TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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12 お礼参り

 ライスシャワーさんを巡る一連の騒動から、数日が経過した。

 ボク、ロールフィヨルテの体は、サクラローレル先輩による献身的な看病のおかげで、日常生活に支障がないレベルまで回復していた。

 

「さて……」

 

 体が動くようになったら、やるべきことは一つだ。

 あの時、力を貸してくれた「彼ら」への礼参りである。

 

 

 

 放課後。

 ボクは校舎裏の、あまり人が寄り付かない芝生エリアに向かった。

 そこに、一人のウマ娘がふてぶてしく寝転がっていた。

 小柄な体躯。真っ黒な黒鹿毛。そして、全身から放たれる「触るな危険」のオーラ。

 

 ステイゴールド

 ボクと同期として在籍している、稀代の暴れ馬だ。

 

「……あの、ステイゴールドさん」

「ああん? 誰だテメェ。……ああ、入学早々レコード出したデカい新人か」

 

 ステイゴールドが片目だけ開けてボクを睨む。

 鋭い眼光。だが、不思議と嫌な感じはしない。

 

「何の用だ? 俺は今、昼寝で忙しいんだが」

「お礼を言いに来ました。……この前のこと、覚えてますか?」

「あ?」

 

 彼女は身を起こし、首をかしげた。

 

「……ああ。なんか変な夢を見た気がするな。誰かに呼ばれて、暴れて、スッキリしたような……。あれはテメェだったのか?」

「はい。貴女の力がなければ、押し切れませんでした。本当にありがとうございました」

 

 ボクが深々と頭を下げると、ステイゴールドは「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「礼を言われる筋合いはねえよ。俺はただ、面白そうだから暴れただけだ」

 

 そう言ってそっぽを向くが、その尻尾は少し機嫌よさそうに揺れている。

 と、思ったその時だった。

 

『親父ー! うっす! 相変わらずチビだなー!』

 

 ボクの脳内に、いつもの騒がしい声が響いた。ゴールドシップだ。

 

(うわっ、いきなり出てくるなゴルシ!)

『挨拶くらいさせろよ! お、目が合った。若き日の親父だ、ウケる』

 

 すると、それに呼応するように、別の回線も芋づる式に繋がってしまった。

 

『……ここが、その人の視界ですか。随分と大きな器ですね』

 

 低く、理知的だが、どこか胡散臭い、粘着質な声。

 ドリームジャーニーだ。ステイゴールド一族の年長にして、どことなく胡散臭い策士。

 

『父上。……フフ、相変わらずその身体の小ささで、よく吠える。愛らしいですねぇ』

『やめろジャーニー! お前の「愛らしい」は背筋が凍るんだよ!』

 

 ゴルシが悲鳴を上げる中、さらにドカン! と扉を蹴破るような轟音が脳内に響いた。

 

『――ひれ伏せ! 余が来たぞ!!』

 

 尊大かつ傲慢。王の風格と暴君の気質を持つ黄金の覇王。

 オルフェーヴルだ。

 

『狭い! この器は狭すぎるぞ! 余のための玉座を用意しろ!』

『あーっ! オルフェ、テメェ暴れんな! ここはお前の城じゃねーんだよ!』

『黙れゴールドシップ! 余に指図するな!』

『フフフ……相変わらず賑やかですね』

 

 ガンガンガンガン!!

 脳内で猛獣たちが大乱闘を始めた。

 ボクは頭を抱えてその場にうずくまった。

 

「ぐ、ぐあああ……! 頭が、割れる……! うるさい、静かにしてくれ……!」

「おい!? どうした急に!?」

 

 現実のステイゴールドが驚いてボクの顔を覗き込む。

 ボクの目を通して、彼女にも「何か」が伝わったらしい。彼女はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

 

「へぇ……。テメェの中、随分と面白いことになってやがるな。……おい、そこの生意気な連中! 俺の前でデカい顔してんじゃねえぞ!」

 

 ステイゴールドが一喝する。

 すると、脳内の一族が一瞬で静まり返った。

 

『……チッ、親父に言われちゃしゃーねぇな』

『……フフ。父上の威光に免じて、今回は退きましょう』

『ぬぅ……父上には逆らえん』

 

 嵐が去った。

 ボクはぜえぜえと息を切らして地面に突っ伏した。

 

「……助かりました……」

「ケッ、世話の焼ける奴だ。……テメェ、面白いな。気に入った」

 

 ステイゴールドはニシシと笑うと、ボクの背中をバシッと叩いた。

 

「おい、これから暇か? 礼をするってんなら、なんか奢れよ」

「えっ、あ、はい。いいですけど……」

「よし、ついて来い。……珈琲でも飲みに行くぞ」

 

 

 

 ステイゴールドに連れられてやってきたのは、学園から少し離れた路地裏にある純喫茶だった。

 カランコロン。

 ドアを開けると、芳醇なコーヒーの香りが漂ってきた。

 

「いらっしゃいませ……」

 

 カウンターの奥から、ひょっこりと小さな影が現れた。

 黒髪金眼の、大人しい小学生くらいの女の子。

 マンハッタンカフェだ。

 彼女の実家であるこの喫茶店に、まさかステイゴールドと来ることになるとは。

 

「あ、カフェちゃん。こんにちは」

「……こんにちは、お姉さん」

 

 カフェちゃんはボクを見ると、少しだけ目を見開いた。

 そして、ボクの背後にある「何か」を感じ取ったのか、安心したようにふわりと微笑んだ。

 

「おう、ガキ。ブラック二つだ」

「……はい」

 

 ステイゴールドが慣れた様子で注文し、席にドカッと座る。

 ボクもその向かいに座り、カフェちゃんに微笑みかけた。

 

「この前は、ありがとうね。カフェちゃんの力のおかげで助かったよ」

 

 ボクが礼を言うと、カフェちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 

「……? 私は、何もしてませんよ」

「え?」

「お友達が言ってます。……頑張ったのは、お姉さん自身だって」

 

 彼女はまっすぐな瞳でボクを見た。

 そうか。彼女にとって、あの力は「自分」そのもの。

 ボクが借りたのは彼女の未来の可能性であり、それを使いこなしたのはボク自身の意志。だから彼女は「自分は何もしていない」と言うのだ。

 

「……そっか。でも、ボクはお礼がしたいんだ。何か欲しいものある?」

「……そんな、悪いです」

「いいからいいから。ステイゴールドさんにも奢らされてるし、ついでだよ」

「あんだと?」

 

 ステイゴールドが睨むが無視する。

 カフェちゃんは少し考えて、恥ずかしそうに俯き、ボソッと言った。

 

「……じゃあ、プリン」

「プリン?」

「……はい。お店のプリン、好きなんですけど……お母さんに『売り物だからダメ』って言われてて」

「よしきた! マスター、プリン追加で!」

 

 

 

 数分後。

 テーブルには湯気の立つコーヒーと、プルプルのカスタードプリン。

 そして――。

 

「……あの、お姉さん。これ……」

「ん? 食べにくい?」

 

 ボクの膝の上には、ちょこんと座るカフェちゃんの姿があった。

 席が狭かったわけではない。

 ボクが「お礼なんだから、特等席で食べてよ」と強引に誘ったら、彼女はおずおずと、しかし満更でもなさそうに乗ってきてくれたのだ。

 

「……恥ずかしいです」

「大丈夫、可愛いよ。ほら、あーん」

 

 ボクはスプーンでプリンを掬い、彼女の口元へ運ぶ。

 カフェちゃんは顔を赤らめながら、小さく口を開けた。

 パクり。

 

「……ん、おいしい」

「よかった! ほら、もっと食べて」

 

 モグモグと幸せそうにプリンを頬張るカフェちゃん。

 その背中の温もりと、柔らかい髪の感触。

 170cmのボクの膝にすっぽりと収まる小さな体。

 これはお礼ではない。

 限界まで疲弊したボクへの、最高のご褒美だ。役得だ。

 

「……おい、変態」

 

 向かいでコーヒーを飲んでいたステイゴールドが、心底呆れた声を出した。

 

「ガキ相手に何デレデレしてやがんだ。コーヒー冷めるぞ」

「い、いいじゃないですか。癒しですよ、癒し。さっきまで脳内が地獄だったんですから」

「ケッ。……ま、そのガキも、将来有望な面構えしてやがるけどな」

 

 ステイゴールドは、プリンを食べるカフェちゃんを一瞥してニヤリと笑った。

 暴君の目には、彼女に眠る素質が見えているのかもしれない。

 

「……お姉さん。あのね」

 

 プリンを食べ終えたカフェちゃんが、ボクを見上げて言った。

 

「お友達が……『またいつでも呼んでね』って」

「……うん。ありがとう」

 

 ボクは彼女の頭を優しく撫でた。

 未来でGⅠを勝つ名ステイヤーも、今はこんなに小さく、甘えん坊だ。

 この子が、あの時ボクに力を貸してくれた。そしてこれからも、ボクの力になってくれる。

 

 店内に流れるジャズと、コーヒーの香り。

 目の前には不機嫌そうにコーヒーを飲むステイゴールド。

 腕の中には、お腹いっぱいでウトウトし始めた小さなマンハッタンカフェ。

 

 ボクの騒がしくも「黄金」に満ちた学園生活は、まだ始まったばかりだ。

 




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