この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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第31話 一つ目の絶望

 淡々と自己紹介を終え、次は君だと言うタイムに対しリンは沈黙する。

 敵に名乗る名前などない。なんて、そんな強気の選択であればどれだけいいか。

 

「…………」

 

 時間の、それも『代行者』。

 彼の言葉を信じたくはない。だが目の前の現実世界が真実だと告げている。

 

「だんまり? そういうの時間の無駄だからさ、頼むよ」

「……フッ。私を捕まえる為に色々と調べてたのに、何も知らないんですか?」

 

 もしかすると大司教のアインソフより危険な存在。

 むしろ彼ほどの界法師で司教なのかと驚かされるが、リンのやるべきことは変わらない。

 

 近付き、叩く。軽い挑発で油断してくれればなおのこと。

 大切なのは間合いだ。ほんの一瞬の差を、相手は永遠の断絶にできるのだから、最初の一撃で確実に【華凛(かりん)】を当てなくてはいけない。

 

「はぁ。互いが互いの世界をどれだけ知ってるかなんて、言葉を交わす以外に知る方法が他にあるかい? それと、僕に攻撃しようだなんて思わないでよ? それ以上近付けば君も止まるから」

「保険ですか?」

「違うよ、単に面倒を省きたいんだ。時間は有限。むしろ前提を整理せずに行動して、困るのは君の方だよ」

 

 眼鏡に軽く触れながら語るタイムだが、その目は決してリンの瞳から離れない。

 

 彼の視線。嫌な眼光だとリンは感じた。

 絶対的な自信の表れ。次の言葉でこちらを確実に交渉のテーブルに座らせる腹積もりなのだろう。けれどリンが従う道理はない。仮にタイムの言う通りこちらの攻撃が通らないとしても、だ。

 

 しかし実際のリンは、彼の二の句に攻撃の意思を放棄する。

 

「僕が時を止めれば血は流れない。それに僕は今回のテロの指揮権を実質的に握っている立場なんだ。分かる? 君が従わない先は血と暴力。僕含む司教二人と十万人のアインソフ大司教がなんの罪もないフラワ国民を殺し続けることになるけど……どうかな? 話す気にはなったかい?」

「……は? えっ?」

 

 時間の止まった世界で、思考まで一瞬止まる。

 前半部分はいい。交渉しようと言うのだから、リンだって自分の身柄と交換に停戦や休戦を持ち出されると思っていた。だが、十万人の……なんだって?

 

「十万人の……え?」

「アインソフ大司教。会ったでしょ? あ、もしかして彼女とも自己紹介してない?」

「…………」

 

 絶句を超えて、前提が崩れ、リンは何を言うべきか分からなくなる。

 

「フッ、その顔。じゃあ分かるよね? 世界の全部を敵に回しても根絶やしにできないアイン教の謎。人を創るのは人、それが『生命の代行者』なら訳ない。周りの教徒だってほとんどが彼女であり、その子供さ」

「そ……んな、こと……」

 

 あり得ない。殺したはずだ、この手で。

 何度も何度も貫き、叩き、潰し、打ち込んだ。そして最後は世界の暴走によって間違いなく消滅した。

 生き残る術はない。たとえメリュラントであっても、自身の『セカイ』が完全に暴走すれば最後、概念となって消えてしまう。

 

 いや、仮にあるとしてもだ。

 問題は同じ人物が複数人いて、かつ本体と同じ『代行者』としての力を振るえるという点。むしろそちらの方がリンには信じられない。

 

「何を……どうやって?」

「それは企業秘密。でも一つ言えるのは、ここにいる十万の彼女達の中に本体はいない。倒そうが殺そうが全部時間の無駄になるだけだよ」

 

 不敵な笑みで答えるタイムに、ただただリンは驚愕する。

 そもそも『代行者』に遺伝性はなく、まして複製によって『代行者』が増えるなど不可能なはず。界法によって人は創れても、界法師に宿った『セカイ』までは創れないからだ。

 

(子供や複製体を『契約者』にした? いや、創造は『代行者』の特権。私が殺したあの娘が本体じゃないなら、本当に複製する方法がある? それかアイン教の『代表者』の力で『セカイ』との契約内容を……いや、だとしても『代行者』にまでは無理がある)

 

 混乱。焦燥。不安。余計な感情が、思考中のリンにはノイズとなる。

 だが、幸いにも時間だけはある。冷静に、落ち着いて前提を確認しなくては。と、そこでリンは気付く。一番の問題は、このテロを解決するメリットが薄まった事だ。

 

 本来、リンは敵のあらゆる要求にノーを突き付けるつもりだった。

 犠牲を払ってでもここでアイン教を徹底的に潰す方が後の世界にとって有益で、後は戦力を大きく失ったアイン教の本拠地を見つけて完全に解体する。そういう筋書きだった。

 

 しかし、実際には敵の兵力は実質無限。

 加えて拠点を見つけて追い詰めるにしたって時間の壁が界法となって立ち塞がる。

 もちろんタイムが戦ってくれるのならリンにも勝ち目はあるが、逃げるだけなら彼にかなうはずもない。せめてまだ、フラワ王国の法が正常に機能していれば。そう思わざるを得ない。

 

「あ~っとさ、悩んでるところ申し訳ないけど、早く決めてくれる? 時間停止の範囲はこの公園内だけで外は別なんだ。だから早くしてくれないと今も君のせいで人は死にまくってるし、アインソフ大司教も君を探すために一般人を攫いまくってる」

「何を、どうしろと?」

「僕と来てよ。従ってくれるなら完全に世界の時間を止める。駄目ならまぁ、せいぜい僕以外の人達と殺し合えば?」

「…………分かりました」

 

 数秒の沈黙の後、リンは了承した。

 選択肢はない。戦う理由、その前提が崩れたのだ。敵に損失は無く、こちらはかけがえのない人々を失うばかり。もはやリンの戦意は完全に折られてしまった。

 

「それじゃぁ、行こっか」

 

 そして世界は再び完全に停止する。

 音の無い世界を、リンはタイムに連れられ歩く。道中彼はリンの最後の希望を潰すため、適当なアイン教徒数人の、その装束に隠れた素顔を覗かせた。確かに、そこには間違い用の無いほどに血縁を感じさせる、もしくはリンの知る彼女と同じ顔があった。

 

「――知ってると思うけど、アイン教はかつての楽園を取り戻す集団。僕らみたいな社会から弾かれ省かれ、最初から無かったみたいに……むしろ同じ世界に存在してても良いと言ってるんだから温情だと、そう扱われてきた人と、それに憤りを感じて世界を変えたいと思う人間の集まりだ」

「……はい」

「リンさんはどう感じる? 僕達と、僕達を生み出した世界について」

 

 静寂の中、二人の声だけが響く世界。

 従うと言った以上、リンはタイムの話や自己紹介に付き合いながらどこかへ向けて歩き続ける。行き先は分からない。だが明確に分かることがある。

 

「…………そう、ですね」

 

 言葉を濁しながら、リンは歴史の一ページを目に焼き付ける。

 

 本当に、教科書に載せられた写真のようだ。

 死体。死体。死体。それと、あと少しで死体になる人、させる人。

 壮絶な惨状の中を歩いているのに、時間の止まった世界では非現実的だ。いや、ただ現実に目を背けて彼の界法のせいにしているだけか。

 

 悲しみも怒りも、もはや自分が声高に叫んでいい代物とは思えなくなる。

 気付けばリンは俯きながら、聞こえてくるタイムの言葉を漠然と解釈して答えていた。

 

「立派なお題目だと思います。ただ別に、その怒りは間違ってないけれど、私にはあなた達の行動が正しいとも思えない」

「そう! そうなんだよ! ホント、一番の問題はそこなんだよね。結局さ、実際の被害者側が基本的に声をあげられないし、あげようとも思ってないのが問題なんだ。表立って頑張り続けるのは僕みたいな代弁者で、僕達を悪く言う連中は自分の悪事に気付いてないんだよ」

「私が何か、あなた達にしましたか?」

「したよ。いや、むしろしてないのが悪い。世界にまだ正すべき部分があり、論ずるべき議題があるのに、君達は話し合う気すらない」

「だから世界を滅ぼすと?」

「違うよ。ただ元に戻すだけ。神の下の平等にね」

「それは……あなたの言う被害者達にも許可を得ての結論ですか?」

 

 質問に対し、タイムの足が一瞬止まる。

 

「中々痛いところをつくね。嬉しいよ、リンさんがそれだけ考えられる人でさ。……でも、これは世界の問題で、人類の問題なんだ。こう言うと概念が広くて自分事に思えないのが人間だけど、たとえ『個人の問題』と言ってもこの世に個人は約四十億人。結局、人類は他人事で済ませる。なら、創造主に文句を言うのが筋だろう? 神の意見なら、誰の文句も通らない。それにヴァニタスだって今の世界は失敗だと思ってるんだから、僕らを拒みはしないはずだよ」

 

 直後、リンは何か言葉にできない憤りを感じて立ち止まる。

 また歩き始めた彼に対し、その後ろで一人思案に耽る。正直、リン自身も不思議に思うほど、突然の怒りだった。

 

 何故だ。何故許せないと感じる。どこだ。どの部分だ。分からない。分からないけれど、リンは感情的になった自らの発言を聞いて、怒りの源を理解する。

 

「神が、そう言ったんですか?」

「そう教わった。まぁ疑うなら後で本人に聞けばいい。今回の『桜祭り』には、賓客として火の国から来ているからね」

 

 そうか、これが『絶対的な存在(ヴァニタス)』への期待か。

 もし本当に神ヴァニタスが今の世界を失敗だと思っているのなら、それは間違いなくメリュラントのせいだろう。神が自ら人類に与えた『セカイ』という力はメリュラントを増長させ、挙句神になり替わろうと『災厄の魔女』を生み出した。まして、その結果自分の作った世界を勝手に分け隔てられ、それが今もなお修復できずに残り続けているのだから。

 

 人類は……いや、この世界のすべては神の子だ。

 同時に、リンはメリュラントの子でもある。

 

 血縁の問題ではない。感情の問題だ。

 絶対的な指標であるはずの神に見捨てられ、対して絶対的な師であるメリュラントをリンは捨てた。まるで空を夢見る籠の鳥が、自然界の恐ろしさを知ってもなお外へ出たら、そこは絵空事の世界で、羽ばたくことすら無意味だと。そんな絶望だ。

 

「さ、お喋りもここまで。目的の場所だ」

「えっ……?」

 

 目的地の知らせに顔を上げると、そこは今朝式典用の花を届けた王立ローゼンクロイツ学園。大きく立派な校舎に相応しい、荘厳な門の前であった。

 

「中に入ろう。アインソフ大司教が待ってる」

 

 それはタイムにとって楽園へと至る門。

 リンにとっては……これから始まる地獄への入り口であった。

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