今回のバッドエンドルートは、本編最終回で大蛇丸の呪印にさっさと押し負け、体力に余裕がある状態の侭捕まると進むルートで、文字通りのバッドエンドな話ですが、ぶっちゃけ全15ルートエンドの中では二番目に長生きするルートでもあります。
とりあえず地味に加筆修正結構したつもりですので、以前読んでた方も気がむけばどうぞ。
“抱いてもいいんじゃないのか”
自分の中にいる、この体の持ち主がそんな言葉を言い放つ。それが一体誰を差してなんのことを言っているのかなんてわかっていた。だからこそ彼は否定の言葉を押し出した。
「……イヤだよ」
“好きなのに?”
「…………だから、だよ」
それに、複雑そうな感情が己に向けられる。きっと理解出来なかったのだろう。其れが好きだから抱くのはイヤだということに対してなのか、何故相手から向けられるメッセージを無視するのかという意味のどちらなのかは知らないが。
それを感じて、今はうちはシスイと呼ばれている、かつてはうちはシスイではなかった男は、本当の『うちはシスイ』に向かって苦笑しつつもこんな事を口にした。
「本当はさ、オレがイタチとどうこうなりたくないんだよ。この想いを男女の色恋へと落としたくない。いや、それ自体が卑怯か。ただ……そうして終わったら、きっとイタチはオレのことを忘れないだろう?」
その言葉に、『うちはシスイ』の息を飲み込むような音が聞こえたような気がした。呆気にでも取られたのだろうか。そんな体の同居人の反応に彼は苦笑しながら続けて言う。
「オレはアイツと結ばれたいわけじゃない。結ばれないことに未練もない。ただ、それでもオレは……忘れられたくはないんだ。オレは本当は弱いからさ、それだけはきっと耐えられない。だからこんな馬鹿な男がいたと覚えていてもらえたら……それだけで良いんだよ。それで充分だ」
結ばれないことに未練はないなど、綺麗事を言うなと普通の人間は言うかも知れない。でもそれは彼にとっては事実だった。
忘却される恐怖に比べたら一体肉の繋がりがなんだというのか。
そうして一時の安らぎを得て、それで満足してしまうというのか。其の先の約束など何もなく? ただ一時の情欲に溺れろと言うのか。それこそ彼にとっては冗談ではない。
例え誰を殺し誰に殺されようと、それでも自分という存在を忘れ去られるそれだけは御免だった。
綺麗なものだけを覚えていて欲しかった。
男女の肉欲なんてもので、あの時の誓いを汚したくなんてなかった。
自分の中で最も綺麗な想いを凝縮して見た夢だから、それを別のもので上書きなどしたくはない。なにより、彼女自身も己などで汚したくはなかったのだ。
もしも一線など越えれば、後にきっとそれはイタチの汚点となる。そして汚点となった己を、過ごした日々の記憶ごと封じられたりしたら……そんな未来にはそれこそ耐えられない。だから、あの頃の想い出のままでこれから先も忘れずいてくれたなら、それだけでもう充分だった。それだけで己はきっと報われる。
だからこのまま、何も話さず、何も語ることもなく、ただあいつの障害になるだろう敵を葬り死んで逝けたならそれだけで良かったのだ。
出来ればあいつに失明なんてしてほしくはないから最期この目を托したくはあるが、それ以上の望みなどはない。
そもそも彼女を幸せに出来るとしたら、それはこんな薄汚れた自分などではないのだから。
誰に理解されなくてもいい。ただ、あいつさえわかっていてくれたならそれでいいと、そしてやがて里を治めるあいつが幸せになってくれたならそれでいいと、そう彼は思っていた。
“…………”
そんな彼の想いが、肉体を共有しているからだろう、『うちはシスイ』にも伝わったのか暫しかける言葉を失っているようだった。
だから、彼は己を納得させるような、噛み締めるような言葉で更に言葉を続けた。
「オレなんかでわざわざアイツを汚すこともない。アイツはアイツの人生を歩んでそうして幸せになって欲しい。オレなんかに操を立てる必要もない。例えそのことで傷ついても傷は時が癒してくれる。だからふとしたときにあんな奴もいたと、思い出してくれるような存在になれたらそれでいいんだ」
その言葉を最後に暫くの沈黙が続いた。やがて、静寂を破って、『うちはシスイ』はどこか諦観が混ざったような声音で、己が体を譲渡した相手に向かって言葉を放った。
“……お前は酷い男だな。其れがどれだけイタチに対して酷なことかわかっているのか”
その言葉を聞いて彼は口端に笑みを乗せると、眼を細め彼は言った。
「オレは元から酷い男だぜ。なんだ、知らなかったのか?」
『うちはシスイ憑依伝』IFルート・バッドエンド・ザ・ストーリー
その襲撃があったのは、うちはイタチが火影に就任することが決まっていた、ペイン長門による木の葉強襲事件の追悼式の5日前のことだった。
それは不気味な気配と1枚の呼び出し状から始まった。「南賀ノ神社にて」そう簡素に書かれた紙片を手にイタチが赴いた呼び出し先、そこに彼は、否彼らは居た。
それはS級犯罪者としてうちは殺しを決行したイタチ自身の婚約者でもあったうちはシスイと、その彼に取り憑いた木の葉の三忍と呼ばれし1人。
シスイの肩に刻まれた呪印から姿を現したその男、3年前の木の葉崩し事件の首謀者でもあった大蛇丸を相手に、イタチは
そうして残ったのは大蛇丸の……正確には仙術チャクラによって作られた分身体の宿主だった男が1人。
取り憑いていた大蛇丸を引き離されたその男……うちはシスイは強引な引き剥がしと一時は完全に大蛇丸に体を乗っ取られた影響からか意識を失い、多少の衰弱はあったが、まだ乗っ取られてから時間が短かったからなのだろう、命に別状はなく、その場に居合わせた木の葉の忍びである彼らはシスイを木の葉に連れ帰ることとした。
うちはシスイは、うちは一族を殺し里を抜け、犯罪組織である暁にも所属していたS級犯罪者である。
けれど彼の人となりを知っていてその経歴を鵜呑みにしているものは少なく、それらにしたって例え事実にしても何か重大な理由があったのだろうと考えた……特に、かつて親しくしていた上に彼に命を助けられている猿飛アスマと、かつて其の孤独に初めて手を差し伸べられたことがあったうずまきナルトは、そう強く思っていたものだから、何故男がこんな凶悪犯罪者と呼ばれるような道を歩んだのか、それを選択したのか、其の理由を誰よりも強く知りたいという想いもあり、結果として周囲が彼を手配書通りの犯罪者として扱うことを許さなかった。
だから表向きは犯罪者を捕らえたとして護送する形を取りながら、木の葉に連れて帰り、それでも本当の意味では彼を犯罪者として扱うものは、その時誰もいなかったのだ。
そんな風に犯罪者と呼びながら、犯罪者相手にするとは思えぬ待遇を与えつつシスイを木の葉に連れ帰ることに対して、苦い思いでけれどどうすることもなく見ていたのは、次期火影に決まっている女が1人。
ことの真相と男の本質を正確に理解している彼女……うちはイタチだけが顔を伏せ、そんな彼らを眺めていた。
何も言わないのは、大抵のものを器用にこなせる身の上な上、その才は多岐に渡る代わりに彼女には口下手な面があったせいかもしれないし……男を連れ帰りたいと、それだけは他の者とも一致していたからかける言葉が思いつかないだけなのかも知れなかった。
どちらにせよ、そんな態度はシスイを木の葉に連れ帰ることに対して無言の了承を下したようなものだ。
けれどいくら連れ帰ることを無意識のうちに認めてしまったとはいえ、流石に男達がことの真相を知るために、意識を失い病院へと放り込まれたシスイを相手に其の夜決行しようとした『それ』だけは、イタチは耳にするなり待ったをかけた。
「止めた方がいい」
それは普段のイタチをよく知っているものでなければわからぬほどに苦み走った声で、しかしよく彼女のことを知らないものにとってはいつも通りの平坦な声だった。
故に彼らがイタチの苦悩に気付かなかったとしても不思議は無く、何故彼女が真相を知る事を止めようとしているのかわからない彼らは、若干の不快を覚えながらこんな言葉を放つ。
「何故だ、イタチさんよ」
「……取り返しがつかないことになる」
「つまり、アンタは何か知ってて黙ってたってことか」
「…………」
それに答える言葉はない。シスイの真相も何を思ってうちは今年を実行に移したのかも知っているが、しかしだからとて話せる理由でもない。だが、それでも止めねばならないのだ、何を言えば良かったというのだろう。
そんなイタチの態度を前に、苛立ったように猿飛アスマは言った。
「黙りか。いいか、オレ達はことの真相を知る義務がある。それ以上何も言えないなら引っ込んでて貰おうか。次期火影とはいえ、アンタはまだ火影じゃねェんだ」
しかし、イタチに続いて三代目火影であり、アスマの父親でもある猿飛ヒルゼンもまた、男達が意識を失ったシスイを相手に実行しようとしている『それ』に関して、イタチと同じような言葉を口にした。
「……ならん」
苦虫を噛み潰したような声音と顔をしてそんなことをいう己の父親の姿を前に、アスマは顔を歪め言う。
「何故だ」
「其れは……」
思わずといったように三代目は視線を彷徨わせた。イタチといい父といい、一体なんだというのか。苛立ちを理性で制しながらアスマは言った。
「理由が話せないというのなら誰も納得しないぜ。それにわかってんだろ、このままじゃあいつは重犯罪者として処刑だ。勿論そんなことさせたくはねェ。だからそうしない為にもオレ達には理由を知る必要があるんだ」
理由がわからねば、フォローすら出来ないからな、そう吐き捨てるように言う息子を前に、其の父は瞳をそっと伏せた。こめかみのあたりが震える。
そして三代目として歴代火影の中最も長く、この里を治め子供達を見守ってきた老人は思う。
「……」
アスマは1つ勘違いをしている。
重犯罪者として処刑される、それは寧ろシスイの望みでもあるのだ。元よりフォローなどあの男は望んでいない。あの男にとっては犯罪者として死ぬ事さえ望みの内なのだ。
しかし、そう思いながらも猿飛ヒルゼンは我が子にかける言葉を見失っていた。
どうして何も言えないのか。
それはうちはシスイが処刑される未来など見たくないと思ったのは、ヒルゼンもまた同じだったから、なのだろう。
それは当然だろう。
シスイは否定するかもしれないが、そもそもシスイが今のような境遇になったのは己にも責任が大いにあったし、本人がいくら否定してもうちはのクーデター事件をあんな形でしか収束させられなかったのは……シスイの手を汚させたのは己の力不足が原因だと木の葉の長を名乗りし老人は思い続けていたのだ。
本人が望んだことでもあったとはいえ、1人にだけ泥を被せたその苦々しさは胸にシコリとして残り続けている。
それに……里人皆を我が子のように思う三代目にとってはシスイとて我が子のようなものだ。死んで欲しいわけがない。罪悪感を抱き続けてきた対象なら尚更だろう。
理由を知らねば処刑するしかなくなる、それをしたくないから真実が知りたいのだとそう言われて、一体どう反論すれば良かったというのか。頑としてその理由をはね除けるにはヒルゼンは些か歳を取りすぎていた。
あと5年若ければ、それでも……木の葉の恥にしかなりかねない其の真相を知られることに対して頑なに口を閉ざし、たとえシスイがそのことが原因で死ぬとわかっていても、それでも里の安寧を秤にかけて、真相を知ろうとすること自体を火影としての命として明確に禁じさせていたかもしれない。
……けれど、これも歳を取ったからなのか、あの頑なで誰より愚かな青年の歪みに歪んだ本音を見知ってしまったせいなのか、真相を知りたいのだと、心からシスイのことを案じているだろう彼らを相手に、真実の探求を拒絶し続けることに限界を感じ始めていたのだ。
……例えそれがシスイの望まぬ行いだろうことや、きっと『それ』を行えばシスイに恨まれるだろうこともわかっていながら。
だから結局のところ、三代目は完全にアスマ達の行おうとしているそれを止めることは出来ず、その行動を最終的には許可してしまった。ただし……その場に連なる彼らが如何なる真実や真相を知ろうと、それを口外することは厳禁とするという条件を取り付けた上でのことであったが。
それでも、猿飛ヒルゼンはまだうちはシスイという男に対して認識を見誤っていたといえよう。
否、老人が悪いわけではない。全ては男の性質と在り方が故だ。
しかし自分が一体何を許可してしまったのか、それがシスイにどれほど酷な行為だったのか、やがて部下によって為される報告により、間もなく三代目火影と呼ばれし老人は知ることとなる……。
その時、その場に集まったのは、猿飛アスマや、術者でもある山城アオバを初めとする木の葉でも上忍や特別上忍と呼ばれている人間が6人ほどだった。
アオバは数回任務で組んだことがある程度でそれほどシスイと仲が良かったというわけではないが、それらのメンバーは特にシスイを気に掛け、あの夜の真実を求めていた人間だけだった。
本当はこの中にナルトや、布術使いの暗部の女も加わりたがったものだが、三代目は特別上忍以上の地位を持つ口の堅い忍びのみとそう指定をしてきたために叶わなかった。
それに対してナルトは悔しそうにしながらも、それでもアスマにシスイのことを頼み、赤い髪紐で黒髪を結い上げた暗部の女も粛々とした態度で「よろしくお願いします」そう頭を下げて任へと戻った。
「さて……では始めます」
いつもかけているサングラス姿がトレードマークである山城アオバがそう周囲の人間に声を掛ける。
それに周囲も頷いた。
これからアオバは、うちはシスイの頭の中を覗き、その情報を読み取るのだ。その読み取った情報を別の特別上忍が感覚を共有して他のメンバーへと廻す。
もし、これが通常の状態であればおそらく術者がアオバであろうとこの試みは試す前に失敗しただろう。何故なら、相手はあのうちは最強の幻術使いであるシスイなのだ。
かつてその幻術の腕前に関しては木の葉一とさえ呼ばれた男の幻術に対する耐性の高さは伊達ではない。他人の精神が己の中に潜り込みなどすれば即座に破りにかかるだろう。
だが、今は別だ。
シスイはチャクラも体力も多量に消耗し、今は深い眠りについている。だから、あの事件の真相を知るため、シスイの記憶に潜り込み情報を引き出したければ今しかないのだ。目覚めたシスイが真相を語ることはおそらくきっとあり得ないのだから。
そのことに罪悪感がないとはいえない。なにせ勝手に人の記憶を覗こうというのだ。それも敵に対してではなく、内心未だに味方なのではないのかと思ってきた男を相手にだ。それでも彼らはシスイにこのまま死んで欲しくはなかったし、真相を知りたかった。背に腹は代えられないとそう思い、これを決行することにしたのだ。
……この時は、本人が話したくもなかった真相を知ることによって奴本人に嫌われる結果になったとしても、それでもいいと、そうアスマ達は思っていた。これも彼らがシスイという人間をまともな奴であると誤認しているが故に起きた弊害だったのかもしれない。けれど、善意から動いていた彼らはそのことを知る由もなかった。
そして……記憶の潜り込みが始まる。
必要のない記憶と必要のある記憶、それを選別するため、探るのはうちは虐殺事件があった少し前からあたりからであり、それ以前の記憶までは見ないでいておくというのは最初に決めていた取り決めだった。
だからこそ、始まりは事件が起こる半年ほど前から其の記憶に入り出したわけだが、その時点で彼らが知った事実は青天の霹靂とも言えた。
まさか、あのうちは一族がクーデターを企もうとしていたなど、夢にも思っていなかったのだ。
記憶の中のシスイは任務の傍ら、一族の人間にクーデターなど思いとどまるようにと理性的にコツコツと説得と根回しに力を注いでいるように見えた。こんなものを当時あのいつもニコニコと幸せそうに笑ってた人懐っこい後輩が抱えていたなど思っても見なかった。
そして、ダンゾウの子飼いによる襲撃の映像が彼らへと流れる。それに改めて彼らはギョッとした。
こんなことが起きていたなんて知らなかった。
何故なら彼らが知るシスイはあのうちは一族を滅ぼした夜まで、本当にその平素の態度や顔に変化がなかったのだ。少しの違和感さえない。いつも穏やかな笑顔で、軽口を叩いて、でもそのくせ細やかな気配りをし続けていたあの後輩は、あの事件の1日前さえそんな態度で、何もないように穏やかな態度で笑って自分たちに接し、そうして言ったのだ。
「では、先輩。また明日」
微笑みながら言われたそれは本当にいつも通りの態度で、だから誰も異変になど気付けなかった。何かを抱えているなんて夢にも思ってなかった。
だというのに……。
こんな重大なことを抱えていたなんて、想定の範囲外だった。
思う間にもシスイの記憶は時系列事に進んでいく。
……まるで映画のフィルムを眺めるように、シスイを題材にした物語が続く。
『お前がダンゾウの手のものに襲われたことを知っていると、そういったんだ、シスイ』
『身内が襲われたんだ! もう奴ら我慢出来ねえ!』
『今こそ、うちはが木の葉の上に立つ時だ!!』
『そうだ、そうだ! うちはの権威を取り戻し、示すのだ!』
『おばちゃん、なあ、ウルチのおばちゃん、なんとか言ってやってくれ。こんなのは間違ってる、オレは……!』
『あのね、シスイちゃん、あたしらは、あんたがそう言うから我慢し続けてきたのよ?』
『そんなこと、どうだっていいんだ! オレが狙われたことなんてどうでもいい。クーデターなんて、力で無理矢理奪った頂上の座に一体なんの意味があるっていうんだ!!』
『お前は何もわかっていない。ことは既に、お前1人の問題ではないのだ。そう、これは……うちは全体の問題だ』
その言葉を聞かされたシスイの絶望が、そのまま見る者に伝わってくるような気がした。
やがて映像の中で、そのことを言った男に対してシスイは怒りの侭に殴り飛ばしその上に馬乗りになった。そんなシスイに向かって男が言う。
『オレは、うちはフガクだ。これがオレの選んだ道なのだ』
その言葉を聞いて何を思ったのか、一瞬悲しげな顔をしたシスイは男の上から体を起こした。
『もう、殴らないのかね』
『ああ、意味なんて……ないからな。それに、オレは……所詮は同じ穴の狢だ』
その言葉を一体どういうつもりで吐いたのか。
場面が変わる。
『お願いがあって、参りました。三代目火影様』
場面が飛び、現れたのは三代目火影でありアスマの父でもある猿飛ヒルゼンに向かって土下座姿勢でそんな言葉を吐くシスイの姿だった。
そして淡々とした声で、シスイはイタチが二重スパイであることは知っているが、うちは一族を滅ぼさせるのはやめてほしいと、今回のことの発端はオレだから、オレがケジメを取るべきだと、イタチを残したほうが里の為になるとそういった内容のことを切々と訴えた。……己にとっては一族よりもイタチのほうが重いからと、そう言って。
『だから三代目、あんたはオレに後ろめたさなんて覚えなくていい。罪悪感なんて覚えなくていい。ただ一言命じてくれたらそれでいいんだ。アイツを護るためなら、あいつら姉弟が笑っている未来を護るためならオレはなんでもするよ。汚れ仕事だってなんだって、里の忍びじゃ出来ない仕事だろうと喜んでやってやる。だからイタチじゃなく、その役目はオレに命じてくれ』
『頼む、三代目。他は全部殺すから、禍根なんて残らないようにキチンとオレが全部殺すから、だからイタチとサスケの2名だけは助けて下さい……! オレはアイツに、親殺しの……一族殺しの罪を背負わせるような真似だけはどうしてもしたくないんだ!!』
そこまで見た時、ビクリと現実のシスイの腕が跳ねた。慌てて、シスイの状態を確認するが、目が覚めたというわけではなさそうだった。それでも苦しそうに顰められた眉と額からびっしりと吹き出る汗や、痙攣するように跳ねる体の状態から見れば、自分の記憶を見られているということを無意識に察知し、体が拒絶を覚えているのかもしれない、と判断が出来た。
……今の時点で充分とするべきだったのかもしれない。彼らの知りたかったことはこの時点で8割が判明したも同然だ。それでも其の先にまだ何か隠されているのではないかと、まだ見続けることを選んだのは皆の罪であったのか。
彼らは痙攣を起こしかけている未だ意識不明のシスイの腕を取り、鎮静剤を投薬すると、その続きを見始めた。
……一族を滅ぼすと決めた男のその後の日常はあまりにもいつも通りで、自分たちの記憶通り男は笑って日常を過ごしていた。まるで何事もなかったかのように、いつも通りのように、何も知らないように。
どうしてそんな風に笑えたのか。
……知っていた。こんな風に男がいつも笑みを絶やさなかった事は知っていた。
だが、真相を知ってから見たらそれこそ異常なのだ。一族を滅ぼすと決めて、自分の手で殺すための準備さえしながら、何故いつも通りに振る舞えたというのか。決して情の薄い男ではなかったのに。決して冷血な一流の忍び然とした男ではなかった。寧ろよく笑い、些細なことで拗ね、時には涙を見せることもそれほど珍しくなかったこの感情豊かな男は、忍びらしからぬ性格の持ち主だとさえ思っていたのに。
いや、はっきり言って自分達が知る限りもっとも情深く、かつ些細な日常を愛し生きている男だった。
なのに、どうして、何故。
何故
それとも本当は憎んでいたのか?
うちはシスイが一族の者と不仲だったなんて記録も噂もどこにもない。そして記憶を見始めても尚、シスイが一族のものと険悪になっているシーンなどもなかった。特にセンベイ屋の夫婦など仲が良さ気で慕っていたのは明白だろう。
確かに忍びは感情を律するのが原則だ。
それでも忍びは「人」なのだ。
そして彼らが記憶する限りうちはシスイという男は誰よりも人間らしい男だった。
なのに、身内殺しを目前に控えてもここまでいつも通りに振る舞えるものなのか?
そのことに気付いた時、この記憶を見始めて、初めて彼らはこのうちはシスイという男にある種の違和感と気味の悪さを感じ始めていた。
そう思っているうちにも、男の記憶は続く。
シスイはうちは一族を滅ぼすことについて仮面の男と手を組んだ。その男について『写輪眼の英雄』とそう呼んだことや久しぶりと口にしていたことについて、疑念がないわけではなかったが、それでもシスイの言葉はイタチと里を守るためのものだったから、それ以上は疑わずにすませ、一旦その男が一体何者かという議論は置き去りとすることとした。
そして其の夜の記憶へと移る。
それは幾人もの『どうして』の声を受けながら、シスイが予め先に仕込んで置いた痺れ薬によって身動きを奪ったうちは一族の人間を殺して廻る記憶だった。
いつも浮かべていた柔和な笑顔すらなく、感情をそぎ落としたような無表情でシスイは老いも若いも男も女も区別せずに殺し廻った。そしてアスマは……其の顔を知っていた。
あれはいつかの任務で、人身売買と小児虐待を行っていた其の組織の人間を全て幻術で精神崩壊させ、目の前で死んだ子供を抱き締めながらごめんと繰り返したあの時の顔と同じだったからだ。あの時の顔は忘れようにも忘れられなかった。
(お前は一体自分がどんな顔をしてそいつらを殺しているのか、理解しているのか、シスイ)
これが過去の記憶でしかないとわかっていても、ズキリと胸を痛ませながらアスマは思う。
其の顔を見て確信したことがあった。
間違いなく、シスイは一族を愛していたのだ、と。
別に元からシスイが一族と不仲だとか上手くいってなかったとかそういう話は聞いたことさえなかったが、それでも一族内のシスイがどんな立場で、どう立ち振る舞っていたのかは知らなかった。だが……殺すと決めてさえ、実際にそれを実行してさえいながら、シスイは一族をやはり愛していたのだ。
愛していたものを殺すというのは、一体どれほどの傷だったというのか。
そして最後の2人……見覚えのある顔だ、あれはうちはイタチの両親か、を前にシスイは言う。
『恨んでくれて構いません。オレも……貴方達のことを恨んでいますから』
それを見て聞いて、アスマは思わず唸るような声を漏らした。
……そんな顔で恨んでいると、お前はそういうのか。そんな痛みに引き裂かれそうなのを必死に堪えるような顔で、そんな言葉を投げかけるのかと、アスマと同意見だったかは知らないが、そんなシスイを前にしてうちはフガクは小さく言葉を漏らすと、真っ直ぐにシスイを見上げながら言った。
『なぁ、シスイ君、最期に答えてくれるか。……君の其れは、イタチのためか?』
シスイはそれに頭を振り、言った。
『いいや違う……オレのためだ。イタチのためなんかじゃない。オレはオレのために貴方達を殺すとそう決めた』
それははっきりとした断言の言葉で、それを聞いたフガクは不器用に笑いながら『……君らしい』そう呟いて、娘のことを頼みシスイの刃にかかった。
あんなに明るく穏やかな笑みの似合う奴だったというのに、そうやって血まみれになりながら外へと這い出るシスイの姿はまるで幽鬼のようだ。
そんな生きた屍の如き姿で、やがてやってきた暗部姿の婚約者だった少女と一言二言交わした後、決壊寸前のような壊れた笑みを、泣き出しそうな笑みを浮かべて、壊れたオルゴールのような声でシスイは少女へと言葉かけた。
『……俺の夢は変わっていない。その未来さえ見れるなら、何も惜しくないんだ』
記憶の中のシスイは度々夢というキーワードを口にする。けれど、シスイの夢などなんなのか聞いたこともないアスマたちには見当も付かない。ただ、その言葉でそれがうちはイタチと関係があるのだということはわかった。
…………そして。
「ァアあああアァァッッぁあァアアーーーッ!!」
そんな大絶叫と共に大汗をかきながら、現実のシスイの体が飛び跳ねる。
「アアァああァア-!! イ、ヤだぁああァアア!」
「おい、シスイ!?」
前後不覚といって良いほど現実を理解しているか疑わしいシスイは、今まで意識を失っていた身でがむしゃらに腕を振るい、喉を掻き毟った。爪とそれが食い込んだ皮膚から赤い血が滴る。それは鬼気迫る程の姿で、シスイの腕に取り付けられていた点滴は振り落とされ、シスイは尚も奇声を発しながら呻き、暴れた。
このままでは拙い、そう思ったアスマを始め数人でとっさにその手足を押さえる。
そんな彼らに向かって涙ぐんだ声でシスイは叫んだ。
「見るな、見るな、見るなァ!!!」
シスイは泣き叫び、喚き、自由にならない体で暴れながら、何も入っていない空っぽの胃から胃液を吐き出したかと思うと、ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返し、やがてそれはヒューヒューと細い呼吸へと変化し、それと共に手足が痙攣し出した。それは間違いなく過呼吸の現象で、アスマはとっさに自分の手でシスイの口を塞ぐと、鋭い声を同僚へと投げかけた。
「誰か医療忍者を!」
「今呼びに行ってる」
そうしてバタバタとした室内で、ひとまずパニック状態に陥っているらしき後輩を落ち着かせようとアスマはシスイに声をかける。
「おい、シスイ、聞こえるか。しっかりしろ、ゆっくり息を吐くんだ」
「……ッ」
しかしシスイは意識があるのかないのかも怪しい状態の侭、目からボロボロと涙をこぼしながら左右に頭を振るだけだった。相変わらずシスイの息は荒く、ベタリとシスイの口元を覆う己の手になにかぬるぬるした液体がついていることに漸くアスマは気付いた。
それは先ほどシスイが掻き毟った喉から流れた血で、痙攣したようにビクビクと跳ねるシスイの指先に目をやれば、其の爪もまた血まみれで、一体どれだけ強く掻き毟ったんだと思わず内心で毒づく。
そうして5分と経たずやってきた木の葉病院の医師達数人にシスイを任せ、ひとまずアスマ達は別室へと移り、そして先ほどまで見ていたシスイの記憶について、仲間内で話しあうことにした。
防音に気をつけたその一室で、1人がポツリと呟いた。
「なぁ、こういう場合ってどうしたらいいんだろうな」
それは全員の心を代弁したような台詞だった。
何故三代目とイタチがあれほどに口止めをしたのか、あれを見た今ならよくわかる。
2人とも真実を知っていたなんてものではない、当事者だったのだ。
うちは一族がクーデターを起こし、里を乗っ取ろうとしていたなんて全員そんなことは知らなかったし、うちは一族がそんなことを起こそうとしていたなど夢にも思わなかったが、それだけのことをしでかそうとしていたというのなら、一族郎党皆殺しにされても文句は言えないだろうという分別もあった。
何故ならうちはほどの一族が反乱を起こせば、たとえ途中で鎮圧出来ても里には禍根を残すし、第四次忍界大戦の口実にもなりかねない。それを思えば、動機はどうあれシスイのなしたことは里にとっては褒められることであれ、貶されることではない。
寧ろ、戦争の火種を己を悪者として取り除いたという意味では、うちはシスイは木の葉の英雄といっていいだろう。
だが……うちは一族がクーデターを起こそうとしていたなど、そんな大スキャンダルは木の葉のためを思うならそもそもその前提こそが里や他国に知られては拙いのだ。うちはが反乱を起こそうとしたなど間違いなく木の葉の恥であり、火の国の恥にもなる。
彼らは皆上忍や特別上忍と呼ばれる木の葉のエリートと呼ばれる人種だ。だからこそそのことが誰よりもよくわかっていた。
うちはがクーデターを企んでいたなど、そんなことを里人にも世間にも知られるわけにはいかないというのは。木の葉を守るのは彼らにとっても義務であり存在意義なのだ。
なにより、それを世間人が知ったらどうであろうか。
次期火影に内定が決まったうちはイタチはどうなる?
うちはクーデター事件の首謀者はイタチの父であったうちはフガクだ。犯罪者の娘が火影など、認めるだろうか? 否認めるわけがない。
きっと世間は掌を返し、今まで同情さえ向けていたうちはイタチにもうちはサスケにも厳しい目を向け、迫害さえ辞さなくなるだろう。世間とはそういうものだ。九尾を宿しているというだけでうずまきナルトが白い目で見られてきたように。
なにより、この事実を公開してしまったら、今までイタチに泥を被せないために、自ら手を汚し汚名を被って里を抜けたあの男……シスイの気持ちはどうなる? 踏みにじるも同然ではないか。なんのために一体あの男が愛していた一族の人間を殺したのかが、わからなくなるではないか。
だからこそ、彼らは困った。
やはり、シスイが一族を殺し里を抜けたことには裏があった。しかし、その裏は木の葉にとって最大級の不祥事故にこそ表に出すわけにはいかない理由だった。だからといって、ある意味木の葉の犠牲になったとさえ言えるシスイを其の汚名のままに処刑するなんて、とても出来ないと、それが此処に集まったメンバーの正直な気持ちだった。
ある意味犠牲者とも言えるあの男をみすみす殺したくはない。
しかし木の葉を守る人間の1人としては、シスイが一族を殺し暁に入った理由を世間に公開するわけにもいかない。
これでは振り出しに戻ったより尚酷い。
そしてそんな風に悩む彼らの耳へと、思いがけない報が入った。
「シスイが自殺を図った……!?」
「はい、先ほど漸く容態も安定して眠りについたようですので、目を離した隙に……」
窓から飛び降りを図ったのだと、木の葉病院に勤める看護師の女は言った。
幸いにも2階だったのと、下は花壇で、衰弱していたとはいえシスイ自身が忍びであることもあり、一般人よりは頑強だったことから全身打撲程度で済んだのだと言いながら、それでも更に続けてその看護師は言った。
「どうやら、検査したところ、理由はまだ不明ですが失明しているようです」
その言葉に思わずアスマ達はショックを受けた。
「……オレ達のせいなのか」
共にシスイの記憶を覗いた同僚の1人がポツリと呟く。
人の体は心の影響を強く受けるという。
失明していると告げた看護師の言葉を前に、あの時、記憶を覗いた自分たちに向かって「見るな」と泣き叫び喚きながら訴えたシスイの姿を思い出した。
もしかして見られたくないと、そんな思いが高じた結果、目が見えなくなってしまったのではないかとその同僚は考えたらしい。
そんな仲間を相手に、苦々しい笑みを口元に刻みながらアスマは言った。
「まだわからねェんだ。焦って結論を出す必要はないだろう」
そういいながら、彼は若干シスイの記憶を見てしまったことを後悔していた。
(そんなに……知られるのが辛かったのか)
それは、自殺を図らずにはいられないほど。
それでもまだこの時点では彼らは希望を捨て切れてはいなかった。だから、本人に無断で見てしまったことについては後で謝ればいいと、後日時を改めればあいつも少しは冷静になれるだろうと、そんな風に猿飛アスマは……いや、彼らは考えていたのだ。
『……取り返しがつかないことになる』
ことが始まる前イタチがそう忠告したことについては既に意識にすらなく。
2日が経過した。
気を取り直したアスマは、見舞いの品を持ってシスイの病室へと向かっていた。
其の最中ヒソヒソとした看護師同士のやりとりが彼の耳へと届く。
「ねぇ、聞きました。例の部屋の……またですって」
「本当? 勘弁して欲しいわ」
それらの言葉は意味が分からないまでも妙に耳に残ったが、アスマは気付かないフリをして後輩の病室のドアをノックした。
「よぉ、邪魔するぜ」
しかし、アスマが見たのは思いがけないものだった。
「……居ない?」
もぬけの空のベッドを前にして思わず困惑するアスマ。そんな男を前にして、ガチャリと音を立ててドアを開いた中年の看護師は、「ああ、ひょっとしてあの人のお見舞いですか」そう迷惑そうな顔をして言った。
「なぁ、シスイは……この部屋の奴はどこへ言ったんだ?」
S級犯罪者としてビンゴブックにも乗っているうちはシスイの存在は、みだりに言いふらしていいものではない。故にこそ、木の葉病院に入院しているなどということを内密にするために、シスイの部屋には1人部屋が宛がわれていた。
故にこの部屋の住人といえば1人しか差さないのでそれだけ言えばわかるはずだが、中年の女はやはり迷惑そうな顔をしたまま、憮然とした口調でこう言った。
「特別室に移しましたよ。まあ暫くは面会謝絶ですね」
「面会謝絶ってそりゃまた、どうしてだ?」
確かに先日は錯乱をしていたようだが、あれはことがことの後である。今思えば仕方ないとも言える。それに自殺未遂をしたとは聞いたが、結局たいした怪我ではないようだった。とても面会謝絶になるほど酷いとは思えない。そんな風に困惑するアスマに対して苛立った口調で看護師は言った。
「自殺未遂に自傷行為、おまけに病室からの脱走。怪我を治すために入院しているというのに、自ら怪我ばっかり増やすんですから、仕方ないでしょう」
看護師はどうやらかなり腹が立っていたらしい。患者情報に対する秘匿さえも忘れたかのように、彼女はグチグチとした口調で洗いざらいシスイが起こしたとする内容について語った。
なんでもあれから自殺未遂を起こしたのは1度きりだったらしいが、気付いた時にはシスイは頬や喉を中心に爪で掻き毟るなどの自傷行為を絶やさず、目が覚めると必ず病室から目が見えないまま脱走を繰り返し、見えていないが故に壁やその他の機械類に体がぶつかることも珍しくなく、だというのにつけていた点滴が倒れることや自身が怪我することにもおかまいなしに逃げだし、決してベットの上で休もうとしないのだという。そして硬い床の上で、漸く彼は一握りの安堵を得るのだと。
目が見えていないが故というのもあるのだろう、排泄についてもトイレで済ませるなどという文明的な方法にいきつくわけではなく、脱走先での垂れ流し状態で、そのことに看護師達は非常に迷惑しているのだという。寝たきりの老人とは違うが、いっそおむつさせたほうがいいのではないかという案も出ている程だそうだ。
それに食事も碌に取ろうとしないし、それらがあまりに酷いものだから特別室に移して、手足を束縛し、点滴と医療忍術で今集中的に治しているらしいが……しかしあの様子では焼け石に水で、きっと治ってもまた同じことを繰り返すだろうとそう女は締めくくった。それを聞いたアスマは呆気にとられた目をしながら立ち尽くす。
どう考えても彼女が語るあの後輩の現状は異常者そのものだ。
かつてのシスイを知っているからこそ、その落差に目眩さえしそうなほどだった。
けれど、目を反らすわけにはいかないんだ。それを合い言葉にアスマは面会謝絶が解ける日まで待つことにした。きっと話せばわかると、そう願いながら……
その日は、うちはイタチが火影に就任することが決まっていた追悼式の日で、アスマは途中で式を抜け出して、うちはシスイのいるという特別室へと赴いていた。
他は皆式へと参列している。この日ならきっと邪魔は入らないだろう。
アスマはどうしてももう一度シスイと話をしたかったのだ。
看護師の1人に案内されて辿りついたその部屋は、白く清潔な様は病院の名にふさわしいのに、まるで牢獄のような部屋だった。窓には鉄格子が嵌っていて、膝を抱えてベットの下に縮こまっている後輩の姿がまるで囚人のようだったから、だろう。
こちらに気を遣ったのか席を外した看護師は「何かあれば連絡を」そう口にしてから去っていった。
「…………よぅ」
膝を抱えたまま、こちらを見ようともせずピクリともせずに顔を伏せるシスイを前に、アスマは出来るだけ内心の戸惑いを声に出さないよう気をつけながら、そんなありきたりな挨拶の言葉を吐いた。
「この前はその……」
「見たんでしょう……オレの記憶」
何をいうべきなのか見つからず、思わず歯切れ悪くなる男を前に、膝を抱えたままの青年は顔を上げることさえせず、枯れたような声で、責めるようにそんな言葉を口にした。
「人を見せ物にして満足ですか? ああ、それとも……失望しました? 先輩、オレのこと信じるとか言ってましたもんね。本当にオレが私怨なんかで一族を殺したとは思ってなかった?」
その言葉にアスマは違和感を覚えた。私怨で殺した? この期に及んで何を言っているのだ、この後輩は。
「シスイ、お前何を言ってる」
「……別にいいんですよ、幻滅しても。所詮オレは自分のことしか見ちゃいない碌でなしだからな。寧ろ今までアンタがオレを見捨てなかったほうがおかしかったんだ」
「シスイ!」
その自嘲するような口調で吐き出される言葉を前に、アスマは「それ以上言うとオレも怒るぞ」そう低く口にした。けれど、シスイは漸く顔を上げたかと思うと、ただ不思議そうな、不可解そうな顔をするだけだった。
其の目の焦点が合ってないことに、ふと先日耳に入れたシスイは失明しているという情報を男は思い出す。
もうこの後輩の目に自分の姿が映らないのだということを思えば、少しだけもの悲しい気分になって、アスマは出来るだけ優しいような言い聞かすような口調でこう話し出した。
「……なぁ、シスイ。どうしてだ。お前はオレがもう真相を知っているってわかってんだろ。なら何故オレがお前に失望していると思い込むんだ」
「…………真相……?」
お前は里と愛する女のために心を鬼にして一族殺したんだろう。あんな未来にしないためにずっと説得を続けてきたそれは一族を愛していたから、死んで欲しくなかったからだろう。そんなお前を責める資格など一体誰にあるというんだと、そう思ってのアスマの言葉に、しかしシスイは怪訝気な反応しか返さなかった。
「……わからねえな。オレにはアスマ先輩が何を言ってるのかがわからない。真相? オレのドジで取り返しが付かないことにした挙げ句、オレのせいでそんな事態を招いたクセに、オレが一族の命をイタチと秤にかけ、卑怯にも毒を盛り全員動けなくしてトドメをさしてから里を抜けた。それのことを言いたいんですか?」
そのあまりな言い分に思わずアスマはカチンときて、半分怒った口調で言った。
「なんで、なんでもかんでも自分のせいにしてやがる、うちは一族のクーデター未遂事件はお前のせいじゃねェだろが! それにお前は止めようと何度もしていた、でもどうしようもなくなったから、里と愛する女を守るために、そのために汚名を被ったんだろが! 戦争と混乱が起きないように、お前は里の為に……」
「人を美化してんじゃねぇよ!!」
その時、これまで1度も見たことがないような怒髪天を衝くような顔で、シスイは血反吐を吐くような声で男に怒鳴った。いつもにこやかだったシスイがこんな風に己相手に怒鳴りだす姿は見たことがなかったアスマは思わず吃驚して固まる。
そんな先輩の様子がわかったのかどうかはしらないが、見れば、憤怒の形相の侭、シスイはふらふらと体を起こし、「そういえば、アスマ先輩は再会してからずっとそうでしたね」そう憎々しげな声でそんな言葉を吐き出した。
「口を開けば一族を滅ぼした理由はなんだ、理由はなんだと、理由、理由、理由。馬鹿じゃねえの。理由がどうあれオレが一族を殺したクソヤローである事実に一体なんの違いがあるってんだ」
それに、と一旦置いてから、シスイは音だけでアスマのいる方角に検討をつけると、向かって歩きながら言葉を続けた。
「理由があったから? ンなもんで死者が納得するか!」
そしてそのまま、勘だけでガッとアスマの胸ぐらを掴み上げた。
其の様があまりにも必死で、怒りながら泣き震えているようにさえ見えて、アスマは掛ける言葉さえ失って、されるが侭に至近距離から後輩たる青年の姿を少しの哀れみと共に見下ろしていた。
けれど、目が見えない彼はそんな己の先輩の表情などわかるはずがなく、血反吐を吐くような声でその告白を続けた。
「慰めなんかこちとら端から求めちゃいねえ。オレは殺した! 実の子供のようにオレを可愛がってくれてたウルチのおばちゃんやテヤキのおっちゃんも、オレをいつも本当の家族のように暖かく出迎えてくれたミコトさんも、まだ何も知らなかった赤子や年端のいかない子供までみんな殺したんだ! クーデターなんか起こされるとイタチの障害になるからと、そんな自分の都合だけで一族を皆殺しにした男、それがオレなんだよ。許されたくもねぇ、憎まれて命を狙われて当然だろうが、こんな最低の男は!」
言いながら、段々とシスイの呼吸が荒くなり始めていることにアスマは気がついた。
ヒューヒューと擦れるような息を吐きながらのそれが先日アスマ自身も遭遇した現象によく似ていて、アスマは僅かに焦りを感じる。それに気付いていないかのように、シスイは自分の両の手で顔を覆って言った。
「なのにさ、恨む心が消えねぇんだ、なんでクーデターなんか企んだって……あいつらが決行をすることに決めたのは自分のせいだってのに他人に責任を押しつけようとしてんだぜ、オレは。醜い奴だろ」
そんなことはないとアスマは言いたかった。
憎しみや恨みを誰にも抱かない人間などいないのだ。それで恨んだって別に何もおかしいことではない。寧ろそれはシスイ自身が言うように全てを己1人のせいにするより余程健全な精神だとさえ言えた。
けれど、シスイはそうは思っていないのか、自分が悪人でないと気が済まないのか、尚も己への罵倒の言葉を続け、己のことを「汚れている、人間のクズだ」と、その喉を掻き毟りながら蕩々と語った。
「止めろ!」
そんな後輩を相手に、アスマは思わず制止の声をかけながら、シスイの両手を掴んでそれ以上の自傷を止めた。青年の包帯にまみれた指の先からは血が滲み出す。包帯がグルグルと巻かれた喉にしたって、一体今までどれだけ掻き毟ってきたのか、すぐに止めたにも関わらず白い包帯を赤く染め上げていた。
其の姿は見ているほうが痛々しいぐらいだ。戦場の惨死体は見慣れているアスマでも、出来れば見たくない光景だった。
シスイは詰まりそうな息をゼエゼエと息苦しそうに吐き出しながら、それでも血の滲むような声で叫ぶ。
「だから、言ったんだ! オレはアンタが思っているような善人じゃないって! オレみてぇな悪人なんて信じるなってちゃんとそう言っただろうが」
「お前、自分が今何言ってんのかわかってんのか?」
「分かってる、こんなの……八つ当たりだ」
そして体力が尽きたのか、ズルズルとアスマに体重を預け、体を落としながら、シスイは懇願するような泣き出す寸前のような震える声で囁くように呟く。
「……なぁ、なんでだよ。どうしてあのまま処刑してくれなかったんだ」
どうして? そう聞きたいのはずっとこちらだった。何故、どうしてお前はそんなに裁かれたがるのか。その記憶を、真相を知った今でさえアスマには理解しがたい。そこまで己を貶め入れられるその精神も在り方も、結局どこまでもマトモな人間である猿飛アスマという人間には理解出来なかった。
その代わりのようにポツリと男は呟く。
「お前は自分を善人じゃない、悪人だと嘯くがな、逆に聞くが本当に悪人だってんなら、お前はなんでオレを助けた」
シスイは己を悪人という。しかしアスマにとっての悪人とは、いくら知った相手とはいえ他人を我が身をおして助けるような存在じゃない。
『死ななくて良かった』
そう笑う、そんなのは悪人の在り方ではない。
人は元々利己的な生き物だ。それでも他者を愛せるのなら、他者を救い良かったと笑えるのなら、それが本心からの言葉で行動であったのなら、それを人の『善性』といわずなんというのだろう。
そんなアスマの問いに一瞬シスイは怪訝そうな顔をするが、疲れたような声と顔で、やがて語った。
「……言ったろ。助けたのは、アンタのことは好きだったからだよ。馬鹿みたいな話と思われるかもしれねえがな、それでもアンタも鬼鮫先輩も、誰も死んで欲しくなかったんだ。……オレがただたんに生きていて欲しかったから、死ぬ姿を見たくなかったからアンタのためじゃない、オレのために助けたんだ。酷いエゴだろ。テメエは散々自分勝手に殺してきたくせに、さ」
そのシスイの言葉を悲しげにアスマは聞いた。
他人を助ける行為をエゴとお前はそういうのか。
この後輩に対しては再会してからずっとわからないことがあった。
それを知りたいと思った。けれど漸く『それ』を理解しだした今、アスマはこのかつて親しくしていたと思っていた後輩がどこまでも遠い価値観の持ち主であり、それは平行線のように自分たちと交わることはないのだと、そういう結論に至らざるを得なかった。
「自分勝手に人を助けるため介入して、自分勝手に人を殺して、まるで神気取りだ。誰に言われなくても、反吐が出るほど気持ち悪い」
そんなのは人間にとっては当然のことだ。助けたいから助け、殺す必要があれば殺す。そんなのはシスイに限った話ではない、自分を含め皆やっていることであり、不自然な行為でもなんでもない。それをまるで悪のように自分に対しては断罪し続けるのか。
……他人をそんな風に思う事はないくせに。
アスマは以前イタチから聞いた話を思い出す。
『あいつは世界で1番自分のことが大嫌いで、最も疎ましく思っていて、最低の人間と信じ込んでおきながら、他者を愛するが故に助けたがるその己の思考が、矛盾しているということに気付いたことなど終ぞなかったのだから』
それを……話半分に聞いていた。参考程度に、そんな意見もあるのだという程度に聞いていたのだ。まさかこれが丸ごと真実など一体どうして信じられようか。でもこうして笑顔の虚飾を全て取り払ったシスイの姿を見ていると認めざるを得ない自分もいた。
まさかと、あいつはそんな奴ではないだろうとそう思っていたのに。……シスイは、あのいつも笑顔を絶やさなかった後輩をマトモな人間だと信じたかったのは、果たしてアスマの願望だったのだろうか。きっとそうだったのだろう。
……真実はいつだって残酷だ。
やがて静かになり、大人しくなったシスイは床に体を落としながら、ポツリとした声でこう呟いた。
「軽蔑しますか?」
「お前はオレに軽蔑して欲しいんじゃない。お前『が』オレに軽蔑して欲しいんだろう」
そんな惨めな後輩の姿を悲しく思いつつも、アスマはそうはっきりと言い切った。そのアスマの言葉を受けて、シスイの顔が再び泣き出す寸前のようにクシャリと歪む。
(お前は、見捨てて欲しかったのか……)
自分は
まるで逆だとアスマは思う。
普通の人間は他人を見捨てても、自分が見捨てられるのは望まないものだ。口ではなんといってても大抵の奴はそうだろう。だからこそアスマもナルトもこの男を救おうとこれまでしてきたのだから。なのにそれが今此処でひっくり返る。失望した? という男の問いは失望して欲しいという願望の表れだったのだ。
そんなこと……出来れば理解したくなかった。
だが、もうアスマはこの男がマトモな人間ではなかったことを知ってしまっていた。
やがて、暫くの沈黙の後、シスイは言った。
「ごめん、先輩。オレ少し疲れた……1人にして下さい」
「…………ああ」
再び、入ってきた時のように床に膝を抱えて縮こまり、シスイは視線を下に落としたままそんな言葉を言った。それにアスマも頷きで返す。色々考えることも多く、男もまた精神面に置いて疲労していた。
そして扉が閉ざされる。
この次の日、シスイは壊れた。
何故、なのかなど知らない。
ただ翌る日、いつも通りベットから逃げ出し床に縮こまって眠っていたシスイを起こしに行った看護師が会ったときには既に彼になけなしの正気も理性も消えていたのだ。
見た目は穏やかでさえあったと、看護師は言う。
それはもう木の葉病院に入れられて以来これまででもっとも表情は穏やかで、柔らかで透明な笑みを浮かべながら、子供のような素直さで自傷すらせずにこちらの指示には従ったのだという。
だが、誰が見ても彼は異常だった。
誰と話しているのか、何を話しているのか理解していない、幼児返りしたように言葉が幼い、前後の会話が噛み合わない。そしてあり得ないほどの無邪気さで、自虐としか思えない言葉をニコニコと並べ立てる。
別に暴れるというわけではない。自殺を図るというわけでもない。
けれど、居もしない家族の話をするなど、誰よりも彼はおかしかった。
「オレには妹がいるんだ」
にこにことした顔で、包帯を取り替える看護師を前に彼は言う。
そう、とおざなりな返事を看護師は返す。この患者の経歴は見たが、妹がいたなんて事実はどこにも記されていなかった、そのことからきっと空想の妹なんだろうと彼女は思った。
「オレと違って優秀でさ、ヒスパニック系のアメリカの家庭に交換留学に行って、スペイン語に興味もったんだってさ。それで将来、翻訳作家になるのーって言って、父さんや母さんが「頑張れよ」って笑ってた」
……謎の単語が出た。ヒスパニックだのアメリカだのスペインだのそういう理解の出来ない単語をこの患者は度々口にする。けれど、狂人相手に何を言ったところで無駄だろう。彼の相手をする看護師がわからない単語を問い返すことはなかった。
青年はニコニコと笑って、「ああ、でも」そんな言葉と共に、少しだけがらんどうのガラスのような盲いた目で笑みをふと止めながら呟いた。
「父さんも、母さんも、オレが殺したんだ……」
―――――……1週間後、うちはシスイは木の葉病院から牢獄の1つへと護送されることに決まった。
それはいつまでも病院においておけるものではないというのもあったのだろう。
シスイは既に誰が見ても正気ではない。その上、身分は未だにS級犯罪者なのだ。処刑したいとは思わない。真相を知った今、その裏を表に公開することは出来なくても、それでも猿飛アスマを始めあの夜の真実を知った面々は、だからこそ余計に処刑なんて目には合わせたくないと思っていた。
それでも既に自衛すら出来ない状態のシスイを守りたければ、病院なんて不特定多数が訪れる場所に置いておくほうがまずいということもわかっていたのだ。知っているものならともかく、この男を知らないものにしてみれば、彼は木の葉の名を汚した犯罪者に相違ないのだから。だから憂さ晴らしに彼に危害を加えるものが出ないとは言えなかった。
そうして決まった移動の日。シスイは意外すぎるほど大人しく連れてこられた。寧ろ、牢獄に繋がれることは本人の望みでもあるかのように、その暗き監獄の匂いにほっとした顔すら見せた。
そのことで胸が痛むのは本人より寧ろ周囲だ。
シスイには奥まった個室が宛がわれた。
病院で受けたカルテによると度々の自傷行為を繰り返した旨が載っていたのもあり、自傷防止としてその腕には木製の手枷をつけられ、脱走癖についても書かれていたことから、牢内を自由に徘徊できる長さに調節された鎖と足枷を右足に嵌められ、目が見えず正気を失った彼は排泄に不自由があるとして、その性器には直接カテーテルが取り付けられた。
尿道へとカテーテルを差し込むことについては痛みもあったはずだが、既に心壊れたシスイが不満を訴えることもなく、寧ろ痛みを感じているのかさえ疑わしい様子であったという。
環境としては病院よりもずっと悪い筈だ。なのに何故か、シスイは自らに与えられたそんな境遇に逆にほっとしたような顔さえ見せた。
それと、病院でもそうだったように、牢獄に移されて尚変わらず、シスイがベットを使おうとすることはなかった。どんなにベットで寝かせても気付けばベットから逃げ出し、床で縮こまるようにして眠っていたという報告は彼らも受けていた。それは牢へと場所を移しても変わらないままだった。やがて、シスイをベットで寝かすことは諦めざるを得なかった。
シスイはまるで幼子のように体を丸め、毛布を抱き締めながら子供のような寝顔を見せながら眠る。そんな姿はかつての青年の姿を知っているものにこそ、大きなダメージを与えた。
シスイはもう誰が話しかけても、誰と話していてもそれが誰なのか理解はしてはいないようだったが、それでも毎日のように尋ねる問いがあった。
「なぁ、オレの処刑日は決まった?」
それにどう答えれば良かったというのか、旧友たちに答える言葉はない。
自らの処刑を望む人間がいるなんて思いたくもなかった。
ここまでくればアスマ以外の面々ももう認めざるを得ない。うちはシスイは『異常者』なのだと。
信じていたかったのだ。もっとこの男はマトモな人間なのだと。そんな奴じゃないと。
其れはただの願望でしかなかったというのか。
まさか此処まで壊れていた人間だなんて、たったあの1度の過ちだけでここまで壊れることが出来る人間だったなんてどうして信じられようか。
親しくしていた身であればあるほど、信頼していたのであればあるほど、目の前のこの姿こそが虚飾を取り払ったシスイの本当の姿であるなど信じ切られるわけがなかった。
痛々しいなんて範疇はとっくに超えている。
前後を無くしたアレはまさに狂人だ。
ただひたすら自分を呪い殺さんと笑いながら貶める姿は狂っているとしか言いようがない。
マトモな人間であればあるほど、受け止めるにはうちはシスイの存在は重すぎた。
もうやめてくれと思わずにいられようか。
どうか、かつての優しく暖かい想い出は綺麗なままであってほしいと願わない人間なんていない。
うちはシスイはもっと強い人間だと思っていた。
いつも笑顔を絶やさないのも、穏やかな態度を殆ど崩さなかったのも、強いからだと思っていたのだ。
本当の意味であの男が愚痴を吐き出すことも、辛いことを辛いと弱音を他人に漏らすこともなかった。それは男が強いからなのだと、だから言わないだけだと皆思っていたのだ。
其れが寧ろ逆だったなどと、弱いからこそ言えなかったのだなどと思いたくもなかった。
かつて親しくしていた、好意を抱いていたからこそ、今のシスイの姿はあまりにも正視し難かった。
だから、これは当然の帰結であったのかもしれない。
猿飛アスマを始め、シスイの記憶を見てしまったかつてシスイと交流を持っていた彼らの足が、次第に彼の元から遠離り始めたのは。
最初は1日置きだったのが、3日置きに、それはやがて1週間置きに、1週間が1ヶ月に、そして……シスイが監獄に移されて3ヶ月が過ぎる頃には旧友であった彼らは誰も尋ねて来なくなった。
―――――……それでも全ての人間が彼の元から離れた、というわけではなかったが。
そして事件は起こる。
中編へ続く。