────ん?」

 

 じゃじゃーん、とわざとらしく言いながら、シルは両手で横にいる()を示す。

 豊穣の女主人の制服──男性用、リューが知る限り存在しない筈の物──を着用した少年がそこにいた。

 自分は今信じられないものを見る目をしている、と分かるほどの驚愕がリューを満たす。この店で働くこと数年、初めての男性従業員にリューは動揺を隠せなかった。

 

 そして何故か、目の前の少年もまた、酷く驚いた顔をして───

 

リュールゥぅぅぅんんん!? 

 

「な、待ちなさい! 私はそんな素っ頓狂な名前ではありません!?」

 

 とんでもなく滑稽な呼び方で名を叫ばれ、たまらずリューは叫び返した。

 まるで昔のように、嘗ての仲間にしたように、自覚できない懐かしさに引っ張られて。相手が初対面の人物であることすら忘れて、訂正させようと動き出す。

 まだ開店すらしていないというのに、豊穣の女主人は喧騒に包まれた。

 

 △△△

 

 あの後シルにこの店の制服を押し付けられ、半ば強制的に従業員として働くことになった。

 昨日見た感じ男の従業員はいなかったので確認したら、やはり俺だけだった。なんで男用の制服置いてんだよ…………

 断ろうにも、「仕事がないなら此処で働いて返しな」と言われれば何も言い返せない。まぁ、まがりなりにも職を手に入れたのはありがたいし、特に文句もないんだけど。

 

 他の従業員に紹介され、なんとか受け入れられた俺の前に現れたのはリュールゥに瓜二つのエルフだった。

 もう本当に勘弁してくれ。何で前世の知り合い大体オラリオに居るんだよ。

 容姿がそっくりだったので思わず前世の名前を呼んでしまい、勢いで誤魔化そうとしたが、やはり無理で現在正座で説教を受けている。

 ちょっと神経質じゃないか? 名前を馬鹿にされたと捉えられる呼び方されただけで…………いやそれは怒っても仕方ないな。

 

 オラリオ三日目、借金を背負い、職を見つけ、前世の友人に叱られる。

 昨日から一日が濃すぎる。こう、朗らかな日常とかはないんですか。

 

 つーかどんな格好してんだよ、こいつ。何なのその脚部丸出しの服。エルフとしてそれって大丈夫なの?

 思い返すと、ヴァレンシュタインさんもヘスティア様もすげぇ格好だったな…………もしかしてそういう流行(トレンド)なのか、現代って。

 

「ソルヴァルクスさん、聞いているんですか?」

 

「あっ、はい。聞いてますごめんなさい……」

 

 そんなことを言う勇気はなく、俺は黙って説教を受けることしかできないのだった。




 正直、今回の『才禍』関連のやつは無理があるんじゃないか、と思ったのですがこっちの方が書いてて気持ちよかったのでゴリ押してしまった。
 シルがミアにめっちゃねだってアルバスを引きずり込んだという裏話があったり。

次回
6.みんな違ってみんなトンチキ
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