TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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2 能力の研究

 知らない天井だ。

 ……と言いたいところだが、残念ながら知っている。

 前世で社畜として過労で倒れた際や、あるいは不摂生がたたって入院した際に何度も見た、病院特有の無機質な天井パネルだ。そして、鼻をつく消毒液の匂い。

 

「ううっ……」

 

 意識が覚醒すると同時に、全身を駆け巡る鈍い痛み。

 筋肉痛なんて生易しいものではない。まるで全身の筋繊維を一本一本丁寧に引きちぎって、雑に結び直したかのような激痛だ。

 ボクは呻き声を上げようとしたが、口には酸素マスクらしきものが当てられていた。

 

「気がついたの!?」

「よかった……! 本当によかった……!」

 

 視界の端から、泣き腫らした顔の両親が飛び込んできた。

 ママはウマ娘の耳をぺたんと伏せてボロボロと涙を流し、パパは眼鏡が曇るほど泣いている。

 ああ、罪悪感がすごい。

 神様への抗議のつもりだったが、結果としてこの善良な夫婦の寿命を縮めてしまった。これについては全面的にボクが悪い。本当に申し訳ない。

 

 担当医の説明によると、ボクの症状は「極度の全身筋肉疲労と、それに伴う軽い肉離れ」とのことだった。

 幸い、骨や腱に異常はないらしい。ウマ娘の回復力があれば数日で歩けるようになるだろう、と。

 

「しかし……不思議ですね」

 

 白衣を着た医師は、首を傾げながらカルテを見ていた。

 

「この年齢の、しかも今まで運動を苦手としていたウマ娘ちゃんが、一瞬でこれほどの負荷がかかる動きをしたなんて。まるで、身体のリミッターを無視して、大人のウマ娘が全力疾走したような……」

 

 鋭い。

 ボクは狸寝入りを決め込みながら、内心で冷や汗をかいた。

 医師の言う通りだ。ボクはあの瞬間、確かに「大人の、しかも歴史上最強クラスのウマ娘」の出力を再現してしまった。

 例えるなら、プラスチック製の三輪車に、F1カーのエンジンを無理やり積んでアクセルをベタ踏みしたようなものだ。

 ボディが砕け散らなかっただけ奇跡と言っていい。

 

(……三女神の野郎。説明書がないどころか、安全装置(セーフティ)すら付いてないのか)

 

 ボクは心の中で悪態をついた。

 だが、同時に理解もしていた。

 あの感覚。あの爆発的な加速。

 あれは「本物」だ。ボクは本当に、歴代の名馬たちの力を借りることができるのだ。

 問題は、その制御方法と、今の時代における制約だ。

 

 

 

 数日後。

 ウマ娘としての治癒力のおかげか、ボクの回復は予想以上に早かった。

 まだ少し体は痛むが、ベッドの上で起き上がれるようにはなった。

 両親が売店へ買い物に行っている隙に、ボクは一人、病室のテレビを眺めながら現状分析を行うことにした。

 

『――ゴールイン!! メジロラモーヌ、メジロラモーヌが史上初のティアラ三冠を制しました!! 完全無欠の女王の誕生です!!』

 

 ブラウン管の向こうで実況が絶叫している。

 画面の中では、美しい青鹿毛のウマ娘が、涼しげな顔で右手を掲げていた。

 その映像を見て、ボクは改めて自分が置かれている「時代」を前世の知識と照らし合わせる。

 

(メジロラモーヌの三冠……。前世で言えば1980年代半ばぐらい、か)

 

 オグリキャップブームが起きるよりも前。シンボリルドルフが皇帝として君臨している時代。

 ボクの知る「ウマ娘」の黄金期までは、まだ少し時間がある。

 

(……ふむ。しかし、美しいな)

 

 テレビの中のラモーヌは、汗一つかいていないように見えた。圧倒的な実力差。

 それを見ていて、ボクの中にふと、子供っぽい好奇心――いや、前世の知識があるがゆえの「悪戯心」が芽生えた。

 

(この世界に、彼女は実在している。……なら、ボクのこの『回線』は、彼女にも繋がるんだろうか?)

 

 三女神の説明によれば、同時代を生きるウマ娘の能力は借りられない。

 だが、アクセスすることすら不可能なのか?

 今まさに歴史的偉業を成し遂げたばかりの「女王様」。その魂の領域を、ほんの少し覗き見するくらいなら……。

 

 ボクは目を閉じ、意識を集中させる。

 ターゲットは、今テレビの向こうで微笑んでいるメジロの至宝。

 

(『メジロラモーヌ』)

 

 その名を念じ、意識の指先でちょっかいをかけるように、回線を繋げようとした瞬間だった。

 

『――あら?』

 

 脳内に凛とした、それでいて背筋が凍るような色気を含んだ声が響いた。

 一瞬、脳裏に青い炎のような瞳が浮かび上がり、心臓を直接握られたような錯覚を覚える。

 

「!?」

『私の祝勝会(パーティー)を覗き見ようだなんて、随分とマナーのなっていないお客様ね』

 

 ボクは思わずベッドの上で跳ね上がりそうになった。

 繋がった。いや、見つかった!

 向こうはこちらの存在を明確に認識している。

 ただの好奇心だったのに、まるで女王様の寝所に忍び込んで見つかったような心境だ。

 

(えっ、ちょ、聞こえてます!? ていうか感度良すぎませんか!?)

『貴女の方からノックしてきたのでしょう? ……ふふ、面白いわね。貴女、空っぽじゃない』

 

 見透かされている。

 前世の年齢と比べたらまだあどけない少女のはずなのに、この圧倒的な強者感はどうだ。

 魔性の青鹿毛。彼女の魂はこの世界に確固として存在している。だから能力としての「使用」はできないが、こうして意識のチャンネルが合ってしまったのか。

 

(す、すみません、ただの悪戯心で……! 失礼します!)

『あら、もうおしまい? 悪くない器だけれど、今の貴女には私の靴(ヒール)すら履きこなせなくてよ。出直していらっしゃい、可愛らしい仔猫ちゃん』

 

 ブツン、と通信が切断された。

 ボクは肩で息をする。

 冷や汗でパジャマがぐっしょりと濡れていた。

 会話しただけなのに、全力で100mでも走り切った後のような疲労感だ。

 

「……実在の相手だと、対話イベントが発生することもあるのか。これは迂闊に触れないな」

 

 心臓に悪い。

 気を取り直そう。今のボクでも扱える、もっと出力の低いウマ娘を探さないと。

 現在実在する馬のウマ娘はダメだ。だが、未来の馬なら、魂はまだ「空席」のはずだから借りられる。

 

 だが、前回暴発した『アーモンドアイ』のような最強格は論外。

 もっとこう、優しくて、体が丈夫で、スピードが出すぎない……。

 

(……そうだ。彼女なら)

 

 ボクの脳裏に、ピンク色の髪の元気なウマ娘が浮かぶ。

 ボクが知る未来において、ある意味で最も有名になる馬。

 生涯成績113戦0勝。

 勝てなくても走り続けた、高知のアイドルホース。

 

(『ハルウララ』)

 

 2000年以降に活躍した彼女なら、まだ生まれていないだろう。ならば魂はフリーだ。

 そして何より、速くはない。100戦以上走ったタフネスと、ウマ娘として描かれたときの「負けてもへこたれないメンタル」は、今の虚弱なボクに最も必要なものだ。

 ボクはおそるおそる、その名前にアクセスする。

 

 ドクン。

 

 拒絶されなかった。

 温かい光が、ボクの体の中に流れ込んでくる感覚。

 「走るの楽しい!」「負けないぞー!」という、底抜けに明るいエネルギー。

 

「おっ……これなら……」

 

 ボクは慎重に、その力を体に馴染ませようとする。

 だが。

 

「……ぐっ!?」

 

 全身の筋肉が、悲鳴を上げた。

 体が熱い。心臓が早鐘を打つ。

 たかが寝返りを打とうとしただけで、ベッドの柵がミシミシと音を立てて歪んだ。

 

(馬鹿な……!? ハルウララだぞ!?)

 

 すぐに接続を解除する。

 ハァハァと荒い息を吐きながら、ボクは天井を見上げた。

 

 認識が甘かった。

 ハルウララは「弱い馬」だ。

 「走るのが遅い馬」だ。

 だがそれは、あくまで怪物揃いのサラブレッドの中での話だ。

 

 彼女は400キロを超える巨体を揺らし、113戦も走り抜いた「鋼の体」の持ち主なんだ。

 生物としての強度は、人間の4歳児とは次元が違う。

 軽自動車のエンジンだとしても、三輪車に積めばボディはひしゃげる。そんな常識すらボクはわかっていなかった。

 

「……詰んだか?」

 

 ハルウララですらオーバースペック。地方未勝利レベル以下の馬など、競馬マニアだったらしい前世のボクも知らない。

 つまり、今のボクがまともに扱える「競走馬の魂」は存在しない。

 絶望的な結論に至りかけた時、病室のドアが開いた。

 

「ただいま。プリン買ってきたわよ」

「おっ、起きてたのかい? 顔色が少し良さそうだ」

 

 両親が戻ってきた。

 心配そうな、それでいて慈愛に満ちた二人の顔を見て、ボクは「詰んだ」なんて言葉を飲み込んだ。

 ダメだ。諦めるわけにはいかない。

 この二人に、これ以上心配をかけたくない。

 このままでは二人はまた自分たちを責めるだろう。

 「私が弱いから」「私が弱く産んだから」と。

 

 なら、やるべきことは一つだ。

 

(能力(チート)に頼るのは、まだ早い)

 

 ボクは自分に言い聞かせる。

 まずは、この『空っぽの器』自体を鍛え上げるしかない。

 どんな名馬の魂が降りてきても、壊れない頑丈な器を作る。

 それができて初めて、ボクはスタートラインに立てるのだ。

 

「パパ、ママ」

 

 ボクは酸素マスクをずらし、真剣な表情で二人を見つめた。

 幼児の声だが、できるだけ落ち着いた、真摯なトーンで。

 

「ボク、名前が決まったの」

「えっ?」

 

 きょとんとする両親。

 ウマ娘の名前は、ある日突然、天啓のように降りてくる。普通は物心つくころに降りてくるのでボクの場合は明らかに遅いのだが、とはいえおかしくはないはずだ。

 

「『ロールフィヨルテ』。それがボクの名前」

 

 口に出した瞬間、不思議と力が湧いてくる気がした。

 もう、名無しの権兵衛じゃない。

 ボクはこの名前で、この世界を生きていくんだ。

 

「ロール……フィヨルテ……」

「へぇ、響きのいい、強そうな名前じゃないか」

 

 パパが嬉しそうに目を細めた。ママも「素敵な名前ね」と涙ぐみながら微笑んでくれる。

 よし、名前の問題はクリアだ。

 次は、これからのことだ。

 

「それでね、パパ、ママ。お願いがあるの」

「なぁに?」

「ボク、まだ走るのは下手っぴだけど……これから、たくさんご飯食べて、たくさん運動して、強くなりたいの」

 

 ボクは小さな拳を握りしめた。

 

「もういきなり走ったりしない。転ばないように、ゆっくり練習する。だから……ボクの特訓、手伝ってくれる?」

 

 無理はしない。

 今はまだ、基礎体力作りだ。

 ハルウララの力すら借りられないなら、借りなくても生きていける体を作る。

 それが、元・大人のボクが出した現実的な結論だ。

 

 ボクの言葉に、両親は一瞬驚いた顔をして、それから今日一番の笑顔で頷いてくれた。

 

「もちろんよ! ママが栄養満点のご飯、いーっぱい作ってあげる!」

「パパも一緒に走るぞ! まずは歩くところから始めようか!」

 

 その光景を見ながら、ボクは密かに決意する。

 目指すは、あらゆる名馬の魂を受け止められる、最強の器。

 今はまだ、エンジンを積むことすら許されない脆弱なフレームかもしれない。

 だが、待っていろ。

 

(見ててくださいよ、ラモーヌさん。いつか必ず、貴女のヒールも履きこなしてみせますから)

 

 ボクは差し出されたプリンを一口食べた。

 今どきのなめらかプリンじゃない、昔ながらの固めのプリン。

 甘さを楽しみながら、ボクは今を過ごしていた。




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