この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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第30話 花言葉は『勇気』

 タイムの号令と詠唱が終わると同時に、周囲のアイン教徒たちは一斉に教典を通じて【身体強化】を発動し、音の無い世界を駆けていく。

 

 まるで飛び立つ鴉の群れ。

 それを遅れて追うのは、赤い目に赤い髪の少年『唯我(ゆいが)』。彼は力強く地面を蹴り、目的地に向け脚力のみで宙を駆ける。到底、人の動きではない。例えるなら、人間弾道ミサイルだ。

 

「ハハ……。ホント、皆さん運動が得意で羨ましいですね」

「大丈夫だよ。タイム君もぉ、怖がらずに走れば、みんなと一緒になれるよ?」

「いいんです僕は。克服する気はないですし、お嬢様に安全に運んでもらうのが一番ですから」

「んっふふ。素敵よライム君。ワタシタチには分からないけれど、命(コレ)を過度に大切に、過度に価値を感じているあなたは素敵だわ」

 

 命は尊べないが、他人は尊重できる。

 そんなアインソフ嬢の言葉にタイムは適当に相槌を打ち、けれでも絶対の信頼をもって自らの身体を彼女に預ける。

 

「では、お願いしますよ。お嬢様」

「むぅ~。お友達なんだから、いつもみたいに話して……な~んてね。さ、そろそろ行きましょっか」

 

 そして、小柄な少女はタイムを抱えて大地を蹴る。

 目指すは王都中心部。目的は混乱と、愛しのお姉様(リン)の発見だ。

 

「そろそろ到着ですかね?」

「うん! それじゃあ一緒に楽しもうねタイム君! 私達の楽園の為に!」

 

 瞬間、光すら束縛する界法が解除され、彼らの影が世界に映る。

 時間のズレ。認識のズレ。世界のズレ。同じ人間でありながら、自分と他人は違うと知っておきながら、なぜ人はこちらとあちらに分けて隔てて溝を生むのか。同じ時間、同じ世界に生きるのに。

 

 ――そして世界は一人の時間から放たれる。

 

 

***

 

 

 突如現れた敵にリンは必死に対処していた。

 周囲の敵を【竹槍】と結い合わせた蔓で以って薙ぎ払い、腰の抜けたガーネットを背負って紐で縛る。

 

(避難場所……誘導は!?)

 

 幸い、無秩序なアイン教徒などリンの敵ではない。

 己の命をなんとも思わず、施された【身体強化】と手にしたナイフで突っ込んでくるだけ。唯一火を放つ界法が少し厄介だが、威力も火力も火吹き芸程度。対処可能な範囲だ。

 

 だが、それはリンに限った話。

 そもそも混乱の渦中で出来ることは限られている。

 界法師。騎士団。一般人。全員が全員、現状を対処できる訳もなく、出来る力があっても発揮できるとは限らない。冷静に前提や状況だけを見聞きして判断する、安全圏の意見や理想の体現など、できる方が異常と言える。

 

「ガーネットさん! 避難場所は王城ですよね?!」

「……そぅ。そぉ、よ」

 

 喧騒に負けぬよう叫ぶ言葉に、返ってきたのは弱弱しい声と息遣い。

 この前の件も含め、精神的な負荷が身体へ影響しているのは明らかだ。もちろん出来るのなら、今すぐガーネットに界法での治療をしたい。しかしリンの脳は既にフルスロットルで現状の対処に追われている。

 

(冷静に。落ち着けー落ち着けー。大丈夫、思考を止めるな。どうする? どうやって向かう?)

 

 怒りと力に任せるのは止めだ。恐らくこのテロは、長時間の戦闘になる。なら界法使用の為にも脳のリソースは温存したい。そうリンは判断し、界法主体の戦闘からアイン教徒のナイフを奪っての近接戦に切り替える。

 

 切り殺し、刺し殺し。その度に敵は自爆の界法で周囲を巻き込もうとするが、それより先にリンが土を隆起させて壁を作る。なんてことない。敵は滅ぼす。排除する。それだけだ。淡々と……あとはガーネットや一般人を傷つけない事だけ意識すればいい。

 

(向こうの最優先は私か秘宝……なら混乱は前座?)

 

 脳の戦闘のスイッチが入る。意識が切り替わり、耳も喧騒に慣れてきた。

 聞こえてくる轟音。恐怖。悲しみ。怒り。その叫びに混じる黄ばんだ咆哮、笑い。戦況がどうなっているのか、まだ全貌は分からない。けれど敵を屠り続ければ、必ず終わりになるはずだ。

 

 この腐肉に群がる、蛆虫のように湧き続ける敵を。

 

 けれど、不快感に飲まれてはいけない。

 人としての冷静さを保つ。今必要なのは思考と安堵、呼吸をするための時間だ。

 

「あー! ピンクの人見つけた~!」

「違うよ! 三角帽子の人だよ!」

「え~? 強い女の人じゃなかったっけ~?」

「とにかくママに報告しよ。私やっておくね」

 

 瞬間、聞こえてきた言葉にリンの意識が持っていかれる。特に『ママ』という単語。それと『報告』。振り向くとこっちをニタニタと見るアイン教徒の一人が、教典を開こうとしていた。

 

 マズい。そう直感的に止めようと半歩……しかしリンの圧倒的な強さと活躍に助けを求める人々に行かないでと叫ばれて半秒、体が理性と本能に挟まれ動けなくなる。

 

 駄目だ。間に合わない。

 

「【マッスル~! パァーンチ!】」

 

 だが希望を感じさせる声と共に、突如現れた巨漢の拳が四人のアイン教徒を一撃で吹き飛ばす。援軍か。とにかく助かった。リンは間に合わなかったが、彼が間に合わせてくれたのだ。

 

「君がリン君だね? 手短に、僕はメロン。騎士団長だ」

 

 優しい口調。伸ばされた手。

 リンの灰色の視界に色が戻る。見れば彼は笑顔で、周囲には気付かぬうちに多くの生存者がいた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 やっと大きく息が吸える。

 助けてくれたメロンは上半身裸にスキンヘッドという風貌だったが、その発達した筋肉に気持ちばかりかけられた胸当てには薔薇十字騎士団の紋章が描かれていた。つまり、彼は間違いなく味方……のはずだ。

 

「皆さん! 出来るだけこちらに集まって下さい!」 

 

 メロンの声掛けに生き残った人々が必死に集まってくる。

 こうなった以上、もはや彼を疑う時間すら惜しい。騎士団はメロン含め数人。背後には大勢の傷ついた人々。まずやるべきは、安全を謳えるだけの拠点作りか。

 

「メロンさんでしたっけ? あの、今から結界で避難場所を創りますから、騎士団長として公認して下さい」

「分かった。【緊急時につき薔薇十字騎士団団長メロンの判断の下、あなたに結界の創造を許可しよう】」

 

 許可が下り、リンは背負っているガーネットを一度地面へ降ろすと、即座に意識を集中させながら詠唱を始める。陣形的に守りやすくなったとはいえ、嬉々として迫りくるアイン教とは戦える人数に差があり過ぎる。

 

 発動までの数秒間。統率が無く一斉に襲ってこない今だけが好機。

 

「【ここより先はフラワの聖園(みその)。守るべき桜と、守り手の薔薇。庭園に踏み入る悪しき者は茨の道で命を支払う】――」

 

 温存できる部分は温存する。転用でもリサイクルでも、なんでもいい。

 故にリンは以前プニュリアとアイン教徒に使った界法をベースに少しだけアレンジを加え、労力を最小限に抑えた。

 

 特に、今回は国側からの公認もある。

 そのため抵抗は少なく、リンの意志と意思は『セカイ』を通じてフラワの大地に広がり、界法によって円形に生まれ咲いた薔薇が結界の境界線となった。

 

「――【悔い改めよ!】」

 

 界法の発動。結界の完成。

 リンの宣言と同時に、その背後に優しい光で出来た黄金の桜が現れ、区切られた内側の世界は与えられた世界観に則り法を実行する。

 

 瞬間、結界内のアイン教徒達が次々と黄金の茨に拘束され、貫かれ、地に伏していく。もはや自爆の界法すら結界内の法則によって封じられ、その様子に人々は安堵と共に歓喜を叫ぶ。

 

「……マリアから聞いてはいたけれど、本当に凄い界法師なんだね。君は」

「それより王城は大丈夫なんですか?」

「問題ない……はずだ。すまない、情報が錯綜していてね。ただ安心してほしい。僕の任務はここの人達と、君を守ることだからね」

 

 感嘆から一転、リンの質問に悔しそうに答えるメロン。

 対してリンは次の自分の行動を考える。幸いここは結界により落ち着いた。なら次は近くにまだ多くいるだろう生存者を結界内に集めつつ、アイン教を潰していくか……。

 

「ねぇー! なんで酷いことするの!? 僕達悪いことしてないよ?!」

「なぁーかーに、入ーれーてー! ねぇー! 無視しないでよー!」

「ピカピカだぁ。あ、腕千切れちゃった。あはは、なんだか痛いね」

 

 結界の周囲には無数の黒装束が、どうにかしてこちらを害そうと画策している。

 結界はもちろん三次元的に展開されており、仮に敵が空を飛んで上から襲ってこようとも防御と迎撃が可能だ。だが、あくまでも結界の境界線は地面の紋章部分。目に見える壁は無く、目に見えない界法があるだけ。

 

「タイム様~。見つけましたけど、ここ入ると痛いですよ?」

「そうだね。……どうしようか」

「あいつ悪いわ。普通自分が事の発端だって知ってたら出てくるでしょ? 普通。なのに結界創って引き籠るとか普通にどんだけ自分可愛いんだよ。普通に考えてお前のせいで俺達がフラワの人、殺さないといけないって言うのにさッ!」

 

 見えない隔たり。空気の壁。明らかな差異。確かな境界。

 己の身を顧みないように思えたアイン教徒達も、流石に結界に踏み入り屍となった仲間たちを見て立ち止まる。リンからすれば誘虫灯のようにバッタバッタと一網打尽に出来るかもと期待していたが、どうやら彼らも一応は同じ人間のようだ。

 

 入れられません。致しかねます。そう結界で区別と差別が分かりやすく命に関わるという結果が出た今。人間の――本人達は悪意とも思っていない当然の言い分――権利を主張し、実行する。

 

 明らかな精神攻撃。騒ぎ、怒り、抗議する醜い言葉達。

 見えるだろ、聞こえるだろと、アイン教徒達は望む結果が出るまで続けるだろう。それで十分、リンを動かせる。なぜなら結界内は間違いなく安全圏だが、内にいる人々に安心は無いのだから。

 

「メロンさん……」

「あぁ、手伝わせて済まない」

 

 見えない壁の向こうの確かな悪意に対し、リンとメロンは全く同時に動き出す。

 

 理由は明確だ。善良な人々の平和と安心を取り戻す。

 法の執行。力の行使。秩序の為、平和を愛し法を守る人々の為、薔薇十字騎士団はある。同時に、そういった『正義』だとか『愛』だとかの大義名分があれば権力の無いリンでさえも、他者に永遠の不自由を与える側になり得てしまう。

 

 リン自身そこに葛藤は無く、言い訳もない。

 互いに傷つけず済むなら道は違ったはずだが、今更どちらが先かは言うまでもない。

 

「なるべく結界の内側から攻撃してください。逃げる敵は、私が殺します」

「聞いたね皆、彼女に従うように。……それと、外へは僕が行こう。こう見えても君と同じく『代行者』なんだ」

「筋肉のですか?」

「鋭いね。そうだよ」

「…………」

 

 リンとメロンを先頭に、騎士団数名は結界の境界線へと向かう。しかし直後、集団は動きを止めた。

 

「――話をしよう、無限なる光の君?」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 全員の驚愕。敵の瞬間移動。

 突如として現れた青白い緑色の髪の青年に、思わずリンは反射で拳を振るう。

 

「やだなー! 話し合おうよ!」

 

 が、振るった拳は空を切り、青年はいつの間にか境界線の外側から大声で叫んでいる。

 

(何……今の。母様やキョウちゃんの境界とも違う。空間干渉? 結界が反応するより早く……そんなのあり得る?)

 

 違和感。得体の知れない不気味さ。

 優しそうな表情や言葉遣いの割に、眼鏡の奥にあるミント色の瞳は真っ黒に濁っている。間違いなくアイン教。服装の違いからして幹部クラス。そう解釈したリンは冷静に前を見て、敵の言葉に応じた。

 

「これだけやって! 話し合えると思うな! アイン教!」

「ふっ。なんだよ、お嬢様が言うほど優しくないじゃん。……なら! 悪いけど卓に着かせるよ!」

 

 距離のせいで敵の言葉の前半は聞こえなかったが、後半の明らかな脅し文句にリンは身構える。次はどう来るのか。また先程のように瞬間移動してくるのか。

 

 そう考えていた最中、テロの喧騒が止む。

 

「【範囲限定――二人の時間】」

「えっ?」

 

 直後に聞こえた敵の言葉。そこまで大きな声ではなかったにも関わらず、あまりにも鮮明に聞こえて思わずリンは驚く。

 

 いや、それ以上に周囲の状況に驚いていた。

 誰も彼もが動きを止め、震える程の恐ろしい無音が耳にピタリと張り付いた。何をされたのか、何が起きたのか、全く分からない。と、そんなリンの思考を落ち着かせるように、敵はゆっくりとこちらに近付きながら語り出す。

 

「初めまして僕らの希望。僕はアイン教『第四司教ケセド』にして『時の代行者』のタイム。……さ、今度は君の番だ」

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