TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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15 猛特訓

 

 夏の日差しが少しずつ和らぎ、空が高くなり始めた9月。

 トレセン学園の練習コースには、今日も乾いた足音と、荒い息遣いが響いていた。

 

「――ッ、ふぅ、ふぅ……!」

 

 ボク、ロールフィヨルテは、芝生の上に膝をついて汗を拭った。

 全身の筋肉が悲鳴を上げている。けれど、その疲労感は不快なものではない。

 空っぽだった器に、確かな「技術」という水が満たされていく充足感があった。

 

「……休憩終わり。次は『スタート』よ。いい?」

 

 ストップウォッチを持ったメジロドーベルが、鬼コーチの顔で告げる。

 その横では、ジャージ姿のメジロブライトが、「ロールちゃん、ファイトですわ~」とタオルを振っている。

 

 ボクの中に眠る英雄たち。

 彼らの力を丸ごと使うのではなく、「教科書」として読み解き、その技術をボク自身の肉体にインストールする。

 ドーベルの「部分的憑依」案と、ブライトの「対話」案を統合した、ボクだけの特訓法だ。

 

 

 

Lesson1:騎士の抜刀(ローエングリン)

 

 

 今日の最初の課題は、「スタート」だった。

 そう苦手なほうではなかったが、これがいいだけでのちの展開の幅がかなり変わる。

 頼ったのは、特にスタートセンスと先行力に優れたこのウマ娘だ。

 

(ローエングリン、力を貸して。……ううん、ボクに『教えて』ほしい)

 

 意識のチャンネルを合わせる。

 呼び出したのは、ドイツの伝説的な英雄の名を冠する貴公子、『ローエングリン』。

 彼は中山記念などで見せたような、鮮やかな逃げ戦法を得意とする。特にそのスタートダッシュの美しさは、居合抜きの達人のようで、スタート時点で2馬身つける、なんて言われていた。

 

『フッ……ようやく我が剣技(スキル)の本質に目を向けたか、我が主よ』

 

 脳内で、凛とした涼やかな声が響いた。

 意識を保ったまま対話すると彼は意外と面倒見が良い騎士道精神の持ち主のようだった。

 

『良いだろう。我がスタートは、単なる筋力の爆発ではない。「重心の移行」と「反応の最適化」だ。……主よ、力を抜け。ゲートが開く音を聞いてから動くのではない。音が鳴る刹那、すでに体は前へと倒れ込んでいるのだ』

 

 ボクはゲート内で構える。

 これまでのボクは、合図が鳴ってから「よいしょ」と地面を蹴っていた。

 一般的なスタートは皆多かれ少なかれこういう方法だ。

 だが、ローエングリンのイメージは違う。

 

 ――静止した状態から、筋肉のバネを圧縮する。

 ――ゲートが開くほんの一瞬前に、重心を極限まで前へ。

 

「……そこだッ!!」

 

 ガシャン!

 ゲートが開く音と同時に、ボクの体は弾かれたように飛び出していた。

 ローエングリンの魂を参考にしたスタート。

 彼の絶妙な体重移動の感覚が、電気信号のようにボクの神経を走る。

 

「うおっ……!?」

 

 あまりの加速に上体が置いていかれそうになる。

 だが、必死に体幹を固めて耐える。

 景色が一瞬で後方へスライドする。最初の3歩でトップスピードに乗る感覚。

 これが、逃げ切りを得意とする一流の「ロケットスタート」か。

 

『悪くない。だが、まだ腰が高い。貴公の筋力でその加速を維持するには、もっと深く沈み込み、地面を舐めるように進むのだ』

「くっ……こうか!」

 

 何度も繰り返す。

 一本走るたびに、彼の技術がボクの筋肉に染み込んでいくのが分かる。

 借り物じゃない。このスタートは今、ボクのものになりつつあった。

 

 

 

#### Lesson2:黄金の航法(ゴールドシップ)

 

 スタートダッシュの反復練習も繰り返しながら、次はコーナーワークの特訓も行う。

 ここで教えを乞う相手は、彼女しかいない。

 

(ゴルシ……起きてる?)

 

『あぁん? なんだよマスター、アタシは今、脳内で宇宙人と交信中なんだけどよぉ』

 

 相変わらず自由な『ゴールドシップ』が、気だるげに応答する。

 だが、ボクの真剣な気配を感じ取ったのか、彼女はニヤリと笑う気配を見せた。

 

『……へぇ。ようやく面白そうな顔になってきたじゃねえか。で? アタシの何を盗みに来た?』

(コーナーリングだ。あんたの「ワープ」と呼ばれるほどの、あのコーナーワーク。……その極意を教えて)

 

『ギャハハ! 「ワープ」だぁ? あれはそんな魔法じゃねえよ。……いいぜ、教えてやる。「遠心力」とマブダチになりな』

 

 コースの第3コーナー。

 通常のセオリーでは、スピードを維持したままカーブに入ると外に膨らんでしまう。

 だが、ゴールドシップの理論は違った。

 

『ビビるな! 体を倒せ! もっとだ! 地面に耳がくっつくくらい傾けろ!』

「そ、そんなことしたら転ぶっ……!」

『転ばねえよ! 遠心力が壁になってお前を支えてくれる! その壁に沿って前に進むんだよ!』

 

 ボクは覚悟を決めて、トップスピードのままコーナーに突っ込んだ。

 恐怖心をねじ伏せ、体を内側へ倒し込む。

 視界が斜めに歪む。地面が顔のすぐ横を流れていく。

 

 ――遠心力が、体を外へ引っ張る。

 ――その力を、強靭な足腰と体幹でねじ伏せ、推進力に変える。

 

 ゴルシの魂を、体幹と足の裏に集中させる。

 彼女の荒々しくも天才的なバランス感覚が、ボクの体の傾きを微調整してくれる。

 

「う、おおおおおッ!!」

 

 靴底が芝を噛む音が、悲鳴のように響く。

 だが、膨らまない。

 まるでレールの上を走っているかのように、最短距離をえぐるような鋭角なカーブ。

 これが、かつて彼女が伝説のレースで見せた「ゴルシワープ」の正体――極限のコーナリング!

 

『そうそう! いいじゃねえかマスター! そのスリルを楽しめよ! 常識なんて彼方に置き去りにしてな!』

 

 ゴールドシップは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

Lesson3:豪傑の針の穴(ウオッカ)

 

 

 そして最後。直線の入り口。

 ここでの課題は、ただ速く走ることではない。

 レース本番では、前方に他のウマ娘たちが壁となって立ちはだかる。後ろに回ってしまった場合にその壁をどう突破するか。

 ボクは、この分野における最強の「先生」を呼び出した。

 

(お願い……力を貸して、『ウオッカ』!)

 

『おう。待ってたぜ、相棒』

 

 脳内でハスキーで力強い声が響く。

 ダービーを制した史上最強の牝馬の一角、ウオッカ。

 彼女の持ち味は、豪快なパワーと、どんな狭い隙間でもこじ開けて突き抜ける、恐れを知らない勇気だ。

 

『アンタの今の課題は「躊躇」だ。前のウマ娘にぶつかるのが怖い。進路が塞がれるのが怖い。……だからアクセルを踏み切れない』

(……普通そうだと思うんだけど……)

『ビビってちゃ勝てねえよ。道なんてのはな、最初からあるもんじゃねえ。……こじ開けるんだよ』

 

 コース上にコーンを立て、さらに協力してくれるドーベルやブライトと併走することで「他人の壁」に見立てる。

 そこを走りだせば隙間はわずかしかない。常識的に考えれば、減速して外に回す場面だ。

 だが、ウオッカの幻影が、ボクの背中を叩く。

 

『そこだ! その「針の穴」が見えねえか!?』

 

 ウオッカが指し示したのは、コーンとドーベルの間の、人一人がギリギリ通れるかどうかの隙間。

 かつて彼女が安田記念で、絶体絶命の包囲網の中から見つけ出した、奇跡の一閃のようなルート。

 

「……見えたッ!」

 

 ボクは恐怖をねじ伏せ、その隙間に突っ込んだ。

 ぶつかる、という本能的な恐怖。

 それを、ウオッカから借りた「勇気」と「パワー」でねじ伏せる。

 肩と肩が触れ合うほどの距離。摩擦熱を感じるほどの接近戦。

 

『怯むな! 肩で風を切れ! アンタが通る場所が道になるんだよ!!』

 

「おおおおぉッ!!」

 

 ボクは身体をねじ込み、強引に、しかし繊細にその隙間を突破した。

 抜けた瞬間、視界が開ける。

 壁を突き破った解放感。全身に電流が走るようなカタルシス。

 

『へっ、上等だ。なかなかいい根性してんじゃねえか』

 

 ウオッカが満足げに笑う気配がした。

 

 

 

 

 

 どの技術も一流と言われる中でもトップという超一流のものであるが、それを借りるではなく自分のものとする。

 完璧ではないが徐々に形になっていく。

 

「はぁ……はぁ……よし、これなら……!」

 

 手応えを感じてガッツポーズをした、その時だった。

 

『…………ふーん』

 

 脳内で、ジトッとした、あからさまに不機嫌な声が響いた。

 背筋が凍る。この声は。

 

(あ、あの……グラン?)

 

『へーえ。楽しそうね、ロール。ローエングリン先輩に、ゴルシに、ウオッカ先輩? へーえ。すごい豪華なメンバーね。アタシなんていなくても十分なんじゃない?』

 

 グランアレグリアだ。

 彼女は今、ボクの意識の片隅で、体育座りをして頬を膨らませていた。

 

『一番大事な「スピード」は!? なんで直線の仕上げにアタシを使わないわけ!? アタシの方がウオッカ先輩よりキレる脚持ってるんですけど!? なんで「こじ開ける」なんて泥臭いことしなきゃなんないのよ! アタシなら外からまとめてぶち抜けるわよ!』

 

 ものすごい剣幕でまくし立てられる。

 彼女は「マイルの絶対女王」。そのスピードへのプライドは誰よりも高い。

 今回の特訓で出番がなかったことが、どうやら相当お気に召さなかったらしい。

 

(ご、ごめん! 違うんだ、グランの力が凄すぎるからだよ! 今のボクじゃ耐えられないんだ!)

 

 ボクが必死に弁解しようとした、その時。

 もう一つの声が、優雅に、そして強烈な威圧感を伴って響き渡った。

 

『あらあら。みっともないわよ、グランちゃん。マスターを困らせるのはよしなさいな』

 

 黄金の光と共に現れたのは、息を呑むような美女だった。

 9冠の栄光を背負う、現代最強の女帝。

『アーモンドアイ』

 

 彼女はボクの脳内に勝手に出現させた豪奢なソファに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。

 

『なっ!? アイ先輩! なんで先輩が出てくんのよ!』

『うるさかったからよ。……マスターの判断は賢明だわ。今の未熟な器で、貴女のような「じゃじゃ馬」を使えば、足がバラバラになってしまうもの』

『はぁ!? 誰がじゃじゃ馬よ!』

 

 バチバチバチッ!

 二人の視線の間で火花が散るのが見えた。

 グランアレグリアが、勝ち誇ったように鼻で笑う。

 

『先輩こそ、偉そうなこと言ってますけど、忘れてませんからね? あの安田記念! スタート直後に寄られて、何もできずに揉みくちゃにされてた無様な姿! 「最強」が聞いて呆れるわ!』

『…………っ』

 

 アーモンドアイの眉がピクリと動く。

 グランが指摘したのは、彼女が大きな不利を受けたレースのことだ。

 

『アタシが勝った年の安田記念はどうでしたっけ~? 先輩、スタートで後手を踏んで、アタシの遥か後ろでドタバタしてましたよね? アタシが悠々とゴールした時、先輩は影すら踏めなかったじゃない! マイルじゃアタシが最強なのよ!!』

 

 グランアレグリアがここぞとばかりに捲し立てる。

 しかし、アーモンドアイはふぅ、と溜息をつき、冷ややかな瞳でグランを見下ろした。

 

『ふふ、あの一回だけで勝ち誇るなんて可愛いこと。……その後の天皇賞(秋)で、無様な結果に終わったのはどこの誰かしら? 最後、脚が上がって届かなかったわよね?』

『あ、あれは距離が長かっただけだしっ! もう一回マイルでやれば絶対に負けないしっ!!』

『はいはい。負け犬の遠吠えはそこまでね』

 

 ……怖い。

 ボクの頭の中で、日本競馬史に残るトップスター同士が、過去の因縁を持ち出してレスバトルを始めた。

 脳の血管が切れそうだ。

 

(あ、あのー、二人とも……?)

 

『ロール! あんたハッキリ言いなさいよ! どっちが強いか!』

『ええ、マスター。誰が「真の女王」か、分からせてあげる必要がありますわね』

 

 二人が同時にボク(の精神体)に詰め寄ってくる。

 

(ど、どっちも強いよ! 最強だよ! 選べないよ!!)

 

『優柔不断!』

『はっきりなさいませ』

 

(理不尽だ……!)

 

 ボクが頭を抱えていると、アーモンドアイがふと真面目な顔つきになった。

 

『……まあ、いいわ。いずれにせよ、マスター。貴方の成長は認めてあげる。ローエングリンたちの技術を吸収する速度、悪くなかったわ』

 

 彼女はスッと立ち上がり、ボクを見据えた。

 

『ですが、私やグランちゃんを「乗りこなす」には、まだ足りない。……ただの技術だけじゃなく、王者の風格(オーラ)に耐えうる精神を鍛えなさい。さもなくば、私たちの速度に心が焼き切れるわよ』

 

 厳しい、けれど期待の込められた言葉。

 グランアレグリアも、フンと鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

『……ま、そういうことよ。アタシたちの本気を使いたかったら、もっともっと強くなりなさいよね! ……期待して、待っててあげるから』

(……うん。必ず、君たちに見合うウマ娘になるよ)

 

 二人の女王は、互いにフンと顔を背け合いながらも、どこか満足げに霧の奥へと消えていった。

 

「うぅ……頭痛い……」

「ロールちゃん? 大丈夫ですの? なんか眉間のシワが深いですけど~」

「……うん。ちょっと脳内で『頂上決戦』が起きちゃってさ……」

 

 ボクはふらつきながら立ち上がった。

 ローエングリンの技術。

 ゴルシの度胸。

 ウオッカの突破力。

 そして、まだ扱い切れない二人の女王(グラン&アイ)という、とんでもない爆弾。

 

 手札は揃った。いや、揃いすぎているくらいだ。

 器も、最低限の形にはなった。

 

「……ドーベル、ブライト。ありがとう」

 

 ボクは汗を拭い、真っ直ぐに二人を見つめた。

 

「ボク、決めたよ。来週のゲート試験、受ける」

「ふふ、やっとその顔になったわね」

「楽しみですわ~。わたくしたちの自慢の幼馴染が、世界を驚かせる日が来ますのね~」

 

 夕日が、ボクたちの影を長く伸ばしていた。

 もう迷いはない。

 借り物の力じゃない。これは、ボクたちが紡ぎ上げた、ボクだけの走りだ。

 

 いざ、デビューへの第一関門へとボクは向かうのであった。




それぞれのやべー走り方

ローエングリンのスタート
https://www.youtube.com/watch?v=Qt3CNX_f_9c
なんか一人だけフライングしてないかと言いたくなる飛び出方。

ゴルシワープ
https://www.youtube.com/watch?v=W_3Srpj45lk
まだ真面目に走っていた黄金の不沈船時代のゴールドシップ。
一番後ろにいたはずなのにコーナーでいつの間にかそこにいる。

ウオッカのすり抜け
https://www.youtube.com/watch?v=HJ2nzyfau-0
突然ぬるっと出てくるウオッカ

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