TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る 作:雅媛
ゲート試験合格から数日後。
夏の日差しがアスファルトを焼く午後。
ボクたちは、涼しい冷房の効いた学園の購買部にいた。
目の前のカウンターには、包装された真新しい「体操服」のサンプルが広げられている。
メイクデビューは、オーダーメイドの勝負服ではなく、学園指定の体操服で走るのが伝統だ。
上は共通の白い半袖シャツ。吸汗速乾性に優れた素材で、胸元には学園のロゴとゼッケンが入る。
問題は、下(ボトムス)だ。
ここには歴史的な経緯と個人の好みが反映される、二つの選択肢が存在する。
「……で、ロール。どっちにするか決まった?」
腕を組み、真剣な表情で問いかけてくるのはメジロドーベルだ。
彼女の手には、深い紺色の布地が握られている。
「私は断然、こっちの『ブルマ』を推すわ」
ドーベルが提示したのは、太ももの付け根まで大胆にカットされた、伝統的なスタイルのブルマだ。
令和の世においては絶滅危惧種とも言えるが、トレセン学園では「可動域の広さ」と「伝統」を重んじて愛用する生徒も多い。
「え、ドーベルはブルマ派なの? 意外かも」
「な、何が意外よ。……機能性の話よ、機能性! 股関節の動きを妨げないし、何よりティアラ三冠の伝統的スタイルといえばこれでしょ? 気合が入るじゃない」
ドーベルは少し顔を赤くしながらも、力説する。彼女は真面目だからこそ、伝統や「ウマ娘としての正装」に近いスタイルを好むのかもしれない。
「あら~? わたくしは、こちらの『ショートパンツ』の方がおすすめですわよ~?」
対抗するように、メジロブライトがひらひらと振ってみせたのは、膝上丈のハーフパンツだ。
現代的でスポーティ。露出も控えめで、スマートな印象を与える。
「ブライトは短パン派なんだ」
「はい~。風通しが良いですし、締め付けがなくて楽ちんですもの~。それに、最近のトレンドはこちらですわよ~?」
「む……トレンドとか、そういう浮ついた理由で選ぶものじゃないわ」
「ふふ~、ドーベルちゃんは古いものがお好きですから~」
バチバチと火花を散らす幼馴染二人。
「伝統と機能美のブルマ(ドーベル)」対「現代的で快適な短パン(ブライト)」。
ボクは板挟みになりながら、自身の脳内に住まう「専門家」たちにも意見を求めた。
(……みんなはどう思う?)
すると、待ってましたとばかりに声が響く。
『はんっ! そんなの聞くまでもないでしょ!』
最初に食いついてきたのは、マイルの女王グランアレグリアだ。
『ブルマ一択よ! ショートパンツなんて布がバサバサして邪魔! 空気抵抗考えなさいよ! それに、鍛え上げた脚を見せつけないでどうすんのよ。アタシたちのスピードを出すなら、余計な布はいらないわ!』
さすがスピード狂。合理的かつ強気だ。
続いて、優雅な声が重なる。
『ええ、私もグランちゃんに同意ね』
アーモンドアイだ。彼女は脳内で紅茶を飲みながら、優雅に頷いている。
『美しい脚のラインは、女王の武器の一つよ。筋肉の躍動、血管の浮き上がり……それを観客に見せつけるのも「魅せる」競馬の一部。ショートパンツでは隠れてしまって、色気に欠けるわ』
『そ、そういう意味で言ったんじゃないんですけど……まあ、結論は同じね!』
二人の女王(牝馬)は、揃ってブルマ派だった。
「やるなら徹底的に」「美しく速く」という美学を感じる。
一方で。
『おいおい、正気かよお前ら』
呆れたような声を出したのは、ゴールドシップだ。
『短パンだろ、短パン! ブルマなんて食い込んで気になって走れねーよ! アタシとしちゃあ、股関節周りにはゆとりが欲しいんだよ!』
(ゴルシは短パン派か)
『だいたいよぉ、お前の前世男って聞いてるぞ。男の魂背負ってブルマってのも、なんかこう……ムズムズしねえか?』
ゴルシの言い分も一理ある。
男性的な力強さを持つ彼らにとっては、ショートパンツの方が馴染みがいいのかもしれない。
2対1(+ドーベル対ブライト)。
意見は真っ二つだ。
「……とりあえず、試着してみたらどうですの~?」
「そうね。着てみないと分からないし」
二人に背中を押され、ボクは両方のサンプルを持って試着室へと入った。
狭い試着室。
まずはブライト推しの「ショートパンツ」を履いてみる。
うん、安心感がある。いつもの練習着に近くて、精神的に落ち着く。ゴルシが言う通り「ゆとり」がある。
次に、ドーベル推しの「ブルマ」に足を通す。
ピタリと肌に吸い付くようなフィット感。太ももが完全に露出する恥ずかしさはあるけれど、脚を上げてみると驚くほど軽い。布の抵抗が皆無だ。
グランアレグリアが言っていた「空気抵抗ゼロ」は伊達じゃない。
「……どう? 着れた?」
カーテン越しにドーベルの声がする。
ボクは今、ブルマ姿だ。
「うん。……ちょっと恥ずかしいけど、着てみたよ」
「サイズ確認するから、入るわよ」
シャッ、とカーテンが開く。
ドーベルが入ってくると、狭い個室はいっぱいになった。
彼女からは、ほのかに石鹸のような清潔な香りがする。
「……!」
ボクの姿を見た瞬間、ドーベルが息を呑んだ。
彼女の視線が、ボクの太ももから腰回りへと吸い寄せられる。
「……やっぱり」
彼女は小さく呟き、頬を染めた。
「似合うわ。……ショートパンツより、こっちの方が」
「そ、そうかな?」
「ええ。アンタ、この一年で脚の筋肉すごく綺麗についたから。隠すのはもったいないわ」
ドーベルは真剣な眼差しでメジャーを構え、ボクの腰回りをチェックし始めた。
しゃがみ込んだ彼女の顔が、ボクの腰に近い。
指先が、ブルマのゴム越しに脇腹に触れる。
くすぐったいような、不思議な感覚。
「あ、そこ、くすぐったい」
「動かないで。……ウエストはジャストね。太ももの締め付けはどう?」
「大丈夫。動きやすいよ」
ドーベルが丁寧に裾のフィット感を確認してくれる。
普段はクールで、異性(トレーナーなど)に対しては警戒心の強い彼女が、こうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
その距離の近さに、ボクの方がドキドキしてしまう。
「ドーベルって、こういうの詳しいんだね」
「……漫画の資料で、服の構造とか勉強してるだけよ。別に得意ってわけじゃ……」
彼女は顔を伏せたまま、ボクの太ももに手を添えた。
その手が、少し震えている気がする。
「……ねえ、ロール」
「ん?」
「デビュー戦。……この姿で、勝ちに行きなさい」
ドーベルが顔を上げる。
至近距離で合う視線。その瞳は潤んでいて、けれど強い意志が宿っていた。
「アンタがこの格好で先頭を走る姿……私、一番最初に見たいから」
それは、単なる「スタイルの提案」を超えた、彼女なりのエールだった。
伝統を重んじる彼女が、ボクに「伝統の勝負服」を託そうとしてくれている。
脳内で、グランアレグリアとアーモンドアイが『あら、いい雰囲気じゃない』とクスクス笑っている気配がした。
ゴルシだけが『ちぇっ、ロマンより色気かよ』とぼやいているが、彼も満更でもなさそうだ。
「……うん。分かった」
ボクは決めた。
ドーベルが選んでくれた、そして女王たちが推す、この「ブルマ」で戦おう。
「ありがとう、ドーベル。これにするよ」
「っ……! そ、そう。ならいいけど……!」
ボクが微笑むと、ドーベルは急に我に返ったように顔を真っ赤にして立ち上がった。
その拍子に、狭い個室でバランスを崩し、ボクの胸元に倒れ込んでくる。
「わっ!?」
「きゃっ!?」
密着する体。
白いシャツ越しに伝わる体温と、トクトクと早鐘を打つ心臓の音。
「あ~ら~あ~ら~。進展してますわね~」
その時、シャッとカーテンが全開になった。
そこには、にこやかな笑顔(とスマホのカメラ)を構えたブライトが立っていた。
「ブ、ブライトォォ!! 見てないで助けなさいよ! ていうか撮るなッ!!」
「ふふ~、青春の1ページですわ~。『決戦前夜の更衣室』……新刊のネタになりそうですわね~」
「ならないわよ!! 消しなさい今すぐ!!」
ドーベルが弾かれたようにボクから離れ、ブライトからスマホを奪おうとする。
そのドタバタ劇を見ながら、ボクは苦笑いした。
ショートパンツも快適だったけれど。
ドーベルのこの真っ赤な顔と、真剣な眼差しを見たら、もう迷いはなかった。
結局、衣装は「ブルマ」に決まった。
上着の白シャツは新品のパリッとしたものを。下は動きやすく、そしてボクの脚を最も美しく見せる伝統のスタイルを。
手続きを終え、購買部を出た頃には、夕焼けが校舎を染めていた。
「はぁ……疲れた。レースで走るより疲れたかも」
「ロールちゃんがブルマを選んでくれて、わたくしも嬉しいですわ~。目の保養になりますもの~」
「あんたは黙ってなさいブライト!」
ドーベルはまだ少し頬を赤らめているが、その表情は晴れやかだった。
帰り道。三人の影が長く伸びる。
「……ねえ、ロール」
不意に、ドーベルが足を止めた。
ボクとブライトも立ち止まり、振り返る。
「その格好で……絶対に勝ちなさいよ」
彼女の言葉は、命令のようでいて、祈りのようだった。
「アンタが勝って、その名前を世界に轟かせなさい。……アンタの『最初のファン』は、私たちがやってあげるから」
「ドーベル……」
ボクは胸が熱くなるのを感じた。
最初のファン。なんて心強い響きだろう。
「もちろん。ボクの最初のサイン、予約第一号にしてあげる」
「いらないわよそんなの! ……ま、まあ、記念に貰ってあげなくもないけど」
「ふふ~、わたくしは保存用と観賞用と布教用に3枚くださいな~」
笑い合うボクたち。
蝉時雨が、少し遠くに聞こえた。
衣装は決まった。
覚悟も決まった。
あとは、走るだけだ。
「よし! じゃあ帰ってご飯にしよっか! デザートはボクが奢るよ!」
「あらあら、じゃあハーゲンダッツをお願いしますわ~」
「高いわよブライト!……私はパピコでいいわ。半分こしましょ」
「え、ドーベル、半分こ好きなの?」
「う、うるさいっ! 量が多いからよ!」
騒がしくも愛おしい日常。
この温かい時間を胸に、ボクはいよいよ、未知なる「メイクデビュー」のゲートへと向かう。
新しい体操服の入った袋を抱きしめる。
その中には、幼馴染の想いと、女王たちの期待が詰まっている気がした。