今回の話はピクシブにもアップしている話で、イタチさん7歳、しーたん13歳の話です。この話のイメージモデルは歌愛ユキのカラオケ配信もされてる某曲ですかね。
因みに性別逆転エロパロ「楽園は消えた」シリーズのほうにこの話の男女逆版もアップしています。性別が違うので3分の1ぐらい展開違いますけどね。
尚、一部抜粋漫画もピクシブにアップしていますので興味ある方はどうぞ。↓
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43987056
其の日はやや蒸し暑く、それでも晴れ渡った空が印象的な日だった。
まさに祭り日和だといえよう。
そのことに柄にもなく内心昂揚したような気分を覚えて、我知らず……母手製の真新しい浴衣を身に纏った幼くも美しい少女、うちはイタチはふと口元に笑みを乗せた。
イタチが夏祭りに参加するのは実質今年が初めてだった。
それも仕方ないといえば仕方なかったのかもしれない。
何故なら彼女が物心ついた頃には里は第三次忍界大戦の真っ最中であり、祭りなどと浮かれた行事は眉を顰められる、そういう時代だった。せいぜい、祝い事で大々的に取り扱われていたものなど正月や盆などぐらいではなかっただろうか。
加えて、第三次忍界大戦終了一年後に襲った九尾事件である。あれによって4代目火影波風ミナトを含め多くの里のものを失った。そのため、事件の翌年である去年もまた里は祝い事を自粛するモードにあったのだ。
それが解禁され、夏祭りを再び行おうという動きが出始めたのは今年の春に入ってからのことだった。
人間生きている以上、いつまでも失ったものばかりを見ては居られない。あれから2年。だからこそ祭りなどの祝い事を通して人々の気持ちを持ち直そう。祭りを知らない子供達に楽しんで貰おう、明るい木の葉を取り戻そう。そんな三代目の配慮でもあった。
祭りは三日間に渡って開かれるという。その祭りの警護を仰せつかっているのは、里の守護たるうちは警務部隊であり、そうである以上、父も母も忙しくしているのだが、部隊長である父はともかく、母ミコトに関しては初日は休みを貰えることになっているらしい。
また、原則祭りの警護こそ警務部隊の仕事とはいえ、通常の任務も里に入ってくる以上、忍者が「祭りだから」などという理由で早々に休みを貰えたりはしないわけだが、それでも三代目の配慮なのだろう。今年が10年ぶりの祭りの再開ということもあり、長期任務に当たっているもの以外については……特に年若い20歳以下の者に関しては、祭りが行われている三日間のうちどれか一日は非番をもらえているものが多いのだとイタチは聞いた。
そして彼の少年もまたそのうちの1人であり、だからこそ今日という日に約束をしていたのだ。
イタチ自身夏祭りに参加するのはこれが初めてだ、ということもある。
夏祭りとはどんなものかについてなら知識としてあるが、それでも経験はない。これが初めてだ。であるからこそ表にこそ出していないが少しの興奮や期待などに胸を疼かしている。有り体にいえば祭り開催日の今日という日を楽しみにしてきた。けれどこんな風に待ち遠しく焦がれるように感じるのは、連れ立つ相手がいるからこそなのかもしれないと、そんな風に僅か7歳の少女らしくない思考を展開させながらイタチは思った。
「よし、サスケ。出来たぞ」
「ほんと?」
そう声をかけながら、浴衣の着付けが終わったことを5つ年下の弟に告げれば、サスケは嬉しそうに無邪気な顔で笑いながら姉であるイタチの顔を見上げた。それに可愛いなという感情が胸を這い上がり、イタチは幼い弟の無邪気さ加減にほっこりと暖かい気持ちを抱いた。
因みに今回の祭りで母ミコトが用意したのは、姉であるイタチには勿忘草色をした桔梗柄の浴衣と赤い帯で、弟のサスケには濃紺色をしたシンプルな縞柄の浴衣と、子供らしさを強調したような黄色の帯だ。姉弟が身に纏っている浴衣どちらも袖の端のほうには、母お手製のうちは一族の家紋の刺繍がチャームポイントのように入っているのが特徴といえよう。
そんな一抹の可愛らしさと落ち着きと、どちらも感じさせるデザインと色合いの浴衣が幼い弟にはよく似合っていた。故に弟の着付けを終わらせながらイタチの口元も優しく弛む。そんな姉を前に、サスケもまた楽しそうにはしゃいでいる。
普段イタチもそうだが、サスケも人前で浴衣を着ることはあまりなく、うちは一族伝統の黒い装束やそれに準じた格好が多い。そのため普段は浴衣を着ることがあってもそれはあくまで寝着だ。だからこそ、外行きの格好として浴衣を着るということ自体がサスケにとっては珍しいのだろう。いつもはここまでしっかりと着付けをしたりはしないというのもある。だからこそ物珍しげにサスケは何度かマジマジと自分の格好を見直したり、クルクルとまわってみせたりしている。
そんな幼い弟の仕草が可愛らしく微笑ましくて、イタチは家族相手と彼の人以外には滅多に見せない優しげな笑みを浮かべながらサスケに訊ねた。
「へへ……」
「どうした、サスケ」
「オレ、まつりってはじめてだし、どんなのなのかな~って」
「そうか……」
内心で「私もだ」と付け足すが、口に出して言えば、「姉さんはなんでも知っている。なんでも出来る」という思い込みを己に抱いているらしい幼い弟の夢を壊すかと思って、イタチは一部の台詞を自重した。やはり可愛い弟の夢は出来れば壊してやりたくはないものだ。
とはいえ、自分にない素直さで無邪気にはしゃいでいるサスケの姿は微笑ましい。自分にはこんな素直さはないなとイタチは自覚しているからこそ、こんな風にあからさまにはしゃぐ弟のことは、眩しく目に映った。
けれど、次のサスケの発言を前に、実年齢に相応しからぬ落ち着きをもった少女は思わず眉を顰めた。
「それで、姉さん。今日はいっしょにまわれるんだろ?」
「サスケ……」
キラキラした眼は期待に輝いている。そんな様はとにかく可愛い。間違いなく可愛らしいと姉の欲目抜きでもイタチは思う。思うが……。
「前も言ったろう。今日は先約が入っているから、私がお前と回るのは明日だ」
そう諭すような声で告げる。それに対し、幼い弟はふにゃりと泣きそうな拗ねたような感じに顔を歪め、不満を隠そうともせず言った。
「なんでだよ、姉さん! オレ、ずっと楽しみにしてたんだぞ」
そういいながら全身で訴えてくる弟は間違いなく可愛かった。だが、同時に実年齢に似合わない精神年齢を幼少時代から発揮し続けてきたこの麒麟児たる姉は思わずには居られなかった。
サスケは確かに可愛いのだが……この子はお馬鹿なのではなかろうかと。
初日である今日については一緒にまわれないことを以前から自分はキチンと告げていた筈だ。なのに何故綺麗さっぱり忘れているのだろう。鳥頭なのではないだろうか。それに何故こうも怒っているのかもよくわからない。
何故なら確かに今日は無理といったが、それでも明日は一緒にまわれるのだし、明日も明後日もずっと一緒なのだから一日ぐらい別にいいではないかと。だというのに何故こんな風に我が儘を言っているのか。サスケとて仮にも忍びの子だ。いくら幼いとはいえ、少しは我慢というものを覚えるべきじゃないか?
愚弟……という単語がイタチの頭に自然浮かぶ。まあ……サスケがそうだとしても、それでも自分がサスケを愛していることに代わりはないし、多少お馬鹿だとしても可愛い弟であることには違いがないが、昔から「出来た子」として周囲から隔絶した扱いを受けて育ったイタチとしては、そんなサスケの年相応の我が儘さ加減が駄目な子に見えて仕方なかった。
無論、2歳児のくせにこれだけ喋れて意志表示がはっきりしている時点で、サスケ自身もかなりの天才で早熟な子供であるといえたのだが、微妙に天然が入っている上に、この弟以上に早熟そのものだったイタチがその事実に気付く事はなかった。
「だから言っただろう。一日目は母上とで、私と回るのは二日目だ。それとも、お前は母上とは不満か」
「そうじゃない……だけど、オレは姉さんとがいいんだ!」
「……」
その言葉を前に思わずため息をひとつ零す。それに、サスケはイタチが自分を嫌ったのではないかとでも疑ったのだろう。少し不安げな色を大きな黒い瞳に灯す。
そんな弟を前に、イタチは眉を下げ、仕方なさそうな笑みを1つ浮かべると、そっとサスケの身長に合わせるように屈み、トンと人差し指と中指で弟の額を軽く小突いてからこう言った。
「許せ、サスケ。また今度だ」
優しげな笑みさえ浮かべ言う。
そんな姉の態度に、サスケはむぅーっと可愛らしく頬を膨らましながらも、こういう態度に出た姉が自分に絆されることはないと学習しているからだろう。不満気な態度だけは崩さずに、そのことに対する愚痴をこぼした。
「姉さんのばか。いつもそれだ、ズルいよ」
その言葉に続き「でも」と付け加えてサスケは言った。
「明日はぜったいだからな」
「ああ、約束する」
そう答えながらも、イタチは内心でこう思考する。
夏休み直前のアカデミーでの話だ。彼女の持つあまりに非凡な才能を前にして、担任から最終学年へスキップ進級する気はないかとイタチは告げられていた。父はそれに賛成で、だからこそ自分自身その話を断る理由はないと「お受けします」とそう答えたのだ。
そのことからおそらく、学生の身分で自分がいられるのはきっと来年の春までだ。他の『上級生』だった人達と共に自分は忍者学校卒業を迎えることになるのだろう。
となると早々に自分は下忍として里のために働くことになるだろう。そうなれば休みだって欲しいときに取れるとは限らず、寧ろ好きな時に休みが取れるなどそう思う方が甘えだ……ならいくらだって約束だってするさ。来年は一緒に来れるかわからないからな。そんな言葉を飲み込んでイタチはサスケと小指を結んだ。
そんな風にサスケの着付けを終わらせ、暫し姉弟の会話を交わしていると、やがて戸を開け母のミコトがやってきた。
「イタチ、サスケの着付けは終わった?」
「終わりましたよ」
それに少女は落ち着き払った……実年齢には相応しくない程に大人びた微笑みさえ浮かべながらそう答えると、浴衣姿の母もまた娘とよく似た面差しに違う印象の微笑みを浮かべ、優しい声で言う。
「うん、初めてにしては上出来よ。流石ね、イタチ」
そう柔らかい顔をして言う母は、いつもと違う格好だからか普段とは全然違っていて、母と言うよりは美しい1人の大人の女性を思わせて、イタチは少しだけ羨ましく感じる。
うっすらと化粧を引いた顔に、大人らしい落ち着いた濃紺色に小波にすすき柄の浴衣を身に纏った母はとても美しく目に映る。嫋やかな美しさは一種理想的ですらあった。真っ直ぐで長い黒髪は結い上げられ簡素な簪で纏められており、水浅葱色の花熨斗文が描かれた帯を身につけていて、大人の風情が香る様は酷く艶やかだ。
普段は黒いスカートとブラウスの上に黄色いエプロンを纏った姿が常の母であったが、そんな風に浴衣に身を包んだ姿は堂に入っていて酷くしっくりとくるものだった。
イタチは、度々母親似と言われる。
口下手故な一種の不器用さといい、纏っているどこか重みのある雰囲気といい、性格はどちらかというと父の血のほうが濃いような気はするが、少なくとも外見面はそうだ。
ならば、自分も大きくなればこんな風になれるのだろうかと、1人の少女としてイタチは母に憧憬を覚えた。
……まあ、自分にあんな愛嬌はない自覚もあるので、全く同じようにはいかないだろうが。
そんな風に思っていると、優しい声でミコトはこう言った。
「そうそう、イタチ。シスイ君はもう少しで着くそうよ。玄関で出迎えてあげなさい」
母が口に出したのは、本日共に祭りに行く事を約束していた婚約者兼幼馴染みの名前だった。
それを前にイタチは「はい」と落ち着いた微笑を浮かべつつ従順に答える。けれど、そこで傍らから不満の声が流れた。
「ええ~!? あんなやつ、姉さんがわざわざむかえにいくことないよ!」
弟のサスケだった。
サスケは不満にぷくーと頬を膨らませながら、そんな言葉で抗議する。
「サスケ……」
そんな弟の態度にイタチは弱ったように肩をすくめたが、これはどうしようもない話だ。
物心つく前からサスケは姉であるイタチべったりでイタチ大好きな子だった。それは母を手伝い赤ん坊の頃からサスケの面倒を甲斐甲斐しくイタチが見てきたせいかもしれないし、5つも歳が離れていたせいかもしれない。
そしてだからこそなのか、イタチと親しくしており、度々自分の家にもやってくるうちはシスイのことをサスケは嫌っていた。もしかすると、姉を取られると嫉妬しているからなのかもしれないし、まあ他の理由もあるのかもしれないが、いくら弟が可愛いからといって、自分の交友関係にまで口を出されるのはイタチとしてもあまり気分の良いものではない。
大体にして、サスケはシスイを嫌っているが、シスイがサスケに冷たい態度を取ったり、蔑ろにしたことはないのだ。
故に思わずイタチはため息をつくし、母のミコトもまたシスイに味方するように「こら、サスケ。シスイ君に失礼でしょ」なんて台詞で窘めるが、それが逆効果で益々サスケがシスイに対し意固地な態度になる原因だということも見抜いているイタチとしては、益々ため息を吐くしかないのだった。
けれど、結局のところ、イタチは5つ年下であるこの弟には甘かったのだ。
「許せ、サスケ」
仕方なさそうに笑って、イタチはトンと再びサスケの額を小突き、彼の人を玄関まで迎えにいくために弟に背を向ける。それにサスケは大きな瞳を溢れんばかりにめいっぱい開いて「うー、姉さんのばかー」とこぼすが、だからといって姉の行動をそれ以上阻害することはなかった。
やがて、そんなやりとりから10分と経たず、慣れ親しんだチャクラの気配を感じ、イタチは見た目こそ平穏を装いながらも、若干そわそわした気持ちを抱きながら、玄関に佇む。
それから間もなく、規則正しいノックの音と共に、声変わりしたばかりの少年の声がかけられた。
「こんばんはー」
「いらっしゃい、シスイ兄さん」
「うん、お邪魔します」
そう僅かに微笑みながら出迎えた。
それに対し、出迎えられた男もまたニッコリと人懐っこい笑顔を浮かべながらそんな挨拶の言葉をゆったりに返す。
見れば、この6つ年上の少年が身に纏っている格好も、今日の祭りに合わせたのだろう、自分達同様いつもと異なり、うちはの伝統装束の上に緑色の上着を重ね着した姿ではなく、一重のシンプルな浴衣姿だ。草柳色の横縞模様をした浴衣に、黒地にうちはの家紋模様の帯をつけており、帯には黒色無地の財布を差し込んでいる。手には赤いシンプルな団扇を握っており、派手さはないはずなのにどことなく愛嬌を感じるチョイスだ。
しかし、普段着の上着からして思っていたことだが、緑系統の色合いがよく似合う男だな、とイタチはどことなく感心するような感慨で思った。
けれど、そうやってじっと見ているのはイタチだけではなかったらしい。
シスイもまたぱちぱちと瞬きをしながら、少しの秒間イタチの姿を瞳に収めると、人懐っこい微笑みを浮かべながら言う。
「イタチ、それよく似合っているな」
言われ、イタチは母手製の浴衣へと視線を落とす。
今日のイタチの装いは、勿忘草色の生地に青藤色の淡い色彩で描かれた桔梗柄の浴衣に、赤色の鹿の子絞り帯といった格好だ。シンプルな桔梗柄と優しい色合いが落ち着きを醸し出しており、袖裾のほうに入れられたうちはの家紋の刺繍がかわいらしささえ演出している。
それでも、年齢一桁の子供が着るにしては些か落ち着きすぎているぐらいの大人しいデザインであったが、しかしイタチ自身大人びた子供であり、年若いながらも可愛らしさより美しさのほうが際立つ面差しや雰囲気からして、彼女にはそのほうが却って似合っているぐらいだった。
だからだろう。シスイは感心したように、「うん、可愛い、可愛い」なんて微笑みながら繰り返すと、イタチの頭を優しく撫でた。
それにイタチは妙に気恥ずかしさを覚える。
感情を抑制する事に長けているため、顔に出すヘマはしないが、気分としては「なんだこの恥ずかしい男」という気分だ。
シスイに悪気も下心もないことぐらいイタチはよくわかっている。
それでもだからこそ、素でこんなことを言えるこの男が酷く恥ずかしくて仕方なかった。
そもそも、子供らしくない子供であることや、優秀な代わりに可愛げがないことに定評がある自分に「可愛い」なんて連呼してくるのはこの男くらいのもので、イタチとて幼いながらも女なので容姿を褒められるのは嬉しくないわけがないのだが……しかしこれが子供扱いの産物だということを考えると、少し複雑でもあるわけで。
だからといって、からかっているつもりは一切無い相手に「からかわないで下さい」というのも違うだろうから、イタチとしてもどう反応するべきか、シスイのこの子供扱いに年々悩んでいたりするのはここだけの話だ。
結局、イタチとしては無難にため息をつきつつも「ありがとうございます」と返すに終わった。
それから間を置いて、サスケとミコトもまた準備を終えて玄関へとやってきた。
「それじゃあサスケ……私は先に出るけど、あまり母さんに迷惑をかけるんじゃないぞ」
「わかってるよ!」
そんな風に幼い姉と弟は別れの挨拶を交わす。其の会話は姉弟というよりも寧ろ親子かなにかのようで、少しおかしくも微笑ましい。
そんな2人のやりとりを、シスイとミコトは顔を合わせてクスリと笑いながら互いに目線を交わし合う。どうやら思う事は同じらしい。
ふふと綺麗に笑いながら、ミコトは悪戯げに我が子に向かって言葉をかけた。
「母さんが一緒なんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ、イタチ。それより、あなたこそ折角の祭りなんだから楽しんでらっしゃい」
「わかってる」
そんな風にイタチも返す。それを見ながらシスイもまた目線を合わせるように屈み、ちょっとだけ拗ね気味の幼い少年に向かってこう言った。
「ごめんな、サスケちゃん。折角楽しみにしてたのに、お姉ちゃんお借りしちゃって」
そんな自分より10歳以上年配の少年の言葉に対し、サスケはムスッとした顔を隠そうともせず見せながら、刺々しい口調でこう言った。
「べつに。あんたをみとめたわけじゃないんだからな。オレだって……明日は姉さんといっしょだし。だから……今日だけなんだからな、いいか、ちょうしに乗るなよ! 姉さんを泣かせたりしたらゆるさないんだからな!」
「うん、わかってるよ。ありがとう」
そう返してシスイは微笑み、立ち上がってイタチへと手を伸ばした。
「さて、イタチ行こうか」
其の手をイタチは取り、2人揃って下駄に履き替える。
それから、家を出る際の挨拶を交わした。
「それじゃあ、ミコトさん、サスケちゃん、行ってきます」
「母上、サスケのこと頼みます」
「いってらっしゃい」
そんな2人をミコトは微笑ましげに声をかけ見送った。
……祭り囃子の音が聞こえる。
人々のざわめきに、合間で聞こえる和太鼓、ゆらゆら揺らめく提灯の明かり。本の中の知識だけで、初めて見聞きするはずのそれらは全てが優しく、どこか御伽の国に迷い込んだような気分さえ己に与えて、イタチはいつもより少しだけ早い鼓動の上にそっと手を重ねた。
……そして。
「会場までもうちょっとだな」
そういって笑う子供っぽいのにどこか落ち着き払った少年の横顔。
うっすらと目を細めて笑う其の顔は、どことなく懐かしさを噛み締めているような郷愁に満ちた顔で、美しい面立ちと年齢に見合わぬ落ち着きを纏った少女……うちはイタチは、そのことに普段は感じていなかった、うちはシスイという自分の婚約者たる少年との年齢の隔たりを感じた。
イタチにとって、夏祭りは初めて経験するものであり、物珍しさはあっても懐かしさを感じるものではない。だが、目の前の少年にとっては違う、ということは……彼には経験があったということだろう。
そのことがどうしてか少し悔しいような気がした。
「どうした」
「いや……なんでもないですよ」
そういって本当になんでもないような態度を装って口を噤む。
言えるわけがないだろう、とそう年齢を考えれば幼いとさえ言える少女は思う。
貴方との6年という月日の隔たりに、嫉妬を覚えたなど。
なんて下らない子供じみた理由。
口に出すにはあまりに恰好悪い。
実際問題として、イタチはまだ齢7つの子供であるのだから、言ったところで問題はないのかもしれなかったが、それでもそうやって益々この男が自分を子供扱いしてくる理由を、わざわざ自ずから増やす気はなかった。
幼いとはいえ、彼女とて女なわけで。
自分自身、この男に対する感情が恋情なのかそれとも友愛なのかもわかってないとはいえ、それでも男の『妹分』という扱いに甘んじて、彼が自分を通して見ているらしき『誰かさん』の身代わりでありたいとは到底思えなかった。
ただ、庇護されるべき子供なんて、イタチははじめっから御免なのである。
けれど、そんな妹分と思っている婚約者の心情などわかるはずもなかったのだろう。
「無理には聞かないけど……なんかあったんなら言えよ?」
そういって、少年は心配気に目を細める。
それに再び「なんでもない」と返せば納得してくれたのだろうか、シスイは「そっか」と笑って前を向いた。
それから早足ですっと前を歩いて、イタチの手を何気なく引きながら、彼は屋台や人々の喧噪を前に頬を綻ばせた。
それらをイタチはどこか現実離れしたような感慨で暫し見つめる。
色とりどりの提灯の明かりに祭り太鼓に笛の音、癖毛の少年の大人びた横顔。幻想的だとさえ思うその光景に、本当は足を止めたくなったなんて言えるわけもなかった。
前を見れば、提灯の明かりと共に様々な屋台や出店の類がずらっと並んでおり、普段にない程の賑やかさだ。それを前にイタチは一体彼らはどこから来たのか、と普段の木の葉と比べてあまりに増えた人波を前に、呆気にとられるような感想を覚えながら、ぽつりと言葉を漏らした。
「凄い活気ですね……」
「そうだな……でもこういうの、わくわくする」
そういって赤い団扇を胸に握りしめた少年は、キラキラと瞳を輝かせながら楽しげに笑っている。その顔を前に思わずイタチの頬も弛む。
どうやらこの様子だと本当にシスイも祭りを楽しみにしていたらしい。本人は必要以上に騒がしいわけでもないのだが、元々賑やかなことが好きな人でもある。きっと彼にとってこの夏祭りの再開は、初めての参加である自分以上に楽しみに出来る事柄だったのだろう。
嗚呼、誘ってよかった。そう思ってこっそりとイタチも笑った。
そんな風に思いながらイタチがシスイを見ていると、その視線に気付いたのだろう。
草柳色の浴衣を身に纏った少年はしゃぐような雰囲気を振りまいていた自分に恥じらうように、顎をポリポリと掻いて、僅かに耳を赤く染めながらも、先ほどの子供じみた自分の反応を誤魔化すようにこんなことを訊ねた。
「それにしても、本当にオレなんかで……サスケちゃんと一緒じゃなくて良かったのか?」
「迷惑でしたか?」
シスイにとって自分が『特別』であることぐらいは知っている。だからこそ、迷惑かと聞いて「迷惑だ」と返ってくる事はまずシスイの性格上ないだろうなとイタチ自身思いながらも……故に自分で言うのもなんだが、性格の悪いといっていい問いかけを返せば、慌てるように癖毛と釣り目が印象的な少年は手を左右にパタパタさせてこう返答した。
「いや、オレは嬉しいけど。でもちょっと可哀想だったかなって」
どうやらシスイはイタチとサスケとの姉弟団欒の時間を奪ってしまったのではないかと、サスケに対し罪悪感を覚えているらしい。まあ、然もありなんというやつだろう。
シスイはサスケが姉であるイタチべったりであることをよく知っているし、イタチ自身、たった1人の弟であるサスケのことは心底可愛がっている。
幼い弟は自分が守ってやるべき存在だと思っているし、自分の宿題や修行を後回しにしてでも、サスケにせがまれたら遊んでやるぐらいに大切だし、イタチは他の誰よりサスケに弱い。最も、サスケを優先させたところで成績を落とすようなヘマをイタチがしたことがあるかと言われれば、それはないのだが。
けれど、それでもそうやって望みがあれば出来る限りは叶えてやりたいと思うぐらいには、イタチにとってサスケは可愛い相手なのだ。
それをよくわかっているからこそ、シスイはためらっているのだろう。
元々この表情豊かな少年は子供好きで、子供に甘く、サスケのことも可愛く思っているらしいからこそ尚更な傾向といえる。
子供とは里の宝だ。
イタチは戦争時代を幼少期に経験し、人が死ぬ姿を物心ついた頃から幾度も見てきた。だからこそ、無垢な命の大切さは彼女にだってよくわかる。人が産まれるというのは奇跡に等しい僥倖なのだ。
だからこそ子供が可愛くて仕方ないらしいシスイのそういうところをイタチは好ましく思っていたし、そうやってサスケのことも気に掛けるこの少年の性分に好感を抱いてもいた。
しかし……シスイは1つ思い違いをしている。
「良いんですよ、サスケとは明日も明後日も一緒なんだから。それに、幼いとはいえ、サスケだって忍びの子だ。甘やかしてばかりではサスケのためにもならない。少しは我慢というものを覚えさせないと」
イタチは確かにサスケのことが大切で可愛くて仕方ないのだが、だからといってただ可愛がるだけの姉であるつもりはない。
人は甘いばかりでは駄目なのだ。
確かに自分はサスケを可愛く思っているが、だからといって望みをなんでもかんでも叶えてしまえば、弟は将来自立出来ない子になってしまう。それはイタチの望むところではない。理想はサスケの越えるべき目標として傍らに在る事が出来たら、それが最上なのだ。
確かに自分に懐く弟は可愛いし、見ているとべたべたに甘やかしたくなるのも事実だが、それでも自分にべったりで盲目的に育つのではなく、弟には是非とも色んなものに目を向けて欲しいと、目を向けられる子に育って欲しいと、姉としてそう願っている。
いくら姉弟とはいえ、ずっと自分達は一緒にいるというわけではない。やがては自分達の道を歩むときは来るだろう。共にあれるのは幼少の砌である今だけだ。
そうやって成長すればそれぞれが別々の伴侶を娶り、別々の家庭を築き、そうやって別の人生を送ることになるのだから、姉離れも出来ないような我が儘な子に育つようでは困る。
だからこそ、突き放す事も時には必要なのだ。
そう思ってのイタチの発言を前に、隣の少年はクスクスと忍び笑いを漏らしていた。それに少しだけむっとするような気持ちを覚えつつもイタチは訊ねる。
「……笑われるようなことを言ったつもりはないのですが」
「いやいや、イタチは良いお姉ちゃんだなあって。それにうん……考えてみればお前も祭りは初めてだもんな。弟の前じゃ気が張っちゃうだろうし……よし、今日はおにいさんが奢ってやるから目一杯楽しむんだぞ!」
そういって至極楽しそうにシスイは笑った。
大体この自分より6つ年上である少年が何を考えてその結論に至ったのかなど長い付き合いだ、わかる。
けれどだからこそ自分が子供扱いされているとわかっていて、イタチにしてみれば面白くなかった。
自分は生憎ベタベタに甘やかされてそれを良しと出来る性分ではないのだ。
だからこそイタチはこう抗議した。
「自分のものくらい自分で買えますよ」
母のミコトからは今日の分の小遣いとして200両(約2000円相当)渡されている。祭りとなれば、物価はなにかと高くなりがちではあるが、自分の分だけ出すこと前提であれば200両もあれば充分だろう。
「明日はシスイ君とデートなんでしょう? しっかりやりなさい」
……まあ、そんな風に笑いながら自分達の行動を「デート」と断定した上で母がこの金額を用意した辺り、足りなかった分は奢って貰いなさいと言いたかったのかも知れないので、母の意向とシスイの申し出はあっているのかもしれなかったが。
なにせ、一般的に見て男女がデートする際、男のほうが金を多く出すのは……しかも男のほうが年上なのであれば、それは当然の暗黙の了解といってもいいわけで。寧ろこれで女のほうが多く金を出したら、世間から顰蹙を買うのは男のほうなぐらいであろう。
しかしまあこれが本当にデートなのか……というと疑問も多かったりするのだが。
確かに自分達は婚約者という間柄ではあるが、自分の事をあくまでも可愛い妹分として見ているシスイにとっておそらくそれは否だろうし、イタチとしてもこの年上の幼馴染みに対する気持ちがどういった種類のものなのかについては、未だ結論は出ていなかったりするわけで、更に年齢差や見た目の問題もある。
街行く人に聞けば十中八九デートとは見なされない……せいぜい仲の良い兄妹と誤解されるのが良い所だろう、と客観的にイタチは分析していたりするが、それでもイタチは素直にシスイの妹分扱いをただ享受する気はなかった。
なにせ自分はシスイの妹でも従妹でもなく、名ばかりの仮婚約とはいえ、婚約者という立場なわけで。
いずれ自分が結婚するだろうと思っている相手に、ただ妹分として可愛がられるだけというのはイタチの性格上たまらない。この年齢差だ、仕方ない部分もあるが、それでもいい加減にして欲しい想いもあるのだ。
よって、自分を女として……婚約者として意識しているからこそ奢りたいというのならともかく、妹分扱いの子供扱いを前提として金を出されるというのは、イタチにとって少々癪なことでもあった。
けれどそんなイタチの抗議に対し、それこそ本当に小さな子供を相手にするときみたいな柔らかな声と姿勢で、シスイは笑いながらこう返した。
「良いから良いから。大体それはミコトさんやフガクさんが汗水流して働いて手に入れた金だろ。それはお前の権利ではあるけど、本当に入り用な時のために取っときなさい」
「だからといって……」
あなたの世話になる理由にはなり得ない。そう思ってのイタチの言葉に、きっぱりとした声で少年はこう返した。
「オレは良いの。オレがお前を甘やかしたいだけなんだから。自分が働いて得た金を自分の好きなことのため使っているだけなんだから、お前が心配することじゃないよ。だから、人の好意は素直に受け取っときなさい」
そういって年長の少年は真剣な目でイタチに視線を合わす。
それは有無を言わせない口調と雰囲気で、イタチは酷く心にざわめきを覚える。
シスイに対し、悔しいと思うのはこういう時だ。
自分は未だ親の庇護下であるアカデミー生で、シスイは様々な任務をこなす現役の中忍。時に自分より子供っぽく見えても既に子供とはいえない存在。親に全てを世話になっている学生と、自分で金を稼いで自立している立場では、社会的立場も金の重みさえもあまりに違う。
少年は笑う。無邪気にさえ見える子供のような微笑みで。
そうやってイタチの一歩前を歩いている。
それを見て、嗚呼早く大人になりたい。そんな風に漠然とイタチは思った。
自分よりずっと脆い癖に、大人の虚勢を張って自分を子供扱いしてくるこの人に、「対等」だといつか胸を張って言えるように。
今は、まだ言えない。
「ところでさ、お前は何か見たいものとか食べたいものとかある?」
カランコロンと下駄を転がすように歩きながら、クリクリとよく動く黒い瞳を勿忘草色の浴衣を身に纏った少女に合わせ、シスイはイタチへとそう訊ねた。
それに対して、いつまでも先ほどのことを引き摺るのも大人げないと思ったのだろう。イタチはいつもの冷静な……言い換えれば子供らしくないいつもの態度と調子を取り戻しつつ、軽く肩を竦めながらこう返答を返す。
「さぁ……正直よくわからない。……が、そうですね。アナタが見たいと思うもので構わないかと」
それは希望がないというよりは、初めての参加であるが故に、祭りとはどういったものがセオリーであるのかとかの判別がつかないのだろうと、シスイはイタチの意図を正確に読み取り、「そっか、わかった」と返答をした。
アナタが見たいと思うもので構わないというのは、ようするにエスコートを任せるという意味なのだろう。
そのことにシスイの中の世話焼きの血が騒いだ。
こうなったらとことん楽しませてやろう、うんと面白がらせてやろうとやる気が酷く湧いてくる。
そんな風にわかりやすく表情に出して、爛々と瞳を輝かせている少年を見ながら、イタチは「相変わらず単純で可愛い人だ……」なんて6つも年上の少年を相手にした感想としては、些か失礼なことを考えていたりしたのだが、生憎目の前の幼馴染みとは対照的に顔に出すヘマはしなかったためか、シスイがそんなどっちが年上なんだかわからないことを考えているイタチの感想に気付く事はなかった。
「あ、イタチ。リンゴ飴売ってある」
シスイは上機嫌を隠そうともせず、活き活きとした態度でイタチと手を繋いでいないほうの手で1つの屋台を指さすと、楽しげな調子で幼馴染みたる少女に言葉をかける。
その先にある出店に並んでいるのは様々なフルーツを飴に包んだものだった。ブドウにミカン、イチゴと色々あるが、「リンゴ飴屋」と銘打っている通り、メインは大小2種類のリンゴ飴だ。
「よし、一緒に食べよう」
そういって人懐っこい笑顔が印象的な少年は、店までイタチを誘導した。
そこに並んだ商品を見て、彼女は僅かに感心したように表情を和らげながら呟く。
「これが……」
其の態度に彼も察っした。
(そっか、イタチはリンゴ飴見るのも初めてか……)
考えてみれば当たり前なのだ。リンゴ飴なんて普通は祭りの時ぐらいしか販売しないし、木の葉では長い事戦争と九尾事件の影響で夏祭りの開催はなかった。せいぜい、祭り事と言えるのは正月や盆に内輪でひっそりとする祝いぐらいのものだ。
そしてイタチは丁度戦争時代初期の生まれなのだ。
故にリンゴ飴など、シスイにとっては懐かしいそれも、イタチにしてみれば初めて見る珍しい食べ物となる。
それは、イタチの歳がまだ7つであると知っているからこそ、悲しいことだと少年は思ったが、同情など彼女の欲するものではないだろうし、求めていない同情など少女にとっても失礼だろう。
だからこそ、これまで味わえなかった分を取り戻すためにも今日は楽しんでもらうのだ、と益々そう意気込んで、シスイはニッコリと人好きのする人懐っこい笑みを浮かべながら出店のオヤジに向かって声をかけた。
「おじさん、リンゴ飴頂戴。こっちの大きいのと、姫リンゴのほうと2つ」
それに対して、オヤジもまたニッカリと豪快に笑いながらリンゴ飴を袋に詰めつつ言う。
「あいよ。坊主、えらく別嬪な子連れているが、妹ちゃんのお守りかい?」
「うーん、ちょっと違うけど、似たようなもんかな?」
どうやら出店のオヤジはシスイとイタチのことを年の離れた兄妹と思ったらしい。
まあ、実際は兄妹ではないのだが、同じうちは一族であるし、これほど年が離れているのだから間違われたところで無理もないのだが、兄妹と間違われたことに対してシスイは嬉しいと感じたらしく、やや照れくさそうに目尻を和らげつつそう返答した。
……イタチにしてみれば「また妹分扱いか」と少し面白くない話だったのだが、生憎根本的に利口で、子供らしく在りきれない精神の持ち主であるイタチが其のやりとりに口を挟むことはなかった。
それに対してオヤジは、その曖昧な返答に親戚の子を預かって世話している坊主と、聞き分けの良さそうな大人しいお嬢ちゃんだと、シスイとイタチのことをそう認識したらしい。
オヤジは目尻を下げて、シスイにまけぬほど人懐っこい笑みを浮かべながらこう言った。
「そうかいそうかい。偉いねえ。よし、じゃあそこの別嬪なお嬢ちゃんにまけて本当は70両の所、50両にしてやるよ!」
「わ、本当にか? サンキューおじさん、ありがとう!」
そういってシスイは愛嬌を振りまきながらにこやかに50両を払い、リンゴ飴と姫リンゴ飴を受け取って、再度頭をペコリと下げ、手を振ってリンゴ飴屋から離れた。
それから「はい」と言って、イタチに大きなほうのリンゴ飴を嬉しそうに笑いながら手渡す。
少年の手に残ったのは一回り小さな姫リンゴのほうだ。
それに対して金を払ってもらった立場なのに、大きなほうを受け取ることには抵抗があったのだろう。イタチは少しだけ眉を顰めるようにしてこう言った。
「逆では?」
「いいのいいの。オレはこのサイズで充分満足なんだし、それにお前のおかげで割り引きしてもらったんだし、気にしない。気にしない。甘くて美味しいからな、きっとお前も気に入ると思うよ、これ」
そういって屈託なく少年は笑った。
それに手の中に収まったリンゴ飴を彼女は見つめ、少し匂いを嗅ぐ。
もし同じアカデミーの生徒に知られたらまず意外に思われること間違いなしなくらい、そんなイメージをあまり抱かれてはいないが、イタチは元来甘いものが好きだ。
好きな食べ物は、と聞かれたら真っ先に回答する対象こそおにぎりとキャベツではあるが、甘味を食する事はイタチにとっては最早娯楽のようなものであり、そういう通常の食事の好みとはまたそれとこれとは別として、甘い物は別腹扱いで好いている。
そのせいかイタチは甘味に関しては見かけによらない食欲を示す事が多々あった。
故に結構な量があるにしても、これぐらいならイタチにとっては問題無いし、リンゴ飴を包んでいる飴部分から匂う甘い匂いは、甘いものが好きな少女にとっては酷く食欲をそそる匂いで、きっとシスイの言う通り食べ終われば自分は成る程、これを気に入ることになるだろうなとイタチは納得した。
けれど、だからこそ今すぐこれを食べるのは勿体ない気がする。
そしてチラリと隣の少年を見上げる。
甘味を好んでいるのはイタチだけでなく、シスイもまたそうであることを長い付き合いだ、彼女は知っている。けれど自分と違って、シスイはそれほど量は食べないのだ。
それにどことなく木訥でホヤホヤした雰囲気の少年には、大きなリンゴ飴よりも一回り小さな姫リンゴのほうがどうしてかお似合いで、しっくりと似合っていたため、まぁいいのかもしれないなとイタチは思い直した。それはシスイの印象が動物で例えるなら大型犬ではなく、人懐っこいくせに臆病で強がりな小犬っぽいせいだったのかもしれないが、似合うものは似合うのだからいいのだろう。
そんな風に何事か納得している少女の視線に気付いたのだろう。シスイは苦笑のような困ったような顔を浮かべると、「お前……今なんか失礼なこと考えてない?」なんて訊ねてきた。
相変わらず変なところで鋭い奴だと思いつつ、イタチは本当になんでもないような澄ました顔を浮かべて「別に、なんでもないですよ」と答えた。脳内でシスイに犬耳や尻尾をつけて「可愛いな」なんて考えていたことは当然内緒だ。
「そう? まあ、ならいいけど」
自分より6つ年下の少女の言葉に納得出来ていなさげに首を傾げるシスイであったが、其の先を追求する事はなかった。そのことに追求して欲しかったようなそうでないような感覚をイタチは覚える。
ただ、そんな風に姫リンゴ飴を抱えている姿は、やっぱり何度見てもどことなく愛嬌があって、年頃の少年なのに少しおかしくも可愛いななんて感想を胸の奥に仕舞い込んで、イタチは提灯の明かりに再び視線を走らせた。
そういったやりとりの後5分ほどゆったりと歩いていた時だったろうか。
色とりどりの垂れ幕に、様々な提灯の明かりが灯る屋台通りの中、イタチはある店に目が付いた。
基本的に言えば、祭りで立ち並ぶ屋台の中で最も数を占めているのは食べ物関連の店であり、次点で幼い子供達が楽しめるようにと、射的屋や、金魚掬いに、ヨーヨー掬いなどの子供向けの店が多いのが常であるのだが、目に付いたのは其の店がそういった代物ではなかったということもあったのかもしれない。
何故なら、落ち着いた雰囲気のその露店で売られていたのは女性向けのとある装飾品ばかりだったのだから。
そこに立ち並んでいるのは、大人向けと呼ぶには安くとも、子供が買うにはやや高い値段を表示して売られている、色とりどりの様々な装飾を施された簪達だ。
その中の1つに目線を奪われ、ほんの僅かにイタチは足を止めた。
そんなイタチの反応にすかさず気付いたのだろう。シスイもまた、イタチが足を止めた店に視線をむけ、商品と少女の顔を交互に見ると、いつも通りのどこか子供っぽいながらも落ち着いた調子の声でこう尋ねた。
「欲しいのか?」
「シスイ兄さん」
その目敏い反応に、こういったことに対しては鈍そうに見えるからこそほんの少しだけ内心驚きを覚えつつ少女が少年の名を呼ぶと、シスイはそれを、イタチが見ていたそれが欲しいだと肯定の所作であると判断をつけたらしい。彼は一切躊躇う事もなく簪屋の女主人に対して声をかけていた。
「おばちゃーん、この簪頂戴」
そういってシスイが指さしたのは、イタチが足を止める切っ掛けになった商品だ。
そういうところもきちんと見ていたらしく、わかっていてくれていたということにイタチは顔にこそ出さないが、嬉しいような気恥ずかしいような思いを抱える。
「あいよ、280両だよ」
「え~、少し高くない?」
……確かに、それは年齢一桁の子供に対する贈りものとしては高い。
しかし、求めている商品を見れば、それは小さな子供向けというよりは、10代から20代前半ぐらいの年齢が対象なのだろうやや大人びた少女向けのもので、だからこそこういったことに詳しいわけではないイタチの目からみても、其の値段は妥当に思える。
しかし、いくら幼馴染みの婚約者であれ、そんな大人からしたら端金設定かもしれなくとも、子供から見たら大金がかかるものを買って貰うわけにはいかないと、イタチは少し遅れながらも認識し直したらしく、シスイの袖を遠慮がちに引っ張った。
「少し良いなと思っただけですから、別にそんないいですよ」
しかしそんな風に遠慮するイタチの態度に逆に触発されたのだろう。
シスイは例の兄貴分ぶる時特有の表情と声音を浮かべると、店の主人に聞こえないよう小声で「いいから、任せとけって」なんて言ってイタチの髪を優しく撫で、再びちょっと情けない感じの……言い換えれば人の憐れみを買う子犬っぽい雰囲気と表情、声音を浮かべて簪屋の主人に向き合い、こう言った。
「な~、おばちゃん。折角の祭りなんだしちょっとは割引して欲しいな~なんて……駄目?」
なんて言いながら、少し大げさな態度で少年はパンと両手を合わせ拝むように上目遣いに簪屋の女主人を見上げる。
そんな愛嬌がありつつも、どことなく母性本能を擽るような少年のやり口に、40代後半ぐらいの女主人は苦笑しながらも、少しだけ絆されたような声で呆れたようにこう言った。
「何言ってんだい、そんなことしてたらこちとら商売上がったりだよ」
「そこをなんとか~。ね? このとーりだからさー」
「そういわれても、こっちも商売だからねぇ」
そんなやりとりを5分ほど繰り返した後だっただろうか。簪屋の女主人は呆れたような、それでもどことなく微笑ましいような顔と態度で少年を見ながら、こう言った。
「全くしょうがないね、そっちの可愛いお嬢ちゃんに免じて250両にまけといてやるよ」
「やった、サンキュー、おばちゃんありがとう!」
パァァと顔を輝かせながら、シスイは簪屋の主人のその言葉に目一杯の愛想を振りまいて、満面の笑顔で老女の手を握りながら、もし犬だったらブンブンと尻尾を振りまくってそうな顔と態度で礼を述べると、金を払い商品を受け取った。
「ほら」
そう声をかけて、シスイは何気ない仕草でイタチの左横髪へと購入したばかりの簪をそっと差し込む。落ち着いたデザインの白梅をモチーフに作られたそれの枝を摸した部分が、シャンと鳴って響いた。イタチはそっとそんな作り物の花へと手を伸ばす。
そんな少女の様を見ながら、年長の少年は何度か頷くと、どことなく満足げな微笑みと共に感心したような言葉を漏らした。
「うん、やっぱり似合うな」
「似合っていますか?」
思わず控えめな声でイタチは尋ね返す。
自分を律するのはイタチの癖でもある。それのためわかりにくくはあるが、それでもどことなく期待に浮ついている風に己に訊ねてくるイタチを見て、シスイはこう思った。
ここまで自分の外見を気に掛けるなんて、嗚呼、本当にこの世界のイタチは女の子だなぁ、と。
男には、所謂前世の記憶というものがある。そしてその前世に置いて彼は日本という平和な国の平凡な中流家庭に育った……平凡な、少なくとも本人はそう思っている、社会人の1人で、その世界で娯楽として普及していた漫画の1つに、この世界そっくりの「NARUTO」という作品があり、男はライトなその漫画のファンの1人だった。
そしてその漫画に登場するキャラクターの中には、「うちはイタチ」や「うちはサスケ」また自分が転生した「うちはシスイ」などの名前も存在していて、建造物や大まかな歴史、里や国の名前などが共通していることから、この世界でうちはシスイに成り変わって間もなくの頃に、彼はこの世界を彼の漫画の並行世界的存在であると位置づけた。
しかし、平行世界はあくまでも平行世界であり、全く漫画と同一の世界ではない……ただのよく似た世界であると男は思っている。
そのことを示す最も代表的な存在がこの世界の「うちはイタチ」の存在だった。
何故なら漫画世界のイタチは……NARUTOに出てくるイタチは、女ではなく男だったからだ。
この世界でイタチと初めて引き合わされた日の事を彼はよく覚えている。彼が彼ではなく彼女であることに、初めは正直戸惑った。
そもそもNARUTOに出てくるイタチからして、内面はともかく、外見は深いほうれい線こそ渋みを醸し出しているが、切れ長の目に長い睫、すっと通った鼻筋に撫で肩、長いストレートの黒髪の涼しげな容貌に優美な物腰と、中性的な美男子だったわけであり、またこの世界で出会ったイタチにしろ、第二次成長期前ということもあって、この世界のイタチとNARUTO世界のイタチに外見的差異はほぼ存在していなく、リアルにしただけで身体的特徴はそのままだった。
更にいえば衣服のセンスも原作イタチと似たようなもので、性格や雰囲気にも大差は見られなかったということもあり、一人称が違うにも関わらず、原作知識があるのが災いして、初めはてっきり男の子だと普通に思い込んでいた。
しかし、それでも彼女は女の子だ。
初めて顔を合わせた日、所謂原作知識というものがあるせいでイタチを男と思い込んで接したのが原因で、男に間違われていたということを知ったときの彼女の落ち込んだ顔やその時吐いた台詞は、シスイの罪悪感をこれでもかというほど刺激した、苦い想い出である。
そしてあの時の「わたしは女にみえないのか」と落ち込んでいたイタチの想い出があるからこそ、この世界が全く漫画と同じ世界ではないと自分に割り切らせることが出来たのも確かだが、それでもやはり女の子を悲しませる男はサイテーだと彼は思っている。
原作のイタチは原作のイタチ。このイタチはこのイタチで、女の子でオレの可愛い妹分。そう思い納得するようになったのもこの時からだが、それでも外見も性格も原作イタチとの差異が少ないせいで、時々女の子だって認識を忘れかけることがあるのもここだけの話である。
だからこうやってふとした瞬間に、この世界のイタチの女の子な部分が見えるととても微笑ましい気分になると共に、結局1人置き去りにしてしまった前世での『妹』のことも思い出す。
『ねぇねぇ、お兄ちゃん。今日友達と花火大会に行くんだけど、髪変じゃないかな? ちゃんと出来てる?』
そんな風に上目遣いで訊ねながら、こんな自分を慕っていてくれたたった1人の妹。
友人や家族にこそ恵まれていたが、外見も平凡、身長は平均より低く、勉強も運動も不得手で、成績が良いのは音楽と家庭科ぐらいのどうしようもない凡庸な男だったのに、それでも兄と慕ってくれた彼女は、自分とは対照的に母方の祖母に似たのか美人で、運動神経も学業成績も良く、強いて欠点を言うなら家事が少し苦手で、手先が少し不器用ながら心優しいそんな子だった。
正直、6つも歳が離れていたとはいえ、今でも何故自分などを慕ってくれたのかわからない。
己に取って妹は守るべき存在だったが、しかし自分は当時中学生だった、幼かった妹から○○を奪った張本人なのに。
……余計なことを考えた。
なんにせよ、此所にいるのは前世での自分の妹ではなく、幼馴染みである齢7つの少女だ。
イタチはイタチ。そもそも妹とイタチは全く共通点がないわけでもなかったが、違うところのほうが多い赤の他人だ。それでも、女の子である以上、こういった方面では妹にしていた対処を参考にすればいいだろう。
大抵に置いて女の子は容姿を褒められたいと思う生き物なんだから。そしてこの反応を見る限り、イタチもまた例外じゃないはずだ。
だから、どことなく期待しているようなイタチに対し、シスイは満面の微笑みで頷くと、簪が似合っていることを肯定した。
「うん、すっごく可愛い。よく似合ってるよ」
実際世辞抜きでこれは本音だ。
元々イタチは大人びた子供で、それは外見以上に雰囲気や表情、思考こそがそうであり、だからこそ年齢一桁の子供がつけるにしては些か大人すぎる印象のデザインである白梅の簪が、イタチの黒髪や雰囲気に映えよく似合っていた。
女性として花開き始める10代の少女ならばともかく、年齢一桁の子供でありながらこの手のデザインをした髪飾りが似合うのは、世界広しといえどイタチぐらいのものではないだろうか。
そもそも白梅自体、人気の高い花であっても子供向けの花とは呼べない。
確かに寒空の中咲き誇るその花は美しいが、優美さと上品さ、そして一抹の侘びしさを思わせるその花は、子供らしい可憐さとはまるで正反対だ。白梅のよう……と形容するに当たる女性を連想しろと言われたら、大抵の人が思い浮かべるのは落ち着いた貞淑なる知的な大人の女性なのではないだろうか?
けれど、どうしてか。これほど幼くありながら、それでもイタチのイメージには白梅はピッタリだなぁとシスイは思った。
そんな風にどことなく感心したように自分を見ている男の視線に気付いているからだろう。
イタチは褒められた直後こそ、顔に出さないようにしながらも少し照れていたようであったが、ちょっとだけ眉を顰めるようにしてこう訊ねた。
「何か?」
「いや……白梅ってなんていうかイタチッぽいよなって思ってさ」
そしてそのまま思うが侭の感想をシスイは6つも年下の少女へと告げた。
「百合とか、薔薇とか、白菊とか……お前には他にも似合う花は色々あるんだろうなーとは思うんだけど、なんだろう。白梅が1番ピッタリかなって。寒空の中凛と咲く感じとか、主張しすぎていないのに見る者の目奪う感じとか、優美で上品なイメージとか凄くお前らしいような気がする」
そんな他人が聞いたら説いているのか? と疑われそうなシスイの言葉を前に……まあ彼女はこの男の言葉に他意がないことを知ってはいたが、それはさておきイタチはノ一クラスで2ヶ月ほど前に習った授業内容について思いだしていた。
……白梅の花言葉は「高潔な心」「忍耐」「忠実」「厳しい美しさ」「艶やかさ」「気品」などとなるらしい。
いくらこの男が薬草や毒草など植物にある程度精通しているとはいえ、毒にも薬にもならない花の花言葉まで調べているとも思えないので、おそらく自分が自意識過剰なだけなのだろうが、それでもその後も「うん、やっぱりイタチには白梅がピッタリだな」などと自分を褒めそやすシスイを見ていたら、この男の目には自分はそう写っているらしいと思わせられて、酷く気恥ずかしい気分をイタチは覚えた。
全く褒められなかったらそれはそれで癪だったのかもしれないが、それでもこうもベタ褒めされるというのは、過剰評価されているようで居心地悪く感じてしまうものだ。いやもう、本当この男は自分のことをなんと思っているのか。
まあ、シスイが己に過大評価して過剰に信頼を向けてくるのはいつも通りのことといえばそうなのだが。そうでなければ一体どこの世界に当時4歳の幼子を捕まえて「お前を火影にするのがオレの夢」なんて言い出す物好きがいるのか。
しかしそれにしても、普段は赤面症で割とすぐ照れるくせに、何故こんなスケコマシのような台詞は照れもせず悪気もなく言えるのか、一度この男の頭の中を見れるものなら見てみたい。
そんな風に思う自分がいる一方で、けれど彼女に嬉しいと思う気持ちがないわけではなかった。
下心無く、己を思っての行動が嬉しくないはずがなかった。
しかしそんな自分を誤魔化すようにイタチは目を伏せ俯くと、それでも贈りものを受けておきながら何も言わないのは失礼だろうと思い直したのだろう……この辺り、イタチの律儀さと真面目さが伺える、な調子で「ありがとうございます、シスイ兄さん」とそう礼の言葉を述べた。
それに対し、シスイはそんな風に表に出さないようにしながらも、内心照れつつも喜んでいるイタチの内情を長い付き合いから読んだのだろう。少年は微笑ましそうでありながらデレデレした雰囲気を振りまきつつ、ヘラっと笑って「どういたしまして」と返し、わざとらしく茶目っ気たっぷりにまるで臣下がするような仰々しい礼で返した。
それはなんとも滑稽で笑いを誘う姿だ。
でもそうやってこんな形で己を気遣ってくれる少年の事を、悪くないと少女は思った。
続く