TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
8月。
うだるような熱気と、人の群れが生み出す二酸化炭素の渦。そこは、年に二度の「聖戦」と呼ばれる、同人誌即売会の会場だ。
「……あ、暑い。……保冷剤、もう常温だよ。ボク、このまま蒸発して三女神のところへ強制送還されそう」
ロールフィヨルテは、サークルスペースのパイプ椅子にだらしなく沈み込んでいた。
今日のボクの装いは、白のタイトなタンクトップに、デニムの超短ホットパンツだ。暑くてしょうがないので少しでも露出を増やして放熱しているのである。
「……ちょっと、ロール。あんまりだらしない格好しないで。……目のやり場に困るでしょ」
隣で段ボールを整理していたメジロドーベルが、顔を赤くしてボクにタオルを投げつけた。
今日の彼女は、黒のオフショルダートップスにスカート。クールな美少女スタイルだ。
「ひどいなぁ、一番涼しい格好を選んだんだよ? それにそっち着たら似たようなものだったでしょう」
ボクは足元に置かれた、厳重に封印されたキャリーバッグを恨めしそうに見つめた。
そこには、今日の日のためにドーベルが心血を注いでデザイン・制作した衣装が入っていた。
ボクの分は、いわゆる「くっころ」な女騎士衣装。鎧パーツはあるものの、布地部分は紐に近い。
そしてドーベルとブライトの分は、それに囚われたお姫様衣装……なのだが、これもまた「どこを隠しているのか」と問い詰めたくなるほど、シースルーとスリットと露出のオンパレードだった。
結果、更衣室に入る前のスタッフチェックで『……申し訳ありませんが、露出過多により本日の着用は許可できません』と、にこやかかつ無慈悲に跳ね返されたのだ。
「……本当、納得いきませんわ。ドーベル様が徹夜で、ロール様の太ももを一番美しく見せるカッティングを計算して縫い上げた自信作でしたのに……」
ふわふわとした可愛らしい私服に身を包んだメジロブライトが、おっとりとため息をつく。
「……ちょっ、ブライト! 余計なこと言わないで!」
ドーベルが慌ててブライトの口を塞ぐが、その頬は真っ赤だ。
「……というか、納得いかないのは私の方よ。なんで私のあのコスプレがダメで、アンタのその『私服』が許されるわけ? 布面積、そっちの方が少ないじゃない」
「え? まあ、これはただのタンクトップだし……」
「……そのタンクトップ、アンタの胸がデカすぎてほとんど機能を果たしてないわよ。へそも谷間も丸出しじゃない。……さっきから通りすがりの男たちが、アンタの横乳を見るために何度も往復してるのに気づいてる?」
ドーベルは鋭い視線で、チラチラとボクの胸元を盗み見ていく一般参加者たちを威嚇している。
まあみられても減らないし、それくらいならボクは気にしないけどなぁ。触られたり撮影されたりはしたくないけど。
「……あ、あの、新刊一冊ください」
「あ、はい……っ。……一冊、500円になります。……あ、お釣り、間違えてない……かな?」
開場してしばらく。サークル『伊院堂』のスペースには、ドーベルの繊細な絵に惹かれたファンが次々と訪れる。
人見知りのドーベルにとって、この接客は過酷なトレーニング以上に心臓に悪い。
「はい、こちら新刊と、ノベルティのうちわですわ。……お暑い中、ありがとうございます」
ブライトが完璧な「メジロの令嬢スマイル」で、荒ぶるオタクたちの心を浄化していく。彼女の周りだけ、冷房効率が3倍くらいになっている気がする。
「ロール、ぼーっとしない。ほら、セットをご希望よ」
「あ、ごめん! はい、ボク達の魂が詰まった一冊だよ! 暑いけど、これ読んで元気出してね!」
ボクが笑顔で本を手渡すと、受け取った男性客がボクの腕の筋肉と胸元のボリュームに圧倒され、真っ赤になって逃げるように去っていった。
「……ロール。……アンタ、無自覚にファンを破壊するのやめなさい。……その格好で笑いかけるのは、もはや物理攻撃よ」
「えぇー……」
ドーベルの小言を聞きながらも、三人で協力して本を売るこの時間は、ボクにとって最高に楽しいひとときだった。
メイクデビューを控え、これからボクたちはトゥインクルシリーズを駆けることとなる。
こんな風に、ただの一般人として、好きなもののために騒げる日は、もうすぐ終わるのかもしれない。
「……ねえ、ロール」
ふとした合間に、ドーベルがボクの空いている手をぎゅっと握った。
「……なに? ドーベル」
「……来年の夏も、ここに来ましょうね。……その時は、もっと露出を抑えた、でもアンタが最高にかっこよく見える衣装を……私が、また作ってあげるから」
「……ドーベル。……うん! 楽しみにしてるよ。今度は絶対、スタッフを黙らせるようなやつね」
「……それは保証できないわ」
ドーベルは照れ隠しに手を振り払ったけれど、その指先は名残惜しそうにボクの肌に触れていた。
こんな話読みたいというのがあればディスコなどで。
感想からも拾って考えたりするかも。