TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
ライスシャワーさんを巡る一連の騒動から、数日が経過した。
ボク、ロールフィヨルテの体は、サクラローレル先輩による献身的な看病のおかげで、日常生活に支障がないレベルまで回復していた。
「さて……」
体が動くようになったら、やるべきことは一つだ。
あの時、力を貸してくれた「彼ら」への礼参りである。
放課後。
ボクは校舎裏の、あまり人が寄り付かない芝生エリアに向かった。
そこに、一人のウマ娘がふてぶてしく寝転がっていた。
小柄な体躯。真っ黒な黒鹿毛。そして、全身から放たれる「触るな危険」のオーラ。
ステイゴールド
ボクと同期として在籍している、稀代の暴れ馬だ。
「……あの、ステイゴールドさん」
「ああん? 誰だテメェ。……ああ、入学早々レコード出したデカい新人か」
ステイゴールドが片目だけ開けてボクを睨む。
鋭い眼光。だが、不思議と嫌な感じはしない。
「何の用だ? 俺は今、昼寝で忙しいんだが」
「お礼を言いに来ました。……この前のこと、覚えてますか?」
「あ?」
彼女は身を起こし、首をかしげた。
「……ああ。なんか変な夢を見た気がするな。誰かに呼ばれて、暴れて、スッキリしたような……。あれはテメェだったのか?」
「はい。貴女の力がなければ、押し切れませんでした。本当にありがとうございました」
ボクが深々と頭を下げると、ステイゴールドは「ふん」と鼻を鳴らした。
「礼を言われる筋合いはねえよ。俺はただ、面白そうだから暴れただけだ」
そう言ってそっぽを向くが、その尻尾は少し機嫌よさそうに揺れている。
と、思ったその時だった。
『親父ー! うっす! 相変わらずチビだなー!』
ボクの脳内に、いつもの騒がしい声が響いた。ゴールドシップだ。
(うわっ、いきなり出てくるなゴルシ!)
『挨拶くらいさせろよ! お、目が合った。若き日の親父だ、ウケる』
すると、それに呼応するように、別の回線も芋づる式に繋がってしまった。
『……ここが、その人の視界ですか。随分と大きな器ですね』
低く、理知的だが、どこか胡散臭い、粘着質な声。
ドリームジャーニーだ。ステイゴールド一族の年長にして、どことなく胡散臭い策士。
『父上。……フフ、相変わらずその身体の小ささで、よく吠える。愛らしいですねぇ』
『やめろジャーニー! お前の「愛らしい」は背筋が凍るんだよ!』
ゴルシが悲鳴を上げる中、さらにドカン! と扉を蹴破るような轟音が脳内に響いた。
『――ひれ伏せ! 余が来たぞ!!』
尊大かつ傲慢。王の風格と暴君の気質を持つ黄金の覇王。
オルフェーヴルだ。
『狭い! この器は狭すぎるぞ! 余のための玉座を用意しろ!』
『あーっ! オルフェ、テメェ暴れんな! ここはお前の城じゃねーんだよ!』
『黙れゴールドシップ! 余に指図するな!』
『フフフ……相変わらず賑やかですね』
ガンガンガンガン!!
脳内で猛獣たちが大乱闘を始めた。
ボクは頭を抱えてその場にうずくまった。
「ぐ、ぐあああ……! 頭が、割れる……! うるさい、静かにしてくれ……!」
「おい!? どうした急に!?」
現実のステイゴールドが驚いてボクの顔を覗き込む。
ボクの目を通して、彼女にも「何か」が伝わったらしい。彼女はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「へぇ……。テメェの中、随分と面白いことになってやがるな。……おい、そこの生意気な連中! 俺の前でデカい顔してんじゃねえぞ!」
ステイゴールドが一喝する。
すると、脳内の一族が一瞬で静まり返った。
『……チッ、親父に言われちゃしゃーねぇな』
『……フフ。父上の威光に免じて、今回は退きましょう』
『ぬぅ……父上には逆らえん』
嵐が去った。
ボクはぜえぜえと息を切らして地面に突っ伏した。
「……助かりました……」
「ケッ、世話の焼ける奴だ。……テメェ、面白いな。気に入った」
ステイゴールドはニシシと笑うと、ボクの背中をバシッと叩いた。
「おい、これから暇か? 礼をするってんなら、なんか奢れよ」
「えっ、あ、はい。いいですけど……」
「よし、ついて来い。……珈琲でも飲みに行くぞ」
ステイゴールドに連れられてやってきたのは、学園から少し離れた路地裏にある純喫茶だった。
カランコロン。
ドアを開けると、芳醇なコーヒーの香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ……」
カウンターの奥から、ひょっこりと小さな影が現れた。
黒髪金眼の、大人しい小学生くらいの女の子。
マンハッタンカフェだ。
彼女の実家であるこの喫茶店に、まさかステイゴールドと来ることになるとは。
「あ、カフェちゃん。こんにちは」
「……こんにちは、お姉さん」
カフェちゃんはボクを見ると、少しだけ目を見開いた。
そして、ボクの背後にある「何か」を感じ取ったのか、安心したようにふわりと微笑んだ。
「おう、ガキ。ブラック二つだ」
「……はい」
ステイゴールドが慣れた様子で注文し、席にドカッと座る。
ボクもその向かいに座り、カフェちゃんに微笑みかけた。
「この前は、ありがとうね。カフェちゃんの力のおかげで助かったよ」
ボクが礼を言うと、カフェちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「……? 私は、何もしてませんよ」
「え?」
「お友達が言ってます。……頑張ったのは、お姉さん自身だって」
彼女はまっすぐな瞳でボクを見た。
そうか。彼女にとって、あの力は「自分」そのもの。
ボクが借りたのは彼女の未来の可能性であり、それを使いこなしたのはボク自身の意志。だから彼女は「自分は何もしていない」と言うのだ。
「……そっか。でも、ボクはお礼がしたいんだ。何か欲しいものある?」
「……そんな、悪いです」
「いいからいいから。ステイゴールドさんにも奢らされてるし、ついでだよ」
「あんだと?」
ステイゴールドが睨むが無視する。
カフェちゃんは少し考えて、恥ずかしそうに俯き、ボソッと言った。
「……じゃあ、プリン」
「プリン?」
「……はい。お店のプリン、好きなんですけど……お母さんに『売り物だからダメ』って言われてて」
「よしきた! マスター、プリン追加で!」
数分後。
テーブルには湯気の立つコーヒーと、プルプルのカスタードプリン。
そして――。
「……あの、お姉さん。これ……」
「ん? 食べにくい?」
ボクの膝の上には、ちょこんと座るカフェちゃんの姿があった。
席が狭かったわけではない。
ボクが「お礼なんだから、特等席で食べてよ」と強引に誘ったら、彼女はおずおずと、しかし満更でもなさそうに乗ってきてくれたのだ。
「……恥ずかしいです」
「大丈夫、可愛いよ。ほら、あーん」
ボクはスプーンでプリンを掬い、彼女の口元へ運ぶ。
カフェちゃんは顔を赤らめながら、小さく口を開けた。
パクり。
「……ん、おいしい」
「よかった! ほら、もっと食べて」
モグモグと幸せそうにプリンを頬張るカフェちゃん。
その背中の温もりと、柔らかい髪の感触。
170cmのボクの膝にすっぽりと収まる小さな体。
これはお礼ではない。
限界まで疲弊したボクへの、最高のご褒美だ。役得だ。
「……おい、変態」
向かいでコーヒーを飲んでいたステイゴールドが、心底呆れた声を出した。
「ガキ相手に何デレデレしてやがんだ。コーヒー冷めるぞ」
「い、いいじゃないですか。癒しですよ、癒し。さっきまで脳内が地獄だったんですから」
「ケッ。……ま、そのガキも、将来有望な面構えしてやがるけどな」
ステイゴールドは、プリンを食べるカフェちゃんを一瞥してニヤリと笑った。
暴君の目には、彼女に眠る素質が見えているのかもしれない。
「……お姉さん。あのね」
プリンを食べ終えたカフェちゃんが、ボクを見上げて言った。
「お友達が……『またいつでも呼んでね』って」
「……うん。ありがとう」
ボクは彼女の頭を優しく撫でた。
未来でGⅠを勝つ名ステイヤーも、今はこんなに小さく、甘えん坊だ。
この子が、あの時ボクに力を貸してくれた。そしてこれからも、ボクの力になってくれる。
店内に流れるジャズと、コーヒーの香り。
目の前には不機嫌そうにコーヒーを飲むステイゴールド。
腕の中には、お腹いっぱいでウトウトし始めた小さなマンハッタンカフェ。
ボクの騒がしくも「黄金」に満ちた学園生活は、まだ始まったばかりだ。