この箱庭に生ける花々よ   作:プニぷに

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最終話 開放された命

 暗闇の中、光を見た。

 それは雲間に差す陽光のように真っ直ぐこちらに向かってくる。

 

 温かな光だ。眩く、とても目を開けてられない程に輝いている。

 おかげで瞼の裏にある平凡な日常の景色を思い出した。眼窩に溜まった深い絶望や悲しみも、思い出した。

 

 自分を呼ぶ声がする。

 光の先で、誰かが叫んでいる。

 

『――知りたい』

 

 伸ばそうとした手が、見つからない。

 意思と意志で以って動くはずの自分が、見つからない。

 

『教えて。あれは誰? 私は何?』

 

 その時、ようやく気付いたのだ。

 日々を生きる少女も、絶望に顔を歪ませた少女も、悲しみや不安に自分でいることを守れなかった少女も、全部が『自分』なのだと。

 

「リン、ごめん――」

 

 光の先で名を聞いた。

 きっとそれが自分の名だ。

 

「リンのパンツは紫のスケスケだああああああああ!!!!」

 

 意識が浮上する。自分はリンだと思い出した。

 同時に、彼との繋がりも。今まで何をどうして、なんて疑問も混乱も彼のうるさい声に一瞬で吹き飛ばされる。

 

 理屈は要らない。

 最も重要な乙女の機密が暴かれ、衆目に晒されている。

 その事実が肉体を忘れたリンの意識を超越させた。精神が肉体を置き去りにし、『止める』と思った時には既に拳が放たれていた。

 

「アルバ?」

「ん?」

「今度は、一緒に戦って」

「……任せろ」

 

 そして、リンは彼の手を取り、立ち上がらせる。

 残る不安と混乱。さっきまでの自分が何をしていたのか。今の戦況は、事態の深刻さは。疑問は恐らく、握ったままの手を通じてアルバに伝わっているだろう。

 

 だが見据えた先に、敵がいる。

 彼の言葉に目的が定まる。マリアがいて、キョウがいて、どこか懐かしい印象の少女人形がいて。視界の端に一瞬、忘れもしない窓の傍にあの人が見えた気がした。

 

(……【身体強化】)

 

 思わず、勇気が湧く。

 繋いだ手を通して二人を【身体強化】が包んだ。

 

 今度こそ二人で戦う。戦える。

 両者の想いは違えど、目的は同じ。

 

「お姉さーん! アタシら限界だから、魔女様と頑張ってー!」

「…………」

 

 声を残して、消えるキョウとマリア。頷くリンの集中がまた一段と深くなる。

 全体の戦況は分からないが、状況は単純だ。フラワ王城側にメリュラントの化身と思われる少女人形がいて、アイン教の幹部三人を挟んでいる形。

 

 人数は同数。手の内や能力差は未知数。

 だが冷静に考えれば考える程、今の状況で何も動こうとしない敵が不気味に思える。それこそ何か、仕掛けがあるのだろうか。

 

「アルバ、これ持って。あと、奥の人形は母様の化身?」

「多分そう。いや、むしろ本人?」

 

 いずれにせよ、まずは情報の共有だ。判然としない回答だが、それでも十分。

 リンは虚空から現れた盾をアルバに渡しつつ、次の一手を考える。対して渡された側のアルバは「あぁキョウが……」と思いつつ、国家の盾を握り、繋いだリンの手を離して前を向く。

 

「あーあ。お姉様ってば元に戻っちゃった」

「ま、秘宝が手に入っただけで良しとしましょう。経典にも、帰還命令が出てますし」

 

 敵が動き出した。メリュラントの界法が解除されたのだ。

 しかし、意外にも敵は平然としている。まるで自分以外の家族が育てていた花が枯れたなんて報告を聞いた時のような、損の無い失敗。興味が失われている。

 

「リン、どうする?」

「敵が逃げるなら追わない。残った奴だけ叩く」

 

 敵の声は丸聞こえだ。作戦もクソもない。正真正銘の感想。

 だがそれでも重要な情報には変わりない。アルバは小声でリンに聞き、リンもまた相手にバレないように作戦を伝える。じりじりと二人の警戒心が強まる中、敵の仲は分断されつつあった。

 

「納得いかねぇ……」

「あら? 唯我君は居残り?」

「あぁ? テメェ殺すぞ」

「やぁーん、素敵なお誘いね! でも経典は絶対よ? 帰りましょう?」

 

 瞬間、唯我が爆発する。

 物理的に、莫大な力で以ってアインソフ嬢に襲い掛かる。だが彼女とて『代行者』だ。それ以上に、アイン教における最高幹部の一人だ。

 

 ぐちゃぐちゃにされようとも、彼女は甦る。

 

「お姉様~! またいつか会いましょ~!」

 

 結局、唯我の犯行はどれだけの暴力を以てしても未遂にしかならず。

 向こうは何をしているのだと呆れて見ていたリンの視線に、脈絡もなくアインソフ嬢は微笑み合わせてきた。

 

 直後、アインソフ嬢とタイムの姿は消え、怒りの収まらぬ唯我だけが残される。

 

「あいつは?」

「確か自己だのエゴイストが~ってマリアが」

「分かった」

 

 もはや最後の束縛も消えた。今の唯我は完全なる個人だ。

 再点火。爆発が二人を襲う。

 

「…………あ?」

 

 考えのない突進。二人を一撃でと両手を広げ、掴もうとした。

 だが掴めたのは風くらいなもので、唯我は盛大な粉塵と共に先の道で訳が分からないと表情を歪める。

 

「アルバ! 私が隙を作ったら動きを止めて!」

「了解!」

 

 あのゴミクズは少し前にボコボコにしたはずだ。

 現れたあの女も、所詮は俺様以下の存在に過ぎないはずだ。

 

 その不快感を怒りに変え、力に変え、唯我は拳を固く握る。

 次は殺す。絶対に殺す。まずはあの生意気な女からだと、一直線に向かう。

 

「――【華凛】」

「がァッ!?」

 

 だが届かない。気付けば地面へ叩きつけられている。後頭部を殴られ、衝撃が全身に走る。ダメージは無い。そういうのが自分だ。けれど、何をされたのか分からない。

 

「チッ。アルバ! 特効を組むから代わって!」

「任せろ!」

 

 裏で、後ろで。自分の知らないところで、自分の知らない話をされている。

 だが全部『自分』に向けられた話だ。唯我という人間についての話題だ。自分の知らないところで、自分を知らない人間が好き勝手に話している。

 

 ふざけるな。知ったようなことを言うな。

 殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す――。

 

「おいアイン教、蔦にも気付かずコケて殴られた気分はどうだ?」

 

 あぁそうだ。俺が正しい。俺様以外のすべてが間違っている。

 地に伏し苦しむ人間を前に、いつも他人は笑って指をさす。無関心を装い、関わるまいとするくせに、裏では自己責任だの別の事例を出しては自分を守る。

 

 お前らは何一つ困ってもいないくせに。

 困る前から自分を守っては、他人のせいに。『弱い』せいにしやがって。

 

「……黙れゴミ。俺様が神なんだよ理解しろ」

「ならさっさと立つか、降伏しろ。俺の仕事はお前の精神を揺さぶることだからな」

「違う。俺は負けてない。お前らが地面に這い蹲れ! 死ね! 開放しろ! 【開放・自己解放(アイデントピア)!!】」

 

 瞬間、天地が狂う。

 リンもアルバも平衡感覚を正しく保っていられず、ふらふらと倒れ、地面に手をついた。同時に二人の脳へ圧倒的な不快感が命令形の形で押し寄せる。

 

 間違っているのはお前だ。

 お前が悪い。お前が間違っている。

 

 基準は間違いなく唯我だろう。リンは周囲を見回し、一つ確信した。

 勝てる、と。相手が【自己解放(アイデントピア)】を使えるとは思っていなかったが、それでも開放された理想の世界を感じて確信する。

 

 自分ルールを強制する世界観。理想の押し付け。

 つまり敵は他人の考えを知っている。人々が常識と呼ぶ何かを否定できるのは、自分と他人が違うと知っている者だけ。

 

「立てゴミ。教えてやる、俺様が正しいんだよゴミ」

 

 立ち上がった唯我の足がアルバの頭へ突き刺さる前に、リンは蔦でどうにかアルバを自分の方へ逃がす。

 

 そして最後のピースを埋めるべく、もう一度アルバに願った。

 

「ありがとうリン」

「アルバ、私のこと信じてくれる?」

「は? そりゃもちろん……え? 今か?」

「三十秒耐えて」

 

 訳も分からず、再び唯我の前に立たされるアルバ。

 対してリンは即座に詠唱を始める。プニュリアの時に使った界法。マリアの教会や、今アルバが手にしている盾に描かれた紋章。

 

 敵は自称神だ。自分の思う所を善とし、他を悪とする。

 しかし矛盾を抱えている。唯我自身にはないだろうが、創れる要素はいくらでもある。

 

 なぜなら『世界に絶対はない』というのが、唯一の絶対なのだから。

 

「行くよ――」

 

 リンはアルバの背に触れ、彼の真っ白になった心の余白に色を塗る。

 

「――【国は花。世界は樹。私は自然の代行者にして弱き枝葉。故に神は見過ごすだろう。かの地の逸話を、その弱さと傲慢さ故に。人は皆、一人では生きられないのだから】」

 

 国の界法は不全である、周囲が異界化するほどに。

 そしてリンは異界に触れられる母の話を未だに覚えている。

 

 詠唱は静かに広がり、リンの伸ばす根は【華凛】と同じく周囲の世界と『セカイ』の間に僅かな亀裂を生む。今回の侵入先は『可憐王国フラワ』。壮大な『理想』を抱えた敵を前に、壮大な『現実』という舞台を創る。

 

 すべては矛盾を突くためのお膳立て。

 出来るというなら、やればいい。機会がないのなら、創るまで。リンなら創れる。誰も知らない世界のことを、絶対に信じて疑わない友がいるから。

 

 社会とは、二人以上から始まる。

 三人中、二人が信じる『セカイ』が構築されていく。それは神住まう森である以上、唯我の【自己解放(アイデントピア)】の影響範囲であっても効果を失わない。

 

 黄金の光で出来た森の中、落ちた寄生木(ヤドリギ)の枝がリンの手の中で槍となる。

 

「あ? 【俺様は認めてねぇぞ】」

「ここは神様の森。あなたが人間なら否定できるでしょうけど、神に縋るなら変わらない」

「縋る? この俺様がか?」

「なら人間の一撃なんて、避けなくても十分よね?」

「黙れ。決めるのは俺様だ」

 

 盾を構えるアルバの裏に、槍を構えるリン。

 繋がる両者の意識は動く唯我に対し寸分狂わぬ連携を見せる。

 

 相変わらず突っ込むだけの唯我を、アルバの盾が受ける。自らが神秘であるならば、この盾もまた神秘。周囲に展開された神域と同じである以上、盾を突破するには人間でなくてはならない。

 

 そしてリンは躊躇なく槍を唯我に突き立てる。

 これが唯我にとって最後の選択だ。自らを人間と認めるか、神と認めるか。

 

 だがリンにとっては同じこと。

 神殺しの槍と神域。そして矛盾について指摘した時点で限りなく勝ち。

 そもそも、神を殺せる槍が人間に刺さったらどうなるか。言うまでもなく、死地に飛び込んだ唯我の選択は、いずれにせよ同じ結末を迎える。

 

「ぁっ……」

 

 終わった。そう思った瞬間、二人の脳に興奮が湧く。

 不謹慎だろうとなんだろうと、喜びと疲れが同時に流れ込んでくる。

 

 アイン教の宿命か、唯我は瞬く間に灰となり風に散った。

 それを見届けたリンもまた、展開していた界法を解除し、輝く黄金の森は光の粒となって虚空に消える。気付けば二人は疲れに任せて地面に寝て、同じ空を見ていた。

 

「なぁリン?」

「何?」

「勝った……んだよな?」

「そう」

「終わりというかさ、もう戦わなくていいんだよな?」

「まぁ、今日はもういいんじゃない?」

 

 残ったのは戦場の痕跡と、戦いに身を投じた自分の血と汗に汚れた手。

 

「なぁリン?」

「次は何?」

 

 それでも花は咲き、風は吹く。

 平和であろうと無かろうと、同じ空の下に生きている。

 

「誕生日、おめでとう」

「ありがとう。アルバ」

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