お待たせしました、夏祭りの話、後編です。
因みにこの話の設定は本編ルート、IFルートどちらとも繋げられるように書いたつもりでいますので、最後の辺りの展開はお好きなほうでご想像下さい。
後余談ですが、イタチさんは母上と母さん呼びを使い分けている人的イメージなので、まあ、そういうことで。
「……すみません、シスイ兄さん。先に行ってくれませんか?」
イタチがそんなことを言い出したのは、先の簪屋が人混みで見えなくなった頃だった。
「どうした?」
イタチである以上、訳あっての発言だろう。そんな信頼を齢7つの少女に向けながら13歳の少年は理由を尋ねる。
それに対し彼女は曖昧に、「忘れたものがありまして……」と答えた。
まあ、嘘だろう。
けれど、イタチがこんな風に言う以上、したいことがあってそれには己が側にいることは不都合という意味なんだろうと察したらしいシスイは、「わかった。そこの先で待っているけど、あまり遅くなりすぎないうちに戻ってくるようにな」とイタチに告げて、年上らしい寛容な態度で、イタチの髪を一撫でしてから送り出した。
それに対し、彼女はペコリと律儀に一礼してから「行ってきます」と告げて少年に背を向けた。
それをシスイは笑って手を振りながら「いってらっしゃい」と見送った。
(普段は子供っぽい人に見えるのにな……)
こういう時はきちんと年上で、まるで大人のような態度なのが少しだけおかしかった。
そう思いながら、先ほど目を付けていた出店へとイタチは向かう。
「お、いらっしゃい、お嬢ちゃん1人かい? どれが欲しいんだい?」
「これです」
そう言ってイタチは一組のミサンガを気の良さそうな50代ぐらいの店主へと差し出した。
「これはちょっと、お嬢ちゃんがつけるには無骨過ぎンじゃないかねェ?」
それに店主は眼を細めながら、差し出されたミサンガを受け取りつつそうぼやくと、イタチは「贈りものです」と答えた。そんな年齢に似合わぬ雰囲気を纏った幼い少女を見ながら、店主はまさかこの年齢の子供が贈りものを買いに来たとは思っていなかったのだろう。マジマジとした目でイタチを見てから、「好きな男にでも贈るのかい?」と最近の子供はマセてるねェと言いたそうな口調で漏らすと、イタチが差し出したミサンガを紙袋につめ値段を言った。
「30両だよ。……それにしてもお嬢ちゃん、これがどういう類のアクセサリーか知ってて買いにきたのかい?」
その質問に対し、イタチはいつもの冷静な口調でこう答えた。
「自然に紐が切れた時願いが叶うと言われている、お守りの一種だったように記憶していますが」
「そうだよ。よく知っているねぇ。もう1つ、色にも意味があることは知っているかい?」
「……」
流石にそこまでは知らなかった。
「黒色は好意、意志。黄緑は和み、友情、優しさ。赤は恋愛、勇気、運動、情熱を司っている。ついでに付ける場所にも意味があってねェ。利き手は恋愛、逆手は学問、利き足は友情ってね。まぁ、アンタの恋が叶うよう祈ってるよ」
そういって店主は笑って金を受け取り、イタチを送り出した。
「シスイ兄さん」
そう呼びかけ、小走りに追いつく。
するとどこか遠い眼で祭り光景を見ていた少年は、それまでの表情から一変、少し何かを隠すような……自分くらいしかわからない程度にどこか仮面的な笑みを浮かべて、「おかえり、イタチ」と連れ合いである少女の名を呼んだ。
それに僅かイタチはたじろぐ。
けれど、ここで引いてどうすると自分に言い聞かせ直して、イタチは「これ……受け取って欲しい」といって先ほど買ったばかりのミサンガが入った袋を差し出した。
「先ほど簪を買ってくれた礼です」
「礼って……別にそんなの良かったんだけどな」
そういって苦笑するシスイは、しかしイタチが一方的に与えられることに納得出来る子供ではないことも知っているためか、「お前らしいけど」そう呟いて其れを受け取り、「開けて良いか」と声をかけて、商品を袋から取り出した。
それは黒と赤と黄緑色の組紐を編み込まれ作られた腕輪形状の装飾品だ。
基本的にシスイに装飾品を身につける趣向はないし、男が装飾具なんかに金かけてどうすんだ? とか思う人種なためこういったことについては詳しくはないのだが、ブレスレットというよりはバングル程の太さがあることといい、どことなく無骨なデザインといい、まあおそらくこれは男性向け商品なのだろう。
自分がつけていてもおかしくなさそうなデザインからは、彼女の気遣いを感じて、そんな少女の気持ちが嬉しくなってつい微笑む。
それでも、この商品が子供の小遣いからして高額で、イタチの今晩の小遣いを使い切らねば購入出来そうにない代物だったのなら、いくら簪の礼と言われてもシスイはこの贈りものを受け取れないと返していただろう。そんな自分が受け取れないラインと受け取れるラインも見抜いての贈りものを返してくれたイタチに対して感じるのは、羨望と友愛と憧憬だ。
あまりに早熟過ぎる子供であるためか色々言われることの多いイタチだが、この子はこんなにも人を気遣える優しい子だ。贈りもの自体よりも、彼女のそんな心遣いこそが何より嬉しかった。
「懐かしいなぁ……ミサンガかぁ」
そういって彼は早速右手に彼女がくれたそれをつけると、マジマジと贈られた装飾品を眺め言う。
その言葉には他意は宿ってはいなかったが、しかし一瞬イタチが照れたような顔をして俯いたことについては、生憎男はそちらを向いていなかったため気付かなかった。
けれど、彼女の動揺は刹那で収まったらしい。
次には相変わらずのいつもの冷静じみた声でイタチは尋ねた。
「知ってたんですか?」
「んー……ちょっと昔にも貰ったことがあってな。確か願い事をして身につけ、自然に紐が切れたら願いが叶うとかなんとかだっけ?」
まあ、くれたのは大学生の時付き合っていた前世の彼女で、その時のミサンガは売り物ではなく彼女の手作りで、彼女は「ずっと身につけて自然に紐が切れたら願いが叶うんだって」という言葉と共に、「絶対に右腕につけてね」なんて念を押していたが、いくら彼女がくれたものとはいっても、ピンクと赤で編まれたその装飾品はちょっと恥ずかしかったのも1つの想い出だ。とはいえ、そのミサンガは、両親が死んだ後自分が彼女に別れを切り出した際に、ケジメとして自分で燃やしてしまったんだが。
しかしどちらにせよミサンガはそう高い装飾品ではないだろう。子供の小遣いでも充分手が届くラインの筈だ。
それにデザインやら色合いからして、自分の事を考えて選んでくれたのは明白だ。嬉しくないわけがなかった。
だからシスイは「大切にするよ。ありがとうな、イタチ」そう言って笑った。
その少年の微笑みを見て、イタチは酷くほっとする。
先ほどまで身につけていた仮面の微笑みはもう無い。本心からの微笑みだ。そのことに齢7つの少女は安堵した。
それから彼女は落ち着いた声でシスイに尋ねた。
「何を見ていたんですか?」
「んー……何をって……まあ特定の何かってわけじゃないけど、こういうのやっぱ良いなってそう思ってただけだよ」
そういって少年は眼を細める。
「みんな賑やかで、楽しそうで、子供達は笑ってはしゃいでてさ……やっぱりさ、泣いている顔や辛そうな顔を見るよりもこういうののほうがずっといいなってそう思ってた」
オレもみんなが笑っていると嬉しいし、とどこか愛しさの滲んだ口調でそう小さくポツリと呟いた。
それにイタチは思う。
嗚呼、この人の心にもまたあの戦争は大きな傷となっているのだな、と。
まあ、当然と言えば当然のことだ。
人が焼け、腐り、死んでいく光景。
人同士で争いあい、奪い合う。
戦火に包まれた村。
あれは幼かったイタチにとってもトラウマそのものだ。完全な平和などというものがないことは理解していても、それでも戦争を忌避する考えが生まれたのもあれが切っ掛けに等しい。
そして自分以上に、彼にとってはあれは当事者であったからこそより惨いものでもあったのだろう。そも、シスイは己より余程脆い人だ。それは何より精神的に。シスイの両親もまたあの戦で亡くしているし、仲間も失っていると聞くが、それだけの話ではないだろう。
でもどちらにせよ、この少年が「歪み」を抱えたのはあれが原因だろうとイタチは悟っていた。
シスイが己に期待したものは、己に執着するようになった切っ掛けは、望んだ夢の根源は、やや病的な程子供好きに彼が成り果てたのは、全てあれが原因だ。
……やり場のない憤怒を、砕けそうな理性を別の感情に変え耐えた。
そうしないと生きていけない程、この人は脆く弱かった。否、今もまだ弱い。それだけの話だ。
けれどそれを愚かだと嘲笑う気にはイタチにはなれない。
開き直り、血を好んで残忍な方向へと変化するものよりも、ずっとそれは尊いことだろうとも思うから。
そんな風に自分を見ている妹分の視線に気付いたのだろう。
シスイは1つ瞬きをすると、それを合図のようにいつも通りの雰囲気に自分をもどし、それから彼はニッコリと満面の……巧妙に作られた笑顔を浮かべつつ、イタチの手を引き、気持ちを切り替えるようにこう言った。
「ま、なんにせよイタチ。今日はとことん遊ぼうな。あ、あとさっきあっちで射的屋見かけてさ、一緒にやろう」
そういって少年は無邪気に笑う。
其の顔は本当にいつも通りで、先ほどの片鱗も見せない。それに、普段はそんな風には見せないくせに、この人もやはり忍びだなとイタチは無性に実感した。
「おじさん、オレとこの子で一回ずつよろしくな!」
「あいよ。20両だよ」
そういってシスイは賑やかに笑いながら射的ゲーム屋のオヤジに20両を支払う。
それから当然射的ゲームも初めてだろうイタチに振り返った。
「お前、やりかた知ってる?」
「推測でいいなら……」
「つまり、ちゃんと知っているわけじゃないんだな?」
そうイタチから確認を取ると、シスイは、よしなら説明してやろうと言わんばかりの意気込みが入った顔を見せながら、イタチに言った。
「良いか。このゲームは、射的用に用意されたこの玩具のクナイを使って、あそこの棚に並んでいる景品を当てて落とすゲームなんだ。んで、落とした景品が貰える。外れたら無し。といったら、お前には簡単に聞こえると思うけど、渡されたゲーム用クナイは私達が普段使っているクナイとは全然違うから言うほど簡単じゃない」
そういってシスイは、イタチの手にもゲーム用のクナイもどきを握らせた。その軽さと材質の脆さに少しだけイタチが目を大きくさせる。そんな少女の姿を見ながら、シスイは説明を続けた。
「というか、普段クナイをにぎり慣れているやつのほうが多分このゲームは難しい。あまりに重さも強度も違い過ぎるからな。無茶は効かないし、クナイをチャクラで強化させるのはルール違反で厳禁だ」
そういって、「とりあえず、オレから行くぞ」と実際に見せる事にしたらしい。シスイは玩具のクナイを構えるとヒュッと投げた。
「うん、まあ、こんなものだろう」
棚から落ちたのは綺麗な模様のおはじきが入った小袋だった。デザイン的にくノ一クラスのアカデミー生辺りにウケが良さそうなデザインな辺り、ひょっとしてイタチにあげるつもりで狙ったのかも知れない。
が、狙った賞品を落とせたことはまだ良いにしても、それは余裕で落とせたという風情ではなく、なんとか落ちた風であったし、少しクナイは外れた軌道を描いて落ちたものだから、シスイ的には想像以上に駄目な出来だったらしく、彼は気恥ずかしげに赤面しつつポリポリと側頭部を掻いている。
そして次にイタチに勧めようとシスイが振り返った時には、彼女はそれを投擲していた。
ヒュッと鋭い風切り音がなる。
と、思えばクナイが計算し尽くされたような軌道を描いて2つの商品が棚から同時に落ちた。
「おいおい、マジか」
その正確さと、技術力の高さに、思わず出店のオヤジも呆気にとられたような顔をしてそれを見ていた。
落ちたのは、最も狙うのが難しいだろう位置に置いてあった、手裏剣ショルダーセットと、ベーゴマセットだ。特に手裏剣ショルダーは大きさと重さが重さだけに、普通に当てたところで、軽くて脆い材質の玩具のクナイではよっぽど上手くやらないと落ちない筈だったのだが……しかしそれをやってのけた少女は、ふむとこともなげに顎に手をやるとこう言った。
「確かに……いつもと感覚が違う分難しいですね。左の賞品も一緒に落とすつもりだったんですが」
……どうやらイタチ的には一気に2つ落としただけでは足りなかったらしい。因みに左に置いてあった商品は小熊のぬいぐるみだ。そんなイタチを見て、シスイはどこか遠い目をしながら呟いた。
「ああ、そうだった。お前はそういうやつだった。それにしても……お前、本当チートね」
「チート?」
ペテンなどした覚えはありませんが? と言わんばかりの瞳で自分を見上げる少女を前に、それより6つ年上の少年は苦笑いを浮かべながら、イタチの頭を撫でつつこう返答した。
「いや、うん、なんでもない、こっちの話。ちょっと自分の非才さを噛み締めてるだけだから、気にしないでいいから」
……その言葉に哀愁が漂っている気がするのは気のせいなのだろうか。
とは思いつつそれにイタチが突っ込む事はなかった。空気を読んだといっていい。
「でも、成る程。大体感覚は理解しました。それでシスイ兄さんは何か欲しいものはありますか? あれば落としますが」
そういつも通りの平静な態度を取っているようで、どことなく子供らしく得意げでもあるような雰囲気も僅かに匂わすイタチだったが、それに対し遠い目をしながら草柳色の浴衣に身を包んだ少年は呟いた。
「いや、いいよ。っていうか、そんなことしてたら店のおじさんが可哀想だろ……お前全商品落とせそうだしさぁ……でもま、そんなに落としたいっていうんなら、自分が欲しいものか、サスケちゃんへのお土産でも落としなさい。な?」
その声には酷く同情が宿っているが、イタチとしては釈然としない。
そもそも落としたものは貰えるゲームなのに、本当に落としたら可哀想とはどういうことか。納得出来ない。
とは思うものの、弟へのお土産でも落とせという言葉には成る程納得ではあったが。
なにせ可愛い弟の喜ぶ顔を見たら自分も嬉しくなるぐらいにはイタチは弟馬鹿だ。しかし、サスケが喜びそうなものという意味では、既に落とした手裏剣ショルダーセットやベーゴマセットでも割と充分な気がする。あとは……先ほど落とし損ねた小熊のぬいぐるみとかも、悪くないんじゃなかろうか。
「それにしても、ベーゴマとはまた懐かしいものを落としたなあ」
けど、そんな風に考えているイタチに話しかけられた男の声があまりに懐かしさを感じさせるものだったので、これ以上は別にいいかとイタチは思い直した。そうして眼を細め、微笑みながらイタチの手の中を見ている少年に向かい少女は問う。
「好きだったのですか?」
「んー、ちょっとな」
そういって先ほど落としたおはじきをイタチに手渡しながらシスイは笑った。
その顔はとても楽しそうだった。
それからはあっという間に時間が流れていった。
行く先々でふわふわの綿菓子やフランクフルト、たこ焼きなどを2人分け合って食べて回った。2人で買った1つをわけた為、量はそれほどではなかったけど、その分沢山の種類が食べれて、なにより分け合って食べるということそのものが楽しかった。
「やっぱり1人じゃない食事は楽しいなっ」
そんな風に無邪気に笑う少年の顔がイタチには眩しかった。
やがて、そうしているうちに本日の目玉である花火がはじまる。
すると、シスイは言葉を止め、空を見上げながら優しげに目を細める。
おそらく、その横顔に目を奪われたのだろうとイタチは思う。
まわりは煩いくらいの音なのに、どこか物静かで、イタチは時間が止まったような錯覚さえ覚えた。
穏やかで優しい顔。
いつもは年齢一桁である筈の己より余程子供っぽい人なのに、そうした顔と雰囲気は、世の酸いも甘いも知り余生を細々と過ごす御隠居の老成さを思わせた。
だからなのか、シスイの顔なんて見慣れていた筈なのに、かける言葉を失うと共に、一種の不安さや不吉さも感じで、イタチはそんな風に思う自分自身に戸惑いも覚える。
「綺麗だな……」
「……そうですね」
まるで老人のように10代前半の少年はその言葉を言う。
それは花火のことだろうけれど、多分それだけでもないのだろうと少女は思う。
多分綺麗だと彼が思っているのは花火だけでなくて、この世界そのものだ。
醜いという感想も綺麗だという感想もどちらも相反しているようで、それでも矛盾のようでいてそれらは両立しているものなのだ。
それはイタチにもよくわかる。よく知っている。覚えのある感覚だ。
戦争は醜い。
人の死は悲しい。
誰かを失うことは苦しい。
けれど、此所はそれだけの世界じゃない。
この世界だからこそ、自分はこの男に会うことが出来た。
自分の両親はあの2人だった。
弟は……サスケが生まれてきた。
命は眩しい。
親しい人間の笑顔は嬉しい。
誕生は歓び。
死は無常の別れ。
世界は悪と善に満ちている。
この世界は、人は醜い。
それでも世界も、人も美しい。
例え裏に数多の闇が隠されていようと、この平和の裏に犠牲者がいるのだろうと、それでもイタチは、イタチもまたこの世界を……生まれ故郷である木の葉を愛しているから。
人を愛しているから。
美しいとそう思うから。
だから、嗚呼、本当に……。
「本当に綺麗だ……」
次々打ち上げられる花火。どうかこの時がいつまでも続いたらいいなとイタチは思う。
きっとその想いは隣の少年も同じだろう。
空を彼を見上げる。花火は色々な色を纏いながら天空に咲いては消え、を繰り返していく。
それはまるで、人の人生のようだな、とイタチは思った。
ひっそりと幸せを噛み締めるように、控えめにシスイは笑う。
まるで全てを受け入れる老人のような微笑み。そんな姿に酷く胸が掻き乱された。
少しの混乱。けれど、それは居心地の悪いものではない。
正直、イタチは自分自身、この幼馴染みで婚約者でもある年上の少年に如何なる感情を抱いているのか、未だ答えだって出せていない。この男に対する好意の種類がどれであるのか分かっていない。それでもいいのではないかと思うのだ。
だって、綺麗だ。
ここには泣いている人は誰もいない。
だから。
ずっと、こんな時間が続けばいいと。
そう思っても構わないのではないだろうか。
「また、来年……」
ともすれば、花火を打ち上げる音でかき消されそうな声量でシスイはポツリと呟く。
「また、来年一緒に来れたらいいな」
また一緒に来ようではなく、来れたら良いな。
その言葉は、いつ自分が死ぬかわからない職についていることを自覚しているが故の言葉なのだろう。人の命を奪う職は、同時に自分の命を奪われる可能性も孕んでいるのだから。自分が何者かわかっているが故の言葉。そしてそれはイタチにとっても他人事ではない。
今でこそアカデミー生だが、きっと来年には自分はアカデミーを卒業し、そして下忍として里のために働き、里の敵を殺すだろう。そうして人殺しの連鎖へと組み込まれるのだ。
だから……。
「嗚呼……そうですね」
現実を分かりすぎているほどわかっている少女は、来ようなんて希望的観測を述べることもなく、ただ曖昧に頷いて、少年の手をソッと握りしめ側に佇んだ。
そうして特大の、最後の花火が打ち上げられる。それが散る様をどこまでも目に焼き付けながら彼女は想う。
嗚呼、もうすぐ祭りも終わる。
終われば、またいつもの日常が戻ってくるのだろう。
変わらぬ夜が来るんだろう。
「綺麗だったな」
そんな少年のありふれた言葉と共にイタチの夏祭り1日目は終わった。
カランコロンと下駄を鳴らしながら少女は少年と歩く。
すっかり夜も深く、街灯に照らされて影が出来ている。
そんな中、イタチを自宅前まで送ったシスイは、「それじゃあイタチ、またな」そう言って微笑み、彼女に背を向けた。その腕には自分が贈ったミサンガがつけられたままだ。それにどうしてか安心して、イタチは彼女にしては柔らかい声と表情で少年に別れの挨拶を送った。
「おやすみなさい、シスイ兄さん」
シスイはそれにヒラヒラと手を振る事で答え、夜の道を帰っていった。
「ただいま」
家に帰れば、既に弟のサスケと母のミコトは帰宅していた。
「ああ、もう、姉さんおせーよっ」
そんな言葉と共にサスケが自分の腕の中へと飛び込んでくる。そんな様は無邪気そのもので酷く可愛らしく心和む。そしてそんな自分達姉弟を見ながら、母のミコトは浴衣を畳みながらこう声をかけた。
「イタチ、おかえりなさい。シスイ君とはどうだった?」
「ああ、楽しかったよ」
そこまで話したところで、目敏くミコトは娘の変異点に気付く。
「あらあら、ひょっとしてイタチ、それシスイ君に?」
「……まぁ」
そういって母はどこか楽しむような、それでいて微笑ましいような顔をしながら、行きには確実につけていなかった左髪の装飾品について指摘する。それに対しイタチはどことなく気恥ずかしそうにしながらも、それの贈り主がシスイであることを否定することはなかった。
「随分進展したのね?」
「そんなのじゃないよ。あの人は相変わらず、私のことは妹分としか思っていない」
とはいうものの、満更でもないことは母には筒抜けだろうことはわかっている。それでもイタチはそう言った。
しかし、ここでイタチがつけている簪の贈り主が誰で、なんでそんなのをつけているのか僅か2歳児であるにも関わらず悟ってしまったらしい。イタチのように精神的に早熟というわけでもないくせにこれほど頭がまわるのは天才故にか、サスケは癇癪玉を爆発させたような声で大好きな姉に喚いた。
「姉さんのばかっ! そんなのつけるなっ」
そういってサスケはイタチをポカポカと叩きながら泣き出した。
それには流石のイタチも意表をつかれる。
「サスケ?」
「そんなの似合ってない! 変だよ、おかしいよ!」
「サスケ……」
正直可愛い弟に似合っていない、変だと言われイタチは内心傷つき困っていたのだが、まだ幼いサスケは自分のことで手一杯で姉が自分の言葉にどれだけ傷ついているのか気付かず更に言い募る。
「姉さんはオレの姉さんなんだから、そんなのつけるな、ばかっ」
泣き喚きながら上手く言葉を纏められずともそう叫ぶサスケに対し、流石にこれは看過出来ないと2人の母であるミコトは口を挟みサスケを叱ろうとするが、すかさずイタチはそんな母を手でそっと制して、内心傷つきながらもそのことを隠す為の微笑みを浮かべたまま、幼い弟に対しこう言った。
「わかった。これは外す。だからもう泣くな、サスケ」
そういってイタチは、彼の少年が手ずから己の髪につけてくれた白梅の簪に手を伸ばし、躊躇すら見せずに引き抜いて懐にしまった。
それからサスケを宥め賺し、弟が泣き疲れて眠るとその背に乗せて、サスケを布団まで運び掛け布団をかけてやった。
「むにゃ……むにゃ……姉さん……」
そんな風に泣き腫らした目元を晒しながらも、それでもどことなく満足そうな笑顔で自分の袖をキュッと握りながら眠る愛くるしい弟の寝顔を見ながら、イタチは目元を綻ばす。
そんな少女を我が子ながら呆れたような目で見ながら、ミコトは言った。
「全く、良い子過ぎるというのも困りものね。それとサスケに甘すぎよ、アナタ。サスケより年長とはいえ、アナタも子供なんだから嫌なことがあったり、あまりサスケの我が儘が酷いようならガツンと言っていいのよ。アナタにとってそれは大切なものでしょう?」
そう言う声の後半には心配と、どうしようもなく子供らしく在りきれない我が子に対する一抹の悲しみ、そして憐憫じみた情が混じっていた。先の一件は同性の親であるからこそ同情したのかもしれない。
けれど、そんなミコトの言葉に対し、イタチはまるで大人のような落ち着き払った顔と声でこう告げた。
「良いんですよ……あれぐらい大したことじゃない。これだって捨てるわけじゃない。仕舞うだけだ。サスケは幼い。きっと月日が流れれば、今夜の癇癪のことも忘れるでしょう」
ほとぼりが冷めるのを待つだけだ、と言わんばかりの……けれどそれでもどことなく落ち込んだような声で漏らされる、僅か7歳の少女とは思えない思考回路の末の結論に、その母たる女性は、やはりどこかもの悲しそうな口調でこう言った。
「もっと単純に考えればいいのに、不器用な子。アナタのそういうところ、方向性は違うけどあの人そっくりよ」
やっぱりあの人の娘ね。そう呟いてミコトはため息を1つついた。
「イタチ、あまり無理しちゃ駄目よ。母さんにとって、アナタも大切な娘なんですからね」
「はい、母上」
そう言ってイタチは優等生の微笑みで答えた。
「それじゃあ、イタチ。お風呂から上がったら余計なことせず、アナタも今日は早く寝る事。それじゃおやすみなさい」
「はい。お休み……母さん」
そう声をかけ、母と別れ風呂へと入る。
それから20分をかけ、入浴を済ませた後風呂から上がり、タンスの引き出しの中に白梅の簪を仕舞い込むと、簪を入れた箱を暫し名残惜しそうに見つめ、撫で、けれど結局イタチはそれをそっとタンスの奥に仕舞い込んで自室に向かった。
そして自分の部屋につくなり、布団を広げると、イタチは彼女らしくもなくボスリと布団に自分の体を投げ出しながら、今晩のことについて回想する。
多分、楽しかったのだろうと思う。
否、きっと間違いなく自分にとって今夜は楽しかった。
けれど、なにかがもやもやして物足りない。ぽっかりと胸に穴が空いたような感覚だ。
先の弟とのやりとりを引き摺っている部分もあるかもしれない。
それでも、こうやって1人になって思うのは、ああひとりぼっちだな、なんて馬鹿な感傷だった。
きっと、今頃彼は家でひとりぼっちだ。
誰も出迎えてくれない家で、あの賑やか好きの少年は一体どんな気持ちで過ごしているのか。
自分には弟がいる。母がいる。父がいる。けれど、彼にそれはいないだろう。シスイにとって、それらは既に失われたもので、だから其の穴を埋めるように自分に執着している節もあった。
そんなこと思ってもどうしようもないのに、けどどこかそれが悔しくてもの悲しい。
結局己に出来ることなんてちっぽけなことだけだ。
例え麒麟児、天才といくら呼ばれようと、自分など1人の人間に過ぎないのだからそんなものかも知れないけれど。
そして先ほどのサスケの言葉を思い出す。
『そんなの似合ってない! 変だよ、おかしいよ!』
そう弟は言った。
多分サスケに悪気はあまりないのだろう。
おそらくあれは姉を取られると危機感を募らせたが故の言動であり、早い話が嫉妬で、実際にそれが似合うかどうかとかはいっそどうでも良かったのだろうと、イタチの観察眼はそう告げている。
しかし言葉の全てが嘘ということもないだろう。
つまり自分はまだ、この贈られた花の簪に釣り合うほど大人にはなれていないということだ。
それはある意味当然で、結局の所如何に成績優秀とはいえ自分はたかだか木の葉のアカデミー生に過ぎない齢7つの子供なのだから、アカデミーを卒業して忍びになり何年も経ち、先の大戦も戦闘員として経験している男と同等である筈がないと、自分自身を分析してもそう思う。
ならば、あれが似合うようになった時、自分はあの男と対等として立てるだろうか。
あの男の傷を癒せるだろうか。
そうなれればいい。
『百合とか、薔薇とか、白菊とか……お前には他にも似合う花は色々あるんだろうなーとは思うんだけど、なんだろう。白梅が1番ピッタリかなって。寒空の中凛と咲く感じとか、主張しすぎていないのに見る者の目奪う感じとか、優美で上品なイメージとか凄くお前らしいような気がする』
そういってあの男は笑った。
白梅の花言葉は「高潔な心」「忍耐」「忠実」「厳しい美しさ」「艶やかさ」「気品」。
あの男が自分をそうだというのならば、成るならそういう大人になりたいと、夜が滲んでいく中イタチは願い想った。
* * *
「それじゃあ解散!」
そんなどことなく呑気そうな担当上忍であるはたけカカシの言葉と共に、第7班は今日も任務を終えた。
それに対し、ナルトなどはわかりやすく「ッシャアア! やっと終わったってばよ!」なんて言いながら伸びをしている。全くこいつは何が楽しんだか、このウスラトンカチ。なんて思いながらサスケは呆れたようなため息を1つつく。
「あ、サスケ君!」
そんなサスケに向かって、紅一点である桃色髪の少女……春野サクラは、恥じらい交じりながらもどこか期待するような態度でサスケの名を呼び止めた。
それにどことなく苛立ちに似た面倒くささを醸しつつ、黒髪の美少年サスケが振り返る。
「なんだよ、サクラ」
それだけだというのにサクラは恋する乙女フィルターのせいなのか、今日も脳内で絶好調に『きゃー、サスケくんかっこいい! やっぱ超クールー! ナルトなんかとは全然違うわ、しゃんなろーーー!』とか大絶叫を上げていたが、表面上だけは可愛らしく恥じらいながら言った。
「あのね、今日から夏祭りじゃない? それで良ければだけど、今晩一緒にまわれないかなーなんて。どうかな?」
これでもしもサスケが乗ってくれたら、他のサスケ狙い女子から一歩リード出来るわ! なんて思考を同時に働かせつつもサクラが表面上だけは取り繕いつつサスケにそう声がけをすると、それに対しサスケは……「夏祭り? 嗚呼、そういやあったな」なんてどうでも良さそうな態で思考し考える。
まあ、この無関心っぷりもある意味仕方がないのだろう。
なにせ木の葉での夏祭り開催は今年で12年目を迎える。そしてサスケは14歳だ。これが滅多にあることでない昔ならともかく、今の木の葉の子供達にとって夏祭りなんて毎年起きている珍しくもなんともない行事だ。毎年起きる恒例行事に対するサスケの興味など大してありはしなかった。
だからこそそっけなくサスケは返した。
「興味ねぇ。悪ぃな、サクラ」
それは行かないという答え。
それに桃色髪の少女は落ち込みつつも笑顔を取り繕い言う。
「そっか。なら仕方ないわよね、忙しいところ御免ね、サスケ君」
とは言いつつ凹んでいるのは明白で、そんなサクラに向かってナルトは空気の読めない発言を馬鹿明るくかます。
「なぁなぁサクラちゃん、サスケが行かないってんなら、オレと行こうぜ」
「うっさい、馬鹿ナルト! あんたなんてお呼びじゃないのよ!」
「げふっ!?」
なんて言いながらサクラは八つ当たりを兼ねてナルトを殴り飛ばしていた。
「……アホか、こいつら……」
全く、いつも通りの第7班である。サスケは呆れ交じりにチームメイトを見ると、背中を向けて帰路へとつき始めた。
(今日は早く任務が終わりそうだって姉さん言ってたな)
彼にとってはアホなチームメイト2人よりも、たった1人の姉であるイタチのほうが余程優先事項であり、サスケは内心嬉しそうな気持ちを持て余しながらも、それを表に出すのはかっこ悪いとしていつもの女子曰く「クール」、男子曰く「すかしている」表情を取り繕いながら、他者にわからない程度に急いで自宅へと向かっていた。
うちはサスケ14歳。
好きなものはおかかむすびとトマト。嫌いなものは納豆と甘い物。趣味は修行と散歩。
第二次成長期に差し掛かり、順調に身長も伸びだし、顔は美形で、アカデミーを卒業して尚女子の人気を一点に集めて居る彼だったが、残念なことにこの歳になっても彼は重度のシスコンだった。
「ただいま」
そう声に出して帰還を告げる。
それに対して姉は「おかえり、サスケ」と自分の名を呼ぶ。
それが自分達姉弟の在り方であり、そんな風に自分を出迎えてくれる姉のことがサスケは自慢だ。
美しく、強く、優しくも厳しい、完璧な自慢の姉。
しかし、そうやって今日出迎えたイタチにはいつもと違う部分があって、「あれ?」と気付き、サスケはその疑問を口にした。
「姉さん、前からそんな簪持ってたか?」
そう母譲りである姉の美しく長い黒髪には、見慣れない簪が存在を静かに主張していた。
いつもならその黒髪を纏めるのはなんの変哲もない質素な赤い髪紐だけで、正直な話サスケは姉が髪を飾り立てるような真似をしている姿を殆ど見た事がない。それはイタチが普段から一流の忍び然としているからかもしれないし……知っているものは少ないとはいえ、実はああ見えて姉は色気より食い気なところがあるせいなのかもしれない。
それでもそんな風に髪を飾る姉を珍しいなとサスケは思った。
新品とは思えないが綺麗に手入れされている簪のモチーフとなっている花は、白梅だろうか。
そんなサスケの疑問に対しイタチは、任務中にはまず見られない柔らかい態度と、いつもの冷静じみた声音でこう答えた。
「昔、貰ったものだ。お前は覚えてないか?」
何を? そんな疑問を浮かべたままサスケは姉の続きの言葉を待つ。
そんな弟を前に、ゆったりとした声でイタチは語った。
「これを貰った日、お前は「そんなの付けるな」と駄々を捏ねてな……以来、タンスの奥に仕舞っていた」
「……そうだっけ? 悪ぃ、覚えてねぇ」
姉はあくまでも懐かしそうな口調ではあったが、そのイタチが語る想い出話を前になんだかサスケは恥ずかしくなった。当時、自分がいくつでいつ起きた事件なのか……なんて覚えてはいないが、着飾っている姉に対しヤダヤダと我が儘を言ってやめさせたとか普通に恥ずかしい。
当時の姉の気持ちを思えば土下座して謝りたいぐらいだ。もしかして、姉が必要以上に着飾らないのって、一流の忍びという自負からというだけでなく、ひょっとして当時のオレの発言が原因だったりするのか? と思えば多少の後ろめたさまであった。
だからそれを誤魔化す意味も含めて、心からの本心をサスケはイタチへ語った。
「まぁ……でも、アンタによく似合ってると思うぜ、それ」
照れ交じりに頬を赤く染めつつそっぽを向きながら、頬をポリポリと恥ずかしそうに掻きながら、それでもサスケはそう口にした。
その言葉を前にイタチは静かに微笑む。
その微笑みは、白梅を摸した簪に負けぬほど綺麗な微笑みで、サスケは益々照れながらそっぽを向いた。
『似合っていますか?』
『うん、すっごく可愛い。よく似合ってるよ』
そうして共に見上げた夜空の一夏。
あの夜、自分が贈ったミサンガは任務の1つで切れ失ったと聞くけれど、それでもあの日の想い出と簪は此所にある。
そして今年も、夏祭りが始まる。
了