「それで最近自炊にハマってるんだよ」
「へぇ、いいじゃん。なんか意識してることあんの?」
「リュウジを信じることかな」
「誰?」
『神の宴』というものがある。
娯楽を求め、全能に飽いた神々が下界に降り立ち数千年。
このオラリオには既に多くの神が滞在し、未知を盛大に楽しんでいる。
その神々の間で不定期に開催される会合、それが『神の宴』である。
「だからな、そのガキが何者なのか調べてるんやけど、全っっく痕跡がないねん! マジでなんなんやあいつ!」
「へえ、私たちの
「へ、へ~~それはすごいネ……」
目の前で繰り広げられる会話を聞き、ヘスティアは大量の汗を流した。確実にアルバスのことだった。
ヘファイストスに用があって『神の宴』に訪れたヘスティアであったが、既に来たことを後悔していた。
気を紛らわせようと他の神の話に耳を澄ませば、胡乱な会話しかしていない。
誰だ、リュウジ。
それはそれとしてまずい。バレる訳にはいかない。
眷属ではないとはいえ、数日一緒に居ただけでヘスティアもアルバスに情が湧いていた。
だから、彼を神の、しかもこんな性格の悪い
「なんやドチビ、そんなけったいな反応して。まあ、零細ファミリアにはそんな事考えてる余裕もないわな」
「んなっ、なんだとぉ?」
幸いロキは気づかず、いつものようにヘスティアをおちょくる。
天界の頃とは違う、ファミリアの規模という絶対的な指標。そこで圧倒しているロキは口角を吊り上げマウントを取る気でいた。
「ん~~? どした、何も言い返せんか? そりゃそうか、言い返せることがないもんなぁ!」
「ぐ、ぬぬ……!」
ヘスティアは激怒した。
この邪智暴虐な神を許してはいけない、とヘスティアは固く決意する。
自分が持つ唯一といっていいロキへと特攻。もはや絶望的なその胸囲格差を知らしめようとして──声が耳を打った。
「その子、面白いわね」
「へ?」
「おーおー、うちの玩具に手出そうとしとんのかい、この色ボケ女神が」
「あら、別に貴女のものではないでしょう? なら、私が貰ってもいいんじゃないかしら」
全人類が『美しい』と感じる声色。
耳どころか全身が思わず震えてしまいそうになる、ぞっとするほどの『美』を込め、フレイヤは目を細めた。
ヘスティアの心臓が早鐘を打つ。ロキだけではない、
(ごめん、アルバス君、君はもう終わりかもしれない)
理解しているから、ヘスティアにできることは心の中で祈るぐらいであった。来世では良いことがあるといいね、なんて考えている。
その来世が今のアルバスであるというか、変な複雑さがあるのだが。
そんなこと誰も知らないので、二大最大派閥がにらみ合い、それを零細ファミリアが見て合掌する珍光景だけができあがった。
ヘファイストスはそれを見て、力なく溜息をついた。関わったら負けだな、と思った。
正解である。
△△△
そうして、とある平行世界──正史と呼ばれる世界と同じくヘスティアとロキの不毛な争いを経て、ヘスティアは【ヘファイストス・ファミリア】の執務室にて
「それ、何? 虫みたいに丸まって、なんて恰好しているのよ」
「……土下座」
「ドゲザ?」
「タケに教えてもらったんだ。何か頼むときの最終奥義だって。今うちにいる居候の子が効果を実証してる」
「それはそれで気になるけど聞きたくはない話ね……」
ヘファイストスは頬をひきつらせた。
これを下界の子供までやっているのか、という引きであった。タケミカヅチに何やってんだと悪態をついてやりたくなった。
『神の宴』から、二日。ヘスティアがヘファイストスに『【ファミリア】の子に武器を作って欲しい』とふざけた頼みをしてから、ともいえる。
彼女は丸二日間、頭を地につけ嘆願し続けていた。食事も睡眠もなしに、ただひたすら。
「どうしてそこまでするの、ヘスティア」
純粋な疑問だった。
これまでのヘスティアをヘファイストスは良く知っている。飽き性で、自制心が弱く、何かをするよりも何もしないことを好む、そんな女神。
だから、あのヘスティアがここまですることが不思議だった。
「あの娘は、ベル君が歩き始めたんだ。苦しい道だ、血に塗れる道だ! それでも頑張って前に進んでいる……! 目指す先がどれだけ遠くても、少しでも近づこうと走ってるッ!」
ヘファイストスは目を見開く。
強い意志が込められた言葉だった。一切の迷いなく、いっそ凄絶な声色でヘスティアは言葉を振り絞っていた。
「僕はそれを見ている事しかできない! せいぜい頑張った後に頑張ったね、って言ってあげることぐらいだ!」
神とは、そういう存在だ。
下界において神に許された超常は恩恵を授け、それを更新することのみ。他はただの一般人でしかない。
もとより定められた傍観者。介入はできても、何時だって決定的な行為を成すのは子供達だ。
「だから、せめて! 力をあげたい! あの娘のこれからを切り開くための
無力感があった。
何もできない自分への自責もあった。
そして、それら全てを超える愛が、そこにはあった。
ヘスティアは竈の神。
寒さ、苦しさを払い寄り添う、優しき聖火の女神だ。
だから、彼女の愛情には、心を動かさせる真摯さと力があった。
そう、ヘスティアは、とても愛が深い神であるから。
その愛情が、切なる願いとして、ヘファイストスに届く。
「……はぁ」
一つ、溜息をついた。
しょうがない、とでも言うような諦めのものだった。
僅かに口元に笑みを浮かべながら、ヘファイストスは槌を手に取った。
「その子、何を使うの?」
「え、ああ……ナイフだけど」
「手の大きさは? 持ち方の癖とかは分かる?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 作ってくれるのかい!?」
神友の顔を見て、ヘファイストスは堪えきれないように吹き出した。
△△△
「……ねぇ、ヘスティア」
「な、なんだい。僕なにかしちゃった?」
「
「アルバス君がくれたんだ。なにか役に立つかもって。……いったいどうしたんだい?」
「これ、
「え?」
「下界で見ると思わなかったわ。神器……或いはそれこそ上位の精霊とかでしか見ないやつよこれ」
「え?」
「その子、何者なの……?」
「僕が一番知りたいよそんなのぉぉぉ!!!」
△△△
「ぶえっくしょん」
「大丈夫ですか、ソルヴァルクスさん」
「ん、いや……なんか誰かに噂されたか見られたような気がして」
「なーに言ってるニャ賠償野郎、自意識過剰ニャ?」
ちげーし。本当だから。絶対誰か俺の事考えてたから。それはそれでちょっと怖いな……
今日も今日とて雑な扱いを受けながら、俺は酒場で業務に勤しんでいた。
どうにも外が騒がしい。名前は忘れたが、なにか祭りをしてるらしい。
「シルが羨ましいニャー。ミャーも行きたかったニャ!」
「休めないのか?」
「私たち住み込み組は、そこまで融通が利く立場ではないので」
へー、まぁ確かに居候に立場なんかないな。あれ、てことは俺って職場でも家でも……
首を振って雑念を振り払う。世の中気づかない方がいいこともある。
今日はシルがいないので、昼は適当に賄いでも作ろうかな。
あの夜以降、彼女は俺とベルに昼飯を作ってくれる。お詫びとかなんとか言って作ってくれるのだが、作る度に変わっていく味が最近の楽しみだ。
どういう訳か日が経つにつれ苦みやらエグ味やらが増していく。本当に不思議だが面白いので俺は結構好きだったりする。
「んニャ、大変ニャ! これ、シルの財布じゃニャいか?」
リューやアーニャと駄弁りながら作業をしていると、クロエが手に何かを持って走り寄ってきた。
走っているのに足音がしない。それ怖いからやめてくれないかな。癖だと思うから無理だろうけど。
目を向ければ、紫色のがま口財布があった。確かにシルが持ってた気がする。
「ん? ならまずくないか? シルって祭りに行ってるんだろう?」
「そうニャ。このままだとシルがお土産を買えないニャ!」
クロエは真剣そうに言う。お土産の前に心配するとこあるだろ。
後ろでアーニャの雰囲気が一気に緊迫感を帯びた。
「それはまずいニャ! 早くシルに財布を届けないとニャ!」
「え、気づいて取りに来るだろ。待ってればいいんじゃないか?」
呆れたように肩をすくめられた。やれやれ、とため息までついている。
なんだこいつ。
「全く、呆れて言葉もでないニャ。そんな悠長なことしてたらミャーが前からシルにお願いしてたお土産が売り切れちゃうかもしれないのニャよ?」
私利私欲すぎる。
言葉もめっちゃ出てるし。目を細める俺に気づいたのか、アーニャは咳払いをして強引に話を変えようとした。
「アーニャのことは気にしないとしても、シルはこの祭りを楽しみにしてました。できることなら、彼女が気落ちするようなことは避けたいのですが……」
まぁ、それはそうだ。
だが、俺たちは手を離せないし、どうすればいいのか。
ちら、と全員でミア母さんを見る。
「……はぁ、さっさと渡してきな。ちょうどいい、馬鹿坊主! あんたが届けてきな!」
「え、俺ですか」
思わず自分を指さす。
なんで俺?
「つべこべ言ってないで、早く行きな! 寄り道するんじゃないよ!」
「はい!」
怒鳴られ、俺は条件反射で首を縦に振っていた。
この数日で体の芯まで叩き込まれた習慣だった。
クロエから財布を受け取り、一応護身用に剣を携え、シルが向かったという東メインストリートを目指す。
少し歩けば、徐々に人数が増えてきた。
辺りは人が溢れかえるほどで、熱気と呼んだ方が相応しい活気に満ちている。
露店の呼び込みも盛んで、ここが勝負所と商売魂を燃やす姿がある。
お、この店武器置いてる。結構品質いいな……
「すみません、このナイフ……四本ください」
「あいよ! 兄ちゃん、良い目してるね! 冒険者かい?」
「はは、似たようなもんです」
上機嫌な店主に礼を言いながら懐にナイフをしまう。
つい衝動的に買ってしまったが使う予定ないな……ベルに渡すか。
「あ、この肉串一本ください」
「まいど!」
まずい、寄り道するなと言われてたのに楽しくなっちゃってるぞ。
いや、ちょっとぐらいは寄り道にはならないよな。ならないならない。
祭りとか、久しぶりだ。昔は村でやったりしたが、それも俺がまだ小さかった頃。
それにオラリオは規模からして違いすぎる。少しぐらい楽しまねば、逆に失礼だろ。
肉串を食いながらシルを探す。
薄鈍色の髪を探しながら歩くこと少し。
歩いているだけでも楽しい。笑顔で駆ける子供が、何故か眩しく感じて目を細めた。
そんな時だった。
──感じる。
視線。
情念。
寒気。
突然だった。身体が危険信号を全力で発していた。
心の臓を直接掴まれたような、そんな錯覚を覚える。
感覚が鋭敏になる。人々の動き、その細部まで感じ取れる。
だから、背後から伸ばされた腕に振り向くまでもなく気づいた。
「──ッ」
「きゃっ」
「……シル?」
振りむいて、そのまま腕を掴む。
聞き覚えのある声に、その顔を見る。
シルだ。苦悶するように顔を歪めている。ハッとして腕を離した。
くそ、まただ。この娘に迷惑かけるのは。罪悪感が込み上がってくる。
「だ、大丈夫か? 悪い、強く掴んじゃったよな」
「大丈夫……いえ、すぅ~っごく痛いです。大丈夫じゃないかも」
シルはさっきから一転、からかうような表情で笑みを浮かべた。
気を遣われてるとすぐに分かった。
シルが作ってくれた流れに従うべく、口を開く。
「あー、そうだな。お詫びに、俺にできる事なら何でもするよ。店の仕事代わりにやるとかさ」
笑顔を作ったつもりだが、果たして彼女にもそう見えているだろうか。
危険信号は今も変わらず発せられている。
頭の中には警鐘が止まることなく鳴り響いている。
今日は、なにかおかしい。
「んー、なら、ちょっと付き合ってくれますか?」
「付き合う? ああ、祭りにってことか」
警戒は緩めない、がそれを態度には出さない。
アーニャが言っていたお土産しかり、荷物持ちがいた方がいいんだろう。
俺から提案しようとしてたし、願ったり叶ったりだな。
「別に、違う意味でもいいんですよ?」
「? 違う意味……?」
上目遣いで囁くような言葉。
え、なんだ。そういう意味で捉えちゃうぞ、いいの?
心臓に悪いからやめてほしい。
「わかったわかった。で、どこに行くんだ? それと、これ財布」
「あれ……あ、本当だ。ありがとうございます。ふふっ、観てるだけで楽しくて、財布を忘れてるのに気づいていませんでした。そうそう、あっちの出店で綺麗な装飾品があったんです」
つい忘れかけていた当初の目的を思い出し、シルに財布を渡す。よし、これで目標の一つは完了。
シルは今回の祭りの目玉らしい闘技場の方に顔を向ける。あっちか。
「じゃあ、行くか」
「はい、けど大丈夫なんですか? お仕事、本当はまだ残ってるんじゃ……」
「いや、今は君の傍から離れないことだけが大事だから、気にしないでくれ」
「えっ」
ぐい、と腕を掴む。痛くないように、けれどしっかりと。
そのまま体を引き寄せる。
シルの、想定外なことが起きたような、どこか慌てた声が漏れて、
───
現れる怪物。悍ましさを孕んだ、黄緑色の体。蛇に酷似した長い体には、顔に当たる部分がない。
お前か。ずっと鳴っていた警鐘。当然だ、
石畳が砕け、飛び散る。
シルに当たらないようかばいながら抜刀。
当たれば怪我をするような破片を剣から光を放出してまとめて消し飛ばした。
「アルバス、さん」
「大丈夫だ。ちょっと我慢してくれ」
さっき定めた、もう一つの目標。
即ち、シルの守護。
相手はこいつと、さらにもう
メインストリートの奥から、一体の怪物が現れた。
鹿の怪物──『ソードスタッグ』。
人を大きく超えた体格。筋肉が隆起した四肢。刃のように鋭く砥がれた巨大な角──
記憶との相違。その剣角は、本来の鋭利な形状に比べて歪だった。肥大化し、捻じれ、まるでのこぎりの刃のようになっている。
こいつ、強化種か?
目を血走らせ、此方を見据えている。蛇もまた顔のない頭部を向けている。
目的は……シルか? 分からない。
いや、余計な思考だ。
ふう、と息を吐く。
カチ、と。
頭の中で思考回路が切り替わる音がした。
シルを、人を守る。
いつもと同じだ。
守って、救けて、殺す。
「折角の祭りなんだ。邪魔者はさっさと消えてくれ」
シルを抱えたまま、俺は剣を構え怪物と対峙した。
漸くちゃんとした戦闘回になるんですが、ストックがもうなくなってしまうという……
次回
8.頁は捲られ、地の底で誰かが笑った