今回は18禁板で連載しているIFルート・ザ・ストーリーの派生エンドの一つである牙喪失ルートです。例によって地味に加筆してます。
ちなみにこのルートはIFルート・ザ・ストーリーに進んだ後、主人公のヤンデレ率を20%以下に落とした上で、木の葉崩し事件の際にシスイ襲撃イベントが起きず、生き延びると発生します。
大蛇丸が引き起こした木の葉崩し事件は、うちはイタチの活躍と木の葉警務部隊の活躍により、さほど大きな被害を出すことなく終わった。しかし、それでも死傷者が出なかったわけではなく、人手不足である現在、それを思えば特に怪我をすることもなかった彼にその辞令が下されたのは当然といえば当然のことだった。
「……大丈夫なのか?」
心配そうな顔をして、未だ1歳半の息子を抱きながら言う妻の言葉に苦笑して男は言う。
「……大丈夫だ。確かにブランクは空いているけど、たかがB級任務だし、アスマ先輩も一緒だし、心配ないよ」
「しかし、シスイお前は……」
女は戸惑う……というよりは、心苦しげな顔を見せて瞳を伏せた。
けれど、命を下したのが三代目火影である以上、何よりこの男にこれ以上何を言っても無駄と思ったのか、それともかける言葉が見つからないのだろうか、彼女は何かを瞬間諦めたような顔をしたが、それが何かわからず、けれど妻に心配をかけるべきではない一心で、精一杯の笑みを浮かべながらシスイは言った。
「今はアカデミー教師とはいえ、オレだって木の葉隠れの上忍だからな……里のためには働くさ」
『うちはシスイ憑依伝』IF派生・牙喪失ルート・ザ・ストーリー。
命じられた指令は、以前の男……シスイにとっては簡単過ぎるくらい簡単な任務内容だった。
元々奇襲とサポート専門といっていいくらい能力に片寄りのある青年にとっては、正面からの戦いよりも暗殺の方が専門とさえ言える。だから本来はたいしたことはないのだ。シスイ1人でも終わらせられる任務といってもいい。
そう、ただの……要人の抹殺なんて、以前の己にとっては簡単過ぎるほどに簡単だ。なのに、それでも慣れ親しんだ先輩を相方として選んでくれたのは、実戦を離れて久しいシスイに対する三代目なりの気遣いなのだろう。
……今回のターゲットとなった相手は辺境の町の悪名高き役人だった。
そいつは金品を横領し、着服し、民草を苦しめているようなそんな奴で、裏ではマフィアや忍び崩れの犯罪者どもと繋がっているとさえ言われてていて、理性では嗚呼こいつは殺されても仕方ない悪党だなと、思う。
まさに、以前のシスイにとっては打って付けの敵だった。
だというのに、今シスイは……。
「おい、シスイ、お前本当に大丈夫なのか?」
どうしようもないくらい青ざめていた。そんな後輩を気遣い、アスマが声をかけてくる。
そんなことをされたら以前の自分はなんでもないような笑顔を取り繕って「大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」くらいは言っただろうに、何故かその余裕さえない。だから、自分に出来る限りの笑みを浮かべて「すみません、先輩」そう言うくらいしか出来なかった。そんなシスイを見て、窘めるようにアスマが言う。
「確かにお前は現場を離れて等しいが、それでも木の葉の忍びなんだ。体調管理くらい気をつけろ」
「はい、すみません」
どうやら、シスイの不調をアスマは体調を崩したものと解釈したらしい。まだそう思われていたほうがマシだ。だからそのことに内心ほっとしながら、青い顔のまま笑ってシスイはそう謝った。
……そう、まるでぬるま湯の世界のようだと思っていた。
こんな自分が結婚して、子供を作って、人を殺すこともなく、子供達と触れ合って、幸せで、幸せすぎて、辛いと……いつか自分がふぬけになるんじゃないかと、幸せを感じれば感じるほどに、この心を妻に解きほぐされればされるほどに、牙を失ういつかに怯えた……その結果がこれだ。
予感は当たっていた。
どうしてだろう、あれほどに殺してきたのに。
あんなに殺してきたというのに、どうしてかどうやって自分が人を殺してきたのかが思い出せない。こんなに指が震えて、恐怖する心だけが己を包み込む。無意識に体がガタガタと震え出す。必死に隠し続けていても、顔色の悪さまでは誤魔化せやしない。
今更この手が綺麗になったわけでもないのに……。
ふと、朝の妻の様子を思い出す。どこか心苦しげな顔をして諦めたような表情を見せた、らしくもなかったイタチの顔。昔から彼女は自分以上に己のことについて見抜いていた。
だから、ひょっとしてこうなるということもイタチはわかっていたのだろうか。
いや、きっと分かっていたのだろう。いつだって彼女の目は真実を見抜いてきたのだから。
けれど、今はそんなことに構っている時じゃない。シスイはゆっくりと頭かぶりを振って思考を追い出した。今は、任務に集中しなければ。其の後のことは、其の後考えればいいのだから。
* * *
―――――アスマによって要人の首は呆気なく、断たれた。
しかし、対象を殺されたからといっておめおめと逃げ帰るには若かったということだろう。要人の護衛についていた敵の忍び達は逃げることよりも、応戦することを選んだ。
敵はこちらよりは数が多く、混戦となりアスマと離される。
武器を手に自分に向かってくるのは中忍に上がったばかりらしき、14、15歳くらいの子供だった。
若く、実力も足りていない子供。おそらく挙措からして、さほど接近戦に向いているタイプではない。
……一瞬だ。
殺ろうと思えば一瞬でやれる。そうだ、出来ないことなんて、ない。
幻術で足を止め、瞬身の術で一気に近寄り、毒を振る舞えばそれでいい。今までだってそうしてきた。そうして敵を葬ってきたのだ。
なのに……自分の前に躍りかかる敵の忍びの子供、それを目の前にした時、シスイは唐突に理解した。
「……シスイ!」
様子のおかしい後輩を前に、アスマが名を叫ぶ。けれど、それすら耳に届かずただシスイは立ち竦むばかりだった。武器を構える動作や、幻術の印を結ぶ動作さえ忘れたように、ただ機械のように立ち尽くす。
そしてガラスの瞳で、遠くなる記憶と意識を反復した。
(嗚呼、そうか)
初めてシスイが戦場に立ったのは、うちはシスイとして9歳の頃だった。アカデミーを卒業してすぐ、戦力不足から戦場へとすぐに投入された。そこで、たまたま偶然あった敵の忍びを殺したのだ。
その殺した敵の忍びが丁度これくらいの年齢の子供だった。
今でも鮮明に覚えている。あの、気持ち悪さもおぞましさも。それはいつからか慣れたようでいて、その実消えたことは1度もなかった。
ああそうだ、あの時の彼らも目の前にいる少年もどちらも『敵』だ。殺めねば仲間の命も危機に晒すだろう『そういう存在』なのだ。
たとえどんなに稚い子供の姿をしていたとしても、彼らもまた忍びなのだから。
嗚呼、だけど……。
(また……奪うのか)
彼らの命をまた……そう思えば、もうどうすればいいのかさえ、わからなかった。
わかっている。理性ではちゃんと、目の前に立つこの忍び達があの時殺した子供達ではないことくらい理解は出来ている。
けれど、でも、もうどうしようもなく無理だったのだ。
わかってしまったのだ、もう……己を誤魔化すことが出来なくなってしまったのだと。
(オレは……もう殺せないのか)
今まで散々敵を老若男女問わずあんなに殺してきたというのに、精神崩壊させてきたことだって片手の指じゃ足りないほどだというのに滑稽な話だと思う。
でも、この目の前の子供をもうどうやって殺すのか、それさえシスイにはわからなかった。
これは必要なことだと、大したことはないのだと、そう自分に思い込ませるには自分はあまりにぬるま湯に浸かりすぎたのだ。
だから、避けるための手段さえ頭に浮かびはしなかった。受け入れる事も切り捨てることも出来ず、どうやって今まで自分が戦ってきたのか、それさえもう……わからない。
そう……あの甘やかな日々を前にして、敵を殺すための刃も牙も、己はとっくに無くしていたのだ。
今更気付くなんて本当に馬鹿だ。
だけど、もう己は全てが限界だった。
だから……。
「……すみません、アスマ先輩」
最期、彼はそんな謝罪の言葉だけ残して、永久に思考を止めた。
* * *
うちはシスイが死体となって帰ってきた。そのニュースは、シスイを慕うものが多かったからこそ、たかが一介の忍びの死と片付けられることなく、アカデミーやうちはの集落の間で早々に情報伝達がなされた。
今でこそアカデミー教師という座に落ち着いていたシスイではあるが、元々は木の葉の上忍であり、うちは一族内でも手練れとして呼び声が高かった男だ、まさかブランクがあったとはいえB級任務などで命を落とすなど誰も思ってはいなかった。
「なぁ、なんでシスイの兄ちゃんは死んだんだよ」
ナルトが、共に任務に出てシスイの死体を持ち帰ったアスマに詰め寄る。それに、アスマは苦々しい顔をするだけだ。
何故ああなったのかなど、アスマのほうこそ聞きたいくらいだったのだ。
敵は中忍に上がったばかりのガキ共だった。多少はやるようだが、相手の力量を見たところどう考えてもシスイが負けるような相手ではなかった。
なにより、あいつは自ら隙を見せた。これまで組んだ任務でそんな初歩的なミスを1度も犯したことのなかったあの後輩が、だ。それに、最期あいつは己に謝った。何故なのか、どうして敵の刃をあんなにあっさり受けたのか、死者は黙するのみとはいえ、こちらこそ聞きたいくらいだった。
それでも葬儀は行われる。元々が一族その他問わず子供を中心に慕われてた奴だったから、その葬儀への参列者の数もまた、一介の忍びの葬儀とは思えぬほどに集まった。その参列者の中にはかつてうちはシスイが上忍として担当していた当時下忍だった少年少女達もいた。中でも最近暗部入りを果たした黒髪を赤い紐で結い上げた少女は「シスイ先生、どうして……」そう呟きながら涙していた。その少女を宥めるように少しふくよかな体型の少年が、そっと肩を貸している。
どうして、何故。その言葉はここにいる殆どの者の内心を代弁した言葉だろう。
シスイは決定打になり得る火力にこそ恵まれていなかったが決して弱くなどなかった。寧ろ、性格こそ忍びらしからぬ奴だったが、誰よりもその戦い方は忍びらしい男であった。無理をせずに取れるべき時に敵の首を取るしたたかなその戦いぶりは自分たちとはまた異なる一種の強みさえあった。
いつものあいつなら、ターゲットの命をアスマが刈り取った時点で任務終了として、無駄な争いは避けるように己を引き連れて瞬身の術で一気に距離を取り、そのまま木の葉に帰ることを選択したはずだ。敵との戦いに応じるなどそれこそシスイらしくない。
なのに、何故、こんな任務で命を落としたのか……本来なら負けぬ筈の敵の凶刃を前に倒れたのか。アスマにも少女にも、実際のシスイの戦いぶりを見たことのある人々にはどうしてもわからなかった。
そしてそんな中でも、葬儀を取り仕切っている故人の妻たる女であるうちはイタチは、凛とした美貌の侭粛々と葬儀を執り行っている。息子を1人抱え涙1つ見せない気丈な若妻の姿にある者は怒りを感じ、またある者は痛ましささえ感じた。
けれど、今行われているのが何なのか、幼い息子はわからなかったのだろう。綺麗に清められ死装束を着せられた父親の亡骸を前に、かのうちはマダラの弟の名にあやかってイズナと名付けられたその子供は、無垢な瞳で母に問う。
「マー、パーは? ねてる?」
最近言葉を覚えだした子供は語彙が少ない。それでも父について尋ねていることくらいはわかった。
「イズナ、お父さんは死んだんだ」
「うー?」
幼子は母の言葉が理解出来なかったのだろう、不思議そうな顔をして、棺に横たわる父を前に「パー、あそぶ。ねちゃヤ」そういって話しかけて、拗ねたような顔をした。それにイタチは苦しそうに顔を歪めた。まるで泣き出す寸前のようだ。一瞬後にはその顔を引っ込めはしたが、それを見て1人の少年が思わず式場から駆け出した。それを追って、慌てて故人の義母たるミコトもまた飛び出した。
駆けだした少年、それは故人の妻であるイタチの5歳年が離れた弟のサスケだった。まだまだ若いサスケは、思わずその衝動のままに家の裏手にある木まで駆け出すと、「クソ!」そう怒りの籠もった声を出して、木をダンとその拳で思いっきり殴った。
そして、呪詛のような泣き叫ぶような怒りに震えるような、判別がつきにくい複数の感情が混ざり合ったような声で、喚くように言葉を押し放つ。
「姉さんを泣かせないっていったくせに! 嘘をつきやがって! 姉さんだけじゃない、イズナまで……クソ、クソ、あの大嘘つき野郎!」
再び、サスケの未だ発展途上の小さな手が思いっきり大木に向かって振る舞われる。ドスンと音を立て、木が揺れ、サスケの右の拳からは赤い血が滲み伝った。
「サスケ」
そんな息子を前にして、実の母であるミコトはそっとした声をかけた。
「……母さん」
今まで母の存在に気付いていなかったのか、サスケははっとした顔で振り返った。そんな我が子に向かってミコトは哀愁を帯びた微笑みを浮かべながら、諭すように言う。
「貴方、口でいうほどシスイくんのこと嫌いじゃなかったでしょ?」
「違う、大っ嫌いだ、あんな大嘘つき野郎!」
サスケは必死な声で否定する、しかしそれが答えだった。
「サスケ、別に悲しんでもいいのよ。辛いなら辛いってお母さんの前でくらい甘えてくれてもいいの。あなた、本当はシスイくんのこと好きだったでしょ」
そういって、ミコトは息子の体をそっと抱き寄せてその背に腕をまわした。それを合図にボロボロとサスケの目から涙がこぼれ落ちる。それが悔しいのか悲しいのか、それとも……辛いのかそれすらわからず、わけのわからないままサスケは嗚咽を漏らした。
「うわああああ」
「辛かったわね……今夜くらい泣いてもいいのよ」
母は少年の背中をあやすように優しく撫でる。そんな動きがいつかの光景を思い出させて、サスケは益々流れる涙をままに、首を左右に振って必死に否定の言葉を出した。
「違う、……あんなやつ、嫌いだ……大嫌いだ」
「うん、わかっている。お母さんわかっているから」
「あい、つは姉さんを悲しませた……! イズナだって、イズナを、置いていきやがったんだ、あんな奴、あんな奴……」
少年の嗚咽が草根に響く。そうして葬儀が終わるまで、サスケはずっと母の胸に抱かれていた。
棺は墓へと納められた。焼香はとうに済まされ、来客も帰った中、イタチは1人夫の墓の前へと降り立っていた。息子は今は母であるミコトが預かってくれている。
そして人気のない墓の前で未亡人となったくノ一は呟く。
「……こうなると、わかってはいたのにな」
わかっていたのだ、もう夫が戦えないだろうことくらい。
それは体の問題ではなく、心の問題で、だからこそ他の誰も理解していなかった。アレが……本当はどんな悪人の命を奪うよりも己の命を手放す方がまだマシと思うそういう男であることを。
何故あの時もっときちんと止めなかったのか、そんな悔恨が滲んでいそうな声で女は続けた。
「結局の所、お前を癒したいと思ったことそのものが間違いだったのかもしれないな」
彼女は知っていた。いつだって求めるのは自分の側で、本当の意味ではあの男は周囲を求めていたわけではなかったことくらい。あの歪みも、空洞も正確に理解していたのは己だけだったのだろうことも。
自分達と過ごす日々に確かな幸せを感じながら……それでも同時に男が牙の喪失に怯えていたことも。
「それでも、私は……」
お前と共に在れた日々を後悔していないんだ、そう女は呟いてその場を後にした。
後に残ったのは牙を失った男の亡骸が納められた墓だけだった。
了