俺の英雄譚は始まらない   作:佳和瀬

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6.みんな違ってみんなトンチキ

 出会ったのは偶然だった。

 

 朝見つけた、見たこともない無色透明の魂。

 透明な女の子。小さくて可愛らしい、愛でたくなるような魂。

 それが気になったから、働いている酒場に誘った。

 

 その子と一緒にやってきたのが、彼だった。

 

 ああ、今も、鮮明に思い出せる。

 だって、見た事がなかったんだもの。

 

 白かな、と思った。

 黒かも、とも思った。

 いや蒼だ、と思い直して。

 金かもしれない、なんてよく分からなくなってしまって。

 

 あやふやだった。

 色が混ざって、まるで沢山の魂に囲まれているみたいだった。

 面白いと思った。欲しいと思った。これからどうなるのか、気になった。

 

 娯楽に飢えた神みたいに、目の前の『未知』に目を奪われた。

 だからね。

 ありがとう、透明な貴女。私の可愛い幸運の兎さん。

 貴女のおかげで私、退屈しそうにないの。

 

 △△△

 

 

「えっ、仕事を見つけた? 良かったじゃないか」

 

「確かに良かったは良かったんですけど、素直に喜べないっていうか……」

 

 日が暮れ、都市に夜の帳が下りた頃、【ヘスティア・ファミリア】の本拠にて、俺はヘスティア様に事の顛末を話していた。

 あの後は散々こき使われ、一日中働かされた。

 給仕の仕事はなくキッチンだけ──この店には女性店員しかいないらしい──だったが、繁盛してる時の忙しさは尋常ではなかった。

 

「まあ、それは良いんですよ。それよりもベルはどうなんです?」

 

「まだぐっすりさ。よっぽど疲れてたんだろうね、起きる気配もないよ」

 

「それはそれで心配ですけど……下手に起きてダンジョンに行こうとするよりはマシか」

 

「一応、寝る前も落ち着いてたけど……杞憂に終わりそうでよかったよ」

 

 二人してベッドに視線を向ける。そこで今も眠るベルの寝息は安定していて、俺もヘスティア様も大きく息を吐いた。

 あの鬼気迫る様子を見せられるとやっぱり心配してしまう。ヘスティア様の話を聞く限り、安定しているから起きても暴走はしないだろうが、ちょっと怖さは残る。

 

「どうしたものかな……ベルくんはもう、走るのをやめない、そんな気がする」

 

「ああ……じゃない、そうですね。昨日ほど自暴自棄にはならない筈ですが……それでもたぶん、前より危険なことに変わりはない」

 

 真剣な顔で悩むヘスティア様の言葉を肯定する。気を抜くと敬語を忘れるの、気を付けないとなぁ。

 正直、昨日の強さを見ると何とかなりそうな気がしてくる。あの動きが常時可能なら、ミノタウロス相手でも最低限の対応はできる。改めて考えると急にあんな強くなるのは怖すぎる。いや本当に何なんだあれ。

 まぁそれでも、万全を期すべきだ。

 

「……俺にベルを任せてくれませんか。できる限りのことを教えます」

 

「本当かい! 実は、ボクから頼もうと思っていたんだ。そう言ってくれると助かるよ。…………ボクも、ボクにできることをやらなくちゃ」

 

 前世の記憶を思い出して、数度『精霊の加護』を使って、ある程度()()()()。酒場でやったような詠唱(祝詞)を用いない力の行使でも──ベートの蹴りの威力から逆算して第一級以下なら──問題なく対処できる。

 不安定な力だが、それでも教えられることはある。

 

 そう思ってした提案は、すんなりと受け入れられた。

 ベルの主神として、色々考えているようだ。心配もきっと俺の比ではないんだろう。

 こういう神がいると思うと、何となく救われる気持ちになる。ケイオス(前世)が叫ぶ怒りが、少し和らいだ気がした。

 

「そういえば、教えてもらった土下座には助けられました。困ったときに便利ですねあれ」

 

「だろう? ボクもオラリオで暮らしててありがたさを日々感じているよ。多分明日にも使ってるだろうし」

 

「明日使う予定あるんだ…………」

 

 こういう神がいるんだと思うと、何とも言えない気持ちになった。

 もうちょい威厳とかあった方がいいんじゃないか? いや、これがこの神様のいいとこなのか……?

 

 △△△

 

 翌朝。

『豊穣の女主人』にて、俺は仕込み作業をしていた。

 この店は基本女性従業員しかいないため、男である俺は後ろに引っ込んで雑用をする以外ないのだ。

 普通に考えてそんな店で男雇うなよ……しかし、悲しいことに俺が全面的に悪いから何も言えない。

 

「手ぇ止まってるよ! 仕込みより大事なことでもあるのかい!?」

 

「っ、すいません!」

 

 俺にできる事は下手に謝りながら必死に手を動かすことだけだった。

 俺だけ男の羞恥心とかは消え飛んだ。ミア母さん、めっちゃ怖いんだよ。

 

 この店の従業員たち、腕利きが数人混じっている──というか大体戦える人種だ。シルとかも戦闘能力とは別で何か()()()()し──が、ミア母さんは完全に別格だ。

 この人、ちょっと強すぎる。

 他の人たちなら何とかやれそうなんだけど、この人に勝てる光景が中々描けない。たぶん、加護の全力使用でも単純な能力(アビリティ)では確実に負けている。

 

 となると、俺が勝つためにはそれ以外の部分、技術()であったり戦術(駆け引き)で立ち回る必要があるのだが、どうなんだろうな。

 こういう人って、勝てたとしても最後の最後で相打ちにまで持ってかれそうで怖いんだよな。

 

「おらっ、さっさと働くにゃ! 弁償野郎!」

 

「へへっ……さーせん」

 

 そんなことを考えていたら、店員にどやされた。

 弁償野郎呼びは勘弁してほしいが俺にできることは媚びへつらって謝ることだけである。

 この店の力関係にて、俺は最底辺にいるのだ。

 ちくしょう、弁償し終えたら絶対客として来てやる。

 

「ほら、仕込み終わったんならゴミ捨てだよ! 休んでないで仕事しな!」

 

「っす……」

 

 言われるままに仕込みやらなんやらで溜まったゴミを捨てに行く。

 仕事してる時に別の仕事言ってくるのは前世思い出すから勘弁してほしい。

 こう、タスクが積み重なっていくのかなりトラウマあるんだけど、いつの記憶だこれ……

 

「よいしょ、っと」

 

 生ごみが詰まった木桶を裏まで運ぶ。

 周りには俺以外に人の気配がない。

 ここでちょっとサボろっかな……いや普通にバレるから無理だ。

 あの猫人の二人組、こういう時めっちゃ鋭い気がする。

 

 戻るか、と思っていれば視線の先に人影が見つかった。

 視線を凝らす必要もなく、その緑髪と尖った耳でリオンさんだと分かった。

 どうやら彼女も裏の仕事をしてるらしい。

 あ、目が合った。ちょっと気まずい。

 

「リュール……リオンさん」

 

「……今、また素っ頓狂な呼び方をしようとしていました……?」

 

「いやいや、勘違いです。リオンさんっすよねリオンさん」

 

「…………」

 

 い、いけたか?

 鋭い視線を向けられるが、それは元からだから判断材料がない。

 あれ、最初から駄目ってことじゃないか……?

 

「……貴方は」

 

「はい?」

 

 詰んでる状況に頭を抱えそうになっていると、向こうから話しかけられた。

 何か言いづらそうな、いや『何を言えば良いのか分からない』って感じだな。

 

「……いえ、こうした方が早い」

 

「は?」

 

 思考より先に体が動いた。

 加護(ルクス)を起動。

 飛んできた手刀を腕を叩いて逸らして回避。

 そのまま迎撃として腹に拳を叩きこもうとするが、瞬時に引き戻された両腕に防がれた。

 反撃を先手で潰す。空いている片手で腕を掴む。

 

 一秒にも満たない攻防。密着状態になってようやく思考が追いついた。

 なにしてんのこいつ!?

 

「失礼しました。貴方なら対応できると思い、少し試させてもらいました」

 

「いや君、こいつならちょっと雑に扱ってもいいや、みたいな目してたよ」

 

「……」

 

「せめて言い訳ぐらいしろよ」

 

 あからさまに目を逸らしやがった。やっぱ図星じゃねぇか!

 前世からしてこう……トンチキだったが、今も大して変わってないのか……

 

「今の手刀は第二級──Lv.4以上でなければ反応もできないでしょう。貴方はそれを防ぐどころかこうして反撃まで行っている」

 

「まぁ、そうだな」

 

「このような力を持って、貴方は何者だ」

 

「それはこっちのセリフでもあるぞ。なんで酒場の店員なんかやってる」

 

「…………」

 

 質問に質問で返せば、リオ……いやもう呼び捨てでいいや、リューは黙ってしまった。

 言いたくないよな、分かるぜ。

 俺の場合、話しても頭がおかしい認定されそうだからってのもあるけど。

 

「人に話したくないことなんて誰にでもある、そうだろ? 君が俺を警戒するのも分かるが、本当に敵意とかはない。てか、こうして戦うのなんて御免だね」

 

「戦いたくない、と?」

 

「そうだけど……え、そんな反応する?」

 

 不可解なものを見る目で見られた。なんで?

 一拍置いて、探るように彼女の口が開かれた。

 

「…………貴方はずっと剣呑な気配を纏っている。ずっと見ていなければ気づかないほど僅かではあるが、それは鋭く、殺気に近しい」

 

「えっ、嘘だろ」

 

 思わず瞳を見つめた。

 信じられないが、彼女に嘘はない。

 彼女の言葉には、信じられる誠実さがあった。

 

「………無自覚でしたか」

 

「全くもって、な」

 

 ……うーん、なんだろう。

 本当に自覚がないから、なにも思いつかない。

 

 ……いや、ある。あー、そういうことか。

 やっぱこの力、あんま使わない方がいいかも。厄介すぎるなぁ。

 躊躇いがちに、()()()()()()()()()想いを言葉にする。

 

「……力があるなら、それは使われるべきだって思った」

 

「……」

 

「誰かを守るために。誰かを助けるために。誰かが涙を流さないように。戦えるのなら戦わないといけないって、そう思っていた。昔の話だよ」

 

 そう、昔の話だ。

 うんと昔、まだ俺が俺ではない時の話に過ぎない。

 それが、溢れそうになったのだろう。

 

「貴方は、後悔してるのですか」

 

「分からない。自分が何を考えてるかなんて、分かったこともないよ」

 

 ただ、何かしなくちゃ、なんて思って。

 同時にそれは俺じゃない、と叫ぶ自分もいるだけで。

 

「それから、目を逸らすべきではない、私はそう思います」

 

「…………」

 

「貴方自身が一番、逃げたくないと思っているのなら、向き合うべきだ。それが逃げ出したいものだとしても。そうしなければ、貴方が一番後悔する」

 

「それは、君の経験か?」

 

「いえ、そんな大層なものではありません。私の友人ならこう言うと、そう思ったので」

 

 言葉が心に入り込んでくる。

 否定するでも肯定するでもなく、胸の中に納まった。

 なにか、自分でも分からないけど、口を開こうとして。

 

「アルバスさんー? リュー? どこいるんですかー?」

 

「あ」

 

「……あ」

 

 シルの声が聞こえてきて、ようやく俺は現状を思い出した。多分、リューも。

 今の俺たちは至近距離で互いの腕を抑え合っている密着状態。

 傍から見れば、その……抱き合ってると勘違いされかねない。二人同時に弾かれたように互いから離れた。

 その瞬間に、店の方からシルが顔を出してきた。あっぶね。

 

「あれ、二人してどうかしました?」

 

「ん、いや、特に何も。ただ軽く雑談っていうか……」

 

「え、ええ。深い意味はありません、シル。安心してください」

 

「なら、早く戻りましょう? ミア母さん、そろそろ怒っちゃうかもだから」

 

 俺たちがここで話す事暫く。

 明らかにごみ出しの時間にしては長すぎだ。

 さっと顔が青ざめたのが分かった。これ戻っても俺終わってないか?

 まずい、急がないと本当に命の危機だ。

 そうして速足で店に向かおうとすれば、耳元にシルが顔を寄せてきた。

 

「──あんまり『おいた』しちゃ駄目ですよ?」

 

「……はい」

 

 全部バレてない?

 その『私は見てますよ』アピール怖いからやめてほしい。

 いや、それよりシルにバレてるならミア母さんにもバレてるんじゃないか?

 同様に速足で歩くリューに顔を向ける。

 

「ちょっリュー、何とか口添えしてくれ。君なら何とかできるだろ」

 

「その信頼は何ですか……? 申し訳ありませんが、私はあまり口が回るわけではありません」

 

「いや嘘つけよ、君はもっとこう……胡散臭くてふらふらして煙に巻く言い回しが得意なタイプだろ?」

 

「誰の話をしているのですか……!?」

 

 くっそ、こいつ素でこういう性格かよ……!

 皆そうだけど、表面的な性格全然違うのなんでなんだよ。

 

「ていうか、全力で殴りかかってきたのはどういうこと? あれ普通に意味わからなくて怖いんだけど」

 

「貴方がどの程度の強さか図ろうとしたのですが、思っていたより強そうだったので全力を出してしまいました」

 

「もっと反省してる声色で話せないのか?」

 

「……私はいつもやり過ぎてしまう」

 

 ふざけてんのか?

 こいつ一回ぶっ飛ばしていいかな。

 

 

 △△△

 

「──というわけで、今日から君を鍛えることになった。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 闇の帳が落ち、街から活気が薄れつつある夜中。

 酒場での仕事を終え……殺されるかと思ったが何とかなった。猫コンビがにやにやしながらちょっかいかけてきたが、まぁ問題ない。

 

 そうして俺とベルはオラリオ北西の市壁の上にやってきた。

 リューから鍛錬におすすめの場所として此処を教えてもらった俺が、ベルを連れてきたのである。

 

「先に確認だけど、()()は一昨日と同じ感じでできるのか?」

 

 俺が何を指しているか、流石に分かったようだ。

 あの急激な技量の上達、いや違う。

 飛躍、進化、改造──そういう、普通とは限りなく異なる領域の()()()だった。

 

「実はスキルだったみたいで、今朝ヘスティア様から教えてもらったんです……!」

 

 隠し切れない興奮が顔に浮かんでいた。

 よく分からないけど、スキルが発現したのが相当嬉しいみたいだ。

 いや新しい力を手に入れたらそりゃ嬉しいか。

 

 さて、彼女に芽生えた可能性(スキル)だが

 

 

静穏血統(トランキラ・シーク)

 才覚継承(ギフ・インヘル)

 継承対象は同血統限定

 意思の丈により効果変動

 

 

 これがその詳細だそうだ。なんかよくわからん単語があった。ベルも首を傾げてたし、なに才覚継承(ギフ・インヘル)って?

 気を取り直して考えるに、ようは血を媒介にした憑依みたいなものだろう。例えば先祖に剣の天才がいたのなら自分も天才になれる、みたいな。

 となるとベルの親族に()()()()()()()がいたってことか。

 思い出せる限りの前世の記憶を参照しても、あの芸当ができるレベルはいなかったぞ。

 

 当たり前だ。

 あれは違う。()()()()()()

 世界の異常(バグ)に近しい異端存在(イレギュラー)だ。

 

 この人が何者なのか気になるが……今大事なのは一片とはいえ、それをベルが引き出したということ。

 

「どんな感じなんだ? 説明できそう?」

 

「えっと……言葉にできるか分からないんですが、感覚っていうか、集中すると今まで分からなかったことが何となく分かるようになるんです」

 

 継承内容は元の感覚──才覚に限定されているのか。

 うん、そのぐらいで良かった。

 これでそれ以上、それこそ技量やら技能まで継承される場合、最悪ベルの人格まで引っ張られ、或いは()()()()()()()可能性がある。俺自身がそうであるのと、同じように。

 

「今日一日、迷宮で戦ってみてどうだった?」

 

「正直、まだ慣れてません。ナイフの振り方も、体の動かし方も、ずっと上手くなったんですけど……自分じゃなくて別人が体を動かしてるみたいで」

 

「あー……なるほど」

 

 それはまずいな。

 命を懸けるような戦闘の際、そのズレは致命傷になり得る。

 

 うん、今の話を聞いてやっと何をするかが決まった。

 正直、俺がベルにできることって少ない。

 戦い方はある程度は教えるつもりだけど、教えるまでもなく学んでいきそうだし。迷宮での色々とか、むしろ俺が学ぶ側だしな。

 だから、やることは単純だ。

 

「よし、戦おうか」

 

「え? 戦う、ですか……?」

 

「そういう感覚の慣らしは実際に体を動かすのが一番だと、俺は思う。だからまあ、いわゆる模擬戦だな」

 

 俺は持ってきた木の棒を構える。豊穣の女主人で貰った、つっかえ棒として使ってたらしいやつ。

 長さとか太さとかがちょうどよかった。

 視線の先、立ち尽くすベルに剣気をぶつける。こう、『お前を斬る』って感じで。

 瞬時の反応でベルが腰から短刀を抜き去った。

 

「そうだ、それでいい。その武器が刃を潰していないとか、気にしなくていい。君はただ感覚を研ぎ澄まして、スキルを自分のものにすることだけ考えるんだ」

 

 借り物の力は、不安定だ。

 この数日で俺が常々感じている、ベルにも言える問題。

 だから必要なのは身体の芯まで掌握できるほどの自身への理解。そのために、

 

「俺は今から君を追い詰める。その中で学んでほしい。戦術も戦力も、君自身の糧にして」

 

 加護を起動。

 出力は抑える。

 先日のベルの動きから推測した、彼女が反応可能な上限すれすれに合わせたもの。

 

 さあ、こい!

 

 

 ……あれ、ベルが動かない。

 戦い方的に守りより攻めの方が合ってると思ってたんだけどな。

 

「ああ、そうか。大丈夫だ、安心してくれ。俺の力で怪我や消耗は治せる。それに人体の限界は把握してるから、明日に支障は出させないよ。だから思う存分、戦ろう」

 

 安心させようと、にこり、と笑みを浮かべた。

 ベルの頬が引きつった。なんで?

 

 △△△

 

 訓練が始まってから暫く。

 市壁の上、本来静寂に包まれる筈のそこで戦闘音が響き渡る。

 間違いなく、疑いようなく、此処は戦場であった。

 

 最初は、浮足立っていた。

 憧れの人から教えを受けられることが、嬉しくて、恥ずかしくて、心臓が高鳴った。

 どんなことをするんだろう、なんて。楽しみですらあった。

 

 

 間違いだった。

 酷い思い違いだった。

 少し前の自分を殴りたくてたまらなかった。

 

 疲労から膝をつく。

 荒い息を吐きながら、なんとか落とさないよう震える指で《短刀》を握りしめる。

 

()()()()()()()()()()()()()()……!?)

 

 打ちのめされた。

 叩きのめされた。

 押し潰された。

 

 ただの木の棒で、ベルは地に伏せさせられた。

 速い、が反応できる。集中してさえいれば、ついていける。あの、自分に重なるようにして現れる感覚がそれを可能にしている。

 なのに。

 

(この人、判断と動きのキレがとんでもないんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! どうなってるの!?)

 

 アルバスが構え、待つ。

 ベルが突貫する。その、最初の踏み出しの時点で棒が既に迫っている。

 短刀を使って防ぐ。棒の軌道になんとか刃を合わせて、力を逃がすようにして逸らす。

 ナイフの利点、取り回しの自由さを活かし、防いだ体勢のまま反撃を繰り出す。

《短刀》を振る起点の部分、腕の動き出しにはもう棒が腕を叩いていた。

 痛みと動揺から硬直するベルを咎めるように胸を突かれる。

 

「がっ……!?」

 

 酸素が吐き出される。

 一瞬視界が真っ白に染まった。

 力が抜け、無様に尻もちをついた。

 地面に片手をつき、もう片方の手で胸を抑える。喘ぐようにして必死に息を吸おうとした。

 

「どうした、そこが限界か? これで終わりか? 実戦でそうしてへたり込んだままいるのか?」

 

 告げられた言葉には凍えるほどの冷たさがあった。

 冷気に晒された心がカッと熱くなった。それが羞恥だと、心のどこかが冷静に分析していた。

 無理矢理に立ち上がる。もう無理だ、と情けなく訴える自分を黙らせて、ベルは《短刀》を構えた。

 それは、『憧れの人に情けない姿を見せたくない』という感情がなした意地。

 

 月光が二人を照らす。

 冷たい光だ、とベルは思った。温かい光だ、とも思った。

 

 光は何も言わず、ただ道を照らすのみ。

 照らされたその道を、ベルは走り出した。

 




アルバスがもし暗黒期にいたら即自認ケイオスの完全英雄ムーブをかましてた。
本編では原作開始時期の平和なオラリオなのでこうなっています。

ベル、憧憬対象+格上というアルバスが修行相手なので【憧憬一途】と【静穏血統】がフル稼働しています。こ、このままでは『怪物祭』でシルバーバックくんが可哀そうなことになりそう……

次回
7.祭りが始まる
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