TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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閑話 秘密のコスプレ会

 真夏のコミケが終わって数日後。熱狂の余韻が冷め切らない中、ドーベルの部屋は不穏な空気が満ちていた。ボクの目の前には、あの「戦場」で日の目を見ることのなかった禁断の衣装が並べられていた。

 

「……ねえ、ロール。やっぱり私、納得いかないわ」

 

 メジロドーベルは、ベッドの上に広げられた「くっころ女騎士」の衣装を恨めしそうに指先でなぞった。彼女が寝る間を惜しんで、ボクの肉体が最も官能的かつ勇ましく見えるように設計した渾身の作だ。だが、当日の運営スタッフからは「品位を著しく損なう露出度」として、無慈悲に着用を禁じられた曰く付きの代物である。

 

「納得いかないって言われてもさ……。実際、これ布っていうより紐じゃないか」

 

 ボクは改めて、その面積の少なさに戦慄した。ボクの成長期真っ盛りの体躯、具体的には胸やトモを強調するためだけに作られたような構造だ。これを着て人前に出るのは、確かに品位に欠けるだろう。

 

「だからこそ、記録に残すべきなのよ。誰もいない場所で、写真に撮って……そして、SNSにアップしましょう。私の芸術が、このまま闇に葬られるなんて耐えられないの」

 

 ドーベルの瞳には、クリエイターとしての狂気が宿っていた。普段の人見知りな彼女はどこへやら、自分の描いた理想を形にしたいという情熱が暴走している。ボクは渋ったが、彼女の「私の最高傑作、着てくれないの?」「コスプレしてくれるって約束したのに?」という潤んだ瞳による攻撃には抗えなかった。

 

 結局、ボクは折れた。鍵をかけた密室の中で、ボクたちは「変身」を遂げた。

 

 鏡の前に立ったボクの姿は、自分でも直視できないほどに刺激的だった。黒と金を基調とした装甲パーツはあるものの、肝心の胴体部分は細いストリングが素肌に食い込み、豊かな谷間と、汗ばんだへそが完全に露出している。一方のドーベルも、自らデザインした「囚われの姫君」の衣装に着替えていた。薄いシースルー素材が多用されたドレスは、彼女の華奢なボディラインを扇情的に縁取っている。

 

「……っ。いいわ、ロール。最高よ。その恥じらいと、隠しきれない筋肉の逞しさ……これこそが私の求めていた『騎士』の姿だわ!」

 

 ドーベルはカメラをセットし、遠隔で夢中でシャッターを切り始めた。最初は顔を真っ赤にしていたボクも、彼女の熱意に当てられて、次第にポーズを決めていく。女騎士が姫を守るために屈辱に耐える、そんな物語性を帯びた構図が次々と記録されていく。

 

「よし、これをアップするわ。……大丈夫、趣味用の鍵垢だし、フォロワーは決まった相手だけだから」

 

 ドーベルの指が送信ボタンを押した。その数分後だった。ボクたちの期待……いや、想定は無惨に打ち砕かれた。

 

「……えっ? ちょっと待って、通知が止まらない。……嘘、鍵が開いてる!? 全体公開になってるじゃない!!」

 

 ドーベルが悲鳴を上げた。ボクたちが「あられもない姿」で密着している写真は、その圧倒的なクオリティと肉体美ゆえに、瞬く間にネットの海へと拡散され始めていた。

 

「やばいよドーベル! 今すぐ消して!」

「わ、分かってるわよ! 今やって……あ、アプリが重くて動かない!」

 

 焦るボクたちの耳に、廊下から聞き慣れた、そして今最も聞きたくない足音が響いてきた。

 

「ロール! ドーベル! 何しているんデス……カ……?」

 

 鍵が閉まっているドアが勢いよく開いた。ドーベルのルームメイトのタイキシャトルであった。

 一瞬の沈黙の後、タイキの顔が、見る間に真っ赤に変わっていく。

 

「OH……MY……GOOOOOD!!」

 

 静まり返った室内で、タイキシャトルの絶叫が爆発した。

 

 ボクたちの姿は、第三者から見れば弁解の余地がないほどに「アウト」だった。ほぼ紐同然の装束で、隆起した筋肉を艶かしく晒しているボク。そして、薄いシースルーのドレス越しに柔らかな肢体を密着させ、ボクの首に腕を回しているドーベル。さらに足元には、撮影用とはいえ脱ぎ散らかされた服の山。

 

「T、T、T、T、T……TAKE IT EASY、デスヨ!!」

 

 タイキは顔を茹で上がったタコのように真っ赤に染め、両手で目を覆いながら、指の隙間からこちらを凝視している。

 

「ドーベル! ロール! 二人が……二人がそこまで『ディープ』な仲だとは知りまセンでした! WOW、情熱的すぎて、私のハートもメルトダウンしそうデス!!」

「ち、違うのタイキ! これは芸術で、その、不慮の事故で……!」

 

 ドーベルが慌ててタイキに言い訳して立ち上がろうとしたが、絡まり合った衣装のチェーンがボクのベルトに引っかかり、ドーベルがボクに倒れ掛かってくる。

 それを見たタイキは、さらに激しく首を横に振った。

 

「ソーリー! 邪魔をして本当にソーリーデス!! 二人の大切な『ハネムーン・タイム』を壊すつもりはアリマセンでした! ミーは今すぐ消えマース! 明日の朝まで戻ってきマセ──ン!! エンジョイ、イチャイチャ・タイム!!!!」

 

「待ってタイキ! 話を聞いてぇぇぇ!」

 

 ボクの叫びも虚しく、タイキは脱兎のごとき速さで部屋を飛び出し、廊下を「HELP! USA! USA!」と謎な言葉を叫びながら走り去っていった。……バタン、というドアの閉まる音が、ボクたちの運命を宣告する弔鐘のように響いた。

 

「…………終わったわ」

 

 ドーベルが、魂が抜けたような顔で床に膝をついた。

 だが、悲劇はそれだけでは終わらない。ボクたちの手元にあるスマホからは、いまだに「ピコン、ピコン」と、通知の音が止まることなく鳴り続けているのだ。

 

「ドーベル……これ、削除する前にトレセン学園のトレンド1位になってるんだけど」

「嘘……っ。やめて、見ないで、拡散しないでぇぇぇ!!」

「あ、マックイーン姉さんから着信が来てる」

「絶対怒られるじゃない!!」

「……ラモーヌさんからもメッセージが……『良い趣味ね。今度私にも着せてちょうだい』だってさ……」

 

 結局、写真は数分後に削除されたものの、ネットの海に放たれた「伝説の女騎士と姫」のスクショは、瞬く間に学園中の知るところとなった。

 

 翌朝、タイキが気を利かせすぎて(?)外泊してしまったせいで、ドーベルは一晩中ボクの胸で泣きじゃくり、ボクは彼女をなだめることになった。

 

「ねえ、ロール……。タイキ、絶対変な誤解したままよね」

「……誤解っていうか、もう事実として学園の歴史に刻まれちゃった気がするよ」

 

 夏の終わりの夜、ボクたちは「紐」のような衣装のまま、静かに、けれど確実に何かが壊れた音を聞いた気がした。

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