この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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第37話 世界の夜明けに現実と向き合う

「良かった。まだリンは大丈夫なんすね、リンママ」

『瀬戸際だ。少年、命に代えても約束を果たしてもらうぞ』

 

 良かったと、メリュラントの声を聞いた瞬間にアルバは笑った。

 

「もちろん。犠牲の上に立つ救済なんて、リンは絶対喜べないですからね」

 

 死の覚悟。蛮勇に近かったアルバの勇気が、言葉通りの勇気に変わっていく。

 事情や立場はどうであれ、リンを救うという目的の為に集まったのだ。今の感情は、嬉しい以上に頼もしい。

 

 言うまでもなく、自分達の協力者はあの『偉大なる母様』であり『災厄の魔女』本人なのだから。

 

『御託はいい。まずは私の同族を探せ。お前の記憶にあった、「キョウ」を呼んで来い』

「えっ? アタシ?」

『ん? 近くにいるのか?』

「まぁ、すぐ隣に……」

『代われ!』

 

 代われも何も、受話器を渡さずとも聞こえる距離だ。

 そう思いながらもアルバは一応、声の聞こえる方をキョウに向ける。

 

『聞こえるな? まずは周囲に残っているはずのマリアの痕跡を探せ。マリアとの繋がりを見つけたら終点までを境界の門で繋いで、目を覚まさせろ』

「は? えっ?」

『説明なら頭に突っ込んどいてやる。急げ、その男も連れて夢見る聖女を叩き起こせ』

「わ、分かりまし……た?」

 

 二人の会話を見守りながら、アルバは周囲を見回していた。

 あの恐るべき魔女にも似た存在に対し人々の反応は様々だ。恐れと混乱は言うまでもなく、それでも冷静に努めることで自分を保とうとする者や、情報量の多さに判断や決断を諦め周囲や神に祈り、代弁を求める者。

 

 それに比べて自分達は浮いている。と、アルバは観測者にも似た俯瞰の心で納得した。

 周囲の熱量に対し、自分達は冷めている。灰色に映る景色から響く音が僅かに遠い。共感できない。これはメリュラントか、それとも界物(かいぶつ)メリーの界法なのかは分からないが、情報の差が世界の差に思える。時々リンが言っていた『疎外感』というのはコレなのかと、アルバは自身の傷の痛みを逃避した。

 

『ではまた会おう、少年』

「……あぁ。よろしくな、リンママ」

 

 瞬間ガチャっという音が鳴り、遅れて見えていた世界が元の速度に戻ったような気がした。それでも周囲の誰もがメリーの存在を認識できず、人形の少女は受話器を元の場所に置く。

 

 そしてすべての決断に必要な情報が二人に流れる。

 多くの情報だ。それなのに、苦痛は微塵もない。行われているのは一方的に多くの事柄を説明、指示されているはずなのに、全部がスッと入ってくる。

 

 なるほど、これではリンが優柔不断になるのも納得だ。

 やはりメリュラントは師匠や教師という立場においては完璧すぎる。

 

「…………見つけた。アル兄、ちょっと壁から離れて」

 

 アルバが少しズレると、そこに『門』が現れる。

 かつては純白だったと思われる門。今は時と雨風によって薄く黒ずんだ門。これがマリアの精神世界への門なのかと、アルバは少し緊張した。

 

「あれ~? もしかして緊張してる?」

「ちょっとな」

「ヒヒッ。そういう正直なところ、アタシは嫌いじゃないよ」

 

 施錠は無い。二人が軽く押しただけで、門は簡単に開いた。

 先にあったのは、純白の霧に覆われた『セカイ』。ここから人を探すのは困難だろう。だがそう思っていたのはアルバだけで、既に境界で繋がりを認識しているキョウは純白の闇の中を迷うことなく進み始めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「ん~? 手でも繋ぐ?」

「肩でもいいか? 丁度いい高さだし……」

「はぁ……どーぞ」

 

 霧の中を淡々と進む。これも全部、マリアが迫る死を拒絶しようと現実から目を背けて逃避したからだそうだ。目を閉じ、不都合な現実を見ない。けれど盲目のマリアは夢から覚める方法も、まして目を開く方法も知らない。故に彼女は自主的に目覚められないのだそうだ。

 

 でも、リンを救うためにはマリアの『視界(セカイ)』が必要不可欠。

 世界を構築する『物質』『概念』『認識』の三世界において最も世界に影響を及ぼせるのが認識世界。メリュラントの作戦はこうだ。

 

 マリアを目覚めさせる間にメリュラントがメリーを通じて周囲の人間の意識を集める。そして目覚めたマリアには界法であの黒い人型をリンだと認識させ、そこにアルバのリンに対する認識や思い出を境界の界法で周囲に共有。

 

 あとはアルバがリンの意識を呼び起こす。

 

「見つけた」

 

 もちろん簡単な事ではない。

 だが諦める理由にはならない。

 

「マリア! 起きろマリア!」

 

 キョウの指差す先に見つけた、霧と同化したマリアの姿。

 アルバは即座に駆け寄り、彼女の肩を揺らして意識を呼び起こす。

 

 どれだけマリアには見えなくとも、アルバやキョウには見える。そういう世界もある。

 マリアの存在を知る二人にとって、普段以上に色素が薄く、肉体が半透明になっている彼女の姿は直前の戦闘の結果と、結果がもたらした責任の重さを感じさせた。

 

「マリア! まだ負けてない。まだ何も終わってないぞ! テロも! 希望も! まだ俺達の未来は続いてる! 最後まで見届けるんだろ! 起きろ!」

「ワタクシは……?」

「お、やっぱりお年寄りは目が覚めやすいんだね。【強制共有】」

 

 まだ意識がぼんやりとしているところに、境界による情報共有。

 メリュラントとは違い痛みを伴うキョウの界法だが、今のマリアにとってはむしろこっちの方が効果的だ。

 

「ッ! アルバ? キョウちゃん?! どうして……いえ、分かりました。急ぎましょう」

 

 困惑は一瞬。理解も一瞬だった。

 意識が覚醒したマリアは一言【目覚めよ】と詠唱し、三人はマリアが目を閉じた現実世界に戻る。どれだけの時間が経ったのか、王城前に戻った三人の前には迫る黒い影と戦うアイン教幹部達の姿があった。

 

「よし、待ってろよリン。お前一人に頑張らせるわけには……いかないからな」

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