TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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トレーナーどうなってるのかという話がありましたが一応メジロ系のチームの隅っこに所属して各種手続きをしてもらっている設定です
なお出てこない模様


14 メジロ茶話会(原稿明け)

 チュン、チュン……。

 窓の外から、早朝の小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 戦いは、終わった。

 

「……お、終わったぁぁぁーーッ!!」

「入稿完了! 送信成功! 完璧よ!」

 

 メジロドーベルの部屋に、歓喜の声が重なった。

 画面に表示された『アップロード完了』の文字。それはボクたちにとって、この数日間の地獄(締め切り前)からの解放を告げる福音だった。

 ボクはそのまま床のカーペットに大の字に寝転がった。

 

「死ぬかと思った……。背景の描き込み、あんなに多いなんて聞いてないよ……」

「文句言わない! その分、最高の仕上がりになったでしょ? これなら新刊、胸を張って出せるわ」

 

 ドーベルも椅子に深くもたれかかり、大きく伸びをしている。

 徹夜明けの彼女の顔には疲労の色が濃いが、その表情は晴れやかだ。

 普段のクールな彼女とは少し違う、この達成感に満ちた無防備な顔を見られるのは、修羅場を共にした特権かもしれない。

 

「あ~ら~あ~ら~。お二人とも、本当にお疲れ様でした~」

 

 そんなボクたちを労うように、部屋の奥から間延びした声が響いた。

 声のした方へ首を向けたボクは、その光景に眠気も吹き飛び、思わず飛び起きた。

 

「……えっ、ブライト!?」

「なっ、なんで今その格好なのよ!?」

 

 そこに立っていたのは、メジロブライトだ。

 だが、いつもの制服でも私服でもない。

 彼女が身に纏っていたのは、今にも舞踏会に行けそうなほど豪華絢爛な、フリルたっぷりのドレス――いわゆる「お姫様」のコスプレ衣装だった。

 しかも、どういうキャラクター設定なのか、肩や背中が大胆に開いており、スカートのスリットも深く、歩くたびに白く滑らかな太ももがチラリと覗く。

 おっとりした彼女の雰囲気とは裏腹に、妙に艶めかしくて、目のやり場に困る。

 

「ふふ~、今回の新刊のテーマに合わせてみましたの~。当日の売り子をする時の衣装チェックですわ~」

 

 ブライトはスカートの裾をつまんで、優雅にターンしてみせた。ふわりと甘い香りが漂う。

 

「どうかしら~? ロールちゃん、似合います~?」

「え、あ、うん。すごい似合ってる。似合ってるけど……その、なんというか……」

 

 ボクがドギマギして視線を泳がせていると、すかさずドーベルがボクの視界を遮るように割って入った。

 

「ちょっとブライト! ロールに変なもん見せないでよ! それに露出が多すぎ! 胸元とか緩くない!?」

「あら~、ドーベルちゃんも着てみます~? ロールちゃんも喜びますわよ~?」

「き、着ないわよ! それにコイツが喜んだところで何の意味もないし! ほらロール、あんたも鼻の下伸ばして見てんじゃないわよこのバカ!」

 

 バシッ! とドーベルの丸めたコピー用紙がボクの頭に炸裂した。

 理不尽だ。ボクは驚いて見ていただけなのに。ドーベルはなんでこんなに怒ってるんだ? 徹夜明けで気が立っているのかもしれない。

 

 

 

 一通りの騒ぎが落ち着いた後、ボクたちは改めてテーブルを囲んでお茶をすることになった。

 ブライトはお姫様姿のまま(本人が気に入って着替えないらしい)、ドーベルは部屋着、ボクはヨレヨレのTシャツだ。

 

 温かい紅茶を飲み、ホッと一息ついたところで、ボクはずっと胸につかえていた悩みを切り出した。

 原稿作業中は忙しくて話せなかった、夏合宿での失敗の話だ。

 

「……それでね、結局、全然ダメだったんだ。タイキシャトルには置いていかれるし、ゴルシには振り回されるし」

 

 ボクはカップを見つめながら、ポツリポツリと語った。

 最強のカードを持っているのに、ボク自身の器が追いついていないこと。

 制御しきれず、逆に溺れかけたこと。

 

「どうすれば、もっとうまく彼女たちの力を扱えるのかな」

 

 ボクがため息まじりに言うと、対面の「お姫様」が、きょとんとした顔で小首をかしげた。

 

「あら~? ロールちゃん。『扱う』って、どういうことですの~?」

 

 ブライトの不思議そうな声。

 彼女は長い睫毛を伏せ、少し考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「わたくし、詳しくお話を聞いていて思ったのですけど……ロールちゃんは、自分の中のグランアレグリアさんやゴールドシップさんを、まるで『道具』か『乗り物』みたいに思っていませんこと?」

「え? いや、道具っていうか……力だから、使うものなんじゃないの?」

「う~ん、そこが少し違う気がしますの~」

 

 ブライトは人差し指をチッチッチと振った。

 

「彼女たちにも心があるのではありませんか?……わたくし、走る時はいつも、みんなとお話しますのよ? 今日の風さんはどっちに行きたいのかな~、芝生さんは元気かな~って」

 

 ブライト特有の、感覚的な表現だ。

 でも、彼女は世代屈指のステイヤー。その言葉には、妙な説得力がある。

 

「無理やり自分の型に押し込んで『走れ!』って命令しても、彼女たちだって面白くないでしょう? だから喧嘩してしまうんですわ」

「喧嘩……」

「はい~。もっとこう、ダンスをするみたいに~。相手のステップに合わせて、自分もステップを踏むんです。そうして気持ちが通じ合えば、きっと1たす1が、10にも100にもなりますわ~」

 

 ブライトはにこにこと笑いながら、両手で円を描いてみせた。

 「使う」のではなく「一緒に踊る」。

 言われてみれば、ボクは「制御しよう」「抑え込もう」とばかり考えていた気がする。彼女たちの意思なんて、考えたこともなかった。

 

「……なるほど。精神的な調和、か」

 

 横で聞いていたドーベルが、顎に手を当てて呟いた。

 彼女は少し難しい顔をして、空のカップを見つめている。

 

「ブライトの言うことも一理あるわね。メンタル面での同調は大事。……でも、ロールの悩みは物理的な『体の負担』や『制御不能』な部分も大きいんでしょ?」

「うん。そうなんだよ。いくら心が通じても、グランのあの爆発的な加速に、ボクの筋肉がついていけるか不安でさ」

 

 ボクが答えると、ドーベルは「だったら」と身を乗り出した。

 彼女の目が、クリエイターとしての鋭い光を帯びる。

 

「もっとドライに、システム的に解決する方法もあるんじゃない?」

「システム的に?」

「そう。さっきの話だと、アンタは相手の魂を『丸ごと』憑依させてるから、人格やクセまで出ちゃうんでしょ? そうじゃなくて……こう、いいとこ取りできないわけ?」

 

 ドーベルが自分の髪を指先でいじりながら説明する。

 

「例えば、脚力だけとか、心肺機能だけとか。『得意部分』だけを抽出して、アクセサリー感覚で装備するみたいな。……そうね、髪飾りみたいに」

「髪飾り?」

「ええ。アンタの髪に、そのウマ娘のエネルギーの一部だけを結びつけるの。人格まで入れるんじゃなくて、外部パーツとして『つける』感覚。そうすれば、精神まで乗っ取られて溺れたり、フォームが崩れたりしないんじゃない?」

 

 ドーベルの提案は、ブライトとは対照的に、非常に論理的でテクニカルな発想だった。

 「憑依」という現象を、オカルトではなく、一種の「機能」としてハックしようとしている。

 

「なるほど……! 全身に入れるんじゃなくて、体の一部、あるいは髪とかに『宿す』イメージか!」

「ええ。アンタ、器用なんだからできるんじゃない? スタートは得意なこの子、坂道は得意なあの子、みたいにさ」

 

 言われてみれば、盲点だった。

 ボクはいつも「変身」することばかり考えていた。

 でも、もしドーベルの言うように「部分的な抽出」が可能なら、リスクを最小限に抑えつつ、スペックだけを享受できるかもしれない。

 

「すごいよドーベル! その発想はなかった。……ありがとう、試してみる価値ありそう!」

「ふ、ふん。……別に。アンタがいつまでもウジウジ悩んでると、こっちの原稿作業……は終わったけど、とにかく目障りだから言っただけよ」

 

 ドーベルはプイと顔を背けた。耳の先が少し赤い。

 きっと、徹夜で疲れているのに、ボクのために頭を使ってくれたのだろう。素直じゃないけど、本当に頼りになる幼馴染だ。

 

 ボクが感動していると、対面に座る「お姫様」が、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「ふふ~。ドーベルちゃんは、相変わらず理屈屋さんですわね~」

「なっ、何よブライト」

「いいえ~。でも、それも一つの真理かもしれませんわ。……ただ」

 

 ブライトは小首をかしげ、ドーベルの顔を覗き込むようにした。

 

「わたくしはやっぱり、一緒にお話して、一緒に踊るのが一番だと思いますの。……だって、『髪飾り』にされたら、その子たち、退屈じゃありませんこと?」

「退屈?」

「ええ。せっかく一緒にいられるのに、ただの『飾り』扱いなんて。……わたくしなら、もっと自分のことを好きになって、本体ごと受け止めてほしいですわ~」

 

 ブライトは夢見るように天井を見上げる。

 

「恋をするみたいに、その子の全てを受け入れてあげれば……きっと、どんな理屈よりも速く、遠くまで行ける気がしますの」

 

 ブライトの言葉は抽象的で、ふわふわしている。

 でも、なぜだろう。ドーベルの「論理」と、ブライトの「感情」。この二つが合わさった時、ボクの中でカチリと何かが噛み合う音がした。

 

 制御するための「技術(ロジック)」としてのドーベルの案。

 共鳴するための「心(ハート)」としてのブライトの案。

 

「……そっか。どっちか一つじゃなくて、両方必要なんだ」

 

 ボクは大きく頷いた。

 

「技術でリスクを管理しつつ、心では彼女たちと向き合う。……よし、なんか見えてきた気がする!」

 

 ボクが拳を握ると、ブライトがパチパチと拍手をしてくれた。

 

「解決したみたいで何よりですわ~。……あ、そういえばドーベルちゃん」

「な、何よ」

 

 不意に話を振られ、ドーベルが身構える。

 ブライトはニコニコと、しかしどこか悪戯っぽい笑顔で、ドーベルに顔を近づけた。

 

「さっきの『恋をするみたいに受け入れる』って話ですけど~。ドーベルちゃんも、そろそろ『髪飾り』みたいな距離感じゃなくて、本体ごと受け入れてもらった方がいいんじゃありませんこと~?」

「は、はあッ!? な、ななな何言ってんのよアンタ!!」

 

 ドーベルが突然、椅子をガタッと鳴らして飛び上がった。

 顔が赤いが風邪でも引いたのだろうか。原稿に無理しすぎだっただろうか。

 

「え、どういうこと? ドーベル、誰か好きな人いるの?」

 

 ボクがきょとんとして尋ねると、ドーベルはものすごい形相でボクを睨みつけ、手近にあったクッションを投げつけてきた。

 

「うるさい! バカ! 鈍感! ……もう帰れッ!!」

「ぐわっ!? な、なんでボクが怒られるのさ!?」

「いいから出てって! もう寝るんだから!!」

「ふふふ~、青春ですわね~」

 

 怒り狂うドーベルに部屋を追い出されながら、ボクは背後で優雅に微笑むお姫様の姿を見た。

 ドーベルがあんなに怒るなんて珍しい。ブライトの冗談がよっぽど癪に障ったんだろうか?

 女心というのは、複雑でよく分からない。

 

 廊下に放り出されたボクの手には、完成したばかりの原稿のコピーが握りしめられていた。

 なんにせよ、ヒントは貰った。

 

 試行錯誤の時間はまだ残っている。




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