この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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第29話 種明かし

 時間は少し戻り、国境前。

 開催はもうすぐだと言うのに、高くそびえる防壁の門前には長蛇の列ができている。

 

 誰も彼もが『桜祭り』の為に来た。

 観光。商売。補給。視察。それぞれの思惑はあるだろう。だが、例外的に今年の入国検査は厳しく、それが例年以上に列を長引かせ、並ぶ人々に多少の苛立ちを募らせていた。

 

「チッ……おいまだかよ。いつまで経っても進まねぇなぁ!」

 

 列の中腹。商売人の男性。

 荷馬車に乗り、手綱を遊ばせること一時間。いっそ忍び込んでやろうかと思うほどには待ったが、それでも自分の番は遥か遠く。

 

 我慢の限界が近い。どうして今年に限ってこんなにもノロいのか。

 だが我慢しなくては。大人として、善良な一人の人間として。花と平和のフラワで苛立ちを隠せずに騎士団と揉めるなど、商売人としてあってはならない。思うところはあるが、愚痴をこぼすだけに留めよう。……そう思っていた矢先。

 

「ねぇ見て! チョウチョ捕まえた」

「かわいい~。お尻のところは幼虫と一緒でブニブニなんだね。気持ち悪―い」

 

 視界の端に、走り回る人影。子供のような会話。

 列を乱す、自分以外の視界を持ち合わせぬ世界。

 

「青虫ってさ。青いじゃん? でも緑じゃん? 見てて、切ったら黄色と赤も出てくるから」

「……そう? これが青なの? 俺は全部赤がいい。だって血の色は赤でしょ?」

「は!? じゃあ死んだら全部灰色! 黒!」

 

 誰か止める者はいないのか。親は何をしているんだ。

 そう感じた直後、商売人の男は怒鳴りつけようと列の周りでウロウロしている人間を見て……「あっ、」と思った。

 

「蚊って人から奪うでしょ? だから僕、教えてあげようと思って。風圧で落として、羽を掴んで教えてあげたの。人から勝手に奪っちゃだめだよって。そしたら逃げようとして話を聞かないから、羽を取ったの。そしたら分かるでしょ? 奪われる気持ち。でもバタバタしててね、多分痛いんだと思う。でも痛いからって話を聞かないのは駄目でしょ? だから手足を持って、もう一回教えてあげたの。人の嫌がることをしちゃ駄目だよって。でも返事もしないからもう少し奪ったの。へへっ、そしたらね、手足もないからな~んにも返事もジェスチャーもできなくて、どうせ死ぬんだから早く殺してあげたんだ~。偉いでしょ? ちゃんとプチって音と感触がしてね、あ~僕は今この子の命を奪ったんだなって。忘れないよ? ずっと背負って殺し続けるもん」

 

 子供と思った人達は、子供では無かった。

 いや、子供も多少……かといって十歳やそこらの年齢の人はいない。

 

 言うなれば、様々なことが明らかに出来ない人、困難な人達だった。

 同じ黒い装束を身にまとい、楽しそうに道と平原とを往復している。話す言葉や行動だけなら『子供達』と形容して差し障りない。だが一瞬でも、商売人の男は彼らを本能的に拒絶してしまった。

 

 心が、子供という要素・概念を行動や発言への事実・比喩ではなく、見下し侮蔑するためのものにしてしまったのだ。

 

(……よくねぇよな、俺。ちょっとイライラし過ぎたか。まぁ、こういう催しだし、色んな人が来るよな、うん)

 

 実年齢は関係ない。

 彼らは彼らだ。確かに多少列を乱してはいるが、別に暴力や割り込みをした訳じゃない。ある種、制御や抑制ができない子供の行いと一緒だ。地面に座って話してようが、枝に虫を突き刺して遊んでようが、空に向かって笑顔で話しかけていようが、自分達に被害はないし、なんら違法な行為でもないのだから。

 

 ただ、男は思った。

 管理者はどうした。

 

 見るからに同じ装束、つまりは同じ共同体のはずだ。それがこんなにも多く、そして統制のないまま自由に野放しにされている。流石にこのままでは誰かと問題になるか、それか純粋にどこかへ行って集団からはぐれてしまう。

 

 そう、自らの無意識の差別思考に気付かぬまま周囲を見回す男は、遂に彼らをまとめようと声を張る人を見つけた。

 

「はーい皆さん! 集まってくださーい!」

 

 医者か、教師か。

 手を挙げながら声を張り彼らを集めるのは白衣を着た青白い緑の、ミント色のクシャクシャな癖毛をした眼鏡の若い男性。

 

 その横にはいかにも位の高そうな、何かしらの宗教家と思われる少女の姿があった。ただ彼女の姿は少し不気味さも感じさせ、纏う衣が薄暗い肌色の布に金の刺繍が施されたものだからか。深い紫の瞳に、灰桜の髪。全体的にくすんだ淡く儚く汚い色合い。

 

 それでも男の目は彼女から目を離せずにいる。むしろ男の意識は完全に彼女だけに向けられていた。

 

 原始的なポンチョにも似た服装は少々横からの防御力が低く、元が肌色なのもあって隙間から見えている気がするソレが真に素肌なのかどうか。何より身長の低さに対してやけに大きくて豊満な胸は、男がついさっきまで感じていた様々なストレスを忘れさせた。

 

「はい、皆さん邪眼除けは持ちましたね。……っと、あれ? お嬢様、唯我(ゆいが)君は?」

「あれぇ~? 来る時は一緒だったよねぇ?」

 

 瞬間、男は気付く。

 見惚れている場合ではない。そもそも彼らは最初五人か十人程度だったはずだ。それが今はどうだ、百人近くもいる。いや、もっとだ。もっと増えている。いつの間にか、この見晴らしのいい平原で。

 

「――あ? 誰が遅れたって?」

 

 男の耳に聞こえた、乱暴な言葉。続く地響きと轟音。

 それは先程まで見ていた豊満な少女が、いかにも人生を怒りで生きてきたような面相の少年の飛来によって踏み潰された音だった。

 

 初めて見る人の死と、弾け舞う血飛沫。

 今、心臓が間違いなくドクンと音を立て、本能が「立て」「逃げろ」と警告音を鳴らす。だが脳は過度のストレスによって酸欠だ。男の視界は明滅し、なんでもいいから吐き出せと体が嗚咽を求める。

 

 苦しい。辛い。

 しかし感情整理の間にも、事態は、時間は進み続ける。

 

 誰かの悲鳴。列に並ぶ他の人々のざわめきが、より一層大きくなった。

 人々の認識が『許容しなくてはいけない例外』から『間違いなく危険な存在』へと移行したのを肌でも感じる。

 

「「「「「アハハハハハ」」」」」

 

 直後、おぞましい笑い声が正常な反応をかき消す。

 異端なる者達の数は千を超えたように思う。男の意識は既に彼らを可哀想だとか、運命に恵まれなかっただとかの、多くの人々が無意識に感じてしまう傲慢な感傷は無い。

 

 あるのはただ、敵がどう動くか。その警戒心。

 

(なっ、なんなんだアイツら……)

 

 だが、警戒心をもつには遅すぎた。

 見れば彼らが着ている黒の装束には分かりやすい識別の印があったのだ。

 

 区別ではなく、むしろ差別の対象になった紋章・象徴。

 正方形の内には正三角形と、更にその内に描かれた正円。

 

「あ、アイン教……」

 

 男が敵の正体を呟くと同時に、かつて少女の形をしていた血肉が蠢き元の姿を取り戻す。

 

「あっはは! また唯我君に殺されちゃった。もぉ~、ほ~んとに殺すのが好きなのね、唯我君は」

「あ? テメェの差し引きで語るな黙れ。殺すぞ」

「……そうですね。まぁ唯我君の尺度や物差しについて話すのは止めましょうお嬢様」

「そうね! 早くお姉様を愛しに行かなくちゃ。きっと寂しくてぇ、一人で致してたりするかも? キャハハッ」

 

 さぁ、始めよう。

 既に準備は終えている。

 

「そーれじゃタイム君? みんなに号令してあげて」

「では……皆さん、行きましょうか。【時間停止】」

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