TS転生ウマ娘、才能が空っぽだったので歴代競走馬の魂を借りて伝説を作る   作:雅媛

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トレーナーさんとのお話。これ以降トレーナーさん基本出てこないですが


閑話 老練なる羊飼い

 トレセン学園のトレーナー室。

 無数にある部屋の一室に、年季の入ったデスクと、壁一面に飾られた「メジロ」のウマ娘の写真が並ぶ部屋がある。

 そこが、ボク、ロールフィヨルテの所属するチームの部屋だ。

 

「――それで、メイクデビューの登録書類ですが。こちらのレースでお願いできますか?」

 

 ボクはデスクに向かうトレーナーに、一枚の書類を差し出した。

 彼は白髪交じりの髪を整えた、初老の男性だ。

 長年、名門「メジロ家」のウマ娘たちを指導してきたベテランであり、かつてはあの完全無欠の三冠女王、メジロラモーヌを育て上げた名伯楽でもある。

 

 彼は眼鏡の位置を直しながら、書類に目を通した。

 

「……ふむ。中山の芝か。メイクデビュー戦としては手堅いところだな」

「はい。まずは中山の坂の感触を確かめたいので」

「よかろう。手続きは進めておく」

 

 彼は短く頷き、手際よくハンコを押した。

 会話は事務的で、短い。

 ボクと彼の関係は、他のトレーナーと担当ウマ娘のそれとは大きく異なる。

 彼はボクに「走れ」とも「こう走れ」とも言わない。

 トレーニングメニューも、レースの作戦も、すべてボクに一任している。

 圧倒的な放任主義だ。とはいえ彼の基本的なスタンスがこうなわけではない。

 ほかのウマ娘にはちゃんと指導している。

 

「……不安か?」

 

 ふと、トレーナーが手を止めて尋ねてきた。

 ボクは首を横に振った。

 

「いいえ。……信頼して任せてくれていると、分かっていますから」

「……ふん。口の減らないところは、あいつにそっくりだな」

 

 彼は苦笑いともつかない表情を浮かべ、椅子に深く座り直した。

 

「私が口を出さないのは、怠慢ではない。……出す必要がないからだ」

 

 彼はデスクの上の、かつての担当ウマ娘――メジロラモーヌの写真に視線をやった。

 

「ラモーヌもそうだったが、お前の中にはすでに『完成された理論』がある。お前は自分自身の身体を、誰よりも理解し、どう動かせば速く走れるかを本能レベルで知っている。……そこに私が半端な知識で口を挟めば、それはノイズにしかならん」

 

 彼はボクの方を向き直った。その目は、長い時を生き抜いてきた勝負師の目だった。

 

「船頭多くして船山に登る、と言うだろう。特に、お前の頭の中には、すでに優秀すぎる船頭たちがいる。……ならば、私の仕事は港の手続きと、船の整備だけだ」

 

 その言葉に、ボクは胸が熱くなった。

 彼は見抜いているのだ。ボクの中に宿る魂たちの存在を、感覚的に理解し、尊重してくれている。

 だからこその「不干渉」。

 それは無関心ではなく、究極の信頼の証だった。

 

『……ふふ。相変わらず、可愛げのない言い方ね』

 

 脳内で、優雅な声が響いた。メジロラモーヌだ。

 懐かしそうに、しかし少し呆れたようにかつての「相棒」を見ている。

 卒業したとはいえかつての師なのだから、会いにくればいいのに、と思うがそれをしないのが彼女なのだ。

 

『私の現役時代もそうだったわ。彼は余計なことを一切言わない。ただ、私が求めた時だけ、完璧な環境を用意してくれる。……だからこそ、貴女には彼が必要だと思ったのよ』

 

 そう。ボクがこのトレーナーの下についたのは、他ならぬラモーヌさんの紹介だった。

 

          *

 

 数年前。ボクがまだトレセン学園に入学する前。

 ボクは自分の中に芽生え始めた「力」と「知識」を持て余していたころ、最初のころに偶然つながったラモーヌさんが手を差し伸べてくれた。

 彼女はボクの身体能力と、内包する特異性を面白がり、ある人物を紹介してくれた。

 

『私の知る「職人」がいるわ。……彼なら、貴女のような規格外も壊さずに扱えるでしょう』

 

 一見するとそっけない態度だったが、彼女はボクのためにわざわざ彼に連絡を取り、頭を下げて(本人は否定するだろうが)頼み込んでくれたのだ。

 それからも、彼女は事あるごとに『あの人、ちゃんと仕事してる?』と気にかけてくれている。半分は彼への心配もあるのだろうが。

 

(ありがとうございます、ラモーヌさん。……貴女のおかげで、ボクは最高の環境にいられます)

『……私はただ、貴女という原石が曇るのが我慢ならなかっただけよ。……それに、あの人も、暇そうにしていたから』

 

 史上初ティアラ三冠を取ったトレーナーが暇なわけがなく、現にチーム内にはブライトさんはじめ多数のウマ娘がしのぎを削っている。

 素直じゃない。でも、そこが彼女らしい。

 ボクは彼女の不器用な優しさを、心地よく受け止めていた。

 

          *

 

「……それで、ラモーヌは元気か?」

 

 トレーナーが、唐突にボクに尋ねた。

 彼はボクがラモーヌと「繋がっている」とは知らないはずだ。単に、紹介者として連絡を取っているかという意味だろう。

 だが、その声色には、かつての戦友を案じる響きがあった。

 

「はい。……とても元気ですよ。『相変わらず、眉間にしわを寄せて仕事してるんでしょうね』って、笑ってました」

 

 ボクがラモーヌさんの言葉を代弁すると、彼はハッと目を見開き、それから小さく噴き出した。

 

「……ふっ、違いない。あいつには、何一つ隠せんな」

 

 彼は眼鏡を外し、目頭を押さえた。

 

「行ってこい。……お前の道は、お前自身が切り拓くものだ」

「はい! 行ってきます!」

 

 ボクは深々と一礼し、トレーナー室を後にした。

 

 廊下に出ると、窓から夏の風が吹き込んできた。

 メイクデビューは目前。

 指導はいらない。答えはボクの中にある。

 でも、あの老練なトレーナーが後ろにいて、ラモーヌさんが心の中にいてくれる。

 その事実だけで、ボクはどこまでも強く走れる気がした。

 

(見ていてください、トレーナーさん。そしてラモーヌさん。……貴女たちが繋いでくれたこの道、全力で駆け抜けますから)

『ええ。期待しているわよ、ロール。……精々、あの人を驚かせてやりなさい』

 

 ボクは大きく息を吸い込み、中山デビューに向けた最終調整へと走り出した。




 設定上トレーナーさんが出てこないのは放任主義の方がいいと判断しているほか、メジロ内の確執なんかもあったりあったりします。

 ロールはマックちゃんはドーベルちゃんに軽々しく声をかけていますが、彼女らはこのトレーナーが担当ではありません。
 まあ、そういうことです。
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