この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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第18話 種は飛ぶ

 突如膨張するガーネットの肉体。

 間に割り込むキョウの「境界」という声。

 間もなくして響くのは、炸裂した破裂音と交錯するリリーの悲鳴だった。

 

「ハ、ハハ……」

 

 乾いた笑いがリンの口から吐き出される。

 許される行為はこれだけな気がして。残された感情は残り僅か。

 キョウの界法のおかげで飛び散った骨なども含めて、ソレらは静寂と共に床に広がっている。

 

 だが、まだ音がする。色がする。血の匂いが、鼻の奥で脳に直接語りかけてくる。

 破裂の空白から一拍、ボトッ。ベチャ。敵の笑い声。お前のせいだ。お前のせいだ。お前が外の世界を望んだから。外で幸せを求めたらか。この場所がそうだと定住したから。お前の居場所は、どこにもない。自らあの日、出て行ったのだから。

 

「ハハッ。ハハハハッ!」

 

 それはきっと、海岸に上がった鯨の死体などに見られる現象と同じなのだろう。

 虚無と絶望。忘我の怒り。リンの意識に生まれた空白に『セカイ』か理性は涼し気に、それでいて勝手に回答を始める。

 

 自分の意志とは無関係に、それこそ無意識による逃避だ。

 

(死体内部で増えたバクテリアによるガス爆発。彼女の身体情報を丸ごと創れる界法。そこに条件起動式の界法を付与する思考。相手は同じ生物関係。……命を創れる立場であれを……わざわざッ……)

 

 音が煩い。腰を抜かして地面に転ぶリリーの音。狼狽えるアルバの靴音。

 位置的にソレと近かったリンの靴に、人を構成していた液体が触れて汚れて。

 

 そして直後、ソレらは自身が本来現実に存在していないのを思い出したように、虚空に霧散し『セカイ』へ還っていく。見つめるリンの視界には、溜息交じりに近付くキョウの姿が映った。

 

「わーグロぉ。で、お姉さんどうする? 罠だろうけど探すか、後ろで驚いてる二人が回復してから作戦練るか。アタシとしては、マリアの指示が来るまで待ちたいんだけど」

「…………」

 

 憎たらしい。平然と話す彼女の言葉には、どこか複数の色を感じる。

 だが、どうでもいい。リンにとっては今、滅茶苦茶にしたい感情をどこへどうやってぶつけて滅ぼすかしかないのだ。

 

 結果、日頃の無詠唱での界法行使も相まって、既に強すぎる純粋な感情が『セカイ』に【身体強化】などを使わせている。

 

 そのせいかリンの綺麗な薔薇の瞳には力と血が集まり、赤黒く、より一層暗く沈んで澱む。もはや臨戦を超えて決死の覚悟だ。おかげで、見上げるキョウの黒い眼が誰と同じかを思い出せた。

 

「あぁ。あなたって母様と同じ『境界の代行者』だったんですね」

「お、せいかーい。さっすが、分かるんだ」

「ならなんでも出来るでしょう? 私の足止めより先に、自分で行動した方が早いですよ」

 

 苛立つリンに、飄々と返すキョウ。

 こちらからすれば境界に選ばれておきながら、理性を残しておきながら、それでいて自由の身であるのに何故と思ってしまう。

 

「ふーん。お姉さんってやっぱ、プニュが言ってた通りの可愛い人なんだね」

「は?」

 

 瞬間、暴風がリンの眼前に立つキョウを吹き飛ばさんと迫る。

 しかし彼女は一言【拒絶】と発し、詠唱通りリンの怒りを拒絶した。

 

「そうでしょ? だって根が自分勝手で我儘。それを自覚してるから過度に周囲へ気を遣う、零か百かの完璧主義。でもアタシは嫌いじゃないよ? この世界で力のある界法師なんてやってる連中は、思考力と想像力に優れた人か、思考力と想像力が異常に欠如してる人なんだし。お姉さんは両方できてサイキョーじゃん?」

「……それ、喧嘩売ってます?」

「まさか。いや、確かに警戒はしてたけど、想像よりいい人で良かったなって話。てかお兄さん早くなんとかしてよ~。取説でしょ~?」

 

 フラつく思考。緊迫した空気の中、自分を呼ぶ声にアルバはハッと我に返る。

 そうだ、恐怖と混乱に立ち止まっている場合ではない。見ればリリーは腰を抜かしてワナワナと動けずにいるし、リンは完全に激昂状態。

 

 その点キョウは冷静だ。

 護衛として、見えない敵に向かおうとするリンの憎しみや怒りを自身に向けさせた。まぁ、キョウの性格を知るアルバとしては、さっきの会話がそういう意図の下に行われたかは怪しいものだが。

 

「……キョウさんでしたっけ? いいから退いてください。アルバも、邪魔しないで」

「だからさぁ、勝算は? 作戦は? 単独で行動する意味あるって話。てか単純に、護衛対象が戦闘参加してどうすんのさ。でしょ、お兄さん?」

「……あぁ。そうだよな」

 

 一触即発な雰囲気だが、それでもアルバは一歩リンに向かって足を踏み出し――損ねた。

 

「リン……アレ? アハハ。やっばいな、これ。つっても大丈夫だ、ぜってぇお前一人に抱えさせないって、リンママとも約束したからな」

 

 踏み出そうとした脚が、膝だけ僅かに浮いて足は地に着いたまま。

 まるで段差に躓いた時のようにアルバは、その場で転ぶ。瞬間、彼は自身の手足が信じられないほど震えていると認識した。恐怖を、不安を、認識してしまった。

 

(何してんだ俺。これじゃあ進んだ意味がねぇ。立て……立て! また置いて行かれる。また俺は弱いまま、弱い奴だって見限られるぞ!)

 

 無様な姿だ。地面に四つん這いになりながら、それでもリンを見上げて言葉を紡ぐ。

 彼女の顔は帽子の陰りに、その薔薇の双眸をより苛烈に燃やし、怒りの輝きに満ちている。けれどアルバは知っているのだ。その瞳の奥。より純度の高い、青い炎。

 

 それは不安と持ち前の優しさに揺れる彼女の心だ。

 いつだってリンは独りだった。個人としてあまりに強く、万能にすら感じる界法師ではあるが、故に物事の大半は一人で行った方が早い。

 

 だが『出来る』のと『やりたい』は別物だ。

 目的の達成には必ずしも最短最速である必要はない。一人で勝手に抱え、誰にも頼れず、話せず。誰が悪いという話ではなく、そうして一人孤独に解決と達成を続けて得たトロフィーを、放って転がした荒野に佇むリンは、間違いなく苦痛なはず。

 

 そう感じ、想うからこそアルバは意地でも笑顔をリンに見せ、彼女の自暴自棄を必死に止める。ここで止めなくてはきっと、メリュラントの言葉通りになる。

 

「ッ、…………分かった。分かったからもう、無理しないで」

「おーデレた。流石だね、アル兄」

 

 あまりに必死なアルバの姿に、瞳に宿った赤黒さが霧散していく。おかげでリンの頭は少し冷え、余計な一言を放ったキョウを睨む余裕すら生まれた。

 

「わー。こわーい」

 

 すると彼女も彼女で即座に藪蛇と理解して、「退散退散」と軽口を叩きながら少しパニックが落ち着いてきたリリーの下へ逃げ出す。

 一応リンとしては彼女に止めてくれた礼を言おうかとも思ったが、太々しいキョウの態度に諦めることにした。

 

「はぁ。【咲き香れ、癒しの花】……どう? 少しは楽になった?」

「ああ、マジでバッチリ。ありがとなリン、色々と」

 

 震える足で立とうとするアルバにリンは「あっそう」と返しながら、彼の手を取り立ち上がらせる。周囲に放った界法の、数種類からなる花の香りは不安や恐怖を軽減し、アルバとリリーを正常な状態に戻した。

 

「それで? さっきの『アル兄』って何?」

「え? あ~ほら、前に言ったろ? 教会の人間に友達がいるって。それがあの二人。リリーは最近知り合ってさ、キョウとは五年くらい一緒に鍛錬したり、マリアの手伝いしたり……急にどうした?」

「別に。ただアンタにも異性の友達がいるのねって思っただけ」

 

 明らかにリンの言葉や態度には含みがあったが、すぐにリリーの下へ行く彼女にアルバは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ありがとうございますリン様。すみません、監督する立場なのに」

「その気持ちだけで十分ですよ」

「いえ。任された務めですから、まだ不十分です。絶対、店主さんを助けましょう」

 

 そう、目下一番の優先は連れ去られたガーネットの救出。

 故にアルバもリンの行動を追求せず、怒りが安定した彼女の後ろを追って議論に参加する。

 

「敵側の発言からして、店主さんは生きているはずです」

「でもさぁリリー、見つけても無理くない? ヒマワリに聞いてもそれらしい通報は無いらしいし」

「そこは多分大丈夫ですよ。最低限、私の【生命探知】で発見可能な言い方でしたし、キョウさんがいるなら地図を使って界法の効果範囲を境界で限定。それで一区画ずつ探していけば一瞬ですよ」

 

 しかし、早速話題はアルバの知識領域外に。

 大人しく三人を静観するが、直後リンの言葉にキョウが静かな苛立ちを見せた。

 

「ねぇ、それ本気で言ってる?」

「ええ。……あ、戦闘は私がやりますよ? 向こうも私との取引がメインでしょうし、その間にガーネットさんを見つけてキョウさんは救助と同時に境界の【転移】で離脱して下さい」

「……あのさぁ、敵に一人は『代行者』いるのにーなんて話じゃなくて。そもそもアタシとお姉さんで界法をって前提が無理」

 

 告げられた内容にリンは不思議そうに首を傾げ、それを見てキョウは深い溜息を吐く。

 こういう場合、大体リンの常識が偏っている。話の内容こそアルバには微塵も分からないが、今回もそんな気がした。

 

「ねぇ、もしかして同じ『セカイ』の『代行者』なら同じことが出来ると思ってる?」

「いいえ? 同じ『セカイ』でも本人の精神世界や認識が大きく関わりますから」

「ならアタシには――」

 

 だから、キョウの言葉を遮ったリンの言葉に、アルバは驚愕する。

 語る彼女の目には憧れと嫉妬のような、悲哀の輝きがあったからだ。

 

「出来ますよ。それが『境界の代行者』ですから」

「――は?」

「あなたはまだ『セカイ』にも狂気にも飲まれていない。理性を保っている。知ってます? この世界に存在する界法師達の中で、例外的に境界だけは『契約者』が極端に少ないんです」

「それで? それでどうしてアタシにも出来るわけ?」

「あなたが理性を残している『境界の代行者』だからですよ。というか、界法と界法師に関する例外事項の大半は境界のせいですから」

 

 リン曰く、境界は世界で最も多くの『代行者』を生んでいるが、選ばれた者は漏れなく精神的な病、もしくは脳に欠落を抱えており、彼らは長くても数年で『セカイ』に飲まれてしまう。

 

 実質的な死の宣告。しかし他の『セカイ』と比べて境界の暴走は安定しており、対処し易い。だが逆に、境界の界法師が理性を以って界法を行使できればどうなるかは、言うまでもないだろう。

 

「他の『セカイ』では界法師の好き嫌いや得意不得意がかなり影響しますけど、境界は規模の違い以外は基本的にやることも使うのも同じですからね。纏めるか、分けるか」

 

 その言葉にアルバとリリーは一つとして理解も共感できず、漠然と「そういうものか」と聞いていた。

 

 けれどキョウには思う所があったようで、話の途中から下を向いて顎に手をやり、何かをブツブツと呟きながら考え込む。

 

「……脳の処理は?」

「そんなの『代行者』なんですから、『セカイ』任せちゃえばいいんですよ。細かく確認したい部分だけこっちに回してもらえば問題ないはずです」

「詠唱?」

「いえ、予め『セカイ』と会話などで伝えれば。親和性も上がりますし、互いを知れば余計な詠唱を減らせますしね」

「へー初耳。やってみる」

 

 一問一答を終え、心なしかリンの表情が明るくなる。

 恐らく彼女にとって初めての経験だ。自分の知る知識と経験を、誰かに理解してもらえるだなんて。

 

 同時にリンは、やはりこの子も天才なのかとメリュラントを思い出す。

 言ってすぐに実行する行動力以上に、意図を理解する早さ。そして呟きながら組みあがっていく新たな界法の構築速度。そのセンス。

 

 境界とはすべての根底であり前提だ。

 普通も原則も一般も、例外という対極があって初めて存在する。死があるから命が尊いように、星や風化があって時間を認識できるように。

 

 境界があるから、世界には『セカイ』がある。

 自分がいるから、他人を知る。他人のおかげで、自分を知る。あらゆる外殻と淡いに存在するキョウとメリュラントには、この世界がどう見えているのだろうか。

 

「……あのリン様? 一つよろしいでしょうか?」

「なんですか?」

 

 なんてリンが妄想に耽っていると、横からおずおずとリリーが話しかけてきた。

 

「今回の作戦、本当にリン様が前に出なければいけませんか?」

「……そう、ですね。大勢で囲めば敵も気付くでしょう。生物創造の特権的な界法が使える以上、敵には『代行者』がいるわけで。私はガーネットさんを助けたいですし、自分に出来る範囲の事を他人に任せて失敗されたら許せないですから」

「で、でしたらもう一つ。その……リン様は、『契約者』は決して『代行者』に及ばないと思いますか?」

 

 瞬間、どういう意味だろうとリンは頭を捻る。

 最初の質問は理解できる。管理する側の人間として、当然の問いだ。だが、今の質問の意図は……。

 

「えぇっと……及ばないというのは、どの分野でですか?」

 

 見て取れる劣等感。

 間違いなく、リリー自身が『契約者』なのだろう。

 

「その、私もリン様と同じ『花の界法師』なのですが。何か、何か一つでも出来ることがあればと思いまして」

 

 だからこそリンは思う。

 その力を暴力として思ってほしくない。

 

「一応、『契約者』の方が『代行者』よりも出来ることが限られているので無詠唱の習得が簡単です。あとは極限まで『セカイ』との縛りや条件を設ければ、一芸特化の界法を人間性や人格へのリスク無しで得られますけど、力なんて使い方自由なんですから、あまり気にしないでください」

「そう……ですか」

「はい。包丁と一緒ですよ。特に今回は争ってでも成し遂げたい私に、偶然争える力が備わってるだけで。戦う力があるのと実際に戦うのは別問題ですから。……むしろ、そう言ってくれた勇気だけで、私は十分です」

 

 界法とは、『セカイ』の力に自らの意志と意思でもって世界に干渉するもの。

 故に人間の意志と意思でもって行われるすべての行動……すなわち全部が実質的な界法なのだ。

 

 世界は、一人の意志と意思で生み出す力・行動によって変えられる。

 限りなく自由で、どこまでも不自由な箱庭(せかい)の中で、私達は生きているのだ。

 

「そうそう。リリーがいなかったらマリアも今回の護衛は無かったろうし、そしたらアタシもいなくてお姉さんを止められなかった。……それにぃ」

 

 瞬間、キョウは無詠唱で界法【強制共有】を行使する。

 若干の痛みが他三人を同時に襲い、そしてそれぞれの意識がキョウと共有される。

 

「リリーがフラワの地図ぜぇーんぶ覚えてくれてるから、アタシも一人で解決できるって訳! お兄さんのリソースと、お姉さんの探知界法を使って……ははっ! 多分これでしょ。無駄にデカい生体反応!」

「ちょ、ちょっと! 二人で行使した方が消耗せずに――」

「え~? アタシ、疲れるの嫌だから。それに戦うのはお姉さんがメインでしょ? なら消耗はこっちの方がよくない? あと、お兄さんのおかげで大分楽に使えたし」

 

 そう言って今日は悪戯な笑みを浮かべ、リリーに向かって「いぇーい」とピースする。

 励まされた方も嬉しそうな笑みを見せ、それからそっとキョウの首元に触れると「管理者(ガーデナー)リリーの名の下、罪人キョウの戦闘行為を解放します」と呟いた。

 

 すると、キョウの隠れた首元がうっすらと光輝き、界法の条件起動式と思われる紋章が数秒浮かび上がった後、静かに輝きを失った。

 

「お気をつけて」

「はい。二人で行ってきます」

「うぇ~い。あ、ご褒美はプニュの好きな蜂蜜キャンディーでよろしく」

「え? 俺は? 俺も一緒に行くぞ」

「アンタは駄目。『代行者』相手は少数精鋭か、圧倒的な数って相場が決まってんの」

 

 さぁ、あとは殺してでも敵の手からガーネットを救うだけ。

 そう覚悟を決めたリンはナチュラルにアルバを省いたが、それでもと願う彼をバッサリと切り捨てる。

 

「お姉さん厳しー。別によくない? 危険は承知で、かつ人の命が懸かってる。それでも来たいって言うならさ、最低でもアタシ達の予備電池にはなるでしょ」

「頼むリン。なんでもするからさ、俺にもガーネットさんを助けさせてくれ」

「…………」

 

 正直、リンはアルバを行かせたくない。

 ここから先は命に関わる。気持ちは嬉しいが、実力不足だ。

 

 けれど、彼の目に宿る誠実さと覚悟がリンの心を揺らす。

 これは友人だからこそのフィルターか、それとも真なる覚悟の証なのか。

 

「あー面倒だから行くよー」

「ちょっと待ってくださいキョ――

「【転移】」

 

 だが時間は有限。善は急げ、だ。

 キョウは二人の判断を待つことなく詠唱し、そして三人の姿は花屋から忽然と消えた。

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