今回アップした話と次話「弟のように思っていたのに」の2本は漫画バージョンのほうもピクシブにアップしていますので興味在りましたらそちらもどうぞ。↓
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其の日、うちはの屋敷で、サスケは1人財布を握りしめながら思案していた。
(今日は姉さんの誕生日だ)
サスケの大好きな姉、イタチはサスケにとっても自慢の素晴らしいくノ一である。
幼くして僅か1年でアカデミーを卒業、僅か10歳で中忍に昇格し、11歳には暗部入りという異例の経歴から見てもその才覚の高さが垣間見れる。
眉目秀麗、才色兼備、しかしそのことを鼻に掛けるでもない物静かな性格。
忍術の稽古を付けるときだけはまるで別人のように厳しくなるが、それも自分の事を思ってやってくれているのだとしたら疎う理由にはなりはしない。
サスケにとって姉は完璧な存在だった。
美しく、強く、かっこよく、優しい完璧な姉。
年々憧れが強まるばかりで、同時に酷く距離も感じるところが、歯がゆくて悔しくてならないが、それでも弟としてそんな人物が自分の姉であることが誇らしい。
大好きで、大好きで、だから彼女の誕生日である日くらいなにかしらお祝いを渡して、喜ばせてあげたい。そう思うのはごく普通の考えだろう。
だが、まあ、ここで問題があるとすれば、まだアカデミーに入学したばかりのサスケのお小遣いなどたかが知れているということで。
だから、この少ないお小遣いでなにかをプレゼントしようとするなら大したものは用意出来ない。
だけど、それは仕方ない事だ。
まだ自分は子供なのだから。
たとえ、自分と同じ年頃のイタチがどれほどの逸物だったとしても、結局相対的に見ればサスケもまた天才と呼べるほど才覚には恵まれているとはいえ、イタチと違って精神面まで天才であるとそう生まれたわけではないのだから、出来ない事は出来ないのだと、自分を納得させるしかなかった。
だから、出来る範囲で出来る事をコツコツ頑張るしかないのだ。
(姉さんは何が喜ぶかな)
そうして頭に思い浮かぶのは、表面でしか姉のことを知らない者達からすれば意外だろう姉の趣味のことだ。
切れ長の涼しげな目元に通った鼻筋、ストレートの黒髪を赤い髪紐で緩く縛っている玲瓏たる美貌の持ち主たるイタチは、滅多に表情を変えない事からも酷くクールに見えるし、実際見た目通り大概クールな性格をしている。しかし、あれでいて趣味は「甘味処めぐり」であり、一番好きなのは昆布にぎりとキャベツだが、意外にも甘い物も大層好きなのだ。
サスケは正直甘い物は嫌いなので、姉の甘味好きっぷりについては少々理解に苦しむところがあったが、それでもちょっとした甘味くらいならば、自分の少ない小遣いでも事足りる。
……まあ、一度食したら消えるものを誕生日プレゼントとすることに対する虚しさを覚えないといったら嘘になるが、それでもサスケにとってはそんなことより姉の嬉しそうな顔を見れたら、それがなによりのご褒美なのだ。なら、やっぱり此処は姉の喜びそうなものをプレゼントするべきだろう。
そう思い、ぎゅっと財布を握りしめながら、サスケはうちはの集落を出た。
目指すは姉行きつけの里外れにある団子屋である。
(これをお前が? ありがとうサスケ)
そういって自分に微笑むイタチの顔を想像して、ふっとサスケの口元がほころぶ。
(……喜んでくれるかな)
そうであったら嬉しい。
(……姉さん)
そして件の団子屋の前にたどり着いたとき……。
「ん?」
「ゲッ」
サスケは思わぬ天敵と遭遇し、思わず財布を背後に隠した。
(……嫌な奴に会った)
そこに立っていたのは、見慣れ過ぎなくらい見慣れていた男だった。
一本睫のやや大きめの釣り目に、下がり気味の眉。団子鼻に、もじゃもじゃと四方八方に散らばったクセの強い短い黒髪に、うちはの黒い伝統衣装の上に緑色をした上着を重ね着して、芥子色の帯で止めているその男。
その男こそ、姉うちはイタチの婚約者であるうちはシスイであった。
「サスケちゃん、どうした? めずらしーな、こんな所にいるなんて」
そういって視線を合わせるようにサスケに合わせてひょいと屈んでくるやけに手慣れた仕草や、馬鹿っぽいマヌケ面を晒しながら興味深げに自分を見てくる、この男のこういうところがやたらとむかつく。
こんなマヌケ面を晒す、お人好しという名の他人に食い物にされてそのうち死にそうなアホが、あの完璧な姉の婚約者なんて世の中絶対おかしいとサスケは思う。
それに、確かに自分はこいつの婚約者たるイタチの弟ではあるが、だからといってなんだこの男は。毎度毎度露骨にこっちを子供扱いしてきて、まるで聞き分けのない子供を相手にしているような態度で、いつも馴れ馴れしく接してくるこの男がサスケは酷く気に食わない。
なのでわざとらしいほどつっけんどんな態度に声で、サスケは言った。
「別にテメエには関係ないだろ」
そっぽを向きながら、あからさまに不機嫌オーラをまき散らしつつサスケは言う。
それで、諦めるのならまだいいのだ。
大体、サスケのアカデミーでの同級生はサスケがこういう態度を取れば、空気を読んで向こうから離れていってくれる。家族や一部のうちは一族の人間以外に心を許す気がそもそもないサスケとしては、そこで放ってくれるほうがずっと楽だし、馬鹿とつるむ気もない。
自分は、早く一人前になってイタチに少しでも追いつきたいのだから、他の同級生みたいにアホっぽく遊び回って、自分は子供だと触れ回る気などないのだ。
まあ、そこでそうして自分を大人に見せたがるあまりに、子供らしく遊び回る同級生を見下すような考え自体、サスケがまだ子供の証拠でもあったのだが、自分の思考がつまりそんなことで、子供であるからこそ生まれた考えであることに、まだ発展途上のサスケが気付く事もまたなかった。
子供は、子供であるからこそ、自分は子供じゃないと主張するものなので。
しかし、そんなサスケの態度にとっくの昔に慣れているシスイはといえば、今日はどういう日かということからどうやらサスケが何故団子屋の前なんて、彼に似付かわしくない場所に現れたのか理解してしまったらしい。
サスケのつっけんどんな態度に、寧ろ「はは~ん」とニマニマしながら、(全く意地っ張りで可愛い奴だなー)なんてことを考えつつ、次にはすっとぼけた顔を浮かべて、サスケにわざと聞こえるような声で彼はこう言った。
「そういえば、イタチは新商品の抹茶きな粉味が食いたいって言ってたなあ。誰かさんが買ったら大喜びするかもなー」
「!」
それはサスケが今日この日、イタチのために甘味を買いに来たと見透かすような言葉で。
また、姉の為に甘味を買おうとは思ったが、何を買えばいいのかまでは考えていなかったサスケに対しアドバイスとすら言えるような台詞で。
確かに、甘味が好きとはいえない、寧ろ嫌いといえるサスケとしては、姉は甘味が好きなのだから甘味を買えば喜ぶだろうとは思っても、なにを貰えばイタチは一番嬉しいのかとかはわからないわけではあるが、それでも気に食わないと思っている相手から塩を送られるような言葉をかけられたことに、サスケはムッとしながら噛みつくような声で、その真意を尋ねた。
「なんのつもりだよ」
「いや? ただの独り言だけど」
そういってどこか笑みを噛み殺し損ねたような顔をしてクスリと笑う男に、サスケは更に苛立った。
まるで完全に子供扱いだ。いや、まるでも何もサスケは実際子供なわけだし、文字通り子供扱いなのだろうが。それでも少しでも早く大人になりたいサスケにとっては神経を逆撫でる行為だ。
これが大人の余裕か。確かに自分と目の前の男は大分年も離れているが、わかっていてもその余裕が腹立たしい。
(……ムカツク。やっぱりこいつは気に食わない)
なんで姉さんはこんな奴が好きなんだ。そう思う。
ヘラヘラしやがって、たまにはしゃんとした顔見せろよ、とも思う。
なんでこんな抜けた顔しているやつに負けた感を味あわなきゃいけないんだとも。
けれど、実際のところ、このうちはシスイという人物は非常に気に食わないいけ好かない男ではあるのだが、別に嫌いというわけでもないのだ。
ただ、酷くむかつくだけで。
姉の婚約者だというのなら、あの完璧な姉と釣り合うほどしっかりしてほしいと、そう思うだけで。
そんなサスケの思考をしっているのか知っていないのか、(どちらも有り得るとサスケは思っている)シスイは「あ、そうそう」そんな呑気なのほほんとした台詞をサスケにかけて、サスケ的にはわりとありえねえ誘いをかけてきた。
「悪いけどサスケちゃん、茶に付き合ってくれるか? 1人だと入りにくくてさぁ」
そう言いながら、チラリと男は団子屋に一瞬視線をよこした。
(なんでオレなんだよ)
心底サスケはそう思う。
よくよく考えなくても、姉と張るほどこの男もそういえば甘味を好んでいる。イタチと出かけるときは大概甘味処巡りを一緒に楽しんでいるらしいことは、母や姉の発言からもサスケの知るところだ。
ひょっとすると今日というこの日に団子屋の前で鉢合わせたのも、シスイ自身が団子を食べたくなったからなのかもしれないし、十中八九そうだろう。なら、自分1人でさっさと店にいけばいいのだ。
確かに自分はイタチの弟だが、だからといって自分に構う意味もないし、そもそもサスケはこの男に懐くどころか前から邪険な態度をとり続けているわけで、自分に懐かない子供相手にこうやって好意的に接しようとするこの男の態度こそサスケには理解し難いものだ。
自分を嫌っているだろう子供相手にお節介を焼こうなどお人好しを通り越してマヌケの能無しとしか思えない。頭のネジが一本くらいどこか行ってるんじゃないのかとわりと本気でサスケは思う。
だが、まあ元からこの男はこういう男なのだ。
それに、先ほど……こっちは頼んでもいないし、癪ではあるがアドバイスを受けた恩もある。借りは返さないと気持ちが悪い。
だから、サスケはその男の誘い文句に対して、こう返答をかえした。
「茶だけなら付き合ってやる。甘いのは嫌いだ」
ムッスリと不機嫌そうな声音と表情で吐いたそのサスケの言葉に対して、シスイは柔らかく……サスケ曰くマヌケ面全開な顔で笑いながら「ありがとな」とそう礼を述べた。
まったく、どうして自分はこんなやつに付き合っているんだろうと、サスケは思う。
自分はお人好しなんかじゃないはずなのに。
そんなサスケの心情を知ってか知らずか男は何が楽しいのか、微笑いながら、幸せそうに団子を頬張る。
「ったく、アンタよくそんなに食えるな」
「えー、だって美味いぜ? とくにこのみたらしは絶品」
サスケはそんな男を呆れた目で見つつ茶をすすりながら言った。
「男のクセになんでアンタはそんなに甘いもんが好きなんだよ……信じられねえ。そのうち糖で頭とろけるんじゃねえの」
「うおーい? それは全国の甘味好き男子に対する差別ですか? 大体糖分摂取で脳みそとろけるってんなら、イタチはどうなんだよ」
何故姉を引き合いに出す。そう思いつつもむっとした顔でサスケは答える。
「姉さんはいいんだ。女なんだから」
「……」
「なんだよ、その微妙な顔は」
「あー、うん、そーね」
そういって、乾いた顔で空笑う男にやっぱりサスケは苛立つ。
けれど、思うのだ。
それでもこの男の隣にいる時の姉は、きっと誰相手よりも「少女」なのだろう、と。
この男のことは気に食わない。
はっきりいって、サスケをすぐ子供扱いしてくるところも、こんな風に無邪気な子供のような、とさえ言える笑みを悪気無くマヌケにもすぐ浮かべるところも、笑った顔や言動はガキくさいのに、本当はずっと自分よりもちゃんと「大人」なところも、ムカツク。
だけど……。
(凄く気に食わないけど、それでも姉さんが選んだ人だから……)
姉が幸せならば、いつか祝福してやろうと思った。
今は嫌だけど、認めたくないけど。
それでも、少しでも大人になった其の日には、少しは自分も認めてやろうと、少しはきちんと向かい合おうとそう思っていた。
(絶対言ってやんねェけど)
信用はしていないけど、信頼はしていたのだ。
そう、いつか……―――――。
―――――そんな日が来る事を、信じていたのに。
目の前の光景をサスケが忘れる日は一生ないだろう。
震える拳を握りしめながら、虚ろな意識の姉と、姉をそんな状態に追い込んだ男を前に、血反吐を吐くような声でサスケは言った。
「……今までのは、全部演技だったのか」
月明かりに照らされた、ぼろぼろの姉。
完璧だとそう自慢だったイタチの、無残な少女の姿。
酷薄に姉を犯すのだと、そう答えた……あの黒衣を身に纏った男に、かつてお人好しを通り越して一本ネジが取れていると思われたあの男のマヌケさは見あたらない。
あの笑みも、情けない顔をして姉の隣で微笑っていたあの姿も、もうどこにも。
「アンタは本当は姉さんのことを、そんな風に見ていたのかッ!」
その言葉に、男……うちはシスイは、ムカツクけど嫌いではなかったあの男と同じ造形とは思えない忍びの顔をして、「そうだ」と、躊躇いもなく今までの日々がただの作り物であると、告白する台詞を吐き出した。
(……そうか……そう、なのかよ)
この感情をなんと呼ぶべきなのか、その時の言葉を聞いた瞬間に湧いた感情の言葉をなんと形容するのか、サスケにはわからない。
けれど、それはどうでもいいことだった。
そんなことはどうでもよかったのだ。
わかったことは、これただ1つだけ。
それさえわかれば充分だった。
「許さない……絶対にお前を許すもんかッ!」
―――――この日、この男はオレと姉さんを裏切った。
「うちはシスイ! いつか、絶対にお前を殺してやるッ!」
届かない手を伸ばし、呪詛を吐く。
それがいつかあの男を切り裂くようにと、赤く染まった憎悪に歪んだ瞳で、サスケはいつかの為の誓いを叫んだ。
それで充分だった。
……この殺意に、言葉は要らない。
了