おまたせしました、バッドエンドルート後編です。今回も地味に加筆修正していますが、地味すぎて気付かれないような気もします。
とりあえず、次回は何故かアンケートでの人気が異常に高い「穢土転生ルート」のダイジェスト版でもお試しにあげてみようかなあと思います。希望者がやたら多いようなので。
が、まともに書いたらR18指定な上に本編よりなげえ(※少なく見積もっても完結に10話以上かかる。場合によっては20話)出来になるのが確実な話であるため、まともに連載することはご容赦下さい。プロットだけならともかく、そんな長いの書いてられないよ! そもそも穢土転生ルートじゃ主人公である筈のしーたんは倒されるべき敵キャラとして活躍する上に、何故か本編では出番ねえシノとかガイ先生が活躍しちゃったり、鷹のメンバーがしゃしゃり出てきたり、原作主役のナルトが思いっきり主人公張ってたりどういうことだよこれな展開だしな! あれ? でも原作の主役が主人公きっちりやってて、憑依オリ主がメイン敵って一周回って王道なんじゃ? まあ、細かいことは気にするなというわけで。
とにかく、バッドエンドルート後編どうぞ。
―――――……子守歌が聞こえる。
知らない旋律で、知らない言語で、知らない響きで朗々と男の声が同じ歌を繰り返し口ずさむ。
それは穏やかで優しげで、いつかの光景を想起してしまうようなそんな声。
それに思わず足を止める少年を前に、案内しているくノ一は寂しそうな苦しそうなそんな顔を浮かべて言った。
「……いつもそうなの。いつもこの時間になると、シスイ先生はこの歌を唄うの」
けれど、なんの歌かは誰も知らないのだと、女は呟いた。
子守歌だと思うのも、なんとなく歌の感じからしてそうなのではないかと、そう思うだけなのだと。その言葉に少年もまたコクリと1つ頷く。
まるで誰かに語り聞かせるようなそれは一体誰のための子守歌であったのか。
……この歌を、以前にも1度だけ少年は聴いたことがあった。
シスイの入れられた牢が近づくにつれて、歌声は鮮明になっていく。決して大きな声で歌っているわけではないのに、それは不思議と耳によく通る。
そうしてたどり着いた先で、何ヶ月ぶりにその顔を見たのだろう。
その男は変わり果てた姿をして、けれどこれだけは変わらない優しげで穏やかな顔付きで目を瞑って……何かの楽器を奏でるときのように指でリズムを取りながら其の歌を唄っていた。
けれど、自分の牢の前に誰かが来た気配に気付いたのだろう。牢の入り口に彼女と少年が近づくとピタリと唄うのを止めて、男はゆっくりと目を開き、彼らを振り返った。
その黒い眼は焦点があっておらずボンヤリと虚空を眺めるだけで、それで嗚呼盲目になってしまったというのは本当なのだと、イヤでも印象づけるものだった。
「誰……?」
「……ッ」
シスイはどこかユッタリとした声で誰何を問う。
その姿を前にして覚悟を決めていた筈の少年は思わず言葉に詰まる。此処で名を返しても、もう彼にはわからないのだと、たとえその時は理解したような言葉を返しても数秒後には忘れてしまうのだと、此処に案内される前説明を受けていた。
だけど……虚ろな目さえ覗けばその穏やかな表情は以前と同じで、そのことに胸が詰まった。同じな筈がないのに。
「…………シスイのにいちゃん」
震える声で、少年の……うずまきナルトの口から青年の名が漏れる。
それを、呼ばれた青年は不思議そうに首を傾げて聞いている。
そんな様を見て、思わずボロリとナルトの目から涙が伝った。
男の変化が、酷く悔しく悲しかった。
……決して以前と同じなどではない。
わかっていた。何度も聞いていた。狂ってしまったと、だから皆周囲は己が彼に会うことを止めていたのだ。
なんでだと何度も口にした。狂っちまったなんて会うまでオレは信じねェと何度も口にした。そんな己を見て、担当上忍だったはたけカカシや、今のシスイの状況に詳しいものの1人である猿飛アスマは痛ましげな顔をして、それでも会うなと何度も引き留めた。
会わないほうがいいと、それがお前のためだと何度も何度も。
それでもナルトは信じたくなかったのだ。
……あの時の温もりを覚えている。
年端も行かぬ子供の頃、訳も分からず自分は周囲に忌み嫌われていて、大人達は何度も影でこそこそと「死ねばいい」とそんな風な言葉を吐いて、己の子に「あの子と遊ぶな」そんな風に吹き込んで、なんで嫌われているのかわらない侭に自分は孤独で、苦しくて、辛くて仕方がなかった。
憎悪だってした。
自分をそんな風に扱う周囲がただ憎くて、苦しくて、どうして己がこんな目に合わなければいけない、自分が一体何をした、とそう思った。
確かに三代目のように己に優しくするものがいなかったわけではない。全ての人間が己を嫌っていたというわけでもなかったのだろう。だけどその目にはいつも憐憫があって、そんな目で見られることだって辛かったのだ。
どうして嫌われなければいけないのか、知らなかったから。どうしてそんな目で哀れまれなければならないのか、わからなかったから。
後にそれは自分が九尾の人柱力で、かつて里に甚大な被害をもたらした九尾の狐を封じられているから嫌われていたのだと判明したけれど、それでも子供の頃の自分にとってこの里はとても居心地の良い場所とは言えなかったのだ。
周りの子供達には親がいて、友達がいて、暖かい家があるのに、なのに自分には何もない、誰もいない。
家族なんて存在は知らない。どんなものなんだろうと、夢想はしてもそれだけだ。その暖かさを知らなかった。
彼に出会ったのはそんな頃だ。
公園で1人ブランコに乗っている自分の前にその男は嫌悪の視線を向けるでもなく、憐憫の視線を向けるでもなくただ現れた。そして、接したこっちのほうが驚くほどあっけらかんとした態度で話しかけ、まるで普通の子供に対するように己の頭を撫で、「飯、喰いにこねえ?」なんて軽い言葉と共に家へと誘った。
なんの恐れも、戸惑いもなく。
それがどんなに嬉しかったのかきっと男はわかっていなかったのだろう。喜ぶ自分に戸惑いながらでも仕方なさそうに優しい顔をして微笑った。それが凄く印象的で、嬉しくて、まるで普通の子供を相手にするみたいに叱ったり、世話を焼いてきたり……そう、まるで本当の『家族』みたいだった。
その日、そのままナルトは彼の……うちはシスイの家に泊まった。
その日にうちはイタチと知り合ったり、あのうちはサスケがイタチを追いかけてやってきて、サスケと殴り合いつかみ合いの喧嘩して、2人で風呂に入ることになって、そこでも一悶着があって、そうして風呂から上がったら疲れて眠くなって気付けば布団の上で眠っていた。
確か、最後に残っていた記憶によると布団の上じゃなかった筈だから、きっと誰かが移動させてくれたんだと寝ぼけ頭ながら考えた。
あの唄を聞いたのはそんな時だった。
知らない旋律と聞き覚えのない言語で、優しげで穏やかな男の歌声が耳に届いた。
『?』
寝ぼけ頭を抱えながらうっすらと目を見開くナルトに対し、少年の目が覚めたことに気付いたのか、青年は唄を歌うことを止めると、ナルトの上にブランケットをかけ直しながら苦笑しつつ穏やかな声で言う。
『なんだ、目覚めたのか』
数瞬、それが誰だったか思い出せずボーとする少年だったが、やがて彼の家に食事を誘われ来ていたのだということを思い出し、確認するように『シスイのにいちゃん……?』そう口にする。そんなナルトの頭を優しげな大きな手がクシャリと撫でると『まだ、時間はある。寝てろ』そう言ってポンポンと安心させるようにリズムを取ってナルトの体を優しく叩いた。
其れがあまりに心地よくて、まるで母親の羊水の中を漂う胎児のようにぐっすりと眠りに落ちた。
それはあまりに幸せな気持ちで。
そして起きると、知らない部屋に1人で、もしかして昨日のことは夢だったんじゃないかと不安になった。
……独りは嫌だ。ずっと、嫌だったから。
けど、そんな暗い気持ちに落ちそうになる寸前でガラリと障子が開けられ、明るい男の声がかけられる。
『お、なんだ。起きてたのか。てっきりまだ寝てるかと思ってた』
それは昨日と変わらないうちはシスイの姿で、もしかして昨日の出来事は夢だったのかも知れないと半分思っていた少年はそのあまりに変わらない姿に吃驚した。そんなナルトに向かって、青年はニィと笑って言った。
『おはよう』
それに何を言われたのか一瞬わからず、ポカンとする少年に近づいて、シスイはペチリとナルトの額を軽く叩いて、『おーい、いつまで寝ぼけてんだ。人が挨拶してんだから、挨拶しんさい。挨拶は人間関係の基本なんだからな。で、おはようは?』なんてことを言った。
それに一瞬遅れて我に返ると、ナルトは上擦った声で『お、おはようってばよ、シスイのにいちゃん』そう返すと、彼は満足そうに微笑して『ん、よし。そこの廊下出て角曲がったところに洗面台があるからとりあえず顔洗ってこい。その間に朝飯の用意はしとくから。ほら、タオル。ちゃんと手も洗えよ』そんなことを言って、左手にもっていた真っ白なタオルを少年に手渡した。
そうして2人で揃って食卓についた。
朝食は炊きたての白米に味噌汁、白菜の浅漬けに小松菜の胡麻和えとだし巻き卵だった。
それは、幼くして1人暮らしを余儀なくされているナルトにとって無縁といっていいほどに極家庭的なメニューで、作りたてのそれは美味しくて、美味い美味いとあまりにナルトが連呼したからだろうか、仕方なさそうなそれでも優しく慈しむような視線を向けて、自分の分のだし巻き卵を切り分け、ナルトの皿にそれを乗せるとシスイは悪戯そうに笑った。
その間たわいもない会話を繰り広げた。
大抵喋るのはナルトばかりで、シスイはずっとそれを相づちを返しながらただ聞いていただけだけど、自分の話を真剣に聞いてくれるのが嬉しかった。
そうして、昨日洗濯した着替えを手渡して、ナルトがそれに着替えると、シスイもまた洗濯や掃除、洗い物などをすませて着替えて共に玄関へと向かった。
ナルトが『手を繋いでもいいか』と聞いたら、シスイは少しだけ驚いたあと『別にいいけど』と答えた。そうしてうちはの集落を出るまでずっと、手は繋ぎっぱなしだった。1度ナルトの家にまで帰りアカデミーに必要なものを持つと、アカデミーまでの道のりを共に歩いた。
『じゃ、ここからはオレはもういいな』
その言葉に一瞬、捨てられた気分になってつい暗い顔をしてしまったナルトに気付いたのだろう。シスイは少年を手招きすると、ぐしゃりと頭を撫でて、それから苦笑しながら言った。
『ったく。今生の別れじゃあるまいし、んな暗い顔するなよ。男だろ?』
『だってよ……』
『いってらっしゃい』
その言葉に思わず顔を上げた。それは他人が言うのはよく聞く台詞であっても、自分には今までかけられたことのない台詞で。そうやって驚いた顔をするナルトを見て、笑いながらシスイはもう1度頭を撫でて言った。
『いってらっしゃい』
『い、行ってきますってばよ』
そうして、笑って手を振りながら別れた。
結局の所、シスイの元で過ごしたのはその日だけで、結局それはシスイ自身が始めに言ってたように1度限りの縁だったけど、それでもナルトは思ったのだ。
―――――……嗚呼、家族ってば、こんな感じなのかな。
ずっと夢想していた。家族ってどんなんなんだろう。暖かいのかな、心地良いのかな。家族なら、オレを愛してくれたのだろうか、と。
彼は暖かかった。その手も、言葉も。ただ当たり前の愛情をくれた。望んでいたものをくれた。
たった1日だけの縁だったけど、それでも父で母で兄のようだと思ったのだ。
だから、彼がうちは一族を滅ぼし、里を抜けたとそうアカデミーで聞いた時も信じなかった。あんな暖かかった人が、家族のいない自分に1日限りとはいえ家族の温もりをくれた人が犯罪者など信じられるものじゃなかった。
でも現に彼をそれ以来里で見ることはなくなってしまった。
だから今から3,4年前自分の前にあの人が現れた時は本当に驚いた。夢なんじゃないかと思った。
シスイがいなくなってあれから自分はまた独りに戻った。だけどそんな自分もシスイ以外にも己を見てくれる人の数は少しずつ増えていき、今ではナルトは独りではない。
だって、イルカ先生がいる。カカシ先生もいる。一楽のおっちゃんや、サクラちゃん、サスケにシカマル、我愛羅……他にもゲジマユやネジ、たくさんの仲間がいる。もうナルトは1人ではない。
それでも、最初に孤独ではないことを、人の温かみを教えてくれたのはシスイだったから、ナルトにとってはやはり別の意味で彼は特別だったのだ。
彼が一族を殺し里を出たという真相を知りたかった。変わっていないと信じたかった。現に数年ぶりに接触した彼は変わっていないと思った。変わっていないと思っていたのだ。
その穏やかな雰囲気も、やや場違いなほどにあっけらかんと軽い口調も、優しげな瞳も。自分を「良い奴じゃない」と言いながら、世話を焼くような台詞を吐くようなところも、まるで昔のままだったから。だから、尚更にワケを知りたいと、里に連れ帰りたいと、そう思っていたのに……。
―――――なのに、その結果が、これだなどと。
痩けた頬、少し伸びた艶のない黒髪、口元に浮いた無精ヒゲに、やせ衰えた手足。腕には大きな手枷が嵌められ、右足にはジャラリと鎖が伸びて牢獄の柱の1つに繋がれている。ベットで眠ることがないからだろうか、毛布は床に落ち、着物の隙間からはカテーテルが伸びていた。
穏やかな優しげな表情はまるで昔と変わっていないのに、黒い瞳は焦点が合わず、虚ろに空を彷徨っている。着物の隙間から覗く胸板の薄さと白さが、かつてからの衰えを思わせ、病人を連想させた。
適度に筋肉が付き、健康的で血色が良かったかつての面影はそこにはない。
かつての彼を知っているからこそ、こんなシスイの姿はあまりに痛々しすぎて見ているだけで辛すぎる。
返したいと、そう思っていたのに。
かつて自分が彼に救われたのと同じ分だけ、今度こそ自分が返す番だと思っていたのに。けれどもう正気がないという彼に、それを突きつけられて一体どうすればいいのだろう。
悲しいのか苦しいのかすらわからない。ただ、ボロボロと理由が付かない涙が頬を伝うだけだ。
そんな中、男のどこかボンヤリとした声がかかった。
「泣いて、いるのか」
その声にはっとナルトは顔を上げる。
見れば、シスイはボンヤリとした顔のまま、それでもどこか心配気な顔をしてこちらを見ていた。やがて、ゆっくりとシスイは枷の掛けられた両腕を手を伸ばそうとするように上へと上げ、痩せこけた顔でそれでも確かに笑みを模って言った。
「ほら、おいで」
それはかつてまだ時間があるからと夜中に起きたナルトを寝かしつけたときの声とよく似ていて。牢を開け、少年はシスイの元へと向かう。ついてきていた男の世話係である暗部の女はそれを止めなかった。
手を伸ばせば届くほど近くにうちはシスイがいる。身近で見れば見るほど、かつてとすっかり様を変えていて、なのに変わらない微笑みが見ていて悲しかった。
青年は枷で自由にならない腕のまま、それでも抱き締めたいのか頭を撫でたいのか、カチャカチャと音を立てながら、それでも精一杯に腕を伸ばす。ナルトはそんな青年に縋るように衝動のままに彼の胸板のあたりに頭を押しつけ、泣いた。
「甘えん坊だなぁ。ほら、泣くなって」
そんな少年に対して、シスイは慈しみに満ちた声でそう言い、自由にならない腕のままナルトの頭を撫で、そして……口にした言葉に少年は凍り付いた。
「大丈夫だよ。お前のことはオレが守るから。なぁ…………」
そうして囁くような声で最後に青年が口にした名前は、今までナルトが1度も聞いたことのない女の名前だった。けれど、そんな少年の硬直に気付いた様子もなく、シスイは自由にならない腕の中にナルトを抱き締めると、その聞き知らない名前の女と勘違いしているのか、それまでと変わらない穏やかで優しげな声で続けて言う。
「どうせオレには夢なんてないけど、お前は違うんだから、だから、お前は夢を諦めたりとかはするなよ。もう父さんも母さんもいないけど、オレが不自由はさせないから。金の心配だってしなくていいから。オレに出来ることならなんでもやってやるから。だからお前は自分の夢を叶えてくれ」
あやすように背をポンポンと優しく叩きながら言われる、これは一体誰に向けて言った言葉だったのか。目の前にいるのはシスイが今口にした名前の女ではない、ナルトだ。けれどそれにやはり最後まで気付かず、シスイはナルトを『誰か』と勘違いしたまま、微睡むような声で告げた。
「兄ちゃんが守ってやるから……」
(なんでだよ、シスイのにいちゃん)
どうしてこうなのだろう。
既に壊れているのに。
もう誰が誰なのか認識すら出来ず、少年の体を抱き締めながらそれでもそれを見知らぬ名前の女と勘違いしていまうほどに、壊れてしまったというのに、どうして自分のことではなく、人のことばかり言うのだろう。
彼の中で『自分』はどこにいってしまったのだろう。
誰を守ろうとしていたというのだろう。
ナルトには何もわからない。
わからないけれど、それでも悲しくて、辛くて、苦しくて、少年は嗚咽の声を漏らしながら噎び泣いた。
健康的だったかつてと違うやせ細った手が、手枷をかけられたままそんなナルトを慰めるように背を撫でるのがまた酷く感情を揺さぶった。
「ねえちゃん、今日は色々ありがとな」
面会時間も終了を告げ、施設の出口へと案内された少年は、今まで自分に付き添ってくれた20歳過ぎほどの暗部の女性を振り返って笑ってそう言った。
「いえ。……そのお辛かったでしょう? あたしは慣れたけど、ナルトさんは初めてだったわけですし……」
そういって口ごもり気まずげに視線を下に向ける彼女に向かって、ナルトはニィッと笑い、手を上下にパタパタ振りながら言う。
「なーに言ってるんだってばよ。ねえちゃんのほうがずっと辛いだろ。それに、確かにショックじゃなかったとは言わねェけど、オレってば諦めたつもりはないぜ」
「え?」
「シスイのにいちゃんがずーっとこのままなんて決まってねェだろ。きっと、世界のどこかには壊れた心を治す薬とかもあるって。だからさ、ねえちゃんも諦めんなよ」
そういって少年は太陽のように笑った。それに、始めサーモンピンクの瞳の女は一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべるが、やがて微笑みをその顔に浮かべて「……そうですね、諦めるのは早いですよね」そういって笑った。
「おう。前例がねェってんなら、オレが前例を作ってやるってばよ!」
それから、ナルトは任務の傍ら、暇を見つけては苦手なりに文献を調べたり、カカシや三代目への定期検診に木の葉を訪れる綱手の元に駆けつけたりなどして、心の病に効く薬はないかとがむしゃらに探し続けた。
多忙を極め、日々目の下の隈が増えていき、サクラなどに心配をかけてもそのたびに「大丈夫、大丈夫。サクラちゃん心配してくれてありがとな」とそう笑って無理を重ねた。
―――――そうしてうちはシスイが木の葉に帰ってきてから半年の月日が流れた。
「……殺してやった方がいいんじゃないですかね」
木の葉にある、とある居酒屋の一角で、仲間内で久しぶりに集まった彼らのうちの1人がポツリとした声でそんな言葉を漏らす。
主語はなかったが、それが一体誰のことを差しての言葉だったのかなど、聞かなくてもここに集まっているメンバーならわかっていたことだった。
それに、殊更ムッスリとした顔を浮かべながら、咥えていたタバコを灰皿に押しつけつつ猿飛アスマが言う。
「いきなり、何を言い出すんだ」
そのギロリとした視線を前に、しかし戸惑うような声を上げながら気弱に最初に言い出した男は言った。
「だって……あのままじゃ」
彼らの脳裏に浮かぶのは1人の男と、1人の少年と、1人のくノ一の姿だ。
……うちはシスイの様子に相変わらず進展はなく、彼は相変わらず牢獄に繋がれたまま、話しかけられてもそれが誰かもわからない有様で、日々欠かさず「オレの処刑日は決まった?」という質問ばかり繰り返しているのだという。
そしてその世話係である暗部の女と、シスイを慕っていたナルトの2人はそんなシスイとの接触により日々窶れていっているのだと、そう報告が入っていた。
……牢に入れて囚人を生かすためにかかる費用とは馬鹿にならないものだ。シスイのように正気を失い、食事も排泄もままならないような囚人なら尚更だ。しかも、世間的にはS級犯罪者であるうちはシスイは本来なら処刑されるべき囚人なのだ。彼を生かすことに決めたのはアスマ達の我が儘でもあるので、費用は自分たちが負担しているとはいえ、気の狂った囚人……其れもS級犯罪者だ、を生かしていつまでも牢獄に置いていることに対する不満の声も一部では上がっている。
けれど、彼が殺したほうがいいのではないかと言い出したのは自己保身のためではないのだろう。
「まだ諦めていない奴がいるんだ。オレ達が先に弱音を吐いてどうする」
アスマは次のタバコに手をのばしながらそう口にした。その口調には自分に言い聞かせるような響きもあった。
「だって」
「だってもヘチマもない」
そういって遮るが、アスマにもこれが正しい選択肢なのかはわからなかった。いや、誰にもわからないのだ。これに答えなどない。しかし、あの暗部の女もナルトもシスイが正気に戻ることを諦めていない以上、自分たちが先に根を上げるのは間違いじゃないのかとそう思う。
……少なくとも、シスイを友だと、救ってやりたいと口にしながら、青年の過去を暴いてシスイを壊し、会うのが辛いからと逃げるように避けた自分たちに終わらせる資格はないとそう思った。
そんなアスマ達のやりとりを見て、別の仲間がポツリと呟いた。
「なぁ、オレ達はとても残酷なことをしているんじゃないのか?」
「ねぇ、生まれ変わりって信じる?」
1週間ぶりに再会した彼女は開口一番、そんな言葉を口にした。その顔は窶れ、目の下にはクッキリとした隈が浮いている。眠れていないのかも知れない。睡眠薬の強さをこれはあとで調合し直したほうがいいのかもしれないなと思いながら、黄土色の髪をした医療忍者の青年は問う。
「いきなりな質問だね。そして難しい質問だ。どちらでもあり得ると思うし、あり得ないとも思えるけど、ただ生まれ変わりというのがあると考えた方がロマンチックだろうと思うよ。と、これでも飲みなよ。あんまり最近眠れてないんでしょ? これリラックス効果のあるハーブ入っているから落ち着くと思う」
「ん、ありがと……」
そういって彼女はカップを受け取ると、湯気を放つそれに一口つけ、手でカップを弄びながら、どこか疲れ切ったような顔を浮かべながら、ポツリポツリとそれを言った。
「あたしね、思うの。きっとね、シスイ先生の前世はあたしたちが想像もつかないような遠い異国の人間で、先生はその記憶を持ったまま生まれ変わってしまった人なんじゃないかって」
「どうしてそう思うの?」
「そう思ったら辻褄が合うもの」
そういって、サーモンピンクの瞳をした女はコトリとカップを机の上へと置いて、椅子に深く腰掛けながら、目元を隠すように手を自分の顔の上に乗せた。
「先生の話はいつも同じ。木の葉やあたし達のこと以外を語る時、彼の中に出てくる登場人物はいつも優しい両親と6歳年下の妹さんのことばかりだった。そうして木の葉のこと以外の情報を纏めるとね、どうやらそこは戦争なんてない平和なところで、そこでは人殺しは絶対の悪なんだって」
「…………」
10年来の付き合いである医療忍者の青年はそれに何も答えない。それに女は顔を手で覆ったまま、疲れたような声で続けた。
「昔、あたしたちを受け持っていた時、先生はあたしたちに人殺しは悪だなんてこと言ったことはなかった。そりゃそうよね。忍びである以上、殺さずなんて甘いこと言ってたらこっちが殺されるんだもの。シスイ先生もそのことは分かっていたはずだから、言わなかった。だけど……」
「自分に対しては別だった?」
次に彼女が言うだろう台詞を読み取り、先読みしてそう答えると、女は目元に乗せていた手をそのまま上にずらし、自分の髪をかき上げると、目線だけを青年のほうに向けながら言った。
「そう……きっと、先生のあの考えは、人殺しは悪だというあの論理観は前世で住んでいた国の価値観を基準にしてあるのよ」
「……突飛な意見だね」
そうやや太めの体型の青年が言うと、紅い髪紐で黒髪を結い上げている女は少しだけ自嘲気味に笑って、まだ暖かいカップに手を伸ばしながら言った。
「そうかもしれない。あたし自身そう思うもん。でもさ、知ってるでしょ?」
そうしてカップを手で遊ばせながら再びその中身に口をつけ、喉を潤しながら彼女は言う。
「いつも夕方になるとシスイ先生は歌を謡う。けれど、その歌を誰も知らない。何を唄っているのかもわからない。知らない旋律で知らない言葉で歌われる唄。誰1人知らない歌。誰も知らないのに、なんで先生は知っているの?」
そういって彼女はズルリと自分の体が傾きかけていることに漸く気がついた。頭がぼーとする。なんだかとても瞼が重くて、体がだるい。
もう、目を開けていられない。
「ごめんね……なんだか、あたし……疲れちゃった」
「うん、大丈夫だよ。ボクが見ているから寝てもいいよ」
優しい声で、聞き慣れた青年の声が響く。
「うん……ごめんね」
それを前に、申し訳なさそうにそれだけを告げて彼女は夢の世界へと旅立っていった。
「…………」
そんな想い人を見下ろしながら、黄土色の髪の青年は無表情で佇む。眠るその顔は窶れ、疲労が色濃く刻まれている。その体もこの3ヶ月で随分と薄くなった。おそらく体重も5㎏は少なくとも落ちたのではないだろうか。不眠症気味で薬の力を借りなければこのところはずっと眠れていないみたいだし、食事も碌に取れていないだろう。
ギリッと歯を噛み締める。そして彼は歩いてその場所へと向かった。
……青年が訪れたのは今日の彼女に割り当てられた業務があらかた片付いた頃だった。
「火影様。お願いがあります」
黄土色の髪の暗部直属の医療部隊に属する青年は、今がプライベートであることを象徴するような私服姿で火影の執務室へ入り挨拶が終わってすぐそう切り出した。それに、イタチは無言で先を促す。それを受けて、青年ははっきりした声で言った。
「彼女をうちはシスイの担当から外して下さい」
「…………」
イタチは真っ直ぐな瞳でただ青年を見ている。無表情と言えるそれは元々のイタチの美貌もあり、見る者に怖じ気づけさせるものがあったが、しかし青年は怯むこともなくそれを告げた。
「もう彼女は限界です。これ以上は彼女の友人としても医療に携わるものとしても許容出来ません」
「……限界、か」
ぽつりとした声で漸くイタチは言葉を発した。それにハキハキとした声で青年は言う。
「ええ、そうです。私は……いえ、ボクは、うちはシスイよりも、彼女を取ります。そのために彼女にたとえ恨まれても構いません。ですから、どうか火影様……」
「……わかった」
イタチはそう口にして、黄土色の髪の青年に下がって良いと告げた。まさか自分の願いがこれほどあっさり通ると思っていなかったのだろう、青年は始め放心したような様を見せたが、やがて「あ、ありがとうございます」そう口にして深々と頭を下げ退出した。
「…………」
やがて、イタチの姿も夜の火影室から消えた。
―――――唄が聞こえる。
朗々とした声で小さく慈しむように唄が真っ暗な夜の牢獄に響いている。
其れは見知らぬ誰かの為の『子守歌』。
……彼女が幼い頃も、シスイはよく歌ったものだ。彼以外誰も知らない、異国の言語で紡がれるその歌を。
こうして、自らこの監獄に来たのは彼が収容されてからは初めてのことだった。しかし、つけていた暗部から報告だけは毎日受けていた。
その中にもこの歌に関してがあった。五大国のどこにもこの歌に該当するような民謡はなかったそうだ。それを毎日夕方と夜眠る頃に歌うのだと。
『イタチ』
脳裏にかつての面影が浮かぶ。当時まだ8歳だったシスイは声変わり前特有のボーイソプラノで、イタチを寝かしつけようと彼女の背をポンポンと優しく叩きながら、その唄をよく歌った。
その頃、里は第三次忍界大戦の最中で、互いの両親が家にいないことも多く、週に1,2回ほどはシスイは家に泊まりに来ていて、彼は幼いイタチと一緒によく眠りたがった。
1人でも眠れるよ、と彼女が答えると、少年はオレがお前と寝たいんだよ、そういって笑って、懐かしそうな瞳でイタチの頭を撫でた。
……きっと、寂しかったのだろう、と思う。それと同時に寂しがらせたくないとそんな風に思ってもいたのだろう。そういうやつだった。そこに誰かを投影しているような気もしたが、それでもイタチは嫌ではなかった。その暖かい歌声を自分のために捧げられているのだと思えば、悪い気はしなかったから。
けれど、今唄っているこの歌はあの頃幼い自分へと捧げられたそれではない。
知らない誰かのための歌だ。
あの頃とは違う成人した男特有の低い声で歌われる其れを聞きながら、ゆっくりと彼女は歩を進めた。
やがて、誰か近づいているということに気付いたのか、男はピタリと歌を止めた。
そこに彼はいた。
虚ろを漂う黒い瞳、痩せこけた頬と手足、鎖で繋がれた右足、大きな手枷で束縛された両手、着物の隙間から覗くカテーテルと薄い胸板。かつての暴行による怪我は治っても、衰えた筋力と体力は戻っていない。体重もきっとこの半年で10㎏近く落ちたのではないだろうか。
かつては「瞬身のシスイ」と呼ばれた男だというのに、おそらくもうまともに歩くことさえ出来ないのだろう。
きっと……死んだ父が今の彼の姿を見たらギョッとする筈だ。彼女の父もまたシスイを見誤っていた者の1人だったから。
ユラユラと黒い瞳が光を映さずに揺らぐ。その姿は自分の前に立ったのが一体誰なのか認識出来ていないように思えた。わかっていたことではあるが、それを突きつけられ、ポツリと彼女は小さく言葉を漏らした。
「……こうなると、わかっていた筈なのにな」
……そうだ、わかっていたのだ、シスイが強くなどないということなど。あの時点でシスイの精神は歪みすぎていて、もう戻れない領域にいたことくらい知っていたしわかっていた。
それでも……生きていて欲しかったのは、そうでない可能性に賭けたかったのは己のエゴであったのか。
「あの時……やはり殺しておくべきだったと、今では思うよ」
……あの日、里と一族の二重スパイであったイタチはうちは一族を滅ぼすよう命じられた。
今なら何も知らない弟だけは助かるが、このままでは弟すらも助からないと、何よりうちはのクーデターが起これば戦争を誘発すると言われたのだ。どちらにせよ、一族が滅びることに違いはない。戦争は嫌いだったし、それなら1人でも多く救われる道を、弟だけでも助かる道をと、そちらを選んだのはイタチにとっては必然だった。
しかし、一族を自分の手で滅ぼすということは、今までずっと己を「火影にするのが夢」だと言っていた、あの婚約者も殺すという意味でもあった。
おそらく、シスイほど里人に好かれたうちは一族は他にいなかっただろうと、イタチは思う。
一般の里人にとってうちは一族はエリートで近寄りがたかったし、うちはマダラが九尾を使って度々里を襲わせた件を知っている上層部にはうちは一族は煙たがられていた。なにより、うちは一族は基本的に一族至上主義で、彼ら自体里人と一族の人間の前では態度を変えていたのだから確執が生まれないほうがおかしかったのだ。
シスイだけが変わり種だった。
エリート一族と言われ、実際幻術と瞬身の術に関しては里1の使い手と言われるほどの才を見せたシスイだったが、彼は驕ることがなかった。里人だろうと一族だろうと平等に接し、そして大抵の場合誰にでも懐いた。いつの間にか輪の中心にいたことも珍しくなかったし、子供達には特に好かれていた。
そのくせ、一族内でも人望は高い方で、うちは一族のクーデターや不満が集まっている件についてもなんとか説得しようと、長年ずっと奔走し続けていた。おそらく、クーデターを止めようと1番必死だったのはシスイだったのだろう。
……最も、シスイがダンゾウに襲われた件が切欠で完全に一族はクーデター論に傾いたあたりが、皮肉でもあったのだが。
あいつが苦しんでいたことは知っていた。
一族を愛していたことも知っていた。
イタチを火影にしたいと、それが本気だったのだということも知っていた。
……人殺しを許容出来ず、そのくせ割り切っていると思い込んでいるが故に年々歪んでいっていたことも。
けれど、この任務を遂げればシスイの願いは何1つ叶わない。
奴の苦しみは終わらない。
あいつに一族の死に際を見せたくもない。
だから……何も知らず、夢を見せたまま殺してやれたら、それが救いになるのではないかとそう思ったのだ。生きている限り苦しみ続けるこの男に、死という終焉を与えてやることが慈悲だと思った。
だが、それはあの日叶うことはなかった。
イタチが一族殺しを実行するより早く、シスイが実行したからだ。
あんな、壊れそうな笑みを浮かべて、なのに「何も惜しくない」などと、大嘘だ。今にも死にそうなほど震えていた癖に。自分がどんな顔をしていたのかすらわかっていないなど、なんて馬鹿な男なんだ。それでも書き換わったシナリオに乗るしか自分には手がなかった。
そうして、事件が終わり、第3演習場の片隅にある慰霊碑の前で彼女はそれを見つけた。
『形見なんだ……』
そういってあの雨の日、握りしめていた古い血のついた木の葉の額宛がそこにあった。それでイタチは悟った。嗚呼、最初からこいつはそのつもりだったのだと。自分に宛てられた任務のことなど最初から知っていたから先回りしていたのだと。
なんて馬鹿な男なんだ。自分が強くないことくらいわかっているだろうに、どうしてそういう道ばかり選ぶ。それを一体自分がどんな気持ちで見てきたと思うのか。それ以上苦しませたくなかったのに。
……もう、遅い。時の歯車は止まらない。なら進むだけだ。こうなった以上せめて自分は里人と里の平和のために生きよう。木の葉とサスケを守ろう。せめてあいつの夢だけでも叶えてやれる努力をしよう。それが生きる意味だ。
やがてアイツは敵として現れるだろう。それがあの日役割を替わった代償だ。それはあいつにとってこの上ない罰則でもあるのだろう。
アイツが本当に里に危害を加えることはないだろうが、それでも……もしもの時は殺そう……それがあの時殺してやれなかった自分のケジメだとそう思った。
だけど、いざ再会すれば生きて欲しいという望みが生まれた。死んで欲しくなかった。あの男の身勝手さが許せなかった。
…………嗚呼、そうだ。好きだったのだ。
酷い男だった。自分のことしか考えていない、そのくせに自分のことを1番蔑ろにする酷い男だった。人の心に踏み込むだけ踏み込んで、責任も取れない癖に無償の愛などという一方通行の愛を振りまくだけ振りまいて、こちらの想いなど汲み取ろうともしない、そんな酷い男だった。
……それでも良かったのだ。
あの脆さに、弱さに惹かれたのだから。
生きていて欲しかった。死んで欲しくなかった。
全部、好きだったからだ。
けれど、こんな風になるのなら……こんな風に生きた屍として苦しませるくらいなら、やはり殺しておけば良かった。
シスイがガラス1枚で自分の心を支えていたような脆い男であったことを、優しさだと周囲に思われていたアレが本当は自己防衛本能で築かれた罪悪感からの逃避行動だったことを知っていたのに、諦めぬナルトやあの暗部の少女がシスイを変える可能性に賭け、こうして今まで殺してやりもせず生かしてきたそれ自体が自分の罪だ。
イタチはゆっくりと青年の元に向かって歩を進めた。深夜の牢獄は音もなく静かだ。巡回はとうに済んだ、邪魔するものは今ならいない。
「…………許せ」
そう口にして、覚悟を決めるため目を1度瞑った彼女の前に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「君の責任じゃない」
それは確かにシスイの声で、しかしその口調や雰囲気、しゃべり方は彼女が知るうちはシスイとは大きく異なっている。イタチは大きく目を見開くと、呆然とした顔でその男を見た。
「たとえそれがキッカケで心が壊れようと、それでも『彼』はあの選択を後悔はしていなかった。きっと何回、何十回同じ選択を迫られようと彼はその道を選んだよ」
「お前は……」
イタチは写輪眼をも展開させながら男を見る。
それは確かにうちはシスイの筈だった。
その顔の特徴も同じだし、両手にかけられた枷や右手につけられた鎖など数秒前までそこにいた男と変わっていない筈だった。
しかし、その雰囲気も表情もまるで似ていない。同じ形をしているだけでまるで別人だ。性格の異なる双子の兄弟とてもう少し似ているだろう。達観した凛々しささえ感じさせるその雰囲気や表情はイタチの知るシスイにはなかったものだ。
「お前は……誰だ……?」
思わず眉をひそめながら問うイタチに対して、男は言った。
「オレは、オレも『うちはシスイ』だよ。お前の知っているシスイとは別人だけどな」
そうして自嘲するように青年は笑った。
「『彼』の中でオレは全部見ていた。だからお前はオレを知らないかも知れないが、オレは君をよく知っている。君が彼に寄せていた想いも『彼』よりもわかっていたつもりだ」
そういって彼はあの日のことを回想する。
ずっともどかしかったのだ。
オレは別に『彼』の人生を束縛する気はなかった。
1度失敗したオレがもう1度のうのうと生きる気もなかったから生を譲ったようなものとはいえ、譲った以上は彼の人生だ。木の葉に危害を加えようというのなら話は別だったが、それでも好きに生きて、幸せになってくれたらいいと思っていた。罪悪感もあった。だからあの日言ったのだ。
“抱いてもいいんじゃないのか”と。
そう言う自分に対して、彼は『……イヤだよ』とそう答えた。
オレには理解出来なかった。
この世界のイタチは明らかに彼を好いている。そしてそれは彼も同じであるように思えたからだ。
全て忘れて、1人の女と男として生きればいいと思った。オレと違って、元々彼はこの世界の人間ではないのだ、わざわざこの世界のことについて責任を取ることもないし、そんな義務もないだろう。
そもそも責任を取るとしたらお前に体を譲って眠りについたオレがやるべきことであって、お前がすることではないのだ。お前は今まで充分苦しんできただろう、ならもういいじゃないか。好きな女と所帯を持ち細々と暮らす。そんな風に残りの人生を歩んでもいいんじゃないのか、と。彼の世界についての知識も魂の共有化現象により持っていたからこそ余計に思った。
そんな風に思うオレに向かって彼は言った。
『本当はさ、オレがイタチとどうこうなりたくないんだよ』
と、そんな風に。
……初めから、彼に生きるつもりなどなかったのだ。何も知らず知らせずそうやって死んで逝けたらそれでいいんだと、幸せだと……理解される気もないんだと。
好きな女と結ばれる未来は最初から彼の選択肢の中にはなかった。
ただそんな風に死を望む彼を前に一体何を言えたというのか。
「結局の所、オレはこの世界でもお前やアイツに責任を押しつけ、逃げていただけだったのかもしれない。それでも理解していることもある」
彼に人生を譲ったのはオレだった。この世界の『うちはシスイ』は既に己ではない。この世界でシスイとして生き、シスイとして過ごしてきたのは彼ただ1人だ。
悩み、苦しみ、それでも不器用に精一杯に生きてきた男がいた。もしかしたらその選択肢は間違っていたかもしれない、人には理解出来ない生き方だったのかもしれない。
それでも、見守ろうとそう思っていた。
最期、彼と共に死ぬ其の日まで……それが譲ったものの責任だった―――――。
「『彼』は、君の幸せをなにより望んでいたよ」
その言葉に、知っているものしかわからないほど僅かにイタチは目を見開いた。
「彼の言葉だ。自分などに操を立てる必要もない、と。例えそのことで傷ついても傷は時が癒してくれる。ただ、君に忘れられることだけが怖いとそう、言っていた……」
イタチは、その言葉を聞いて数瞬時を置いたかと思うと、ツゥー……と、静かにその瞳から数筋涙を零した。震える声で彼女は言う。
「…………勝手だ」
そんなイタチの反応を見て、嗚呼やはりこの世界のイタチは女性だな、なんてことを思いながら男はうっすらと口元に笑みを浮かべていった。
「そうだな、勝手だ」
「……私の想いはどうなる」
「…………そうだな」
「卑怯者だ……あんな酷い男は他に見たことがない」
「そうだな、オレもそう思う」
そうしてイタチは暫く涙を流した。そんな彼女に向かって彼は言う。
「彼は君が失明することをずっと気に掛けていた。だから、オレ達が死んだ後はこの目を貰って欲しい。この目を移植すれば君が光を失うことはない。これは『彼』の望みでもあるし、オレの望みでもある」
イタチはそれに答えない。答えたくないのだろう。その顔は悲痛に歪んでいる。けれど、目の見えない彼は風の匂いで泣いていることは察しながらも、静かな調子で言った。
「君はオレの親友によく似ている。けれど、同じじゃない。だから勝手かもしれないけど、オレも君には幸せになって欲しい」
里と一族を背負い若くして死んだ『アイツ』の分も。その声が聞こえたわけではないだろうし、この『うちはシスイ』であって彼女の知るシスイでない人物がどんな過去を背負っている人物なのか彼女が知っているわけではない。
それでもその言葉でイタチはなんとなく男の過去を察し、コクリと頷いた。目は見えていないが音や風の匂いなどでそれを察すると、うっすらと笑って彼は言う。
「オレはもう眠る。だけど、イタチ。『彼』が君を分からなくなることはないよ」
そうして目を瞑り、目覚めた時には既にその男は別人になっていた。
嗚呼、シスイだ、と彼女は思う。
ゆっくりとした足取りでイタチは彼に近づく。
濁った両目はボンヤリとして焦点が合わない。けれど、人の気配は感じているのだろう。彼はじっと彼女のいるあたりを窶れていながらもどこか無垢な顔でただ見ていた。
「……シスイ」
名を呼び、指を伸ばす。
頬から顎へ、うっすらと無精ヒゲが生えたそこは触れるとジャリジャリとした感触がした。シスイは首を傾げながら座ったままの体勢の侭イタチを見上げている。彼女は膝を落とし、視線の高さを合わせるとゆっくりとその唇を男に重ねた。
……初めて触れた唇は、酷くかさついていて涙の味がした。
シスイは一体自分が何をされたのかわからなかったのだろう。酷く幼い
イタチが持っていた太刀が男の心の臓を貫いた。ゆっくりと、イタチの腕の中へ青年の体が崩れ落ちていく。
静かに女の涙が命を失ったばかりの男の上へと落ちていく。嗚咽さえ漏らすことはなく、声にならぬ慟哭が静寂な牢屋に響いた。
―――――……うちはシスイが獄中で何者かに殺されたというニュースが出回ったのはこの次の日のことだった。
犯人は不明とされており、両目を刳り抜かれ、心臓を一突きで殺されているのを、彼付きの暗部の女が次の日の朝発見したという。詳細は不明。捜査は暗部の管轄となった。
良い意味でも悪い意味でも有名人であったうちはシスイの死は、瞬く間に木の葉中へとニュースとして流れていった。しかし、公式の処刑ではない犯人不明の犯行である故に、国はうちはシスイにかけられていた賞金を木の葉に支払うことはなかった。それを五代目火影であるうちはイタチは当然として粛々と対応したという。
シスイの死体は死後3日が経過した時点で解剖に回されることになっていた。犯罪者であるシスイの死体に墓などというものは用意されることはない。けれど、そのことを気遣ったのだろう。猿飛アスマとはたけカカシが付き添いになることを条件として、ナルト達元7班のメンバーとシカマルたち元10班のメンバーはうちはシスイが解剖される前に、最後の別れであり面会を与えられた。
うちはサスケは命令違反と仲間への毒物混入の件等により禁固1ヶ月と保護観察処分1年という罰則を与えられていたが故に、元から監獄に入れられていたうちはシスイに会うことは禁じられていたし、他のメンバーにしても「どうしても会わせろ」と言い張ったナルト以外のメンバーは、あの大蛇丸に体を乗っ取られて木の葉を襲ってきた日以来顔を合わせたことはなかった。
……猿飛アスマ直々に会うなと言われていたからだ。
アイツはもう狂ってしまった。だから、会うなと、そう。
だからナルト以外のメンバーが死体とは言えシスイに会うのはそれが半年ぶりだった。
しかし、それを見た瞬間、思わずサクラは「酷い……」そう呟いてしまった。
ずっと手枷をつけられていた故に枷のあとの残った細い両腕、痩けた頬に目を抉られているが故に気遣って目隠しで隠された顔、やせ衰えた足に、筋力の衰えを思わせる薄い胸板。青白い肌。心臓のあたりには刺し傷が綺麗に残っている。サクラは別段シスイと親しかったわけではないが、それでもアカデミー時代は何度も彼を校内で見かけたことがあったし、ナルトがどれほどシスイに対して心を砕いてきたのか身近でよく知っていた。
サクラの記憶にある限りだけでも、いつも笑っていて、やけに感情が豊かな男であった記憶があった。血色が良くて、体つきと良い、顔の感じといい、どちらかというと健康的な印象が強い男だったのだ。
確かに面影がないわけではないけれど、それでもこの変化は親しかったものにこそショックがでかいだろう。猿飛アスマやはたけカカシがあれほど執拗に「会うな」といっていた意味もわかった気がした。
そこまで思って、サクラははっと隣を振り返った。
かつて自分たちに毒を盛ってまでうちはシスイを殺そうとしたサスケは、ブルブルと肩を震わせていた。
「サスケく……」
「ふざけるなよ……!」
サクラの声を遮るように、しかし周りの声が聞こえていないかのようにサスケはダンッと床に腕を打ち付けながらそう叫んだ。
そして、ガッと止める間もなく動かないシスイの死体の胸ぐらを掴んだ。
「止めろ、サスケ!」
「ふざけんな、まだオレは何も聞いていない! アンタの口から、何も聞いていないんだぞ! クソ、クソ、畜生ーーーッ!」
そう言って、サスケの頬からボロボロと涙が伝い落ちた。その顔に、サクラははっとした。
そうだ、うちはシスイはサスケの……。
「……畜生…………」
そういってサスケは泣き崩れた。そんなサスケを見て、罰が悪そうにサスケを止めようとしていたシカマルはポンポンとらしくなく慰めるようにサスケの肩を叩いていた。そんな2人を見てカカシは目を細めると、グシャリとサスケの頭を撫でた。それを乱暴な仕草でサスケは払う。けれど、涙は止まらず、ただ震えていた。
「サスケくん……」
ナルトはサスケが泣く前からとっくに泣いている。けれど、悔しそうな顔で歯を食いしばって、嗚咽さえ漏らさなかった。けれど、サスケが泣くのを見て我慢しきれなくなったのか、やがて泣き声は徐々に大きくなっていった。
それを一歩だけ離れた場所でみながら、ポタポタと涙を零しつつチョウジが隣に立ついのに話しかける。
「ボクね、昔1度だけシスイ先生に助けられたことがあったんだ」
親ぐるみの付き合い故に、チョウジとも付き合いの長いいのだったが、そんな話は初耳だった。思わず「え?」と聞き返しながら見返す彼女に対して、チョウジは涙を零したまま、サスケやナルト達のほうを見ながら言った。
「その日、シカマルはたまたまいなくて、上級生に絡まれてさ。そこにシスイ先生がたまたま通りがかって、『下級生をよってたかって囲むとは何事だ。そんなに暴れたいんならオレが相手してやるから、ほら来い』そうやって冗談交じりに言いながら上級生を追っ払って、それから言ったんだ」
それはその頃のアカデミーではある意味見慣れた光景だった。いの自身はシスイに助けられたことはなかったが、それでも困っている子をさり気なく助けている姿とかは何度か彼女も見たことがあった。
それでも、こんな身近に助けられた人がいたとは思わなかった。グスッと鼻を啜りながらポツリポツリとした声でチョウジは続けて言った。
「笑って、ボクの頭を撫でながら『まぁ、お前も男なんだからそんなに泣くなよ』って、だからどうというわけじゃないけど……」
チョウジの視線が下に落とされる。カタカタと震える自分の掌を見て、それをぎゅっと握りしめながら彼は言った。
「その手が、凄く温かかったんだぁ」
……1週間後、うちはシスイの捜査は打ち切られることになった。
いくら人望が高い男だったとはいえ、相手は一般人ではなくS級犯罪者だ。犯罪者の死にいつまでもかかずらっていられるほど暗部も暇ではない、というのが理由だった。
それに、シスイが死んでからというもの暫く休暇を命じられていた、彼の世話係でありかつてはシスイの担当下忍でもあった彼女は、そんな自分の元に訪れてきた黄土色の髪をした10年来の付き合いの青年に向かって、ポツリポツリとした声でこんなことを口にした。
「今思えば1つ不思議なことがあったの」
それに落ち込みのあまり口すらきかないのでは、と思っていた青年はやや拍子抜けしたが、それでもそれを表に出すことはなく、精神を落ち着ける効果のあるハーブティーを彼女に差し出しながら尋ねた。
「不思議なことって?」
彼女は入れ立てのハーブティーを受け取ると、軽く啜って息を1つ吐き、それから言った。
「ほぼ3ヶ月ずっとあたしはシスイ先生の側にいたのに、なのに先生は火影様の名を口にすることは1度もなかったわ」
その言葉にふくよかな体型をした医療忍者の青年は少しだけ驚きに目を見開いた。
「あんなに仲睦まじかったのに……」
……あの時のことは彼もよく覚えている。まだ火影とあの人が呼ばれるようになる10年も前、うちはシスイとうちはイタチは連れ立って歩き、仲が良さそうに茶屋へと入っていった。その2人を見て、彼女は酷くショックを受けた顔をして、共にいた自分達のことすら目に入らずそのまま走って家へと帰っていった。
その頃から既に彼女のことが好きだった身としては、あの時の彼女のそんな姿のほうがインパクトとして残っていたけど、それでも今思い出してみてもあの2人は傍目にも仲睦まじいように見えたことは確かだ。
けれど、不思議というのならばあのうちはイタチも充分謎だ。いくら火影を継いで忙しかったとはいえ、自分で1度も元婚約者に会いにいかなかったなんて。いくら感情を律するのが忍びで、火影は皆の手本とは言えあまりに冷血過ぎやしないか?
そんなことを思いつつ、彼女のほうを振り返る。見れば、彼女は泣きそうになっているのを耐えているようだった。
「泣きたいなら、泣いてもいいと思うよ」
「泣……泣かないわ。先生は、きっと死んで救われたんだもの、だからあたしが悲しんでもきっと喜ばな……」
「じゃあ君の気持ちはどうなるの?」
そう口にすると、彼女は泣き出す寸前の顔で黄土色の髪の青年を振り返った。
「……今ならボクしか見てないよ」
そういって、昔シスイが彼女にやっていたように、彼女の顔を隠すように密着しない程度に軽く抱いて、ポンポンと落ち着けるように背を撫でた。
すると、彼女は涙腺が決壊したのか、ボタボタと彼の腹のあたりの服を涙で濡らして、声を立てて泣き出した。
「ひ、ひぐ……ぅ、ぅあああ……!」
1度泣き出すと堰を切ったかのように止め処なく涙があふれ出す。
「ひぐ、す、好きだったの、ずっと……ッ、で、も、せんせ、ひ……ぁ、ぅああ……」
「……うん、知ってた」
「あた、あたし……生ぎて、生ぎでほじかった、の。でも……せんせ、死にだいって……あた、あたし間違ってたの?」
「……ううん、そんなことはなかったよ」
「せんせ……の、バカァ……ぅああ、ひ、ぅ……ぅう……」
「うん……」
そうやってしゃくり上げながらずっと話し続ける彼女の背を、疲れ果てて眠るまでいつまでも彼は宥め続けた。
* * *
誰もいない夜の火影用執務室で、イタチは最後の書類を片付けると茶を口に含みながらあの時のことを思い返していた。
―――――……あの日、あの時、男の命を奪ったのは一瞬だった。
急所に向けての正確な一突き、苦しめないようにという配慮の元行われた其れに、彼は何をされたかさえわからなかった筈だ。だけど、あの時男は……シスイは確かに微笑っていた。
もう誰に会っても、それが誰かなんてわからなくなっていた筈なのに、その死の間際、確かにシスイの口は声に出さず『イタチ』そう最期に己の名を呼んだ。
『『彼』が君を分からなくなることはないよ』
あの時会ったあのシスイであってシスイでないという男が何者であったのかは知らない。それでもきっとあの言葉は本当だったということなのだろう。
犯人が己であるという証拠は残した覚えはないがあの黄土色の髪の青年は気付いているようであった。
……シスイの目もまた此処にある。まだ移植する決意が付かないが、早い内にすましたほうがいいのかもしれない。
そんなことを思いながら、かつて彼が慰霊碑に捧げ置いていったそれを指で遊ばすようになぞる。そんな中コンコンとノックをして「火影様よろしいですか?」と部下の声がかかった。
「入れ」
「失礼します。追加の急ぎの書類と、食べていないようでしたからお夜食のほうお持ちしました」
そういって、小さな握り飯が2つ乗った盆と脇に抱えていた巻物を2本彼女は差し出した。
「あら? 火影様、それは?」
そう言って、彼女はイタチの手にあるそれに視線を向けた。
それは古い血のついた、これまた古い木の葉の額宛だった。どう見繕ってもおそらく10年以上昔のものだ。何故そんなものを持っているのか? 不思議そうにする部下に対し、イタチは若干苦笑すると、「そうだな……」そう一拍おいてから答えた。
「……形見だ」
そう言って微笑う顔は同性ながら見惚れてしまうほど流麗なそれで、思わず立ち尽くす彼女に向かって、笑いながらイタチはそれを机の上に置いた。
その時、ヒュンと音を立て、暗部が2人ほど降りてきてザッとイタチの前で膝をついた。
「火影様、大変です」
「何事だ」
「実は……」
そういってあらかたの事件の概要を男が説明すると、イタチは火影のマントを背負い気負わぬ様子で言った。
「今、行く」
そしてザッとマントを翻しながら火影室を後にした。
バタンと音を立てドアが閉まる。
机の上には古い血を受けた木の葉の額宛が残された。
―――――かつて幼かった彼女に対して、『オレの夢は、お前を火影にすることだよ』そう笑って言った少年がいた。
木の葉を愛したいといいながら、憎みと愛が両立するものと気付かなかった彼は、お前の治める里ならきっと愛せるからと、笑って死ねるからと、そう告げた。
当時それを言われた時まだイタチは4歳で、まだ里のために何もしていない己にそんなことを望まれるとは思わず戸惑いを覚えたのは確かだ。
それでも笑って彼女なら出来ると言った少年は、きっと筋金入りの大馬鹿野郎だったのだろう。
けれど、やがて彼女はそんな誰よりも愚かだった青年を愛するようになった。
彼は誰よりも子供が好きだった。
そして子供が幼くして戦争に送られ死んでいく理不尽を憎んでいたように思う。
彼がイタチを火影にと望んだのは、イタチならばそれを変えれるとそう期待した心があったからなのだろうといつからか彼女は知った。
子供が理不尽に死なない世界を。それが彼の望みであり、彼がイタチを火影に望んだ発端だった。
笑って子供達が暮らせる里を、それを作り上げてくれるのなら命さえ惜しくないと。
まるで子供のような夢物語。
けれど、愛した男の見た夢はいつしか彼女自身の夢となった。
そうして、彼女は今男の願い通りに火影となった。
火影とは、人々に望まれ、夢を継ぐ者。
希望の名。
人々がこうなりたいと羨望し、投影し送られる名。
ならば、彼の望んだ里を作り上げ、子供達を、里人を守るためにこれからもずっと生きていこうと思う。
いつか彼の望んだ光景を実現させるために。
その命尽きるまで木の葉のために生き続けよう。
何故なら彼女は、木の葉を照らし人々に望まれた『火影』なのだから。
この先の道のりに、苦しいこともあるだろう。辛いこともあるだろう。
けれど悲しみはやがて薄れ、人々は営みを続けていく。
いくつもの絶望を乗り越え、残された人々は希望を手に残された人生を紡いでいく。
そうして今日も世界は廻る。
たとえこの先どんな喜劇や悲劇が待っていようと、それでもそれを彼女は恐れはしないだろう。
彼女は前を見て歩み続ける、その目と共に。
人々の心に『夢』と『願い』がある限り、木の葉に“火の意志”は絶えない。
完