TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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17 デビュー前に

 ゲート試験合格から数日後。

 夏の日差しがアスファルトを焼く午後。

 ボクたちは、涼しい冷房の効いた学園の購買部にいた。

 

 目の前のカウンターには、包装された真新しい「体操服」のサンプルが広げられている。

 メイクデビューは、オーダーメイドの勝負服ではなく、学園指定の体操服で走るのが伝統だ。

 上は共通の白い半袖シャツ。吸汗速乾性に優れた素材で、胸元には学園のロゴとゼッケンが入る。

 

 問題は、下(ボトムス)だ。

 ここには歴史的な経緯と個人の好みが反映される、二つの選択肢が存在する。

 

「……で、ロール。どっちにするか決まった?」

 

 腕を組み、真剣な表情で問いかけてくるのはメジロドーベルだ。

 彼女の手には、深い紺色の布地が握られている。

 

「私は断然、こっちの『ブルマ』を推すわ」

 

 ドーベルが提示したのは、太ももの付け根まで大胆にカットされた、伝統的なスタイルのブルマだ。

 令和の世においては絶滅危惧種とも言えるが、トレセン学園では「可動域の広さ」と「伝統」を重んじて愛用する生徒も多い。

 

「え、ドーベルはブルマ派なの? 意外かも」

「な、何が意外よ。……機能性の話よ、機能性! 股関節の動きを妨げないし、何よりティアラ三冠の伝統的スタイルといえばこれでしょ? 気合が入るじゃない」

 

 ドーベルは少し顔を赤くしながらも、力説する。彼女は真面目だからこそ、伝統や「ウマ娘としての正装」に近いスタイルを好むのかもしれない。

 

「あら~? わたくしは、こちらの『ショートパンツ』の方がおすすめですわよ~?」

 

 対抗するように、メジロブライトがひらひらと振ってみせたのは、膝上丈のハーフパンツだ。

 現代的でスポーティ。露出も控えめで、スマートな印象を与える。

 

「ブライトは短パン派なんだ」

「はい~。風通しが良いですし、締め付けがなくて楽ちんですもの~。それに、最近のトレンドはこちらですわよ~?」

「む……トレンドとか、そういう浮ついた理由で選ぶものじゃないわ」

「ふふ~、ドーベルちゃんは古いものがお好きですから~」

 

 バチバチと火花を散らす幼馴染二人。

 「伝統と機能美のブルマ(ドーベル)」対「現代的で快適な短パン(ブライト)」。

 ボクは板挟みになりながら、自身の脳内に住まう「専門家」たちにも意見を求めた。

 

(……みんなはどう思う?)

 

 すると、待ってましたとばかりに声が響く。

 

『はんっ! そんなの聞くまでもないでしょ!』

 

 最初に食いついてきたのは、マイルの女王グランアレグリアだ。

 

『ブルマ一択よ! ショートパンツなんて布がバサバサして邪魔! 空気抵抗考えなさいよ! それに、鍛え上げた脚を見せつけないでどうすんのよ。アタシたちのスピードを出すなら、余計な布はいらないわ!』

 

 さすがスピード狂。合理的かつ強気だ。

 続いて、優雅な声が重なる。

 

『ええ、私もグランちゃんに同意ね』

 

 アーモンドアイだ。彼女は脳内で紅茶を飲みながら、優雅に頷いている。

 

『美しい脚のラインは、女王の武器の一つよ。筋肉の躍動、血管の浮き上がり……それを観客に見せつけるのも「魅せる」競馬の一部。ショートパンツでは隠れてしまって、色気に欠けるわ』

『そ、そういう意味で言ったんじゃないんですけど……まあ、結論は同じね!』

 

 二人の女王(牝馬)は、揃ってブルマ派だった。

 「やるなら徹底的に」「美しく速く」という美学を感じる。

 

 一方で。

 

『おいおい、正気かよお前ら』

 

 呆れたような声を出したのは、ゴールドシップだ。

 

『短パンだろ、短パン! ブルマなんて食い込んで気になって走れねーよ! アタシとしちゃあ、股関節周りにはゆとりが欲しいんだよ!』

(ゴルシは短パン派か)

『だいたいよぉ、お前の前世男って聞いてるぞ。男の魂背負ってブルマってのも、なんかこう……ムズムズしねえか?』

 

 ゴルシの言い分も一理ある。

 男性的な力強さを持つ彼らにとっては、ショートパンツの方が馴染みがいいのかもしれない。

 

 2対1(+ドーベル対ブライト)。

 意見は真っ二つだ。

 

「……とりあえず、試着してみたらどうですの~?」

「そうね。着てみないと分からないし」

 

 二人に背中を押され、ボクは両方のサンプルを持って試着室へと入った。

 

 

 

 狭い試着室。

 まずはブライト推しの「ショートパンツ」を履いてみる。

 うん、安心感がある。いつもの練習着に近くて、精神的に落ち着く。ゴルシが言う通り「ゆとり」がある。

 

 次に、ドーベル推しの「ブルマ」に足を通す。

 ピタリと肌に吸い付くようなフィット感。太ももが完全に露出する恥ずかしさはあるけれど、脚を上げてみると驚くほど軽い。布の抵抗が皆無だ。

 グランアレグリアが言っていた「空気抵抗ゼロ」は伊達じゃない。

 

「……どう? 着れた?」

 

 カーテン越しにドーベルの声がする。

 ボクは今、ブルマ姿だ。

 

「うん。……ちょっと恥ずかしいけど、着てみたよ」

「サイズ確認するから、入るわよ」

 

 シャッ、とカーテンが開く。

 ドーベルが入ってくると、狭い個室はいっぱいになった。

 彼女からは、ほのかに石鹸のような清潔な香りがする。

 

「……!」

 

 ボクの姿を見た瞬間、ドーベルが息を呑んだ。

 彼女の視線が、ボクの太ももから腰回りへと吸い寄せられる。

 

「……やっぱり」

 

 彼女は小さく呟き、頬を染めた。

 

「似合うわ。……ショートパンツより、こっちの方が」

「そ、そうかな?」

「ええ。アンタ、この一年で脚の筋肉すごく綺麗についたから。隠すのはもったいないわ」

 

 ドーベルは真剣な眼差しでメジャーを構え、ボクの腰回りをチェックし始めた。

 しゃがみ込んだ彼女の顔が、ボクの腰に近い。

 指先が、ブルマのゴム越しに脇腹に触れる。

 くすぐったいような、不思議な感覚。

 

「あ、そこ、くすぐったい」

「動かないで。……ウエストはジャストね。太ももの締め付けはどう?」

「大丈夫。動きやすいよ」

 

 ドーベルが丁寧に裾のフィット感を確認してくれる。

 普段はクールで、異性(トレーナーなど)に対しては警戒心の強い彼女が、こうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 その距離の近さに、ボクの方がドキドキしてしまう。

 

「ドーベルって、こういうの詳しいんだね」

「……漫画の資料で、服の構造とか勉強してるだけよ。別に得意ってわけじゃ……」

 

 彼女は顔を伏せたまま、ボクの太ももに手を添えた。

 その手が、少し震えている気がする。

 

「……ねえ、ロール」

「ん?」

「デビュー戦。……この姿で、勝ちに行きなさい」

 

 ドーベルが顔を上げる。

 至近距離で合う視線。その瞳は潤んでいて、けれど強い意志が宿っていた。

 

「アンタがこの格好で先頭を走る姿……私、一番最初に見たいから」

 

 それは、単なる「スタイルの提案」を超えた、彼女なりのエールだった。

 伝統を重んじる彼女が、ボクに「伝統の勝負服」を託そうとしてくれている。

 

 脳内で、グランアレグリアとアーモンドアイが『あら、いい雰囲気じゃない』とクスクス笑っている気配がした。

 ゴルシだけが『ちぇっ、ロマンより色気かよ』とぼやいているが、彼も満更でもなさそうだ。

 

「……うん。分かった」

 

 ボクは決めた。

 ドーベルが選んでくれた、そして女王たちが推す、この「ブルマ」で戦おう。

 

「ありがとう、ドーベル。これにするよ」

「っ……! そ、そう。ならいいけど……!」

 

 ボクが微笑むと、ドーベルは急に我に返ったように顔を真っ赤にして立ち上がった。

 その拍子に、狭い個室でバランスを崩し、ボクの胸元に倒れ込んでくる。

 

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 

 密着する体。

 白いシャツ越しに伝わる体温と、トクトクと早鐘を打つ心臓の音。

 

「あ~ら~あ~ら~。進展してますわね~」

 

 その時、シャッとカーテンが全開になった。

 そこには、にこやかな笑顔(とスマホのカメラ)を構えたブライトが立っていた。

 

「ブ、ブライトォォ!! 見てないで助けなさいよ! ていうか撮るなッ!!」

「ふふ~、青春の1ページですわ~。『決戦前夜の更衣室』……新刊のネタになりそうですわね~」

「ならないわよ!! 消しなさい今すぐ!!」

 

 ドーベルが弾かれたようにボクから離れ、ブライトからスマホを奪おうとする。

 そのドタバタ劇を見ながら、ボクは苦笑いした。

 

 ショートパンツも快適だったけれど。

 ドーベルのこの真っ赤な顔と、真剣な眼差しを見たら、もう迷いはなかった。

 

 

 

 結局、衣装は「ブルマ」に決まった。

 上着の白シャツは新品のパリッとしたものを。下は動きやすく、そしてボクの脚を最も美しく見せる伝統のスタイルを。

 手続きを終え、購買部を出た頃には、夕焼けが校舎を染めていた。

 

「はぁ……疲れた。レースで走るより疲れたかも」

「ロールちゃんがブルマを選んでくれて、わたくしも嬉しいですわ~。目の保養になりますもの~」

「あんたは黙ってなさいブライト!」

 

 ドーベルはまだ少し頬を赤らめているが、その表情は晴れやかだった。

 帰り道。三人の影が長く伸びる。

 

「……ねえ、ロール」

 

 不意に、ドーベルが足を止めた。

 ボクとブライトも立ち止まり、振り返る。

 

「その格好で……絶対に勝ちなさいよ」

 

 彼女の言葉は、命令のようでいて、祈りのようだった。

 

「アンタが勝って、その名前を世界に轟かせなさい。……アンタの『最初のファン』は、私たちがやってあげるから」

「ドーベル……」

 

 ボクは胸が熱くなるのを感じた。

 最初のファン。なんて心強い響きだろう。

 

「もちろん。ボクの最初のサイン、予約第一号にしてあげる」

「いらないわよそんなの! ……ま、まあ、記念に貰ってあげなくもないけど」

「ふふ~、わたくしは保存用と観賞用と布教用に3枚くださいな~」

 

 笑い合うボクたち。

 蝉時雨が、少し遠くに聞こえた。

 

 衣装は決まった。

 覚悟も決まった。

 あとは、走るだけだ。

 

「よし! じゃあ帰ってご飯にしよっか! デザートはボクが奢るよ!」

「あらあら、じゃあハーゲンダッツをお願いしますわ~」

「高いわよブライト!……私はパピコでいいわ。半分こしましょ」

「え、ドーベル、半分こ好きなの?」

「う、うるさいっ! 量が多いからよ!」

 

 騒がしくも愛おしい日常。

 この温かい時間を胸に、ボクはいよいよ、未知なる「メイクデビュー」のゲートへと向かう。

 

 新しい体操服の入った袋を抱きしめる。

 その中には、幼馴染の想いと、女王たちの期待が詰まっている気がした。




本日11時に閑話更新予定です。

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