TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

13 / 79
13 夏合宿

 7月。夏。

 トレセン学園名物、夏合宿の季節がやってきた。

 

 舞台は伊豆諸島の某所。

 視界いっぱいに広がるのは、宝石を溶かしたような青い海、眩しいほどに白い砂浜、そして――肌をジリジリと焦がすような、容赦のない太陽。

 世間一般の女子中高生ならば、「キャー! 水着だ! バカンスだ!」と黄色い歓声を上げて浮かれるシチュエーションだろう。パラソルの下でトロピカルジュースを飲み、SNS映えする写真を撮るのが正しい夏の過ごし方だ。

 

 だが、ここはトレセン学園。

 そしてボクたちにとって、この美しいロケーションは楽園(パラダイス)ではない。

 ここは、地獄の窯の底だ。

 

「脚が止まってるぞォ!! 砂に足を取られるな! 腿(もも)を上げろ、腿をォ!!」

「給水タイムはあと30秒で終わりだ! 次、ダッシュ50本行くぞ!!」

 

 鬼のようなトレーナーたちの怒号が、潮騒をかき消すように響き渡る。

 湿気を含んだ熱風が肺を焼き、流れ落ちる汗が目に入って沁みる。

 そう、これは合宿ではない。「強化」という名の、生存競争(サバイバル)だ。

 

「ヘーイ!! サマーデース! サンが燃えてマース!!」

 

 そんな阿鼻叫喚の砂浜に、底抜けに明るい声が響き渡った。

 一陣の風が、熱気を切り裂いていく。

 

 タイキシャトル。

 この世代最強のマイラーにして、世界を股にかけるカウガール。

 彼女は今、足場の悪い砂浜を、まるで舗装されたターフの上であるかのように爆走していた。

 

「……速すぎるだろ、あの重戦車……」

 

 ボク、ロールフィヨルテは、その後ろで砂まみれになりながら呻いた。喉の奥から鉄の味がする。肺が悲鳴を上げている。

 だが、諦めるわけにはいかない。

 ボクは意識を深く沈め、自分の中に眠る「カード」を切った。

 

(お願い、力を貸して……『グランアレグリア』!!)

 

 瞬間、背筋に電流のような鋭い感覚が走る。

 視界が明瞭になり、世界がスローモーションのように知覚される。

 憑依完了。

 現在、ボクがその身に降ろしているのは、未来のマイル絶対女王『グランアレグリア』の魂だ。

 圧倒的なスピードと、他を寄せ付けない爆発力。単純な速度のポテンシャルで言えば、彼女は決してタイキシャトルに劣るものではない。むしろ、瞬間最大風速ならば凌駕すら可能だ。

 

 実際、ボクの脚は以前よりも遥かに速く回転している。一般のウマ娘なら、この速度域にはついてこられないだろう。

 理論上は、これでタイキシャトルに食らいつけるはずだ。

 

 だが――現実は非情だ。

 前を行く大きな背中は、近づくどころか、無慈悲に遠ざかっていく。

 

『あーもう! 置いてかれてるじゃない! もっとスピード出してよ!!』

 

 脳内で、甲高い少女の声が響く。グランアレグリアだ。彼女は明らかに不機嫌だった。

 

『ねえロール、もっとしっかり地面を蹴ってよ! アンタの脚、ふにゃふにゃしすぎ! アタシの力、まだ半分も出せてないじゃない! 憧れのタイキ先輩の前で、こんな無様な姿見せないでほしいんだけど!!』

 

「ぐ、うぅッ……!」

 

 彼女の苛立ちはもっともだ。

 彼女は「ボクが彼女の力を制御しきれていない」ことにイラついている。

 グランアレグリアの真骨頂は、硬い芝の上で繰り出される電光石火の末脚だ。

 対して今の舞台は、足を取られる深い砂浜。

 なので彼女の圧倒的な瞬発力を、砂の上でロスなく推進力に変えるには技術と足腰がいるのだが、それらが今のボクには決定的に不足している。

 

 ドゴォッ! ドゴォッ!

 

 前方で、爆音が轟く。

 タイキシャトルが砂を蹴るたびに、まるで爆撃を受けたかのようなクレーターが穿たれているのだ。

 彼女には迷いがない。

 アメリカのダート(土)で鍛え上げられたその血統と、生まれ持った強靭なフィジカル。彼女は砂に足を取られることを恐れず、自分の強大なパワーを100%地面に叩きつけ、砂ごと身体を空中に弾き飛ばして前に進んでいる。

 あれは走っているのではない。連続して跳躍しているみたいなものだ。

 

「ウェイト! ウェイト! ロール、遅いデース! もっとパワーで地面をプッシュしてクダサイ!」

 

 遥か前方から、タイキが振り返って手招きをする。その顔には汗一つなく、満面の笑みが浮かんでいるのが逆に絶望的だ。

 

「やってる……つもりなんですけどね……ッ!」

 

 ボクは歯を食いしばる。

 グランアレグリアという、最強の才能を積んでいるのに、ボディであるボク自身がついていけていない。

 才能に身体が空回りしている。

 その間にタイキシャトルという「完成された怪物」は、砂塵を巻き上げて彼方へと消えていった。

 

 

 

 昼食休憩を挟んでも、トレーニングは続く。

 食堂で提供された大盛りのスタミナ定食を胃に流し込んだものの、全身の筋肉が熱を持って疼いている。

 だが、練習メニューは待ってくれない。

 

 午後のトレーニング。

 場所を変えて、森林コースに敷設されたウッドチップ・コース。

 木片を敷き詰めたこのコースは、脚への負担が少ない反面、適度な沈み込みがあり、走るには強靭なスタミナとバランス感覚が要求される。

 スピードだけでは攻略できない。テクニックとスタミナ、そして精神力が問われるメニューだ。

 

 スタート地点。

 ボクの隣には、もう一人の同期が静かに並んでいた。

 

 サイレンススズカ。

 異次元の逃亡者。

 

 彼女はただ立っているだけで、周囲の空気を変える。

 先ほどのタイキシャトルが太陽のような「陽」のオーラなら、彼女は静謐な湖面のような「陰」の美しさを纏っていた。

 

「……行くわよ」

 

 短く告げると、彼女は音もなく加速した。

 文字通り、「音もなく」だ。

 ウッドチップが擦れる微かな音だけを残して、彼女の姿がスッと前方へスライドする。

 地面を蹴るのではなく、地面と対話するように。

 タイキシャトルが「剛」なら、彼女は間違いなく「柔」。あるいは「風」。

 深い森の中、木漏れ日を切り裂いて、緑のジャージが流れるように疾走する。

 

(速い……! でも、ここで離されるわけにはいかない!)

 

 ボクは即座に思考を切り替える。

 スピード特化のグランアレグリアでは、このタフなウッドチップは適当ではない。

 ならば……

 

(頼むよ『ゴールドシップ』!!)

 

『ハッ! やっとお呼びがかかったかよ!』

 

 脳内で、べらんめえ口調の声が弾けた。

 憑依変身。

 中距離以上なら無類の強さを誇り、荒れた馬場も物ともしない黄金の不沈艦『ゴールドシップ』の魂を降ろす。

 全身の筋肉が、鋼のように硬質化する感覚。

 無尽蔵のスタミナ。底知れぬパワー。

 これなら、このウッドチップの抵抗にも負けずに食らいつけるはず――だった。

 

『オラオラ! もっと腰を落とせ! こんなフカフカした道、アタシの庭みたいなもんだぜ!』

 

 脳内のゴルシはやる気満々だ。

 彼女のイメージが奔流となって流れ込んでくる。

 本来のゴールドシップならば、この程度の足場の悪さはものともせず、ロングスパートでねじ伏せるだろう。

 

 だが、ボクの体はゴルシのイメージ通りには動かない。

 

 ドスッ、ドスッ。

 一歩ごとの踏み込みが深すぎる。

 彼女のパワーを調整しきれず、必要以上に地面を踏み込んでしまい、ウッドチップに足が埋まってしまうのだ。

 抜くのにコンマ数秒遅れる。

 次の動作への移行が遅れる。

 リズムが狂う。

 

 そのわずかなロスの積み重ねが、スズカとの間に決定的な差を生んでいく。

 

 スズカは遥か前方だ。

 彼女のフォームには一切のブレがない。上半身は微動だにせず、脚だけが美しい円運動を繰り返している。

 彼女はまだ、自身のスタイルを模索中の時期だと聞く。それでも、その走りには迷いがない。肉体と精神が完全に調和し、研ぎ澄まされている。

 

 対してボクは、借り物のパワーに振り回され、ドタバタと無様に走っているだけ。

 まるで乗り慣れていない暴れ馬にしがみついているロデオだ。

 

「……はぁ、はぁ……ッ! 待っ……て……!」

 

 ボクは必死に腕を振る。肺が焼けるように熱い。

 だが、その差は残酷なまでに開く一方だ。

 緑の背中は、森の奥深くへと吸い込まれるように小さくなっていく。

 

 スズカが涼しい顔でゴール板を駆け抜け、息一つ乱さずに振り返った数秒後。

 ボクは泥だらけで、無様にゴールラインへ倒れ込んだ。

 

(……くそっ、やっぱり勝てない! 全然、届かない……!)

 

 手の中にあるカードは最強のはずなのに。

 どうして、ボクはこんなにも弱いんだ。

 

 

 

 砂浜ダッシュ、ウッドチップラン。

 地獄のメニューの締めくくりとして最後に行われたのは、基礎体力向上のための水泳トレーニングだった。

 

 海だ。遠泳だ。

 走りでボロボロになった体を冷たい海水で癒しつつ、浮力を利用して関節への負担を減らし、全身運動で心肺機能を鍛える。理にかなったメニューだ。

 

 ボクはそのまま『ゴールドシップ』を継続して使用していた。

 特に深い戦術的な意味はない。

 基礎的なトレーニングの時は、彼女の並外れたタフネスと回復力に頼るのが常だったからだ。

 彼女の頑丈さがあれば、冷たい海でも風邪を引かないだろう。そんな安易な考えだった。

 

「よーし、全員入水! 沖のブイまで往復、スタート!」

 

 トレーナーの笛が鳴る。

 生徒たちが一斉に波打ち際へ駆け出し、水しぶきを上げて海へ飛び込んでいく。

 ボクもまた、勢いよく海面を蹴った。

 

「……ぶくぶくぶく……ッ!?」

 

 入水した瞬間だった。

 ボクの体は、まるで重りをつけた鉛のように、垂直に海底へと沈んだ。

 

(な、なんで!? ボク、泳げるはずなのに!?)

 

 パニックになりながら、海中で手足をばたつかせる。

 ボク自身の運動神経は、この12年で人並み以上に鍛えてある。水泳だって授業でA判定を取れるくらいには得意なはずだ。

 だが、手足が思うように動かない。

 いや、動かないのではない。「重い」のだ。

 まるで全身の細胞が「水なんて嫌いだ」「濡れるのは御免だ」と拒絶しているかのように。

 

『ギャハハ! わりぃマスター! アタシ、泳ぐの得意じゃねーんだわ! 気分が乗らねぇ!』

 

 脳内で、ゴルシが腹を抱えて爆笑している声が聞こえた。

 

(はぁ!? ふざけんな!)

 

 マイナス補正。

 憑依召喚のリスク。

 カードの能力を引き出すということは、そのウマ娘の「弱点」までも反映されるということだ。

 そういえばゴールドシップってプールが苦手だったっけ。そんな記憶をおぼろげに思い出す。

 

「ごぼッ……! プハッ……! た、すけ……!」

 

 海面に顔を出そうとするが、波に飲まれてまた沈む。

 視界が塩水で滲む。苦しい。これは洒落にならない。

 

「ロール!? アー・ユー・オーケー!?」

 

 薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある声がした。

 次の瞬間、強烈な力で首根っこを掴まれた。

 

「NO! 溺れるのはNGデース! カモン!」

「……げふッ!?」

 

 そのままボクは、まるで巨大なマグロでも一本釣りするかのような勢いで、タイキシャトルによって浜辺へと放り投げられた。

 砂浜にビタンと叩きつけられる。

 濡れた子犬のように情けなく這いつくばるボクを、周囲の生徒たちが心配そうに見ていた。

 

 空はどこまでも青く、雲は白く。

 ボクのプライドだけが、海の底へと沈んでいった。

 

 

 

 夕暮れの海辺。

 地獄のような一日が終わり、世界は茜色に染まっていた。

 合宿所の縁側に座り、ボクは一人、水平線に沈みゆく夕日を眺めていた。

 手にはスポーツドリンク。体は鉛のように重い。指先一つ動かすのも億劫だ。

 

 タイキシャトル。サイレンススズカ。

 今日のトレーニングで、ボクは彼女たちに完膚なきまでに叩きのめされた。

 同世代の「黄金世代」と呼ばれる彼女たち。

 ボクも決して遅くはない。一般の生徒と比べれば、十分に「速い」部類に入るだろう。

 だが、彼女たち「トップ層」とは、明確な壁があった。

 越えられない、絶望的な高さの壁が。

 

(……何が足りないんだ)

 

 才能ならば降ろした二人は負けていないのは明らかだ。だが、実際に走ればまだピーク前の二人相手にここまで差がついてしまう。

 弱気な言葉が、口をついて出そうになる。

 

『……ま、そう凹むなよ』

 

 不意に、脳内で声がした。

 ゴールドシップだ。彼女はボクの意識の片隅で、あぐらをかいてドカッと座り込んでいた。

 

『お前さんが弱いんじゃねえ。……ただ、「馴染んでねえ」だけだ』

 

(馴染んでない?)

 

 ボクは心の中で問い返す。

 

『ああ。アタシらの力は、いわば最高級のエンジンだ。何千馬力もあるモンスターマシンだ。対して、お前さんの体と技術は、まだそれを100%活かせるようになってねえ』

 

 ゴルシが淡々と、しかし核心を突くように解説する。

 いつものふざけた態度はどこへやら、その言葉には歴戦の勇者のような重みがあった。

 

『あのタイキやスズカを見ろ。あいつらは、自分の肉体と精神、才能が完全に一つになってる。「オリジナル」の強みだ。自分の手足の長さを知り尽くし、筋肉のバネを理解し、呼吸の一つまで自分のものにしている。

 ……対してお前さんは、借りてきた力を使ってるだけだ。高出力のエンジンを積んでるのに、ハンドルさばきもブレーキの踏み方も、まだチグハグなんだよ』

 

 図星だった。

 グランアレグリアが文句を言っていたのも、ゴルシの特性で溺れたのも、結局はボクが彼女たちの特性を理解しきれず、制御できていないからだ。

 「カードを使えば速くなる」。そんな安易な考えで、無理なく使えるレベルの基礎能力で満足してしまっていた。

 その先にある、心技体が一体になった「限界領域」を引き出せていない。

 

『文句ばっかり言ってるあのわがままお姫様(グランアレグリア)も、お前が本気で乗りこなせるなら、もっともっと速えぞ。音速だって置き去りにできる。

 アタシだって、もっと暴れられる。泥んこだろうが坂道だろうが、全部ぶち抜いてやる』

 

 ゴルシがニヤリと笑う気配がした。

 

『それを引き出すのは、マスター、お前さんの「器」次第だ』

(器……)

『焦るな。器は確実にデカくなってる。今日の泥だらけの無様な姿も、器を広げるためのタガネだ。あとは、中身を詰めていくだけだ』

 

 ボクは自分の手を見つめた。

 マメだらけの掌。日焼けした肌。

 器は頑丈になった。手札(カード)も増えた。最強の英雄たちが、ボクの中にいる。

 だが、プレイヤーである「ロールフィヨルテ」自身のレベルが、まだこの素晴らしい手札(カード)に追いついていない。

 

 歴史的名馬たちの輝き。

 その眩しい光の中に混ざるには、ただ「借りる」だけではダメだ。

 借りた力を、自分の血肉として昇華させ、自在に操れるようにならなければ。

 タイキのパワーに負けない体幹を。スズカのスピードについていける脚の回転を。

 それらを、ボク自身の肉体で獲得しなければならない。

 

「……基礎から、やり直すしかないか」

 

 魔法のような解決策はない。近道もない。

 あるのは、血の滲むような努力と、積み重ねだけだ。

 

 ボクはぬるくなったスポーツドリンクを飲み干し、立ち上がった。

 足の裏に感じる縁側の木の感触。潮の香り。

 波の音が、焦る心に少しだけ冷たく、心地よく響いた。

 

 夏合宿は、まだ始まったばかり。

 ボクの本当の「強化」は、ここからが正念場だ。

 

 ボクは夕日に向かって、小さく拳を握った。




評価お気に入り・感想お待ちしております

雑談等はディスコード鯖
https://discord.gg/92whXVTDUF

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。