『うちはシスイ憑依伝』外伝集   作:EKAWARI

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 ばんははろ、EKAWARIです。
 更新遅れてすみません。ちょっとピクシブでシスイ伝関係の漫画&落書き集をアップしていたら遅れました。→http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=48245916
 さて、今回の話は……今回も(?)胸くそ展開注意です。まあ、バッドエンドルートですから、とことん駄目なのは言わずももがなですが、とりあえずシスイ班三人組が出張っていますが、後編では原作キャラの出番も多くなってきますので、お許しいただけたらと思います。
 ではどうぞ。


『うちはシスイ憑依伝』IFルート・バッドエンド・ザ・ストーリー中編

 

 

 

 ―――――……彼女にその許可が下ったのは、かつての担当上忍だった男……うちはシスイが牢獄へと移送されて3ヶ月が過ぎようとしていた頃だった。

 それまでずっと会いたいと願いながら、それでもその希望を叶えられることはなかった。

 理由の一つには大蛇丸に取り憑かれたシスイが木の葉へと襲撃をかけた時期が悪かったというのもあるだろう。

 なにせ事件が起きたのは、うちはイタチが次代の火影として就任が決まっていた火影の入れ替わりの時期でもあったし、1ヶ月前のペイン長門の襲撃の追悼式を目前にした時期でもあった。

 実際問題として里の忍び達は例外なく忙しかったのだ。

 暗部であり、火影の直属の部下でもある彼女にも慌ただしく様々な任務が言い渡され、それが落ち着きだしたのはここ1,2週間ほどのことだった。

 けれど、面会が叶わなかったのは別にも理由があるのだろうと彼女は見ていた。

 それは何故か。

 ……噂だけは聞いていたのだ。

 あのかつての担当上忍は、いつも穏やかに笑って柔らかく自分たちを見守っていたあのうちはシスイは、自殺未遂と自傷行為の果てにある日「狂って」しまったのだと。

 実際に今のシスイに会ったという上忍や特別上忍には、会うのはやめておけと、見ないほうがいいと、何度も言われた。今まで自分というかつての男を知っている人間との面会が避けられてきたのは、彼らがそうなるように根回ししていたからだ。そう悟るのは、彼らの台詞や態度だけで充分過ぎたぐらいだった。

 その証拠のように、己と同じくシスイに会いたいと面会を希望していたうずまきナルトに関しては、自分以上に強く根回しされ、会うことを阻止されているのだから悟らずにいられようか。けれど、狂ったから会うななど、それこそ酷いではないかと美しく成長した暗部の女は思う。

 詳しい話は聞いていないけれど、彼が狂ったというのならば、それは自分たちに原因があったのではないかと彼女は思う。

 だって、彼がああなったのは木の葉に連れて帰ってからなのだ。それまでは狂ったなんて話は聞いたことがなかったし、暁に在籍していた期間の彼と直接会って話をしたというナルトの話を聞いても、うちはシスイの人間性が変わったというわけではなさそうだった。

 なのに今更狂ったからと見捨てるなんてそれこそ無責任ではないのかと、そう言うと彼らは気まずげに顔をつきあわせてただ首を横に振るばかりだった。

 あの夜、シスイの真相を知りたいと、だから彼の過去を覗くといった彼らが見たものが一体なんであったのか彼女は知らない。だけど、シスイを助けたいのだとあれほど真摯に言っていたクセに、そうしてただ首を横に振るだけの彼らを見て、裏切られたような気がしたのも確かだ。

 それでも自分は文句を言える立場じゃないことはわかっていた。

 実際に彼らは助けようと行動を起こしたのだ。それが結果を出したのかどうかは別として。しかし彼女は己の立場もあったとはいえ、何もしなかったし、出来なかった。何もしていない人間がした人間に文句など一体どうして言えようか。それではただの八つ当たりだ。そんなみっともない真似は出来ない。

 それに、今大事なのはそんなことじゃない。

 その男の状況について、噂だけで真実を女は知らない。何1つ知らず、蚊帳の外だ。

 狂ったとは聞いている。正気でないとも。

 それでも彼女はもう1度彼に……うちはシスイに会いたかった。会って直接話をしたかったのだ。

 全てを自分の目で耳で確かめたかった。

 

 そうやって面会をもぎ取り、シスイが入れられているという最奥の牢へと向かって足を進め、その目的地も近くなった時、かつて男の教え子だった女は、そこに似付かわしくない声と音に気がついた。

 ……音がするほうはシスイがいるはずの牢だ。そこから複数の男の声と床に何かをひっくり返す音が耳に届く。一体何をし、何を言っているのか。何故シスイの牢からそんなものが聞こえるのか。彼女は気配を即座に消しながら、様子をうかがうことにした。

 本当は今すぐにでも飛び出していきたいくらいだったが、これもシスイに習ったことの1つだ。決して慌てるなと、真っ先にするべきは状況判断であり、どういう状況かわからず飛び出す真似だけはするなと、蛮勇は以ての外であると、その教えを9年近くの歳月彼女は守り続けてきた。

 そして気配を殺す女の目と耳に飛び込んできたのは、残酷無慈悲なまでの光景だった。

 

「はっ、ざまぁねえな。瞬身のシスイもよォ!」

 シスイと同じくらいの年頃だろうか? 木の葉の中忍らしき忍びがシスイの右足に取り付けられた足枷から伸びる鎖を掴んで、シスイの体を足一本でつり上げ、優越感も顕わに歪んだ笑みと共にそんな言葉を吐き出していた。

 そして足をつり上げられたシスイはそのまま硬い床へと頭をぶつけ、額を赤に染める。更に床には何かの管が散乱していた。

 優越感も顕わに蔑みシスイを吊した男に続き、見た目は30歳前後くらいだが下忍らしき忍びが、グイとシスイのクセの強い黒髪を掴み上げ、もう1人の男によって片足をつり上げられている体勢はそのままに、床に転がっている元々はシスイの食事だったらしき残骸へと彼の顔を押しつけながら、下卑た笑い声さえ上げつつこう言った。

「おらァ、這いつくばって喰いな。テメエの食事なんだ、テメエで綺麗にするんだよ」

 けれど、それにシスイの反応はない。気絶しているのか意識があるのかどうかは彼女の潜む場所、角度からはわからなかった。けれど、男達はそんなシスイがつまらなかったらしい。面白くなさそうな口調でこんな言葉を言い捨てた。

「チッ、まーた無反応かよ。つまらねェ奴だ。犯罪者のゴミのくせによ」

 言いながら、男の1人がその顔面へと唾を吐き、シスイの無抵抗な体を蹴り飛ばす。受け身さえ取ることのないシスイはそのまま、壁へと頭をぶつけた。其の額から更に血が滲む。

 しかし今までどれほどの暴行を受けてきたというのだろうか、仄かな灯りから見えるシスイの身体は、額の傷を除いてもそこいら中傷だらけで、顔にしても青あざが絶えない。鼻に至ってはあれは折れているのではないだろうか。

 全身を見渡しても、大きな木製の手枷をとりつけられている両手に至っては手首からは擦り切れたのか血が滲み、右腕が不自然な曲がり方をしていた。指も何本かあらぬ方角へと曲がっている。着物の間から覗き見える足の状態も酷い。

 一体何故、うちはシスイがこんな目にあっているというのだろうか?

 かつての師が陥っている変わり様を前に、女は思わず唖然とした。

 そんなかつて慕った男の酷すぎる現状を前に放心する彼女の前に、しかし更に信じがたい台詞が耳へと飛び込んできて、女はこれが現実だということを思い出した。

「口ン中に汚物ぶち込んだら少しは反応するか?」

「おお、そりゃいいな、ははっ」

 その言葉に怒りがこみ上げる。

 汚物をぶち込んだら? ふざけるな、としか言えない。

 どうしてこんなことになったのか、とか男達は何者なのだ、とかの経緯など知らないが、一体人にどれだけの汚辱を与えたら気が済むのか。知らないだけでもしかしたら男達にも言い分や理由はあるのかもしれないが、だからといってこれ以上の狼藉は勘弁なるものか。そんな怒りのままに、彼女は声を上げた。

「貴方達、何をしているの!?」

 長い黒髪を鈴のついた赤い髪紐で結い上げた女は暗部服を身に纏ったまま、男達の前へと颯爽と姿を現した。その若きくノ一の怒りと殺気を前に、中忍崩れらしき男と、30近い年齢でありながら未だ下忍らしき男は、「ゲッ」と言葉を漏らし、一瞬まずいことになったと言わんばかりの顔をしたが、相手が暗部とは言え若い女だったからだろう、すぐに開き直るような態度を取り、そしてこう言った。

「これはこれは、火影様直轄の筈の暗部サマが一体こんなゴミ溜めになんの用だ?」

 言いながら、人を馬鹿にする下卑た笑みは隠さない。そんな男達相手にギッと彼女は鋭く睨み据えながら、低めた声で淡々と言葉を連ねる。

「質問しているのはこちらです。貴方達はこんなところで、一体何故こんなことをしている? 答え次第では……」

 そういってゆらりと変わる気配に気が付いたのだろう、中忍らしき男は「まぁ、ねえちゃんそんな怒らず仲良くやろうぜ」そんな言葉をかけた。

 そんな言葉で宥めているつもりなのか。くノ一は吐き捨てるような言葉で「戯言を」そう言って切り捨てる。そんな女に対して下忍らしき男は言った。

「オレたちゃこいつの世話係さ。へへ、どうせこいつは犯罪者の大悪党なんだ。どうなろうと別にいいだろ。どうせこいつは将来的に処刑されるんだ、なんだったら姉ちゃんも……」

 楽しもうぜとでも言いたそうな男の言葉を、激しい怒りの言葉が遮る。

「ふざけないで!!」

 怒りのあまり目眩すらしそうだった。

 それでも毅然とした態度を取り繕い「それ以上戯言を続けるようなら容赦はしない」そう言って、布と殺気を纏う彼女を前に、「まぁまぁ」と声を掛けながら中忍の男は言う。

「いくらあんたが暗部っつってもオレ達を勝手に葬る権利はねぇ筈だぜ?」

 それは本当のことだ。無断で他者を裁く権利など確かに彼女にはない。だがしかし、彼女は慌てず淡々とした声でこう答えた。

「その言葉そのまま返させてもらうわ。囚人を私刑(リンチ)にしていい法など木の葉にはない。……その人を放しなさい、そして2度と顔を出さないで」

 本当のところを言えば、未だ慕う気持ちが消えたわけではない彼女は、シスイを「囚人」と称することに対して抵抗があったし、その事実を認めることは胸の痛みを伴うことでもあったが、けれど布術使いのくノ一はそんなことをおくびにも出さず、冷静冷徹な態度と口調を心がけて一息でそう言い切った。

 しかし、それを見て何を思ったのか中忍の男はクツクツと笑い出しそしてこんなことを言った。

「ひょっとしてねえちゃん、アンタも、瞬身のシンパか?」

「……何?」

「あっひゃひゃひゃひゃ! こいつぁ傑作だ! まーだ、うちはシスイを庇うような奇特な奴がいたなんてなぁ! こんなトチ狂ったゴミクソみてェな男をよ!!」

「……!」

 そう言って男は再びシスイに向かって蹴りを入れようとした。それが実際に決まる直前に女の操る布が男の足を拘束し、それ以上のシスイへの危害を阻止した。

 その拘束が容易に外れるものではないと悟って、中忍の男は一瞬苛立たし気な顔を見せるが、しかしすぐにまた元の態度に戻って、それから横柄な身振りで楽しげに次のような言葉を吐き捨てた。

「聞いたんだぜ、オレは。長年奴を庇い続けてきたあの猿飛アスマもとうとうコイツを見捨てたんだってな! つまりそれだけのことをこいつがやったってことだろ、え? ヒャッハハ、イイザマだ」

「黙れ……」

 怒りに震えながら漏らされた女の声に気付いているのかいないのか、男は相変わらずおかしくておかしくて仕方ないといった態度で、憎々しげになのに楽しげに言葉を吐き出していった。

「昔から気にくわなかったんだ! いつもヘラヘラ笑って穢れなんて知りませんみたいなおキレイな態度取りやがってよォ。ふざけんなよ、この偽善者野郎が! 何人の精神をぶっ潰してきやがったと思ってんだ。オレよりよっぽど汚ねえクセして、いつもいつも人に囲まれて、上にも下にも可愛がられ慕われて、何様のつもりだよ、この肥溜めヤローが! そうともオレぁ昔っからこいつのことが大ッ嫌いだったんだよ!!」

「黙りなさい……!」

 チャクラを練り込んだ布が舞う。それは槍の形を取って、男の頭上へと掲げられた。それを前に、しかし恐怖などしていないのか、はんっと小馬鹿にしたように言い捨てて男は言う。

「なんだよ、殺すのか。罪人でもなんでもないオレを殺す気かぁ? たいしたアマだな、流石は犯罪者を庇うだけあるな、イカれてやがる」

「黙れ……!」

 その次の瞬間男が吐き出した台詞は、長年シスイに対して憧憬とも初恋ともいえる感情を抱き続けてきた彼女にしてみれば、決して赦せるものではない台詞だった。

「ああ、アンタひょっとしてその男と寝たのか? そいつの女だったのか」

 その言葉に思わず彼女は固まる。一体この男は何を言い出したのか。そんな風な反応を返す彼女に対して、男は逆に自分が言い出した言説が正しかったのだと思ったのだろう。ゲラゲラ笑いながらそんな下衆な勘ぐりとさえ言える言葉を思いつきのままに並べ立てた。

「ぶひゃひゃひゃひゃ! こいつは笑えるぜ! 超絶エリートの暗部様が同胞殺しの大悪人を庇おうなんざ、その男のちんぽの味はそんなに善かったのかァ? ああ? アタシ他のおちんぽじゃだめなの~てか? そいつは悪かったなぁ、もう2度と使い物にならなくしちまってよぉ! なんなら最後にしゃぶってやったらどうだ? ま、その前に腐り落ちるかもしれねえがな」

 そう中忍の男が吐き捨てた次の瞬間、布で出来た槍は男の太ももを貫いた。しかし、絶叫が漏れるより早く布が男の口を、手足を拘束し、地面へと落とした。

「……言ったはずだ。黙れ、と」

 絶対零度とはこのことか、そう聞く者に思わせるような低く凍り付かせるような声音で呟かれた彼女の言葉とその対応を前にして、30近い年齢の下忍の男はヒィと情けない声を出しながら、ドサリと腰を落とした。

 どうやら彼女が布槍を出したのはただの脅しで、本当に刺すとは思っていなかったらしい。そんな男を前に侮蔑の一瞥をくれると、彼女は額から血を流しながら転がっているシスイの元へと向かう。

 下忍の男は、びびった声を出しながら尋ねた。

「こ、殺したのか」

「……死んではいないわ。裁くのはあたしの役目じゃないもの。……このことは火影様にも報告させて貰います。許可無く囚人へ危害を加えたこと、軽い罪にはならないでしょう。覚悟してくださいね?」

 そういって殺気の籠もった微笑みを1つ送れば、下忍の男はガクガクと首を上下へと振って返事に変えた。

 

 ……それから、あの場で起きたことを洗いざらい報告し、シスイは監獄内にある医療施設へと急遽搬送された。シスイの怪我の治療に当たることとなったのは、彼女と同じくかつてうちはシスイを担当上忍として持っていた医療忍者の青年だ。

 光のある場所で改めて見ると、シスイの受けた暴行の酷さがより際立つようだった。

 まず、1週間碌に食事を与えられていなかったことがわかった。おかげで衰弱した体の回復が遅い。水分の摂取はかろうじて出来ていたようであるから最悪には至らなかったようだが、それでもほぼ1週間食事を抜いた状態での暴行など、相手が死ぬかもしれないとは思わなかったのだろうか。

 ……否、きっと死んでも良いと思っていたのだろう。

 次に顔に至っては鼻の骨が折れており、歯が何本か欠けているようだった。額も切れてそれなりに深い傷になっているようだし、肋骨も2本折れている。右手も折れているし、左手の小指と人差し指も折られている。ずっと枷を嵌められっぱなしで暴行を受け続けた手首は擦り切れて炎症を起こしているし、あと少し遅ければ壊死していた可能性もあったという。

 またシスイは排泄に難があるとして、カテーテルを尿道に直接取り付けられていたため、此度の暴行により無理な動きを強制されたのが原因で性器も炎症を起こしており、尿道内部がズタズタに傷ついていると、そうややふくよかな体型の青年は語った。詳しく調べてみないとわからないが膀胱炎になっている可能性もあるという。

 左足首も折られており、右足も青あざだらけで、中にはタバコの火を押しつけて出来たような火傷の痕もいくつもある。足枷が嵌められていた右足首は手首同様に擦り切れて炎症を起こしていたし、足の爪は10本中8枚が剥がされていて、無事な爪にしろ、爪と肉の間に針が通された痕があり、炎症を起こして酷く膿んでいた。

 ……あまりに酷い、そうくノ一の女は思った

 その後、彼女が以前のシスイを担当していたという忍びを捕まえ、話を聞いたところ「金をやるから担当を変わってくれ」と言われて1週間前にシスイの担当を変わったのだというそんな事実が判明した。

 何故そんな真似をしたのか、金につられたのかと皮肉って言うと、その忍びは言った。

「自分が疲れたのだ」

 と、そう。

 なにせシスイは盲目の上に、排泄もまともに出来ない、現状を認識も出来ない、正気もない、食事もこちらが言ったらちゃんと口を開け飲み込みはするが、自分で取ることは出来ないという非常に手間の掛かる囚人だった。

 それだけではない、彼を辟易とさせたのは毎日のように繰り返される「なぁ、オレの処刑日は決まった?」という質問。狂人の戯言とはわかっていても、毎日そんなことを言われ続ければ気も滅入る。自分だって人間だ。相手が狂人だとわかっていても何を言われても平気なわけがない。シスイの相手をし続けることは、いい加減ストレスの限界だったのだという。

 だから、担当囚人を変えてくれないかという申し出は彼にとっては天恵にも等しかったらしい。彼は喜んでそれを受け入れた。

 ……しかし、だからといってまさかこんなことになるとは彼も思っていなかったそうだが。酷い暴行を受けたというシスイの現状の報告には罪悪感も感じたらしいが、それでも担当を手放したことについては後悔などしていないと、男はそう言ってその話を締めくくった。

 その話を聞いた彼女は、現火影であるうちはイタチへと言った。

「自分をうちはシスイの担当にさせてほしい」

 と、そう。

 正直、五代目火影となったイタチへの彼女の想いは色々と複雑だ。

 かつてシスイの婚約者だった少女でもあったし、里を救った英雄でもあるし、暗部としては大先輩にもあたるし、仕えるべき現火影でもあるし、何よりいくら新火影として色々と忙しかったとはいえ、元婚約者が陥っていた現状を知らなかったなんてちょっとどうかと思ったし、いつも冷静な澄まし顔でいるのも気にくわなかった。

 シスイに相手にもされてなかった自分が恋敵を気取る気もないが、それでももっと慌てたらどうなのだ、とあまりにも感情を出さないイタチを相手に苛立ちさえ覚えた。かつてはあんなにシスイには大事にされていたくせに、シスイなどイタチにとっては重要でもなんでもないのか、と。

 けれど彼女が今回の件を報告し、そして自らシスイへの担当に付きたいと申し出たとき、意外にもイタチはただ静かな目で彼女を見た後「……わかった」そう言って、シスイの担当に彼女が専念出来るよう手回しをした。

 意外……とは思ったけど、そんな風に彼女の想いを汲んでくれた姿を見るかぎり、やっぱり別にシスイに情がないわけではないのだと思うと、少しだけ安心したような、けれどちょっと憎々しいような複雑な想いに捕らわれたが、彼女はそれらを飲み干し良い方向へと考えることにした。

 どちらにせよ、シスイの怪我の状態が酷いのもあり、あと2ヶ月ないし1ヶ月半はあの暗い牢獄ではなく医療施設でシスイは過ごすこととなった。その間の医療担当は、かつて彼女と同じくシスイ班であったややぽっちゃりとした体型と濃い金髪……どちらかといえば黄土色か、の髪が印象的な穏やかな青年が専門で見ることに決まっており、旧知の間柄であるがゆえに、彼ならば任せて安心だと彼女は安堵を覚えたものだ。

 彼も彼女同様シスイの担当に決まってからは、通常業務はなるべく別の人間に廻るようにと根回しがされているようであり、ほぼシスイへと専念出来るようになっていた。

 ……ここにあの明るくムードメイカーだったのっぽの青年がいたら、約10年ぶりにシスイ班全員集合なんてことになったのだろうが、あちこちに酷い怪我を負い眠っているシスイを前にするとそんな風にはしゃげそうにもなかった。

 どちらにせよ、酷く衰弱しているシスイは未だ深い眠りの中だ。彼女に出来るのは早く良くなるよう祈ることだけだった。

 

 そして、シスイが目覚めたのはこの3日後のことだ。

 その報を受け、彼女はシスイのいる部屋へと飛び込むようにして入った。

 ……シスイとマトモに言葉を最後に交わしたのは9年以上昔のことだった。

 言いたいことはあった。聞きたいこともあった。話したいことはそれこそ山のようにあった。だけど、それでもこうして生きている、生きて目の前にいてくれているのだから、それで充分ではないか。目覚めてくれた、帰ってきてくれたのだから、それ以上望むのはきっと罰当たりだ。そうやんちゃだった少女から落ち着きのある大人の女性へと変貌を遂げたくノ一の女は思った。

 やりきれない思いはある。けれど、それでもシスイが目覚めてくれたのが嬉しくて、嬉しくて、彼女は弾むような声でその男の名前を呼んだ。

「シスイ先生!」

 けれど、呼ばれた方の反応は思わしくはない。いくつもの機械に繋がれ、手足をギブスで固定されている彼は、焦点の合わない目でぼんやりと不思議そうにゆっくりと首を傾げると、小さな声で呟くようにしてそれを言った。

「誰……?」

 その言葉にハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

 確かに、話には聞いていたのだ。

 もうシスイは誰と話していようと誰に話しかけようと、相手が誰なのかは理解していないのだと、狂ってしまったのだと、そう聞いてはいたのだ。だけど、こうして実際に耳にするまでは信じたくはなかったのだ。

「あたしです!」

 震える声で思わず衝動的に女は声を上げ、自分の名前を名乗った。

 けれど、シスイはやはり不思議そうに首をかしげながら彼女の名前を反復すると、「違うよ。彼女はもっと幼いんだ」そういって「君は誰」またそんな言葉を口にした。

 ヘタリと、ショックのあまり腰を落とし掛けた彼女を前に、同じくかつては彼女と同班としてうちはシスイを担当上忍として持っていた、今はシスイの担当医でもあるややふくよかな体型の青年は二度、三度首を横に振った。それに、無駄だと言われたような気がして、女の口がわななく。

「シスイ先生の時間は昔で止まっている」

 だから自分たちのことがわからないのだと、彼は語った。

 

 一時は酷いショック状態で、誰とも会話がならないほどに沈んでいた彼女であったが、このままではいけないと次の日にはなんとかある程度持ち直したようだった。

 確かに今の現状は酷い。しかし嘆いていても何も始まらないのだと、どんな姿になってもシスイ先生はシスイ先生なんだからと思うことにしたらしい。そんな健気さが同班であった黄土色の髪の青年には痛ましくて、見ていて辛くもあった。

 彼女は明るさを取り繕い、笑いながら様々なたわいないないことをシスイに話しかけた。

 その内容を理解しているのかは疑わしかったが、シスイもまた無邪気すぎるほどに無邪気な笑みをニコニコと浮かべながら、はしゃぐような声で彼女との会話に興じた。

 それを見て……まるで幼い子供のようだ、とそう思う。

 確かに昔から子供っぽい一面もあったシスイであったが、自分たちと接するときの大半は大人としての対応が殆どだったというのに、なのに今の彼の表情も言動も幼児返りをしたといっていいほどに幼い。

 質問をされたら言葉を返す。笑顔には笑顔で返す。こちらの指示には大半素直に従う。だけど、その内容は理解をしていないのだ。きっと、おそらく今のシスイは己が現在返している言葉の意味すら理解はしていないだろう。自分が何を口走っているのかわかっていないのだ。会話が成立しているように見えるのは表面上のことだけだけに過ぎない。

 けれど、だからこそタチが悪い。いつか、もしかしたら治って元通りになってくれるのではないかと、そんな有りもしない希望に縋りたくなる。

 

 その日、彼女はいつものように体中に巻かれた包帯を取り替え、濡れタオルでシスイの体を清める際に「痛かったら痛いって言って下さいね」そう声をかけた。

 それはここのところ毎日のように交わされている内容で、いつもならそれにシスイが「大丈夫」とそう答えて終わりになるだけだった。けれど、その日に限って彼女は踏み込んだことを聞いた。

「先生、本当に痛くないの?」

「?」

「……こんなに痛そうなのに。見ているだけで痛いのに」

 シスイへの暴行が発覚し、彼女が男達を摘発してからまだ1週間ほどしか経っていない。

 彼の体中には暴行を受けたあとがまだまだ色濃く残っており、青あざは薄くなり始めているとはいえ、各部の骨折が未だ治っていないのもそうだが、タバコを押しつけられて作られた火傷の痕などもまだ残っている。流石に指の骨とか剥がれた爪や性器や手首足首の炎症などは優先的な治療を施されたのだが、それでもまだまだ彼の現状は見ているだけでも痛々しいのだ。

 これだけの傷だ。体を拭いているだけとはいえ、痛みを感じない筈はない。なのに何故大丈夫といつもそう言うだけで痛みを訴えることはないのだろう。そう思っての彼女の声がまるで自分が怪我を負っているかのような傷ましさだったからだろうか、シスイはポツリとした声でそれを言った。

「痛いなんて言っちゃいけないんだ」

 それはまるで幼い子供のような口調で、けれど確信しているように吐かれたその言葉が信じられなくて、彼女は震える声でそれを尋ねた。

「どうして?」

「オレは罪人だから」

 おそるおそる問いかけられた声を前に、シスイは無邪気とさえ言える微笑みを浮かべながらそう答えた。

 そんなシスイの言葉と態度にショックを受けている彼女を前に、けれど目の見えない彼は気付かなかったのか、相変わらず優しげとさえいえる風情で続けて言った。

「人殺しが痛いとか辛いとか言っちゃいけないんだ」

 だって、オレに殺された人達はそれさえ言えなかった筈だろう? そう続けた狂った(わらった)男に、かつてはシスイの担当下忍であったくノ一の女は呟くような声で「何が罪だったというの……?」とそうシスイへと尋ねていた。

 それを言われた青年は初めはキョトンと不思議そうな顔を浮かべたが、それからまるで歌でも歌うような口調で、そんな口調に似付かわしくないような言葉を並べ立てていった。

「人をたくさん殺したよ。ミコトさんやフガクさんに、ウルチのおばちゃんやテヤキのおっちゃんも、テッカさんやヤクミさんに、それから他にもたくさん子供から老人まで殺したんだ」

 ……知っていたのだ。知識としては彼女だってわかっていた筈なのだ。

 うちはシスイはうちは一族を滅ぼして里を抜けたのだって。

 けれど……シスイは優しい人だった。とそうかつて彼の部下だったくノ一はそう思っている。子供達を愛し、無意味に人を殺めたり傷つけるのを疎うそういう人だったから、だからきっと本当に犯人だったのだとしても何か裏には理由があったのだと思った。いや、もしかしたら彼が犯人だなんて嘘で、誰かを庇っているだけなんじゃないのかと。

 それは彼女の都合の良い願望だったのかもしれない。かつて自分が惚れ憧れていた相手を美化しているだけなのかもしれない。それでも、自分の知っている師を女は信じていたかった。

 何故なら自分の知るうちはシスイという男は、木の葉を、里を裏切るような人間ではなかったのだから。と。

 

 そしてそれはある意味間違っていないと思っている。

 何故ならシスイの過去を見て真相を知ったという猿飛アスマとその仲間達は、三代目によっを口止めされていたのもあり、その内容については漏らさなかったが、やはり理由はあったと、あいつは里を裏切ったわけじゃなかったそれだけは真実本当だったとそう言っていた。

 けれど……理由があろうとなかろうと本当はどちらでも関係がなかったのだ。

 そのことに遅まきながら漸く女は気付いた。

 大事なのは、実際にシスイがうちは一族の人間を老若男女問わず「殺して回った」という事実だけなのだ。

 どんなわけがあったのかについては彼女は知らない。けれど、それを決行しただろうシスイの心の傷に関しては、シスイが殺した相手へと抱いていただろう感情については、どうしてか思考の中から弾いていた。そうだ、死んだのは、殺されたのは親のないシスイにとっての大きな意味での家族のような人達であったのに。そう彼が己の思うとおりの「優しい人」なら親しい人間を己の手で殺めて傷つかないわけがなかったのだ。なら、そのこと自体が一種のトラウマになってたとしてもそれは極当たり前のことではないか。

 今まで彼女はあまり殺されたといううちは一族のことはあまり考えていなかった。

 それも当然かもしれない。彼女がしたしかった「うちは」などシスイだけで、それもうちはだからというよりは、シスイ個人を慕っているそんな感情であり、うちは一族は里の外れに独自の集落を築いて暮らしていたから、巡回のうちは警務部隊の人間ぐらいとしか接点がなかった。つまりは、結局の所うちは一族は女にとってはよく知らない「赤の他人」であり、うちは一族滅亡もシスイのことを除けば結局他人事で、他者の不幸に過ぎなかった。

 けれど、シスイにとっては当然違うだろう。

 そのことに思い当たる事がどうしてか出来なかった。

 きっと、見たくないから、聞きたくないから無意識に考えから外していたのかも知れない。

 それが今目前へと突きつけられている。

 どうしてこんなことになったのだろう、なんてことは9年前から抱き続けている彼女の想いだ。けれど、答えなんて……未だ出そうにもなかった。

 そんな思考へと沈む彼女を置き去りに、彼は「ああ、あとね」とやっぱり幼い口調で無邪気に笑いながら次のような言葉を続けた。

「父さんや母さんも殺した」

「?」

 どういうことだろう。何かがおかしいと、その言葉で彼女は思った。

 うちはシスイのプロフィールは彼女だって見た。その中の家族構成に関しても読んだ覚えがあった。確か彼の両親は第三次忍界大戦で亡くなったのではなかったのか。死亡記録も残っているが、その中に当時一桁の子供だったシスイが両親を殺めたなんて情報もなかったし、死因も敵の攻撃を受けてのもので、死後何日も経ってから家族であるシスイの元へと「両親」は返ってきたのだ。幼かった彼が両親を殺められる由縁もなかった。

 しかし、そんな風に思う彼女の疑問を置き去りに、やはりシスイはまるで謡うような口調でこんな言葉を続ける。

「2人ともありがとうって言ってたのになのにオレが殺したんだ。オレなんかに感謝してオレみたいな孝行息子を持って幸せねって笑ってたのに、なのにオレが送ったチケットが2人を殺したんだ。ありがとうって、照れくさくてオレは言えなかった。だから……なのに……オレが殺したんだよ」

 これは一体なんの話をしているのか。彼女にはまるでわからなかった。けれど、彼にとっては重要な話なのだと、なんとなく直感した。だから口を挟むこともなく女は黙っていることにした。

 シスイは続ける。

「オレが妹から両親を奪った。だからオレはオレが弱音なんて吐いちゃいけないんだ。人殺しにそんなシカクないんだから。苦しいとか辛いとかは笑って隠さなきゃ。アイツを守るのはオレの義務なんだから。オレは……」

 シスイに妹がいたなんてデーターはどこにもない。それに狂ってしまったシスイの現状を思えばこれも狂人の戯言で、彼がいう『両親』や『妹』も架空の……空想の存在と普通の人間は捕らえるだろう。だってあまりに男のプロフィールと言っていることが食い違いすぎている。

(ああ、そっか)

 けれど彼女はその持ち前の直感でなんとなくストンと理解をした。

 これはきっとただの空想なんかじゃない。これが彼の『根源』だったのだ、と。

 シスイはふと、謡うような様子から寂しいような怯えるような表情に変えてかつての部下だったくノ一の女にそれを尋ねた。

「なぁ、妹はオレより6つ歳下だったんだ。アイツは夢を叶えられたのかな。アイツはどこにいるんだろう。アイツはいくつになったんだろう」

 思い出すのはいつも穏やかに自分たちを見守るように佇んでいたシスイの姿。

 子供が好きで、自分たちの他にもアカデミーで人気者だとそう噂に聞いていた。慈しむように伸ばされた手が頭を撫でるのが好きだった。

 あれは……自分達に『妹』を重ねていたのか。

「ずっと目が覚めてから暗いんだ。他人(ひと)の声は聞こえるのに、真っ暗闇なんだ」

 気付けばシスイは虚ろな顔をしてそんな言葉を口にしていた。

「どうして、ここはこんなに暗いんだろう……」

 失明しているということに気付いていないのだろうか。

 否、きっとそれも認識出来ていないのだろう。きっと、説明してももう彼にはわからない。

「オレって誰なんだろう……」

 その言葉にズキリと彼女の胸に痛みが走る。

 喪失している。自己が何者であったのか、彼は今喪失しているのだ。そのことが寂しく悲しい。

 だから、彼女は言った。

「貴方は……うちはシスイです」

 言葉が返ってきたことに不思議そうに彼は首を傾げる。そんな青年を前に、けれど彼女はそれをゆっくりと言い聞かせるように言い切った。

「貴方は、木の葉隠れの忍びで、あたしの担当上忍で、火の国のうちはシスイです」 

 その言葉に何を思ったのか、彼はフワリと笑うとそうして言った。

「うん、君が言うならきっとそうだね」

 それから暫く沈黙が続く。

 彼女は黙々と思い出したように、シスイの包帯を取り替え、体を清める作業を再開した。

 火傷の痕を拭うときピクリと僅かに青年の肩が跳ねる。それを見て彼女は言った。

「痛みますか?」

 シスイは笑って答えた。

「オレは、痛くないんだよ」

 

 * * *

 

 あれから1週間が経った。

 囚人への虐待容疑として捕らえられた男のうち中忍であったほうの男は、暗部の女に付けられた傷が歩ける程度には回復したのもあり、検査室へと連れてこられていた。

「……それで罪状に間違いはないか?」

 そう目の前で腕を組んで問いかける検査官の男に、容疑者である男は、ブスっとした不機嫌そうな顔で言う。

「なんでオレを刺したあの女じゃなくて、オレが責められなきゃいけねェんだ。オレは何も悪くねぇ!」

「しらばっくれる気か?」

 ギンと睨み据えながらそう告げてくる検査官の男を前に、男は「オレはゴミをゴミとして扱ってやっただけだ!」そう喚くような声で告げた。

「どうせアイツは同胞殺しの大犯罪者だ、死刑以外ありえねぇだろうが。だからその前に、奴に殺された奴らの恨みをオレが晴らしてやったんだよォ! 文句を言われる筋合いはねえ!」

「それを決めるのはお前ではない」

 それから淡々と検査官は男の罪状を並べ立て、1ヶ月の自宅謹慎と、中忍の資格剥奪、並び収容所勤務からの解雇を突きつけてきた。尚、調査が進み余罪が判明すれば忍者資格の永久剥奪も視野に入れるという。

 それを最初聞いた男は、驚き、まるで本当は自分が犯人ではなくもう1人の男のほうが主犯であるかのように言い繕い、なんとか処分を取り下げるよう猫なで声で頼み込んできたが、検査官達の態度や決定が変わらないと知ると、今度は一転して開き直った態度で声高にこう叫んだ。

「そうだよ、オレがあの野郎をやってやったんだよォ! ふひゃひゃひゃ、ざまぁみやがれってんだ!」

 それからクツクツと心底おかしそうに、昏い愉悦に浸った顔で笑いながら、男は言う。

「最初に爪を剥がしてやった時のあの野郎の顔ったらなかったぜ。必死に痛みを噛み殺したイイ顔でよォ、声を聞かれねえよう押し殺して耐える様は最高に見物だった。それがなんとも滑稽で無力でよォ、ありゃぁクセになりそうだった」

「黙れ」

 それがあまりに聞くに堪えない言動だったからだろう。こめかみをひくつかせながら言う検査官に対して、尚も容疑者の男はゲラゲラと下賤な笑い声を上げながら、両脇を別の男達に固められるのも構わず、叫ぶようにして言葉をぶちまけた。

「あのうちはシスイがだぜ? あの女にも見せてやりかったぜ、ゲヒャヒャヒャ!」

 

 その後、うちはイタチはこの事件を切っ掛けとして火影として収容所へと介入、同様の囚人への虐待事件が起きていないのか膿を洗い出し、3日で大幅な粛清改革を行ったという。

 

 

 * * *

 

 

 あれから1ヶ月半が経ち、再びシスイは元の牢へと戻されることに決まった。

 そのことにかつてシスイの教えた班のリーダーだった暗部の女は複雑そうな顔をしたが、シスイ自身はとくに何も思っていないようだった。寧ろほっとしてさえいるようだった。

 既に狂っているといっていいシスイだが感情がないわけではない。

 それでも、彼は自分を罪人だと認識しており、寧ろ罪人として扱われないほうが苦痛に感じるらしいと、これまでの付き合いで彼女もまた理解していた。……本当のことをいえば、理解などしたくはなかったが、だからといって今のシスイを拒絶するなんて、そんなこともまた出来なかったため認めるしかなかったのだ。

 アスマ達、かつてのシスイの同輩や先輩だった面々は変わってしまった今のシスイを見るのが辛いらしいし、彼女自身辛いので気持ちは分かるのだが、それでもどんなに変わってしまってもシスイはシスイなのだ。別人になってしまったわけではないし、根本的にはそれほど変わっていないのではないかと彼女は思い出し始めていた。

 何故なら彼女が本当に辛そうにしている時、目が見えていない筈のシスイは、目の前の人間が誰かさえ理解していないのに、慰めるようにいつもその手を伸ばした。泣くなといわんばかりに伸ばされる手は昔とまるで同じではないか。

 彼女が疲れた時、苦しくて仕方ないとき、けれどそんなことを理解出来ていない筈のシスイはいつもそっと手を握って、まるで子守歌のような唄を歌って彼女を慰めた。

 異国の言葉で、知らないリズムで流れるその歌が一体なんの歌だったのかは知らない。聞いたことのない歌だった。だけど、それが暖かくて、そんな在り方がいつかの昔とどこまでも同じで、知らず涙が溢れたものだ。

 彼は変わっていなかった。

 それがどこまでも嬉しくて、同時に悲しくて、辛くて、同じだと思い知らされる度、違うと思い知らされる度心苦しかった。

 いつか、元通りになってくれるのではないかと、期待する度に、心が削られていくようだった。

 だけど、それでも出来る限り笑っていようと彼女は思った。

 自分に出来るのはそれくらいだとそう思った。

 やがて、牢へ移送を前にしてシスイの両腕に再び木製の枷が嵌められる。それを抵抗もせずシスイは受け入れ、彼女は目が見えていない上に、牢獄生活と骨折のための入院生活によってすっかり足が萎えてしまったシスイを車椅子に乗せて出来るだけ遠回りしながら、医療施設から監獄への道を歩いて行った。

「ほら、先生。風が出てきたよ。久しぶりの外だけど、気分はどう?」

 シスイは不思議そうに首を傾げると、それからクンと鼻をひくつかせて、静かな声で言った。

「……水仙の香りがする」

「ひょっとしてそこに咲いている花のことかな。あ、触る?」

 彼女自身は花はそれほど好きというわけではなかったため、花の名前などは知らないが、確かシスイは割と花が好きだったような気がする。自分は専門外なのでよくわからないが、ぽっちゃりした体型の同班の少年あたりとよく薬草や毒草の話に続いて花の話も口にしていたような記憶があった。

 そのためそう尋ねたわけだが、その彼女の提案を前にフルフルと左右に首を振ってそれからシスイは言った。

「駄目だよ。オレが触ったら汚れるから」

 そうしてシスイは無垢に笑った。

 

 

 * * *

 

 

 男は苛立っていた。

 自分は何も間違っていない、社会の屑に制裁を与えただけだというのに、1ヶ月の謹慎処分の上、職場からの解雇に続き忍びとしての資格まで剥奪されてしまったからだ。

 確かに彼はあまり忍びとして優秀なほうではなかったし、寧ろ中忍になれたのが奇跡みたいな男だったわけだが、それでもあまりに腹立たしい。今までずっと忍びとして生きてきたのだ、今更他の生き方など出来るか、という思いもあった。

「クソ、あのアマぶっ殺してやる」

 こんなことになったのも、あの時の暗部の女が悪いんだ、と男は思う。

 あの女さえいなければ自分はこんな目に合うことがなかった。自分が悪いんじゃない。悪いのはあの女だ。

 そんなことを思い歩く男の目の前に、1人の女が道を行き交うのが見えた。

 黒髪を赤い結い紐で纏めている、釣り目がちなサーモンピンクの瞳の20歳過ぎほどの若い女だ。暗部服ではなく私服姿で、なにやら疲れているような顔をしてふらついているようだが、間違いなくあの時の女だ。

 それを見て天はオレに味方したか、と男は思いニタリと下賤に笑った。

 ただ殺すだけじゃつまらねえ、非道の限りを尽くして犯して嬲って絶望の限りを与えて殺してやる。そう思い、懐に手を男がやったとき、第三者の声と一本の長い針が男の動きを止めた。

「そこまでだ」

 現れたのは、ややふくよかな体型に黄土色の髪の優しげな風貌をした20歳そこそこの青年だったが、優しげな風貌と裏腹にその目とその声は鋭く、張り詰めた氷のような殺気を纏いながら、現れた青年は言う。

「動かないほうがいい。動いたときには命の保障は出来ない」

 見れば、男の手には細長い針が……あれは確か医療忍者がよくツボ治療に使うといわれている千本という代物だったはずだ、が3本ほど握られている。そしてそのうち1本は男の胸の中心のあたりにささっている。しかし、痛みはない。これは一体どういうことだ。

 淡々とした声で青年は言う。

「彼女に指一本でも触れてみろ。ボクがお前を殺すよ」

 軽く言っているようにさえ聞こえるが、その目は本物だ。本当に殺すと語っていた。

 しかし年下にただやり込められるのは気に入らなかったのか、それともただの強がりか震える声で男は言う。

「へ……で、出来るわけねぇだろ。びびらせんな。任務でもなんでもないのにオレみてェな一般人を殺したとバレちゃぁ、テメエの人生終わりなんだぜ?」

「生憎、死体の隠蔽工作は割と得意なんだ。医療忍者だからね。天涯孤独の君1人葬るのはわけないさ」

 それに続いて、青年は男の名前を男にだけ聞こえるような声音で付け足した。それにみるみる男の顔が青ざめる。それに皮肉った笑いを浮かべながら青年は言う。

「情報収集は忍びの基本だろう?」

「ふざけんな、この野郎! 言ってやる。テメエがオレが刺して脅したって言ってやるぞ!」

「別にかまわないよ。勝手にすれば? ああ、それに……」

 そこでゆっくりと言葉を切って、にっこり笑い青年は言った。

「世間はボクとならず者の君、どちらを信じるだろうね?」

 

 ……結局男は逃げて帰った。

 あれだけ脅しておけば大丈夫だろうと思いつつ、青年はため息を1つ吐く。

 彼女の後始末をするのはいつも自分の役目だがそのことを苦に思ったことは1度もないし、寧ろ好きこのんでやっているのだから別にそのことに対して何か思ったわけではない。

 ただ、彼が慮っているのは今の彼女の状態だ。

 いつもの彼女なら、あの程度の男これくらいの距離が空いていてもその殺気には気付いただろうに、気付いていなかった。それに疲労も濃く、明らかにここ2ヶ月ほどで窶れた。多分体重も落ちたのではないだろうか。

 ……何故そうなったのかの理由は分かっている。だけど、出来れば無茶をしないでほしいとそう願って青年はもう1度ため息をついてからその場を後にした。

 

 

 * * *

 

 

 男に食事を取らせること、それもまた囚人うちはシスイの担当となった彼女の役目の1つだった。

「はい、熱いから気をつけて」

 そう声をかけてからスプーンで掬ったスープを口元へと運ぶ。シスイはこちらの指示に従い素直に口を開いた。手枷は基本週に2度の入浴の時以外は外されることはないため、自力では食事を取れないのはわかっているからなのだろう。

……最も、目が見えず既に正常とは呼べないシスイが手枷がなかったとしてもまともに食事を取ったかどうかは怪しいのだが。実際木の葉病院にいて、まだ正気があった時代は食事に殆ど手を付けなかったと聞いていた。

 そうして食事を終えた頃にポツリとシスイは言った。

「悪ぃな、いつも。アンタも他に仕事あるだろうに」

「あたしはこれが仕事だから」

 そうやって笑って答えるこのやりとりは何度繰り返しただろうか、とボンヤリとする頭で彼女は考える。そんな彼女に、いつも通りの日課とも言える台詞を男は口にした。

「なぁ、オレの処刑日は決まった?」

「……ッ」

 もうこの台詞を何度聞いたのかわからない。毎日のように、1日に1度はシスイはこの台詞を口にした。

 それでも尚、何度言われても彼女がこの台詞に慣れることもなかった。こんなに死んで欲しくないのに、いつか元に戻ってほしいと願っているのに、処刑日はいつかなんて、そんな質問酷い。

 彼の罪状を思えば確かに処刑されておかしくはないんだろうけど、そんなこと考えたくもないのに。

 けれど、何も言われないことからまだであることは悟ったのか、シスイはボンヤリとした口調で次のように呟いた。

「そっかぁ。まだなのか。早くすればいいのにな。そしたらアンタもこれ以上オレに携わらずに済むのに。オレみたいな大悪人は惨たらしく殺されりゃ良いんだ。そうしたら気が晴れる奴も多いだろ」

 そんなこと言わないで、とひび割れそうな心を抱えながら彼女は思う。けれど、自身を悪人を定義しているシスイに自分の言葉が届くことがないことも散々思い知らされてきたから、否定しても無意味なのだとわかってはいるのだ。

 それでもその言葉を聞くだけで胸が張り裂けそうだった。

「早く殺されますように」

 そんな言葉を笑って、口にしないで、そう言うことは出来なかった。

 

 

 * * *

 

 

「……あまり眠れていないんじゃない?」

 1週間ぶりに顔を合わせた昔馴染みの言葉に、彼女はそう? と口にしながら目元にぺたりと指をやった。そんな彼女に苦笑しながら、ややぽっちゃりした体型に黄土色の髪の、優しげな風貌の青年は「あまり根を詰めちゃいけないよ」そう口にして何かの丸薬を手渡した。

「睡眠薬。リラックス効果のある香草も混ぜてあるから良かったら使って」

「ごめんね、いつもありがとね」

 そう言って無理して笑う彼女が痛ましくて青年は僅かにそっと瞳を伏せ、それからポツリとした声で彼は言った。

「体の傷は治せても、心の傷は治せないから……力になれなくて、ごめん……」

 そういって黄土色の髪の青年は頭を下げた。それが誰のことを言っているのかは当然わかっているのだろう、黒髪を赤い結い紐で結い上げたサーモンピンクの瞳の彼女は、「ううん、そんな事ない。いつも助けられてるよ、ありがとう」そういって感謝するようにこちらも深く頭を下げて、笑って去っていった。

 その後ろ姿を心苦しく青年は見つめる。

 そんな青年の前に、「よぉ」と軽い声をかけてひょろりと背の高い青年がやってきた。

「やっぱ、状況悪いんだな」

 そうやって苦笑するのは、黄土色の髪の青年や彼女と同じくしてかつてシスイ班の仲間の1人だった黒髪の青年だ。そんないつも通りの態度にふっと笑って、ぽっちゃりとした体型の青年は言った。

「なんだ、来てたんだ。久しぶりなんだし、来てたんなら彼女と会ってあげたら良かったのに」

 そう口にすると、おどけた態度でのっぽの青年は言った。

「オレ、空気読めないしお調子者だからなー。今側にいたら傷つけちゃうだろ?」

「本当に空気の読めないお調子者はそんな風におどけて慰めようとしたりしないよ」

 そう微笑みながら黄土色の髪の青年が指摘すると、黒髪をしっぽのように1つにつめた青年はボリボリと頭をかいて、それから「まあ、お邪魔虫かなーと思ったりもしたり、な」といってチラリとふくよかな体型の青年へと視線を寄越した。その意味に気付いて思わず彼は苦笑する。

「未だ初恋もまだなオレがいうのはなんだけどさー、好きって難しいね」

「……そうだね」

 そう、ポツリと呟いた。

 

 

 ……彼女がうちはシスイに憧憬とも初恋とも取れる感情を抱いていたことくらい昔から知っていた。

 そもそも彼女は昔からわかりやすいほど感情が素直で、いつも真っ直ぐで、シスイ先生本人にも何度も「好き」とわかりやすくアピールしていたのだ、寧ろこれでわからない筈がない。

 けれど、そんな彼女の真っ直ぐさが彼は好きだった。

 明るく素直で、一途で一生懸命な彼女のことが可愛いなと、支えたいなと思っていたのだ。たとえ今は同班の仲間の1人としか思われていなくても、異性だとすら見られていなくても、いつかちゃんと告白してちょっとずつ自分の本気を伝えられたらとそう思っていた。

 どうせシスイ先生には婚約者がいたし、先生は明らかに彼女をそういう対象には見ていないのだから、だからたとえ彼女の想いが自分たちの担当上忍に向いていようと別に構わないと思っていたのだ。

 今は駄目でも、いつかは……そんな希望があったから。

 それが一転したのは9年……いや、そろそろ10年か。前のシスイのうちは一族皆殺し事件が起こったとき。一族を殺したシスイが木の葉を抜けた時、彼女は一時は見ていられないくらいの落ち込みようで、自殺するのではないかと思えるほどそれは酷かったのだ。

 持ち前の明るさと自分たちの励ましによってそれはなんとか持ち越したのだけど、現在のシスイへの接し方を見てもわかるが、未だに彼女がうちはシスイに対して未練があるのは明白だ。

 勿論己とてシスイのことは心配しているし、恋敵とわかっていてもそれでも好きだった。慕っていたといえる。人懐っこい笑みと暖かいあの手に撫でられると、幼い頃に死んだ年の離れた兄を思い出したものだ。

 でもだからこそなのだ、彼女がどれだけシスイを慕っているかを知っているからこそ、あんな形で別れたからこそ、彼は彼女に「好き」だとその一言が言えなくなってしまった。

 好きだからこそ、彼女の弱みにつけ込むような真似だけはしたくなかったのだ。

 そうして好きともいえず10年が過ぎた。きっと彼女はまだ己が彼女を好きだということは知らないだろう。

 弱音は吐くつもりはなかった。いつまでもその傷が癒えるまで待つつもりはあった。だけど、今のこの現状は……。

「シスイ先生のことなんだけど」

 だけど、こうしてそれを口にしようと思ったのは、此処にいるのが唯一そんな自分の心のうちを知っている仲間であり戦友であり、親友である存在だったからなのか。それとも彼もまたシスイを慕った人間の1人だったからなのか。

 わからないけれど、グチャグチャの感情のまま、ポツリと黄土色の髪の青年はその言葉を口にした。

「今思うと残酷な人だったんだなって思う。シスイ先生の事はボクも今も好きだけど、それでも少し……いや、すごく憎いんだ」

 そう……確かに敬愛していた。兄のようにさえ思い慕っていた。それもまた真実だ。

 だけど、彼女を苦しめ続けるあの存在がどうしようもなく憎かった。

 好きなのに憎い、憎いけど嫌いになれない。そんな感情を持て余す青年に向かって、黒髪の彼は言った。

「いいんじゃないの。好きと憎しみは紙一重だよ」

 

 

 ―――――そうしてうちはシスイが木の葉に帰ってきてから5ヶ月の月日が流れた。

 

 

 後編へ続く。

 

 

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